一ヶ月に2回満月を迎える月を「ブルームーン」という。 そのブルームーンを見ると願い事が叶う・・・・。







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「護美箱」

...2015/05/24 08:30...

新緑がまぶしいこの季節。
沖縄地方が梅雨入りしました。平年より11日遅い梅雨入り
だそうです。一方、東京は、薫風爽やかな季節を迎え、
みずみずしさであふれています。日差したっぷりながらも
爽やかな風が吹き、絶好の散策日和となっています。
 
五月も半ばを過ぎる頃になると、その日射しに汗ばむ日
があります。汗ばむといっても、うっすらとにじんだ汗が
かえって風のありかを知らせてくれるといった程の心地
よい暑さのことです。それが薄暑です。

この頃、木々のみどりは新緑から万緑という表現が似合う
ようになります。本格的な夏が近づいていることを感じます。
「薄暑の候」 と手紙を書き始める方も多いことでしょう。

今では、この季節によく似合った言葉として定着した
この言葉ですが、一般的に使われるようになったのは
大正時代だとか。意外に新しい言葉のようです。

さて、「薄暑」 という言葉を採り上げるには好適な時期
のはずと思って記事を書き始めたのですが、書きながら
天気予報を見ていたら、来週から最高気温は25℃を
超えて夏日となるとのこと。薄暑が酷暑に取ってかわら
れないとよいのですが ・・・・・。 

廓然無聖とは、この五月の晴れた空のように心がカラリ
と晴れて何のわだかまりもない様子を表した言葉です。
心の中のこだわりを全て投げ捨てて、五月の空のように
す― っと身も心を軽くしたいものです。



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「護美箱」


先日、仕事で国会議事堂付近に行った時の出来事です。
修学旅行らしきバスが、駐車場に移動して、トイレタイム
だったのでしょう。何人かの人が降りてきまいた。

私もトイレに行ったら、中学生らしき男子の何人かが用を足し
にきました。男子トイレの便器の上には、トイレットペーパー
で鼻をかんだ 「ザンガイ」 がありました。ティッシュペーパー
がわりに使ったのだと思います。「わあ、誰かが鼻をかんで
おいていったやつがいる」。そんなことを言いながら、どうする
のかと見ていたら、その中の一人が 「おれ、ゴミ箱に捨てて
いくから」 と手につかみ、ごみ箱に捨てて、手を洗い、涼風
のように去って行きました。

彼が捨てなかったら、自分が捨てようと思って遠目に眺めて
いたのですが、心から 「ありがとう」 を彼に言いたくなりました。
その行動に感銘を受けした。なかなかまねの出来ないことです。
普通のように振る舞うその姿は、きっと学校できちんと指導され
ているのだろうと思いました。

もともと 「ごみ」 が 「ご」 という 「葉っぱ、枯れ葉」 を意味する
ことばに 「み」 がついて、「無用のもの、役に立たないもの」 と
いう意味になったと聞きました。学校では 「護美箱」 などと当て
字で書いているところもあるようです。「美しさを護る箱」、心の
「護美箱」 をもっている生徒たちを育成していこうという
教育方針なんだなと思います。

近年、東京の至る所で外国人旅行者と出会い、その多さに
驚きます。外国人が日本の印象として、異音同音に言うのは
「道路や街がきれい」 「ごみがない」 「トイレがきれい」 「安全」
などです。日本人としては当たり前な感じなのですが、彼らに
とっては日本らしさの一つなのでしょう。

大都市、東京は来るべき 「東京オリンピック」 の準備で、
道路工事や建物の準備で活気づいています。真新しい
近代的な建物をつくり、おもてなしをするのもいいですが、
こういった、ごみのない、きれいな街つくりで 「おもてなし」
をするのも大切なことかと中学生から学んだ一コマでした。

有明の埋め立ての道路脇にはビニール袋に入ったゴミが
石垣のようにありました。ごみのないディズニーランドとは
対照的な場面でした。道路などにごみを捨てる人は人間
として大切な何かをごみと一緒に捨てている気がします。
反対にごみを拾う人は人間として何か大切なものをごみと
一緒に拾っていると思います。

