一ヶ月に2回満月を迎える月を「ブルームーン」という。 そのブルームーンを見ると願い事が叶う・・・・。






いつも訪問して頂きありがとうございます。


「二十四の瞳」

...2015/08/30 08:14...

突然涼しくなって、一気に夏から秋へ切り替わった
かのような気温が続いています。 明日で8月も終わり。
昼間はセミたちのラストスパートをかけた大合唱が響き
渡る一方、日が暮れるとどこからともなく秋の虫の音が
聞こえるようになってきました。
「暑い暑い」 とずっと目の敵にされていたような 「暑さ」 も
昨日のような涼しさを経験した後では、なんだか安心させ
てくれるもののようにも感じてしまいます。

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ちょっと遅めの夏休みをとり、
この夏は両親の誘いを受けて、一緒に奥の細道をたどって東北の
旅を楽しみました。朝夕が涼しく冷房の無い夏の夜を過ごすことが
出来るくらい快適でした。古びた温泉に宿を取り、すれ違う従業員
全ての方が通路の端を歩き、「ごゆっくりどうぞ」 の一言をかけて
くれた。さりげない振る舞いに、最近よく耳にする 「おもてなし」 を
感じました。郷土料理を舌つづみし、美味しさのあまり ご飯のお代
りを何度もしてしまい、娘から食べ過ぎと言われる始末。帰って来て、
体重計に乗った瞬間 「ウソでしょう」 と声を発する夏休みでした。 (笑)
暑かった夏も着実に秋へと移り変わっていることを感じます。

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高館の丘陵より望む (上) 高館の丘入口 (下左) 義経堂 (下右) 

源義経が平泉に自害し、奥州藤原氏が滅亡して500年目にあたる
元禄2年(1689)、松尾芭蕉は門人と2人、「奥の細道」 の旅に出ます。
江戸を発ってから44日後、細道のはて平泉を訪れた芭蕉は、まず義
経公の居館があったと伝えられる高館の丘陵にのぼります。丘の頂き
に忽然とあらわれるのは、束稲山のふもとに悠然と横たわる北上川と、
それに合する衣川。そこには往時の栄華はなく、旧跡は田野となって
ひろがっているばかりでした。  " 夏草や 兵どもが 夢の跡 "

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「芭蕉碑と松尾芭蕉像」

「夏草や 兵 (つはもの) どもが 夢のあと」
これは松尾芭蕉が奥の細道の旅の途中、平泉 (岩手県平泉町)
で詠んだ句です。平泉といえば義経が臣下と共に立てこもって討
伐軍と戦った地。 「兵どもが夢」 というのはそのことを指しています。
かつてつわものどもが功名の野望をいだいて奮戦し、儚く散って
いった居城も今は夏草が生い茂るばかりだ、というような情景を謳
っています。 例年生い茂っては枯れをくり返す夏草は、それ自体
が人の夢のはかなさを象徴しているとも言われます。

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中尊寺 ・ 金色堂 (世界遺産 ・ 平泉) (上) 
金色堂内 (堂内は撮影禁止なので絵葉書参照) (下)

「国破れて山河あり、城春にして草木深し」 という杜甫の句を思い
起こしながら芭蕉はしばらく高館に笠を下ろします。続いて中尊寺
を訪れた芭蕉は、かねてより伝え聞いていた金色堂に参詣します。
鎌倉北条氏によって建てられたといわれる 「覆堂」 の中で、薄明
の中に朽ち果てた金色堂はかろうじて光を投げかけます。
" 五月雨の 降残してや 光堂 "
金色堂を光堂と称したのも、仏と人との間に介在する光と、その
光の彼方にある盛衰の歴史に、芭蕉のまなざしが向けられてい
たからに相違ありません。

さて、
夏休みが終われば、少しはゆとりが出来るかなとの思惑が見事に
外れ、なかなかブログの方も更新できずでしたが、何とか再開でき
そうです。しかし、まだまだ忙しいのは変わらずで、不定期になる
かもしれませんが、ご了承下さい。休み明けでぼーっとしていた頭も、
この涼しさで目が覚めました。さ、シャキッとして頑張りましょう。


