一ヶ月に2回満月を迎える月を「ブルームーン」という。 そのブルームーンを見ると願い事が叶う・・・・。






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「敬老の日」

...2015/09/20 08:30...

今月は雨の日が続きましたが、本日は珍しく、
秋晴れの朝です。久しぶりの晴れだからでしょうか、
やけに空が高く見えます。こんな日には洗濯物を干すと、
気持ちよく乾きそうです。近所のベランダでは洗濯物が
気持ちよさそうに陽射しを浴びています。

今週は5連休という方も多いかと思いますが、
明日21日は、「敬老の日」 ですね。人生の先輩である
お年寄りを敬い、長寿を祝う敬老の日。

雑学に詳しい知人によると敬老の日は、兵庫県多可郡
野間谷村 (現在の多可町) で、行われていた敬老行事
の 「としよりの日」 が始まりとされています。
「老人を大切にし、お年寄りの知恵を借りて村作りをしよう!」
と、農閑期にあたり、気候も良い9月15日を 「としよりの日」
と定めて、敬老会などを開いていたという。

そして、小さな村ではじまったこの慣習が、兵庫県全体で行わ
れるようになり、その後には全国へと広がっていったようです。
更に、発祥の地でもある兵庫県多可郡野間谷村では、
国に対して、「こどもの日や成人の日があるのに 「敬老の日」
がないのはおかしい!」 と声を上げ続け、「多年にわたり社会に
つくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う日」 として9月15日を
「敬老の日」 とする国民の祝日が制定されたのだそうです。
いわゆる 「ハッピーマンデー制度」 の実施に伴い、
現在は9月の第3月曜日を 「敬老の日」 として制定されました。

敬老の日と解っていてもなかなか・・・・・・。
そんな敬老の日という場合もあるかと思います。
そんな時は、電話を1 本入れてみてはいかがでしょう?
「元気?」 「変わりない?」 という何気ない一言でも
お孫さんの元気な声は、おじいちゃん、おばあちゃんに
とって嬉しいものではないでしょうか。
「ありがとう」 の気持ちを贈られてはいかがでしょう。

敬老の日は、小さな村からはじまり、それが全国に広がり
今の形になっています。敬老の日とは言っても、日本人が
昔から大切にしてきた目上の人を敬う気持ちと相通ずる
ものがある様に思います。
日頃から相手を 「敬う心」 が大切かもしれません。


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「敬老の日」

今、日本は高齢化社会です。
高齢化のスピードは世界最速と聞きます。
社会の安定と充実した医療によって長くなった
日本人の平均寿命、そして年々加速している
少子化がこの高齢化社会となって現れています。
寿命が長くなるのは大いに結構なことです。
誰でも元気で長生きをしたいのが普通です。
しかし、少子化というのは何とも寂しい感じがします。

老人というと、いかにも老いて、体の機能が衰え、
心ならずも人様の厄介にならなければ生きて
いけない存在・・・・。そんな語感があると思います。
しかし、漢字本来の 「老」 という字の持っている
意味は単に年をとっているというだけではありません。

時代劇に出てくる、「家老」 「老中」 「大老」 等という藩や
幕府の重役の役職名には 「老」 という字が使われています。
しかし、必ずしも老人がその役に就いていたわけではありません。
「老」 という字は、様々な経験を積んで世の中のことについて
深い知識を持ち、尊敬に値する本来そのような意味です。

禅宗に於いても、仏教への深い知識を持ち修行を積んだ
立派な僧侶に対しては、その人がたとえそれ程年をとって
いないとしても、「老師」 の尊称を付けて呼ばれます。
「老 」 というのは年を取って衰えていくというマイナスの
イメージではなく、人生の経験を積み、様々な知識を持って
いるというプラスのイメージを持って使われるべき言葉なのです。

