一ヶ月に2回満月を迎える月を「ブルームーン」という。 そのブルームーンを見ると願い事が叶う・・・・。






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「ひと言の魔法」

...2018/03/25 17:50...

やわらかな日差しのぬくもりに心が
浮き立つ 「春隣」。外を歩くとつぼみだった
桜の花 がパッと開いて、あちこちで小さな
春を感じるようになってきました。

週末は桜も満開か? 
と思いきや日本列島、雪が降ったところもあって、
真冬に逆戻りのブブブルの先週でした。気温の
変化について行けない。天気予報見てたし、
寒くなるとは知ってたよ。でも、身体は忘れてた。
陽だまりのこの心地よさ、太陽の有り難み・・・・。
このまま本当に暖かい季節になって
くれるといいのだが・・・。

春を感じる鳥といえば、「ホーホケキョ♪」 で
親しまれているウグイス。 でも、「ホーホケキョ♪」 は
早春から夏にかけてで、秋冬のあいだは 「チャッチャッ」
という鳴き声のようです。皆さんのご近所では、
上手な鳴き声が響いていますか?
春の気配は視覚や空気で感じることが多いですが、
たまにはそっと耳をすませて、春の音を感じて
みたいですね。

さて、
3月は異動の季節でもあるんですね。
卒業、転勤や退職等、人生の節目の季節です。
先日も何人かの方が、転勤のため挨拶にこられた。
「人生、楽ありゃ、苦もあるさ」 という、ごまかしようのない
人生の真実をがっちり、心の土台に組み込んで、
次なる人生のステージに臨んで欲しいものです。
人の世は楽だけとか、苦だけということはありません。
楽の影には苦が潜み、苦の後には楽が待って
いるものです。 頑張りましょう!

年度末の決算や新生活を始める方は、
これからが忙しさのピークでしょうか。
これから先、辛いことや悲しいこともあるかと
思いますが、みなさんの人生というレールは、
どこまでも明るい未来へつながっています。
気持ちを新たに、暖かな春を元気に迎えましょう!

The future belongs to those who believe in the beauty of their dreams.
(夢を持つことの素晴らしさ、それを信じている人には未来があります)

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「ひと言の魔法」

いつもは、仲間内が多いのですが、
社員食堂で珍しく他の部署の女子社員と一緒に
食事をした。食事しながらお互い世間話や情報
交換したりと話が弾んだ。職場に戻って同僚が
「彼女たちの受け答えが上手だなぁ」 と言う。

私たちは会話中に 「うんうん」 と相づちを打ったり、
「そうですよね」 と同調したり、 「なるほどねェ」 と
感心したりするなど、さまざまな反応を話し手に
送っている。その中で 「分かります」 という共感の
ひと言ほど相手に満足感を与えるものはないの
ではないだろうか。相手は 「同じ気持ちになって
くれている!」 とうれしくなり、もっと話し続けよう
とパワーアップするものだ。

ちょっとした失敗をして愚痴をこぼしたとき、
聞いてくれていた相手の 「わかりますよ、その気持ち、
私も同じことをやらかしましたから」 のひと言に思わず
身をのりだし、「ホント?」 と同士を得た気分になり、
勇気さえ湧いてくるから不思議だ。共感してもらえて
いるという手応えは 「うんうん」 と首をふって聞いて
もらうのとでは天と地ほども違ってくる。
「おっしゃる意味、よく分かります」 「分かります、
本当にそうです」 などと積極的に共感のあいづちを
伝えた方が、会話は格段と活性化するものなのだろう。

平昌五輪で、カーリング女子日本代表 「LS北見」
チームが、「そだねー」 と会話する様子が注目された。
『そだねー』 は、相手の言うことをちゃんと聞いているよ、
という合図。試合中、笑顔を見せずポーカーフェースで
指示する韓国の 「メガネ先輩」 選手とは対照的に、
藤沢選手の方は「○○でいいかい?」 と北海道弁で
聞き、「そだねー」。「うん、いいよー」 と声が続く。
否定し合うことがなく、聞いていて心地いいやりとりだ。

相手の話に価値があると反応して、相手に気持ち
よく話してもらう方法として、同僚が教えてくれた。
そのフレーズが 「さ、し、す、せ、そ」 だという。
「さ」 = さすがですね。「し」 = 知らなかったです。
「す」 = 素敵ですね。「せ」 = センスがいいですね。
「そ」 = それはすごいですね。

