一ヶ月に2回満月を迎える月を「ブルームーン」という。 そのブルームーンを見ると願い事が叶う・・・・。






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「無言社会」

...2015/12/13 08:20...

北風吹き荒れる日と南風でぽかぽか陽気の日と、
一週間の中でも寒暖の差が感じられます。
公園に降り積もった落ち葉に、過ぎ行く秋を
感じるころとなりました。

忘年会シーズン、酒を飲む機会が増えるこの時期。
「少しくらいハメを外したっていいじゃん」 とばかりに
いつもの飲み会より酒量が増えるのもやむなし。

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新橋での忘年会の帰り、酔い覚ましに地下通路を通ってカレッタ
汐留のイルミネーションを覗いてきました。凄い人出にカップルが
多いせいか、すっかり酔いが冷めてしまいました。(笑)
12月に入り、イルミネーションが、あちこちで見られるようになり
ましたね。日暮れとともにキラキラと輝きだす街の景色に思わず
足を止めて、ジッと時間を忘れて眺めたくなります。

さて、
まだ少し先ではありますが、着々と近づいてくるお正月。
来年に備えて手帳を購入しようと本屋に立ち寄ったら、
カレンダーも沢山売っていて、気になったのが
○○ 訓」 的な日めぐりカレンダーが結構ありました。

「つもり十訓」 というのがありました。
額に入ってお土産として売られていたり、カレンダー
だったりで、ご存知の方も多いかと思います。

1.  高いつもりで 低いのが 教 養
2 . 低いつもりで 高いのが 気 位
3 . 深いつもりで 浅いのが 知 識
4 . 浅いつもりで 深いのが 欲 望
5 . 厚いつもりで 薄いのが 人 情
6 . 薄いつもりで 厚いのが 面の皮
7 . 強いつもりで 弱いのが 根 性
8 . 弱いつもりで 強いのが 自 我
9 . 多いつもりで 少ないのが 分 別
10. 少ないつもりで 多いのが 無 駄

うまいことを言ったものです。
「自己を知ることは、他人を知ることより難しい」 という
老子の言葉があります。私たちは、 他人のことは、
あれこれと評価しますが、自分のことは、案外分から
ないものです。 「自己評価」 の難しさでしょう。

十訓等を見ながら思いました。
あわただしい中にも、過ぎゆく一年を振り返り、
静かに自己を点検する時間を持ちたいものです。


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「無言社会」

都会に暮らして虚しいのは、道を譲っても、
肩がぶつかっても、エレベーターで順番を譲っても
「ありがとう」 「すみません」 「失礼」 の一言も帰って
こない時だという。

昼食の時、職場の社員食堂で地方から来た新入社員と
同席になり、すっかり都会人ぽっくなってきた彼らに都会
での暮らしを聞いてみたら、こんな言葉が返ってきた。
かっぷくのいい中年男性も、若い女性も、ただ前を見て、
口を結んで無言である。減るもんじゃないし、一声かける
か会釈ぐらいあってもいいのではないか・・・・・と。

せわしない都会人ではある。
確かに家族や同僚や友人の中では好人物かもしれない。
もし欠けているとすれば、見ず知らずの他者への配慮、
つまり 「公共心」 ではないだろうか。

駅のホームで電車を待っていると、「この人、並ぶ順番
守っていないよね」 と話し合う若いカップルがいたとする。
誰かが割り込んできたのかな ? と思っていると、
電車がやってきました。そのドアが開いた瞬間、
すいている車内でカップルが向かった先は、シルバーシート・・・。
他人のことはよく見えて、自分のことを省みることはないのです。

学校に無理難題をいってくる児童の保護者を、
モンスター・ペアレントというそうですが、これらの人々は、
おそらくそうした思考によって行動しているのでしょう。
そこに、「公共心」 はかけらもありません。
あるのは、いかにして自分だけが正当だと考えている
ことを相手に押しつけるかという攻撃的な心だけです。

小さなお店で買い物をするとき、包装を断ると礼を言ってくれる。
スーパーではレジのところに置いてある札を自分のカゴの
中に入れると、レジ袋不要と分かる仕組みになっています。
「袋いりません」 の一言さえ、発せずに済む。

