一ヶ月に2回満月を迎える月を「ブルームーン」という。 そのブルームーンを見ると願い事が叶う・・・・。







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ニューヨークでの生活 パート3

...2016/07/16 09:30...

7月に入り全国各地で真夏日や集中豪雨やら、
目まぐるしいく変わる天候に閉口します。
30度を超える暑さのあった先週。外でしばらく直射
日光を浴びていると干物になってしまいそうでした。

そんな炎天下でも、木々は暑さなど感じないかのように
青々と緑の葉を繁らせ涼しい木蔭を作り出しています。
自分の感じるこの暑さを、木は、葉は、感じないのか?
そんな風に感じてしまいます。
大体あの炎天下で葉が萎びないでいられること自体
不思議なことです。根から吸い上げた水分を葉の表面
から蒸発させて熱を放出している--。
だから葉は萎びることが無く、水分が蒸発する時に熱を
逃がしているから木蔭は単なる日陰よりも涼しい--。
テレビ番組でその仕組みを説明していましたが、
自然の力の精妙さには本当に驚くべきものがあります。

7月に入ってから仕事が忙しくなり、時間の余裕がなくなりました。
ブログの更新が出来ず一時、不定期になるかもしれませんので、
ご了承下さい。3連休は、夏休み前の仕事の忙しさもあるので、
私はゆっくりと過ごすことにします。 
皆さんは楽しい連休を・・・・・・・。


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「意志を持つ街~ニューヨーク」

日本へ戻って一ヶ月半。
この間、ニューヨークの何が恋しくなったかというと・・・それは、
物理的なものでなく、ニューヨークという社会や住む人の
特徴そのもの、というのが近いかもしれない。

私が触れてきたニューヨークの特徴はというと、建物や社会の
仕組みが古かったり、多種多様な宗教や民族の習慣、信念が
同時に主張されたり、一方でアートやファッション、ビジネスなど
では世界をリードするような新しいアイデアが次々に生まれる
場所。物価が高くて経済格差が異常なほど大きく、決して住み
やすいといえない場所なのに、なぜかこの地に魅かれ、
あとを絶たない移民たち。

人目を気にせず、自分のやりたいことをチャレンジしたり、
失敗を恐れずに思ったことをすぐに行動に移せる場所。
人種や宗教、性別、年代が違おうが、この意志は共通で
見られるような気がする。だから、そういう人々の意志が溢
れているニューヨークは、言ってみれば街自体も、他のど
の場所よりもユニークで、スペシャルでありたい! と、
意志を持っているように思えちゃう。

ニューヨークでの生活はすべてがうまくいったわけじゃない。
でも自分が思うとおりに動く自由があった。自由とは言い
換えると自己責任だ。充実や興奮とともに、辛さや孤独や
挫折もすべて受け入れなくてはならない。でも、何があって
も 「これは自分の選択だ」 という自覚があれば、後悔する
ことはない。そんな思いだった。

ニューヨークには、超高層ビルの上からマンハッタンの
夜景を眺める リッチな人もいれば、薄汚れた地下鉄の階
段で、1日中 「クオーター (約27 円) プリーズ」 と言って
過ごしている人もいる。これまでいろんな人と出会ったが、
貧富の差に関係なく、とにかく自分よりは 「必死」 に生きて
いることだけは感じました。私はこれまでなんて暖かく、
そして狭い世界にいたのか、とつくづく思いました。

そして辛い人、苦しい人の存在がわかっても自分に何が
できるだろう? と、無力さを感じてしまう。私がこうして
平和に過ごしている一方で、世界のあちこちで争いが
続いている。今は祈ることしかできない自分・・・。

「誰かを救おう」 なんて、おこがましいかもしれないけれど、
自分が誰か辛い人の役にたてたらな、と思うようになった。
まずは、せめて周囲の人には思いやりを持って争うことなく
過ごしたいと思う。相手を認め、尊重する心を持ちたいと思う。
ニューヨークは、しばし私を黙らせ、こんな風に考える
チャンスをくれた。

あのとき、くすぶりに蓋をしていたら、何もつかめずに終わった
かもしれない。そう思うと、冒険を実現させた自分を誇りに思う。
そしてニューヨークで出会えた人たちに心から感謝したい。
ニューヨークでの一人暮らしは独身以来だったから、この勝手
気ままさに開放感を覚えるのだが、自分を試してみることの
大切さを学んだようなきがします。


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セントラル ・ パーク
ダコタ ・ ハウス メトロポリタン美術館


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大都会ニューヨークだが、公園が大小様々いたるところにあって、
人々に安らぎを与えているのはこの街の特徴の一つかもしれない。
交流の場,食事の場,勉強の場,読書の場、人々がいろいろな目
的で集まる。時には、パフォーマンスの場にもなる。本来の公園の
役割どおりに市民に憩いの場を提供しているニューヨーク。代表的
なセントラル ・ パーク には何度も足を運びました。周りに公共施設
が沢山あるからです。今回は、よくテレビや映画に出てくるいかにも
ニューヨークらしい景色が印象的なセントラルパークの紹介です。

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「セントラル ・ パーク」
セントラル・パークは、ニューヨークのマンハッタンにある都市公園。
ロックフェラー ・ センターから眺めたセントラル ・ パーク。 (上右)
南北4キロ、東西0.8 kmの広さがあり、新宿御苑の約6倍でしょう
か。(上左) 東を5 番街と接していて、東側中央にはメトロポリタン
美術館、西には道をはさんでアメリカ自然史博物館があります。
遠くの木々の上に見えるのはマンハッタンの高層ビル群。 (下)