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「二十四の瞳」


「昭和3年4月4日」
という字幕が出て、瀬戸内海に浮かぶ小豆島の岬の村の
分教場に、新しい 「おなご先生」 が赴任して来るところから、
物語は始まる。

先日、友人を訪ねた時、本棚の中から一冊の単行本が
眼に入った。それは坪井栄の 「二十四の瞳」 だった。
坪井栄の同名小説を原作に何度も映画にもなった作品で、
年配の方なら多分知っていると思う。私も中学の頃、担任
の先生が授業中に映画を見せてくれた事を記憶している。
それ以後、幾度となくこの本を読んだことがある。懐かしさ
に早々借りて読もうとしたら、DVDもあるというので借りて
観ることにした。

女学校の師範科を出たばかりの大石久子先生は一年生の
担任になる。男の子5人、女の子7人、計12人の教え子たち
の輝く瞳が、題名になっている。大石先生が、自転車に乗っ
てさっそうと岬の村に登場するシーン。 男先生が、若くハイ
カラなおなご先生に困惑する描写。 最初の授業で出欠を
取る場面。生徒たちが、怪我で学校を休んでいる大石先生
の見舞いに行こうと、冒険を始めるところ。快調なテンポで、
観る人を引き込んでいく。何度も子供たちの歌声が響く。

五年生になると、子どもたちは本校に通うようになり、
先に転任していた大石先生と再会する。
後半、戦争に向かう時代の中で、教え子たちの運命は
暗転し、大石先生はやりきれない思いに沈む。
命を惜しむ言葉すら 「アカ (非国民)」 とののしられ、
「見ざる、言わざる、聞かざる」 を強いられる。

大石先生が小学校卒業間際に、将来の夢を聞く場面がある。
「下士官になる、月給もらえるもん」。口をそろえて軍人になり
たいと言う男の子たちに、大石先生は 「よく、考えなさいね」
と諭す。「先生、軍人好かんの?」 「ううん、好かんことないけど、
でも漁師や米屋の方が好き」 「先生、弱虫なんじゃ」
「そう、先生弱虫」。

その頃から、軍国主義が色濃くなり、日本中を覆う貧困と戦争の
波は、やがて否応なく子供たちの運命を大きく狂わせていく・・・・。
やがて、結婚した大石先生は軍国主義の影が教室を覆い始めて
いたことに嫌気がさして退職してしまう。戦争が始まり、男の子の
半数は戦死し、大石先生の夫も戦死してしまう。

早く志願して兵隊に成りたいという我子に
「命を大事にする、ただの人間に成ってもらいたいな」 と大石先生。
「そんなことをいうお母さんは他に誰もおらん」 「みんな言わないだけ
じゃ」 「学校の先生も言わん」 「だからお母さん先生を辞めたんじゃ」
「意気地なしや」 「意気地なしでもいい」 。戦争によってもたらされた
悲劇と貧困。 空腹のあまり柿の木に登って落下した末娘と大石先生
の母親は相次いで世を去る。

あの戦争の時代について、原作にこんな一行がある。
「いっさいの人間らしさを犠牲にして人々は生き、そして死んでいった」
威勢のいい言葉で若者を死地に送るのではなく、弱虫であることが
大切なときもある。この作品はそれを教えている。 戦後、再び教壇に
立った大石先生は、生徒の中にかつての教え子の子供もいた。
その名前を読み上げるだけで泣いてしまう先生を子ども達は
「泣きミソ先生」 と呼ぶ。

村岡花子随筆集 『昔の先生たち』 にも出てくる、NHK連続テレビ
小説 『花子とアン』 にも登場するブラックモア校長先生。当時の
女学生だった花子たちの学校の上空を、非常に性能の高いアメ
リカ製の飛行機が日本の空を訪れたときのことが綴られています。