「美しさを護る箱」
生徒さんは、その心をiいつまでも忘れないでほしいと思います。
私たちも見習って、来る 「東京オリンピック」 でも 「心の護美箱」
で、おもてなしをしたいと思います。


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  ベスト・オブ・ザ・ベスト展
       ―石橋財団・ブリヂストン美術館―

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開館から63年の時を経て、今回の美術展を最後に新築工事に
入り、数年に渡り休館するブリヂストン美術館。休館前の最後の
展示会ということで 「ベスト・オブ・ザ・ベスト」展 に行ってきました。
ブリヂストン美術館と言えば、ルノワールの 「すわるジョルジェッ
ト・シャルパンティエ嬢」。 ピカソの 「腕を組んですわるサルタン
バンク」 など名画が沢山。そういえば天皇両陛下も鑑賞されたと
テレビで放送されていました。鑑賞してきましたので紹介します。

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ブリヂストン美術館は、ブリジストンの東京本社に併設されている
ので、あまり美術館ぽい外観ではないですが、中の収蔵品は素晴
らしい作品ばかりです。

東京駅から近い 「ブリヂストン美術館」 は、ブリヂストンの創業者で
ある石橋正二郎氏の収集した美術品を展示するため、1952年に
東京・京橋に新築されたブリヂストンビル内に開館したのが始まり
です。石橋二郎氏は昭和のはじめ頃から日本の近代絵画の収集
を始め、西洋美術の収集に本格的に乗り出したのは第二次大戦
後でした。戦前にすでに日本にもたらされていた西洋美術のコレ
クションを、戦後まとまった形で入手し、美術館開館までのわずか
数年間に日本有数の西洋美術コレクションを形成したという。

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日本が敗戦からようやく立ち直りはじめた年、人々が芸術に親しむ
ことの大切さにいち早く気付き設立されたブリヂストン美術館。モネ、
ルノワール、ゴーガンにセザンヌ、ピカソと教科書で一度は目にした
ことのある西洋近代美術の錚々(そうそう)たるコレクション。西洋の
芸術に触れる機会が極めて限られていた当時、画家を志す学生や
美術の研究者、そして美しいものに触れたいと願う一般市民にとっ
てどれほど貴重な存在であったことでしょうか。

美術品収集に端を発する石橋財団コレクションは、現在、日本古美
術から西洋美術、現代美術まで、2585点を数え、そのうち1,625点
が東京のブリヂストン美術館で管理されています。私立美術館で公
益財団法人石橋財団が運営しています。

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ブリジストンの東京本社のビル建て替えに伴う新築工事で、数年間
の長期休館に入るため、休館前の最後の展示として、ブリヂストン
美術館の収蔵品の中から選りすぐりの約160点が展示される集大
成ともいうべき美術展です。美術館の名品揃いで、エース級ばかり。
すべての絵に解説パネルをつける気合の入れようでした。

「ベスト・オブ・ザ・ベスト」 展
2015年1月31日(土)~5月17日(日) まで開催。
入館料は一般当日 800円、シニア(65歳以上) 600円、
大学・高校生500円、中学生以下は無料。

入館料は一般で 800 円、正直、この料金でいいの? 
と言うくらい惜しみなく作品が展示されています。ピカソ、ルノワール、
セザンヌ、マネ、ルソー、青木繁、藤島武二とか日本人作品も含めて
目玉になるような名画が沢山展示され、かなり見応えがあると思う。

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東京駅からは八重洲地下街を端まで歩き、ブリヂストン美術館前
の地上出口へとアクセスすれば、雨の日でもほぼ雨に濡れずに
辿り着くことができます。東京駅(八重洲中央口)より徒歩5分です。

八重洲地下街を心弾ませながら歩き、トントントンと地上出口を出て
長蛇の列にビックリ。ブリジストンビルを囲んで一周するほどの行列
でした。聞けば、待ち時間50分という。フェルメールの「真珠の耳飾
りの少女」 以来の懐かしい行列です。 (笑)   _| ̄|○ ガクッシ
建替休館を控えて会期末が迫るなかチケットを求める長い列ができ
ているわけです。東京駅周辺美術館共通券や招待券等を持ってい
れば入口で受け付け、並ばなくてもよかったようです。

