一ヶ月に2回満月を迎える月を「ブルームーン」という。 そのブルームーンを見ると願い事が叶う・・・・。







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「雨が降っているのに・・・」

...2016/11/06 08:38...

11月 (霜月) になりました。
晴れた秋の日の朝、爽やかな空気を吸い込むと、
何とも言えない懐かしい気持ちになることがあります。
ほんのり冷たい空気のせいなのか、
木々の間を通り抜けて来る風の匂いのせいなのか。

鼻から空気を吸い込みながら記憶をたどっていくと、
学生時代、卒業を前にした部活の朝練の情景が胸に
広がっていき、ああ、あの時と同じ匂いがこんな気持ち
にさせるんだな、と分かったのです。
と、このように、匂いが記憶を呼び覚ますような経験は
誰しもあるのではないでしょうか。

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先日、見慣れない電車を発見。JR 東日本の E235系とい
う車両で、2017年春頃から山手線へ順次投入する電車の
ようです。昨年11月に、山手線での営業運転を開始したが、
デビュー当日から車両トラブルが相次ぎ、運転中止。 不具
合の原因とみられるソフトウェアを改修した上で、復帰に
向けて試運転が行われているのだそうです。

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現在の山手線の電車は、E231系と言って、窓の上下に
緑のラインが入っているのが特徴です。(下右) 新車両は
ドアのみが緑色になっていますね。(下左) 来年春から量
産車を順次投入し、2020年春頃まで投入を完了するという。
多言語による情報提供の充実を目的に、異常時情報などを
音声放送(日英2言語)や情報提供装置への表示(日英中韓
4言語)で知らせる機能も導入するようです。これも東京オリ
ンピック絡みなんでしょうかね。現行車両は中央・総武線へ
転用し、継続して使用する計画のようです。

北海道は初雪の上に積雪があったという便りが届きました。
例年にない寒さがジワリと近寄っているのでしょうか?
秋はコンパクトに短く、冬は早く訪れるようです。
日によって気温に差があり体調を崩しやすい季節です。
ご自愛ください。


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「雨が降っているのに・・・」


地下鉄の駅を降りると外は曇り空。
いや、よく見れば時折雨粒が光の線を作って落ちていました。
雨粒が落ちているといっても、ほんのわずか。うっかりすると
気が付かない程です。それなのに、向かう先の歩道に目を
向けると、そこを歩く六、七人の人はみな傘をさしていました。

しばらく歩いていると、行き交うほかの人たちの
大部分が傘をさして歩いています。降っているともいない
とも言えそうなこんなわずかな雨なのに、傘を差さずに歩い
ているものは、ほんのわずか。一割にも満たない人数でした。
みんな、傘が好きなんだな。少数派の私は、多数派の差す傘
の波の間から僅かばかりの雨粒を落とす空の雲を見上げました。

ニューヨークで雨が降ると、いつも謎に包まれることが
ありました。それは・・・なんで、傘を差さない人が
こんなにもいるのか!? ということです。
日本で雨が降っているとき、傘をささずに歩いている
人はほとんどいませんよね。いたとしても、ごく少数だと
思います。私自身も、雨が降りそうだと傘を持って出かけ
ますし、途中で雨が降ってきた場合は雨やどりもします。
ですが、ニューヨークでは、結構な確率で傘を差さずに
歩いている人が多いのです。

初めのころは、「急に雨が降ってきたから、仕方なく傘なし
で歩いているんだろうなぁ」 なんて思っていたのですが、
昨日の夜から断続的に雨が降っており、おそらく出掛ける
時間にはすでに雨が降っていたはずなのに、パーカーを
被って歩いている人、素敵なコートとバッグを身にまとい、
ずぶぬれになって歩いている女性・・・老若男女問わず、
傘をささないで歩く人を大勢目撃します。

きわめつけは、学校帰りと思われる女子校生の集団に
遭遇したのですが、傘をさしている割合は1割以下。
そして、彼女らはずぶぬれになりながら笑顔でポテト
チップスを食べていたのです。それも、「いつもやって
います?」 ってくらい自然すぎる笑顔で。
そちらのチップス、ふやけてますよとツッコミたくなる
くらいの雨が袋の中に入ってました。降り続く雨の中、
大袋チップスを歩きながら食べ歩く姿は衝撃的でした。
アメリカ人の感覚、分からん。 彼ら彼女らにとっては、
濡れてしまうことなんて些細な問題なのかもしれません。

待ち合わせのカフェで、いつもの同僚を待っていると、
遅れて入ってきた姿は、まさに濡れねずみ。「傘は?」
という私の問いに、「じきに止むと思ってさ」 と言う彼。
気になったので、職場の女性にも傘を差さない人が
多い理由を聞いてみたところ、「あら、そう~?
今まで気づいたことがなかったわ~。ふふふ~」
だって、おい! 

