一ヶ月に2回満月を迎える月を「ブルームーン」という。 そのブルームーンを見ると願い事が叶う・・・・。





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スピーチ (Speech)

...2019/02/10 09:34...

立春を過ぎたとはいえ、まだまだ寒さは続きます。
昨日は、東京でも雪が積もると大騒ぎになりました。
三連休なので、出勤時の心配はなかったのですが、
結局、雪は降ったものの屋根にうっすら程度で、
積雪というほどでもなかった。予想が外れ肩すかし
もホットしました。でも寒かった~。(笑)

立春を過ぎ、暦の上では春を迎えてから
体験する寒さを 「冴え返る」 と表現します。
冴えるには、冷えるという意味と、光や音、色などが
澄むという意味があります。また、「頭が冴える」 の
ように、技量、腕前が見事であるという意味もあります。

「返る」 には、もとの状態に戻るといった意味がありますから、
「冴え返る」 は単に余寒というのとは違って、一度、温かい
春の気を感じた後に、その春の気を鋭利な刃物でそぎ落とした
ように、一気に冬の寒さに戻る、そうした見事な、逆転劇の
ような寒の戻りを感じさせます。今年は立春後に暖かな
春の気を感じた後、この冬一番の厳しい寒さというわけです。

寒い日、暖かい日、そしてまた寒い日・・・と繰り返し
ながら、だんだんと春になるのだとは思います。
春の訪れを一層恋しく感じるこの頃です。。
寒い日が続き、ついつい出不精になりがちです。
今日も寒いです。朝、外に出たら風の冷たいこと。
ああ、早く暖かくならないかな・・・。

「鳶見えて冬あたたかやガラス窓」  正岡子規


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スピーチ (Speech)

近所の中学生の子が、全校生徒の前でスピーチを
することになったらしい。引っ込み思案で、人前で話す
のは苦手だし、どうしようかと母親は心配してるらしい。

スピーチをする機会は、誰にでも訪れます。
自己紹介のような短いものから、プレゼンのような大がかり
なものまで、人前で話す機会は、意外とあるものです。
せっかく人前で話す機会を得るからには、自分の伝えたい
ことが伝えたいままに伝わり、なおかつ、相手に影響力の
あるスピーチをしたいものです。

さらに話し手の悩みとして多いのが、スピーチ本番で 「緊張
してしまう」 ということです。確かに、大勢の人の前で話すと
いう環境は非日常であり、非日常は人に緊張感を与えます。
事前にスピーチをしているシーンを頭に描き、イメージの中で
その状況に慣れておけば、脳は 「これは既に経験したことだ」
と認識をします。結果、本番の緊張が和らぐのだという。
親が心配する気持ちも分かるが、良い体験だし意外と
子はしっかりしているものです。

そのスピーチと言えば、こんな話があります。
彼は仲間たちとサンフランシスコにいます。地元の人達から
豪華な料理や酒やダンスで熱烈なもてなしをを受けています。
そんな中、彼は一つの疑問を持ちました。この人達の中で
一番の血筋を持った人物は誰だろう。日本でいうと将軍家の
血統の人物がきっといるに違いない。その方に挨拶をせねば
なるまい。彼は思い切って一人のアメリカ人に訪ねました。

「初代大統領のワシントンの御子孫はこの中にいますかね」。
すると、その紳士は答えました。「いやぁ、まさかいませんよ。
そんなことは誰も気にしていません。ここは自由の国です。
大切なのはどこに生まれたかではなくて、今、生きている
私がどう生きているか。そして、あなたがどう生きて
いるかなんです。」

この答えに彼は衝撃を受けます。
「どういうことなのだ、かのワシントン大統領の子孫が我々
平民と同じ扱いであるということなのか。」 この事実を理解
するにはなかなか困難だ。彼は大きな違和感を抱えて
日本へと帰国しました。

