一ヶ月に2回満月を迎える月を「ブルームーン」という。 そのブルームーンを見ると願い事が叶う・・・・。
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              aisatu10_20100424143608.gif 皆さまも楽しい夏休みを!!
               家族サービス&夏休みのため旧盆を挟んで
           8月10日から8月20日 頃まで、このブログをお休み致します。
               どうか、ご了承ください。熱中症にはくれぐれも注意を!

いつも訪問して頂きありがとうございます。


「求むアイサツ?」

...2019/02/24 09:08...

雨水の頃、
という言葉をあまり聞かれなくなりました。
今年の2/19~3 /5 は、「雨水」。
雨水と書いて 「うすい」 と読みます。
「あまみず」 と呼んでしまうと意味が違ってしまい
ますので、くれぐれもお間違えの無いように・・・・。

二十四節気の名前の中には、説明されないと
意味の分からないものも有りますが、その点では
雨水は分かりやすい。空から降るものが雪から雨に
変わる時期だと言うことです。乾燥続きだった東京も
ぼちぼち空からは雨が降るようになりました。

寒さが厳しく、冬が辛い場所であればあるほど、
暖かな春の訪れが待ち望まれたことでしょうから、
春の訪れを感じさせる雪が雨に変わるこの 「雨水」
には、昔は特別な意味を感じたのかもしれません。

さて、昨日の23日は、皇太子の誕生日でした。
5月1日には皇太子殿下は天皇に即位すること
となっておりますので、来年のこの日は天皇誕
生日となる予定です。来年はきっと、
本日は、○○二年の天皇誕生日。
○○」 という元号となって、二年目ですが、
昨年のこの日は、まだご即位前で 「天皇誕生日」 
ではなかったので 「○○」 の最初の天皇誕生日です。
なんてことを書いていることでしょう。(笑)

この通りで、現時点ではまだ天皇誕生日では
ありませんので、祝日には成っておりませんが、
前祝いということでしょうか、昨日は休日・・・という
わけではありません。単なる土曜日でした。

あ、土曜日も仕事という方も大勢いらっしゃる
でしょうから、はなはだ不適切な発言でした。
最近はいろいろな所で、いろんな物が 「炎上」
しますので、あんまり馬鹿な発言はしないように
しないといけませんけれどね。(笑)

雨水より 啓蟄までの あたたかさ    後藤夜半


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「求むアイサツ?」

朝。 学校に向かう少女。
マンションの廊下で、エレベーターで、路上で、
すれ違う人たちに 「おはよう」 と声をかけられる。
夜。 少女が母親に話している。
「知らない人がね、みんな、おはようっていうんだよ。
ヘンだよね、知らないひとなのに」。
昔、こんなCMを見た記憶がある。

地域によっては、人がアイサツもしない風景は異常に
見えるかも知れない。が、少なくとも東京あたりでは、
ありふれた風景だといっていい。

「最近の子供は挨拶をしない」 と、地域の方から苦言を
呈されたことがある。 でも、本当にそうだろうか?  
少なくとも、私などは小学校の頃、知らないお爺さんから
道端で 「おはよう」 と声をかけられた時、元気よく帽子を取って
「おはようございま~す」 なんて返事をするような子供ではなかった。
もちろん、ペコっと会釈ぐらいはしたかもしれない。
近所の方とか、学校の先生とか、知り合いには挨拶したと思う。
だけど、全く知らないおじさん ・ おばさんに笑顔で挨拶する
ほど社交的でもなかった。

「ほら、ご挨拶しなさい」 。子供を連れた親が知人に
会った時に、自分の子供に対して発する決まり文句である。
「なんで僕が? 僕と何の関係があるの?」 と、子供自身は感じ
ているに違いない。 そう、利害関係があるのは親同士だけで、
子供には何の関係も無い赤の他人なのだ。ここにも社交的な
挨拶を求める。親はいい子であって欲しいと願うのだろうか。

いまの子どもたちは、「知らない人に声をかけられたら返事を
するな」 と、少なくとも教えられているだろう。子ども相手のひどい
犯罪が多いから、自衛のためにそうしなければならないのだ。
だからといって、挨拶の無い生活が当たり前になってしまって
良いわけがない。こんな状態をなくしていくためには、結局は
地域の大人たちがもっと声を出し合うことで、子どもたちに
安心な環境を取り戻していくしかないのだろう。人と人とは、
言葉でつながっている。その言葉がキレたら、関係もキレる。
関係がキレたらスキマからは、とかく犯罪が顔を出すものだ。

