一ヶ月に2回満月を迎える月を「ブルームーン」という。 そのブルームーンを見ると願い事が叶う・・・・。






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而今 (にこん) 

...2016/07/02 08:30...

7月 (文月)
カレンダーが 月に変わりました。
夏至 (6月21日頃) から数えて11日目の7月2日頃から
七夕 (7月7日) 頃までの5日間を半夏生 (はんげしょう)
というそうです。 田植えは半夏生に入る前に終わらせる
ものとされ、この頃から梅雨が明けます。

「半夏生」 は気候の変わり目として、農作業の大切な目安
とされています。田植えは 「夏至の後、半夏生に入る前」
に終わらせるものとされ、それを過ぎると秋の収穫が減る
といわれてきました。無事に田植えが終わると、水田や神
棚に餅やお神酒を供え、田の神に感謝する 「さなぶり」 と
いう行事を行うところもあるようです。

半夏生の5日間は働くことを忌み、天から毒が降るので
井戸にふたをし、この日に採った野菜も食べてはいけない
とも言われているそうです。これは、田植えで疲れた体を
休めるための昔の人の知恵だといわれています。梅雨が
明けて夏が来る前に、私たちも今のうちに身体を休めて、
暑い夏を乗り切る基礎体力をしっかりつけておきたい。
だからといって、会社や学校、家事を休んじゃダメですよ。(笑)

追記 : 写真の整理に戸惑っていますので、今回は 「ニューヨー
     クでの生活編」 は、お休みとします。 ご了承を・・・・。


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而今 (にこん) 

先日のテレビで 「而今」 という言葉を初めて知りました。
{にこん} と読んだり {じこん} と読むようですが、江戸時代の
臨済宗の僧侶である正受老人は 「一大事とは今日只今の心
なり」 と教え、道元禅師は有 (存在) をそのまま時と見て 「有時
の而今」 という言葉を残されました。簡単に言うと、「今」 という
この瞬間を大切に ・・・・・ という事でしょうか。

今という言葉は、しょっちゅう使われているにしては、あまり
気にかけられない語です。でも 「今」 という語が表す時ほど
大切な時はありません。今は過去と未来の境目にある瞬間
で、「今」 と言っている間に過ぎ去ってしまいます。
「過ぎ去った時」 「この瞬間」 は二度と戻ってこない。
絶対の生命の真実は 「今」 この時をおいて他にないからです。
「今」 この瞬間を大切に生きなければならない。

また過ぎ去った時間ばかりに心を寄せてもいけません。
誰しもが過去に失敗や過ちを犯し、それによって苦しんだ
ことがあるでしょう。そんな過去のことを振りかえったり、悔やん
でばかりいたり、過去の苦しみから抜け出さずにいたりします。
またあるいは、輝いていた過去の栄光にばかりしがみついて
いたりもします。人は誰しもそのような心を持っているものです。
良いことも悪いこともそう簡単に断ち切れるものではないからです。

その昔、京都女子専門学校 (現 ・ 京都女子学園、京都女子大学)
を設立し、「今」 と真剣に取り組んで生きられた方の一人であった
九条武子さんは 「見ずや君、明日は散りなん花だにも、カの限り
ひとときを咲く」 という歌を詠みました。はかない命だからこそ 「今」
を大事に力いっぱい生きなければなりません。「あとでやろう」 では
なく 「今やってしまおう」 の気持です。「どうせだめになるんだから」
ではなく、「やるだけやってみよう」 の気持です。そんな心がけで
生きれば、きっとすばらしい人生が展開するでしょう・・・・・・と。

過去の中に生きるのではなく、二度と来ない 「今」 を生き切る
ことが大切だと教えている言葉です。大事なのは ”今” なんです。
今をきちんとやっていけば、必ず何かが変わり、今という瞬間の
積み重ねが、その先につながっていくんです。