アメリカやヨーロッパに視察に行った彼が目の当たりにしたのは、
病院、銀行、郵便どれも日本よりはるかに進んだものでした。
「先生、やはり日本はかなり遅れているということですね。」 
帰国を待っていた弟子たちは欧米の技術の高さを聞いて
ため息をつきました。「いや、技術的な事柄は日本人なら追い
つくことが出来るだろう。だが我々が学ぶべきものはもっと別の
処のようなきがするんだ。」 「先生、それはいったいなんですか。」
「いや、それは私もうまく言葉にできない。」 
それから彼と弟子たちは、欧米諸国から持ち帰った
おびただしい数の本を片っ端から翻訳します。

ある日、弟子の一人が彼に尋ねました。
先生、この本の Speech ( スピーチ) ? とは、どう訳せば
いいんでしょ。彼は首を傾げました。「どれどれ、これはね、
お、ちょっと君、これは凄い本を引き当てたぞ、でかした。」
その本には、スピーチの方法が書いてありました。
大勢の人の前で自分の考えを述べる。それが民主主義の
根本である。かれは膝を打ちました。分かったぞ。歓迎会で
大統領の子孫など気にしていないといったあの考え方。
あれこそが象徴的な出来事だったんだ。

「先生、それはどういうことですか。」 「身分の優劣に関係
なく、一人一人が主役となって自由に意見交換をする。
そうすれば社会にもっとも適した意見がまとまるというわけだ。
意見を声で発する行為、これがスピーチ。」

ようし、我々はこの Speech (スピーチ) を 「演説」 と名付けよう。
そして、この国を前に進めるために毎日、演説をしようではないか。
実は日本では、口頭で意見を言う習慣を持っていませんでした。
そのため、自分の意見を他に示し賛同を得るには、書面に
したためて同意を得るほかなかったのです。彼はそこに欧米
との大きな違いがあると気付いたのでした。文書で意見を
交わすだけでは皆が納得するような政治にはならない。
だから話す事。演説が必要なんだ・・・・・と。

彼は私財をなげうち、演説専用の建物を造りました。
ここを日本の民主主義の拠点としようではないか。
こうして完成したのが慶応義塾三田演説館。
造ったのは慶応義塾大学の創立者であり、スピーチ
を演説と訳した教育者、その名は・・・・・・・福沢諭吉。


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「節分追儺式 (節分豆まき) 増上寺 2019

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先週3日の日曜日。毎年恒例の 「豆まき」 が各地で行われた。
普段 「節分」 は平日が多いのですが、今年は日曜日とあって近所
のカメラ 好きの方の誘いもあって、芝 ・ 増上寺に出かけてきました。
「豆 まき」 と聞くと、未だに子どものようにワク ワクしてしまう。(笑)
増上寺の豆まきの様子を紹介です。

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「三解脱門 (三門)」
三解脱門は、慶長16 年 (1611) に徳川家康の助成により建立。
元和8年 (1622) に再建されたものです。この時代の天皇は後水
尾天皇。江戸幕府将軍は徳川秀忠、徳川家光時代でしょうかね。
この門は、増上寺で唯一の江戸時代初期の面影を残す建造物で、
重要文化財に指定されています。門前で鬼姿の人が皆に注目さ
れていました。お願いしたらポーズをとってくれ、パシャ。(下右)

三解脱門は別名 「三門」 とも呼ばれ、三つの煩悩 「貪欲 (とんよく
・ むさぼり) ・ 瞋恚 (しんに ・ いかり) ・ 愚痴 (ぐち ・ おろかさ)」 の
三悪を解脱する悟りの境地を表しています。この門を通ることにより
三つの煩悩を解脱することができるというわけです。上層部内部に
は、中央に釈迦三尊像、脇壇に十六羅漢像が安置されています。

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「増上寺」
増上寺は14世紀の開基とされ、もと紀尾井町にありましたが、慶長
3年 (1598) 江戸城の拡張に伴い、芝の現在地に移されました。
寛永寺とともに、徳川家の菩提寺とされ、大いに寺勢を誇りました。
寺域内には、6人 (二代秀忠公夫婦、六代家宣公夫婦、 七代家
継公、九代家重公、十二代家慶公、十四代家茂公) の将軍が葬
ら れています。 現在の大殿本堂は、昭和49年に再建され本堂
を中心にして、大寺の風格を示しています。