幼児を狙った事件が続いているせいか、子供に声を
かけると警戒される。知らない人と話してはいけないと、
学校や家庭で教えられているのかもしれない。
言葉は他者と自分とをつなぐ最もシンプルな道具のひとつだ。
「沈黙は金なり」 というけれど、
少しの気遣いが人の心を温かくする。

少子高齢化が進めば、単身世帯が増え、見ず知らずの
関係はさらに増えるだろう。お上は 「これからは共助の
精神で」 という。 こんな状態で助け合えるのか。

「都会は特別なのだ」 という言い訳はしたくない。
学生時代にロンドンの地下鉄でくしゃみをしたら、
隣の人が 「大丈夫ですか」 と声を掛けられたことがあった。
日本では電車で気分が悪くなっても、酔っ払い同様、
無言の視線に見つめられるだけだ。

「ありがとう」 その一言だけ伝えるだけでも、
お互いさわやかで、人間関係がぐんとよくなる。
あいさつは決まり文句だけでなく、感謝と心遣い
の数だけある。短い一言でいい、相手の方を向き、
目をとらえ、明るい笑顔で会釈しよう。
この毎日の積み重ねがものをいう。

会話は相手が主役だ。そう思えばお互いいい気持で
時間をともにすることができる。そして表情は豊かでありたい。
無表情でうなずかれても、心が知れず、気持ちが乗れない。
人間は笑って納得するもので、笑顔は会話の基本でもある。
スマホとの睨めっこは卒業して、そろそろ、人との会話を
楽しみたいものです。後輩に耳を傾けながら
そんな思いで聞いていました。

Manners make the man.
( 徳は人なり )

人間の持つ気質や能力に、社会性や道徳性が
発揮されたものです。人間はその人格よりも
礼儀作法で判断されるという意味です。


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  秋季皇居・乾通り一般公開 2015

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紅葉色づく皇居の 「乾通り」 の一般公開が行なわれ、5日から9日
までの5日間で計20万2820人が訪れたようです。開催期間中は、
相当な混雑が予想されるうえ、昨年訪れたので今年は・・・と思った
のですが、今後は、樹木の工事が予定され2年ほど開催がないと
のこと、まだ紅葉を楽しんでいなかった事もあって重い腰を上げ
出掛けました。 (笑)  お楽しみに!

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昨年の経験から二重橋方面に出ようと地下鉄日比谷駅の地下通
路2番出口に向かったら警備の方がいて閉鎖していました。仕方
なく坂下門近くの出口へ。 直接入場する坂下門までは行けず、
警察の方から二重橋方面へ誘導され、結局は皇居を端から端ま
で歩かされる始末。やっと桜田門 (下左) を通り、二重橋を過ぎ
坂下門近くの受付へ進みます。(下右) 各駅の改札口から大変
な混雑が予想されたのですが、お昼時というのに昨年の東京駅、
大手町駅方面からの大混雑というほどではありませんでした。

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天皇陛下の傘寿を記念し、去年、初めて行われた 「乾通り」 の
一般公開には、春と秋あわせて73万人ほどが訪れましたが、再開
を望む声が多く寄せられたことから、今後、毎年春と秋に開催され
ることになったようです。平成28年秋と29年春は樹木の更新工事
を行うため公開しないそうです。皇居 ・ 乾通り一般公開のコースは、
皇居南側の「坂下門」 から入り、宮内庁庁舎前を通って北側の「乾
門」 までの約750メートルを一方通行で通り抜けます。 途中の西
桔橋を渡って皇居東御苑にも抜けることもできます。一度皇居東
御苑に抜けてしまうと、乾通りに戻ることはできません。

「秋季 ・ 皇居乾通り一般公開 2015」
日程     2015年12月5日(土)~12月9日(水)
場所     皇居乾通り
入門時間  10時~14時30分
退出時間  乾門15時30分、東御苑16時