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これまでに何度も足を運んだ美術館だけに、殆どの展示は既に鑑
賞したことがある作品ばかり。とは言え、印象派以降の西洋近代美
術の充実では国内屈指の美術館だけに全く飽きさせませんでした。
一部の展示は会期中に入れ替えられるようですが、鑑賞したい作
品は概ね堪能出来たのは僥倖というべきでしょうか。1階にはカフ
ェ、Tearoom Georgette ( ティールーム・ジョルジェット ) も入って
いて絵画を観た後の休憩に立ち寄る楽しさもあります。 いつ も
「サンドイッチは数量限定です」 とあるのが気になっています。

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アルフレッド・シスレー 「サン=マメス六月の朝」 1884年 (左)
左に流れているのがセーヌ河なそうで、川べりのポプラ並木が遠く
まで描かれ、ポプラの葉が一枚ずつ描かれている感じです。土手
の道には、建物の青い影が大胆に落ちかかっています。 左側の
ポプラ並木と右側の建物が画面の右奥に収斂していく構図は、
シスレー好みという。落ち着いた感じの並木道です。気持ちの
いい朝のさわやかさが伝わってきますね。

クロード・モネ 「黄昏、ヴェネツィア」 1908年頃 (右)
夕日に染まる海に浮かんでいるのは、サン・ジョルジョ・マッジョーレ
島の教会のようです。青・緑色からオレンジ色まで、空と海はまさに
色彩の交響曲のようです。 健康状態と視力の減退に悩まされてい
た当時のモネにとって、気分転換に知人の誘いでヴェネツィアを訪
れました。 多くの画家たちを魅了してきたヴェネツィアは、モネをも
虜にし30点あまりの作品を制作したようです。モネのこの色合い
が生む情感がやはりたまりません。引き込まれますよね。

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エドゥアール・マネ 「自画像」  1878-79年 (左)
マネは生涯2点の自画像しか描きませんでした。そのうちの1点です。
両手をポケットに入れ、片足を前にして堂々と立つ全身像です。上着
やズボンの筆跡は粗く、明らかに塗り残しが見られます。当時の絵画
では筆跡を残さずに仕上げるのが重要でした。でもマネは仕上げに
はこだわらなかったようです。筆跡をあえて残すという描き方は、印象
派やゴッホに影響を与えたといいます。荒々しい筆さばきは、アニメー
ションのように今にも動き出しそうですね。

エドガー・ドガ 「レオポール・ルヴェールの肖像」 1874年頃 (右)
シルクハットと黒い服に身を包んだ姿は、伝統的な肖像画の印象
を与えます。顔の部分が緻密な表現であるのに対して、上着や帽
子は薄塗りされて地塗りが透けて見えました。 ドガは肖像画が得
意で、親族や友人などよく描いたようです。頭部周りの朱色の模様
がアクセントになっていて、ちょっと陽気な印象を感じるぐらいに軽
やかさがあっていいですね。ひげがうさぎの毛皮みたいでした。(笑)

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ピート・モンドリアン  「砂丘」 1909年 (左)
説明によると、この作品はモンドリアンが具象から抽象へと変化する
過程をしのばせる貴重な作品のひとつという。水平線に平行して並
ぶ色の帯は均一ではなく、丸いものもあれば横に細長いものもあり、
点描技法から感化を受けて比較するとかなり抽象的になっています。
神秘思想にも熱狂していたという彼の世界観を反映していて、その
後のモンドリアンを感じます。モンドリアンの「砂丘」も好きな作品です。

アンリ・ルソー 「牧場」 1910年 (右)
ルソーが世に出るきっかけは、アンデパンダン展に出品した《ブルター
ニュの風景、冬》という作品だったそうです。その作品を見たイタリア人
が同じように牛のいる風景画をルソーに所望します。しかし、その作品
は気に入らなかったと言われていたようです。この「牧場」がその作品
ではないかと言われています。2頭の牛と丸い葉をつけた大木のあい
だに赤い帽子をかぶった牧童がいるのどかな情景ですが、不思議な
幻想性が漂っていますね。