三解脱門を潜り進むと、最初の階段があります。参道から大殿前
に至る階段で18段。(下右) 阿弥陀仏の本願、第18 願の階段。
大殿前の階段は25菩薩をあらわし、25の階段となっています。
増上寺と言えば、背景が東京タワーとのペアで有名です。(下左)

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正午からの開催でしたが早めに出かけ、増上寺に着いた時には
ご覧のように、すでに特設ステージ前は人で一杯でした。やはり
日曜日ということもあって賑わ っていました。 五色の吹き流しが
掲げられています。(下右) 五色で魔除けの意味があります。

増上寺の節分の豆まきは、正式名称を 「節分追儺式 (せつぶん
ついなしき)」 と言い、角界の関取や親方、芸能人やスポーツ選
手といった有名人も多数参加して、豆まきに華を添えるのが恒例
です。福豆以外にも毎年企業からの品も加えて、お餅や袋菓子、
キャンディ、ポケットティシュや使い捨てカイロ、手袋といった小物
まで、スポンサー企業からのバラエティー豊かな物が撒かれると
あって大変な賑わいです。例年4,000人以上の人出があるという。

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「節分追儺式」 は、丹漆 (たんしつ) の 「三解脱門)」 を背景に、
増上寺僧侶 (上) の方々を先頭に、お練りが境内を行列して参 り
ます。古式豊かに裃をつけた年男年女の方々 (下右) や授業で
作ったお面や裃を身につけた可愛いらしい園児 (増上寺明徳幼
稚園) も参加です。 (下左) ちゃんと手を合わせての行進です。

【追儺式】
追儺式というのは、鬼や厄災を追い払うための大晦日の行事。
平安時代、宮中で行われていた 「追儺式」 をそのままに再現し
たという 「大儺之儀 (だいなのぎ)」 です。いわば厄払いをし開
運招福をする歴史ある行事のようです。

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お練り行列の最後列には、可愛いワンちゃん達 (狆 ・ チン 下右)
を連れた方々の行列が続きます。(上) エッ、狆が関係あるの? 
と思いましたが、増上寺は徳川家の菩提寺で、5 代将軍 “徳川綱
吉” の生類憐みの令で犬を大切にしたことでも有名です。犬の中
でも特に狆 (ちん) という犬種を寵愛していたという事なのです。
毎年、狆クラブのワンちゃん達も参加されるのだそうです。へー

「狆 (ちん)」 は、日本原産の愛玩犬で他の小型犬に比べ、長い
日本の歴史の中で独特の飼育がされてきたため、性格は穏和で
物静かな愛玩犬でした。江戸時代、「犬公方 (いぬくぼう)」 と呼
ばれた5代将軍徳川綱吉の治世下 (1680~1709年) では、
江戸城で座敷犬、抱き犬として飼育されていたようです。庶民
には 「ちんころ」 などと呼ばれていたそうです。洋犬の人気に
押され、今日では稀な存在となっています。

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「餅つき」 (上左)
年男年女が安国殿で祈願が行われた後、舞台では餅つきが行わ
れました。本来ならば搗きたて餅を撒くのですが、衛生上好ましく
ないという事もあって、あらかじめ祈願し準備した餅を撒くようです。
数も少ないし、諦めモードでいたのですが、頼みもしないのに突然、
私の方に餅が飛んできたのでゲット。(上右) 福餅は縁起が良い
ので、これは~春から縁起がいいや~。と、一人でニコニコ。(笑)
「鬼問答」  (下)
餅つきのあとは明徳幼稚園児達の鬼問答。鬼がたくさんの子供た
ち に囲まれて一斉に豆を受けていました。増上寺にある明徳幼稚
園の かわいい園児たちが大活躍し、赤、青の鬼を退治しました。
園児達の可愛らしい声が境内に響きます。