そのとき、ブラックモア校長先生は、「花子よ、これからの飛行機
の進歩は世界を平和に導くか、戦争をもっとも悲惨にするか、
どちらかです。」 と語ります。 人に会いにいくための飛行機に
なるのか、人を殺しにいくための飛行機になるのか・・・・。
100年たっても色あせない文学作品をつくり出すのも人間で
あれば、何十万人の命を一瞬で奪う兵器を開発するのも人間。
昔の映画や本に向き合うと、何かを教えてくれる気がします。

やっぱり戦争はいけない。
久しぶりに見たこの映画の大石先生は、理想を体現した女性と
して、まぶしく輝いていた。 「お母さん戦争負けて泣かんの」
「お母さん泣いた。死んだ人が可愛そうで、ずーと泣いた」。
弱虫だって、意気地なしだって、泣きミソと言われながらも戦争を
憎んだ大石先生。 「戦争」 の二文字を捨て、「平和」 の二文字
を永遠に・・・。 そう願いたいものです。 「二十四の瞳」 を観て、
矢張り八月は、 「平和を考える」 月にしたい。


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   新宿・エイサー祭り 2015

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近所の写真愛好家の方の誘いを受けて、新宿で毎年行なわれる
「新宿エイサー祭り」 へ行ってきました。 猛暑の中、あまり気のり
しなかったのですが、何かと写真の撮り方を伝授して下さるセミ
プロの方なので、今回もご指導よろしくと出かけたのであります。
一向に上達しませんが、「新宿エイサー祭り」 の紹介です。

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「新宿アルタ前」
テレビ番組の 「笑っていいとも」 が終わって、素通りする人が多い
この場所、久々の賑わいです。着いた時にはすでに大勢の観客
が、アルタ前の一角を囲むように人が集まっていました。 (上)
アルタ前で行なわれたオープニング風景。(下)

スタジオ・アルタ前から新宿通り一体を通行止めして行なわれます。
沖縄県の副知事や新宿区長はじめ地元商店街の方など関係者が
出席してのオープニングでした。途中で何と新宿に ゴジラ が現れ
ました。詳しくは後ほど・・・・・・。新宿駅の1日平均の乗降客数は
約74万人です。新宿駅は世界一乗降客数が多い駅としてギネス
世界記録に認定されているそうですよ。 新宿駅東口近辺は有名
な歌舞伎町があり、終始賑わいの場所です。そこへ祭りの見学客
が押し寄せるのですから、大変な賑わいになります。
この日はうだるような暑さの新宿でした。

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そもそも 「エイサー」 とは、沖縄の盆踊りのことです。
一般的に旧暦の7月15日にあたる旧盆の先祖をお送りする日
(沖縄ではウークイという) の夜、青年男女が集落内を踊り巡り、
各家の無病息災、家内安全、繁盛を祈り、祖先の霊を供養する
行事をいいます。エイサーは15日の 「ウークイ (お送り)」 の夜
に踊ります。13日の 「ウンケー (お迎え)」 で、下界に降りてきた
先祖の霊が帰りたがらないので、太鼓を叩いて脅かし、再び
あの世へと送り出したのが、エイサーの成り立ちのようです。

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新宿が沖縄になる日。毎年恒例、梅雨明けの夏真っ只中、
「新宿エイサーまつり」 は今年で14 回目の開催となります。

「新宿エイサーまつり」 は、2001年新宿の祭礼時に、活気ある
踊りという事で沖縄のエイサーチームを招き、新宿の一部地域
でエイサーが披露されました。この様子を見た4商店街振興組
合が、このエイサーが新宿の街に最も相応しい踊りでないかと
いった意見が一致し、その翌年 (2002年) に、新宿東口全体
で 「第一回新宿エイサーまつり」 が実施されました。 その後、
現在に至るまで、毎年7月の最終土曜日に行なっています。

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演舞会場。「伊勢丹 ・ 丸井前」 (上)  「スタジオアルタ前」 (下左)
「 ビックロ (ユニクロ ・ ビックカメラ) 前」 (下右)