見ず知らずの人が笑顔で 「ハーイ」 と声をかけてくれるのは
確かに気分がいい。「人は、触れ合って育つ」 からだ。
だが、大人に対して上手に挨拶ができなくっても大丈夫。
子供たちだって、好きな先生やクラスの子に対してはちゃんと
挨拶してるだろうし、それこそ、それなりの歳になり、彼氏、
彼女の家に遊びに行くようになれば、ちゃんと靴も揃えて
上がるだろうし、最高の笑顔で先方様へも挨拶もするように
なるんですから。子供は子供なりの利害関係で挨拶もする。

地上の大気は、酸素と窒素と言葉で出来ているという。
だから、言葉の濃度が薄くなると、どんどん息苦しくなり、
心がパサパサにかわいてくる。私たちにとって 「笑顔で挨拶」
というのは、みんなが気持ちよくアイサツの出来る地域の
環境作りと人間関係だと思う。
ほかにいらない。

「笑顔で挨拶」 が決して悪いとは言わないが、少なくとも
大人たちが子供たちに 「笑顔で挨拶」 を望むのであれば、
まずは、その子と知り合いになってからでも良いのではないか、
と知人もいう。確かにそうだ。子どもは案外、しっかりしているものだ。

Don't Worry, Be Happy!
  (心配しないで、楽しくいこうよ!)


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「ムンク展 ― 共鳴する魂の叫び ― 」
     東京都美術館 2019

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すでに 「ムンク展」 は開催終了していますが、遅まきながら紹介
します。開催中の上野公園は、上野の森美術館で 「フェメール展」、
国立西洋美術館の 「ルーベンス展」 と 東京都美術館の 「ムンク展」
が開催されてていました。閉幕の間際に出かけたのでが、大変な賑
わいと行列で美術ファンの多さに驚くばかりです。会期間の総入場
者数は約67万人だったという。ムンク美術館の所蔵作品を中心に、
画家エドバルド ・ ムンクの傑作を紹介します。

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時間制だった 「フェメール展」 の待ち時間を利用して、鑑賞しようと
早めに出掛けたのですが、多くの方が吸い込まれるようにして東京
都美術館へと足を運んでいました。(上) イヤな予感! ヤバイよ、
ヤバイよ、ヤバイよ~、どこかで)聞いたセリフ。(笑) 予感は的中。
この日は混雑で観賞を諦めました。日を改めて訪問した次第です。

「東京都美術館」 (下左)
東京都美術館は 「東京府美術館」 として生まれたのは大正15年
(1926)。大正が終わり昭和が始まった年です。このころ上野恩賜
公園では、9月に院展 (日本美術院) と二科展 (二科会) が、10月
に文展 (文部省美術展覧会) がすでに開催されていました。やがて
東京府美術館がこれらの会場となります。秋に展覧会が多く開かれ
たことから、「芸術の秋」 の由来になったともいわれています。 現在
の建物は昭和50年 (1975) に竣工しました。日本で最初の公立
美術館として開館された。大規模改修工事を実施し、2012年に
リニューアルオープンしました。

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東京都美術館と言えば名物の受付横にある開催のボード。(上)
チケット売り場はかなりの列で、買うだけで15分以上かかりそうです。
入り口ぎりぎりまで並んでいました。(下右) 更に入場するのに受付
もまた凄い行列でした。(下左) 都の施設なので、例えば年配の方
は (65歳以上) 料金が一般1600円に対して1000円なので、年配
の人が観賞しやすいかもしれませんね。企画もいいですから。

「ムンク展 ― 共鳴する魂の叫び ―」
会期    2018年10月27日 (土) ~ 2019年1月20日 (日)
会場    東京都美術館 ・ 企画展示室
観覧料   一般 1.600円  大学生・専門学校生1.300円
       高校生800 円  65歳以上1.000円 

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世界で最もよく知られる名画の一つ 「叫び」 を描いた近代絵画の
巨匠、エドヴァルド ・ ムンクの大回顧展。オスロ市立ムンク美術館
が誇る世界最大のコレクションを中心に、約60点の油彩画に版画
などを加えた約100点を展示。 とりわけ複数描かれた 「叫び」 の
うち、ムンク美術館が所蔵するテンペラ・油彩画の《叫び》は初来日。
愛や絶望、嫉妬、孤独など人間の内面が表現された代表作に加え、
家族や友人の肖像画、鮮やかな色彩が輝く風景画など晩年の作
品に至るまで、約60年におよぶ画業をたどることができます。