でも、でもですよ。
NHK朝の連続テレビ小説 「あさが来た」 の主題歌に 「~思い
通りにならない日は、明日頑張ろう~」 という言葉がありました。
毎日毎日の、 この一瞬はとても大切ですが、そうは言っても
「思い通りにならない時」 もあるし、「疲れてどうしようもない時」
だってあるのですから、「~そうだ! 明日頑張ればいいんだ・・・」
と自分に言い聞かして進む事も大切かなぁ~とも思えてきます。
何が何でも 「今」 でなくても状況は変わるかもしれない。
そして 「人生は紙飛行機みたいなもの・・・その距離を競うより、
どう飛んだか、どこを飛んだのか、それが大切なんだ・・・」 と
本当にそう思えてもきます。

中学の頃、塾の書道の先生がおっしゃっていた言葉に、「青春」
という字は、「青」 から縦棒一本を取ると、「三月」 になる。「春」
から人という字を取ると、「三日」 になる。つまり、青春 (人生) は、
三ヶ月と三日で終わるくらい、あっという間なものなのだそうです。 
でもそこに、縦棒一本と人という字が入ることで青春が蘇える。

大切なのは 「今」 というこの瞬間に生きることかも知れませんが、
一生懸命に 「今、やってしまおう」 と、向こう見ずにふるまうことも
良いのですが、でも、駄目だったら 「明日頑張ろう~」 だっていい
じゃないですか。そんな心のゆとりも大切な気がしてきました。
遠い過去から遥かなる未来を見とおした上で、
今の、いや而今の一刻一刻を歩んでゆきたいものです。


「~思い通りにならない日は、明日頑張ろう~」


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 「渋谷・鹿児島おはら祭り」 2016
 
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帰国してやっと通勤電車に慣れ始めた頃、娘が渋谷に行かない?
と話しかけてきた。聞けば渋谷で 「渋谷 ・ 鹿児島おはら祭り」 が
あるのだという。しかし、娘の思惑は別の所にありました。(笑)
何はともあれ、4~5月 と留守だったし、娘にゴールデンウイーク
は何処へも連れて行けず、罪滅ぼしのつもりで素直に応じて出掛
けてきました。鹿児島県人のパワーに圧倒されました。
鹿児島の皆さん必見ですよ。

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会場となる渋谷駅周辺は、流行に敏感な若者が集まる街として知
られています。109 (マルキュー) やPARCO (パルコ) を始めとした
大型ファッションビルはもちろん、数多くのセレクトショップが軒を連
ね、最新の情報とカルチャーを日々発信しつづけている街です。
渋谷と言えば若者の街。私にお似合いでちょうどいい。(笑) (上)
会場の渋谷109周辺に着いたらすでに整備されていて、 歩道など
はもう人がいっぱいでした。(下左) 踊る方もすでに待機。(下右)

109 ビルは、道玄坂下交差点に面した鋭角の角地にオープンさせ
た 「SHIBUYA109」 で、10代後半 から20代の女性向けのテナン
トで占められている施設です。109の由来は 「東急(とうきゅう)」 の
読みを数字の 「10-9」 から 「いち ・ まる ・きゅう」 にあてた語呂
合わせのようです。

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「おはら祭り」 は鹿児島県鹿児島市施行60周年を記念して始まっ
た祭りで、毎年11月に踊り手たちが民謡に合わせ踊りながら市内
の目抜き通りを練り歩くもの。「渋谷・鹿児島おはら祭」 は、鹿児島
市で毎年秋に開催される 「おはら祭り」 を東京 ・ 渋谷で再現する
イベントです。今年で19 回目を迎えます。

一見何の関係もなさそうな渋谷と鹿児島ですが、実は深い縁があっ
たんですね。鹿児島出身の連合艦隊司令官 ・ 東郷平八郎を祭る東
郷神社が渋谷に建立されています。渋谷区広尾に薩摩藩渋谷藩邸
があり、篤姫はここから江戸城へ輿入れしました。初代 ・ ハチ公像を
作ったのが鹿児島出身の彫刻家・安藤照であるなど、色々と様々な
ことで縁があるわけです。その流れをくむ 「ふるさとへの思い」 が強く、
「絆」 がより深まるよう当時の渋谷区長と鹿児島出身の経済人の尽力
で平成10年に始まった踊りパレードです。