結局、理由はわからずじまいで謎のままですが、
アメリカ人って基本、傘をささない。こんなに降ってるのに?
っていうくらい降っててもフードや帽子をかぶっておわり。
出掛けるとき雨が降っているか窓から見た時に、
ほとんど全員が傘をさしていたので、雨が降っている
んだと思い傘を持って出かけたところぱらぱら程度、
「あ~ここは日本だった」 っとなりました。(笑)

ニューヨークの生活で、こればかりは真似が出来ず、
ニューヨーカー達の仲間入りが出来ませんでした。
天気予報に合わせて傘の準備をするコマメな日本人
の国民性と、傘を持ち歩くのがめんどくさいから濡れ
ても仕方ないと思うアメリカ人。
日米の小さな?感覚の違い。 
ちょっとしたカルチャーショックの話でした。


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日本橋  「恵比寿講 ・ べったら市 2016」

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社員食堂で部署の違う女子社員と相席になり、話が弾んで 「べっ
たら市」 があるので行く予定という。 場所と楽しみ方を教えてたら、
私も行きたくなって同僚も誘って何人かで行って来ました。家には
仕事で遅くなるため食事は要らないと電話したら、娘が出て 「パパ、
それ嘘でしょう」 と言われるします。何で分かったんだろう。(笑)

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「歌川広重 ・ 東都大伝馬街繁栄之図」  (下左) 「喜多川歌麿 ・
恵比寿講」  (下右)  歌川広重の大変栄えた大伝馬町の様子
を描いており、多川歌麿が描いたえびす講の様子。こうした風習
が当時の人々に浸透していたのが伝わります。

「べったら市」 は、地下鉄日比谷線小伝馬町駅からほど近いオフィ
スビル街の中に鎮座する 「宝田恵比寿神社」 の大伝馬町界隈で
行なわれます。この地域は大伝馬町、小伝馬町、南伝馬町を三伝
馬町といい、これらの町は江戸城拡張で、それぞれ移転して出来
た町です。 江戸最大の繊維問屋街として名をはせるようになり、
繊維問屋や金物問屋も多く連なっていました。また、小伝馬町は、
江戸幕府が牢屋敷を設置した地で、吉田松陰が処刑された 「伝
馬町牢屋敷」 跡もほど近い十思公園にあります。 日本橋は昔か
ら栄えていましたが、少し前まで、東京や新宿、渋谷などに押され、
老舗店はありましたが、商業としての活気はすこし落ち込んでい
ました。最近では、日本橋の開発がさかんに行われ、日本橋室
町に 「コレド室町」 が出来て、活気を取り戻しています。

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「宝田恵比寿神社」
初めて訪れる人は、きっとこの神社の小さいことに驚かれます。
周りを雑居ビルに囲まれ、鳥居をくぐるとそのすぐ先は社 (やしろ)
で敷地は狭いです。注意して歩かなければ見逃してしまいそうな
神社ですが、休日になるとほとんど人気もなく、秋の恵比寿様の
お祭り 「恵比寿神祭」 の時だけ盛大に行われ賑わいます。

宝田恵比寿神社は、徳川家康が江戸へ入府する前は江戸城外の
宝田村 (現在の皇居前) の鎮守社でした。徳川家康による江戸城
拡張にともない宝田村、千代田村、祝田村と村の鎮守だった宝田
神社も一緒に日本橋に移転します。その時、家康から恵比寿像を
賜り宝田恵比寿神社になった経緯を持っています。御神体は名前
の通り恵比寿様で、日本橋七福神の1つであり 「商売繁昌」「火防」
「家族繁栄」 の神とされています。商業の神様として日本橋商人の
厚い信仰を受けており、10 月には恵比寿講が行われます。

