一ヶ月に2回満月を迎える月を「ブルームーン」という。 そのブルームーンを見ると願い事が叶う・・・・。







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「クレオパトラ」

...2015/10/04 10:45...

十月 ( 神無月 )
今月は、日本中の神様が出雲の国に集まって会議を開く。
そのため出雲以外には神様がいなくなるので神がいない
月で 「神無月」 なそうだ。 出雲の国では反対に、神が集
まるので 「神有月 (かみありづき)」 と呼ばれるようだ。

更に言うと、日本全国から神様がみないなくなってしまうと
不用心ですから、一人だけ留守番として残る神様がいます。
この神様は恵比寿様だといわれます。ひとりぼっちで留守
番 をする可愛そうな恵比寿様を慰めるために、この月には
恵比須講が行われます。たった一人大切にされる恵比寿
様 にとっては、この十月は意外に楽しい月かもしれません。
そんな恵比寿様にあやかって、私たちも楽しみたいものです。

秋は、スポーツ、読書、食欲の秋・・・・。 恋する秋?
この出雲では、神様が額を寄せ合いながら 「縁結び」 の
相談もするようだ。 「最近はみんな、理想が高くてこまるよ。 」
なんて愚痴を言う神様もいたりして大変なようです。 (笑)

職場の女の子は失恋して落ち込んでるし、同僚も通勤途中に
駅で階段を踏み外したり、踏まれたりと10月早々から散々な
目にあっているらしい。私も帰りがけに買ったケーキを自転車
に乗ってた中学生にぶつけられ落としてしまい、あ~勿体ない。
10月早々から仲間と居酒屋で愚痴る毎日だ。ちょいと一杯の
つもりがはしご酒である。 早く帰って来てよ。 神様~。

録画したNHK大河ドラマ 「花燃ゆ」 を観ていて、気になる
小田村伊之助のセリフ。「なぜ学ぶのか」・・・・・「己がすべき
事を知るために学ぶのです。」 心に残る印象的な言葉でした。

神様がいなくても、秋ってやっぱり好きだね。
少しだけ頑張ろうかな。


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「クレオパトラ」


フランスの哲学者ブレーズ ・ パスカルは、「クレオパトラの
鼻がもう少し低かったら、歴史が変わっていた」 と評した。

クレオパトラはエジプトのプトレマイオス朝の王女として生まれ、
父の遺言に従い若干18 歳でエジプトの女王に即位します。
彼女が即位して3年後、ローマの英雄シーザーはエジプトに
矛先を向け、アレキサンドリアに入城します。 そこで、彼女は
「ローマと戦う」 か 「同盟関係を結ぶ」 かという決断に迫られます。
しかし、軍事力ではローマが圧倒的に優勢のため、 同盟関係は
エジプト側がかなり不利になることは誰もが想像していました。

彼女はこの緊迫した中で驚くべき行動を取ったのです。
それは、同盟関係を結ぶために自らの身を毛布でくるんで、
贈り物としてシーザーに捧げるという行動でした。毛布の中
から一人の小柄な女性が転がり現れたのです。それはまるで、
童話の中の1シーンのようでした。 これによりシーザーを射止
め、ローマと同盟を結びます。しかし、シーザーはクレオパトラ
と出会ってわずか 4年後にローマの議会で殺害されたのです。

シーザーの死は同時にローマからエジプトを守る後ろ盾が
無くなった事を意味します。 これに対し、クレオパトラは
またしても驚くべき行動を取りました。 シーザーに代わる
人物として同じくローマの英雄 「アントニー」 に接近し、
その後、彼女は彼の心をも射止めます。

クレオパトラは2人の英雄を射止めた人物として注目を浴びます。
後世の歴史家達は 「不謹慎な悪女」 と評価を下します。 悪女と
いわれている中、見方を変えれば、彼女がとった行動は身を捧げ
てまでエジプトと、その民を救ったといえるのです。

彼女の美しさはそれほどのものではなかったという。
しかし、魂からにじみ出て来る魅力には抗えないものがあった。
彼女の会話の巧みさ、優雅な身のこなしにあらわれる知性には
独特の魔力がありました。彼女の声は、弦が何本もある楽器の
ように、多くの言語を自在に操り、聞く者をうっとりさせたという。
クレオパトラの魅力は、見た目だけではなかったのだろう。
実際に、ピラミッド研究で知られている吉村作治教授も
「幅広い教養と、話し上手だったことが彼女の魅力だろう」
と説明しています。王女という立場から話し方 ・ 接し方
などを学び、 二人の英雄を虜にしたのだろう。

18世紀の哲学者パスカルの言葉は 「クレオパトラの鼻が
もう少し低かったら世界の歴史は大きく変わっていただろう」。
歴史上、最も有名でありながら、クレオパトラの実像は、
今なお、神秘の厚いベールで覆われています。
クレオパトラは、日本の小野小町、中国の楊貴妃と並び称され、
世界の三大美女の一人に上げられ、絶世の美人の代名詞の
ように語り継がれてきました。