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コレクターの自宅に来たような感覚で鑑賞して欲しいというコンセ
プトに沿って、仕切られた展示室は全10室。通常は、入口付近の
2部屋を企画展として使用し、残り8部屋を常設展示室という具合。
作品との距離が近くて、展示の仕方が海外の美術館と似ていて、
とても居心地がいい場所で、ゆったり過ごせる美術館です。

所蔵してる作品を、洋の東西問わず多数みることのできる貴重な
機会です。これだけの画家のここでしか観られない作品をこれだ
け一堂に会して観られる恍惚。個人的には、今まで触れてきた美
術の統括をされた気分。同時にしばらく観られなくなる不幸。数年
にわたる休館前の最後の展示ということで、どれも一度は見たこと
がある作品ばかりだったので、目新しさはありませんでしたが、本
物を実際に観た感じを出来るだけ多くの作品を紹介します。
楽しんでください。

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ジョルジョ・ルオー  「郊外のキリスト」 1920-24年 (左)
人気のない荒涼とした場末の町、冷たく光る夜の月、貧しそうな家並、
そこにたたずむふたりの子どもと貧者の姿で子どもに寄り添い立つの
は、親ではなくキリストだそうです。背景に一本の寂しげな煙突が見え
ますが、ルオーが育った貧しい地区の労働者たちの記憶が込められ
ているようです。ルオーの厚塗りの筆触を見ていると、何か生きること
の辛さや日常の悲哀がしみじみと伝わってきて胸を打たれますね。

カミーユ・ピサロ 「菜園」 1878年  (右)
ピサロが一時、住んでいたセーヌ河沿いにあるポントワーズという町は
パリへの農作物の供給地で、野菜や果樹作りも盛んでした。この作品
はそうした菜園の作例のようです。葉をつけない枝が特徴的な樹木を
配して視線を奥へと導き、その上部に青い空を描き、筆触と補色を意
識した色彩の配置は、画面に生気を与えていますね。木立のあいだ
から見える家は、いまも丘の中腹に残っているそうですよ。

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ポール・セザンヌ
「サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール」 1904-06年頃
セザンヌは若い頃からこの山を繰り返し描いています。サント=
ヴィクトワール山はセザンヌの生まれ故郷の町の東側にそびえる
山の勇姿です。左側の中景には「シャトー・ノワール」と呼ばれて
いた黄色い建物が描かれています。前景は鬱蒼とした樹木。山
の右上の濃い緑色も、この作品を描いている場所近くにある大
きな松の樹の枝から伸びる樹葉なんだそうです。寒色(自然)と
暖色(人工の建築)がみごとに対応して色彩の交響曲を奏でて
いますね。

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フィンセント・ファン・ゴッホ 「モンマルトルの風車」 1886年 (左)
ゴッホはパリに出てモンマルトルの丘で生活を始めます。そのすぐ
近くに、有名な 「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」 というダンス場があり、
この作品はそのダンス場の裏手から見た光景のようです。 一見、
農村の風車のように思えますが、かつてルノワールが描いた 「ム
ーラン・ド・ラ・ギャレット」 の裏手を描いていたようです。ルノワール
が描いたあの華やかで楽しげな風景の裏には、こういう畑が広がっ
ていたんですね。色彩豊かなものへと変貌を遂げた頃の作品。

ポール・ゴーガン 「馬の頭部のある静物」 1886年 (右)
背後の壁に飾られているのは日本の団扇のようで、団扇には浮世
絵の装飾が施されています。左側の人形も東洋風ですね。真ん中
に大きく描かれている馬の像は、古代ギリシアのパルテノン神殿に
由来し、石膏複製と説明がありました。 古代ギリシアと日本のモチ
ーフを並列させるこの絵の発想は、私の脳裏では説明がつきにく
く、それゆえたえず気になる作品でした。

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ブリヂストン美術館は、所蔵の内外の絵画、彫刻等を展示公開す
るばかりではなく、外国から名品を借りて展覧会を開いたり、文化
講演会、映画会、音楽会など多彩なイベントを先駆けて催すなど、
美術の普及活動に注力してきました。開館以来、半世紀以上継続
しているのが土曜日開催の講演会です。学芸員によるギャラリート
ークも毎週水曜日と金曜日に行なわれていました。素晴らしい作品
を展示し続けてくれたブリヂストン美術館が何年間もクローズしてし
まうのは大きな痛手ですね。だからこそ大勢の方が今回、訪れたの
でしょうね。