この 「新宿エイサーまつり」 の会場は、新宿通りを練り歩くのでは
なく、何箇所かに会場が分かれていて、そこで演舞をします。
演舞会場 (昼の部) は、新宿通り (アルタ前からマルイアネックス
前までの5 会場) にて12時より16時まで行なわれます。夜の部は
新宿駅東西6会場 (双葉通り、モア4番街、歌舞伎町セントラルロ
ード、新宿三井ビル、小田急電鉄本社前、小田急ハルク横) にて
17時より20時まで、沖縄の伝統舞踊 「エイサー踊り」 で新宿が
熱く盛り上がります。会場を分散するのは混雑を避けるためです。
何しろ日本一乗降客数が多い駅周辺ですから納得です。

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「エイサーまつり」 開始前にアルタの近くで、参加チームの記念
撮影が行なわれていました。皆さんチョッピリ緊張気味です。

エイサーを踊るのは、エイサー好きが集まって結成した 「エイサー
チーム」 です。本場 ・ 沖縄のエイサーチームだけでなく、東京都
内や近郊から参加するチームも多く、エイサー好きの多さに驚か
されます。5団体330名からはじまったイベントも、今年は26チー
ム、約1200名の演舞者、そして観客数は約120万人ともいわれ
るまでに拡大した、新宿の夏を彩る一大イベントです。新宿駅周
辺に点在する会場で繰り広げられる 「エイサー」 に、多くの人が
酔いしれます。 2015年も沖縄のリズムに心奪われる観客が
続出しそうですね!

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昔は、笠や手ぬぐいなどでほっかむりをしていた頭が、赤や紫の
サージを巻くようになったようです。衣装は、白ズボンに白いシャツ、
白黒の縦縞きゃはんに白布の靴、打掛を羽織って明るい色の帯を
締めて長サージを締めた現在のエイサーの服装へと変わっていき、
華美さを取り入れたのが多くなったようです。一口にエイサーと言っ
ても、地域によって踊りや衣装などは種々多様のようです。

「サージ」  (上左)
3m位の長い一本の布を頭に巻きます。結び目は片結びで、 頂点は
とさかのように尖らせます。巻き方が複雑ですので、 一人で巻くには
熟練が必要のようです。色は各団体によって 異なりますが、一般的
に紫や赤などがよく使用されます。 また、太鼓等のパートによっても
色が異なるそうです。
「モス布」  (上右)
うちかけが着崩れしないように腰元で固定するためのものです。 衣装
の雰囲気を決める重要なアクセントなので、うちかけの色 次第で帯の
色も異なるようです。
「打掛」  (下左)
エイサースタイルの定番で、以前は芭蕉布の地味な衣装でしたが、
近頃は柄地に衿が紅型柄の紫衿など、サージや帯と同系色で組み
合わせたりと、各団体の個性を出したデザインがあるようです。 (下右)

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「エイサームムヌチ (上着)」  (上)
人気の琉球国祭り太鼓風のスタイルですが、この衣装は以前から
ムムヌチと言われる衣装として存在していたようです。 これは、
中華風 (チャイナ風) の上着でしょうか。 とても似合いますね。 
「ズボン」  (下左)
打ち掛けとコーディネートして色が決まられるようで、一般的に 黒や
白が使用されます。 形は演舞に支障が無いように、ニッカ ポッカの
ようにワタリ幅が大きいものを使用するそうです。
「脚絆 (きゃはん) と地下足袋」 (下右)
脚絆は、白黒の縞模様で、膝下に装着します。これを付ける ことで、
足の動きを機敏に演出する効果があるんだとか。足袋は、ズボンや
衣装の色とコーディネートして白または 黒の地下足袋を履くようです。

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伝統的な音楽と迫力ある演舞で沖縄一色に包まれ迫力満点です。
派手な衣装や掛け声に大人も子供も一緒に盛り上がります。また、
近くの区立大久保公園では沖縄グルメフェスタが開催されている
ので沖縄の郷土料理を楽しむ事もできます。