どれもちょっとした小ワザだが、相手のことを考えて
できるささやかな心遣いでもある。これらを身につける
だけでも、会話は軽やかで楽しいものになりそうだ。
しかも、自分のためにもなれば、相手のためにもなる。
出会う人や知っている人のことを考えて、その人を
楽しませようとすることは、雑談のひとときも人間関係
も豊かにしてくれるに違いない。

よく話しの輪に入れない、思いを上手に伝えられない
と悩む人がいるが、まずこの 「さ、し、す、せ、そ」 の
ひと言にトライしてみることをおすすめしたい。
自分の気持ちはながながと説明しなくても、あいづち
のひと言で的確に伝えることができることが分かると思う。
勿論、「そだねー」 も、愛嬌があって、受けるかもしれない。

何気ない食事中のひょんな会話から、
「なるほど、分かります」。 「そうですよね」 などと
ひと言の魔法が、共感を伝える言葉であること
なんだなぁと改めて思ったのでした。
「そだねー」。(笑)


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「菜の花畑に~ におい淡 (あわ) し」  
     ~浜離宮恩賜庭園 ~

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知人の友人 (外国人) のお供で築地に行くことになり、ふと会社
の女子社員が浜離宮の菜の花 が、綺麗に咲いているというので、
春を探しに 「浜離宮恩賜庭園」 に立ち寄って見ることにしました。
そこは想像以上の菜の花畑で、辺り一面 が黄の絨毯だったの
です。「菜の花がきれい」 が、まさに春を 呼んでくれたのです。
桜が満開の前に、春を感じで下さい。 久しぶりの庭園散歩です。

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「浜離宮恩賜庭園」 (上) 「大手門橋」 (下左) 「大手門出入口」
(下右) 浜離宮恩賜庭園へは、色々な行き方がありますが、今回
は、JR ・ 新橋駅の地下道を通って汐留方面に向かいます。 大手
門橋付近の交差点は分かりづらく複雑で、いつも迷います。 今回、
築地川にかかる大手門橋を渡り、大手門から入りました。

開園時間 :  午前9 時~午後5 時
入園料   :  300 円 ・ 65歳以上150 円

庭園入口で、無料でユビキタス・コミュニケータという音声ガイド。
これがすぐれもので、説明設定の場所に近づくと自動的に反応し
て解説が始まります。自由自在に園内を散策して、なにもしなくて
も音声ガイドがついてくるので、外国の方にも人気でした。入場料
金は300円と、いつもながらお財布に優しい価格です。個人的に
は浜離宮はあまりにも広すぎて庭園とは思えない造りだと敬遠し
ていました。でも、久しぶりに歩いてみて違った 魅力も発見。

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「大泉水 (潮入り池)」 中の島茶屋や汐留付近のビル群が見える。

この地は、寛永年間 (1624-1644年) までは、将軍家の鷹狩場で
一面の芦原でした。ここに屋敷を建てたのは、承応3年 (1654)
四代将軍家綱の弟で甲府宰相の松平綱重。その後、綱重の子
の家宣が六代将軍になったのを契機に、屋敷は将軍家の別邸
となり、名称も 「浜御殿」 と改められました。以来、歴代将軍によ
って幾度かの造園、改修工事が行なわれ、11代将軍家斉の時
にほぼ現在の姿の庭園が完成しました。明治維新ののちは皇室
の離宮となり、名前も 「浜離宮」 となりました。その後、 関東大震
災や戦災によって、御茶屋など貴重な建造物が焼失 したり樹木
が損傷し、往時の面影はなくなりましたが、昭和20年、東京都に
下賜され、整備のうえ昭和21年に都立公園として一般公開され
るに至りました。

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入口からチョット歩き始めると 「わおー広ろ~い」 「きれい!」 異
様な空間に圧倒されます。松の木々の綺麗なこと。芝の綺麗なこと。
驚くばかりです。全体的に芝生の部分が多く開放感が あり、庭園の
周りは汐留の高層ビル群が目に飛び込んできます。まさに都会の
中の庭園風景です。

「内堀」 (上) 舟で運ばれてきた物質がここで陸揚げされました。
今も残る石積の護岸や陸揚げ用の石段などは、江戸時代の水運
の遺構として大変貴重なものだそうです。
「水上バス」 (下左) 「海岸」 (下右)
東京湾側で庭園の外にあたる 「海岸」 に出て来ると気持ちいい
潮風を受けます。水門で隔たれてはいますが、すぐ東京湾に隣接
しています。OLやサラリーマンが昼時ベンチで、よく弁当を食べて
います。この時期は外で弁当を食べるのもいいものです。「水上バ
ス乗り場」 があり、庭園に直結しているので浅草や両国 など隅田
川沿岸から来ることができます。平日でも結構混雑しています。