今の世の中は、技術革新も早く、価値観も様々です。
いきおい、「年寄りの智恵」 など前時代的と感じられてしまいます。
しかし、長く生きた人はそれだけ人生経験が豊富です。
社会の中での様々な局面で、どのように行動し、その結果が
どうであったか。どのように行動し、どのように失敗したか。
どのように行動し、どのように成功したか。
この、人が社会で生きていく上での様々な経験的な知恵という
ものは、いつの時代にあっても後に続く者にとって貴重な情報です。

ご自分を年寄りと思われる方は、年を取ることを
忌避するべきではありません。1 年経てば、1 年年を取る。
どうしようもないですし、当たり前のことです。
そして、年を取り、長く生きるというのは素晴らしいことです。
長寿は、ただそれだけで尊敬されるべきことです。
「いつまでも若く」 などという青臭い考えは気持ちよく放り捨て、
若者の増長にはきっちり苦言を呈し、悠々と人生を生きて
いって頂きたいと思います。

私のおばあちゃんがいつも言ってました。
今日は昨日のおかげさま。昨日は今日のおかげさま。
私はあなたのおかげさま。あなたは私のおかげさま。
みんながみんなを支えてる。感謝感謝で幸せいっぱい。
感謝の気持ちを大切に・・・・・。


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    「目黒のさんま祭り」  2015

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以前、夕食時に娘が 「目黒のさんま祭り」 に行きたいと言い出して、
久しぶりに行ってみるかと言ったものの、すっかり忘れていました。
当日、早朝に枕もとで 「パパ、さんま祭りに行く時間」 と起こされ、
慌てました。さんまだけでは物足りないので、かみさんにおむすび
を作ってもらい出掛けました。相変わらず凄い人出でした。

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さんま祭りの会場は、J R目黒駅東口から少し先の目黒通り沿いの
周辺一帯の一部が使われて行われます。すでにテーブルや炭火
台が並べられ、何人かの方が準備に取り掛かっていました。(下) 
着いた時には凄い行列でした。 (上) 最後尾目指して歩きます。
何とか上大崎交差点までは行かず、だいぶ手前で並ぶことがで
きました。ホッ 次から次へと人が来て、皆さん慌てるように次第
に小走りになっていました。(笑) 気持ち分かるだけにすでに並
んでいる人は苦笑い。早い人は朝5時ころからで、昨夜から並ん
だ兵もいて、8 時頃には千人が並んだようです。

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秋と言えば秋刀魚 !!
今年も東京・目黒駅周辺での初秋の恒例行事 「目黒のさんま祭り」
が開催されました。

この祭りは、古典落語 「目黒のさんま」 にちなみ、平成8年に始まり、
今回で20回目です。地価高騰でコンクリートビルだらけになって寒
々しい街を活性化させ、地域に昔ながらの人情味あふれる祭りや
催し物を維持しようと 「目黒駅前商店街振興組合青年部」 によっ
て企画したのが始まりという。 炭火焼きやのサンマ6千匹が無料
で振る舞われます。目黒駅前というと目黒区と思いがちですが、
実は駅前一帯は品川区なのです。 ですから予算も品川区から
補助されているようです。

20周年記念 『目黒のさんま祭り』 《食べて笑って、お代は無料!》
【日時】   2015年9月6日 (日)
【時間】   午前10時~午後2時 (終了予定)
【会場】   JR目黒駅東口 ・ 目黒通り沿い

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「目黒のさんま祭り」 という言葉を多くの人が一度は聞いたことが
あると思います。例年TVでも放送されますから。 このイベントの
きっかけはもちろん 「さんまは目黒にかぎる!」 のオチでおなじ
みの古典落語 『目黒のさんま』 からのようです。

「目黒のさんま」
天候に恵まれた初秋の日。お殿様がご家来を連れて、目黒不動
参詣をかねての遠乗りにでかけました。目黒に着かれたのは昼
近くのことでした。近くの農家から、秋刀魚を焼くいい匂いが漂っ
ております。なんとも美味しそうな匂い。う~ん。こりゃ、お殿様と
言えどもどうしても食べたくなる。農家の方に頼んで譲ってもらう
ことにした。初めて食べた秋刀魚の味が忘れられなくなってしまう。