紀元前31年に起きた 「アクティウムの海戦」。
地中海の支配権をめぐり、クレオパトラ ・ アントニウスの
エジプト軍とオクタビアヌス率いるローマ軍がぶつかった
この戦いは、ローマ軍の圧倒的勝利に終わります。
シェイクスピアの戯曲 「アントニーとクレオパトラ」 では、
クレオパトラ死去の誤報を聞いたアントニウスが自殺を図り、
死にかけたところで誤報だったと知るが、クレオパトラの目の
前で息を引き取ります。 クレオパトラ自身もオクタウィアヌス
率いる軍に屈することを拒みます。捕らわれたクレオパトラは、
「アントニーの側に葬って・・・・」 と遺書を書き、アスプ (毒蛇)
を隠した果物篭に自らの手を差し入れたのです。
「ロミオとジュリエット」 並にこじれた死の状況も有名です。

その日は8月12日でした。
蛇はエジプト人にとっては、聖なる生き物でした。クレオパトラは、
この小さな聖蛇の毒で、夢と波乱に満ちた39年の生涯に終止符を
打ったのです。クレオパトラが死んで、2千年たった今も彼女の
魅力は神秘のベールに包まれています。彼女の果てしなき夢は、
滅びることもなく、永遠に生き続けているように思えます・・・・。



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「クレオパトラとエジプトの王妃展」
   東京国立博物館  2015

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東京・上野公園の東京国立博物館で開催されている 「クレオパト
ラとエジプトの王妃展」 を大学の専攻は古代の西洋史だったとい
う友人の誘いを受けて鑑賞してきました。私が興味あるのは古代
エジプトの中でも、クフ王のピラミッドなどが建設された古王国時
代なので、今回の展覧会の舞台、新王国時代はあまり詳しく知り
ません。彼の解説を聞きながら楽しみました。

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20万人を越える入場者数を記録した特別展 「鳥獣戯画 ─ 京都
高山寺の至宝 ─ 」 ( 2015年4月28日~6月7日) が記憶に新しい
東京国立博物館の平成館ですが、例のごとく混雑しているのか
なぁ~と思ったのですが、行列が全くなく会場内もすごくスムーズ
に人が流れる。久しぶりにゆったりと観賞出来ました。

「クレオパトラとエジプトの王妃展」
会期     2015年7月11日(土)~9月23日(水 ・ 祝)
会場     東京国立博物館 ・ 平成館 (東京 ・ 上野公園)
開館時間  午前9時30分~午後5時
        (金曜日は午後8時、土・日曜、祝・休日は午後6時)
入場料   一般1600円、学生1200円、高校生900円

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世界中からエジプトの名品約200件が集結。パリ ・ ルーヴル美術
館、ロンドン ・ 大英博物館、ベルリン ・ エジプト博物館、ウィーン
美術史美術館など世界の名だたる美術館 ・ 博物館の所蔵品を
中心に、14 ケ国から貴重な名品の数々が一堂に会し、クレオパ
トラに代表される古代エジプトの王妃や女王たちをテーマにした
展覧会です。

誰もが一度は感じる、古代エジプトへのロマン。
ピラミッド、ミイラ、死者の書・・・・・・3000年もの間、独自の文化を
築いた古代エジプト。ファラオと呼ばれる王を頂点に繁栄する傍ら
には、いつもファラオや国を支える女性たちがいました。“ 絶世の
美女 ” と語り継がれているクレオパトラ、女王として君臨したハト
シェプストなど、時に大きな政治的・宗教的な役割をも果たした古
代エジプトの女性、王妃や女王たち。古代エジプトの選りすぐりの
名品を集め、彼女たちの魅力をたっぷりと紹介しています。古代
エジプト文明の歴史が好きな方には堪らない魅力のようです。

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人類最古の文明であるエジプト文明が発祥してから、古代エジプト
最後の王クレオパトラまで、数千年間に渡る古代文明の様子が展
示されています。年配の方はもちろん学生も結構いて歴史好きの
多いのに驚きです。 「鳥獣戯画 展」 と違って余裕の会場でした。

展示内容は、写実的に表現された王妃の顔の像や、ミイラの頭部
を覆っていたマスク、王宮の窓など。大ピラミッドを建造したクフ王
の母ヘテプヘレス、女王として君臨したハトシェプスト、少年王ツタ
ンカーメンの祖母ティイ、アマルナ時代を代表するネフェルトイティ
などにゆかりのある作品。 こうした至高の宝を展示紹介しつつ、
魅力にあふれる女性たちの実像に迫る作品が展示されています。
古代エジプトで時にあがめられ、恐れられ、そして人気を集めた
女性たち。その実像を知ることで、リーダーの資質、1人の女性と
しての魅力など、現在にも通じる大切なことも学べるかもしれない。