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「豆まき開始」
準備が整い一回目の 「豆まき」 が行われる本殿前舞台です。
所狭しと人で埋め尽くされています。日曜とあって凄い人です。
後ろの方では、これは無理だなぁと ” ぼやき ” が聞かれます。
最初は、赤い半纏を着た年男年女の方々の豆まきです。(下)

「節分」 は本来、季節の移り変わる時の意味で、立春 ・ 立夏 ・
立秋 ・ 立冬の前日を指していました。特に立春が1年の初めと考
えられることから次第に、「節分」 といえば春の節分を指すものと
なりました。立春を新年と考えれば、節分は大晦日にあたり、前年
の邪気を祓うという意味をこめて、追儺 (ついな) という行事が行
われていました。追儺とは悪鬼・疫癘 (えきれい) を追い払う行事
のことで、平安時代、陰陽師たちにより宮中に おいて大晦日盛大
に行われ、その後、諸国の社寺でも行われるようになりました。
その一つが 「豆まき」 です。古く中国に始まり、日本へは文武
天皇の頃に伝わったといわれています。

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恒例の 「豆まき」 がいよいよ行われます。 「福は内!」
豆袋が宙に舞い、歓声とともにすさまじい熱気に包まれます!

節分と言えば、豆まきですね。この豆まき、正式には 「豆打ち」 と
言うそうです。なんで節分に豆をまくかと言うことですが、あの豆に
意味があります。 大豆というのは非常に芽が出やすいそうです。
それは悪の芽が出やすいという意味になります。そこで、大豆の豆
を煎って使用する。煎ることで芽がでなくなるからです。この節分の
日は、暦 (こよみ) で言うと大晦日にあたります。だから豆を打って、
厄落としをするという意味もあるようです。 (゚ー゚)(。_。) ウンウン

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例年通り、お相撲さんやタレント、プロレスラー、それに噺家等たく
さんの方が豆まきに参加したようです。豆まきは5回に分けて行わ
れますので、運よく福豆をゲット出来たら、その1年は良い事たくさ
んありそうですね! 増上寺は徳川家の菩提寺でもあるため開運
のパワースポットとして有名なんです。さらに、アクセスがいいこと
から多くの観光客で賑わっています。

節分には、豆まきをするほか、恵方を向いて長い太巻きの 「恵方
巻」 を食べたり、立春の前日にあたる節分を年越しと考えて、前の
年の邪気を払う 「節分そば」 を食べたりしますが、その他に 「節分
イワシ」 ・ 「厄除け鰯」 というものがあるそうです。ご存知ですか?

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力士も登場し、舞台からの豆まきは華やかでした。豆まきの枡を
手に取っ た瞬間、何やら皆さんの目の色が変わる! 増上寺の
ありがたい お豆、ゲットした方は 「福」 がきた感じです。

『鬼は~外!福は~内!』 の掛け声と共に豆があちこちから撒か
れています。「豆まき」、と言いますが、これはバラの豆ではなくて
小袋に入った 「福豆」 が投げられます。この豆は、数日かがりで
お坊さんや近隣の方が増上寺の食堂で豆を袋に入れる作業をし
ているそうですよ。華やかな豆まきの裏方には 「マメな手作業」
が行われているんですね。運よく豆を手に入れられたら、縁起
ものですので、ありがたく頂きたいものです。

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増上寺の豆まきには芸能人やスポーツ選手がゲストとして豆まき
に参加することから、多くの方が芸能人から福を分けてもらおうと、
毎年すごい人数が集まり大混雑します。参加されている芸能人
は昔の方が多かったようで、私はあまり知りませんでした。(笑)