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宝田恵比寿神社には、日本橋七福神の恵比寿様が御安置されて
おり、商売繁盛、家族繁栄、火防守護の神様です。そのため商家
では恵比須様をまつり、親類、知人を招いてお祝いをしていました。
その行事が恵比寿講です。

恵比寿講について
10月は、全国のすべての神さまが出雲大社に集まるといわれており、
各地では 「神さまがいなくなる月」 とのことから、10月を 「神無月(か
んなづき)」 と呼んでいます。しかし、七福神のひとりである恵比寿様
だけは出雲に行かず留守番をするのです。そこで留守を預かる恵比
寿さまを慰めるために、商いの神さまとして厚く信仰していた商売人
が中心になり、盛大なお祭りを行ったことが 「恵比寿講」 なそうです。
恵比寿様は七福神の一人、大きな鯛を釣り上げ抱えている姿から、
漁業や海の神様であり商業、福の神様でもあるのです。恵比寿講は
年に二回、1月20日と10月20日が当てられています。10月のほう
が盛んだったのは、収穫への感謝の意もあったようです。 供え物も
豊富に出揃う。そのなかには当然ダイコンもあり、恵比寿講の「べっ
たら市」 へと続いているのです。神様がみな出雲に行って留守にな
る月も、留守をあずかる神様に感謝して、「恵比寿様」 に五穀豊穣
や家内安全を願いながら、江戸の人々の信仰も厚かったようです。

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「椙森 (すぎのもり) 神社」
椙森神社は、人形町駅と小伝馬町駅の中間くらいの落ち着いた
場所に位置しています。こちらは神社らしい佇まいで、こちらも恵
比寿様を祀ってあります。「椙森」 という字は難しいですが、読み
方 は「すぎのもり」 です。江戸時代には神田・柳森神社、新橋・
烏森神社などと共に 「江戸三森」 として信仰されました。この日
恵比寿講で賑わい、参拝者が列をなしていました。(上)

一千年以上も昔の平安時代に既に存在していたという椙森神社。
平将門の乱のときに勝利を祈願した藤原秀郷が戦勝をおさめ、
そのお礼として、白銀の狐像を奉納したところから由緒が始まった
神社です。文正元年 (1466) には、干ばつで苦しむ農民のために
太田道灌が雨乞いを行ったところ、その霊験があったとされ、稲荷
山五社大神が祀られました。現在にも伝わる 「べったら市」 で有名
な恵比寿大祭などの祭典が年々盛大に行われるようになりました。
「富塚の碑」 (下右) 「富塚」 と書かれている石碑は、江戸時代に
この地で富興行が行われていたという軌跡です。富興行とは 「富く
じ」 と呼ばれ、今でいう 「宝くじ」 です。この神社は宝くじファンでは
有名であり、宝くじの当選祈願をするために、わざわざこの神社を
訪れる人も多いようです。お金や仕事で困った時は、多くの人のピ
ンチを救ってきた神様に願いをかけてみるのもいいかもしれません。

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東京 ・ 日本橋の秋の風物詩、「べったら市」 が今年もやって来た!
べったら市は 「年また新たまる」 。今年も年末が近づき、お正月を
迎える商人にとって、大切な年中行事として恵比寿講をお祝いする。

お祭りの名前は、宝田恵比寿神社の門前で行われる恵比寿講で、
賓田恵比寿神社から椙森神社にかかる一帯はべったら漬けを売る
テントや縁日の露店が所せましと並びます。江戸幕府の第十五代
将軍徳川慶喜公もべったら漬けを好んで食べたと言われているこ
とから、江戸時代から続く伝統ある漬物であることがわかります。
毎年10月19日~20日に開催される 「べったら市」 は、約500軒
もの露店が軒を連ね、多くの人でにぎわう。べったら以外にも、棒
に小判、福升、米俵の張り物などの縁起物が糸でつり下がった
”お宝” を売る露店が連なるさまはえびす講ならではの風景です。

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江戸中期中頃から商業の神様 「宝田恵比寿神社」 を取り囲むよう
に開催され、歴史のある 「日本橋べったら市」。オフィスビル街が
何丁にも渡り露店が並び多くの人で賑わう、非常に活気にあふれ
た祭りの場と化し、以前にも増して注目される催しとなっています。

   「日本橋 ・ 恵比寿講べったら市」
開催期間   2016年10月19日(月)~20日(火)
時  間    12時から21時まで
会  場    宝田恵比寿神社とその周辺
露  店    出店数500店 (内べったら販売30店)
 
