一ヶ月に2回満月を迎える月を「ブルームーン」という。 そのブルームーンを見ると願い事が叶う・・・・。







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「友だち以上、恋人未満」

...2015/12/26 10:00...

年の瀬、
慌ただしい中にも大掃除をする家庭もあろう。
年末に大掃除をするのは、歳神様を迎えるためらしい。
歳神様は年の初めに家を訪れ、幸福を授けてくれる
神様で稲の魂とも言われるようです。玄関にしめ飾り
や門松を飾るのは目印にするためだという。

年の瀬、と言えば忠臣蔵。赤穂浪士が定番のひとつ。
14日には泉岳寺で義士祭があったようです。名場面
の多い中で、必ず登場するのが大高源吾と宝井其角
の両国橋での場面です。討ち入り前日、大高源吾は
吉良邸の偵察に出かけます。すす払いの竹竿売りに
扮装したその姿を、宝井其角は橋の上で見かけます。
あまりに零落した姿に思わず一句、投げかけます。

「年の瀬や 水の流れと 人の身は」

それに対して大高源吾はこう詠み返します。

「あしたまたるる その宝船」

大高源吾は四十七士の中でも、とりわけ俳人として名高い
人でした。ですから宝井其角も頭をひねりますが、どうしても
その意図がわかりませんでした。講談ならば 「頃は元禄15年
12月14日、降りしきる雪の中を、大石内蔵助の山鹿流の
陣太鼓・・・・・」 と続くわけですが、そのあだ討ちを聞いて、
宝井其角は大高源吾の句の意味を初めて知ることになります。

迷走を続ける政治、今年は企業の倫理も問われました。
格差社会が広がり、国としての求心力が失われつつある今、
私たちは何を目指して歩いていけばよいのか。日本という国家
そのものが衰弱してきているように思えて仕方がありません。
何故こんな国になってしまったのだろうか。

2015年も暮れようとしています。
皆さんの一年はいかがでしたか?
今 「払う」 べき 「すす」 は何でしょう。「宝船」 はいずこに。
なかなか庶民の願いは叶いません。
日々、お日様の温もりが感じられ、日本中にたくさんの
笑顔があふれることを、来る年に願いたいものです。

「あしたまたるる その宝船」。

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「友だち以上、恋人未満」

街にジングルベルが流れ、千鳥足のおじさん達が
行き交うなかで、仕事三昧に追われた先週でした。
イブの夜と露知らず、仕事帰りに同僚と一杯飲みに
立ち寄った店で、何度か面識のある精神科医の方と
遭遇した。店は大変な混雑だったので、見知らぬ人
でも無かったので同席させてもらった。

盛り上がった宴席で精神科医によると、人は人生で
三度 「私とは?」 と問うそうだ。青年期、人生の折り
返し期、そして晩年の三度である。晩年でいうなら、
米国ケンタッキー州に住んでいた85歳の女性の
「もう一度生きられたら」 と題した本があると話した。

自分は時を日についで、賢く清らかに生きてきた大衆
の一人だが、もう一度生きられるなら、この人生より愚か
者でありたい、とその夢をつづる。といっても、それは
決して大それたものではなく、アイスクリームも今より
たくさん食べて、豆類は少なくしよう。身軽に旅に出たい。
ダンスをしに行こう。ひな菊をもっとたくさん摘もう・・・・。

せいぜいそんな程度のことながら、彼女はひとつ、
またひとつと、ただそういう自由な瞬間のみを
生きたい、と願っていたのだという。

私たちも時を日についで生きてきて、人生の
途中にいる。悔いのないよう今のうちに ・・・・・・
という思いにかられないわけではない。
といったことを同僚らと飲みながら話し込んで
いたら、精神科医の方が言った。

「恋をすればボケないで長生きできそうだよ」。
みんな、えっ? という顔で笑ったが、彼は続けて、
「ピアノを弾きたい、山に登りたいもいいが、
恋も心の恋愛レベルならいいんじゃないの」 と。
大脳生理学の快老術も、か=感動、き=興味、
く=工夫、け=健康、こ=恋心、と心の恋愛を
取り込んでいるのだという。

