一ヶ月に2回満月を迎える月を「ブルームーン」という。 そのブルームーンを見ると願い事が叶う・・・・。






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「言葉」

...2015/07/26 07:07...

日差しが強くなって、夏の匂いがしてきました。
外に出ると、思わず日陰を探してしまいます。

昔は、季節の変わり目にさまざまな禁忌や風習がありました。
特に夏の土用は梅雨明けと重なるため、衣類や掛け軸などの
湿気をとる 「土用の虫干し」 をしたり、昔から一番暑くなる土用
の日には、精のつく物を食べると良いと言われていました。
丑の日に 「う」 の字がつく物を食べると夏負けしない、という
風習があったとされ、鰻以外には、梅干し・うどん・うりなど
「う」 のつくものを食べて夏バテ防止をしたようです。
うなぎもまさに 「う」 のつく食べ物です。
24日は 「土用の丑の日」 でしたね。

 「万葉集」 に大伴家持が痩せこけた
 知人の夏痩せ防止にうなぎを勧める
 歌があり、かなり古くからうなぎが滋
 養強壮に効く食べものとして注目さ
 れていたことがわかります。「石麻呂
 に 吾れもの申す 夏痩せに よしと
 いふものぞ  鰻とり食せ」  

江戸時代、もの知りで有名だった蘭学者の平賀源内が
繁盛しないうなぎ屋に頼まれ、「本日、土用の丑の日」
(うなぎ召しませという意味で) という看板を書き、店に
立てたら、博学の先生が丑の日にうなぎと書くのだから
と評判になり、その店が大変繁盛し、他の店がそれを
まねするようになり広がったという。土用の丑の日=
うなぎブームが広がったという説が有名ですが、
真偽の程は定かではありません。

丑の日に蒲焼を食べてきました。子どもの頃から親に
連れられて訪ねた老舗の店。自分が支払いする立場
になると、ビックるする値段でしたが美味しかったです。
蒲焼を食べたことだし、この夏も無事に過ごせそうです。
今日も猛暑日のようで、きっと暑い一日となることでしょ。
皆さん、熱中症にはくれぐれも注意して頑張ろう!!


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「言葉」


先日、テレビ番組で詩人の方が、生み出されてはすぐに
消えていく、実体、実感を伴わない言葉の氾濫を嘆いていた。

例えばツイッターとかフェースブックに書き込まれた言葉の
ように、一回読まれるだけで人の心にとどまらないような言葉
のことだという。その番組では、父親の死を受け入れられない
女性が、詩人が父を亡くした時に書いた詩の中に最も自分の
気持ちに近いものを見つけて励まされた、とも語っていた。

書くにしても話すにしても実体、実感を伴う言葉をよく考え
吟味して使いたい。それは何も詩や哲学的な言葉である
必要はない。実体、実感がきちんとあれば型通りの言葉も
生きてくる。型通りの言葉でなくては、むしろ騒々しく品格
に欠けることさえあるのではないか、とも話していた。

昨年の秋、高松宮家から千家家に嫁がれた典子さんが、
結婚を控え皇室を訪れた際に、天皇皇后両陛下に述べ
られた 「今日まで長い間、深くご慈愛をもってお導き
くださりましたことを謹んで御礼申し上げます」 という
お別れと感謝の言葉にそう感じた。

いろいろと心をかけていただいた幼い頃からの思い出を
「深いご慈愛をもってお導き」 という言葉一つに収斂させた
儀礼には、つくづく感じ入ってしまった。以前、私のブログを
読んで下さった方から 「同感なり!!」 との感想を述べた
コメントを頂いたことがある。その方は初めてのコメントで、
有名な女子アナウンサーの方だった。それはそれは
素晴らしく書き慣れた文書には、恐れ入るばかりだった。