このセントラルパークの歴史は、19世紀までさかのぼります。
ニューヨーク市の人口増加とともに、ロンドンのハイドパーク、パリの
ブローニュの森のような落ち着く場所が欲しいとの要望が増え、18
50年代に建設計画が始まり、1873年に完成しました。現在は年間
3500万人が訪れるほどの公園で、観光の名所にもなっています。
私たちが歩いていると、何組かの日本人観光客が追い越し走り去っ
て行きました。彼らはセントラル・ パークに来ることを心待ちにしてい
たのだろう、目は輝き、笑みが自然にこぼれていました。うん、うん、
わかる、わかる。私も初めてセントラル ・ パークに来たときは感激
したもんね。多くの観光客が行き交います。

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この時期、セントラルパークでは、たくさんの草木が芽や花をつけ
てきているので、みなぎるエネルギーを肌で感じることができます。
春の到来を感じさせる、白やピンクの淡い色のお花はいろいろ咲
いていたりして、足元の草むらの中にも新芽びょーん。ほのぼの
ムードたっぷりでいい感じです。早朝に静かにベンチでただずむ
人、(下左) 至る所でジョギングをする人も多く見かけます。(下右) 
一番多くの人が集まっている場所がシープ ・ ミドウというエリア。
その名の通り、かつてはここに羊たちが放し飼いにされていた場
所だとか。(上) 今は人間が放し飼い。(笑) 確かにマンハッタン
で、これだけ広々としたオープンスペースというのはなかなかない
ようです。

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マンハッタンの摩天楼を眺めながら、芝生でのんびり。ミッドタウン
のビル群を背景に芝生が広がり気持ちのよい場所。休日は家族で
ピックニックに訪れる方がたくさんいます。(上) セントラルパークで
の日光浴の光景もよく見かけます。もはやセントラルパークで日光
浴というのは、ニューヨークに住む人達にとって定番の行事になっ
てる気がします。とにかく、休日になるとすごい人の数なんです。
空を見上げると超高層ビルが立ち並び青空なんて見えやしない。
黙々と働いた後は広い芝生に寝転がって日光浴ですか。

芝生の上でワンコと昼寝をする人、読書をする人、日焼けを楽しむ
人、ギターを弾く人、フリスビーを楽しむ人など、時間の過ごし方は
人それぞれ。これから暑くなるにつれて、もっと人が増えてくるんで
しょうね。それにしてもニューヨークっ子は、裸になるのが好きです
ね。日本ではあまり見かけない光景です。それと公園でも街中でも、
親子連れを見かけますが、お子さんは女の子ばかり多く見かけます。
(下中) 将来、ニューヨークは女性に支配さえるのではと、ちと心配。

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セントラルパークは単なる広い公園ではなく、観光地として魅力的
な場所が数多くあり、観光の名所にもなっています。主な観光名所
は59丁目から80丁目付近に点在しています。人工的に造られた
公園にもかかわらず、公園のほとんどが自然に見えるのは、植物
や地形によるほか、公園には元からあった湖や池や丘を巧みに
使い、園内は他に、広範囲に巡る散歩道、乗馬道などもあります。

「ベセスダの噴水」  (上)
セントラルパークの中でもニューヨーカーが集う憩いの広場のよう
です。噴水の上部には通称 「水の天使」 と呼ばれる天使の彫刻
があります。手前はベセスダテラスと呼ばれて上層部分は見晴し
台となっており公園の景色を楽しむことができます。週末は大勢
のストリート ・ パフォーマーたちとそれを見学する人々で賑わっ
ているようです。全体的にフランス様式が取り入れられ、ヨーロッ
パにいるような公園美が楽しめます。
「ボートハウス」  (下左)
ベセスタの噴水は The Lake と呼ばれる湖に面しており、自然いっ
ぱいの湖でボートを楽しむことができます。湖には雁などの鳥も住
んでおり、自然豊かでとても落ち着く雰囲気になっています。湖を
眺めながら食事のできるレストランやバー、カフェなどがあります。
やっぱり水辺って、癒しの効果があります。妙に居心地良いです。
そして公衆トイレがあるんです。特に、女性やお子さん連れの方々
には、トイレ情報は重要ですよね。マンハッタンはトイレが少ない。
「グランド ・ アーミー ・ プラザ」  (下右)
グランド ・ アーミー ・ プラザは、セントラル ・ パークの南東の角に
あります。反対側にはピューリツァー噴水があり、5 番街の交差点、
プラザホテルの正面に位置する小さな広場です。公園に背を向け
て立つ黄金の像は、アメリカ南北戦争の北軍の将軍ウィリアム・
シャーマンです。アメリカで最も有名な歴代将軍の一人です。

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ジョギングやインラインスケートをしたり、犬の散歩をしたり、家族で
ピクニックをしたり、パフォーマが自慢気に歌や踊りに演奏と、ニュ
ーヨーカーの憩いの場。長く寒い冬が終わり、いよいよニューヨー
クにも春がやってくると、人々はこの公園に集まってくるわけです。

