一ヶ月に2回満月を迎える月を「ブルームーン」という。 そのブルームーンを見ると願い事が叶う・・・・。





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「夢売り」

...2017/01/22 08:52...

サル年追わず 幸せうっトリ
「世の中が幸せにうっトリ包まれますように」

大寒に入り、一年の中で寒さが最も厳しくなる頃です。
冷えることの極みで、とっても寒いので 「大寒」 と呼ばれると、
分かりやすい名前です。さすがにこの時期になると 「やはり
冬は寒いものだ」 と思わざるを得ない時期ですね。

さて、新年明けてもう4 週間目ですね。今年のスタートは
いかがでしたか。久しぶりに家族そろって正月を過ごした方、
独りぼっちで紅白歌合戦を見た人。新しい年を迎え、
それぞれに思いを新たにしていると思います。

私は、しんしんと雪が積もる中、温泉郷で新しい年を迎えた。
宿の方々の心温まるもてなしに感謝しながら、テレビの 「ゆく年
くる年」 で除夜の鐘が終わるころ、宿泊客の皆さんと共に女将
の案内で、温泉郷のお寺へ初詣に出かけた。道すがら人がいない。
あまりの静けさに、心中穏やかではいられない。
本堂に着いたら、初詣客でにぎわう様子がうれしかった。

本堂の中に入り、地元の方々と一緒に座った。
年の始まりに祈るのは家族のことでした。
振り向けば、かみさんも娘も両親もまだ手を合わせている。
「いったいいくつ願い事があるの」 と笑うのも毎年おなじ。

新たな年に幸あれと手を合わせた後、住職の法話があった。
東日本大震災後、多くの人が 「絆」 の大切さを再認識したと、
語り始めた。この漢字 「ほだし」 という読みもあることを
教えてもらった。「ほだし」 は手かせ足かせ、束縛の意という。

人と人との結びつき、支え合いや助け合いを指すように
なったのは、比較的最近であるようだ。聞き心地いい 「きずな」
だけでは続かない。時には煩わしくても、お互いさまの気持ちが
伴う 「ほだし」 があってこそ、絆は本物になるのだと話された。
お互い様としての 「絆」 を結び直したい。
そんな思いの酉年の朝を迎えました。

おとそ気分で新年会に突入、そのまま心地よい気分を
満喫して いたらすっかり忘れていました、ブログの事。(笑)
・・・・ と言い訳をして、今年もよろしくお願い申し上げます。

時代は変わる。新しくなる。
けれど皆さんとの想いはいつだって、
つねに忘れず絆を大切にしたい。
今年もたくさんの方との笑顔あふれる触れ合いを願って・・・・。

 I hope this year will be a good one for you.      
(新しい年がよい一年になるように)  ..........φ(。・ω・。 ) takasan 2017


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「夢売り」

年のはじめに夢売りは、よい初夢を売りにくる。
たからの船に山のよう、よい初夢を積んでくる。
そしてやさしい夢売りは、夢の買えないうら町の、
さびしい子等 (ら) のところへも、だまって夢をおいてゆく。

大正時代末期から昭和時代初期にかけて
活躍した日本の童謡詩人、金子みすゞの詩です。
夢は誰だって観るものです。
「夢売り」 は、さびしい子等のところにも、
だまって夢をおいていくのが優しいなと思いました。
この詩自体が、夢があっていいですね。
素直な気持ちになれるというか、
童心に返るようなそんな温かい詩です。

現代の若者には夢がないといわれます。
身の廻りに物が溢れていて、求めれば何でも手に
入れられる時代になり、若者が夢を持ちにくくなった、
夢を持たなくなったといわれます。
 
果たして、貧しくないと夢を持てないということでしょうか? 
豊かであるかどうかにかかわらない、普遍的な夢の本質に
ついて考えてみる必要があります。
夢の本質とは、『 かけがえのない人生を充実して生きる 』
ということではないでしょうか。
どういう時代であっても、そう願わない人はいないはずです。

人生を充実して生きるには生きるための価値観の
確立が必要です。多様な価値観が認められ、
多様な価値観の下で、若者たちが自分の人生を
充実して生きる場を見つけられる世の中を実現すること。
それは多分に政治の役割ですが、
今日の 『 夢売り 』 の仕事ではないかと思います。