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「パレード」
さわやかな風と緑の青さが光りはじける六月の渋谷道玄坂通り。
賑やかに 「渋谷 ・ 鹿児島おはら祭」 のスタートです。道玄坂・文化
村通りを鹿児島から来た篤姫や大久保利通に扮した 「維新のふる
さと鹿児島市PRキャラバン隊」 の方々や歌手の石田あいさん (鹿
児島県姶良市(あいらし)出身) に東京消防庁のマスコット 「キュー
タ」.くんも登場し、パレードが華やかに行われました。 東京消防庁
音楽隊の演奏が会場を盛り上げます。(下) 例年は5月開催です
が、今年は伊勢志摩サミット開催に伴い1ヶ月延期されました。

「渋谷 ・ 鹿児島おはら祭 2016」
会場    渋谷道玄坂 ・文化村通り周辺
会期    2016年6月12日(日) 11時50分~15時
第1部   踊りパレード (審査対象) おはら節、渋谷音頭
第2部   アトラクション (若者の踊り、太鼓演奏)
第3部   踊りパレード (おはら節、ハンヤ節、渋谷音頭)

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燃えて上がるは桜島・・・・もっと上がるは 「渋谷でおはら」。
県人会のネームプレートやのぼり旗を先頭に踊りパレード開始。
渋谷の道玄坂の周辺は交通規制を行い、鹿児島県出身の人な
ど2500人以上の踊り手が集まり、着物やはっぴ姿の参加者は
およそ64 組のグループに分かれ、「ラブラブ渋谷」 といったフレ
ーズが特徴の 「渋谷音頭」 と鹿児島民謡 「おはら節」 では 「ヨ
イヨイヤサ」 というかけ声とともに両手を使って頭の上に丸い形
をつくり桜島のイメージ。「鹿児島ハンヤ節」 の3 曲に合わせ練
り歩く踊りパレードを展開し、各チーム の踊りを競います。
第一部の踊りは審査対象になり、踊り手は気合十分です。

「おはら笑楽会」
気持ちをひとつに笑顔、えがおで、よぶんな力をぬいて渋谷
の街を思いっきり飛んで跳ねて踊りますと、元気一杯です。
笑う門には福来たる。皆さん笑顔で踊っていました。

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「渋谷おはら連」  (上)
「渋谷区鹿児島県人会」 を母体の地元連のようです。渋谷にいらし
た方々と楽しんで一緒に踊ろう! が地元連のモットーのようです。
パンフには11回の出場とありました。毎年楽しんでいるようです。
「関東・かのや会踊り連」  (下左)
5月は故郷の鹿屋ではバラ祭りが開催するようです。4千種5万
本の見事なバラが咲き誇っているそうです。バラの香りに囲まれ
て育った微女達の集う 「かのや連」 の方達です。
「関東垂水 (たるみず) 連」  (下右)
荒々しく噴火する櫻島と囲む錦江湾。桜島の恵 「豊かな温泉」 と
錦江湾の恵 「カンパチ養殖」 更に 「通を唸らせるイモ焼酎」 の故
郷に思いを馳せて桜島の噴火に負けじと明るく元気に踊ってました。
垂水市は、大隅半島の錦江湾 (鹿児島湾) 沿いの街のようです。

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「屋久島連」  (上左)
鹿児島県の大隅半島佐多岬南南西約60km の海上に位置する島。
豊かで美しい自然が残された世界自然遺産にも登録されています。
昨年に引き続き今回で2回目なそうです。楽しく元気に踊ってました。
「関東串良 (くしら) 会」  (上右)
鹿屋市串良町出身の関東串良会会員とその友人で 「仲良く明るく
楽しくそして元気に」 をモットーに練習に励んだ成果を渋谷の街で
思いっきり楽しみたいと踊っていました。串良町はバラの街とか。
「東京 ・ チェスト in 渋谷」  (下左)
鹿児島出身者を中心に県外出身者の方も多く、踊りを通じて鹿児島
を良く理解して頂き、鹿児島大好き、渋谷大好き、踊り大好き、という
仲間で鹿児島をPRにも貢献して楽しく踊って活動してるようです。
「関東枕崎会」  (下右)
薩摩半島最南端かつおの街、枕崎出身者を中心に作る踊り連で、
元気良く笑顔で黒潮を泳ぐかつおの様に楽しく渋谷の街を踊って
いました。初ガツオの時期に鍋料理を堪能したいですね。