私には何より大切な手紙がある。
後にも先のも、この一通しかない父からの手紙だ。
封筒に入った一枚の便箋に、たった3行だけ書かれている。
母と海外旅行するといって、浮き浮きしていた父に、
少しばかりのカンパを差し出した私への手紙。
3行目には 「御配慮ありがとう存じました。」 とある。
照れ屋だった父の、精いっぱいの礼状だった。

儀礼の言葉は単にパターンにのっとた言葉ではない。
型通りの言葉に心を託す時、言葉に乗せる心が
しっかりとあれば、言葉本来の意味そのものを生き
返らせることが出来るのだろう。

素心深考。
その文字が表わす通り、素直な心で、しっかり考える
という意味です。とにかく考える前に早く行動しろといった
ことが尊ばれる現代だからこそ、あえて時間をかけて思慮
することを大切にしたい。そのためには、心のありようが
素直なことが不可欠なのだろうと思います。
でも、言葉って難しいですね。



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「みたままつり」  靖国神社 2015

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仕事帰りに、職場の同僚たちと 「みたままつり」 に出かけました。
”光の祭典” と呼ぶのにふさわしい東京の夏の風物詩です。
例年30万人の人が訪れる 「みたままつり」 ですが、今年は
ちょっと、どころか大変身の 「みたままつり」 でした。

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東京・九段北の靖国神社では、終戦後の1947年から、 戦没者を
慰霊する夏祭りとして毎年7月13日~7月16日までのお盆の日に
「みたままつり」 が開催されます。境内の参道には、毎年、およそ
200店舗の露店が軒を連ね、提灯や雪洞の明かりが九段の夜空
を美しく彩る様子は、まさに圧巻の美しさがあります。

終戦70年を迎える今回は、鳥居の提灯やポスターには「本年は
露店が出ません」 「本年のみたままつりでは、露店の出店があり
ません」 (下) と、こんな知らせが書き込まれていました。
「祭り」 には露店が付き物なのに何があったのでしょう?

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昨年までの 「みたままつり」 の様子。(上) 「露店」 (下)
写真のように境内の参道には、毎年、およそ200店舗の露店が軒
を連ね、期間中は押すな、押すなと参拝者でにぎわっていました。
靖国神社の正面玄関にあたる大鳥居から拝殿までは約700mの
距離ですが、参道が人の熱気でムンムンです。 本殿に辿り着く前
から力尽きそうな感じで、満員電車の中を歩いてる気分。それほど
凄い人出で、熱気と人込みに酒よりも人に酔いそうな感じでした。

近年では祭りに予想を超える人が集まり、露店で狭くなった参道は
危険性が増していること。また、祭りに集まった若者が遅くまで酒を
飲んで騒いだり喧嘩をしたり、周辺にごみを散らかすなど、若い女
性からは 「しつこくナンパされる」 といった声もあったという。 近隣
の住民から苦情も寄せられ、神社側も近年、警備員を増やすなど
対策を講じたが 「状況が改善しなかった」 ために、やむなく露店
の出店見合わせを決めたという。 マナーって大事だなあ~。

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今年、嫌な予感を抱えつつ、大きな鳥居をくぐった先にある景色は
というと・・・・・見よ! この閑散とした風景を!! (上) ずらり並
んだ大提灯の下には露店はありません。(下) 本当に何もない!
あるのは設置されたゴミ箱だけでした。露店がなくなり、神社の入り
口まで隙間がないほどだった昨年までの人出とは様変わりです。
参拝客がまばらに行き交う参道の入り口付近には、宴会やドローン
の使用を禁止する掲示板が立てられていたのです。

「昨年の祭りで、男性が浴衣の女の子に声を掛けたり、酒を飲んだ
人が騒いだりしているのを見かけて不愉快だったので、大歓迎」 と
言う方もいれば、一方、近所に住む方は 「自分が幼い頃や、子供が
小さい時に祭りの楽しみの一つだった露店がなくなるのは寂しい」
と惜しむ人もいます。まあ、なんといっても戦没者を祀る場所なの
ですから、「お静かに・・・・」 と、慰霊の声が聞こえてきそうです。