「不思議の国のアリス像」  (上左)
公園内にあるたくさんの彫刻の中でもとりわけ子供達に人気の高い
「不思議の国のアリス像」。1959年にジョージデラコルテが、ニュー
ヨーク市の子どもたちへの贈り物として、銅像を寄贈しました。 複雑
な構造になっているので、実はジャングルジムのように登って遊べ
る銅像のようです。銅像の上に登れるなんて日本と違いますね。
「セントラルパーク 周遊馬車」  (上右)
セントラルパークの観光名物として100年以上の歴史を持つ馬車。
馬車での観光は1時間ほどで、公園はあまりに広く、すべてを観るこ
とはできません。馬が優しく馬車を引き、車輪がガタゴトと心地良い
音を立てる中、御者がセントラルパークの歴史や見どころについて
教えてくれます。昔の貴族のように馬車で優雅に・・・・。「古き良き」
ニューヨークにタイムスリップしたような雰囲気を味わうこともできます。
「ストリートライブ」  (下)
この公園はストリートパフォーマーにとって憧れの聖地のようです。
名の知れないミュージシャン。世界の舞台で活躍することを夢見る
ストリートパフォーマー。レッスンや孤独なトレーニングで腕を磨き、
いつの日かニューヨークの大舞台に立つことを夢見ている彼らの
ストリートライブを楽しむことが出来ます。ボランティアでないので、
ひと時を楽しませてもらったお礼としてのチップを渡します。これで
生計を立てている人も少なくないのです! しかし、悪徳なパフォ
ーマーも中にはいるようで注意することも必要のようです。

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職場で桜が咲いていると話題になったので、当初、ワシントンDCの
事かと思っていました。ところがニューヨークでの事でした。え、えっ、
ニューヨークにも桜があるの? 不思議に思いました。ニューヨーク
ではセントラルパークの他にも、コロンビア大学の北にあるサクラパ
ークやブルックリン植物園などにも桜が咲いているようです。同僚の
案内で、最初に目指したのはセントラルパーク内のお花見の定番ス
ポットであるチェリー ・ ヒルです。なだらかな丘に見事に咲いていま
した。ちょっと感激です。ここから見える歴史的な建物はザ ・サン ・
レモという超高級アパートです。 スティーブン ・ スピルバーグ、タイ
ガー ・ ウッズなど、数多くの著名人が居を構えてることでも有名です。

日本で最も人気の高い花のひとつである桜は、日本からアメリカへの
象徴的な贈り物でもありました。 明治45年 (1912)、両国の友好関係
を祝うため日本の東京市からワシントンDCへ3000本の桜が贈られた
ことは有名です。ニューヨークの桜は、明治42年 (1909年) イギリス
の探検家ヘンリー ・ ハドソンがハドソン川を発見してから300年の記
念に合わせ、当時のニューヨーク在留邦人が、ニューヨークに2千本
の桜を寄贈する計画を立てたが、日本から桜を積んだ蒸気船は途中
航路で行方不明となって間に合いませんでした。 その後、東京市が
ワシントンDCに桜を寄贈することを聞いて、ワシントンへの桜と同時に
ニューヨークへも輸送され、セントラルパークに植樹されたようです。

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ニューヨーク市民の憩いの場となっているセントラルパークにもた
くさんの桜が植樹されています。多くは、貯水池周辺にありますが、
公園内の至る所に桜が見られます。こうやってニューヨークで春に
なったら桜が見れるのも、日米友好の印として日本から寄贈された
歴史があり、先人達の想いがあったからこそ桜を楽しめるわけです。
日本人にとって異国の地で愛でる桜には格別なものがありますね。
東京を発つ時、ちょうど開花宣言されたばかりで、こうして異国で
見る桜は感慨深くまさに涙ものです。よかったょ… (ノω`*) ウ ルッ・・・。

桜という花は気高く、はかなく散るさまも美しく、「大和民族のわび
さびの美学をまさに反映している」。桜は日本人にとって特別な存
在であるのですが、その受け手の人間は文化の違いかずいぶん
と違うようです。 こちらの人達はサクラの下で宴会などはしない上、
落ち着いて愛でることが出来、改めて日本の鑑賞方法はサクラで
はなく、サクラを酒の肴にした酒宴にも重きが置かれてるんだと実
感した次第です。 桜の種類名まではわからないんですが、吉野系
や山桜系や八重桜などが多く、ソメイヨシノ系はあまり見ません。

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異国の地で桜かぁ~日本人を感じる瞬間でしょうかね。 ニューヨー
クの桜は美しいですね。周りの景色に溶け込んで素敵です。純粋に
花を愛でるなら日本の花見より環境は良いかもしれません。 芝生の
上にレジャーシートを広げて座っているのは、言葉からしてほぼ日本
人と思われました。(笑) 何処かの県人会が主催されていたお花見
にお邪魔させていただきました。東京都出身の私はかなり アウェー
かなと思って心配していたのですが、とても暖かく迎えてくださいまし
た。お花見はニューヨークに来て、本当にホっとできるひとときでした。
セントラルパークで 「Japan Day (日本の日)」 の催しがあるようです。

実はワシントンDCのポトマック河畔の桜が満開と聞き、片道3 間ほど
で行けるので、日帰りで行こうと密かに思っていました。見に行きたく
なって アムトラック (急行列車) 運賃を調べたら、うぅ~ん、往復300
ドルですか・・・・・。 桜見に3万円は払えないぞ~と諦めていました。
こうしてニューヨークで、桜が見られて先人達に感謝ですね。ご年配
の方が話しかけてきました。「日本では桜を見るのをハナミ・フェステ
ィバルっていうのよね!」 「ニューヨークの桜も素敵でしょう」。桜を見
て奇麗だと思う気持ちに国境はありませんね!