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この日は爽やかな春の陽気に包まれ、道玄坂一帯は大勢の見物
客で賑わい、祭りは審査対象となる踊りパレードは熱気に包まれ
ました。3 組曲毎に休憩2分間 (横断歩道の移動が出来る様) を
挟みながら、巡回するコースを進みます。 今回は、中々前に進ま
ず半分しか連の踊りが見られなかったのが残念でした。誘導する
方が慣れていなかったのでしょうかね。

郷土愛の強い鹿児島県人は、東京や関東地域で出身地別、居住
地別、そして学校同窓会など、さまざまな形で県人会や同窓会を
形成しているんだそうです。 沿道で見学する方も鹿児島県人の方
が多く、互いに故郷の話をして懐かしく語っていました。 鹿児島か
ら駆けつけた踊り連も加わり、東京都心のど真ん中で、故郷の踊り
を踊って鹿児島県人同士の親睦と文化、郷里の発展を願いながら
のお祭り。いわば鹿児島県人のお祭り、といっても過言ではありま
せん。渋谷の中心街を独占する踊り手と見物客もみんな鹿児島県
の人たち。 恐るべし鹿児島県人。(笑)

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「種子島」  (上)
穴納芋、ロケット、鉄砲伝来、そして最近はアニメの聖地としても知
られるようになった種子島。 西之表市、中種子町、南中種子町の
出身者での踊り連。楽しく美しく踊れるように練習を重ねたようです。
「おごじょ連」  (下左)
「おごじょ連」 は、鹿児島出身者のメンバーではなく、世田谷在住
のおはら節をはじめ踊りの大好きなメンバーで構成されているよ
うです。みんな和気あいあい活動していて出場回数6 回目とか。
「笑美寿会」 (下左)
「笑顔で楽しく踊る」 をモットーに年間を通じて練習に励んで、第一
回から参加し今年で16年連続出場が誇りと励みで、頑張っている
ようです。渋谷の街を老いも若きも艶やかに楽しく踊っていました。

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渋谷おはら祭りでは、阿波踊りのように 「連」 という踊りの集団ごと
に、踊りを踊ります。鹿児島県出身者ら2500人あまりが 「ヨイヤサ
ー」 のかけ声とともに、 道玄坂など目抜き通りを約3 時間にわたっ
て練り歩き、おしゃれな 若者らでにぎわう街を鹿児島色に染め上
げます。心もはずんで 「見るよりも踊りたい」 と思いました。

「本家 ・ 鹿児島おはら祭の由来」
鹿児島の代表的民謡 「おはら節」。この民謡が生まれた一節として、
江戸時代の初めに、日向国 ・ 安久 (現 ・ 宮崎県都城市) の武士が
陣中で唄った唄を、鹿児島の原良 (はらら) の武士が、帰国後、歌
詞を作って歌い始め、それが鹿児島一円に広がるにつれ、原良に
「お (小)」 が付いて 「小原良 (オハラ) 節」 と呼ばれるようになった。
この 「おはら祭」 は、昭和24年に 「鹿児島市政60周年」 を記念し
て始まり、鹿児島市とともに発展を遂げ、鹿児島の秋の風物詩とし
て定着したようです。総勢2万人を超える踊り手が、鹿児島の繁華
街一帯を練り踊る様子は圧巻のようです。

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「ラ ・ サール連」  (上左)
昨年、初めて参加し、踊りの楽しさにハマってしまい、今年は 「おは
ら祭りでファミリースピリットの輪を広げよう」 を合言葉に同窓生だけ
でなく、函館の兄弟校OB、家族、友人も加わり、楽しく元気よく踊る
意気込みなようです。ちょっと知的な感じの様な方たちでした。
「鹿児島中央高校踊り連」 (下右)
第15回大会で、見事グランプリ賞を受賞。今回も練習に練習を重ね
て、笑顔と楽しむ気持ちを忘れずに踊る元気のあるチームでした。
校章と桜島が入った法被を着ることで卒業生の絆がより深まったとか。
「鹿児島奨学会 ・ 同学舎」  (下左)
鹿児島から東京に進学した男子学生のための寮で、日野市にある
百年余りの歴史を有する男子学生寮のようです。共同生活を通して
深めている寮生活の強い絆を十分に発揮し元気溢れる踊りを披露
していました。とにかく元気でした。男ばかりでしたが。(笑)
「鹿商&鹿女子高関東踊り連」  (上左)
鹿児島商業高校と鹿児島女子高の関東同窓会合同の方達で、「楽
しく、優雅な踊り」 を目標に練習を重ね、法被が多い中で着物姿で
渋谷の街に集う 「ふるさと」 の仲間と力一杯に踊っていました。