2日の夜に宝船の絵を枕の下に入れて眠ると
良い初夢が見られるといわれる。めでたい夢を
見せてくれる宝船の七福神。個性豊かな面々が揃い、
弁財天が紅一点というところも面白い。
日本生まれは釣り竿をかついだ恵比寿様だという。

ヒンドゥー教由来の大黒天と毘沙門天と弁財天は
インドから、道教の福禄寿と寿老人、そして仏教の
布袋さまは中国から、それぞれ海を渡って来た。
そんな皆さんを同じ宝船に乗せてしまうのだから、
昔の人は、なんとも豪快かつ国際感覚豊かだった
わけです。

さて、新しい年の始まりである。
宝船が教えてくれる大らかな共生の思想を
胸に、いささか波の高そうな2017年の海原に、
金子みすゞが詠う吉夢を届ける 「やさしい夢売り」
が来てほしいものです。


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   「日枝神社」  2017

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日本の政治の中心地 ・ 永田町に山王祭りで有名な 「日枝神社」
があります。また、皇居 (江戸城) の裏鬼門として知られています。
そのご利益をもとめて、政財界の崇敬者やビジネスマンの参拝客
が多く、また縁結びなどのご利益も篤いことから、女性の参拝客も
多い神社です。今年、同僚と恒例の年初め参拝は、「日枝神社」
に出掛けました。ちょっと紹介します。

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日枝神社は千代田区の永田町です。永田町と言えば日本の政治
の中心地です。国会議事堂や首相官邸も近くにあります。 後ろに
は、高層ビルがそびえ建っています。でも、この風景だけ見ている
と、時代が全く違う神社と高層ビルですが、あまり違和感が感じら
れません。東京のオフィスビルが並ぶ街並みの中に突然姿を現す
日枝神社は、永田町が近いことから国会議員も訪れるほどご利益
のある神社です。この日もよく見かける国会議員の姿も見受けられ
ました。東京十社ということもあり、連日、御朱印をいただきに参拝
にくる人で賑わっています。最寄り駅は、地下鉄の赤坂駅 ・ 溜池
山王駅となり、いずれも徒歩3分といった距離にあります。

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「表参道の山王鳥居」 (上) 「女坂」 (下左) 「山王の森」 (下右)

日枝神社には三ヶ所の参道があります。三本の参道もそれぞれ特
徴があります。こちらが表参道です。他の神社との大きな違いのひ
とつが鳥居です。 山王鳥居と呼ばれるもので、鳥居の上部に三角
形の屋根が乗ったような特徴的な形をした鳥居です。 これは山王
信仰の象徴とされる鳥居とのことで、日枝神社の三ヶ所の参道入り
口にあった鳥居は、いずれもその形をしています。山王男坂と呼ば
れる表参道。結構勾配のある階段で石段の数は52 段です。左に
は緩やかな女坂が有ります。 江戸時代には将軍社参の時だけ使
用されたことから御成坂とも呼ばれたそうです。階段を上り日枝神
社が鎮座する高台は、日枝神社が移転する前は星ヶ岡と呼ばれ
ていました。おそらく眺めの良い高台だったのでしょう。江戸三大
祭の一つ山王祭のときは、神輿がこの階段を上って境内へ。

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正面の鳥居をくぐり、石段を上がっていくことにします。山王男坂・・
男坂の響きもUP。いい天気に気持ちもはやります、急ぎましょう!
いや! ここはひとつ、深呼吸し、気持ちを穏やかに一礼してから
階段を上がることに致します。

石段を上がりきると 「日枝神社」 の額が掲げられた立派な 「神門」
が目に飛び込んできます。左右には、神社を守る随神像が奉安さ
れています。神門に向かって左手に手水舎がありましたので、まず
はそちらでお清めをします。階段を上ったので動悸が激しく、運動
不足が否めない。歳かな~と仲間で苦笑い。(笑)

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「神門」
神道において、祭神を守る者として安置される像のことを 「随身」
といい 「随神」 とも書かれます。また、門守神 (かどもりのかみ)
とも言われます。神社の門のうち、門の左右に随身像を安置した
門は 「随身門」 と呼ばれます。日枝神社の現在の神門には随身
が祀られています。神門は、昭和20年の空襲で社殿とともに焼失
してしまい、戦後再建されたもののようです。聖域を守護する神門
で、ここから境内の聖域に入ります。