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「桜パーク」
サクラパークという公園もあるというので、こちらも訪ねてみました。
コロンビア大学の北側、ハドソン川沿いにある小さな公園です。その
名の通り、桜にゆかりがある公園で、桜の木の数は多くはないので
すが、薄いピンク色の花びらをつけた優しい雰囲気の桜が静かに咲
いていました。東京とニューヨークが姉妹都市となったことを記念して、
当時の皇太子妃ご夫妻 (現在の天皇皇后両陛下) を迎えて、東京
都より日本の石で作られた灯籠が贈られ、北東に建立されています。
公園の東側には南北戦争の雄グラント将軍の墓もあります。 ニュー
ヨークには意外と桜スポットが多いことに驚く、春の楽しい1日でした。

ニューヨーク日本とアメリカの両国が友好関係を祝うため日本の東京
市からワシントンDCへ3000本の桜が贈られたことは有名ですが、ニ
ューヨークへもワシントン寄贈用とは別に贈られることになりました。し
かし、日本から桜の木を積んだ蒸気船は、途中航路で行方不明となり、
日本から再度輸送され、桜の木が植えられたのは1912年の事。ニュ
ーヨーク市ハドソン河畔にあるグラント将軍墓所前で盛大な歓迎植樹
式が行われたそうです。ニューヨークで最初に植樹されたようで、この
土地は現在 「さくらパーク」 と呼ばれています。100年以上の歳月を
過ぎてなお、美しい花を咲かせています。

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リンデンの木のある2つの歩道に沿ってつくられており、2つの歩道
の間には、東屋のある芝生があり、桜の木が植えられている。桜が
満開となる時期には、日系人が木の下でピクニック・ブランケットを
広げ、花見をするようです。 (上) 花はスノードロップから始まり、
チューリップに続いて、春には桜が満開となるそうです。前には
東屋、その後ろにはリバーサイド教会の塔が見えます。(下左)

日本語の 「さくら」 がそのまま名前になっている、日本人にはとて
も嬉しい場所です。新聞やビニール袋を敷いて靴を脱いでその上
に座ったら何とも言えない懐かしい気分。 しばらく家の中でも靴と
椅子の生活だので、土や草の上に座るのっていいわあ~と、感激! 
日本酒、さきイカ、枝豆、チキン等があれば言うことなしですが、花
見だけだったけど、お天道様とサクラだけは平等。それらはどこに
いても誰にでも平等に微笑みかけてくれます。ニューヨークでも
充分に楽しい花見が満喫できました。

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「ダコタ ・ ハウス」
地下鉄に乗って 「72 Street Station」 で降りて外に出ると、まず目に
入るのが 「ダコタ ・ ハウス」 です。(上) 1880年代前半に建築され
たセントラルパーク横に建つ高級アパート。日本は明治17年頃です。
今も昔もセレブが住みニューヨーカーの憧れでもあるようです。アパ
ートの入口は72 丁目沿い (下左) にあり、警備員が常駐し住民以
外は立ち入り禁止。特徴のある屋根、フェンスの飾り、と高級感があ
り絵になる外観は一見の価値があります。 「ローズマリーの赤ちゃん」
等、映画のロケ地としても有名な建物です。ビートルズのジョン ・ レノ
ンとオノ ・ ヨーコさんが住んでいた事でも知られ、部屋は、まさにセン
トラル ・ パークが見渡せる側の最上階の角部屋のようです。
セントラル ・ パーク側の入口から見たダコタ ・ ハウス。(下右)

ここは建設当初から、館内に自家発電装置があったり、セントラルヒー
ティングが導入されていたりと、その当時にしては画期的な設備を備え
る高級アパートメントだったそうです。すごいなぁ。なんでも、このダコタ
・ ハウスの入居審査基準は、「ニューヨークで最も厳しい」 と言われて
いて、単に 「お金持ち」 なだけでは入居できないんだそうです。数々
の有名人がここに入居しようとして拒否されているのだとか・・・。日本
では 「ダコタハウス」 と呼ばれていますが、アメリカの呼び方で言うと
「ダコタ ・ アパート」 になります。アパートは日本で言う高級マンション
になります。日本では気軽にマンションに住んでいる、と言いますが、
こちらでは 「マンション」 は 「大豪邸」 なのです。

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かつてジョン ・ レノンが住んでいた場所として、そしてアパートの
南口玄関でジョン ・ レノンが射殺された場所でもあります。(下右)
死後、36年たった今もビートルズのファンが訪れるようです。(上) 
玄関の横に明かりがあるのですが、なんと 「ガス灯」。(下左)
ほんとに火がチロチロ燃えてるんです・・・。電気じゃないんですね。
ジョン ・ レノンは1960年代に伝説的な成功を収めたロックバンド
「ザ ・ ビートルズ」 を立ち上げたリーダーとして知られ、大半の楽
曲を製作し、メインヴォーカルを務めました。1970年のビートルズ
解散後はアメリカを主な活動拠点とし、ソロとして、また妻で芸術家
のオノ ・ ヨーコさんと共に平和運動家としても活動しました。。