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鹿児島出身の各地グループ、今回鹿児島から駆けつけてきた人、
地元渋谷から参加したグループと、よくこれだけ集まったものだと
驚く盛況でした。この手の踊りは、スタート地点から踊り子が順に
進むので、それまで次の踊り手を待つことが多いのですが、「渋谷
おはら祭り」 はコースを一周するように踊り連が配置され、その場
からすぐ踊るので、 待たずに見られて退屈せず良かったですよ。

鹿児島の方から、こんな話を聞きました。
「泣こかい 飛ぼかい 泣くよか ひっ飛べ」 という言葉があるという。
これは、考えてる暇があったら実行せよ! という意味だそうです。
男気を大事にして 「誹議を言うな 」 と行動を重んじる気風は変わ
っていないようです。つまり、男たるもの 「へ理屈を言うな、文句を
言 うな、つべこべ言うな」 と。利害を省みない潔さ、短気直情型で
あるが一本気で肚のすわり剛胆。鹿児島ではこうした男性を 「ぼ
っけもん」 と呼んでいるそうです。

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高円寺の阿波踊りは沿道の前にシートが引かれて座って楽しむこ
とも出来ましたが、ここは立ち見でお年寄りにはきつい感じですが、
皆さんは座っています。(上) 通路の花壇の柵がちょうどよい高さ
でそこに座っていました。 毎年のことなので、皆さん席取りが大変
の様です。沿道はもの凄い人で込み合っていました。(下左) 
まさに一等席ですね。(下右)

「おはら節」 の他に 「渋谷音頭」 も踊っているのですが、聞いていて
実にテンポがよく、親しみやすく覚えやすい歌です。一度聞くと最後
の 「ラブラブ渋谷~ ラブラブ渋谷 」 が耳から離れませんでした。

 緑の風が弾んだ声を 運ぶ渋谷は若い街
  古い歴史をそのままに 綴る代々木の森近く
  忠犬ハチ公 待ち合わせ ラブラブ渋谷 ラブラブ渋谷

3番目に 「スクールバスのあの娘に今日も、きっと逢えるよ、常磐松・・・」
というフレーズがあります。この常磐松というのは現在のトキワ松学園の
ことです。中学生だった頃、トキワ松学園にもの凄く可愛い女性徒が い
て評判になり、わざわざ仲間で出掛けて行ったことがありました。 歌に
あるように、堀北真希さんのような可愛い子が多くいたんですよ~。

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故郷を離れた鹿児島出身者、地方から来てこの風景に出会った人。
交流の豊かさが明日への 「力」 になるのではと思える気がします。
ふれあいの温かさもありました。 法被にそれが表れています。団扇
に頑張れクマモトの文字。(上左) 地震で被災した熊本県の方に寄
り添う鹿児島県人。姶良 (あいら) 市の連のはっぴには、「あいらし
です。愛らしいんです。」 と書かれていて、微笑ましかったです。(上)

つづき、
このトキワ松学園は、個性を尊重する自由で伸びやかな教育を目指
して、大正5年(1916)、渋谷常磐松町一番地に常磐松女学校を創立
したのが、旧加賀藩士三角家で金沢生まれの三角錫子さんです。
明治43年(1910)、鎌倉の逗子開成ボート遭難事件の際、命を落と
した生徒を悼み、有名な唱歌 「真白き富士の根」 を作詞した方です。