ブリヂストン美術館の 「ブリヂストン」 という名前は、創立者でコレク
ターの姓 「石橋」 を英語風に 「Bridgestone」 といい換えたものです。

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パブロ・ピカソ 「腕を組んですわるサルタンバンク」 1923年 (左)
明確な輪郭線と抑えた色調で、白い肌のその顔立ちはどこかギリシ
ャ彫刻を思わせます。人物の左側に下書きのような線が見えるので
すが、説明によると女性の姿を描いた痕が認められるそうです。 確
かに見えました。中学の時、美術の時間に自分の自画像を描く授業
があって、この絵を真似て描いた記憶があります。 ブリヂストン美術
館の 「ベスト・オブ・ザ・ベスト」 のチラシで見かけて懐かしかったです。
このタッチのピカソの絵は好きですね。

アンリ・マティス 「両腕をあげたオダリスク」 1921年 (右)
オダリスクというのは、トルコのハーレムに仕える女奴隷のことで、
美術の題材としてよく好まれており、マティスはモロッコを訪れたとき
実際にそうした存在を知って、このようなオダリスクの作品を精力的
に描いたという。原色を多用した強烈な色彩と激しいタッチの作品
郡を見て、背景が強いのに主題の邪魔をしていないという不思議
な作品です。さすが 「色彩の魔術師」。

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       ピエール=オーギュスト・ルノワール
 「すわるジョルジェット・シャルパンティエ嬢」  1876年
ブリジストン美術館の 「看板娘」。ルノワールの代表作の一つです。
ブリヂストン美術館の一番人気で、ポストカード売り上げもNo1とか。
併設のカフェの名前「ジョルジョット」も彼女にちなんでいるようです。
東京駅に出掛けると時々、ふらりと彼女に会いに行きます。何だか
隠し子に会いに行くみたいで複雑な気持ち。(笑)

青色のドレスを着て同じ色の靴下をはいた可愛い少女が椅子の上
にチョコンと腰かけています。椅子や家具、じゅうたんは重厚に描か
れています。画面を支配する青色は、少女の目の周りの影の表現や、
髪の毛や床の絨毯にも施されています。足の組み方は少しおしゃま
な感じもしますが、このポーズは晩年の裸婦像にも用いられているよ
うです。ルノワールの描く肖像画は、モデルと鑑賞者との距離を感じ
させず、アットホームな雰囲気に満ちているところが好きです。はちき
れるばかりの生命力に無敵の美しさがあって圧倒されます。可愛らし
い姿にほっとさせられ、見ているだけで幸せな気持ちになりますね。

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パウル・クレー  「島」  1932年 (左)
音楽に関心を持っていたクレーは、画面の中に音符や楽譜を思わせ
る記号を好んで描き込みました。 よく見ると色を塗った板の上に砂を
混ぜた微細な凹凸があり、そこにまた色が重ねられています。褐色の
地肌に薄く広がる赤や青や黄の色彩、島を形作る太い線、画面一面
を覆いつくす「点」が、ざらついた質感と温かみを感じる色味。私には
洞窟壁画のようなプリミティブな魅力が感じられました。

ギュスターヴ・カイユボット 「ピアノを弾く若い男」 1876年 (右)
カーテン越しに差し込む陽光、ピアノに映りこむ光や手の影など、実物
は写真を見るような光の質感にあふれた作品。譜面まで見えそうです。
モデルはカイユボットの弟で、肖像画というよりも近代化が進むパリを
象徴する都市風俗画として描いている感じです。カイユボットは生活費
に苦しむ印象派の画家仲間の経済的支援として彼らの作品を買い上
げていたそうで、それらの作品が現在のオルセー美術館のコレクション
の基幹になっているという話でした。国内では珍しいカイユボットの絵
を所蔵しているんですね。今回初公開。

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国立西洋美術館よりも開館の早い歴史あるブリヂストン美術館で、
良質の西洋絵画を目にし、美術の世界に誘われた方も多いので
はないでしょうか。客層的には、年配のご婦人が多かった気がし
ました。皆さんガツガツ鑑賞しないので混雑といえどゆったり観る
ことができました。 だけど、圧倒的なご婦人の数なので、お化粧
の香りが結構していて、私はちょっとそういう環境に慣れてない
ので狭い部屋ではむせてしまいました。(笑)