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「みたままつり」 は、昭和22年 (1947) に戦没者の慰霊を目的に始
まり、今年で69回目。 東京のど真ん中で行われる夏祭りとして多く
の都民に親しまれており、多くのアイドルや若手芸能人が訪れること
でも知られています。 大小3万個を超える奉納提灯が彩られ、参道
には例年、飲食店のほか今では珍しいお化け屋敷、見世物小屋の
ほかに神輿振りや青森ねぶた奉納がなされ、約200を越える露店
も祭りには欠かせない風景でした。 若者を中心に約30万人が集う
東京の夏を代表する祭りの一つです。

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「お祭り好き」 の子供たちや若者にとって、屋台巡りは神社参拝の
大きな楽しみだ。参道は何軒もの屋台が建ち並ぶ。その規模の大
きさと昭和を感じさせる風情から名物だった。それが姿を消してし
まえば、祭りの魅力や参拝者の減少にもつながりかねない。問題
の未成年者が飲酒・喫煙やナンパする人が屯する場所が、この
駐車場のようでした。(下右)

最近10代のたまり場のようになっていて、強引なナンパや未成年
飲酒・喫煙など不良行為の舞台になっていた。お世辞にもマナー
がいいといえない彼らに対し、小競り合いが絶えなかったようだ。
屋台の出店中止は厳粛さを取り戻したい神社側のやむを得ない
措置なのでしょう。いきなり全廃しなくても対処法はありそうにも
思えるが、モラル低下が招いた代償は大きかった。

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明るい黄橙色の提灯がずらりと装飾されています。靖国神社の夜
を彩っていて、なんとも幻想的です。

日が落ちると、遺族らから献灯された提灯が 「英霊のためのみあ
かし」 として点灯され、青いサーチライトに照らされ境内は幻想的
な光に包まれます。提灯の数も半端じゃない。なにせ3万個です。
「昼みたいに明るい」 とまでは言えないが、オシャレなカフェバー
よりは明るい。(笑) 御霊よ安らかにの願いを込めた献灯の数々。 
この付近の提灯には、著名人の名前の入ったのも多くありました。
元首相小泉純一郎氏や千葉県知事等の大型献灯。 (下右)

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この先は、第二鳥居 (下左) から神門 (上)、さらに奥の拝殿は聖
域の場所です。 内苑は飲食持ち込み禁止なのです。雰囲気も変
わり厳かになります。 外苑の人混みと違って、英霊を参拝する方
達が一礼してから 厳かに進みます。祭りの雰囲気が一変する
場所でもあるのです。

静かなる 神のみそのの 朝ぼらけ
   世のありさまも かかれとぞ思ふ 

            昭和天皇御製 (昭和13年)

第二鳥居は、明治20年 (1887) に建てられた青銅製の鳥居 として
は日本一の大きさを誇ります。ご神門の奉納七夕飾りも立派なもの
です。七夕飾りも夜になると雰囲気が変わります。  七夕飾りは、
宮城県護国神社から奉納されたもののようです。見事です。

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「神門」は昭和9年 (1934) に建てられたもので、中央の二つの
扉には、直径1.5㍍の菊花の紋章が取り付けられています。 
高さ6メートルの檜作りの門です。

この国を守るために闘い命を落とした英霊は、10代20代の若者
が多いと聞く。そういう年齢なので、未婚のまま死んでしまった人
が多いのでしょう。 若い女性はぜひ靖国神社へ。手を合わせて
感謝するだけでもいいんですよ。きっと英霊は喜びます。 と、
戦争体験者の方が話されていたのが印象的でした。

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やっと拝殿前に辿りつき、丁寧に二礼二拍一礼し英霊にご挨拶。
英霊への感謝と平和な世の実現、二度と戦争の悲劇を起こして
はならないと誓います。拝殿の奥が本殿で、246万6千柱の神
霊が祀られております。本来の意味に立ち返って、心静かに手
を合わる人が多かったです。 合掌