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「潮入りの池 (横堀)」 (上) 「水門」 (下左) 「お伝い橋」 (下右) 

「潮入りの池」 とは、海水を導き、潮の満ち干によって池の趣を変
えるもので、海辺の庭園で通常用いられていた様式です。水門か
ら引き入れた江戸湾 (東京湾) の海水は、「横堀」 と呼ばれる縦に
長い池を経て 「潮入りの池」 に至ります。それらの池には海水魚が
泳ぎ、 護岸の岩にはカニやフジツボが 生息するなど、まさに海水
の庭園ならではの風情を楽しめます。「横堀水門」 昔からこの堰で
海水の出入りを調整しています。東京湾の潮の干潮を利用して池
の水位を上下させ、庭の趣に変化を持たせるように作られた 「潮入
の池」 に必要なものです。「海手お伝い橋」 横堀を区切る様に架か
るのが 「お伝い橋」。此の橋は樋の口山、横堀水門、新樋の口山に
繋がる橋です。橋の上から見ると水面に野鳥の遊ぶ姿を見ることが
できます。年中野鳥が生息し、都心のオアシスです。

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都心のビル街と広い庭園、将軍家でなければできなかった場所
柄を感じさせます。都内の庭園の中ではかなり広いです。 現在
は 「浜離宮」 として親しまれている庭園ですが、元々は将軍家
のものなので史跡としては 「浜御殿」 となるわけです。

6 代将軍・徳川家宣は、中島の茶屋、海手の御茶屋、清水の御茶
屋等を建て、浜御殿奉公を置いたり公家の接待の場として活用さ
れたようです。8代将軍・徳川吉宗は、ここを実用学の実験場とし
て活用し、サトウキビや朝鮮人参の栽培に成功。浜御殿の役人を
大幅 に減らしたり、5・6代将軍の側室の館を建設しました。徳川
の将軍達は、鴨狩や鷹狩りを頻繁に行 ったようです。生類憐れみ
の令を出した、5代将軍綱吉は鷹狩を廃止。復活させたのは8代
将軍吉宗といいます。11代将軍家斉の頃は、鷹狩も遊びとなり、
鴨場を利用して放鷹 (ほうよう) が盛んになったようです。
それぞれの将軍の個性が伺えて面白いですね。

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まず最初に向かったのがお花畑。都心のオアシスの貴重な花畑の
絶景です。春の陽射しに、恩賜庭園の菜の花畑が 一面黄色い花
で輝いています。都会にも春が訪れた、そんな光景ですね。一度
スイッチが入った春の花たち、菜の花が一面に広が り見頃を迎え、
確実に春は近づいてきているようです。

これぞまさに、「都会のオアシス」!
汐留に集まる日本が誇る企業のオフィス群の足元に、浜離宮恩賜
庭園の菜の花畑は広がっています。  まさか、東京の都心のど真
ん中に、それも高層ビル群に囲まれてこれほどの規模の菜の花畑
があったとは。その圧倒的スケールに、誰もが驚嘆することでしょう。 
こんなトコロが東京のヨサ。高層ビルの麓にある菜の花畑もいいも
のです。 数万本の菜の花の絨毯が見頃を迎えていました。

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東京都心部というと広大な菜の花畑が作れるような場所など、まず
期待できない訳ですが、そんな都心のしかも一等地にある浜離宮
恩賜庭園では、毎年、春になると広大な菜の花の群生が見られれ
るのです。高層ビル郡も菜の花をのぞいているのでしょうかね。
こんなトコロが東京都、しかも銀座のすぐ近くにあるんですよ! 

  菜の花畠に、入日薄れ~
大人になっても、好きな歌にあげる人が多い 「朧 (おぼろ) 月夜」。
「春風そよふく 空を見れば」 というような、日本的な豊かな季節感
を表現し懐かしさのあるメロディーです。一番は、春風が小さい花
びらを揺らす一面の菜の花畑。二番は、さらに時が進み、「里わの
火影も」 「森の色も」 「田中の小路を たどる人も」 のように見えるも
のだけでなく、「蛙のなくねも」 「かねの音も」 など耳でとらえたもの、
そして 「・・・・も」 で列挙されるすべてのものが霞んでいる、のどか
な春の情景です。歌を口ずさめば、だれでも心の中に静かで幻想
的な菜の花畑が広がります。 それは、いつかどこかで見た事が
あるような思いを抱かせます。まさに春めく風景です。