「友だち以上、恋人未満」 の異性がいれば、
その関係は視野や考え方を広げ人生を楽しく
させてくれる、といったことのようだ。

変わりたくても変われず、感情を表すことも
年とともに減っていくらしい。しかし、自分にまだ
ある情熱を感じ取るなら、その情熱は大切に
すべきだろうと話していた。後半生は情熱次第と
言うわけです。晩年にも 「友だち以上、恋人未満」
の関係となれる人がいるなら、第二の人生も
ひと味ちがったものになるかもしれませんね。

そんな話に陽気になって、ほろ酔い気分で帰宅した
ものの、娘の 「イブの夜は真っすぐに帰宅してよね」
という言葉をすっかり忘れていた。帰宅したら娘は
もう眠りに入っていた。イブの夜を楽しみにしていた
ろうに、「すまぬ」 と、にわかサンタは、そっと枕もとに
クリスマスプレゼントを忍ばせたが、かみさんまでも
ご機嫌斜めでした。家族の絆は失敗でした。(笑)

人生は焦らず、汗かき、べそかき、歩こうよ

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 浅草羽子板市 (歳の市) ・ 2 015

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年の瀬の風物詩の一つに浅草の 「羽子板市」 があります。
年末に浅草寺で開催されている羽子板市は、庶民の間で江戸時
代から続 く 「市」 の名残だそうです。華やかな羽子板が出店に並
ぶ光景は、江戸時代さながらの情緒を味わえるお祭りとして人気
を集めています。 いつも平日の日が多かったのですが、今年は
最終日が辛うじて土曜日に開催されるので、久しぶりに浅草寺へ
お参りを兼ねて出かけてきました。観光客で凄い人でした。

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「浅草寺」 (上) 「仲見世」 (下左) 「浅草寺から宝蔵門」 (下右)

江戸時代から神社の境内で開催されていた 「市」 とは、参拝客が
多く集まる日を狙って、日用品や縁起物を売る店がたつことです。
一年を通して毎月決まった日にちに 「市」 が開かれますが、一年
を締めくくる12月の市は 「歳の市」 と呼ばれ、正月に向けた縁起
物が多く売られていて、最も栄えていたそうです。 浅草寺の縁日
は毎月18日であり、年の最後の縁日 として、一年の無事に感謝
し、来年も良い年にと願う納めの観音詣の日でもあることから、
なお一層にぎわいを示し、江戸の年中行事 だったといいます。
浅草寺の 「歳の市」 は、最も歴史が深く万治元年 (1659年) が
始まりと伝えられています。

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毎年、来る年の正月に先駆け12月17日から19日にかけての3日
間が、浅草の浅草寺で 「羽子板市」 が開催され、多くの観光客で
賑わい毎年30万人以上の人出があるようです。

羽子板は、新年の縁起物として 「歳の市」 では特に人気を集めま
した。当時の浅草寺 「歳の市」 では、正月用品をおもに売ってい
ましたが、縁起物でもある華やかな羽子板を並べる出店が増えて
いったとのこと。羽子板を取り扱う店が多かったことから、「歳の市」
から 「羽子板市」 へと呼び方が変わり、今に至っています。

「浅草 ・ 歳の市 (羽子板市)」
平成27年12月17日(木)、18日(金)、19日(土)
午前9 時頃~午後9時頃まで
場所 : 浅草寺境内 (宝蔵門から五重塔付近) 
出店 : 50軒 

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羽子板を商う多くの出店が境内の中に立ち並びます。江戸時代
から伝わる伝統的な羽子板や、現代の世相を反映した羽子板ま
で、色とりどりの羽子板が参拝客を魅了しています。露店は境内
に地面よりも一段高く床を張った座敷店です。 店の中は正面及
び両側に所狭しとばかりに大きなものから小さなものまで様々な
大きさの羽子板が並べられています。

毎年この市で求めることを吉例とした人々で賑わう江戸随一の
「市」 としてその名が知れ渡っていました。しかしながら、明治以
降は、正月用品の購入も通常の店屋で用を足すようになり、「歳
の市」 の面影は次第にすたれて来て、現在では江戸末期から
流行し始めた 「羽子板市」 に重点が移っていったようです。