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「クレオパトラの像」 彫刻家ダニエル・デュコマン・ドゥ・ロクレ作
の銅像。 1852~53年 マルセイユ美術館蔵 (フランス)
会場冒頭のクレオパトラ像は19世紀に作られたもの。横たわる
豊満な肉体の美女、右腕には絡みつく毒蛇と、典型的なクレオ
パトラのイメージです。

プロローグ
ルネッサンス以降、旧約聖書の逸話などをモチーフとするさまざま
な作品が生まれますが、古代を主題とする作品もまたよく作られる
ようになります。 そのなかでもクレオパトラは、西ヨーロッパの人々
に強烈な印象を植え付けたヒロインの女性です。 最初に展示され
ていたのがこの像でした。妖艶な美女の死の瞬間をエキゾチックな
形で表しています。よく見ると、右手にヘビが巻き付いていて、体を
毒ヘビにかませて自害したという史実をもとにしたものという。老紳
士がこの像の胸を触っていて係りの方に注意されていました。彼女
の魅力につい手がてたんでしょうかね。(笑) 結構大きな像でした。

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今からおよそ五千年前、紀元前三千年頃に南北エジプトが統一され
第1王朝が成立して、初期王朝時代が始まります。古代エジプトは王
=ファラオの専制支配で原則的にファラオは男性がなりますが、古代
エジプトは女性の地位が高く、財産所有や相続ができて、王妃たちは
王の配偶者や母としてだけではなく王位継承にも重要な役割があっ
たそうです。時として女王として君臨し、神格化もされています。時を
経まして、前1550年頃にイアフメス王が第18王朝を開き第20王朝
までの新王国時代の200年くらいの間が、どうやら古代エジプト文明
のポイントのようです。

第1章 王 (ファラオ) をとりまく女性たち
古代エジプトの王 (ファラオ) は、絶大な権力をもつ支配者でした。
一方、古代エジプトの社会では女性の地位が比較的高く、王妃たち
は王の妻として王の政治を支えていたのです。王宮に暮らす女性た
ちにとって、後に王となる王子を産むことが極めて重要で、その母と
なることで大きな力を得ることができました。この章では王を支えた
妻や母、そして娘たちを紹介しています。

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「ラメセス2世の王妃イシスネフェルト」 (左)
新王国・第19王朝時代ラメセス2世治世 (前1279~前1213年頃)
ブリュッセル王立美術歴史博物館蔵 (ベルギー)
ラメセス2世の 「偉大なる王の妻」 の称号をもつ王妃の像です。
口元に微笑みを浮かべている優しい表情をしており、額には2匹の
ウラエウス (聖蛇) がつけられています。夫であるラメセス2世の子を
たくさん産みましたが、彼は67年も王位についていたため、親より先
に死んでしまった子も多かったようです。結局、13番目の子が跡を
継ぎました。古代エジプトでは、王の母というのは特別な地位でした。

「王妃ヘテプへレスの肘掛椅子 (複製)」 (右)
古王国 ・ 第4王朝時代 スネフェル王~クフ王治世 (前2614~
前2556年頃) [原品] カイロ ・ エジプト博物館蔵
第3王朝 ・ フニ王の娘で第4王朝の創始者スネフェル王の妻、そして
クフ王の母でもあるヘテプヘレスの肘掛椅子 (複製) です。 原品は
カイロにあるエジプト博物館に展示されているようです。この肘掛椅子
は、1925年にギザのクフ王の大ピラミッドの東側で、ハーバード大学と
ボストン美術館の合同調査隊が、偶然発見した彼女の墓に納められ
ていた家具調度品の一つのようです。この椅子がしつらえられた優雅
な寝室は、女性として大きな影響力をもったヘテプヘレスの暮らしぶ
りを伺わせるものです。椅子の足はライオンの足を模っていました。

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「ラメセス2世の王妃ネフェルトイリと王子」 (左)
新王国 ・ 第19王朝時代 ラメセス2世治世 (前1279~前1213年頃)
ブリュッセル ・ ベルギー王立美術歴史博物館蔵
彼女は、イシスネフェルトとともに「王の妻」の称号をもつ正妃でした。
頭部などを欠いていますが、残された銘文から王妃ネフェルトイリの
像であることが分かったようです。彫像の背後には、まるで母に隠れ
ているかのように王の長男メリアトゥム王子が浮き彫りされています。
(右下の部分) メリアトゥムは、父王ラメセス2世の治世が約67年と
いう長きにわたったため、王位に就くことはありませんでした。