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神門の 「随身像と神猿像」
神門の入り口両側には、仁王様でなく、随身 (貴人護衛にあたっ
た武人) が鎮座しています。(上) 神社の守護神である随身像は、
向かって左の随身像 (吽形) は矢を持って鎮座し、向かって右の
随身像 (阿形) は刀を持って鎮座しています。口が開いている方
を阿形 (あぎょう)、口を閉じている方を吽形 (うんぎょう) と言う。
随身姿の二神像は、俗に矢大神 ・ 左大神と称するそうで、怪し
い入門者を見張っいます。

また、神門の裏側には一対の神猿 (まさる) 像が安置されていて、
江帽子をかぶった男の神猿像と、子供を抱いた女の神猿像です。
日枝神社の神使は古来、猿 (申) といわれ、神門及び向拝下に
夫婦猿の像が安置されています。 神使とは神の使いの意で、主
神の顕現に先だって現れ、主神の意を知る兆しとして、その行動
を見ますがその多くはその神に縁故のある動物で、山王の神使
「御神猿」 として信仰されるようになったとか。

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「外堀通り側の山王鳥居」
外堀通りを紀尾井町・四谷方向に進むとドーンと、もう一つの鳥居
がそびえ建っています。裏参道と言われる山王橋参道があります。
近代的な存在感の山王鳥居をくぐって、本殿に向かう見事な階段
にちょっと尻込みしてしまいそうになります。でも一番驚くのは階段
の脇に屋外エスカレーターが設置されていることです。(下右)

もちろん階段 (下左) で昇ることも可能ですが、社殿は山の上に
あるため、足腰の弱いお年寄りや、妊婦さんでも安心して行ける
ようになっています。しかも近づくと動くやつです。都心の神様は
弥栄の極みですね。お金を持っているなと思いました。(笑)
神社と現代技術が融合したと言えば良いのでしょうか?。
不思議な雰囲気です。

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はじめてこの神社を参拝したときに驚いたのでが、新参道のエスカ
レーターでした。この驚きは今でも変わらないが、昇るに連れて現
代的な都市空間と神社の杜を結ぶに相応しい景観を作って、なか
なか景色の良い神社。さすがに東京のど真ん中の神社という感じ。
階段は3段階あり、それぞれ3つのエスカレーターを乗り継いで境
内に。世にも珍しいスタイルとなっている。でも楽チン。(笑)

石段が多くて大変なのは大変だけど、神社にエスカレーターはどう
なんだと思う。お年寄りのためという名目だけど、実は国会議員の
力が働いたような気がしないでもない。先生に長い石段を登らせる
なんてもっての外とかなんとか誰かが言い出したのかもしれない。
何ていいながら、私もせっかくなのでエスカレーターを使って昇っ
てみた。そんなに年食ってないし、先生でもないのに罰当たり。
ただし、こちらは正式な参道ではない。幹線道路に面している
からあとから作った参道だろう。本来は表参道の山王鳥居の方
から昇るべきかも知れませんね。エスカレーター体験も面白い。

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正面の鳥居をくぐり、表参道の石段を上がって神門から本殿に入
るのが、通常の入り方と思います。(上) 一方、裏参道と言われる
山王橋参道からだと山王茶屋の広場に出ます。南神門 (下左)
から入ることになります。入って右に手水舎があります。(下右)

日枝神社は 「山王さま」 と親しまれていますが、それはご祭神が
大山咋神 (おおやまくいのかみ) であることによります。大山咋
神は山 ・ 水をつかさどる神様。万物の成長発展や殖産の隆昌
を守護するなど広大なご神徳があり、このことから 「 山王 」 と
称されているというわけです。

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神門を抜けますと白い砂利に包まれた、綺麗な拝殿が目の前に
現れます。 欲望の街、東京だけあって境内の門を潜るまでは氣
が乱れていましたが、境内に入った瞬間・・・・非常に清らかで力
強い神氣の波動が身を包みます。賑やかというより、静けさが漂
っています。人気の神社だけあって参拝者の行列の凄いこと。