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お正月の縁起物として知られる羽子板は、女の子が誕生したお祝
いに、祖父母から初正月に贈る風習が古くから残っています。初正
月とはお子様が生まれて初めて迎える新年のこと。年末になると厄
除けとして、男の子には破魔弓を女の子には羽子板を贈ってお祝
いする風習が江戸時代からあり、今なお受け継がれています。

こうして贈られた破魔弓、羽子板を家の中にお正月らしく華やかに
飾ることを特に 「お正月節句飾り」 といいます。 医療が未発達で、
栄養衛生面でも貧しかった昔は、生まれる子どもが無事成人する
のは大変な事でした。親たちは子どもが病気にかからないよう、
無事な成長を願い、この様なお祝いを行いました。

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店先には、ところ狭しと羽子板が飾られ、華やいだ雰囲気。
行き交う観光客は、歌舞伎や浮世絵といった伝統的な絵柄 に
見入っていました。 羽子板についてお店の人に尋ね、自慢の
口上を聞くのも羽子板市の風情というものです。

羽子板は、きれいな羽を打ち合う遊びとしても知られています。
羽根つきの歴史は古く、室町時代までさかのぼります。当時は、
幼い子供が蚊に刺されるだけで命にかかわることでした。羽子板
で突く羽根を胡鬼子 (こきのこ) と言い、蚊を食べる蜻蛉に似せ
て作られていました。当初は羽根突きの道具として用いられたが、
徐々に厄払いとしても使われるようになり、蚊を退治し子どもを守
る儀式の意味合いも込められていたそうです。お祝いに正月に
女性にあげる習慣もこのころ出来たとされています。

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500年ほど前の永享年間には、初春を寿ぐ遊びとして、宮中で男
組女組に分かれて競技をしたようです。その頃にも羽子板には松
竹梅や花鳥の図を描いておりましたが、江戸時代に入ると押絵細
工を応用する様になり、浮世絵画家も応援して、図柄の構成や色
彩も華麗になりました。更に江戸末期、当時流行の歌舞伎役者の
舞台姿の似顔絵を貼り付ける様になってからは、江戸の女性の爆
発的な人気を集め、殊にその年の当り狂言の人気役者の羽子板
がずらりと並んだ浅草観音の羽子板市には、江戸中の女性が胸
をときめかせて出かけたと云われています。

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売り子から 「縁起物だよ」 と掛け声が飛び、大口の商談が成立する
と、周りのお客にお手を拝借し 「シャン、シャン、シャン」 と景気よく
威勢のよい三本締めの声が響きわたります。売買が決まると、客と
店が一体となり手締めで盛り上がるのは下町ならではの風景です。

江戸時代には歌舞伎役者などをかたどった押絵羽子板が流行し、
遊びの道具としても定着しました。正月に羽子板が江戸の市場で
他の正月用の玩具と共に売られ、その後種類が増加し、金箔、銀
箔を施した高級品も現れ、幕府が華美な羽子板の販売を禁止し、
製造について制約を課すなどの干渉をすることもあったようです。
文化、文政年間になると、押し絵により人気俳優などの有名人を
模った羽子板も登場、明治時代に入ると、新たな技術が応用され、
羽子板の種類は更に増えた。 近代から現代における羽子板は、
運動用、遊戯用に主眼を置いており、かつての儀式的な道具とし
ての要素は失われました。現代では東京の伝統工芸品に指定。

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羽子板はそれぞれの店で扱っているテーマが異なります。振り袖
姿がメインの店もあれば、歌舞伎がメインの店もあります。店を廻
ることによって、いろいろな雰囲気を楽しむことができます。店の方
が、羽子板に登場する人物等も説明してくれ聞いて楽しくなります。