真白き富士の嶺、緑の江の島
仰ぎ見るも今は涙
歸らぬ十二の雄々しきみたまに
捧げまつる、胸と心

前途有望な少年達のこの悲劇的な最期は、当時世間を騒がせました。
が、その遺体が発見されるにおよんで、さらに世の人々を感動させた
のは、彼らの死にのぞんだ時の人間愛でした。友は友をかばい合い、
兄は弟をその小脇にしっかりと抱きかかえたままの姿で収容された
ようです。死にのぞんでもなお友を愛しはからいいつくしむ、その
友愛と犠牲の精神は生きとし生けるものの理想の姿ではないでしょ
うか。「真白き富士の嶺」 の歌詞は、永久にその美しく尊い人間愛の
精神を賞賛するために、今なお歌い継がれているのかも知れません。
おっと、話題が逸れてしまいました。悪しからず!

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鶴の面に袴を着ての仮装は、「出水望郷の会」 の方です。(上左)
出水市の出水平野は世界最大級の鶴の越冬地のようで、折り紙
の鶴を観客に配っていました。(上右) 私も頂きました。鶴の飛来
の町ですから、良いアイデアだと思います。 通常、踊りパレードで
は、時々お子様の参加も見受けますが、乳母車やおんぶしている
お母さんもいて、鹿児島のおごじょは、家族愛を大切にする現れで
しょうか。おちびちゃんもお疲れの様子です。(下左) 必ず見かける
のが報道関係者。(下右) インタビューしてますが、私の所にくる
のではとハラハラドキドキでした。(笑) 幾つもの報道クルーが飛
び回っていました。暑いのにご苦労さんですよ。

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「最後の踊り」
華のお江戸で遠きふるさとのなまりを聴きながら、練り歩いた踊り
祭りが終わりを告げます。車道はたちまち人で埋め尽くされました。
踊る阿呆に観る阿呆と言いますが、最後は観客も踊りに加わって
楽しめました。歌手の石田あいさんも生まれ故郷 ・ 姶良市の 「あ
いらびゅー踊り連」 のみなさんと一緒に踊っていました。(下左) 
姶良の市長を始め郷里姶良市と関東姶良市踊り連合わせて60名
で今回参加したようです。(上) よく見ると外国の方も楽しそうに見
よう見まねで踊っていました。(下右) 観光客の方でしょうね。渋谷
のスクランブル交差点はあまりにも有名ですから。渋谷に来てみた
ら、何やら楽しそうな踊り祭り、飛び入りで加わって踊り出したので
しょう。良い思い出になると思います。ただ最後の踊りが一曲だけ
なのが物足りなかったかな。

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全ての踊りが終わると会場は、踊り連や観客で埋め尽くされます。
踊り抜いた安堵感。更に気合を入れる踊り連の方々。地元の踊り
連を応援してくれた観客などなど・・・ごった返していました。さあ、
踊り連の方達が会場ステージの周りに集まりだし、審査 結果をま
ちます。皆さん元気に楽しく踊っていましたから、どの チームが
グランプリーになってもおかしくありませんでした。

おはら節には、
『花は霧島 煙草は国分 燃えて上がるは オハラハー 桜島』 という
歌詞があります。この霧島や国分というは、鹿児島の有名な地名
です。そして、桜島はもう言うまでもありませんよね。花といえば霧
島、たばこといえば国分、そして噴火しているのは、桜島~という
ような意味です。また『見えた見えたよ 松原越しに 丸に十の字の
オハラハー 帆が見えた』 というのもあります。この “丸に十の字の
帆” というのは、薩摩藩 (島津家) の家紋のことです。今でも鹿児
島の街を歩いていると、丸に十の字のマークが多く見受けられるそ
うです。歴史が得意なら、少し勉強してみると良いかもしれません。

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「渋谷 ・ 鹿児島おはら祭り」 にはゲストの方も参加されていました。
鹿児島ゆかりの偉人に扮して観光PR等を行う 「薩摩観光維新隊」
の一人が篤姫役の方 (上左)  と青い服の方は歌手の徳永ゆうき
(奄美大島出身) さんです。鹿児島県奄美市出身で歌手の城南海
(きずき みなみ) さん。(上右) 鹿児島市内でシマ唄のパフォーマン
ス中にその歌唱力を見出されてデビュー。独特のグインという節回し
を取り入れた歌唱法と澄んだ歌声で、聴く者を魅了する実力派歌手。
審査委員として参加されたようです。素敵ですね~。 西田 あいさん
(鹿児島県姶良市出身) (下) 豊かな表情と女性らしい仕草が持ち
味で、笑顔が魅力的な美人歌手として舞台こなしは堂に入っている
との評価が高い。鹿児島県姶良市 『ふるさと大使』 を務めています。