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菜の花畑の向こうに、汐留で見たビル群が立ち並んで いて、すご
く不思議な空間です。その光景に不思議と違和感がありません。
都会にこれだ けの菜の花畑は貴重ですね。菜の花に溶け込んで
しまうくらい、目の前で飽きるまで見つ めていました。黄色い花に
は何か元気が貰えそうです。

菜の花は、地中海沿岸を原産とするアブラナ科の植物で、日本へ
は弥生時代に中国から渡来したと言われています。菜の花その物
を食べるようになったのは、意外と遅く、明治時代以降のことです。
それまでは照明用の燃料である菜種油を採るために、栽培されて
いたと言われています。現在では、地球に優しいリサイクル資源
として注目されています。私たちが食用とする菜の花は、成長過
程によって呼び名が異なります。 若い茎葉が食用になるときは
「青菜」、花を付けているときは 「菜の花」、種子ができたときには
「油菜」 と呼ばれています。

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花畑の中を歩ける道があります。菜の花によって作られる一面の
イエローカーペットの中を歩くのは、本当に気持ちの良いものです。
その心地良さは、どれだけ歩いても飽きることがありません。誰もが
癒されると思います。花畑中の一部を切り取ってしまえば、ここが都
心のど真ん中だなんて分かりません。背景にはどこまでも続く黄色
い菜の花畑が広がっている・・・・かのよう。 実際にかなり広いのは
確かですけど。 春の陽射しもあったので、菜の花が一段と鮮やか
に見えました。

遊歩道を歩いて菜の花に囲まれるも良し、あるいは横から眺めつつ
お茶を飲むも良し。菜の花のすぐ横でレジャーマットを敷いて弁当を
食べている家族連れもいました。外国の方の多いこと。 思わぬ都会
の中の花畑に感激しているようでした。それにしてもこれだけ菜の花
が集まっているせいか、甘い香りが強烈に漂っていました。 菜の花
の香りって初めて嗅いだ気がします。

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黄色のジュータンと青空のコントラストが気持ちいいです。
一般的に春到来を告げる季節の風物詩と言えば、真っ先に思い
つくのが桜・・・ソメイヨシノの開花だと思いますが、広い敷地内に
黄色い絨毯のように咲き誇る菜の花もまた同様に春到来の風物
詩じゃないかと思います。特に菜の花の場合は黄色い花が 「春
の陽気」 を連想させるので、桜の開花以上に春らしく、そして温
かみのある光景じゃないかと思います。そんな光景が東京・・・、
しかも都心のど真ん中で見る事が出来ます。浜離宮こと 「浜離
宮恩賜庭園」 です。

今日はよく晴れた暖かい日。黄色のジュータンの菜の花。春をま
どろむ鳥たちにやさしい春を感じました.。 菜の花畑で1時間以上
過ごしてしまいました。いくらでもシャッターが切れてしまってキリ
がないし、せっかくなので浜離宮を少し散歩しました。 ただし、
思ったよりも広すぎて、すべてを回ることは出来ませんでした。

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6代将軍 ・ 徳川家宣が建てたという中島の茶屋で、一休みするこ
とにしました。お伝い橋を渡って進みます。浜離宮恩賜庭園を訪
れる方なら、必ず立ち寄る場所です。茶屋から眺めも良く、しばし、
寛ぐには持って来いの場所です。外国の方も多く訪れます。

「中島の御茶屋」
中島の御茶屋は、江戸の大名庭園等に設けられた園遊接待のた
めの施設です。宝永4年 (1707) 6代将軍徳川家宣が建てられ
て以来、将軍をはじめ御代様、公家たちがここで庭園の見飽きぬ
眺望を堪能したのでしょう。水の面に映える橋と茶屋の姿は、風趣
に富んでいます。 かつては眺めもよく、 海のかなたに房総を望め、
夕涼みや月見に使われたようです。

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わ~イイですね。畳の間に緋毛氈が敷かれて雰囲気も良いです。
室内は畳部屋の他に、テーブルといす席が設けられていますが、
椅子席はなれない外国の方達の為なんでしょう。しかし、不思議
にも畳の部屋には外国の方が、椅子席は日本人が座っていまし
た。(笑) 外にはテラスが設けられているのですが、いつも満席。