伝統的なスタイルに比べてマスゲーム的な要素が強いため、人数
が多い方が見栄えがすることが多いようです。一つの集団が 数十
人から時には100人を超えることもあるとか。特に大太鼓や 締太鼓
とバーランクーは身体をひねる、しゃがむ、飛ぶ、回転と いった
アクションを見せたり、格好よくポーズを決めます。 

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当日は26チームが演舞を繰り広げ、迫力満点の太鼓のリズムと
フェーシ (掛け声) が新宿の街に響きます。

大小ある太鼓の音に合わせて、男女の手踊りや三線、地謡、
道化役など様々な役が大きな隊列を組んで踊り廻ります。この全
国的にも有名な沖縄の伝統行事が東京・新宿行われるようになっ
て、今や新宿の夏の風物詩となりました。大きく鳴り響く太鼓の音
と、エネルギッシュな踊りを見ているだけで、大きく心を揺さぶられ、
ワクワク熱くなります。 東京の中心で繰り広げられる熱い踊りが、
見る人に元気を届けてくれる、そんなエネルギッシュな祭りです。

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エイサーの隊形は、近年は縦列や横列など隊列に変化を持たせ
たりしているようで、地謡(三線弾き)や太鼓打を中心に、その周り
を周りながら踊る円形舞踊が基本のようです。 構成は、大太鼓、
締め太鼓、パーランクー、三線と歌い手の地揺、他は手踊りで、
女性は手踊りをするというものが一般的。京太郎 (チョンダラー)
と呼ばれる異装をし、おどけた役をする道化師もいるようです。

「旗頭 (はたがしら)」
団体名が書かれた大きな旗を持ち、エイサー団体の先頭に立って
舞い踊る役目をします。この旗ズシリと重いので、 持っているだけ
でも大変なのですが、旗頭は他の団体に負けじと高く振りかざし
て踊ります。 チームを代表する顔という感じでしょうかね。

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「大太鼓 (ウフデーク)」
エイサーを勇壮に魅せる大事な役割が太鼓打ちです。
ド~ンと力強い音が響き渡り迫力があります。太鼓の金具に布を
通して、それを肩に掛けて太鼓をかついで踊ります。一般的には、
大太鼓は締太鼓やパーランクと組み合わせて使われ、音がぴった
り重なることでエイサーの太鼓の一体感が生まれるようです。一団
の先頭をきって力強く太鼓を叩きます。低く重みのある音が、他の
太鼓や三線の音にメリハリをつけ、迫力ある姿に圧倒されます。

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「締太鼓 (シメデーク)」
締太鼓は、木の胴を太鼓の皮2枚で挟み、紐で締め合わせた
太鼓です。皮と皮とを締めた紐の部分をつかんで使用するほか、
木の取っ手を追加して使用します。エイサーのほとんどが締太鼓
を使用されたものが多く、一糸乱れぬ動きで締太鼓を打ち鳴らし
ながら、回転したり、飛んだり、通りを練り歩いたりする様子は迫
力があります。太鼓を使ったエイサー演舞の中では最も華やか
だといわれています。

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近年では太鼓を持つスタイルが多くなり、踊り自体を鑑賞するため
に各地域のエイサーを集めたイベント等も開催され、重要な観光
イベントとなっているようです。

エイサーの太鼓の音は耳に残るなんてものじゃありません。
ハッキリ言って胸に残ります!!沖縄の芸能のいいとこどりを見せ
てくれます。特に、大きな太鼓を打ち、回転しながらジャンプする
荒技は、もう鳥肌もののカッコよさ! 沖縄の楽器に触れる滅多
にないチャンスでした。凄かったですよ~。