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「かごしま親善大使」 永田沙織さん。
この子はもぜかね。「もぜか」 とは鹿児島弁で 「可愛い」 という意味
のようです。ちなみに鹿児島銀行で発行しているカードには、この
言葉が由来の 「MOZECA モゼカ」 カードと言うのがあるようです。
親善大使と聞くと何故か一緒におしゃべりをして、写真を撮らせて
もらうのが私のお決まりのコース。勝手に決めるな~。(笑) 皆さん
協力して下さるんですよ。感謝! もう一度、生まれ変われたら、
お嫁さんにしてみたい。 うふ

「薩摩おごじょ」 と呼ばれる鹿児島の女性は、男尊女卑の歴史 から
か控え目で気立てがよく、出しゃばることが少なく気持ちが優しい女
性が多いんだそうです。しとやかな風情ながらも、 心根は包容力が
ありしっかり者。その分、優柔不断な男や軟弱な男は嫌われるとか。
しかし、いったん惚れ込むとトコトン付いていき、夫を立てるやりくり
上手な主婦になるようです。男性を引き立てつつも上手にナビゲー
ションするという。鹿児島の女性は、お嫁さん候補にピッタリですね。

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渋谷、道玄坂を封鎖して総勢64チーム約2,500人の踊り手による
3時間ノンストップのパレード 『おはら祭り』 。審査発表です。一瞬、
静まり返って緊張が高まります。手を合わせ祈るチーム色々です。
司会者の 「グランプリは・・・」。 ドキドキ

第19回 渋谷 ・ 鹿児島おはら祭 踊りパレード入賞連紹介

まずは、敢闘賞 ・  「 純心学園」  (下右)
かごしま親善大使から城南海さんが表彰状を受け取り読み上げます。
鹿児島 ・ 純心学園は、長崎純心聖母会の意を受け設立され、建学
の精神 は「聖母マリアのように神と人に喜ばれる女性」 の育成を掲
げられているそうです。頭に巻いた黄色いサージが印象的でした。

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発表のたびに会場はどよめきます。皆さんチームワークがよくって、
笑顔の踊りに拍手喝采です。 日頃の努力の賜物です。

審査委員特別賞 ・ 「出水望郷の会」  (上左)
出水 (いずみ) 市は、鶴が飛来する街として知られています。出水
市の連は、鶴の人形が出て来るのが見物客としてはお楽しみで、
今年も鶴が渋谷に飛んでいました! 18回目の出場のようです。
審査委員長賞 ・ 「霧島市ふるさとおどり連」  (上右)
 花は霧島~。あの霧島をこよなく愛する老若男女の踊り連。
1市6町が合併し霧島市になり10周年になるようです。笑顔で楽しく
一生懸命踊っていたのが印象的でした。ハッピが似合っていました。
鹿児島県知事賞 ・ 「関東枕崎会」  (下左)
枕崎市は南薩にあるカツオ漁港で有名な街で、魚料理のグルメ観光
都市として知られていますね。黒潮に負けない力強さがあって、鹿児
島の男意気を感じさせる踊りでした。女性はおごじょらしく素敵でした。
鹿児島市長賞 ・ 「鹿児島工業高校同窓会」  (下右)
学校創立108周年になるようです。第一回から今回で19 回目の老舗
チーム。沿道からも声援されていて踊りに貫禄がありました。世界遺産
集成館創設者の島津斉彬公は母校の創立者のようです。 島津斉彬
(しまづ なりあきら) は、江戸時代後期から幕末の外様大名で、薩摩
藩の第11 代藩主。西郷隆盛ら幕末に活躍する人材も育てました。