靖国神社の起源は、明治2年(1869)に建てられた東京招魂社に
遡ります。当時の日本は、歴史的大変革 (明治維新) の過程にあ
り、不幸な戦い (戊辰戦争) を生み、近代国家建設のために尽力
した多くの同志の尊い命が失われました。そこで明治天皇は、世の
平安を願い国家のために一命を捧げた人々の霊を慰め、その実績
を後世に伝えようと、東京九段のこの地に 「招魂社」 を創建された
という。明治12年に「靖国神社」と改称されて、現在に至っています。

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御神門をくぐれば、境内はおごそかな雰囲気と静けさが漂います。
拝殿付近に来ると、違った種類の提灯がたくさん並んでいます。

靖国神社には幕末以降、明治維新から大東亜戦争 (第二次世界
大戦) などの対外事変や戦争に際して、ひたすら 「国安かれ」 の
一念のもと、國を守るために尊い生命を捧げた方々の神霊が、
身分や勲功、男女の別なく、すべて祖国に殉じられた尊い神霊
として斉しくお祀りされています。

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「みたままつり」 の献灯は、英霊への感謝と平和な世の実現を願
って掲げられるもので、どなたでも申し込むことができます。 一般
の方も献灯すれば、名が記載されます。 ちなみに小型献灯 (1灯)
3千円からのようです。

本殿では毎夜、英霊を慰める祭儀が執り行われます。
この靖國神社には、明治維新のさきがけとなって斃れた坂本竜馬、
吉田松陰、高杉晋作といった歴史的に著名な幕末の志士達をはじ
め、沖縄戦に動員された 「鉄血勤皇隊」 の男子学生や 「ひめゆり
部隊」 の女子学生、従軍看護婦なども含まれ、学童疎開船 「対馬
丸」 の死没者も合祀されているようです。さらには当時は日本国民
だった約5万人の台湾・朝鮮出身の軍人・軍属など、その他、境内
には戦争で使った軍馬や軍犬、軍鳩の慰霊塔もあります。

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数え切れないほどの提灯の明かりが幻想的で人々は興奮気味。
境内中が光の波また波~、暖かな灯火に目を奪われます。

ここは独特の雰囲気に包まれています。 掃き清められた境内は、
張り詰めたような雰囲気が漂っていました。 明らかに威圧感にも
似た 「とても強力な何かが存在する気配」 を感じるのです。滅多
に霊的な存在を感じることも無かった自分としては、何とも落ち
着かない、不思議な場所でもあるのです。

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「懸ぼんぼり」 ・ 「献句ぼんぼり」
「みたままつり」 と言えば、各界の著名人などが書や絵を寄せる
「懸ぼんぼり」 と有名俳人の献句 ・ 全国からの献句2000句の
中から選ばれた預選句150句の献句ぼんぼりが掲げられます。
四角い紙製の行燈の外側に墨や絵の具で書かれたものを内側
から照らしだします。450点ほどが本殿敷地内に掲げられて、
今年も見ごたえたっぷりでした。夜、暗くなってからの方が風情
があり、楽しみのひとつです。 

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「知恩 ・ 感恩 ・ 報恩」  千代田区長 石川雅己氏  (上左) 
「恩に着せる」 「恩に着る」 「恩を仇で返す」 「恩を売る」 など、世の
中には 「恩」 を使う言葉がたくさんありますが、使われ方によって、
いい意味だったり悪い意味だったりします。 仏教では恩を非常に
大切にしており、古来より、人は恩を知り (知恩)、心より感じ (感恩)、
それに報いなければいけない (報恩) と説かれています。恩という
字 は 「因」 に 「心」 と書きます。 恩を知ることや、恩を感じることは、
私たちの 「心に因る」 のです。ですから、もし私たちが誰かに親切
にされた時、素直な心を持っていれば、その恩に感謝して自然と
それに伴った行動がわき起こってくるものなのです。