5月4日(月)、ブリヂストン美術館に天皇、皇后両陛下が行幸啓され
たという。両陛下は、モネの 「黄昏(たそがれ)、ヴェネツィア」 、ルノ
ワール 「すわるジョルジェット・シャルパンティエ嬢」、 青木繁 「海の
幸」、 藤島武二 「黒扇」 などの作品を、多くの質問を交えながら興
味深く熱心に鑑賞されたようです。 青木繁の「海の幸」 や藤島武
二の 「黒扇」 が並んだ展示室で皇后さまは、「こんなに一部屋の中
で見られるなんて・・・」 と感心した様子だったという。

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浅井忠 「縫物」 1902年 (左)  (ブリヂストン美術館所蔵)
説明によるとパリのアパートの門番の妻をモデルにしたと伝えられ、
ひとつひとつの筆遣いは骨太で、椅子に腰かけて縫い物をするモ
デルの量感をしっかり捉えています。日常的な家事に無心に取り
組む女性への暖かい眼差しを感じることができます。黒い革靴が
何故か不似合に大きすぎるような感じで、とても気になってしまい
ました。(笑)

関根正二 「子供」 1910年 (右)  (ブリヂストン美術館所蔵)
青の背景に赤い服の子供。何となく不安そうな心もとない表情です。
貧困と病苦の中で当時6歳の弟を描いたもので、この時、関根正二
は結核にかかっていたようです。この作品を描いた数カ月後、肺結核
のため20歳の若さで亡くなったという。自分の死後を弟に託す思いが
塗り込められているような感じがします。病気の兄が自分を描く。その
姿はどう映ったのかな~。目の前で見ていると、ギューッと胸が締め
付けられてしまいました。

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青木繁  「海の幸」 1882-1911年 (ブリヂストン美術館所蔵)
美術の教科書にも載っていた青木繁の「海の幸」。明治洋画を代表する
この作品は、房総半島の黒潮が打ち寄せる土地に、二列縦隊となって
夕日を浴びながら進み行く裸の男たちの姿に、厳粛さと古代より変わら
ない人間の生へのエネルギーを感じます。右から4人目、ひとりこちらを
見つめる色白の・・・・女性? この人物にだけ、くっきりと瞳が描かれてい
ます。目があうとちょっとドキっとする美しさです。この絵の原始的で荒々
しい雰囲気の中であまりに異質で、絵全体に不思議な魅力を与えます。
鋼のような肌は漁の厳しさを思わせますね。重要文化財

ここの展示室がすごかったです。
入り口から、正面に青木繁「海の幸」、左正面に「わだつみのいろこの宮」、
右正面に藤島武二「 天平の面影」。いずれも重要文化財。美術の教科書
で見たインパクトより落ち着いた印象。 実物を観るのって大切だなって感
じました。青木繁は、華々しいデビューをしますが、 中央画壇の権威主義
を嫌い九州に戻ります。そして、そのまま復帰する事もなく、孤独と失意の
中で28年間の人生を閉じました。

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青木繁 「わだつみのいろこの宮」 1907年 (左)
 (ブリヂストン美術館所蔵) 重要文化財
「古事記」に記された海幸彦・山幸彦の物語の一場面。画面上部、木の枝
に隠れて座るのが山幸彦。 赤い衣をまとい、山幸彦と視線を交わすのが
豊玉姫。右側の白い衣の女性は姫の侍女です。兄・海幸彦に借りた釣針
をなくしてしまった山幸彦は、途方に暮れながら綿津見(わだつみ)の宮を
訪れ、そこで豊玉姫に出会ったという場面です。「わだつみのいろこの宮」
で描かれるのは、姫がいままさに、恋に落ちた瞬間なのでしょうかね。
夏目漱石が 「それから」 のなかで称賛したのも、なるほど納得。