1980年12月8日午後10 時50分、レノン夫婦の乗った車がアパー
トの前に到着。2人が車から降りた時、その場に待ち構えていたファ
ンという男が暗闇から 「レノン ? 」 と呼び止めると同時に拳銃で5発
を発射、4発が命中し、彼は 「撃たれた! (I'm shot!)」 と2度叫びア
パートの入り口に数歩進んで倒れたという。警官の到着時にレノン
はまだ意識があったが、既に大量出血し、一刻を争う危険な状態で、
近くの病院に搬送。病院到着後、医師は心臓マッサージと輸血を行
ったが、レノンは全身の8割の血液を失い、失血性ショックにより23
時過ぎに死亡。満40歳没。レノンの死亡時に病院のスピーカーから
流れていた曲はビートルズの 「オール ・ マイ ・ ラヴィング」 だったと
いう。また世界中の人々がこの事件にショックを受けたようです。

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「ストロベリーフィールズ広場」
セントラルパークには、ジョン ・ レノンを偲ぶ 「ストロベリーフィール
ズ」 という小さな広場が作られており、そこには「イマジン碑」 があ
ります。自宅の真向かいにあたり、レノンがよく散歩したというセント
ラル ・ パークへ入るとストロベリーフィールズへの案内板 (下左)
があり、看板にそって小道を進んで行くと (下右) 静かな木立の中
にストロベリーフィールズがありました。大勢の人が 「碑」 を囲んで
いました。(上) セントラルパークの新緑の静けさが一層その雰囲
気を盛り上げています。

ストロベリー・フィールズは亡くなったジョン・レノンに捧げられた記念
碑として1985年に造園されました。ビートルズの曲 「ストロベリーフ
ィールドフォーエバー」 にちなんで名づけられたようです。 英語で
「イチゴ畑」 を意味する。ジョン ・ レノンが射殺されてから30年以上
もの月日が流れているにもかかわらず、ここにくると時が止まってい
るかのような静けさを感じることができ、多くの人たちから今もなお愛
されているジョン・レノンの偉大さを改めて感じることができるのです。
ジョン ・ レノンの聖地ということで、ダコタハウスとセットでセントラル・
パーク観光に来る人が多いようです。中学の英語の教科書に、この
ストロベリーフィールズの事が載っていました。当時は、そういう所が
あるんだ、くらいにしか思いませんでした。

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ジョン ・ レノンを偲ぶ 「イマジンの碑」
記念碑は、公園の2 の方向に傾く三角形の焦点に黒と白のモザイ
ク模様のメダリオンが設置され、中央にレノンの代表曲 「イマジン
(Imagine)」 の文字が刻まれています。どこか聖地のようなパワー
をもらえそうな予感のする雰囲気が、あたり全体を包み込んでいま
した。ここに来ると 「平和」 や 「愛」 の意味を改めて実感できるよう
な気持ちにさせてくれます。ジョン ・レノンの追悼の為に作られた
ので、訪れる人には花を飾ったり、静かに祈りを捧げる人が居たり
と様々でした。 この地を訪れる人々が後を絶ちません。

この "Imagine" が胸に響く感じで素晴らしいです。しかも、飛び交う
言葉も様々。アメリカやイギリスなどの英語圏の国々からだけじゃな
くて、世界中から本当にたくさんの方々が、この場所へやってきてる
のを実感できます。ベンチに座ってくつろいでいると、10人ほどの
少女たちがイマジン碑の前で 「イマジン」 を歌い始めた。歌い終わ
ると周りから拍手が起きました。その瞬間、ふと風が立った。ダコタ
・ハウスの方角から吹いてくる感じ。「この風は、ジョン。きっとあなた
なんですね・・・」。平和な世界を想像してごらんと歌った「イマジン」。
愛と平和を音楽や言葉を通して伝えた音楽家、ジョン ・ レノン。

世界から暴力、戦争をなくそうよと歌った 「イマジン」。
テロが絶えない昨今、「イマジン」 を世界中で流したい。
Imagine all the people living life in peace.
(想像してみよう、すべての人が平和な人生を送っている姿を)

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「メトロポリタン美術館」
世界3 大美術館のひとつである、ニューヨークのメトロポリタン美術
館は、想像以上の大きさとコレクション数を誇る世界でも有数の素
晴らしいミュージアムです。ニューヨークを訪れたら、メトロポリタン
美術館を見逃すわけにはいきません。

メトロポリタン美術館は、5 番街に面するセントラル ・ パークの東端
に位置する場所にあります。設立構想は、1866年、パリでアメリカ独
立記念日を祝うために集まったアメリカ人たちの会合の席で提案さ
れ、アメリカに国際的規模の美術館が存在しないことを憂い、美術
館の設立構想を訴え、美術館は4 年後の1872年に開館。その後
は基金による購入や、さまざまなコレクターからの寄贈によって収蔵
品数は激増し、現在では絵画・彫刻・写真・工芸品ほか家具・楽器・
装飾品など300万点の美術品を所蔵し、世界最大級の美術館のひ
とつになっています。最大の特色は、これだけの規模の美術館が、
国立でも州立でもない、純然とした私立の美術館であることです。