将軍や公家の方々は、ここ中島の御茶屋で 「茶」 を楽しみながら
眺望を堪能したというので、私達も季節限定の 「上生菓子抹茶セ
ット」 (下左) を注 文して、お殿様気分で抹茶を一服頂き ました。
「春にちなんで桜の花をあしらいました」 と生菓子の説明を受けま
した。えぇ、菜の花じゃなかったの? と、嬉しい誤算。四季折々の
季節感が小さな菓子の中に彩られ、口の中にも春が広がった感じ
で美味しかったです。結構なお手前でございました。抹茶を頂いた
直後に玄関先から大声が聞えてきました。どうやら中国系の十数
人の観光客の一団のようです。(下右) すぐ退散しました。(笑)

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潮入りの池の周囲には、全部で5棟の御茶屋が建てられていたが、
いずれも震災や第二次大戦の空襲により失われました。磯石など
の遺構を調査し、松の御茶屋と燕の御茶屋が復元され、鷹の御茶
屋は現在復元中で、完成すれば池 ・建物 ・ 橋などが織りなす大
名庭園の往時の景観に更に一歩近づいた景色がよみがえります。

「松の茶屋」 (上右)
11代将軍徳川家斉が在職中の天明7年 (1787) ~天保8年 (18
37) の間に建てられました。「中島の御茶屋」 と 対をなす端正な外
観の茶屋です。「潮入り の池」 の目の前に建っており、池への眺望
が大変よい御茶屋で、 明治2年(1869)、英国公使との会食場にも使
わたようです。平成22年に復元されました。 別名を 「翠松亭」。
「燕の御茶屋」 (下左)
11代将軍徳川家斉が建てましたが、第二次 大戦の空襲により焼失
しました。数寄屋風、眺望にも優れているため茶座敷として使われた
ようです。名前は、室内の釘隠しの金具の形が燕の姿であったから
と伝われています。平成27年に復元されています。
「鷹の御茶屋」 (下右)
鷹の御茶屋は、茅葺の農家の造りを模し、将軍が鷹狩りをする際
の休憩所として使われ、野支度のまま立ち寄れるように広い土間
があり、囲炉裏があったとされています。現在、復元工事中で、平
成30年3月下旬に完成予定。

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浜離宮恩賜庭園は、江戸時代に徳川将軍家の別邸として利用さ
れ 「浜御殿」 と呼ばれた南庭と、明治時代以降に造られた北庭と
に分けられます。南庭は、潮入の池と二つの鴨場をもつ、江戸時
代の代表的な大名庭園。旧芝離宮恩賜庭園、清澄庭園、旧安田
庭園なども昔は潮入の池でした。しかし現在、実際に海水が出入
りしているのは、江戸の大名庭園では都内で、ここだけとなってい
ます。昭和27年に周囲の水面を含め、国の特別名勝及び特別史
跡に指定され、その美しさは折り紙つきです。この池を中心に、大
樹揃いの桜が園内に点在すること100本余。ソメイヨシノとヤエザ
クラ、それぞれの花が見ごろとなるのは4月初旬とか。

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春を告げる菜の花のほかに、忘れてならないのが梅の花。
日差しの暖かくなるこの時期に、一足早い春の到来を告げるのに
梅の花があります。春がそこまで訪れていることを気づかせてくれ
る梅の花は、サクラと並び、古くから日本人に愛されてきました。

浜離宮恩賜庭園にも梅林があり、八重寒紅 ・ 白滝枝垂 ・ 冬至 ・
八重野梅 ・ 紅千鳥など、様々な種類の梅があります。見頃は3月
上旬。早いものでは八重寒紅が1月から、枝垂梅は2月中旬が見
頃のようです。今年の梅は、全体でみると比較 的ゆっくりとしたペ
ースで咲き始めてるようでした。まだ頑張って梅が咲き残ってます。
梅の花の甘い香りに、顔もほころんだ一日で した。

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ここでも菜の花の他に梅にも外国の方が群がって、盛んに写真を
撮っていました。都会のオアシスに満足しているようです。梅は枝
に沿うように咲きます。桜のように密集して咲かないのが特徴で、
そのため写真に撮ると、ちょっと散漫な感じになってしまい残念。

梅は中国原産の花木で、朝鮮半島を経由して日本に渡ってきたと
いわれています。正確な渡来時期はまだわかっていませんが、『万
葉集』 では100首を超える歌が詠まれていることから、奈良時代に
はすでに栽培されていたようです。観賞価値の高い花を咲かせる
「花ウメ」 と、薬や食品加工用に向く良質の実をつける 「実ウメ」 に
分けられ、目的の違いにより剪定方法や肥培管理など栽培方法が
異なるようです。花ウメの観賞対象は花のほかに香りや、幹の形や
枝ぶりです。寿命の長い樹木なので、年月をかけて樹形をつくる
のも楽しみの一つのようです。