創建は鎌倉時代に活躍した氏族である江戸氏が、守護神として
山王宮を祀ったのが始まりとされています。文明年間 (1478) に
太田道灌が城内に、更に天正18年徳川家康が入府し江戸城内
の紅葉山に遷座し、江戸城の鎮守としました。二代将軍秀忠に
よる江戸城改築の際には、社地を江戸城外に遷座し、市民も参
拝できるようになり、「江戸郷の総氏神」 として崇敬されました。
明暦の大火で社殿が焼失したのをきっかけに、4代将軍・家綱
が現在の赤坂の地に遷座させました。江戸城から見て裏鬼門
に当たる位置で、表鬼門の神田明神と上野寛永寺と共に江戸
城の守護として重要な役割を担うことになる。

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いよいよ拝殿 (本殿) にて、神さまにご挨拶をします。
昭和20年、東京大空襲によって消失。現在の社殿は昭和33年
に再建されたものだそうです。再建した社殿はコンクリート造でち
ょっと軽い感じがするものの、外観は家綱が建てた権現造りを再
現していると思われます。なかなか悪くない。

社号が 「日枝神社」 ですので、山王信仰の神社になります。
総本社は比叡山の麓にある日吉大社です。ご祭神は、主祭神が
大山咋神 (おおやまくひのかみ) です。相殿には日本書紀にお
いては初めての神とされる国常立神 (くにのとこたちのかみ)、黄
泉の神である伊弉冉神 (いざなみのかみ)、応神天皇の父である
仲哀天皇と同一の足仲彦尊 (たらしなかつひこのみこと) が祀ら
れています。
【豆知識】
国常立神は 「日本書紀」 では1番最初に現れた神様とされ、日本
の神々の最高位のグループに属している神さまです。「国土形成
の神」 としても知られています。そのご神徳は、全体に関すること
では国土安穏のほか、個人レベルでは、出世成功、開運招福、
商売繁盛、厄除け、病気平癒、縁結びなどです。

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高層ビルに囲まれた場所なのに、境内に入るとピンと張りつめた
空気が漂い、背筋がシャンと伸びるのを感じます。 多岐にわたる
ご利益があるとして、多くの参拝者が訪れる神社です。 参拝列は
途切れることなく、神門の方まで列をなしています。(下)

日枝神社は明治維新、遷都により江戸城は明治天王皇居 (宮城)
となり、当神社は皇城の鎮守神として官幣の大社に列し、皇城の
鎮護ということにより准勅祭社・官幣大社に定められ、戦後は宗教
法人として今日に至っている。現在では東京十社の一つに定めら
れています。明治以来は国事の重大事に至る際には常に勅使の
参向御奉告が行われ、皇室の崇敬も篤かった。かつては江戸の
鎮守 ・ 徳川将軍家の産土神として、現在は皇居の守護 ・ 東都
の祈願所として篤い崇敬を受けています。

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「皇城之鎮」 (上)
日枝神社は、皇居 (江戸城) の裏鬼門を守る神社としても知られ
ています。 江戸城を鎮守している証として、神門の裏側に 「皇城
之鎮」 の扁額が掲げられています。皇城之鎮は (こうじょうのしず
め) と読みます。神宮祭主・北白川房子氏 (明治天皇第七皇女)
の揮毫によるものらしいです。これは江戸城 (皇居 ・ 皇城) の裏
鬼門に位置し、明治以降は皇城鎮守としての役割を担っていたた
めで、その事から格式高い官幣大社に昇格したという経緯があり
ます。現在も 「皇城之鎮」 として崇敬を集め、神社庁の別表神社
という扱いになります。東京の中でも最も格式が高い神社の一社
です。神門をはじめ至る所に菊の御紋を見ることが出来ます。(下)

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「神猿 (まさる)」 (上)
日枝神社の社殿前には、ほかの神社と違い狛犬 (こまいぬ) では
なく 「猿」 が置かれています。猿は、もともと神様と人間のあいだを
とりもつ存在 「神猿 (まさる)」 と称されて、昔から敬われる存在で
した。「さる」 という音から「勝る (まさる)」 「魔が去る」 とも考えられ、
勝運の神や魔除けの神として置かれています。音読みの 「えん」
という音から、猿が 「縁 (えん)」 を運んできてくれると考え、商売
繁盛や縁結びを祈願する方もいらっしゃるそうです。