第一章 ムンクとは誰か
まずはムンクが生涯に渡り、多く描いた自画像や自撮り写真を集
めたコーナーです。ムンクは19歳に描いた自画像から始まり 亡
くなるまで80点を超える自画像を描いているそうです。また39歳
の頃に購入したコダックのカメラを使って自らを撮影した写真も残
っているようで、そうした写真を元に自画像を描いていたようです。
ここには様々な時代の自画像が並ぶ。ふと見入ってしまうのは、
画家の人生の歩みとともに変化してゆく自画像だ。時に不安げ
に表された姿には、どんな思いが込められているのだろ・・・・。

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「スペイン風邪の後の自画像」  1919年  (左)
この絵が描かれた当時、第一次世界大戦中にスペイン風邪が全
世界で流行し、多くの著名人が感染し死亡したという。日本でもス
ペインかぜの犠牲者といえば東京駅の設計者の辰野金吾、西郷
隆盛の息子で軍人の西郷寅太郎らの名もあるほど世界中で流行。
ちょうど100年前に起こった、歴史上最初のインフルエンザです。
精神を病みながら、その病んだ自分の姿をモティーフにして制作
したのが 「スペイン風邪の後の自画像」 です。ムンクは、なんと
か回復してを描いたわけです。うつろな目線を向けている感じ。
「地獄の自画像」   1903年 (右)
これは自身の裸体を写した写真を参考にして描かれたもののようで、
オレンジ色に焦げた背景を前にした姿を描いていて、あまり明らかで
ない表情ながらも、眼光だけは鋭く、強い意志を感じさせていました。
なぜか上半身素っ裸です。ただ事ではない構図から、狂気や死の
イメージを連想してしまいます。ムンクは生涯において自画像を多数
制作していて、「私の絵は、自己告白である。」 との言葉も残しました。

第二章  家族 ─ 死と喪失
続いてはムンクの絵画の方向性を決定付けたと言える 家族とその
死に関するコーナーです。5歳の時、母が5人の子どもを残して結核
により死去、9年後には一つ上の姉をも同じ病で失います。幼いうち
から家族の喪失を2度も経験していました。こうした経験から家族の
死から着想を得た作品も残しています。

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「病める子 Ⅰ」  1896年  (左)
こちらは似た作品が3点ほど並んでいて、いずれも病んだ子供の
横顔が描かれています。姉の死の経験を描いているようで、蒼白
な顔の少女が、まるで死を悟ったのか、どこか虚ろな表情で横を
見つめています。髪はボサボサで痩せこけていて、死が迫って
いる人をつぶさに描いているように思えました。少女を見ている
と胸がつまりますね。命の儚さみたいなものが伝わってくる感じ。
「死と春」  1893年  (右)
こちらはベッドで寝ているような女性が描かれた作品で、背景の窓
の外は麗らかな春の陽気の林が描かれています。 しかし、安らか
な顔に見えてもこの女性は死んでいるそうで、言われてみれば顔
は青ざめていて血の気が無い感じです。解説によると、この女性
と春の風景の取り合わせは、死が現世と来世を分かつというキリ
スト教的な死生観と、転生的な生の概念を対比しているのでは
ないかとのことでした。ムンクは生命の永遠の再生と死を対比?

第三章  夏の夜 ─ 孤独と憂鬱
ムンクは欧州各地で展覧会を開催し、次第に国際的な評価を築く
なか、故郷で夏を過ごす生活を続けた。ノルウェーの短い夏の白
夜、月光が映し出すフィヨルドが原風景のように繰り返し作品に
登場。象徴主義的な表現が推し進められたようで、ここにはそう
した作品が並んでいました。