「川野太郎氏と岡田茉莉子さん」 (上)
NHK朝の連続ドラマ「澪つくし」で主演の沢口靖子さんと共に、この
時にデビューされた川野太郎さん。『料理バンザイ!』でのレポーター
も長年務め、明治座での舞台公演などしっかり、俳優業をしている。
隣りの女性は岡田茉莉子さん 。隣りにいた年配の方に教えてもら
いました。昔は美人だったようです。お年を召されてもパッチリした
目が印象的で、年齢を聞いてビックリ、86歳なんだそうです。
「中村玉緒さんと渡辺絵美さん」 (下左)  
バラ エティ番組では天然キャラクターでいつも明るい笑顔と豪快
な笑い 方が印象的な中村玉緒さん。戦後 ・ 昭和から現在にかけ、
第一線 で活躍している女優です。夫は言わずと知れた勝新太郎。
渡辺絵美さんは、1970年代に活躍した元フィギュアスケート選手。
現在はタレ ント兼プロスケーター。国内では1972年から 『全日本
選手権』 で 8連覇を果たすという偉業を成し遂げています。(右側)
「片山さつき内閣府特命担当大臣」 (下右)
この手の行事に必ず登場するのが国会議員。都内のイベントで
よく見かけますね。目黒のさんま祭りでも 見かけました。幼少の
ころより神童の誉れ高く、東京大学法学部を卒業、大蔵省入省。
添要一氏 (前東京都知事) と見合い結婚したが離婚してい る。

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「池谷京子さん」 (上)
この方だけは私もすぐに分かりました。(笑) ミュージカルシンガー
の池谷京子さん (女優 ・ シンガー)。「文明堂カステラ」 のテーマソ
ング、「ヤン坊マー坊」 のマー坊役、「きてよパーマン」 の主題歌な
どを歌い、現在では七色の声を持つ女優 ・ シンガーとして活躍中!
「秋本祐希さん」 (下左)
手を上げている方が秋本祐希さん。女優兼モデルさんですね。
女優としても出演した作品もたくさんありますが、現在は主に女性
ファッション誌のモデルとして活躍しています。野球選手と結婚も
離婚して、シングルマザーとして子育てをしカリスマ主婦モデル
として活躍。TOKIO の松岡昌宏さんとは高校の同級生。
「高木澪さん」 (下右)
「ダンスはうまく踊れない」 が大ヒットしてからと言うもの、ドラマ
では 「スチュワーデス物語」 もブレイクして順中満帆のライフス
タイルを送ってきていますが、その後は難病乗り越え完全復帰。

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本殿前では、凄い熱気で 「豆まき」 が行われているのですが、
すでに次の参加者が待機しています。増上寺では5 回に分けて
「豆まき」 が行われます。入れ替え制なので、二回目の人たちが
待機しているわけです。「三門 (三解脱門)」 前から本殿前の階
段までかなり距離があります。人の数の多さが想像できると思い
ます。日曜日ですからね。「福」 を得たいのは誰しも同じなんです。

子どもの頃の我が家では、節分の日に母がいった豆を枡に入れ、
父が恭しく 神棚にお供えし、それを家中にまいていた。 豆が畳に
ぶつかる音が私は大好きだった。 父は、照れくさがって 「鬼は外、
福は 内」 をあまり言わなかった。それを気にした母が、父の枡か
ら豆をひとつかみ取り、「鬼は外」 と大声で 外へ放り投げていた
ことを思い出します。

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「阿武咲関 (上左)」 「 勢関 (上右)」 
阿武松部屋の前頭 ・ 阿武咲 (おうのしょう) 関。18歳の時に十両
昇進、そして現在はまだ22歳とスピ ード出世を遂げている力士。
四股名は、所属する阿武松部屋 から 「阿武」 、阿武松部屋で花を
咲かせて欲しいという願いから 「咲」 で 「阿武咲」。今後の活躍に
期待がかかりそうです。 伊勢ノ海部屋の前頭 ・ (いきおい) 関 。
いわゆる 「エレベー ター力士」 の1人と言われ、幕内上位に昇進
しては大負けを喫し下位 に戻るパターンが続いている。相撲甚句
の名手としても知られます。
「阿武松親方」 (下左)  「玉ノ井親方」 (下右)
阿武松親方 (元関脇 益荒雄)。相撲協会理事候補選で、貴乃花
一派 から唯一当選したのが阿武松親方です。2010年の理事選
で二所ノ 関一門から強引に出馬した貴乃花親方を支持。一門を
破門になり、 貴乃花親方に合流したという。玉ノ井親方 (元大関 ・
栃東) は、高血圧による脳梗塞の疑いで、30歳で現役を引退した。
父が創設した玉ノ井部屋を継ぎ、親方として指導にあたる。入幕
後は早くから「大関候補」として期待を集め、怪我の影響もあって
入幕から大関昇進までは5年の歳月を要した。大関昇進伝達式
では口上に 「努力精進 」の文言。