「王妃ヘテプへレス2世とその娘メレスアンク3世」 (右)
古王国 ・ 第4王朝時代 メンカウラー王治世 (前2514~前2486年頃)
ボストン美術館蔵  (アメリカ)
仲むつまじい母と娘の彫像です。母の左手は、少し小柄な娘を支え
るように肩へまわされています。肩を組むなんて珍しいですね。ヘテ
プヘレス2世 (左) はクフ王の娘で、同じく王の長男で異母兄である
カワブ王子の妃でもありました。皇太子カワブ王子は即位しません
でしたが、ヘテプヘレス2世は王妃の称号をもっていました。娘の
メレスアンク3世 (右) は、あのギザに大ピラミッドを築いたカフラ
ー王の王妃と言われているようです。へー

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クレオパトラは古代エジプト最後の女王としてだけではなく、物語
のなかに生まれた一人の魅力的な女性として歩み始めるのです。
後宮 (ハーレム) で暮らす女性たちにとっては、世継ぎとなる王子
を産む、つまり 「王の母」 になることで自らも大きな権力を得ました。
たとえばギザの大ピラミッドを造ったクフ王の母ヘテプヘレスの墓
には豪華な家具類が副葬されており、「王の母」 の地位の高さが
うかがえます。

第2章 華やかな王宮の日々
王の暮らす王宮は、さまざまな地位や身分をもつ人々が仕え、その
生活を支えていました。王宮では王族が暮らすだけではなく、儀式
や宴会などもとりおこなわれ、楽器の演奏や踊り子たちによる艶や
かな踊りも披露されるなど、華やかな日々が送られていました。
この章では、きらびやかな王宮の生活を伝える品々や王に仕えた
人々の紹介でした。

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「王妃ハトシェプスト」 (左)
新王国・第18王朝時代 トトメス2世~ハトシェプスト女王治世
(前1492~前1458年頃) ボストン美術館蔵 (アメリカ)
若々しい姿の王妃ハトシェプストの彫像です。額にウラエウス
(聖蛇) がついた長い髪の鬘を被っています。この像は可憐で
美しい女性らしさにあふれているため、ハトシェプストが女王と
して権力をふるった時期より前、トメス2世の王妃であった頃の
ものと考えられています。肩に添えられた手の痕があることから、
王とペアの彫像であった可能性があるようです。

「王宮の窓」 (右)
新王国 ・ 第19王朝時代 メルエンプタハ王治世 (前1213~
前1203年頃) ペンシルヴァニア大学博物館蔵 (アメリカ)
メンフィスにあったメルエンプタハ王の暮らした王宮の窓です。
古代エジプトでは石造りの神殿などとは異なって、日乾煉瓦
造りの住宅や王宮などはほとんど残されていないようです。
また住宅や王宮などが残っていたとしても、建物の基礎の
部分が形を示すだけで、上部の構造がわかるものは稀です。
石灰岩を彫って彩色されたこの明かり取りの窓は、スフィン
クスやハヤブサの装飾がなされるなど。当時の王宮の様子
を知ることができる貴重なものです。柵が牢獄のようでした。

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「乳母木棺」 (左)
第3中間期・第25王朝時代タハルカ王治世 (前690~前664年頃)
フィレンツェ ・ エジプト博物館蔵 (イタリア)
第25王朝 ・ タハルカ王の娘アメンイルディスの乳母、チェスラペレト
の彩色木棺の上部です。この木棺は、ヒエログリフの解読で知られる
シャンポリオン (1790~1832年) とロッセリーニ (1800~1843年) 率
いるフランス ・ トスカーナ合同調査隊が、1829年にテーベ西岸の
チェスラペレトの埋葬場所から発見した物のようです。古代エジプト
では乳母の役割は大きく、時に王家の谷に葬られる名誉を得る
女性もいたそうです。

「ウジャト眼の胸飾」 (右)
新王国 ・ 第18王朝時代 (前1550~前1292年頃)
ウィーン美術史美術館蔵 (オーストリア)
金製の護符やさまざまな材質のビーズを組み合わせて作られた首飾
です。中央には幸福と繁栄を象徴するウジャト眼をあしらっています。
古代エジプトでは、黄金は豊富でした。一方、銀は希少でシリアなど
国外からもたらされ、トルコ石やマラカイト (孔雀石) は、シナイ半島
からもたらされました。当時の王国の繁栄ぶりがうかがわれます。

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第一章から第二章までが第一会場でした。(上左) 第二会場は向
かい側です。(上右) あの 「鳥獣戯画展」で待たされた場所です。
(笑) 第一・第二会場を挟んで二階ホールの土産物売り場。(下)

多くの王妃の中から「偉大なる王の妻」という特別な称号をもつ王妃
が誕生します。王妃は王位継承者である王子の母でもあり、公の場
や宗教儀式においては王の横に並びました。王の娘の中から、「偉
大なる王の妻」 の称号をもつ者も登場します。これは実際には近親
婚ではなく、儀礼的な関係に基づいたもので、王が家系内の異なる
世代の女性達と関係を結ぶことで、王の権威を保持し、永続性を願
うためだったと考えられています。