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「エントランスホール」
階段を上って正面玄関から入ると中央にインフォメーションデスクが
ある大ホールがあります。(上) いきなり、この古代エジプト的な銅
像が迎えてくれます。(下左) 奥がチケット売り場です。正面と左右
の3 箇所にあるチケット売り場で入館料を払い入ります。受付のよう
な場所があり、そこでさまざまな国の言葉で書かれたガイドマップも
貰えます。 しかも日本語のマップのところには親切そうな日本人の
ボランティアさんが、あまり用はないのに話しかけてきます。 いった
い何日ぶりですやろ、日本語聞いたのは! と、言葉がおかしくなる
ほどの久々の母国語との出会いで感激でした。(笑)

受付で入場料を払う前にちょっと待って! (下右)
メトロポリタン美術館の入場料は、一般25ドル、学生12ドル、65歳
以上17ドルです。これは推奨価格であって実際は任意なのです。
しかし、運営難に陥ったことから、「寄付」 のスタイルをとりつつ、25
ドルという金額を定めた入場料を集めているようです。こういった背
景を理解した上で、レベルの高い美術品と運営スタッフへの敬意を
込めて入場料を支払うのが、スマートな大人ということでしょうか。
入館料を支払うと、メトロポリタン美術館マークの入ったシールを渡
されます。それをスタッフが見える場所にペタッと貼っておくと、その
日は一日出入り自由となるようです。美術館はリュックを背負うのは
NGです。なので、リュックや大きめのバッグは全てクロークに預ける
必要があります。リュックのような視覚に入らない場所で背負うバッグ
は、作品にぶつかる可能性があるからです。

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地元ではMet (メット) の愛称で親しまれているメトロポリタン美術館。
この美術館の一番の特徴は、世界各地の芸術、文明を先史から現
代までカバーしているジャンルの広さ。建物は5 階建ですが見学の
中心は1 階と2 階。1日かけても足りないほどの広さと膨大な展示
品を誇ります。静かな静かなフロアで、私は素晴らしい美術品の数
々をほぼ独り占めしながらじっくり見て回った。静かな時間に反し、
私の気持ちは、感動する熱い気持ちでいっぱいだったが・・・・・。

「ギリシャ ・ ローマ古代美術ギャラリー」   (上左)
大ホールの左手には、「ローマ ・ ギリシャ彫刻」 のコーナーがあり、
まずパッと目に飛び込んでき彫刻は、初期のミケランジェロの作品。
(下右) 彫刻は我々におしりを向けて展示されていました。これは今
の館長のアイデアで、この彫刻は後ろ姿が素晴らしいということで敢
えて逆に展示してあるようです。 ふーん。 ロダンなどの彫刻がたくさ
ん並び、奥の方には当時の食器、アクセサリー、宝飾品など、まるで
フランスやイタリアにいるような気分になる空間でした。(下左)
「騎馬の広場 (甲 ・ 冑館)」  (上左)
ここには全世界の武器や鎧などが各種展示されていました。確かに
古来武器も美術品ではありますが、本当にココはなんでも展示して
いるんですね。中世の騎士の鎧や槍がドンと展示してありました。
装飾が美しい鎧や、防御重視の武骨なデザインなど、当時の社会
情勢を考えながら見ると、また違った楽しみ方ができそうです。
馬にも甲冑を着せてあって、重くて馬がバテたりしないかとか、
余計な心配をしてしまいました。

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メトロポリタン美術館には、エジプトのメジャーな作品の他にも日常
品や小物がたくさん展示されていて、当時の生活を想像しながら見
学するのもまた違った楽しみがあります。 ここのエジプト ・ コレクシ
ョンは約3万点あるといいます。ミイラ棺やハトシェプト像、豪華な装
飾品が山ほど。 お宝をこれだけ集めるのにアコギなことはしなかっ
たのかとちょっと調べてみたらやはり出土品の返還要求など色々あ
り、2011年にはツタンカーメン王の墓の副葬品をアメリカから20点
ほど返したのだそうです。やっぱりね。

「アッシュールナツィルパル2世のパレスの遺跡」  (上)
2500年前のアッシリア帝国にタイムスリップ。そんなに昔のものとは
思えないくらい綺麗な状態で保存されています。アッシュールナツィ
ルパル2 世は、紀元前883~859年の在位で、徹底的に敵を破壊
する残酷さで典型的なアッシリアの君主だったそうです。
「センウセレト1世の像」  (下左)
第12王朝第2代の王、センウセレト1世の像。紀元前2000年ごろ。
父のアメンエムへト1世と10年の共同統治をし中央集権を確立した
とあります。ふくよかな顔立ちでした。
「ハトシェプスト像」  (下中)
この部屋にはハトシェプト像がいくつも展示されてあって、圧巻です!
クレオパトラが誕生する千五百年もの昔、広大なエジプト全土を治め
た偉大な女王がいた。その女王の名は「ハトシェプスト女王」。女王の
治世は穏健で、戦争を好まずに平和外交によってエジプトを繁栄させ
ました。それは同時にエジプトの国威の低下を招いたことになります。
蛇足ながら、『旧約聖書』 「出エジプト記」 で、モーセをナイル川で
拾って育てた義母は、彼女とも言われています。
「オシリス神の頭の像」  (下右)
頭だけが3 体並ぶ風景は異様ですが、なんとも豊な幸せそうな表情
をしています。オシリス神は穀物神、死 ・ 復活の神、冥界の王、ナイ
ルの洪水の神などとされています。