「小泉純一郎 元内閣総理大臣」 (上右)
「それぞれの祈りがこもる参拝に さまざまな声 人もいろいろ」
お参りの人にもいろいろな方がいます。家族を亡くした悲しみ、国の
為に散った人への思い。それぞれの地で、 それぞれの課題と向き
合い 傷ついた心に耳を傾けながら、歴史認識はじめ、さまざまな
面で発言力を増してきた昨今です。それぞれの人の記憶は違うと
思いますが、提灯には一人ひとりの思いや願いがこもっています。
ひとつ、ひとつの雪洞を見て、祈りにも心が自然とこもりました。

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昔、初めて ”みたままつり” を見に行った時、敬虔な気持ちでお参
りしに行ったのに、なんと境内は露店やお化け屋敷とかがあって、
すごく楽しい場所だったのが逆に新鮮で驚いた。「これが靖国神
社のフトコロの深さなのかなぁ」 と、逆に感動したものです。ジャー
ナリストの池上彰さんがテレビで 「靖国は昔はテーマパークみた
いだった」 と解説していたのを聞いて、なるほどそうなのかと感じ、
さらに靖国に親近感を感じたものです。でも・・・祖先を敬虔に敬う
気持ちと、楽しく遊ぶ気持ちは、こちら側のマナーと節度でバラン
スを保たないといけないものです。そこらへんのところが、これま
ではうまくバランスが保ててたけど、最近の不謹慎ぶりは目に余
るのでしょう。靖国神社も、苦渋の思いで決断されたのだと思い
ますよ。それはそれでいいじゃないですか! 
あらためて、しめやかにお参りすることにしましょう!

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「盆踊り」
夏を先取りして、千代田区民踊連盟主催の盆踊り大会が、参道の
中ほど大村益次郎像周辺で、夕方から開催されています。東京音
頭など、浴衣姿の客や外国の方が見よう見まねで、ぎこちなく踊っ
てました。 都内で一番早い盆踊りで、例年、賑やかですが、今年
は客も少なく、いまいち盛り上がりにかけていました。私たちも2曲
ほど踊りの輪に入り楽しみました 。エッ! わたすぃ σ(・д・*)  
江戸っ子ですから東京音頭は子どもの頃から踊ってます。 (笑)

 ハァ 踊り踊るなら チョイト
   東京音頭 ヨイヨイ
    花の都の 花の都の真中で サテ
       ヤットナ ソレ ヨイヨイヨイ
         ヤットナ ソレ ヨイヨイヨイ―

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「ねぶた」 の山車 (青森県)
各種芸能などの奉納行事として、「青森ねぶた」 山車や阿波踊り、
他に奉納和太鼓、江戸芸かっぽれなども奉納されて、みたままつ
りの一役を担っていました。 人混みの中を練り歩く姿は、まさしく
お祭りです。各地の郷土文化や芸能が集まり、戦地で苦しみなが
ら亡くなった戦死者を全国の人々が心を合わせて慰めるのです。
この日は、らっせーら! 大迫力の 「ねぶた」 が披露されました。

「青森ねぶた祭り」
毎年300万人が観覧に訪れる、日本を代表する夏祭りです。
豪華で勇壮な 「ねぶた」 を豪快に曳きまわす姿と、ラッセラー
の掛け声とともに乱舞する 「跳人 (はねと)」 の演舞は圧巻です。
掛け声のラッセラーの意味は 「酒やロウソクを、いっぱい出せ」
がなまって 「イッペーラセ」 となり 「イッペーラッセ」 の 「ラッセ」
だけが残ったものだといわれていますが、青森ねぶた祭りの
ときのラッセラーはなんとなく酒をもっとだせ (お祭りとお酒は
つきものですから) といっているように聞こえますね。(笑)
ぜひ本場で 「ねぶた祭り」 を見たいものです。