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「パーランク 」
パーランクは、木の胴に皮を一面のみ張った片面ミニ太鼓。
片手で持ち、叩いたら手首を返し、音を反響させます。中国では
この名前はデンデン太鼓のことをさすという。太鼓が軽く動きや
すいことから、踊りの正確さが要求されます。また、バチさばき
だけでなく、足をあげる高さからつま先の向きまで全員が揃う
ことが必要なんだそうです。数も多く魅力満点でしたが、でも
足を上げたり、跳んだり跳ねたりして大変だね。

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「地方・地揺 (ジカタ・ジウデー)」  (上)
三線と唄の担当。地方が次々に曲を演唱し、太鼓打ちや踊り手は
それに合わせて踊る、エイサーにはかかせない存在のようです。
地域で唄のうまい人が担当するようで、私は無理だな~。(笑)
三線は沖縄県独特の楽器で、三味線の原型と言われています。
三味線には猫の皮を用いますが、三線は蛇の皮を使います。
「指笛 (イービ)」  (下左)
人さし指と親指で輪を作り内側に丸めた舌の上に乗せます。
下唇と指でできる三角の穴で音がなります。鳴らすのに結構、
難しいようです。指笛で盛り上げる事も大切なんだそうです。
お祝い事や盛り上がったときなど、これをやったら沖縄県民だ~
と、すぐにわかるようです。(笑)
「四つ竹 (よつだけ)」   (下左)
両手に2枚づつ、合計4枚の竹片を持つことから四つ竹といいます。
竹片を両手に二枚ずつ握り、てのひらを開閉して打ち鳴らします。
房がついていて、カスタネットのようにして音を出すます。 また、
それで拍子をとりながら手踊りもします。他に三枚の板を紐で括っ
た 三板という似た楽器もあるようです。

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「手踊り (ティーモーイ)」
一団の後に続く女性たちの踊りで、ダイナミックな男性の演舞とは
対照的に、琉球舞踊を基礎とした優美で、おだやかな動きが特徴
です。手首や指先がやわらかく、しなやかな舞う様子が美しい。
四ッ竹や手拭や扇を持って踊ります。衣装は、膝下ぐらいまでの
絣で、袖はタスキでまくっています。華やかにエイサーを演舞 し
てくれました。他の踊りと違って派手さがなく優美でした。

琉球舞踊 「花風」 などによく見られる装いの着物で、クンジーと
呼びますが、地は黒色になっています。 (下) 沖縄っぽくって
浴衣が膝下までというのも好きかな。(笑)

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「京太郎 (チョンダラー)」
面白いのがこのチョンダラー。棕櫚(しゅろ)で編んだカツラを被り、
顔を白く塗って奇抜な化粧をしています。その滑稽な容姿と滑稽な
踊りで楽しませてくれますが、踊り手を鼓舞し、隊列を整えるという、
大役を果たしているようです。道化役を演じていますが、チョンダラ
ー がきちんとしているエイサー隊は、理路整然としているという。
子どもがいると、その姿に観衆も大喜びしていました。(下左)

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各会場で、それぞれのチームの演舞が見られるのですが、場所
が 固定されているために、チームでも大太鼓の姿や締め太鼓の
方達 とか手踊りの方など構成が色々とあります。見学する前の
場所で しか演舞が限定されてしまい,全体の姿を見ることが出来
ないのが難点かなと思いました。場所や会場を移動したら人の
多さで、結局、後ろの方で演舞が見られません。(下) 暑いので
ジットしていられず、近くの伊勢丹やビックロ (ユニクロ ・ ビック
カメラ) などに駆け込んで、涼をとりながらの観賞でした。

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新宿駅東口周辺の商店街が、活気溢れる新宿の街にふさわしい
イベントにしようと新宿通りを中心に東口一帯で始まった。その踊
りは関東で行われる盆踊りとは装いが違いダイナミックで勇壮な
踊りです。エイサーは日本の中心ともいえる新宿の街に、あふれ
んばかりの沖縄の情熱とエネルギーを表現し、その模様はこれま
でテレビ・新聞等さまざまなマスコミに話題として採り上げられ、
今では 「新東京五大夏祭り」 として認知されるほど、東京の名物
行事になりました。