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日本コーナーもあり、浮世絵や金箔の衣装箱や屏風などが展示
されていて、日本人よりもアメリカの人が熱心に見学していました。
アジア各国の美術ももちろん充実。ついつい西洋美術に注目し
がちだが、アジアコーナーの魅力も捨てがたいものがありました。

葛飾北斎 「富嶽三十六景」  (上)
右側 が 「神奈川沖浪裏」 と左側が 「山下白雨」 です。葛飾北斎の
作品の中では、世界で最も有名な作品の一つです。 「神奈川沖浪
裏」 は巨大な波と翻弄される舟の背景に富士山が描かれています。
「山下白雨」 は裾野に夏の積乱雲からなる稲妻が描かれ、大地の
躍動感を感じさせ赤富士と対照的に黒富士と呼ばれています。 肉
筆画ではなく、版木を用いた多色版画作品なので基本的に複数存
在します。「富嶽」 は富士山のことです。
「鎧」  (下左)
鎧が多数、陳列されていました。「姫路剣片喰」 の家紋の旗が背後
にあることから、徳川家の重臣 ・ 姫路酒井氏 (姫路藩15万石) が
用いた物ではないでしょうか。
「妖刀 ・ 村正」  (下右)
村正作の一振を川に突き立てると、上流から流れてきた葉っぱが、
まるで吸い込まれるように村正に近づき、刃に触れた瞬間に真っ
二つに切れ、 「飢えた刀」 と言われていたようです。 村正作の刀
は徳川家代々に祟りをなし、ゆえに 「妖刀」 と呼ばれています。
「村正」 とは、勢国 (三重県) 桑名に存在した刀工集団の名称
で、そこで製作された刀が 「村正」 と呼ばれ切れ味抜群であった。

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ご当地アメリカゾーン。ここからは絵画ゾーンがメインになってきて、
最も美術館らしい部分になってきます。このアメリカゾーンで最も目
を引くのは独立戦争を描いた絵画 「デラウェア川を渡るワシントン」。
壁一面に巨大な絵画がドンと飾られており、当時のジョージ ・ ワシ
ントンが苦難の末に独立を勝ち取ったことを表現する大作です。

「デラウェア川を渡るワシントン」 1851年 (下左)
アメリカ人画家エマヌエル ・ ロイツェが描いたアメリカ独立戦争中
にジョージ ・ ワシントンが大陸軍を率いてデラウェア川を渡ったこ
とを記念するものです。この渡河によって大陸軍はニュージャージ
ーのトレントンにおけるトレントンの戦いでドイツ人傭兵隊を急襲。
メトロポリタン美術館の永久収蔵品となっているようです。 「どや、
すごいでっしゃろ、これがアメリカ人の魂でっせ」 的な、アメリカ人
のプライドを感じさせ、実物を見るとその迫力に圧倒されます。
サージェント 「マダムX (ゴートロー夫人)」 1884年 (下右)
アメリカ人画家で、優雅な上流社界の人々の肖像画の作品 『マダム
X (ゴートロー夫人)』 もそのひとつで、実在するパリの銀行家の奥さ
んをモデルに描いたものです。サージェントは、この美し過ぎる絵の
ためにスキャンダルに巻き込まれ、パリからロンドンへと拠点を移し
たそうです。人気があるのでしょうね。大勢の方が観賞していました。

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メトロポリタン美術館が誇る西欧絵画のコーナーは、1 階の近代 ・
現代美術コーナーのピカソ、マティスらの作品に加え、ゴーギャン、
ルノアール、モネら巨匠の作品が2 階にズラリと並んでいる。そし
て、印象派の作品など最も馴染み深い作品が惜し気もなく展示さ
れ、美術史の授業で習ったような作品ばかりに目がくらみました。(笑)

フィンセント ・ ファン ・ ゴッホ 「麦藁帽子の自画像」  1887年 (上)
「麦わら帽をかぶった自画像」 という題を冠した作品のうち三作目
のこの絵は、ゴッホ独特の筆のタッチが、この絵の中でより自在に
施されており、色彩の配置も調和の深さを感じさせます。 その分、
絵の印象は落ち着いたものになっている感じです。この絵は他の
キャンバス地の裏地に描かれていたそうで、もともとのキャンバス
には、ジャガイモの皮をむく女の姿が描かれていたようです。
ポール ・ セザンヌ 「カード遊びをする人々」 1890~92年 (下左)  
彼の晩年にあたる1890年代に「カード遊びをする人々」 を全部で
5 枚、それに多くの習作を描きました。それぞれは絵の大きさやカ
ード遊びをする人数が異なり、最初は庶民の男たちが5 人も描か
れていたのが、次のバージョンでは4人となり、3 番目と4 番目は
2 人、そしてその2人もずいぶん細部が省略されて、オルセー所
蔵の最後のバージョンへと発展していきました。2作目の作品とか。
クロード ・ モネ 「サンタドレスの庭園」  1867年  (下右)
ノルマンディ地方の郊外の港町サン・タドレスに住むモネの父親と
伯母一家の人々を描いた私的な作品。 風に靡く二本の旗、庭の
前に広がる海景と港を行き交う数多くの船舶、青々とした高い空
などの表現は筆触分割を用いたモネ独特の印象主義的な表現と
言うよりも、写実的性質が強い感じがあいました。