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「夏の夜、人魚」  1893年 (左)
オスロのフィヨルドをのぞむ地で暮らしたムンクは、夏の白夜の中、
月明かりの照らす海辺の景色を繰り返し描きました。黄色い月明
かりが縦にのびる岩場の岸で、浜辺に裸婦が座ってぼんやりこち
らを観ている様子が描かれた作品です。僅かに波打つ海は濃い
水色に覆われていて、丸石は月の光を受けたのか、美しくきらめ
いていました。シュールと言うか神秘的と言うか、ちょっと不思議
な光景です。ムンクの女性への複雑な思いも込められているよう
にも思えました。人魚の表情はぼんやりと幻想的な光景ですね。
「赤と白」  1899-1900年 (右)
こちらは浜辺の森に立つオレンジ色の服を着て正面を向く女性と、
海に向かってやや後ろを向いた白い服の女性を描いた作品。暗い
森やぐにゃぐにゃした浜辺などムンクならではの陰を感じさせます
が、何と言っても2人の色彩の対比が目を引きました。解説による
と赤は成熟、白は無垢と純粋を表すそうなので、中身も対比的な
感じでしょうか。象徴的な意味合いと共に色彩を引き立てている
のが面白い作品でした。

この近くには版画が8点ほどありました。ムンクは版画制作に熱心
で、版画は油彩などより多くの人に伝えることが出来ると考えてい
たようです。同じ絵でも色が違う作品もあって、面白かったです。

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ロビーには、特設ディスプレイがお客さんをお出迎え。展覧会に
合わせて制作された映像作品を放映していました。ムンクの絵が
次々と変わっていくのです。ぐにゃ~と絵が変る、おもしろい演出。
ムンクの筆致を元に新たに作り出された連続するイメージをアニメ
ーションとして表現しているのだそうです。企画が面白いですね。

第四章  魂の叫び ─ 不安と絶望
このコーナーで、ついに 《叫び》 と遭遇します。ムンクは20代半ば
になると、徐々に国際的な評価を受け始める。ベルリンで初の個展
を開くも、そのセンセーションな作風が一部で激烈な誹謗中傷を受
け、1週間で閉幕に追い込まれるという 「ムンク事件」 も起こりました。
そうした展示の機会を経験しつつ、彼が抱き始めたのが、連作への
興味だ。それが愛や死をテーマに幾つかの連作へと繋がっていく。
世界的名画となった 「叫び」 も、その連作のひとつです。

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「絶望」  1894年  (左)
こちらは 「叫び」 の元となった作品で、橋の上で横向きの人物が
目を閉じた物憂げな人物が描かれています。背景の風景や空の
色は 「叫び」 によく似ていますが、ただ 「叫び」 の人物がかなり
崩れているのに対して 「絶望」 は、むしろはっきり描かれていて、
後ろの人物の歩く男にも、実在感がありました。何に対して、絶
望をしているのだろうか。「はぁ~疲れたわ~。ダメだ。もう。」 と
いうため息が聞こえてきそうです。誰もがこんな気分になる時が
ありますよね~。人間の感情が映し出されている感じ。
「赤い蔦」  1898-1900年  (右)
「叫び」 同様、見る者を不安にさせる絵です。赤い蔦で覆われた
家、立ち枯れた木、見開いた目で見つめる男。不気味な風景は、
この独りでいる男が背負う心のイメージなのかもしれませんね。
赤い蔦は、男女の情熱的な愛と、二人の間の強烈な諍いを象徴
しているのだとか。男はそこから両義的な感情にさいなまれなが
ら逃げ出してきた。この男こそムンク自身なのだろうか。

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       エドバルド ・ ムンク 「叫び」 1910年

ムンクは絵画として4点の 「叫び」 を残しているが、唯一、テンペラと
油彩による作品。決して大きくないが、今回が初来日です。絵の前は
いわゆる 「ドライブスルー形式」 で、絵画を観るためだけの専用列に
並んで、作品の前をゆっくり通過しながら鑑賞するスタイルでした。
2~3回繰り返して観てしまいました。(笑) 橋の上の男が、自ら叫ん
でいるように誤解されることも多いが、実際には、自然から発せられ
る幻聴に耐えかねて、耳を押さえている様子が描かれているという。

あまり絵画を知らない方でも この絵なら知っているという位有名な作
品で、橋の上で耳を塞いで苦悶の表情を浮かべている人物を描いて
います。背景はフィヨルドや赤と黄色が縞模様のようになった空が広
がっていて、非常に観ていて不安を覚える色彩となっています。解説
によると、この光景はムンクが妹の入院する精神病院に訪れた際に、
疲れ切って夕日の光景を観たら自然が貫く叫けびが聞こえたという
原体験を絵にしているようです。この観る者の心までえぐるような絵は、
一度観たら忘れられないくらいのインパクトですが、近くで観ると色ム
ラやうねり、色の対比などが相まってそうした雰囲気が出ているように
思えました。やたら強調された遠近感とかもそう感じさせる要素の1つ
かなとも思いました。一生に一度は直に観ておきたい作品です。