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二重橋を眺めながら人の流れに沿って、ひたすら歩き続け、やっと
列にたどり着いた時にはお昼過ぎの12 時半ころでした。20分近く
歩いた感じ。白いテントが 「手荷物検査」 場所。開催初日と土曜日
が重なったので、激混みを予想しておりましたが現着したタイミング
が良かったのか、立ち止まることなくスムーズに進み、テントの下で
の荷物検査まで15分くらいで着いた感じです。早っ! (上)

テント内では 「手荷物検査とボディーチェック」 です。まずは手荷物
検査。パリのテロの影響かバックの中を隅々まで確認されましたが、
手荷物検査自体は、それほど厳しい検査ではありません。 (下左)
サッとかばんの中身を見て、チラッと顔を確認されて・・・・そんな感じ
でした。そしてペットボトルを持っている人には、「中身を一口飲んで
ください!」。 え!飲むの!! 中身がガソリンや何かの液体だっ
たら・・・ということなのでしょう、かなり徹底していました。荷物のチェ
ックを受けている間に、自分でフタを空け警察官の前で一口飲んだ
り、ゴクゴクと全部飲み干す方など、いろんな方がいるんですね。
「ありがとうございます!」 っと優しい顔で言われると悪い気はしま
せん。皆さん混乱もなく静かに進みました。その次にボディーチェッ
クです。(下右) こちらも簡単にすみますが、女性の参加者が多い
ためか、女性の列だけ順番待ちの行列。男性警察官の列はガラガ
ラという状況でした。ボディチェックがすむと、なぜか皆さんなんと
なく小走りで坂下門へ。私もつられて走りました。(笑)

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昨年は、この 「坂下門」 でも長時間待たされたのですが、坂下門の
手前に柵があり、一時混雑しましたが、今回は待つどころか混雑も
なくスムーズに進みました。(下左) この日、開門予定の午前10時
を前におよそ2500人が列をつくったため、30分早めての開門とな
ったようです。初日の昼時と一番混雑する時間帯にも関わらず、列
で待機したのは15分。昨年より雲泥の差です。何か変です。

「坂下門」  (上) 
西の丸に続く坂の下に位置しているので、この名があり、江戸時代
は西の丸下から西の丸への裏門として使われていました。坂下門
は、文久2年(1862)に 「坂下門外の変」 の現場となったところです。
幕府の安定をはかるため朝廷との公武合体を推進する老中・安藤
信正は14代将軍・徳川家茂のもとに孝明天皇の妹 ・ 和宮を降嫁
させましたが、これに憤激した尊王派の志士によって信正が坂下
門外で襲撃され、負傷して失脚した事件が、いわゆる 「坂下門外
の変」 です。現在では宮内庁の正門です。
「皇居 ・ 宮殿」  (下右)
坂下門を潜って、なだらかな坂を右に上っていく途中に宮殿東庭に
通じる坂があります。文化勲章の授与式や外国の大使が信任状を
天皇に渡す捧呈式など、また宮中晩餐など皇居のいろいろな儀式
が行われる場所です。 東庭は、新年や天皇誕生日の一般参賀が
行われる場所です。 よく見ると手前に大きな塔があり、これは 「松
の塔」 と言われ照明灯のようです。松の葉をかたどり、吉祥としての
松の強い生命力が表現されています。上端には輪があり、古代女
性の装身具釧 (くしろ) をかたどったものだそうです。葉と葉の間か
ら光が灯すように作られ、夜に明かりがともったところを見たいもの
です。一般の人はその時間は入れませんので、美しく落ち着いた
ものと想像するしかありませんね。

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坂下門のなだらかな坂を上がると、宮内庁舎がそびえ立っていま
す。宮内庁舎前は、かなり広いスペースで、やっと解放された気分
になります。結構、人が大勢いるのですがまばらに感じます。

「宮内庁庁舎」  (上)
皇室関係の国家事務、天皇の国事行為にあたる外国の大使・公使
の接受に関する事務、皇室の儀式に係る事務をつかさどり、御璽 ・
国璽を保管する内閣府の機関です。 昭和10年(1935)に建設され、
明治宮殿が焼失してから今の宮殿が建設されるまでの間、仮宮殿と
して用いられたようです。現在の宮殿とは渡り廊下で接しているそう
です。両陛下は5日午後、宮内庁庁舎3階から、皇居内の紅葉を楽
しむ人々の姿を見て喜ばれたという。そのころ私もいたんですけどね。