「浅妻」  ( 左側)
こちらの羽子板の姿は 「浅妻」 といい、日本舞踊や歌舞伎でも有名な
演目のひとつです。浅妻の舞姿の特徴でもある、冠や扇にも丁寧に細
工が施され、舞う美しい姿は浮かび上がって見えるように感じられます。
「道成寺」  (右側)
こちらの羽子板の姿は道成寺と言われ、「道成寺」 という能の演目の一
幕を模した舞姿で、道成寺の鐘供養に来て、寺僧に望まれて釣鐘の前
で舞います。はじめは金冠をかぶり中啓をもって荘重に、笠を持ったり、
羯鼓を打つなどして華麗に舞い踊ります。道成寺には、女が逃げる男を
どこまでも追ううちに大蛇になり、鐘に隠れた男を鐘ごと焼き尽くしたとい
う伝説があります。この中で最も有名なのはクドキの 「恋の手習い」 とい
われる部分です。「男の人の気持ちがわからない」 「一緒になろうと約束
したのは嘘なのだろうか」 という内容の詞章に、恋に思い悩む乙女心が
伝わってきます。しかし、男に執着した女の霊は、未だに男を隠した鐘
に恨みを持っており、鐘供養の日に道成寺に現れるという踊りを展開し
ていきます。美しい姿に溺れてはいけません。女の執念は怖い。(笑)

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伝統技術は、今もなお羽子板職人の間で受け継がれ、磨きが かけ
られています。 その粋を尽くした 「日本特有の美」、息を のむような
華。 値段はあってない物。 いくら縁起ものとはいえ、 この羽子板
10万円以上とか。 見るだけ~は、「ただ」 です。 (笑)

「汐汲」  (上 ・ 左側)
この羽子板の姿は 「汐汲」 と言われ、都に帰っていった在原行平を
思い慕う海女の松風が、海の水を汲む桶を肩にかけて踊る様を表
現しており、優しくも儚げな表情は見ているものを魅了します。
「花嫁」  (上 ・ 右側)
金彩を施した金襴衣裳に身を包んで華やかさを感じさせ、衣裳全体
に施された小花柄が、白い衣裳によく映え、表情も優しげで、「花嫁」
の名前にふさわしいく、繊細な髪飾りが、ぱっと目を惹く羽子板です。
「鹿の子振袖」  (下左)
正絹の鹿の子絞り生地をふんだんに使用した、贅沢な羽子板です。
赤の正絹衣裳が立体的に見え豪華ですね。かんざしはつげ製と細
部にまでこだわった作りは、初正月飾りにふさわしいおめでたい雰
囲気の職人が手間暇かけて作りあげた見事な羽子板です。
「藤娘」  (下右)
一面に咲き誇る藤の花、その精かと思われるような美しい娘が、藤
の小枝をかざしながら姿をあらわします。やがて恋心の様々な踊り
の様子を表現しているようです。黒の笠から垂れる藤の花が目を引
く、上品な羽子板ですね。「藤音頭」 は見どころの1つで、お酒を少
し呑まされて酔い、恋しい男性を思う踊りです。男性が帰るというの
を引き留めたりする女心満点な振りで、やがて鐘の音が聞こえてく
ると、娘は藤の枝を担ぎ夕焼け空に飛ぶ雁を見上げるのでした。

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当時の羽子板には、板に直接絵を描いた 「描絵羽子板」 や、紙
や布を張った 「貼絵羽子板」 とともに、胡粉で彩色し、金箔、銀
箔等を押したり蒔絵をほどこした豪華で華美 な「左義長羽子板」
もありました。江戸時代に入ると立体的な絵を作る 「押絵」 の技
術も発達してきました。

男物は歌舞伎役者が見えを切ったときの表情や仕草を描いたもの
や、人気役者の顔を似顔絵風に描いたものが多いことから 「役者
物」 といわれ、女物は眼のパッチリとした美人を描いた 「見立て物」、
浮世絵の美人を描いた 「浮世絵風」、細めの日本画風美人を描い
た 「松園風」 がありますが、近年では話題の人物やアニメ、マンガ
の主人公を描いた 「変わり羽子板」 というものも作られています。

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「はねつき」 の道具である羽子板に絵が描かれ、縁起をかつぐよう
になったのは江戸時代、文化・文政のころのことだそうです。この時
代、ようやく庶民が文化・経済活動に参加し始めたとも言われます。

江戸時代になり羽子板の図柄は日の出・七福神・松竹梅など目出度
い絵に加えて、町人文化・元禄文化を反映して 「歌舞伎」 の役者絵
が登場します。錦絵の影響を受けた貼り絵の羽子板が作られ、江戸
時代の終わり頃に、押し絵を応用した役者似顔絵が作り出され、高
い人気がありました。 明治時代に入り、歌舞伎黄金時代が到来し、
九代目団十郎や初代左団次、五代目菊五郎などの名優が登場押し
絵や押絵羽子板が江戸工芸 ・ 東京の職人芸として完成しました。