本殿に向かって左側が 「メスの猿」 (下左) です。子ざるを抱いて
いて、子宝や安産のご利益があると言われています。縁結びや家
内安全を祈願する女性もあとを絶たない、女性に人気のパワース
ポットになっています。右側にいるのが 「オスの猿」 (下右) です。
本来、猿は山の守り神で、木や生き物を生み出し育てたと伝えら
れています。それにあやかって物事を生み出す、発展させる 「商
売繁盛」 や 「社運隆昌」 にご利益があると言われているそうです。

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日枝神社で意外と見過ごしてしまう人も多いのが末社 (まっしゃ)。
社殿の右がわ奥にあるこの場所が、日枝神社の隠れパワースポ
ットとして密かに注目を集めているようです。末社とは、境内の外
や神社の付近にある小規模な神社のことをいいます。

鳥居をくぐり拝殿へ進むと、中の間には馬の絵が奉納されています。
(下) 末社は、左に 「山王稲荷神社」 、右に 「猿田彦神社・八坂神
社」 がそれぞれ祀られています。(上) 日枝神社内で最も、仕事運・
道ひらきの強力なパワースポットとして有名な神社です。 物事を良
い方向に導く神様 「猿田彦神 (さるたひこのかみ)」 は、自らが進む
べき道のヒントを求め、参拝にくる方も多いようです。 本殿の神、大
山咋神の祖父神である 「素盛嗚神 (すさのおのかみ)」 が祀られて
いる八坂神社は、猿田彦神社と共に祀られています。「山王稲荷神
社」 は、稲荷の大神は古来、生成発展 ・ 商売繁昌の守り神として、
地主神であるとともに戦災で日枝神社がほとんど焼失した中、唯一
残ったそうです。

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「銅製燈籠」 (上左) 
銘文から燈籠は、幕府御用達を勤める鋳物師が鋳造したもので、
現存する数少ない江戸時代初期の工芸品であり、徳川将軍家に
より奉納された重要なものだそうです。
「手水舎」 (上右) 
境内には3ヶ所に手水舎がありますが、いずれも簡素な物でした。
明治天皇御製が表示されていました。唯一、末社の付近に龍を
彫刻した物がありますが、日枝神社にしては簡素でチトがっかり。
「宝物殿」 (下左) 
日枝神社に伝わる宝物を収蔵、展示する施設。徳川綱吉が奉納
された鎌倉時代初期の刀工・徳川家康の朱印状等、歴史を感じ
させる貴重な展示物の数々が置かれている。宝物殿のある規模
の大きな神社などは入場料を取るが、当社は無料という嬉しい。
「古神礼納所」 (下右)
普通のお札・お守りは1年以上おまつりするものではないらしいの
で、初詣に行く人はそのタイミングでお納めするのが無難なようだ。
大晦日から一月十五日(小正月)までの間にどんど焼等が行われ、
正月飾りとともに古いお神札やお守りなどがお焚き上げされます。

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[ 稲荷神社千本鳥居 ]
なにやら京都の伏見稲荷を連想させる朱塗り鳥居の大行列。日枝
神社社殿裏の末社、山王稲荷神社から下る 「稲荷参道」。トンネル
のように連なる真紅の鳥居は絵的に美しいです。最近、外国人観
光客がよく訪れて必ずカメラを構えるスポットの一つ。京都の伏見
稲荷にも負けない鳥居の迫力、圧巻ですね。

「お稲荷さん」 の愛称で知られている稲荷神社は、千本鳥居のある
辺りは神の降臨地である山の入り口にもあたり、現世から神様のい
る幽界へと続く門として多くの鳥居が建てられたのが始まりとされて
います。これらの鳥居は江戸~明治時代、参拝者の奉納により建て
られたそうです。その奉納した理由に関しては、千本鳥居の意味に
直接通ずるようで、なんでも鳥居を献ずることによって願いが 「通る」
という語呂合わせから生まれた信仰だそうです。願いが通るたびに、
鳥居を大きなものに変えて奉納する風習もあるという話です。

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「猪の目 (いのめ)」
日枝神社の神門の扉にさりげなくハート模様があるのを発見。注意
してみると、多くのハート模様に出会います。私は神社に行くことが
多いですが、お寺でもハートの模様を見かけます。 あちこちにある
ので、お茶目で可愛い感じです。携帯の待ち受け画面にすると恋
愛運がアップするとの噂も・・・・。