宮内庁舎広場の反対側は緑多く色づいています。(下左) 黄色く色
づいた木をカメラでズームアップしたら、何とハートに見えます。(下右)
思わず、「あの黄色い木がハート形に見える」 と言ったら、周りの方も
注目して大騒ぎでした。(笑) 何か良いことありそうです。多分、あまり
知られていないと思います。 新発見です!  このハート形の写真を
スマホの画面にすると、良いご縁があるというのはどうでしょうか。(笑)

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「富士見櫓」
宮内庁庁舎の反対側にある立派な石垣と大きな櫓は 「富士見櫓」
です。明暦の大火で焼失した2年後の万治2年(1659)に再建され
たもので、江戸城の本丸の建物の中で現存する貴重な遺構です。
優美な姿はどこから見ても同じ形に見えるため、俗に 「八方正面
の櫓」 と呼ばれ、特に石落し仕掛けのある屋根が描く曲線はとて
も優美です。石垣を作ったのは主に加藤清正公と言われています。
皇居 ・ 東御苑側から見た富士見櫓です。(下右) 乾通りを見学し
た方が東御苑も見学していて、大勢の人がこちらからも眺めていま
した。 外国観光客も興味があるらしくカメラを構えていました。

三層の富士見櫓がまるで天守閣のような姿に見えますが、江戸城
の天守閣は3代将軍 ・ 家光の時代に火災で焼失し、それ以後は
再建されませんでした。従って、それ以降はこの富士見櫓が天守
閣のような役割を果たしていたそうです。歴代の徳川将軍は、この
櫓から品川の海や富士山を見ていたといいます。皇居の深い緑の
中に風格と威容を醸し出し、美しい景観をつくりだしていますね。
「櫓」とは、倉庫や防衛の役割をもった建物で、かって江戸城には
19の櫓がありました。今は、伏見櫓、桜田二重櫓と、この富士見
櫓の3つが残っています。その中で、富士見櫓は唯一の三重櫓。

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公開されているのは、東京駅側の坂下門から入り、宮内庁庁舎前
を通って北の丸公園側の乾門へ抜ける約750メートルの並木道。
沿道に植えられたモミジやカエデなどが見事に紅葉しています。
ここからの乾通りは、桜 ・ もみじ ・松を中心に様々な樹木が植え
られ、四季を通して美しい景観を楽しめる並木道になっています。

江戸城は、室町時代に活躍した太田道灌が、1457年にこの地に城
を築いたことに始まります。 その後、天正18年 (1590) に、この城に
徳川家康が入府して居城としました。家康は三河国 (愛知県) 岡崎
の城主松平広忠の子で幼名を竹千代といいましたが、 後に松平の
姓を徳川と改め、徳川家康と名乗りました。家康が江戸城に来た理
由は、 豊臣秀吉の天下のときに、秀吉に命じられて、 関八州の守り
にあたるために江戸城に移ってきたのですが、1600年の関ヶ原の
戦いでは豊臣秀吉を破り、1603年には征夷大将軍に任じられて、
江戸幕府を開いたわけです。

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昨年の春季皇居・乾通り一般公開の時は、山下通りも桜が咲いて
綺麗でしたが、紅葉の季節もまた美しい景色です。そして立派な
松と建物が目を引きました。 訪れた人々は、真っ赤に色づいた
紅葉を楽しんでいました。近くに立派な松の木もありました。

「山下通り」 の 右側奥が 「紅葉山」 で、江戸時代からほとんど人の
手が加わっていない場所で、皇后が蚕を飼育されているところもあ
るようです。皇居の中でも割合に静かで緑多い通りですと、係りの
方が説明して下さいました。新宮殿の裏と宮中三殿に通じている
ようで、この山下通りは、もちろん通行禁止でした。(上)
宮内庁庁舎横にあるのが 「蓮池参集所」 です。 (下左)
蓮池参集所は100畳程の大きな部屋で、皇居の清掃に取り組む
勤労奉仕団を労い、両陛下がご会釈に臨まれる場所のようです。
直接、両陛下とお会いするので、皆さん畏れ多い事と感激する
ようです。「勤労奉仕団」 と聞くと、何か畏まってしまいそうですが、
要は 「皇居と赤坂御用地で除草、清掃、庭園作業などを行う」
ボランティア活動をなさっている方たちです。建物の周りの手入れ
が行き届いて、松や植え込みなど丹精に整備されていているのも、
この方々の尽力があるわけです。