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押絵と言う技法が確立し、歌舞伎役者の姿を表したりして一段と
華麗さを増し、江戸庶民の人気を集めるようになったといいます。
羽子板に値札がついているものもありますが、大部分の羽子板
には値段がついていません。縁起物ですからご祝儀を含め決め
ます。最終日ということで、羽子板の値段も値下がりしていました。

「押絵羽子板」
押絵は綿を布でくるんで、さまざまに立体的な絵柄を桐の板に貼り
付けて作られます。押絵の 「押す」 という言葉は、昔は紙を張ること
を紙を押すといい、布を張ることを布を押すといいました。この押絵
羽子板もそこから来たもので、厚紙に羽二重の布をかぶせ、中に
綿を入れてふくらませ布の端を厚紙の裏にまわして張ったものを、
桐板に貼り付けたもののようです。全部で50~70もの材料を組み
合わせおよそ200もの工程をかけて一枚の羽子板に仕上げます。

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「ひとつひとつ顔も違う」 一口に羽子板と言っても、作り方などによ
ってそれぞれの店の個性もあるようです。それを見分けるのも羽子
板市の面白さだとか。 職人工芸の手作りって感じですねぇ。

この 「押絵」 と 「羽子板」 が別々の歩みの中で融合したのは江戸
中期文化文政の頃 (1800) 江戸では大平の世の中、庶民の娯楽
の第一が 「歌舞伎」 でした。 そこで名優、人気役者の舞台姿を
「押絵」 の技法で作り、おめでたいとされていた 「羽子板」 に入れ
販売したところ江戸庶民に人気を得て、その後明治、大正、昭和、
平成の現在に至ったようです。押絵羽子板作りは歌舞伎の所作
事を多く主題とし荒事、和事、舞踊など芝居の筋、演じる役者の
心を読み取って作り上げるんだそうです。

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内閣総理大臣賞まで受賞した本物志向の秀作ですね。 (上左)
鑑定書も添えてあります。勧進帳の羽子板は東京都知事賞を
受賞した羽子板。 (上右) 売却済の豪華な羽子板。 (下)

押絵羽子板には一般的に男物と女物があり、男物は縁起物として
不景気をはねのけると言われ店内に飾られる事が多く、女物は女
子のお祝い物として飾られるようです。一つ一つ手作り品につき、
木綿に伝統の具を何年も寝かして溶かした白い粉で丹念にぼかし、
筆を書き入れ、熟練した職人の手でやさしい表情を丹念に顔が
描かれていると、店の方が説明して下さいました。。

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「東京藝術大学のデザイン科と羽子板職人のコラボレーション展」

東京藝術大学のデザイン学科生の有志と東京歳の市 羽子板商組
合に所属する職人たちがアイデアと技術を持ち寄り、個性あふれる
羽子板を展示 ・ 販売していました。学生に聞いてみると、6月頃から
アイデアを練り、デザイン画を作成。素材を選びに職人の元へ行き、
職人が押し絵で羽子板を作成し、学生が最後に仕上げたようです。
「半立体になったものがなかなか想像できなくて、デザイン画をど
うするかが難しかった」 「職人さん泣かせの細かいデザインにして
しまったが、出来上がった物を初めて見た時は感動した」、と話し
てくれました。芸術家を目指す学生さんが作成した羽子板は、ミニ
羽子板で1500円から高いので6~8万円するんですよ。

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羽子板でつ く 「おい羽根」 も販売していました。「羽根」 はムクロ
ジなどの木ノ実に鳥の羽根をつけて出来上がったもので、「羽子」
「羽子板」 は道具の名称です。

羽子板遊びでつく羽の黒くて堅い玉は 「無患子 (むくろじ)」 (下左)
といい 「子が患わ無い」 とも読めるように、無病息災のお守りの意味
もあります。 また、「はね」 が飛ぶさまが病気を運ぶ蚊を食べるトンボ
に似ていることから、子どもが蚊に刺されないように、病気にならない
ようにとの願いも込められ、魔除けになる、などの縁起を担ぎ、羽子
板を正月の縁起物として 「歳の市」 で扱う店が増えたと伝えられて
います。 環境汚染など関係の無い時代に、羽子板が無病息災の
象徴とされていたなんて面白い話ですね。