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靖国偕行文庫の入口にも各地のお盆行事の様子を展示して、それ
ぞれお国自慢の祭りで英霊を慰めるのでしょう。初めて見る行事も
ありました。いろんな祭りがあるんですね。(下)

「宮島管絃祭 ・ 厳島神社 (広島)」  (上左)
平安時代の宮島は、島全体が神様とあがめられ、島内に人が住む
ことができなかった為、清盛公は嚴島神社の姫神様がお乗りになる
御座船を造り、平安京で池や河川に船を浮かべて行なっていた管
絃の遊びを、厳島神社を奉る意味で京風にならって始められた。
御座船は、現在は和船を三艘並べて一艘に船組をしますが、昔は
一艘の大きな船を使用し自力で航行していたようです。海上にゆら
ゆらと映るかがり火、薪の良い匂い、櫂がきしみ水をかく音、とても
幻想的のようです。 大阪天満の天神祭、松江のホーランエンヤと
共に日本三大船神事のひとつ。

「石崎奉燈祭 (石川県)」  (上右)
石川県七尾市石崎町で毎年8月に開催される、青柏祭、七尾港まつり
とともに七尾市の三大祭のひとつで、能登地方に数多く点在する奉燈
(キリコ) 祭の中で最も勇壮華麗と言われるお祭りで、もともとは京都の
祇園祭の流れを汲み、古くは祇園系の山車を出していたようです。
大奉燈を担ぎ上げ、賑やかな笛や太鼓、鉦の音に合せ、男達が 「サッ
カサイ、サカサッサイ、イヤサカサー」 の威勢の良い掛け声をあげなが
ら、漁師町の狭い路地を家の軒をかすめるように担ぎ回し乱舞する。
夜には奉燈に灯火が献じられ、浮かび上がった武者絵や大書の墨字
が幻想的な空間を醸し出すようです。

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「秋田湯沢絵灯篭 (秋田県)」 (上)
秋田藩佐竹南家に京都からおこし入れされた姫君が京への郷愁を
五色の短冊に託し青竹に飾りつけたのが始まりとされ、約300年の
歴史あるお祭り。浮世絵や美人画が描かれた大小数百の絵どうろ
うが、夕やみの夜空を艶やかに彩ります。七夕にちなんで秋田県
湯沢市で毎年行われている祭のようです。

「福岡八女提灯(福岡県)」 (下左)
八女提灯は、福岡県八女郡に在る福島町で生まれた為、昔は福島
提灯と呼ばれていた。典具帖紙に類似した薄紙を用いて仄か (ほの
か)に内部が透けるようにし、これに山水・草木・花鳥等の幽邃 (ゆう
すい) なる色彩文画を描画した素朴なものです。 提灯は墓地等に
吊り下げて使用するほか、涼み提灯として盛夏の折節に軒下や
楼上等にかけて納涼用として利用されるようです。

「三河一色大提灯まつり(愛知県)」 (下右)
今から450年ほど前、海魔が田畑を荒らし人々が困っており、大篝
火を焚いて海魔退散を祈ったところ、海魔が来ることは無くなった
と言います。その大篝火が提灯を献燈する祭りとなりました。次第
に華美になり、提灯も大きくなり、その上部には屋根形がつけら、
彫刻や金色、朱色の塗りが施されろようになったようです。最大
10メートルの長さを誇り、使用するろうそくも最大で長さ約1m、
重さは約93kgにもなります。通称 「一色のばか提灯」 といわれる。

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 「特攻勇士の像」  (下)
戦局がいよいよ悪化した大東亜戦争の末期、特攻隊員として敵艦
船などに突入散華され、今日の平和と繁栄の我が国の礎となられ
た方を敬仰追悼し、語り継ぐべく設立されたようです。靖国神社で
は、祖国のために一命を捧げられた英霊のみこころに触れて頂き
たく、英霊の遺書や書簡を毎月、中門鳥居脇の 「社頭」 (上左)
に展示されています。 「遊就館内の零式戦闘機」 (上右) 