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普段は見ることができない皇居の中を見ようと、乾通りは多くの人で
賑わっています。とても天気が良く、秋空が映え、紅葉の撮影も楽し
みだったのですが、樹木のグラデーションが見事で綺麗でした。旗
を持った人が結構いて、ツアー会社がさっそく 「紅葉巡り」 で、この
乾通りの見学も取り入れたのでしょう。 静岡から来たという方が、
この後は、神宮外苑や六義園を廻るといってました。東京に紅葉を
見に来る方もいるんですね。ツアーは大人気だという。 (下)

当時の江戸城は、まだ道灌が築いた城を改修した程度のお城でし
たが、 徳川3 代将軍家光によって、寛永13 年 (1636) に本格的
な江戸城が完成したといわれています。 その頃から、江戸城を中
心とした本格的な城下町が形成されていったようです。 しかし、明
治元年 (1868) 徳川幕府の江戸城は明治政府に明け渡され、 天
皇の居城である皇居となりました。いわゆる明治維新です。

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乾通りから蓮池濠越しの石塀に白壁を望むのが「富 士見多聞」 です。
江戸城の歴史的的遺産で、紅葉を通して見る多聞は絵になる風景
ですね。 この場所でしか見られないので、なんと 「感動」 ものです。
蓮池の石垣は堅牢で高く、石垣の高さは水面から約20メートルも
あるそうです。(上)

「富士見多聞」 (上・中)  
「多聞(たもん)」とは、防御を兼ねて石垣の上に設けられた長屋造り
の倉庫のことで、多聞長屋とも呼ばれました。鉄砲や弓矢が納められ、
戦時には格子窓を開けて蓮池掘側の敵を狙い撃つことができました。
本丸の周囲は、櫓と多聞で囲まれて万一に備えられていました。江戸
城本丸には15棟の多門があったが、富士見多門は、その中の随一の
遺構です。東御苑側から見た富士見多門。(下右) 本丸内の松の大廊
下跡近くに、少し高台になっている場所に建てられています。 英語の
解説は 「Fujimi Defense-House (ディフェンスハウス)」 でした。なんだ
かスゴイ大仰に聞こえてしまう感じです。(笑) 「富士見」 という名前は、
富士山がよく見える眺望の良い高地にあったためにつけられたようです。
鬱蒼とした林の中に 「御休憩所前多門」 と刻まれた石標もありました。
(下左)  御休憩所とは 「本丸中奥にある将軍の私的な居間のことで、
将軍が政務を執ったり、日常生活をする場」 と説明されていました。
本丸御殿中奥の御休憩所の前にあった多聞櫓ということなのでしょう。

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乾通りには、イロハモミジ45本とトウカエデ14本が植えられており
ちょうど見頃でした。手前がイロハモモジで、後ろがトウカエデ。(上)
紅と黄のコントラストが色鮮やかで、こちらの2本を写真に収める方
が結構いました。乾通りのモミジは、ここ数日の朝晩の寒さで、色
づき、紅葉の見頃を迎えていました。

「イロハモミジ」  (下右)
日本では最もよく見られるカエデ属の種で、紅葉の代表種。和名は、
裂片を 「いろはにほへと・・・・」 と数えたことに由来する。裂片の縁に
は鋭く不揃いの重鋸歯があり、裂片の先は長く尾状に伸びる。 秋に
は黄褐色から紅色に紅葉して散る。 「モミジ」、「カエデ」 は同意で総
称名。「モミジ」 は木の葉が色づくことの古語 「もみち」 から、「カエデ」
はカエルの手の意です。
「トウカエデ (唐楓)」  (下左)
高さ 20m になる落葉高木で、丈夫で公害にも強いため、東京周辺
をはじめ暖地の都市の並木に多く用いられます。葉は秋に黄色から
朱色に紅葉して美しい。江戸時代、享保年間に中国から渡来したの
でトウカエデ (唐楓) と呼ばれたという。享保年間といえば徳川8代
将軍吉宗の時代で、東京都浜離宮恩賜庭園には吉宗お手植えの
トウカエデがあるという。中国から長崎に渡来した6株が徳川吉宗
に献上され、その一部を吉宗が自ら植えたのかもしれないそうです。