第3章  美しき王妃と女神
王妃の大切な役割の一つに、王を宗教的な側面から支えること。
王は現人神であり、それを補佐する王妃自身もまた女神にあや
かった冠などの装身具で美しく装いました。新王国時代以降に
なると、王妃そのものが女神としてみなされることもありました。
この章では、女神にも例えられた美しき王妃やその理想とされ
た女神の紹介などでした。

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「アメン神妻のスフィンクス」 (左)
第3中間期 ・ 第25王朝時代~末期王朝 ・ 第26王朝時代
タハルカ王治世~プサメティコス1世治世9年 (前690~前656年
頃) ベルリン ・ エジプト博物館蔵 (ドイ ツ)
シェプエンウペト2世のスフィンクスです。その姿はアメン神へ聖水
を捧げており、容器の蓋はアメン神の聖獣である牡羊の頭を象っ
ています。シェプエンウペト2世は第25王朝 ・ 初代ピイ王の娘で、
タハルカ王の時代から30年以上にわたって、アメン神妻を務めま
した。アメン神妻とは王族の女性が継承した神官の称号で、第20
王朝以降、神妻の権威と政治的影響力は増し、テーベにおける
最高実力者となったようです。

「神の楯とメナト形のおもり」 (右)
末期王朝時代 (前664~前332年頃) ガンダーコレクション
神の盾はイシス女神の頭部をあしらった幅の広い首飾り形の装飾具
です。神をのせる船の舳先と船尾を飾ったものですが、ときに護符と
して身につけられることもありました。その形が盾のようにみえること
から、ギリシア語のアイギスという名がつけられています。 右側は
おもりで、「神の楯」 を胸飾として首にかけた際につり合いをとる
「おもり」 の役割を果たしているようです。相当重いんでしょうね。

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「王妃イアフメス ・ ネフェルトイリのレリーフ」 (左)
新王国・第19王朝時代 (前1292~前1186年頃)  イギリス ・ 個人蔵
王妃イアフメス ・ ネフェルトイリは、新王国・第18王朝の創始者であ
るイアフメス王の妃で、2代目の王アメンヘテプ1世の母でもあります。
王妃イアフメス ・ ネフェルトイリとアメンヘテプ1世は、死後200年以上
経ったの第19王朝になって、王族墓を造営した職人たちが暮らした
ディール・アル=マディーナなどで神格化され、数多くの彫像やレリ
ーフが制作されたようです。

「ハトホル女神の柱頭」 (右)
第3中間期・第22王朝時代オソルコン1世~オソルコン2世治世
(前925~前837年頃) 大英博物館蔵 (イギリス)
第22王朝・オソルコン1世がナイル川デルタのブバスティスに建て、
オソルコン2世によって再利用されたバステト神殿の、ハトホル女神
を象った柱頭です。 バステト女神とは、この地方で崇拝されていた
ネコの女神で 「王の乳母」 という称号をもっています。本来この柱は、
バステト神殿の祝祭の間か入口の間にあったものと推定されます。
説明によると耳の形が牛になっているというので、よく見ると耳が
牛になっています。(笑)  何でだろう?

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作品保護のため、会場内の温度、湿度および照度を調整している
為、会場内は少し寒く感じられました。外は猛暑でしたので快適。

今回の 「クレオパトラとエジプトの王妃展」 ですが、これまで開催
された数あるエジプトの展示会の中でも珍しく、王妃を中心にした
展示会となっています。このため、展示の主体は、エジプトの王政
に関わった「王の母」、「王妃」、そして自ら女帝となった方々の展
示が中心です。男性の王が中心の社会から、「王の母」 が大きな
力を持つようになり、次第に 「偉大なる王の妻」 という称号を持つ
女性が現れるようになる等、時代と共に女性が社会の中で力を
持つようになってきたことが説明されています。この他にも、王を
とりまく女性の生活や装飾に関しても展示されており、当時の華
やかな生活をうかがい知ることが出来るようになっています。

第4章  権力をもった王妃たち
古代エジプトの王妃たちのなかには、政治や宗教へ対する強い
影響力をもつ者も現れ、なかでも新王国 ・ 第18王朝時代の王
妃たちの活躍はめざましいものがありました。そして権力をもっ
た王妃たちの歴史は、その最後を飾るクレオパトラ女王 (クレオ
パトラ7世) へと続いていくのです。

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「王妃の頭部」 (左)
新王国 ・ 第18王朝時代 アクエンアテン王治世 (前1351~
前1334年頃)   ベルリン ・ エジプト博物館蔵 (ドイツ)
この像には銘文がないものの、アクエンアテン王の改革を支えた妻、
王妃ネフェルトイティのものと考えられています。アメンヘテプ4世は、
アクエンアテンと名前を変え、メンフィスとテーベの中央に位置する
アマルナに都を遷し、太陽神アテンを唯一神とする 「アマルナ時代」
という独自の時代を築きました。しかし、この一神教は長続きはしな
くて、そののちツタンカーメンによって多神教に戻されました。 この
時代に、伝統的な表現とは異なる、ありのままの姿を表す写実的な
美術表現が誕生したようです。今までのエジプト芸術とは違って、
より人間らしい写実味があると思いませんか?