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「皮なしべったら漬け」 (上) 「皮付きべったら漬け」 (下左)
「赤カブのべったら漬け」 (下右)
べったら漬は 「皮なし」 と 「皮あり」 の2種類と赤カブがあります。
皮がない方が味がしみ込み、より甘くやわらかい。一方皮ありは
皮のおかげで大根本来の辛みが残り沢庵に少し近い、が、甘い。

べったら漬の歴史は古くは、江戸時代中期まで遡ります。宝田恵
比寿神社の門前で10月20日のえびす講のお供えに魚や野菜、
神棚などが売られるようになったのがその起源。百姓さんが飴と
糀で漬けた大根を浅漬と称して売り始めたのが最初です。 その
時代の若者は買った浅漬大根を縄でしばり振り回しながら、参詣
の着飾った娘たちに 「べったらだー、べったらだー」 と囃したて、
戯れ、追いかけたことから、「べったら漬」 の呼名になったと伝え
られております。独特の香りと味わいがもてはやされ、庶民は
好んで食べたという漬物です。

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どこの店で買おうかと物色していると、「食べてみて~」 と試食を勧
められます。(下左) 中には一軒一軒まわって試食品をためて酒の
摘みにため込む兵もいます。(笑) 「べったら漬け」 を売る露店は数
あれど、味付けや食感はさまざまです。しっかり甘味のついているも
の、あっさりしてい るもの、皮付き、皮なしなど。店によって個性があ
るので遠慮なく試 食をして、好みの一本を見つけるのも楽しみのひ
とつ。小ぶりのものから大きい物まで、量り売りで一本1200円位が
相場とか。(上)  庶民に嬉しいい半分の500円でも販売。(下右)
購入したべったら漬けは勿論、香りをシャットアウトするようビニール
袋に入れて密封してくれます。非常に香り高い漬物なのですよね。
大根1 本って200円ぐらいのものなのに、べったら漬けになると
1500 円ほどになるわけです。結構良い値段です。

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「新高屋」 宮内庁御用達のべったら漬け。
べったら漬けは、歴史が古く江戸、東京の人々に愛され続けてきま
した。その中でも有名なものは、宮内庁御用達といわれる 「東京新
高屋」 のべったら漬けです。昭和天皇へ献上されており、朝食には
いつも食していたという。そして昭和40年頃になると宮内庁に納め
るようになったようです。食通の間では 「これこそ正真正銘のべっ
たら漬けだ」 と賞賛されるほど、伝統ある風味が特徴です。大根の
葉っぱ漬けも販売していました。(下右)

我が 家は母がよく老舗の 「新高屋」 さんで購入するので、自宅用
と実家 のおみやげに一本1400円を2本購入。量り売りとはいえ、
もともと値札がないので言い値。 ちょっと高い感じもしたが、そこは
お祭りのご祝儀ということで。 翌日、娘に実家へ届けてもらったら、
両親も大喜びだったという。娘もお小遣いを貰て大喜びだった。

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べったら漬を売る露天の人たちの 「べったら~、べったら~」 と
威勢の良いかけ声があちらこちらで飛び交い、試食を促された客
はコリコリ、シャキシャキとした食感の香りとその歯触りと味に舌鼓。
普段では変えない縁起の良いべったら漬一本を買うお客で露天前
は賑わっています。今秋は連続する台風の影響により、原料となる
「だいこん」 の主産地である、北海道、青森が大打撃を受け、市場
価格が例年にない価格で高騰を続けているようです。それでも普段
では買えない縁起の良いべったら漬一本を買うお客で賑わいます。

江戸末期に書かれた 『守貞漫稿』 には、「又、新漬け大根を売る、
所謂浅漬にて干大根を塩、糠を以って漬けたる、けだし糀を加えた
るを良しとす。夜市等に之を売ること、唯この夜一夜限れり」 と記さ
れています。当時は糠漬けにした大根の漬け物が主で、べったら
漬けは特選品としてグルメに人気があった、という感じでしょうか。

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江戸中期中頃から商業の神様 「宝田恵比寿神社」 を取り囲むよう
に開催され、歴史のある 「日本橋 ・ べったら市」。恵比寿講と相ま
って、参詣客やべったら漬けを購入する人など、昼もそうですが、
夜になると一段と人が増えて、賑やかさを増していきます。