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「局門 (旧女官官舎屋敷の正門)」  (上)
旧女官官舎屋敷に勤めていた方の出入り門で、いわば大奥の女
中が出入りしていたのにちなんで、奥女中の通用門であったこと
から 「局門 (つぼねもん)」 とも云われています。 表門屋根には、
蕾付き菊の花の飾り瓦と菊のご紋が入る鬼瓦。この門は明治時代
に建てられたようです。江戸時代のお局門は東御苑の本丸にあっ
た局門です。御局・御養蚕所入口ですが、現在使われていないよ
うです。(下左) 内部の建物は、現在宮内庁の倉庫として使われ
ているとのことです。江戸時代の武家屋敷の長屋のような建物の
感じですね。(下右) この辺りは茶褐色に変色したトウカエデの
木々が絵になっていました。

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皇居にある紅葉というだけで、なんとなくすごいものに見えるから
不思議です。 乾通りの両サイドにはロープが張ってあり、その外
には警察官がいて、「撮影は1 ・ 2枚にしてどんどん歩いてくださ
い」 とか 「皆さんのデジカメは性能が良いですから1、2 枚撮れば
十分です~。先にお進みくださぁ~い」 と、混雑を避けるために盛
んに先に進むことを促していました。スマホやデジカメで撮影をす
る人がたくさんいて、長時間ひとつの場所にいると注意されます。
一、二枚では良い写真が撮れないと思ったのですが、「美しいも
のは、みんなで共用しましよう。出来ればカメラで撮るのもいいで
すが、あなたの瞳に残せば、もっと素敵です」。係りの方の説明に
妙に納得して一本取られた感じでした。確かに瞼に残せたら・・・。
皇宮警察の方も整理にご苦労様でした。

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この塀の廻りには、太田道灌を思い出させるように黄色の山吹の
植え込みがありました。塀の周りには真っ赤に染まったイロハモミジ
が見事に咲き誇っていました。(下右) 門の奥にも紅葉が見えます。
「外庭東門」 (上) と、そばに 「皇宮警察本部 外庭東門警備派出所」
があり、警察が監視しています。制服姿の女性の警察官を多く見か
けたので、お伺いしたら、「皇宮警察署」 所属と、おっしゃってました。
門の奥は天皇両陛下がお住いの吹上御所に通じていて、陛下が外
出時に車でここを通るという。警備上の都合もあって、あまり詳しく教
えてくれませんでした。 ケチ (笑) 一番、緊張する場所で警察の
方にも笑顔がありませんでした。

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ここから乾門までの道も、心奪われるような光景の連続でした。
乾通り入口は人の列でごった返していましたが、此処までくると紅
葉の美しい景色、旧江戸城の石垣や堀の景色を楽しみながら、比
較的ゆっくりと散策できました。 太陽の位置によって、黄色が美し
かったです。美しい色合いを見せているもみじ類の樹木はおよそ
60本だそうです。そのほかも様々な種類の木々が植えられ、色鮮
やかな秋の景色を織り成していました。 風が吹くと、ひらひらと落
ちる落ち葉が素敵で、しばらく眺めていました。

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「道灌濠 (どうかんぼり)」
普段、まず見ることが出来ないという道灌濠の付近は、江戸城の
面影を伝える濠(ほり)や石垣が広がり、中でも、徳川家康が江戸城
を築くさらに前の、室町時代に太田道灌が築いた城の外濠だった
という。 濠の奥は紅葉山のようで、徳川家康の廟所 (東照宮) が
置かれ、秀忠以降の歴代将軍の廟所も紅葉山に設置されました。
江戸開城後、明治政府により東照宮などの廟所は撤廃されます。
大正3 年 (1914) に、紅葉山御養蚕所が設置されて現在も
用いられているようです。