お殿様は、生まれてはじめての秋刀魚がすっかり気にいるも屋敷
の御膳にサンマが出る訳もなし。ある日のこと、親戚からのお呼ば
れで出掛け 「なにかお好みの料理があればお申し付けください」
というので、すかさず秋刀魚を注文した。驚いた家老は日本橋魚
河岸から最上級の秋刀魚をとり寄せた。このように脂が多いもの
をさしあげて、もしもお体に触っては一大事と、十分に蒸したうえ、
小骨を丁寧に抜いて、だしがらの様になった秋刀魚を出した。
「なに、これが秋刀魚と申すか」 脂が抜けてぱさぱさの秋刀魚が
おいしいはずがありません。「この秋刀魚、いずれより取り寄せた
のじゃ?」 「日本橋魚河岸にござります」 「あっ、それはいかん。
秋刀魚は目黒にかぎる」 と豪語したという。

徳川家光が将軍在位の頃 (1623年~1651年) のおとし噺。
大名の世間知らずを笑った庶民の落語でした。

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岩手県宮古漁港直送 の「超新鮮さんま」 6000匹!
毎年、とれたてのサンマを提供して下さるのは宮古市の皆様。
「目黒のさんま祭り」 では、宮古市の皆様のご尽力により、水揚げ
直後のさんまが超特急便で朝、目黒に到着し、新鮮なさんまにミ
ネラル成分豊富で、ほのかな甘みを感じる 「宮古の塩」 を振り掛
け準備中。(上) サンマは宮古独自の深層海洋水を利用した技
術で鮮度が保たれているため会場で配布されるサンマは 『刺身
でも食べられる』 鮮度で提供できるそうです!

そして、サンマといえば大根おろし。6千人分の大根おろしを 作る
のは大変です。大根おろし機が活躍します。作りだめをすると水分
が無くなってしまうので、作るタイ ミングが難しい と話していました。
ご苦労様です。(下) 大根は栃木県那須塩原市 高林から辛味が
おいしい大根を500本提供されたようです。

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目黒駅前商店街振興組合青年部の皆さんが、早朝から着々と準
備です。 午前10時に炭火焼サンマを配布する 予定で準備万端。
何しろ炭火焼のさんまですから・・・。サンマも脂が乗って、いい感
じです。今年も漁獲量が落ちてサンマの価格が高騰して心配しま
したが、漁獲量が少ない中、今回も 「さんま祭り」 のために確保し
たという。本当に感謝ですね。

サンマを直送する宮古港は、今年で開港400年を迎える節目の
年にあたるようです。 今から400年前と言えば西暦1600年頃、
ずばり関が原の戦いの年ですね。つまりこの直後に徳川幕府が
開始され、それは長い戦国時代を豊臣秀吉が統一し、その事業
を家康が継承して成立したものであったわけです。その後の4百
年間は、江戸時代と明治維新以後が含まれています。歴史学で
言うと、近世 (江戸時代) と近代 (明治から戦前まで) ・ 現代
(戦後) です。その間 「安くて長きはさんまなり」 と庶民がさんま
を食べ続けていたわけです。

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秋の味覚といえば 「さんま」。焼きたてのさんまと大根おろしとご飯
の組み合わせは秋の食卓の定番で想像するだけでお腹が空いて
きます。目黒駅前で煙が立ち上る中、宮古産の旬なサンマを食そう
と大勢の人が待機していると、「焼きさんまをお配りするのは10 時
を予定していましたが、予定を1時間早め9時に提供を開始します」
と主催者側がハンドマイクで説明すると、どこからともなく拍手が沸
き起こりました。「前に詰めて下さい。」 行列に変化が起き少しづ
つ前進が始まりました。例年よりかなり早いペースの行列という。