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冬の寒さがまだ厳しい時期に、一輪また一輪と咲く梅の花は、派手
な美しさこそ感じられませんが、そこは何となく耐える力強さといった
ものを感じさせる早春の花だと思いますよね。今ではお花見というと
桜のことだが、万葉時代には梅の方が人気があったようです。「わが
園に 梅の花散る ひさかたの 展より雪の 流れくるかも」 というの
は、万葉歌人の大伴旅人が梅に感嘆して詠みました。

「緑萼 (りょくがく)」 (上)
緑萼梅 (りょくがくばい) という萼が緑色の白梅だそうです。青白い
色の八重咲きの花です。花びらの外側の萼が緑色なので 「緑萼」
と付いたと思われます。遠めに見ると淡い黄緑色の花が咲いてい
るように見えます。珍しい梅のようです。
「思いのまま」 (下)
梅には、一本の木に紅白の花を一緒につける種類があります。
(下右) それが 『思いのまま』。どんなふうに花が咲くのか、人間の
手では決して制御できないことから、『思いのまま』 と名づけられま
した。一本の木に白や紅と違った色の花が咲くことを 『咲き分け』、
花びらそのものに色が混じることを 『絞り』 と言います。(下左)
こちら人間の方の「思いのまま」ではなくて、梅自身の 「思いのまま」
に咲くことに、計り知れない自然の不思議さを感じます。「ああもした
い、こうもしたい」 とは思いますが、なかなか思い通りにならない昨今、
「梅の木」 の方から 「思いのまま」 の気持ちを聞けるものなら、
聞きたいものです。 (笑)

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花木園に、見事な 「カンヒザクラ (寒緋桜)」 が咲いていました。
誰もがイメージするような淡い白色でわーっと花が咲くのではなく、
濃いピンクのつり鐘状の花がかわいらしく咲いています。どこより
も早く春の訪れを感じさせてくれるカンヒザクラ。そのかわいらしい
佇まいの桜を堪能しました。「沖縄で、全国初の花見」 とのニュ
ースが毎年ありますが花見の花は、この 「寒緋桜」 のことです。

「カンヒザクラ (寒緋桜)」
寒緋桜の特徴は、濃いピンクの花が釣り鐘のように下向きに咲く。
(下右) やや小ぶりな一重の花が咲き、同時にいくつも花が咲く
ため、それほど小さくは感じません。むしろ下向きに咲く姿が、他
の桜にはない美しさと迫力を生み出しています。「寒」 い時期に
「緋」 色の花が咲く 「桜」 ということで、寒緋桜と呼ばれるようにな
ったようです。沖縄では桜と言えばこのカンヒザクラ (寒緋桜) を
指します。 文字通り 「あでやか」 な赤にも紫にも近い濃い色は、
やや気まぐれで美しい女性を連想させます。ちなみに桜の花言
葉の一つに 「優美な美人」 というものがあります。こちらも美しい
女性に例えられていますが、寒緋桜もまた美しい女性に例えら
れているんですね!

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日本を代表する花である 「桜」 と並んで、春を象徴する花と言えば
「菜の花」 でしょう。関東では春の訪れを告げる2月下旬から暖かく
なった4月にかけて咲き誇る、まさに春の花です。菜の花というと、
もっと広大で雄大な自然の中に見渡すかぎり咲き誇る姿をイメージ
していましたが、都心のビル街に咲く姿は東京ならではのものです。  
都会の菜の花は、江戸の香りを今に伝える庭園で力強く咲き誇っ
ていました。東京の歴史の流れを江戸時代から見守ってきた、
浜離宮恩賜公園で和を感じ、心癒されました。

【おまけ】
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浜離宮で菜の花を楽しんだ後は、歩いて築地市場へ。移転問題
で色々と話題の築地市場ですが、近いうちに見ることができなくな
るのは間違いありません。なので今のうちに築地周辺は楽しんで
おきたいところです。休日の午後の築地はガランとしています。
どこでご飯を食べようか迷ったのですが、すし三昧に入ることにし
ました。甘さを感じる非常に美味しかったです。マグロの炙りも非
常に脂が乗っていて口溶けまろやか、たまに食べるお寿司って
いいですね。観光地値段なのでしょうが、満足のお寿司でした。





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