江戸城を築城した太田道灌の名前を由来とする道灌濠は、雑木林
と野草の茂るところとなっていて皇居の中でもここが一番美しい所と
言われているようです。濠面に紅葉が映って綺麗という方もいました
が、私的には春の桜の方が最高に良かったです。昨年の春は桜が
咲き誇って、立ち止まってカメラで撮影する姿が多く見られました。
(上右) 崩御の前年、手術を終えられた昭和天皇が “最後の花見”
を楽しまれた所でもあるのです。

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振り返ると、美しい紅葉が道沿いに連なって見えました。乾通りの
両側には、さまざまな樹木が植えられており、石垣 ・ 濠と相まって
美しく、太陽の光があたる場所では特に輝いてます。5日は一日で
2万8400人が訪れたということです。平日の7日は4万1720人が
来場したようで、土日より多かったそうです。 と、いうことは今回の
開催を知っていた人が少なかったように思いますね。 だから昨年と
違って、土曜日にも関わらず人数も少なくスムーズだったんですね。
テレビの放送で知り、平日に訪れる人が多かったのでしょう。納得!

皇居の秋の紅葉もなかなか捨てたもんじゃないです。
東京都心の真ん中に、こんな素晴らしい場所があるんですね。
乾通りの後半は、一気に彩りが増します。どの木々も色彩豊かな
グラデーションを持ち、「ここまで歩いてきてよかったな」 と思わせ
てくれます。人の多さは気にしないほど紅葉は見事でした。警察
の方の誘導も上手で、スムーズに流れていました。落ち葉の絨毯
が敷き詰められていたら、さぞかし素晴らしいだろうなと、贅沢な
悩みを想像してしまいます。

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「蓮池濠」
乾通り沿いにあるのが 「蓮池濠」 です。名前の通りハスの花が咲く
蓮池濠は皇居の一般参観にでも参加しない限り、一般の人は見る
ことはできません。 人の顔くらいの大きさの花を見ることが出来る
ようです。ちなみにレンコンは肥料のためにそのまま残すそうです。

乾通りは南北にひたすら伸びた一直線の道ですが、侵入者はこの
ように開けた乾通りに対して本丸側の城壁から一斉射撃をひたす
ら受け続けるという恐怖の縄張りでもあります。徳川家康が江戸城
を拡張し始めた年代には既に堀として整備されていたという。お堀
の長さが約400m。白い建物は富士見多聞で、背後に当たる東御
苑側の所が、浅野内匠頭が吉良上野介に刃傷に及んだ 「松の廊
下」 付近です。この蓮池濠から見る乾通りは、四季を通して見応え
があり、まさに圧巻です。江戸の風が吹き抜けている感じです。

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紅葉の名所って数え切れないほどありますよね。
東京近郊だけに絞っても、どこを訪れるか迷ってしまうほどの多
さです。ですが、今年の秋はいつもは絶対に見ることのできない
皇居・乾通りの紅葉。普段は入ること出来ない皇居の中の皇居。
天皇陛下の傘寿を祝して行なわれた乾通りの紅葉を、今年も楽
しめるなんて思ってもいませんでした。皇居の秋の鮮やかに色
づいた ”もみじ” などの紅葉を楽しむことが出来ました。

天皇、皇后両陛下が 「みなさんに喜んでもらえれば」 との気持ち
を示されて、今後も開催されるようです。 国民に寄り添う姿は、東
日本大震災など、しばしば伺え感激しますね。実はかなり前ですが、
一般道路で天皇陛下が車で通っていたところに、偶然に遭遇した
ことがあります。車からわざわざ窓を開け、私たちに手を振って下
さっていた姿がとても印象的でした。その時をふと思い出しました。