べったら市なんて言うくらいですから、「べったら漬け」 を取り扱う屋台
も多いのですが、もちろんそれ以上に、お祭りムードで他の屋台もたく
さん並び、その数500店ともいわれる露店が出店しています。宝田恵
比寿神社は小さな神社で、境内なんてほぼないので、オフィス街の一
般路上での出店です。まわり3ブロックぐらいの中で、縦横無尽に屋台
が出てました。「お好み焼き」 や 「イカ焼き」 「焼きそば」 などのお決ま
りの屋台メニューが楽しめます。きっとそこには江戸時代から脈々とつ
づく、江戸の粋が息づくお祭りがあるにちがいない。

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毎年、商売繁盛を願う 「恵比寿講」 は、商人にとって最大の重要
な行事。例年、2日間で約10万人の人出があります。さまざまな
イベントを予定しており神輿も練り歩く。夕方からは盆踊り大会が
行われ、本町通り を通行止めにして 「べったら音頭」 「日本橋音
頭」 などで市を盛り 上がるようです。交通規制のかかった会場一
帯は祭りの見物客や仕事帰りのビジネスマンらの飲み会等で一
時は行き来に時間がかかるくらいに混雑します。ここには、江戸
時代からの情緒豊かな祭りの名残があります。普段は、ひっそり
立ってる小さな宝田恵比寿神社も、この時ばかりは主役になって
るような顔をしています。 「えびす講」 ならではの風景です。

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人形町・小伝馬町エリアの飲食店なども露天を出しています。
普段はお高くてなかなか行けない老舗店も多く出店しているので、
お決まりの屋台メニューとは違う、独自のメニューを出していたり
するので、のぞいてみるのも楽しいです。

すき焼きや高級牛肉の名店 「人形町今半」 さん。肉まんやモツ煮
などを出していましたが、人気のコロッケ類などはあっという間に売
り切れていました。他に親子丼で有名な 「玉ひで」 や老舗洋食屋
の 「小春軒」 さんは、牛カツや串カツ、エビフライなど揚げたての
フライを出してました。さらに確認しただけでも鰻の老舗 「伊勢定」
など、屋台では味わえない日本橋界隈の老舗の味のオンパレード
で、間違いなく楽しめます。祭りにこんな老舗の屋台はありません。

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夜になれば、たくさんの提灯で明かりをとる光景がみられ、これぞ
お祭りという雰囲気です。駅チカなのも魅力で、仕事帰りのサラリ
ーマンが、ふらっと立ち寄ってちょっと一杯なんて姿もチラホラ見
られます。べったら漬けの屋台と同時に、お祭りには付き物の屋
台の他に、いわゆる飲食系の露店も多数でるので、おでんに焼
き鳥など多種多様。飲み物もビールや酎ハイは当たり前でワイン、
日本酒、地ビールカクテルやテキーラまで何でもでもごじゃれと
いった感じで楽しめます。それを体験するために毎年、大勢の
人が夜に集まってきます。

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江戸の商家では商売繁盛を願って恵比寿神を祀り、 恵比寿講と
称して宴会を開きました。親戚、縁者、奉公人、お得 意様などを
招いて酒と料理でもてなし、無礼講のどんちゃん騒ぎ をする商家
の様子があったという。 

屋台が路地裏にまでぎっしりと軒を並べます。が、屋台の席から
溢れた人達が、路地の至るところで、周辺の会社に勤めるOLや
サラリーマンがスーツで地面に座って、にぎやかな路上宴会を
開いています。中にはシート持参で場所を確保しての宴会です。
今も昔も地元密着型のお祭り。この大伝馬町のあたりは普段の
曜日は閑散としているのですが、それが嘘のような人の数です。
完全にオフィス街の雑多なところに突如現れるのは、まさにイリ
ュージョン。普段を知っていると、夢を見ているようです。あちこ
ちの空き地や路地裏では、サラリーマンが円陣組んで飲んでた
りして、さながら花見秋バージョン開催といった感じです。

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江戸時代、五街道の起点となり、賑わいを見せた日本橋。そんな
日本橋は、江戸時代から現在まで続く老舗が軒を連ね、今も昔も
様々な選りすぐりの物産が集まる場所として有名です。露天で老
舗が破格の値段で販売して注目するのも、このべったら市の特徴。