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特設舞台の前は人で大混乱なのですが、嬉しいことに、お年寄り
の方は舞台の右側に、(下右) そしてお子様は、舞台左手奥に子
連れスペースが設ける配慮がされていました。(下左) ここでお菓
子や豆を捕って満足そうでした。ここでも外国の方が多く見られま
した。念願の 「豆」 ゲットしたらしく、二人ともスマホで写 真を撮っ
ていました。最近は季節行事にも興味がある人が多くなりました。
例年通り報道関係者も多数見えていて、夕方のニュ ースで放送
するのでしょう。盛んに取材をしていました。寒空の中、長時間の
取材は大変だろ うと思います。ご苦労様です。

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増上寺では、「福豆」 のほかに餅やお菓子、それに 「福豆」 には
色違いの紙が入っていて、当たれば食事券やホテルの宿泊券な
ど豪華な品が当たるようです。運が良ければ、まさに福をGetでき
るとあって、皆さん必死になる訳です。ですから桝には福豆の他
にお菓子もいっぱいです。(下左) 菓子袋が舞落ちます。が、手
を出した人はほどんとゲット出来ず、手に当たるも後ろに方に捕ら
れてガッカリ。一番前は良さそうですが、意外と来ないんです。
なので優しい方々ですね。そっと前の方に・・・。(上) 「福豆」 を
ゲットするのに、色々な方法があるものです。アイデアは感心し
ますが紙袋で・・・・・、ちょっとルール違反? かもね。(下右)

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いやぁ、もうすごい人、人、人! 今年は節分が日曜日に重なった
せいでしょうか。豆まきが始まると、下にいる人たちが必死になって
福豆をキャッチしようとします。狙い場所は、あまり舞台に近すぎな
い場所。舞台の上の人は遠くに投げようとするので、あまり近すぎ
ると落ちて来ない確率が高いという。私は遠慮して後の方にいた
のですが、一つも豆をキャッチできませんでした。ドンくさ~~い! 
と思いきや、一直線に私の所に飛んできたのです 「福豆」 が、
何と 「福豆」 を2袋ゲットしました。「福は来る」 んですね。
そばにいた外国の女性の方に歳の数だけ食べることを教えて
お裾分け。喜んでくれました。福餅は持ち帰りました。(笑)

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「豆まき終了後」
人混みで賑わった本殿前も早々に手際よく後片付されていました。
せっかく増上寺を訪れるのですから、豆まきだけで帰ってしまうの
はもったいないと徳川将軍家墓所を拝観して戻ると、本殿に参拝
する人たちがチラホラと。(上) 豆巻きのステージ上は、なかなか
機会がないので上がってみました。(下右) こんな感じです。

節分には、豆を食べなきゃ!
子供の頃はもっと食べたかったのに、今はあまり食べませんね!?
年中行事の中でも、節分はみんなで楽しめる人気のイベント!
年々、恵方巻きの人気が上昇しています。食べるべき豆の数は
年々増え続け・・・さて、どうしましょう。(笑)  我が家では、大事
にしまわれていた節分用の枡が一日だけ使われ、その後に春
が近づいている気配を感じるようになるのです。

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「福は内~」 誰しもが願う 「幸福」。
様々な難局が山積みする日本。そして私達の日常生活。
「辛」 けれど、しっかりと物事を見定めてチャレンジをし、一歩踏み
出して今までの縛りから脱却して、新たなものを作りあげていく。
「辛」 という字に 「一」 を加えると、 「幸せ」 の字になります。
今年一年が、ご多幸ありますように。 「福は内~」





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