「王妃のマスク」 (右)
新王国 ・ 第18王朝時代 (前1550~前1292年頃)
マンチェスター博物館蔵 (イギリス)
ミイラの頭部を覆っていたマスクで、布と漆喰とを交互に重ねて固め、
それに彩色を施して作られたそうです。頭部などにリシ装飾がみられ
ることから王妃のマスクと推定されたようです。頭部の模様はハゲワ
シの胸の羽根を表現しており、黄金に塗られた顔と対照的に青色に
塗られています。古代エジプトの最盛期といわれる第18王朝の華や
かな王妃の姿を象徴するものなのだそうです。この頃の日本はという
と、まだ縄文時代後期。のんびりしていましたね・・・・・。

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「アメンヘテプ3世の王妃ティイのレリーフ」
新王国 ・ 第18王朝時代アメンヘテプ3世治世 (前1388~前1350年頃)
ブリュッセル王立美術歴史博物館蔵 (ベルギー)
王妃ティイは、アメンヘテプ3世の寵愛を受けた正妃で、エジプトの宗
教改革をおこなったアメンヘテプ4世のお母さん。この肖像は、かつて
エジプト南部のテーベ西岸、アル=コーカ地区にある王妃の家令を務
めたウセルハトの墓の前室奥壁に施されていたようです。額には上下
エジプト王冠を被った2匹のウラエウス (聖蛇) がついています。頭上
には日輪をもつコブラが取り巻いた台座に二枚羽根飾りをもつ王冠を
戴き、欠けた二枚羽根の部分は現在も墓の壁に残されているそうです。 

今から3350年前頃に活躍した彼女は、古代エジプトがもっとも栄え
ていた新王国時代の王、アメンヘテプ3世の王妃でした。王をよく支え、
息子アメンヘテプ4世を助け、その評判は他国にも知れ渡っていたと
いいます。「王妃のレリーフ」 の前では足を止め、隅から隅までじっくり
と観察してみた。王妃の肌のなめらかさ、美しさ、清らかさが見事に表
現され、「アメンヘテブ3世は何と幸せな男であったことか」 と遠い過去
に思いを馳せる瞬間でした。あの少年ツタンカーメン王のお婆ちゃん
として知られているんですよね。 若く美しい姿にホレますね。ホッ

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「ハトシェプスト女王」 (左)
新王国 ・ 第18王朝時代  ハトシェプスト女王治世 (前1473~
前1458年頃)  ブリュッセル王立美術歴史博物館蔵
ハトシェプスト女王の、葬祭殿の柱廊を飾っていた26体の巨大な
像の一つと言われているもの。今から3500年前ころに活躍した
ハトシェプストは、トトメス2世の王妃。王の死後は後を継いだトト
メス3世を助け、のちに女性でありながら王となりました。戦いを
好まず、各地と平和な交流をすすめ、交易をおこない国の繁栄
を築きました。安倍首相も見習って貰いたいですね。(笑)

「壺を捧げるハトシェプスト女王」 (右)
新王国 ・ 第18王朝時代  ハトシェプスト女王治世(前1473~
前1458年頃)   ベルリン・エジプト博物館蔵 (ドイツ)
ハトシェプスト女王は、王としてカトと呼ばれる頭巾を被り、付け髭
をした男装の姿で表現されています。ひざまずいて両手で儀礼用
のネメセト壺を捧げた姿勢をし、その前には永続や安定を意味す
るジェド柱が置かれています。王の力を維持するために行われた
セド祭 (王位更新祭) と関連するものと考えられています。

【メモ】  「ハトシェプスト女王葬祭殿」
トトメス2世の死後、ハトシェプストは子のトトメス3世のかわりにおよ
そ20年ほど女王として内政改革や対外交易を主導します。ジェセ
ルジェセルウにある 「ハトシェプスト女王葬祭殿」 は、巨大な権力
を象徴したと言われます。しかしハトシェプスト王妃の死後、単独
のファラオになったトトメス3世によってこの葬祭殿の彫刻や壁画
の多くがブチ壊されたそうです。母ちゃんに押さえつけられ相当
溜まっていたものがあったのでしょうか。身内の恨みは怖いです。
ハトシェプスト女王葬祭殿は、1997年にルクソール事件の現場
となり、多くの外国人が亡くなる事件が発生し、その中には日本
人新婚旅行者も含まれている痛ましい事件でした。。