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「乾濠」   (上) 
名前の通り本丸の戌亥=北西の方角を囲む濠です。
乾門近くにある乾濠は、江戸中でもっとも美しく重厚な高い石垣と
塀が連なり、今でも江戸城の面影を色濃く残しています。北桔橋門
付近は本丸のすぐ近くにあるため、防備を厳重にしました。そこで、
石垣を高くし、濠も広く深くしてあるようです。以前は三日月濠と呼
ばれていましたが、乾門の建造にともない乾濠と呼ぶようになった
ようです。乾濠沿いに進むと、奥が出口の乾門があります。
「西桔橋」   (下)
江戸時代には、本丸大奥と吹上の通路となっていて、現在は皇居
吹上地区と皇居東御苑を結んでいる、内濠 (蓮池濠 ・ 乾濠) の
土橋に架かる橋です。乾濠の手前にあります。江戸時代には、「北
桔橋」 と同様に跳ね上げ式の橋で、有事にはこの橋を跳ね上げて
本丸を防備したという。現在は跳ね上げの仕掛けは付いておらず、
普通の小さな橋です。坂下門から参入して、乾門までは一方通行
ですが、途中、西桔橋から本丸へ出るルートが設けられていました。
西桔橋を渡ると皇居 ・ 東御苑へ行くことが出来ます。一般の人は、
まず通れない橋ですが、この乾通り一般公開時のみ通れます。

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だんだんと、終点の乾門が見えてきました。(下左) 赤、黄、緑の
コラボが美しく、やはり赤の紅葉は圧巻ですね。来た通りを振り返
ると、後ろはこんな混雑状況でした。(上) 乾門まで向かう人と、
東御苑に向かう人とに分かれるため、どちらに行くか迷う人、もう
少し留まっていたいという名残惜しい人で大混雑していました。
乾門に無事到着です。(下右) 乾門から出る時に、現代に引き戻
された感覚になった人は多かったのではないでしょうか。もう少し
江戸時代に居たかったそんな感じでした。

「乾門」
この門は明治宮殿造営の際に建てられた京風の門です。宮殿が
ある旧西の丸の裏門にあたり、皇居の乾 (北西) の方向にあたる
ので、この名がついたといいます。普段は厳重に警備され一般の
人は出入りできません。新年の一般参賀で出口として利用される。

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社会人になり立てのころ読んだ猪瀬直樹著 『 ミカドの肖像 』。
その中に、東京という都市は、皇居という空虚の中心を持っている。
そんな表現があったことを思い出しました。確かに皇居は空虚な中
心なのかもしれません。しかしながら、武道館に来ても、丸の内に
来ても、どこかしらで皇居の存在を感じます。皇居の中にいた時に、
外から感じる皇居とは違うものを感じでいました。日本人であれば
皇居はやはり特別な存在なのだと思います。これだけ歴史の詰ま
ったところはありません。徳川家が築いた争いのない江戸の時代
を想いながら乾門を後にしました。

今年の紅葉散策の締めとしては、十分に堪能させて頂きました。
次回は桜の季節に是非、また訪れてみようと思っています。

【おまけ】
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「森の調べ」 乙女の銅像
乾門わきにある小公園に縦笛のような楽器を吹いている乙女の銅
像が立っています。日展会員、籠瀬満夫作 「森の調べ」。台座に
は 「勇気と力技と健康を競う人々を楽奏により迎えたたえる乙女」
と記されています。皇居周辺の銅像というと和気清麻呂、北白川
宮能久親王、楠木正成、大山巌など歴史上の人物たちが目立つ
中で、「森の調べ」 は癒し系の像となっています。

で、気になったのが乙女が吹いている楽器。よ~く見ると、縦2本
のパイプになっていて、乙女は2本とも口にあてて同時に吹いて
いるように見えます。これはギリシャの古楽器でオーボエのような
ダブルリードの木管楽器 「アウロス」 ではないかと思われます。
ギリシャ神話では知恵、芸術、工芸、戦略を司る女神アテネが作
ったものの、演奏時にほっぺたが膨らみ、美貌が台無しになると
して投げ捨てたのです。それを半人半獣の精霊サテュロスの一
人マルシュアスが拾って演奏、名手になったとされています。
古代ギリシャの宴会には女性アウロス演奏者がつきものだった
そうです。マルシュアスは竪琴であるリラを演奏するアポロンと
音楽合戦を行ったといいますから、さぞやいい音色で奏でられ
たのではないでしょうか。





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