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「ミス沖縄」 (上左) 「ミス八重山と久米島観光レディ」 (上右)
「報道陣」 (下右)  「お笑いトリオ ・ ロバート」  (下右)

2015 ミス沖縄の方がオープニングに参列していました。 やはり
ミスと名の付く人は素敵ですね。久米島観光レディの方を見かけた
ので写真をお願いしたら、ミス八重山の方と 「くてみん (久米島)」
に 「ぱい~ぐる (石垣市公認)」 の ゆるキャラまで呼んで、ポーズ
をとって下さるサービスに感激。久米島観光レディーは宇地泊佐由
美さん。ミス八重山は大泊祥子さんでした。ありがとうございました。
この手の祭りは相変わらず報道の方がいっぱいです。ワイドショー
やニュースで報道するのでしょうね。オープニングには、お笑い
タレント 「ロバート」 や宮川たま子さんも登場していました。

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新宿の街に 「ゴジラ」 現る。 オープニング開催中に突然、ゴジラが
現れました。でもちっちゃい。(笑) この猛暑中に中に入っている
人は、誰しも大変だろうなぁ~と思ったでしょうね。とにかく暑かった。

実は、新宿コマ劇場跡に建設された映画館やホテルなどが入る新宿
東宝ビルがオープンされ、屋上にはほぼ実物大のゴジラ頭部オブジ
ェ 「ゴジラヘッド」 が設置されました。新宿区では、ゴジラを歌舞伎町
の新たなシンボルとして街の魅力を発信することで、さらなる賑わい
創出につながることを期待して、 新宿区からゴジラに 「特別住民票」
と 「観光特使任命書」 が交付されました。新宿のお祭りに住民、観光
大使として現れたというわけです。新宿は過去3度ゴジラの襲撃を受
けており、ゴジラに破壊されたビルや街はその後繁盛・繁栄するとの
ことなので期待したいですね。

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うだるような暑さの新宿駅東口のステージでは、沖縄出身の芸人
や歌手、タレント等が登場し、様々なイベントが行われていました。

「具志堅ファミリー」  (上 ・ 下左)
沖縄在住、両親と娘2人による家族音楽ファミリーユニット。
まずはデビュー曲 「アコウテ」 を披露後、「沖縄からやって来ました。
暑いですねぇ。沖縄よりも暑いくらい。東京で日焼けして帰るなんて、
ちょっとおかしいです」 とユーモアたっぷりに挨拶していました。
その後、「マジムンの唄」 や沖縄民謡の 「ヒヤミカチ節」 などを披露。
姉妹の豊かな歌唱力と沖縄らしい曲調に、多くの人が足を止めて聞
き入っていました。本物を間近で見て、聴いて家族でしか成せること
のできない極上のハーモニー、素晴らしい歌声に感動しました。

【メモ】    「アコウテ」
この歌で歌われている、大胡蝶で沖縄名 「アコウテ」 は、三段花、
梯梧とともに三大名花とされ、「県の花」 に指定されている沖縄で
はなじみのある花のようです。「自分らしく生きるのが一番」 という
アコウテの花言葉をモチーフにし、「ふるさとを旅立つ少女」 の思
いを歌っています。 家族や仲間との絆の大切さを、姉妹と母の
3人のハーモニー、そして父の三線が奏でます。

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会場中に鳴り響く太鼓の音と迫力あるバチさばきに感動しました。
島を想い、命を想い、愛する人を想う 「うむり (祈り)」、飛躍する心
で演舞することによて感動を与える 「ちむどん (感動)」、新しい自
分や仲間との出会いが生まれる 「しんかぬちゃー (交流・仲間)」
の三つが重なて、新宿の街はエイサーで一日が暮れました。
「イチャリバチョーデー」 出会えば皆兄弟という意味があるようです。
優しさ溢れる沖縄の温かい心に触れた感じがしました。



 


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Author:takasan
ようこそ!

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あたたかな気持ち 
風船に乗せてとばします
拾ってくれた人の心に
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