これは日本古来からある文様の一つで、正式には「猪の目(いのめ)」
と言うのだそうです。さまざまな神社仏閣などの建築装飾板の飾り文
様として使われていました。猪の目が使われている部分を 「懸魚 (げ
ぎょ)」 と言います。猪の目の由来はイノシシの目のカタチがハートに
似ているからだそうです。猪や獣の目をモチーフとした由来では、獣
の目力で魔除けの意味だと言われています。また招福や火事を護る
などさまざまな説があるそうです。お寺ではハート模様はお釈迦様が
悟りを開かれた菩提樹の葉の形であり 「悟りの象徴」 とされている
そうです。

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「お守りと絵馬」
日枝神社には、お猿さんがモチーフとなったお守りや絵馬が沢山
あります。ここでしか販売されていない日枝神社ならではのご利益
グッズは売り切れてしまうほど連日大人気です。子授守やみちび
き守、安産祈願といったさまざまなご利益をもつものが並びます。
こざる守の中でも人気なのが、こちらのこざる守。(上右) 「魔が
去り、何事も勝るようなる」 といったご利益がこめられています。
変わった形の絵馬が目に入りました。ハートの絵馬に猿。むすび、
と書いてあって形がハートだから恋愛祈願かな? と思いきや・・・。
裏面は神社の紋である葵の葉っぱ。巫女さんにお聞きしましたら、
『結ぶ』 の意で、男女の仲に限らず、人と人、神様と人とのご縁な
ので、何をお願いしても良いそうです。女性に人気の可愛い絵馬
も豊富にあります。(下右)

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「おみくじ」
今年の運勢を占う意味でもおみくじは外せない。最近は神社によっ
ては様々なおみくじがあります。外国の方のために英語で書かれて
あるのも見かけます。日枝神社のおみくじだってサル! 7色の神
猿御守りが入った 「神猿みくじ」 もあってまさに干支のパワーをい
ただける場所です。「神猿みくじ」 をゲットしました。(下右) 
おみくじのほかに金色の神猿 (まさる) 守が中に入っていました。
金運上昇のお守りなそうです。願い事は 「他人の助けにより望み
ごと叶う急ぐな」 とありました。中吉でした。

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帰る頃になっても参拝客の列は途切れませんでした。本殿から神
門の入口の外まで並んでいて、来た時よりも多い感じです。縁結
び恋愛成就、安産や子育てなどのご利益もあり、女性にも人気の
ある神社ですからね。実はあまり知られていないのですが、日枝
神社の神様・大山昨神は、山の神だけでなく 「スタートの神様」 と
も呼ばれています。良い導き+スタートのご利益が得られるこの
場所で、物事の良いスタートを祈願する人が多いスポットとして
人気なのだとか。良い1年のスタートがきれるように! と祈願す
る方も多いこの場所は、ぜひ年のはじめに訪れてほしいおすす
めのスポットです。

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日枝神社の総本社は比叡山の麓にある日吉大社です。日吉で
猿といえば、幼名日吉丸こと豊臣秀吉が思い出される。秀吉の
母が日吉神社にお願いしたことで子供を授かったので、名前を
日吉丸としたという。織田信長が秀吉のことを猿と呼んでいたの
は、単に見た目や行動が猿っぽかったというだけではなくて、日
吉神社の使いである猿と両方を掛けていたんじゃないだろうか。
つまり、自分を神に見立てて、オレ様の家来の猿というわけだ。

拝殿前にいたお猿さん、どちらもとても印象的でした。お猿さんは、
撫でるとご利益があるとのことで、念入りに撫でさせて頂きました。
大都会の真ん中で緑の木立に囲まれた 「山王日枝神社」、散歩
がてらに参拝してパワーを頂いた一日でした。

【おまけ】
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「首相官邸」
日枝神社へ行くため最寄の南北線・溜池山王駅の7番出口を出た
ら、いきなり首相官邸が目の前に現れました。よくテレビのニュース
でお目にかかる 「首相官邸」 です。周りには警察の青い護送車が
たくさん停まっていて、警護の警察官が何人も待機して目を光らせ
物々しい雰囲気です。何も悪いことはしていないはずですが、思わ
ず挙動不審になる私。(笑) こちらが裏側でしょうか。日本で一番
厳重に警備されている場所だけに居心地が悪かったです。





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あたたかな気持ち 
風船に乗せてとばします
拾ってくれた人の心に
ほんわかと届きますように。

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