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古代のエジプトは、中世よりも比較的女性の地位が高く、王の横
に並んだ彫刻があったり王として振舞った王妃がいました。 展示
物の指輪や腕輪などの装飾品をみて、素直な驚きがあります。
その細さです。興味のある人は実 際に確認してもらいたいと思い
ますが、指輪も小さく腕輪も細い。現代人では身につけられないく
らいです。 ということは、古代エジプト人 (とくに女性) はとても
小さく細い人たちだったと考えるしかありません。

第5章  最後の女王クレオパトラ
古代エジプト最後の王朝となったのが、プトレマイオス朝です。アレク
サンドロス大王の死後、各地に生まれたギリシア系王国の1つでした。
ローマの有力者カエサルを後ろ盾に、エジプトをまとめたのがクレオパ
トラ女王です。彼の死後、その部下のアントニウスと協力して国の存続
を図りますが、アクティウムの海戦でローマのオクタウィアヌスに敗れ、
彼女の死とともに古代エジプトの歴史は幕を下ろします。 この波乱に
満ちた彼女の生涯に、後の世の人々はさまざまな物語を見出していき
ます。最後の章では、エジプト最後の女王クレオパトラとともに、「絶世
の美女」 悲劇の女王」 として語りつがれたその姿を紹介しています。
最後の王朝プトレマイオス朝 (前304年~前30年) の女王 「クレオパ
トラ (クレオパトラ7世) 」 の登場です。

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「クレオパトラ 」 (左)
プトレマイオス朝時代 (前200~前30年頃)  
メトロポリタン美術館 (アメリカ)
手にコルヌ ・ コピア (豊穣の角) をもつ王妃の姿を表現した像で、
衣服などの様式から前2世紀あるいは前1世紀頃のものとされます。
腕にはクレオパトラと読めるカルトゥーシュ (王名を囲む楕円形の枠)
があるものの、文字の方向が本来と異なるため、製作当時のものでは
なく、近代に付け加えられたものといわれています。 しかし、最近の
研究ではヘアスタイルから、やはりクレオパトラと考えられるように
なりました。

「カエサル」  (右)
ローマ時代 (前27~前20年頃) ヴァチカン美術館蔵 ヴァチカン市国
ローマの英雄カエサル (前100~前44年) は、プトレマイオス朝最後
の支配者となったクレオパトラ女王と関係を結び、プトレマイオス15
世 (カエサリオン) をもうけ、その後ろ盾となって二人を支えました。
この彫像は 「キアラモンティのカエサル」 として知られ、ブルータスに
よって彼が暗殺された後に制作されたものです。強い眼差しは老練
な軍人で政治家でもあるカエサルの姿を表しているようです。

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「クレオパトラ」 
プトレマイオス朝時代 (前1世紀中頃) トリノ古代博物館蔵 (イタリア)
アレクサンドリアにあるクレオパトラ女王の暮らした王宮などは、後に
相次ぐ地震や海面上昇によって海の底に沈んでしまいました。その
ため彼女に関わる作品はそれほど多く残されていません。この彫像
の巻き髪の表現やその制作技術はプトレマイオス朝時代の特徴を
よく示すものと考えられています。パスカルが 「クレオパトラの鼻が
もう少し低かったら世界は変わっていただろう」 と述べたのは有名
ですが、展示されている数少ない像はどれも鼻が大きく欠けてしま
っています。この像を見る限り、もともとあまり鼻は高くなかったよう
に思います。整った顔立ちで、ちょい見に美男子のようにも見える。

カエサルにアントニウス、ローマの名だたる英雄と恋に落ち、最後は
アクティウムの海戦で敗れ、死を選ぶ悲劇の女王、絶世の美女と語
り継がれてきたその顔立ち・・・・・。目を見開いた表情は、美よりも
むしろ意志の強さや知性を感じさせますね。実際彼女はどのくらい
鼻が高かったのかな~とマジマジ観ちゃいました。 (笑)

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「クレオパトラの死」 
アッキーレ ・ グリセンティ筆 1878~1879年 
ブレシア市立美術館蔵 (イタリア)
17世紀、シェークスピアの戯曲 「アントニーとクレオパトラ」 は印象
的な場面をプルタルコスの英雄伝からとっています。グリセンティと
いう人の 「クレオパトラの死」 は19世紀の作品で、彼女の死の瞬
間を描いています。妄想的でなまめかしい感じがします。 虎の皮
を敷いた寝台の上で、左手を虚空に突き出し、右手にはヘビを握り
しめています。世話係の女性がその頭を支え、悲しみに耐えながら、
じっと顔を見つめています。寝台の向こう側では、もう一人の世話
係が頭をかかえて泣き崩れています。この絵の最も印象的だった
のが目でした。この絵ではクレオパトラの目は、黒目の部分が上に
片寄り、白目が大半を占めてやや不気味でした。それにしてもクレ
オパトラの見事に豊かな胸!そこにはまだ生命がみなぎっている
ように見えます。 美女は美女のまま永遠の姿で、と思ったのです
が、この絵の死は 「絶世の美女」 の印象をぶち壊してしまうかの
ようでした。