さんま祭りの始まった当初は1,000尾のさんまを全て築地から買っ
ていたようですが、偶然目に留めた 「目黒のさんま祭り」 の記事で、
配られるサンマが岩手県宮古産であると知った前 ・ 宮古市長が、
翌年から無償提供を申し出たのが始まりで、以後、毎年サンマ
の故郷 ・ 宮古市が提供し続けているんだそうです。

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2015年も猛暑は過ぎ去り、すでに季節は秋。
1 年があっという間に過ぎ去ることに恐怖も覚えますが、そんな気
持ちも吹き飛ぶ味覚シーズンの到来です。そう、待ってました 「さん
ま祭り」の季節!!いい香りが立ち込める、あの空間に今年も飛び
込みたいと参加者も多い。和歌山県みなべ町より、さんまを焼くの
に欠かせない備長炭を提供。最高の焼き加減で皆様に提供させる
べく、この一日だけで約6000匹ものサンマが一斉に炭火で焼か
れた。汗だくになりながらサンマをひたすら焼き続ける地元商店街
のスタッフ一同。熱気がほとばしる。「目黒のさんま」 から生まれた
輪はこれからも益々広がり続けろようです。

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朝、準備していたコンロでサンマがどんどん焼かれます。
一つのコンロに5~6人がかりで大忙し。 さんまを焼く人達も大変
です。煙がモクモク、しまいには大量のサンマを焼く煙で目の前が
見えなくなります。煙がすごいのでさんまを焼く方たちは専用の? 
ゴーグルを付けていました。さんまの匂いが洋服に染み込むよう
です。其の為、中には完全武装の人もいました。(下左) 焼き始
めはあまり煙が出ないのですが、徐々にサンマの脂が炭に落ち、
煙がモウモウと出るようになると目にしみます。 焼き手がゴーグル
を付けているのは煙対策なのです。 焼く人は、暑さと焼く熱とで
大変だったと思います。 何しろ6千匹のサンマを焼くのですから。
焼き手も苦労が絶えません。感謝ですね。

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天高く馬肥ゆる秋。
青い空にはいわし雲がひろがり、のどかな初秋の目黒。と、言いた
いのですが、この日はあいにくの曇り空。おまけに午後から雨も降
りだしそうな雲行き。ジュウジュウ焼かれている秋刀魚にお目が留
まったお殿様。そのなんとも美味しそうな匂い。う~ん。こりゃ、どう
しても食べたくなる。 お殿様は初めて食べた秋刀魚の味が忘れら
れなくなってしまう。庶民ならなおさらです。落語のネタにあやかっ
て、ひたすら路上でさんまを焼きまくり、参加者に振舞うというのが
祭りのメインコンテンツなのですが、主役のさんまは毎年、網の上
に置かれるやいなや、あっという間に旨そうな匂いを放ちながらこ
んがり焦げていくサンマ達。焦げすぎない絶妙のタイミングで来場
者に続々振る舞われるのです。

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新鮮なサンマの炭火焼き。午前9時の開始に変更するほど秋の味
覚を求める人々が長蛇の列をなす人気ぶりです。後から来た人は、
「どんだけ並ぶんだよ!」 と心配になりながら、10分ほど最後尾を
目指して歩いてもその列は途絶えません。ただただ並んで待ち続
けるしかありません。待ち時間うんぬんよりも重要なのは、祭りの
雰囲気の楽しさを味わうことも視点を切り替えるのが大事です。

サンマ6000匹を用意するということは、それに伴い紙製のトレイや
割りばしも用意することになります。入口付近では割りばしやトレイ
の準備で大変そうでした。(下) 季節感を出すためでしょうか、葉
のかいしきまで用意してあります。憎いですね。(下右) 会場内は
一方通行になっており、先ず皿と箸を受け取り、次に焼けたさんま
を受け取ったならばそのまま進み、すだちをもらい、大根おろしを
載せてもらって、東京名産べったら漬けと盛りだくさんです。受け
取ったら車道に設けられたテーブル席に進む仕組みです。