第五章  接吻、吸血鬼、マドンナ
深紅の壁が印象的な部屋で、「叫び」 と同様に 「生命のフリーズ」 の
中核を占める 「接吻」、「吸血鬼」、「マドンナ」 などが並ぶ代表作が
いっぱいのコーナーです。版画にも取り組んだムンクは、多様な技
法に精通し、膨大かつ傑出した作品を残しました。油絵とはまた一
味違う豊かな色味が魅力です。

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「マドンナ」  1895-1902年  (左)
黒い髪と真っ白な肌の裸婦らしき女性の肖像で、目を閉じて顎を
げている顔は恍惚の表情にも見えて、ムンクの女性への憧憬と恐
怖を、神秘的な象徴主義絵画的タッチで描いた傑作。「マドンナ」
に描かれた悲しみが漂う愛も、何の予備知識を持たずに見ても絵
から感じ取れるものがある。 少しずつ色合いを変えた連作が3つ
並んでいました。いずれもリトグラフや石版画となります。また、
「マドンナ」 と 「吸血鬼」 が表裏一体となった石版などもあって
目を引きました。
「接吻」  1895年  (右)
こちらもいくつかのヴァリエーションがあるのですが、いずれも男女
が抱き合って接吻を交わしている場面が描かれています。2人の顔
は一体化しているような感じで、性的というよりは情熱的な愛の光景
のようで、2人だけの世界と言った雰囲気が漂っていました。ムンク
は一時期、人妻である女性と恋愛関係にあったそうで、そんなエピ
ソードを知りつつこの絵を観ると、いずれの 『接吻』 も、なにやらド
ロドロしたものを感じさせるのは、どうやらこれが禁断の恋だから
なのか? なんて思えてくる。

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「月明り、浜辺の接吻」  1914年  (左)
ムンクが生涯繰り返し題材とした 「接吻」 を主題にした作品です。
この絵では、男女の濃厚なキスシーンで顔が動く様子が描かれた
結果、顔同士がくっついてしまう斬新な表現になっています。月明
かりの反射も特徴的ですね。ビームのように一直線に伸びる線で、
月の浮き沈みの動きが表現されてます。登り棒みたいに不自然に
直線的な木もそうですね。自然を単純な形にデフォルメして動き
を出す技法があちこちに見られます。
「森の吸血鬼」  1916-1918年  (右)
頭を女性の胸元に垂れる男性と、それを抱きかかえて首筋に口を
寄せる女性が描かれています。まるで女性の吸血鬼が血を吸って
いるような構図で、男を破滅させるファム・ファタールのイメージを
表しているのかもしれません。しかし、観ようによっては抱き合って
いるようにも見えて、静かな雰囲気がありポーズとタイトル以外は
穏やかな作品に思えました。あれれ・・・・「月明かり、浜辺の接吻」
と 「森の吸血鬼」 の背景が同じだ~。(笑)

第六章  男と女 ─ 愛、嫉妬、別れ
続いては男女の愛に関する主題のコーナーです。ムンクは様々な
女性に惹かれたり付き合ったりしていたのですが、画家として十分
な才能を発揮する為には孤独でなければならないと考え、生涯独
身を貫いています。ここにはそうした作品が並んでいました。

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「マラーの死」  1907年  (左)
横たわっている裸体の男性と正面を向いて直立している裸婦が描
かれています。血が滴る殺人現場みたいなところに突っ立っている
様子が何とも不気味です。肌の色も暗くてちょっと亡霊みたいです。
ムンクはこの作品を描く前に、同郷の女性に結婚を迫られたので
すが、その際に破局し銃の暴発事件を起こしています。この絵は
それを暗示しているようで、ムンクがマラーを自分と同一視したの
ではないかと考えられているようです。ムンクの女性遍歴と結婚
感はヤバイですね・・・・・。 中々衝撃的な作品でした。
「すすり泣く裸婦」  1913-1914年  (右)
顔を埋め泣きじゃくる女性が座るベッドの 「赤」、掛け布団の 「緑」
と反対色を大胆にの組み合わせた色彩が、女性の感情を強く伝
えてきます。女性の悲しいオーラが転写されたような壁の模様も
印象的です。さらに、女性の体の輪郭線にも緑色が使われ、悲し
みで体が冷たくなっている感じも受けます。家に架けてあったら
気が滅入りそうですが、強い引力を持つ作品だと思いました。