クレオパトラと確認できる当時の肖像は一握りしか残されていない。
ローマにとって彼女は敵対者で、プトレマイオス朝の王墓が一つも
残っていないようです。知的なリーダーから妖艶な美の女神へ。
クレオパトラのイメージには、歴史に翻弄された敗者の運命が見て
取れます。いつか王墓が発見されたなら、真実に近い女王の姿が
見えてくるに違いない。最後のコーナーでは、クレオパトラが死ん
だ紀元前30年8月12日の夜空も映像で映し出されていて、ピラ
ミッド越しに見る数千年前の星空はなかなか神秘的でした。

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1階のラウンジには「クレオパトラ」 と「壺を捧げるハトシェプスト女王」
の模型像が設置され写真コーナーが設けられていました。 (上)
広いラウンジがあるのに驚きました。(下左) ビデオコーナーでは、
アメンヘテプ3世・王妃ティイのレリーフの発掘の様子等放映。(下右)

「クレオパトラ」
クレオパトラと言えば 「絶世の美女」 の代名詞、また 「悲劇の女王」
といかにもドラマチックなネーミングの冠を授かるくらいなのでエピソ
ードが特別です。鳥のように美しい声を持ち、7 ケ国語を堪能に操り、
また高い教養で外国の人たちとも話すことができたそうですが、そん
なクレオパトラの最初の結婚相手は弟のプトレマイオス13世で、現代
的にはマジか !? と驚いてしまいます。その弟と共同統治を始めます
が、お姉ちゃんの方が実権を握ります。面白くない弟はお姉ちゃんを
国外に追放してしまいます。 そこへローマのカエサルがやってきて
クレオパトラと結託し彼女はエジプトの女王になります。クレオパトラ
と子どもまでつくったカエサルは暗殺されてしまいますが、クレオパト
ラは次にその部下のアントニウスと結託してエジプトの存続を図ります。
鳥のような声の不屈の女王恐るべしですね。

そんなクレオパトラにも破滅が訪れます。アントニウスはオクテウィア
ヌス (のちのローマ帝国初代皇帝アウグストゥス) とローマの実権を
めぐって争い、前31年アクティウムの海戦で負け、クレオパトラは
アントニウスを追って自害します。プトレマイオス朝エジプトは滅亡、
古代エジプトの歴史はローマ帝国の属州となってその幕を下ろす
ことになるのでした。

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会場には 「特設ミュージアムショップ」 もあり、オリジナルグッズが
数多く販売されていました。京菓子處 「鼓月」 の代表的銘菓 「千
寿せんべい」 に、クレオパトラ、ティイ等の可愛いイラストをプリント
し、シュガークリームをはさんだヴァッフェル生地の洋風せんべい。
(下左) 他にも海外から輸入した 「エジプトグッズ」等、マニア心
をくすぐりつつも可愛い商品がいっぱいありました。

「クレオパトラとエジプトの王妃展」
ややこしいエジプト史がとてもわかりやすく展示されていて、要所
要所に一覧が貼ってありましたが、世界四大文明の一つエジプト
文明は、キリストが誕生するより遥か3000年も前からの歴史と
いう時間とイメージが今イチ掴めない方がいたかも知れません。
よほど古代エジプトの歴史を知っている人か、予習をしていかな
いと、三千年の幅ですから、ピンとくる人は少ないかもしれません。
幸い私は古代の西洋史を学んだ友人の解説もあり、高校時代に
世界史をちゃんと勉強しておいて良かったなぁ、と思えるくらいに
当時覚えた王の名前やら単語が出てきて楽しめました。でも満足
度としては、「ツタンカーメン展」 や 「大英博物館展」 に比べると、
少々物足りない感じでした。

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紀元前に三千年間続いた古代エジプト王朝。そしてクレオパトラの
死亡によりローマの属州となってしまうエジプト。 日本の奈良時代
より数千年も前にこれだけの文明が広がっていたことにあらためて
驚きを覚えました。 何故、こんなにもエジプト文明に心ひかれて
しまうのでしょうか? 小さいころに読んだ、ツタンカーメンの黄金
のマスクとファラオの呪いのせいでしょうか。毎回、「古代エジプト
文明の壮大さを伝えるには展示品が小ぶりすぎる」 と文句を言い
ながらも、エジプト関連の展覧会には足を運んでしまう自分です。
“ 今年もエジプト展を観たなァ ” と充足した気持ちでした。






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