「江戸屋」  (上)
七代将軍家継の時代、将軍お抱えの「刷毛師」に命じられ、将軍家
より 「江戸屋」 の屋号を与えられ、江戸刷毛の専門店。今では洋服
ブラシや化粧ブラシ、業務用の特殊ブラシなど手掛けています。年
に一度のお祭り価格で出店し、プロが採用する高級メイキャップブ
ラシを手に入れたいと奮闘したお供の女性陣も、黒山の人だかり
状態で退散。「江戸屋」 さんの商品は一生ものですからね。
「魚久」   (下)
京粕漬で有名な 「魚久」 さん。粕漬がお得な値段で売られています。
一番人気の魚久さんは、毎年大行列で半端なく凄い人です。女性陣
が江戸屋さんで奮闘中に、私はこちらに並んで 「切り落とし」 セットを
購入。(下左) デパートなどで普通に売っている切り身は、高くてそう
そう自宅用には買えません。でもこちらは切り落とし部分なのでかなり
低価格でゲットできグッドです。べったら漬け以外も老舗のオンパレー
ドで、間違いなく楽しめます。

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「神輿」
ビルやマンションの間に露天がたくさん並び、夜は提灯が灯り、さら
にお祭りムードに19日は、お神輿も出て “江戸” の粋な祭りを盛り
あがります。非常に活気にあふれた祭りの場と化し、大伝馬町界隈
は遅くまで賑わいを見せます。渡御のご挨拶のため先ずは社殿へ
方向転換。社殿を後に夕暮の中へ御幣に先導され、参道のべった
ら市で品定めの買い物客の中に割り込んで、夜店屋台を掻き分け
て進む神輿の様は、他では見られない、まさに 「べったら市」 なら
ではのひとコマです。担ぎ手は殆どが元気の良い若者に代わり中
には企業氏子の社員も加わっているようです。たくさんの地元民と
ともに、来場客も大いに盛り上がり、威勢の良いかけ声で、やはり
江戸情緒を感じるお祭りです。

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江戸時代には、もうここでべったら市が開かれていたということから
考えると、ここのべったら漬けが正真正銘、正統なべったら漬けと
いうことになります。べったら漬けはデパ地下でも買えるだろうが、
恵比寿講の 「べったら市」 で買うのも風情があっていい。

ところで、べったら漬けとはいったいどのような漬け物だっか記憶が
はっきりしない人が多い。周りの人に聞いても、名前は知ってはいる
けど、食べたことがあるような、ないような。関西のダイコンの漬け物
の名称かな? なんていう人もいて、どうもおぼつかない。若い世代
に至っては知らない人がほとんどのようだ。米麹で漬けた浅漬けの
ダイコンがべったら漬けである。ダイコンに甘酒をまぶしたような感じ
で、漬けたダイコンのサクサクした歯触りとともに心地よい甘味が口
の中に残る。べったら漬けは現代人にとっても、かなり美味しい食べ
物だと思うけれど。今あまり食べなくなったのが不思議なくらいです。
と、江戸っ子、東京生まれのぼやきでした。(笑)

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日本橋の秋の風物詩 「べったら市」。もともと日本橋は江戸幕府
の城下町として栄え、五街道の起点であったために、全国からい
ろいろな品物が集まる流通の要所でした。モノが集まれば人も集
まり、そして商売の町へと発展し、たくさんの名店が生まれました。
今もその当時から続く老舗店が多く残っており、トレンドに流される
ことなく日本橋にドンと根付いています。そんな魅力ある日本橋で
毎年、「べったら市」 が開催され、地元の人だけでなく観光スポット
して全国から多くの人が訪れ、大いに盛り上がっています。地元の
人いわく、このお祭りがこないことには秋を実感できないと言うほど、
地元に密着した伝統ある秋祭りなのです。

22時の警察による、強制退去 (交通規制解除) まで、宴会は多い
に盛り上がりました。私たちも 「べったら会」 を楽しみました。帰宅
して早速、 またビールを飲みながら食べてみました。大根のカリカ
リした食感 とほのかな甘みがマッチして美味しかったです。しばら
く我が家の 食卓には、べったら漬けが登場しました。(笑)

  べったら市 人行く方に 恵比寿さま






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風船に乗せてとばします
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