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食欲をそそる香ばしい匂いがあたりを包みます。
網の上に置かれるやいなや、あっという間に旨そうな匂いを放ちな
がらこんがりときつね色に焼けたさんまが美味しそう。(下) 東京で
9月に食べられる「一番おいしいサンマ」は、専門店や料亭でもなか
なか味わえない 「トップクラス」 の味のようです。 いい感じに焼けて
います。焦げ具合もいいです。焦げすぎない絶妙 のタイミングで来
場者に振る舞われます。 焼きたての サンマを乗せてもらいます。
サンマの匂いがぷ~ん。(上)

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徳島から来た 「すだち大使」 の皆さん。 (上)
左から 「すだち」   「大根おろし」   「べったら漬け」 (下)

長い行列の末にようやくサンマにありついた来場者を待ち構えるは、
わざわざ徳島からやってきた 「すだち大使」 のお姉さま方。サンマ
の乗ったトレイにスダチを載せてくれます。 徳島産 の” すだち ”
に栃木県那須塩原市の ” 辛味 大根おろし ” と ” べったら漬け ”
を添えてもらって完了です。 何故、東京名産べったら漬けがのる。
さんまにべったら漬け? と、お思いでしょうが、東京生まれの東京
育ちの人は、 旬の秋刀魚の付け合わせにはべったら漬けが、江戸
の昔から欠かせないのです。秋刀魚の油分苦味を和らげ、箸安め
に最適なのです。カリッとするあの感触がたまりません。 うふ

【メモ】 べったら漬
べったら漬の歴史は古くは江戸時代に、お百姓さんが飴と糀で漬け
た大根を浅漬と称して売り始めたのが最初です。 その時代の若者は
買った浅漬大根を縄でしばり振り回しながら、参詣の着飾った娘たち
に 「べったらだー、べったらだー」と囃したて、戯れ、追いかけたこと
から、「べったら漬」 の呼名になったと伝えられております。十五代
将軍徳川慶喜公もべったら漬を好んで食べ、「べったら漬は厚く切
ってだすよう」 と頼んでいたほどで、昭和天皇も献立に好んで取り
入れられていたようです。べったら漬は特に風味がよろしく、御上
に持てはやされていたのでございまする。

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並んでから約二時間半。念願のサンマを頂きました。
今年は少々小ぶりですが、文句を言ったら罰が当たります。香ばし
く炭火で焼いたサンマにすだちを少々。大根おろしに醤油をかけ、
そしてべったら漬けときた。 「よくぞ日本人に生ま れけり!」 って
味ですよね。ついでにふっくら炊いた白いご飯があればもう最高。
と、思いきや実は入口でおにぎりも配布していました。 岩手産米
「いわてっこ」 を使い数量限定でお一人様一個。(下) 至れり尽
くせりに大感激です。そのほか三陸磯とろろが無料で配布された。
おにぎりも美味しく、遅い朝食を娘と頂きました。うふ

かみさんは 「主婦は家事に忙しいのです」 と参加せず。おむすび
を作ってくれていて、娘曰く、「ママが作ってくれたおむすびもちゃ
んと食べてよね」 の問いに、思わず 「は~い」 と返事をしてしまっ
た。周囲の人はクスクスと笑っていました。 大根おろしが少ない
ですが、娘が溢してしまい私の分をあげた次第。よきパパです。
「東京っ子の秋は秋刀魚にべったら漬」 と、東京日本橋生まれ
の新派俳優の花柳章太郎さんも話しているように、秋刀魚に
べったら漬けは最高でした。

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秋刀魚を受け取った人たちは、片車道に設けられたテーブルで
秋の味覚を先取りして楽しんでいました。今までビルの間に設け
られた場所でしたが、これなら広々とした場所で、ゆったりと食す
ことが出来ました。テーブルには醤油もおかれています。残念な
がらビールが無い。途中のコンビニ等で購入して、昼間からお酒
三昧の方もチラホラ見かけました。気持ちは分かるけど、場所が、
場所だけに考え物です。何千人もの人なので、椅子は用意され
ていません。立食です。