 弟へ
拝啓 晩秋の候、貴殿益々意気軒昂にして生徒生活に全力邁進
の事と御察申し候。小生、愈(いよいよ)出陣の時機到来にて全力
必死。唯、皇国の御為、死力を尽くす覚悟に候へば、御安心下さ
れ度程。 ・・・・・・ 何事も気力、努力、誠心。 ・・・・・。

  海軍大尉 ・ 神風特攻隊 (フィリピンルソン島にて戦死21歳)

若き特攻隊員が出撃前に弟に宛てた手紙が表示されていました。
特攻隊の遺書を読むと本当に泣けてくるし、やっぱり戦争はいけない
んだなと実感させられます。死ぬほど苦しんだであろう葛藤も垣間見
えます。読んで落涙。自分がこの人の立場だったら?という気持ちが
溢れると同時に涙が止まらなくなりました。当時の人にとって靖国神社
とは自分の死後、残した家族との、そして後の世の日本との繋がりを
持たせてくれる心の拠り所だったのかも知れません。

    戦いの 世を歩みて 思ひ出づ
          かの難き 日を生きし人々

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期間中には、神輿振りやコンサート、能楽堂では日本舞踊、民謡、
バレエ、浪曲、古武道、詩吟など各種だし ものなどが 「 みたまま
つり」 に華を添え披露されます。 文化的なものに触れることので
きる機会でもあります。 この夜は、ジャズのプロドラマーで、歌手
としても有名な 「 つのだ☆ひろ氏」 が、素晴らしいドラムの演奏
と歌を披露していました。(上)

「あるじゃん!お店!」
参道には定店があり、靖国偕行文庫前にも唯一の飲食店があって、
行列が出来ていました。 熱々の焼きそばとお好み焼きをゲット!
今年は軒を連ねた夜店の光景が見られず残念ですが、来年の
復活を願いましょう。 (下)

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今年は諸事情で露店の出店が無くなった事もあって、参拝者が少な
かったと思ったら、それなり時間帯によって参拝者も多かったです。
純真にお参りしようという方たちがお訪れたのだと思います。寧ろ参
道がスッキリとしていて清々しい感じでした。 今年は屋台がなくなる
ことで、例年は目に入らなかった魅力が見えたかもしれません。
注意すべきは、屋台が全て中止にまで追い込まれたほどの迷惑行
為が、とかく政争の舞台となる靖国神社で起こっていることです。
若者の 「モラルの低下」 は大人の責任でもあるわけです。 いつか
屋台中止を解除し、露店を復活できる日が来ることを望みたい。

ちなみに、みたままつりの 「みたま」 は漢字にすると 「御霊」 と書き
ます。国のために殉された魂を弔うお祭りでもあるということが提灯
からもわかりますが、お祭りの名前自体にもその思いが込められて
いるのです。

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屋台はお祭りの大きな楽しみのひとつだが、そもそも 「みたま (御霊)
まつり」 は英霊 (祀られた戦死者) を慰める行事。本来の目的を忘れ
ないよう襟を正そうというわけですから、今回は参拝者は半減。多くの
若者が自覚しての不参加なら、ある程度、それを食い止めることが出
来たかもしれません。

「みたま祭り」。華やかさと静寂。賑わいと厳粛さのコントラスト。
おごそかな雰囲気もあり、静けさが漂います。提灯の明かりが幻想的
で、九段の夜空を美しく彩り、静かに暮れゆきます。 この国を守るため
に、尊い命を落とした人がいるからこそ今の平和な日本があるのだと
思います。お国のために命を捨てる時代が二度と来ないように・・・・。
今年で70年目の終戦記念日です。

忘れたい 忘れたくない 終戦日





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