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なんて言うか・・・・すごいですよね。もし、この中の絵が日本の展覧
会に出品されたら、どれもこれも 「目玉」 扱いされる有名作品が普
通に展示されています。 しかも、日本だったら黒山の人だかりで
「絵を見る」 より 「人を見に来た」 って感じになるのに、ここでは絵
と一対一で見つめ合えます。見入って時間だけが過ぎて行きます。

ピエール=オーギュスト ・ ルノワール
     「ピアノの前のマンデスの娘たち」
  1888年  (上)
この3人の娘達の父親はカチュール ・ マンデス という方で、母親は
マンデス の妻ではなく、女性作曲家オーギュスタ ・ オルメスという
方で、オルメスとの間の子供のようです。今はやりの不倫関係にあ
ったのでしょうかね。女の子の顔、手足、そして衣服の白がまわり
の作品をみわたしても一際輝いているように見えます。ルノワール
の絵を数多くみてきたが、体が震えるくらい色彩の力を感じたのは
この絵がはじめてですね。
ピエール=オーギュスト ・ ルノワール
「ジョルジュ ・ シャルパンティエ夫人と子供たち」
1878年  (下右)
ルノワールがまだ世に認められていなかった頃、彼を評価してくれた
数少ない理解者のひとりがジョルジュ・シャルパンティエ氏で、この絵
はその夫人と子供たちを描いたもの。これはルノワールがようやく世
間に認められるようになる、そのきっかけとなった絵でもあります。で、
これは一見なんでもない絵のように見えますが、よーく見ると背景に
日本風のすだれや絵が飾られていたりして、当時の上流家庭への日
本美術の浸透ぶりがうかがえますね。でも、この絵で大事なのは実は
そこじゃありません。そうではなくて、全体の明るい色調の方に注目し
てもらいたいのです。現代のわれわれが見ると、「この絵のどこが特
別なの?」 と思ってしまうくらいあたりまえの描画なんですが、実は
このような明るい色使いは、当時のヨーロッパ絵画ではきわめて
特殊なものだったんです。

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ポール ・ ゴーギャンの 「二人の女たち (上の右側の絵)」。ゴーギ
ャンの絵は、輪郭線で囲んだ平坦な色面によって対象を構成する
クロワゾニスムという描写理論を用いているようですが、ゴーギャン
の絵は観た瞬間に 「ゴーギャンだな」 とわかるほど特徴的で印象
に残りますね。メトロポリタン美術館では、写真は常設展示に限り、
フラッシュの使用なしで撮影が可能です。(下右) ビデオ撮影や
動画の撮影は禁止です。しかし、どれも有名な絵画ばかりで見入
ってしまい、写真を撮るのを忘れてしまうほどです。

館内を歩いていると、学芸員が子供達に絵を教えているこんな風景
に出くわしました。(下左)  みんなが観ているのはジョルジュ・ド ・
ラ ・ トゥールの 「二つの灯火の前のマグダラのマリア」 のようです。
彼らは中学生位でしょうか? ともかく床に座るどころか寝そべって
いる子も居ますね。少し立ち止まって観察してみましたが、学芸員
のおじさんはフレンドリーで絵画の見所を面白おかしく、興味を持
たせるように解説していました。子供達は騒ぎ立てるような事も無く、
和気藹々かつ自由な感じでアートを楽しんでいる様子でした。
「芸術は崇高で難解だ」 と少々引いて観るニッポン人とは大違い。

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最後にたどり着いたのが、エジプト美術コーナーの目玉の 「なん
ちゃら神殿 」。あー、もう疲れて名前まで覚えていない。調べたら
「デントゥール神殿」 でした。きっと最初にこれを見たら、いろいろ
と思うところがあったんでしょうが、無理。彼氏とデートの約束をし
ている女子社員に残業を頼んだ時のように 「無理!」。ほとんど
何にも心が動きません。広い館内を廻ってやっとたどり着いたの
ですから・・・・。アメリカの皆さん、エジプトの皆さん、ゴメンナサイ
とつぶやきつつ、ミュージアムを後にしたワタクシでした。(笑)

「デントゥール神殿 」
アメリカ政府がヌビアの遺跡保護を支援した感謝の印として、エジ
プト政府からアメリカに贈られた 「デンドゥール神殿」です。紀元前
15年にローマ皇帝アウグスティヌスの命によって建てられたもの。
水没の運命にあった遺跡を救ったのがアメリカというわけです。
こんなデカイものをエジプトから運ぶのに大変だったしょうね。
ガラス張りの明るい室内からはセントラルパークの景色が美しく、
ナイル川のほとりが再現され、美術館の中に居る事を忘れてし
まいそうな場所でした。(下右)

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乱立するビルの谷間に忽然と存在する、このバカでかい公園が人
の手によって造られたものだとは、ちょっと信じられないような気が
します。マンハッタンの住民たちはほとんどすべてがアパートメント
住まいなので、庭を持たない彼らにとって、身近に自然を堪能でき
る唯一の場所といっても過言ではないのでしょう。ただその反面、
あまりの広大さ故に警備の目が行き渡らないこともあり、時折残忍
な犯罪が起こることもまた事実のようです。 ずいぶんニューヨーク
のイメージがよくなってきたのに・・・・。また 「物騒な街」 に逆もどり
しないことを祈るばかりです。訪れているうちにセントラルパークに
対する愛着や思い入れもかなり深いものがあって帰国することが、
やっぱりちょっとさみしい気がしました。






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