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今年の秋刀魚は、やや小さめですが脂はのっているということで、
長い列をつくって焼き上がりを待っていた家族連れなどはサンマを
受け取ると早速、秋の味覚を味わっていました。(上・下右) ビルの
谷間にもテーブルが用意されていて、そこでは椅子もあり、敬老席
になっていました。(下左) 「毎年来ていますが、今年も美味しく頂
きました。 宮古市は震災の被害もあったところですが、復興が進ん
でいるようで、こうやってサンマを味わえるようになるのは、嬉しいこ
とです」 との会話が聞こえてきました。震災地でありながら、こうして
秋刀魚を無償で提供してくれる東北の方々の 「徳を積む」 精神
に感銘すら受けます。 私たちも心掛け大切にしたいですね。

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目黒通りの周辺は白い煙に包まれ、炭焼きさんまのおいしそうな
においが来場者の鼻先をくすぐりました。目黒通り沿いではこん
な光景が朝から夕方まで続くのです。運営する側も秋刀魚を食
したい方も待ち続けて、ただただ体力勝負の一日を過ごします。
この辺りは、江戸時代に松平讃岐守・森伊豆守などの上屋敷が
あり 「目黒のさんま」 に登場するお殿様の早駆けの場所とされ
ています。つまり、訪れたお客さんたちはお殿様と同じ秋空の
下で秋刀魚を食べたことになるのです。

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私たちが食べ終わった後も行列は延々と続いています。 並ぶのを
諦めた人の話を聞くと、行列は上大崎の交差点から都道418号線
を五反田方面に下って、タイ王国大使館付近まで行列が続いてい
たようです。 秋刀魚を食べる列が1キロ近くに及び、3~4時間くら
い並ばなければいけないとのこと。 食べ終わった余裕からか、長い
こと並んだ後のさんまの炭火焼は、さぞかし美味しいんだろうな? 
と、人ごとの様に思ってしまうほどでした。 (笑)   「今、並んでも、
秋刀魚を食べられるかわかりません」 と呼びかけていたそうです。

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目黒駅前のロータリーでは、ふるさと物産展や商店街ワゴンセー
ルなどの他に、特設ステージでは太鼓演奏や歌謡ショーなども繰
り広げられていました。さんま関連の商品を販売する屋台あり、人
で溢れていました。たぶん秋刀魚を食べられなかったか、諦めた
人がこちらの物産展などで楽しんでいるのでしょう。 また、毎年行
われている入場無料の落語会 『目黒のさんま寄席』 も大入り満員
の大盛況。本物の 「さんま」 に負けない新鮮な笑いを皆さんに届
けていたようです。

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東日本大震災から間もなく4年半。会場では宮古商高、宮古水産
高の生徒たちや宮古観光文化交流協会などが特産品を販売。宮
古市が復興に向かう元気な姿をPRしていました。その姿に誰にも
負けない強さを感じ感動さえしました。 また、目黒さんま祭りの名
物寿司 「炙りさんま」 にも行列が出来ていました。(下) 秋刀魚を
食べられなかった方がこちらの炙り秋刀魚で旬を楽しんでいたよ
うです。宮古市は平成11年からサンマを提供し、品川区とは災
害時相互援助協定を結び、震災後は品川区が応援職員を派遣。
義援金や支援物資も届けるなど復興支援しているようです。

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宮古水産高校特製缶詰などを販売。
例年に引き続き、宮古水産高校の生徒さんが祭りに参加し、生徒
さんたちは実習で作った 「さんまの缶詰」 (下左) 等を販売 してい
ました。人気の缶詰なのですぐ完売するため、秋刀魚を食べた後
の時間でも大丈夫かなと思ったのですが、無事に購入出来て一
安心。今年は秋刀魚の缶詰の他に野菜スープ漬のツナフレーク
など7個セットで販売。また宮古の塩を使用した 「海ぷりん」 (下右)
も購入しました。保冷パックが手提げカバンになって いて中に 「海
ぷりん」 が7個セットで入っていました。味の開発からパッケージの
デザインまで、 生徒さんたちが手がけたそうですよ。 祭りを盛り上
げてくれた宮古水産高校の生徒たちは生き生きしていました。
何かに打ち込む姿って素敵ですね。