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「生命のダンス」  1925年  (左)
こちらはムンクの代表作の1つで、浜辺に集まって社交ダンスを踊
る群像を描いた大型の作品です。白い服の女性は青春期の清ら
かさ、赤い服の女性は性愛や情熱的な恋人、黒い服の年配の女
性は拒絶された愛や人生の終わりに近づいていることをそれぞれ
表しているようです。えっ、つまり若い頃は無邪気だったけど、
欲に溺れて、やがて老いて愛が終わるってことかな? ムンクは
女性関係でいろいろありました。悲観的な女性観が現れてます。
「別離」   1896年   (右)
こちらは浜辺に立って海に向かう金髪に白いドレスの女性の横向
き姿と、木にもたれ掛かって右手で心臓あたりを押さえている男性
が描かれた作品です。分かりやすい絵ですね。男性の恋愛を主題
として、男女を取り巻く人間関係、人間の在り様や感情が表現され
ています。男性は女性に関する記憶を忘れることが出来ず、過去
の記憶から逃げられない。作品はストーリー性があり、「接吻」 に
始まって 「別離」 に終わる一連の作品のようにも感じられました。

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会場には所々、スケッチブックなどから抜粋したムンクの 「メッセー
ジ」 が。ムンクの思いに触れながら展覧会を楽しむことができます。
「我々は誕生の時に、すでに死を体験している。これから我々を待
ち受けているのは、人生のなかで最も奇妙な体験、すなわち死と
呼ばれる、真の誕生である。一体、何に生まれるというのか?」
スケッチブックより (1927 ― 34年)

第七章  肖像画
続いては肖像画のコーナーです。ムンクは第5回ベルリン分離派
展に出品したのを機に支援者や顧客を得て、肖像の依頼なども
受けていたようです。また、アルコールへの依存を悪化させて入
院し、そこでお世話になった方の肖像なども残してます。その後、
回復して全身肖像を描いて 「守護者」 と呼んで大切にしました。

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「ダニエル ・ ヤコブソン」  1908-1909年  (左)
こちらはアルコール依存の治療をしてくれた医師の等身大の肖像
で、腰に両手を当てて立つ威厳ある姿で描かれています。背景は
黄色く輝くような感じで、崇拝しているんじゃないかというくらい堂
々たる雰囲気です。しかし、足元をよく見ると、悪魔の象徴とされ
る馬の蹄が! ムンクはこの医者に疑念も持っていたようで、ムン
クの患者としての心情を反映したような面白い解釈の作品でした。
「フリードリヒ ・ ニーチェ」  1906年  (右)
こちらは等身大より一回り大きなドイツの有名な哲学者、フリードリ
ヒ ・ ニーチェを描いた作品。ニーチェの妹から依頼されて写真を元
に描いているそうで、やや横向きで眉間にシワを寄せる気難しそう
な表情で描かれています。背景は黄色と赤が縞模様のような空が
広がっていて、「叫び」 とよく似た燃えるような紅色の空がうねる
ように描かれていますね。この隣には妹の肖像もありました。

第八章   躍動する風景
続いては風景画のコーナーです。勲章の授与や、個展の成功など、
ムンクは40代で祖国での評価を確かなものとしました。以前のメラ
ンコリックな風景画とは対照的に偉大な自然と人間の知性を主題と
するようになり、祖国の自然をダイナミックに描くようになりました。

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「太陽」  1910-13年  (左)
太陽が放つ光やエネルギーが画面いっぱいに爆発する、神秘的
な空気感が感じられる作品。キャンバスに近づいてみてみると、
放射状に広がる太陽光線の部分が、厚塗りの油絵の具や、歯磨
き粉をなすりつけるかのようにチューブからそのままキャンバスに
載せられた絵の具など、斬新な筆さばきも見どころたっぷりでした。
晩年落ち着いた頃にはゴッホっぽい作品になってる気がしました。
「疾駆する馬」  1910-12年  (右)
「疾駆する馬」 は、中央前面に踊るような馬が描かれ、力強い生命
の躍動を感じます。周りの人物の目鼻は点で簡単に描かれていて、
映像でいえば 「ぼかし」 のような効果。それで馬が浮き上がってい
ると思います。そんな技術を取り入れたのも、アンテナを張っていて、
新しいものを貪欲に取り込んでいったように見えます。馬が今にも
飛び出して来そうな、躍動的な絵が印象的でした。