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会場が何故か静まり返っています。為かな~と思う連の方、いやいけ
そうだよ、みんな頑張ったんだから・・・そんな声が密かに聞こえます。
鹿児島県民の郷土 「鹿児島」 への誇りと愛着の醸成.。

渋谷区長賞 ・ 「鹿児島商工会議所連 ・ 青年部連」  (上左)
鹿児島商工会議所連は、第一回から参加し、今年で19 回目となり
ます。しかも地元 ・ 鹿児島からの参加チームのようです。貫禄があ
ります。鹿児島の魅力を発揮し本場の 「おはら踊り」 を堪能しました。
準グランプリ賞 ・ 「 関東玉龍同窓会おはら連」  (上右)
初回から連続参加の鹿児島玉龍高校関東同窓会の踊り連で、本場
鹿児島のおはら祭りに参加経験のある若い踊り手の参加で、熱気あ
ふれる踊りを披露。沿道の方々と一体となって盛り上がりました。
グランプリ賞 ・ 「関東阿久根会」  (下)
今年も郷土 (阿久根) から市長を含め30名の参加があり、関東地域
と合わせ70名を越える連で、みんな楽しく明るく! 元気に! 踊って
いました。活気のあるチームとはこんなチームなんだと思わせました。
「関東阿久根会 」 の皆さん、おめでとう!

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「ぼっけもん」 と 「おごじょ」 が集う、「渋谷 ・鹿児島おはら祭」。
鹿児島の人は情が厚い。そんな人々が織りなすお祭り。すっかり
渋谷の街に溶け込んだ 「おはら祭」。踊る皆さんも、 道行く人も、
この日を待ち望んでいるような雰囲気が踊る方達の笑顔を通じて
感じました。踊る人、観る人も一体となり楽しんでいる光景は、これ
ぞ鹿児島パワーではと思いました。

鹿児島のシンボルである桜島に昇る朝日は、近代日本の夜明けと
なった 「明治維新」。明治維新とは江戸幕府の体制が崩壊し近代
国家形成の契機となった一連の政治社会の大変革のことであり、
薩摩藩はその原動力となりました。1862年に横浜で起きた生麦
事件に端を発した翌年の薩英戦争により、西洋の軍事力 ・ 科学
技術のすさまじさと、攘夷の困難さを知りました。その後、薩摩藩
は、西洋文明の吸収に努めるとともに、江戸幕府打倒に向けて大
きく動き始め、そして1868年に 「明治」 という新しい時代が幕を
開けることになりました。薩摩藩の足跡を振り帰りながら、まさしく
鹿児島の人々の情熱や温かさ、優しさを肌で感じる場面に数多く
出会った 「渋谷 ・ 鹿児島おはら祭り」 でした。

CC19866.jpg 
CC19863.jpg CC19864.jpg
「渋谷 ・ 鹿児島おはら祭」 が終わると、いつもの渋谷の街に戻って
いました。娘が洋服を見たいというので109へ。いわば女性の聖地
のようなこの建物、娘のお供といえ男性が入るには凄く照れますね。
洋服を見て回るのでなく、ある店に一直線。これが欲しいという娘に
素直に応じる私。帰ってからかみさんに話したら、やっぱりとの返事。
実は以前からかみさんに頼んでたらしいが駄目と断ってたらしい。
娘に一本取られた感じでしたが、久しぶりに訪れた渋谷での 「渋谷
・ 鹿児島おはら祭」 は、楽しかったですよ。

ふるさとを遠く離れて頑張っている人々が、同郷同士集まり踊りを
一生懸命練習して、東京という大都会の渋谷の繁華街で披露する。
様々な人が集って踊るイベントは数多くありますが、単独の鹿児島
県人が集まって踊る祭りは感慨深いことだと思います。

ふるさとの 訛りなつかし 停車場の 
人ごみの中にぞを 聴きにゆく

明治の歌人、石川啄木の短歌です。大都会東京で暮らす地方の方は
誰しも故郷を思う気持ちは同じ。それを年に一回、この都会の一角を
貸し切って、故郷の踊りを踊って集う。 鹿児島県人に乾杯!!

    きゅは、おやっとさーごあした。
      (今日はお疲れ様でした)





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