【豆知識】
羽子板でつく羽根の先には玉が付いています。この玉は 「むくろじ」
と言う木の種です。ムクロジには、沢山の実がなり、中に真っ黒で硬
い種子が1つ入っています。この種がじつは、羽根つきの 「羽根」 の
先端についている黒い玉なのです。最近はプラスチック類も多いよう
です。ムクロジの実は、洗濯ができて、羽根つきで遊べて、数珠にし
て祈れて、中身は食べられるという、なんだかなぞなぞの答えみたい
な、とても不思議な実なのです。友人の父親が、犬の散歩のついで
にムクロジという木の実を拾ってくるという話を聞いた事があります。

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今年の話題の人をデザインした恒例の 「変わり羽子板」 が、人形
メーカー 「久月」 で披露されているはずですが・・・見当たりません。
店の方に伺うと、この日から新宿のデパートで展示すためという。
楽しみにしていただけに残念でした。「久月」 は1986年から政治、
経済、スポーツ、芸能などの分野で明るい話題を提供した人物8人
前後を羽子板にして発表してきました。今年は結婚を発表した俳優
の福山雅治さんと吹石一恵さん、ラグビー・ワールドカップで活躍し、
キック前の動作が注目された日本代表の五郎丸歩選手。ノーベル
賞の大村智氏に梶田隆章氏など伝統的な 「押絵」 技法で制作され
たようです。でもよく見ると歴代の 「変わり羽子板」 が店の上の方に
いくつも飾られていました。 相撲の若・貴時代のもありました。(下)

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その年の話題の人をあしらった 「変わり羽子板」。色とりどりの羽子
板で、境内は華やかであわただしい年の瀬の雰囲気に包まれます。
今年話題の 「変わり羽子板」 は老舗 「久月」 にはありませんでし
たが、他の店にいくつか展示してありました。

ラグビーワールドカップで日本代表は南アフリカを破り、奇跡的勝利
を収め、ルーティンの動作が一躍話題になった五郎丸歩選手。(下左)
フィギュアスケート・グランプリファイナルで、羽生結弦選手が世界最
高得点をマーク ! 世界歴代最高を再び塗り替え、史上初の3連覇を
達成した羽生結弦選手。(下右) 現役引退が決まった 「なでしこジャ
パン」 の澤穂希選手やお馴染みのドラえもん。(上) 他にサザエさん
一家でカツオが五郎丸歩選手のポーズやアンパンマンもありました。

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行き交う観光客は、歌舞伎や浮世絵といった伝統的な絵柄 に見入っ
ていました。昨年と違って、やや売り上げが伸びているのでしょうか、
売却済の札が結構あり、あちこちで時々景気の良い掛け声が聞こえ
てきました。最近では、初正月向けの羽子板を買い求めるお客さん
より、 趣味やコレクションで購入する人が多いらしい。 昔ながらの
歌舞伎モノに加え、現代の人気ある面相の見立て モノが人気が
高いようです。 昔は 「まける ・ まけない」 のお客さんとのやりとりも
熱くて職人さん側的にも面白かったらしい。今も賑やかですが、少し
寂しいそんな時代の変動を、羽子板たちも見てきたんでしょうか。
羽子板がひしめき合ってそんな話をしているように聞こえます。

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江戸時代から現在も続いている 「羽子板市」 。 年の瀬の風物詩と
して、いつまでも大切にしたい日本人の心に残る行事のひとつです。
もう、浅草 ・ 仲見世はお正月の準備も整っているようです。 東京は、
浅草の羽子板市が終わると、いよ いよ大晦日へと進み、新しい年を
迎えるのです。 今年も一年間、ありがとうございました。毎年、毎年
思う事ではありますが、「アッ」 という間に年末を迎えてしまいました。
そして、週が明けたら大晦日までのカウントダウン状態ですね。一年
の無事に感謝しつつ、来年も良い年にと願うばかりです。寒い日が
続きますが、今年最後の数日を健やかにお過ごしになられますように。






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