第九章   画家の晩年
最後は晩年のコーナーです。国民的画家となったムンクは、隠遁
生活を送りつつ、旺盛な制作を続けました。晩年は、鮮やかな色
彩と軽いタッチによる明るい画面の作風を生み出し、初期作品の
再制作も続けます。しかし、ナチスの爆撃で家の窓ガラスが吹き
飛ばれると、その寒さから気管支炎を患い、戦争終結を前に亡く
なります。ここには、そうした晩年の作品が並んでいました。

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「庭のリンゴの樹」  1932-1942年  (左)
この絵画は、隠居している家になっている林檎の木を描いたとい
われています。ほかのムンクの絵画と違い、明るい幸せな心境が
思い描かれています。まるでゴッホの絵みたいだ。良く見ると、手
前のリンゴの樹の幹の先端を延長したところに小さな男女が描か
れていて、じっと見ているうちに、リンゴの樹の幹がこの二人が手
前から歩いていった道のようにも見えてきて、謎めいた表現が
隠されてるようにも思えます。
「星月夜」  1922-1924年  (右)
自宅から見える夜の冬景色。遠くに街の明かりが見える一方、
庭は分厚い積雪で覆われ、自宅から漏れ出た明かりが雪に反射
しているロマンチックな風景です。静かな冬の一夜、澄んだ空気
をも感じさせる美しい作品です。アレレレ、上の方の空の部分や
ゴッホの星月夜といい、タイトルまでゴッホと同じ作品。両者を比
べると構図も色彩もタッチもまるで違うのに、なぜか私には似た
ような印象を受けました。今回、最も印象に残った作品です。

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   「自画像、時計とベットの間」 1940-1943年 (左)
ムンクが最後に制作したとされる自画像。80歳で亡くなるまで描
き続けたムンクが、自身の死に向き合い、それを受け入れている
かのような寂しさ、落ち着き、そして穏やかさが感じられます。

この絵の中のムンクは、生気もなく腕もダラッと弛緩していて、
画面からは死相が色濃く漂っています。50代で隠遁生活に入り、
名声や名誉は得たが、晩節を見届けてくれる家族や恋人は側に
いない・・・。孤独な人生を送ってきた男の寂しい最後ということな
のでしょうか。画面を支配する寒色系の色使いからも強烈な寂寥
感が感じられた印象深い作品でした。ムンクの遺言書には、自分
が所有する全ての作品をオスロ市に遺贈する旨が記載されていた。
国に作品を遺贈し、国が征服されると、自分の作品がナチスに
取られてしまうことを恐れたからとも言われています。

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鑑賞し終わった頃には施設にはライトも照らされ、うっすら暗くなっ
ていました。(上) 記念撮影コーナーもありました。(下左) 一緒に
ポーズを撮ってSNSに写真を掲載するのでしょう。 行列が出来て
ました。普段グッツ等は購入しないのですが、何故か今回は 「叫び」
の手拭を。手ぬぐい買ってどうするの? と、娘とかみさんに言われ
たのですが、こんな風に飾ってます。掛け軸のように、ペストリー棒
というものがあるので簡単に飾ることができます。(下右) 洒落てる。

「見るものを描くのではなく、見たものを描くのだ」
・・・これはムンクが書き残した言葉です。例えばメランコリーという
海岸にたたずむ男を描いた作品があるのですが、ただ写実的に男
が描かれるのではなく、景色と溶け合うようなタッチや色づかいに
よって、そこに描かれた男の憂鬱な心境がありありと描かれてます。
まさに見るものを描くのではなく、見た瞬間の男の気持ちなどが
一緒に描かれており、ただただ凄いなぁ~と思いました。

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ゴッホの晩年の作品に惹かれるのと同様に、閾値を超えた精神状
態で描かれた作品は観る人の心に土足で踏み込んでくるような迫
力があります。どうやら私にとってムンクは 「叫び」 のイメージが
強すぎたのかもしれません。確かにメランコリックな面も見え隠れ
はしていましたが、そもそも先の 「生命のダンス」 をあげるまでも
なく、絵自体は時に色彩に輝き、それこそ目がさめるほどに美し
いのではないでしょうか。初めて画家の魅力を知ったような気が
しました。今後10年は、まず開催不可能な展覧会でしょうね。





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