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特設ステージでは宮古から市長を含め宮古市職員も上京して、
目黒のさんま祭りを大盤振る舞いで盛り上げているという。 嬉しい
ですね、この心意気。山本正德市長 (右) の挨拶に皆さん耳を傾
け、感謝と震災復興を願って拍手していました。歯科医をしていた
方なので、親しみやすい印象を受けました。祭りになると現れるの
が・・・・政治家でしょうか。 (左) どこのどなたとは言いませんが、
初めから参加して最後まで手伝うならわかりますが、途中で姿が
見られなくなりました。 名刺をいっぱい配っていました。

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ステージで挨拶していた 「すだち大使」 の方に写真をお願いしたら
ポーズまで取ってくれてパシャ。 (左) 帰宅後、娘がかみさんに
「パパね、すだち大使の方とおしゃべりしてね、写真まで撮ってた」
と言うしまつ。男はね、外に出ると7人の美女に誘惑されるモノ な
のです。(笑) そして祭りに付き物のゆるキャラ。 (右) 左側が
徳島県のマスコット 「すだちくん」。東四国国体において初めて登
場し、第1回 ゆるキャラ大賞で審査員特別賞を受賞する人気者。
右側が東京 ・ 目黒区のゆるキャで、目黒のさんま祭りのイメージ
キャラクターでもあります。さんま祭りだから 「とのさんま君」。
ベターなネーミングが心地よいゆるさです。

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例年、話題になる 「目黒のさんま祭り」。
年々メディアへの露出が増え、多くの人に認識されているので
しょう。参加する人が増えているようです。そして報道関係の方
も大勢取材に来ていました。

さんま祭りとしては9月6日に開催された 「目黒さんま祭り」 が代
表格ですが、このほかに9月20日には目黒駅をはさんだ反対側
でも田道広場公園が会場の目黒区民祭りの一部として行われる
「目黒のSUNまつり」 があります。気仙沼産のさんまを用意して
行なわれます。目黒の隣にあたる渋谷区恵比寿では、 「となりの
恵比寿サンマ祭り」 も開催され、時期は10月で会場はビール坂
です。さらに9月23日には東京タワーでも 「三陸 ・ 大船渡東京
タワーさんままつり」 が行われる予定です。この様に今では全国
のサンマの水揚げ地で同様の祭りが催されるようになり、目黒駅
前で始まった行事のパターンは、いまや全国に受け継がれて
いるようです。

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帰り際に目黒駅前の目黒通りに目をやると、我が目を白黒と疑う
かのような光景が広がっていました。しかし、目白ではなくここは
目黒なのです。煙がもうもうと立ち上がる中で大勢の人だかりが
目黒通りを占拠している。あれは火事か騒動か、いや、秋刀魚を
ひたすら焼いているだけなのです。さんまを焼いている場所から
モクモクと煙が上がってさんまの匂いがプンプンしています。そし
て煙の出ている付近は大勢の人で埋まっています。あらためて
「目黒さんま祭り」 の凄さを知りました。

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東日本大震災で住民が深刻な避難生活を強いられている現状
にも関わらず、「美味しい秋刀魚を食べてもらいたい」。 自ら被災
しても他人を思いやる純真な想いが人の心を動かす。 素朴な東
北の方々の心温かさとともに 「徳を積む」 ことを感じます。昨年に
比べて約3万5,000人が集まり、無料の サンマと生さんまも振る
舞われたようです。 心のこもった宮古の皆さんの秋刀魚。
やはりサンマは 「目黒」 に限ります・・・・・・なぁ。 殿!






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