藤島武二  「天平の面影 」  1902年 (右)
 (ブリヂストン美術館所蔵) 重要文化財
桐の木の傍らに天平時代(奈良時代)の装束を着た女性が楽器をもって
たたずんでいます。桐の木と思われる樹木と葉、背景は金地と古代への
憧れが、わかりやすい具体的なイメージで描かれています。奈良に旅行
した折、正倉院に伝わる箜篌(くご)という古い楽器を目にし、遠い天平時
代に思いをはせ、この作品を着想するに至ったといいます。 古代憧憬の
ロマンチックな情感を濃厚にもつ作品な気がしますね。

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藤島武二 「黒扇」 1908-09年  (左) (ブリヂストン美術館所蔵)
展示されている部屋に入ったら目が合ったのがこの作品。明るい白と
対照的な背景や扇の黒のコントラストに力強い筆のタッチ。ベールと
扇の筆捌きは、スピード感と力強さが溢れているのに、鼻梁や頬など、
顔の表現は清澄な柔らかさをたたえています。画面全体から溢れる
美しさと気品は格別で、長年手元からこの絵を離さなかったというの
も分る気がします。引き締まった唇の赤、二つの瞳の青もとても印象
的でした。好きになれそうです。

安井曾太郎 「薔薇」 1932年 (右) (ブリヂストン美術館所蔵)
伊万里の花生けと鮮やかなバラの花弁が、真っ黒い背景に浮き立っ
ています。一見、無造作で大胆な筆あとを見せて、わずかに右上がり
のテーブルの縁、左に傾く花生けの微妙な立ち具合、バランスよく画
面に広がるバラの花弁、グレーの敷布の濃さなどは、構図と色彩計画
を念入りに練り上げていることを教えてくれます。豪快な太い線で表現
された伊万里焼の花瓶の、釉薬の色味や質感の表現が絶妙で見入っ
てしまいました。

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藤田嗣治「猫のいる静物」 1939-40年 (左) (ブリヂストン美術館所蔵)
フジタと言ったら猫と言っていいほど、彼の作品にはたびたび猫が
登場します。手前には野菜や果物や魚介類がごろりと転がり、その
向こうからこっそり手を伸ばそうとする猫の姿があります。 このいた
ずらそうな表情が、これまたニャンとも可愛い。漆黒の空間には鳥
がやや不自然な角度で飛んでおり、猫の姿に慌てて飛び立ったか
のようです。ペンで描いたような繊細な筆致は、日本画の筆が用い
られていたそうですよ。

コンスタンティン-ブランクーシ 「接吻」 石膏 1907-10年 (右)
 (ブリヂストン美術館所蔵)
彫刻などは、よく解らないのであまり興味が無いのですが、二階へ
上がって最初の展示コーナーが彫刻のスペースで、気になったの
がこの石膏です。抱き合う男女の姿は、四角いかたまりの単純な形
に還元され、ふたつにしてひとつという愛の形を核心を衝いて表現
している感じで、とても気に入りました。主題もいいですね 「接吻」。

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どんな思いでブリヂストンの創業者石橋正二郎さんがコレクションを
みてもらう場所(美術館)を創設したのか、そんな歴史も映像や写真、
ポスターで知ることができます。ブリヂストン美術館の63年間の歴史
を紹介するコーナーもありました。

一時休館ということで、思い出や新美術館への期待など、記帳する
「メッセイジコーナー」 が設けられてありました。 「大学の入試発表
の日、憔悴しきっていた私を見かねて父がブリヂストン美術館へ連
れて行ってくれたのが最初でした」 「東京駅に近く毎回寄らせて頂
きました。新しい美術館に期待!私も再スタートしたいと思います」
リピーターと思しき方も多く、一作に偏ることなく思い思いに鑑賞し
ている様子に、美術館の力を感じました。

日本に良い収集家がいたお陰で、これらの美術品が日本にあると
思うと感激と感謝の思いで、いつもここに来ると 「石橋正二郎さん、
ありがとー!」 って思う。そういう場所なのだと思てしまいます。

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休館前最後の美術展ということもあり、感慨深い美術展でありました。
見終わったあとの充実感がすごかったです。個人的に幾重にも思い
出の詰まった作品を鑑賞出来たのも嬉しかったです。

ブリヂストン美術館は、三菱一号館美術館と並んで東京駅から程
近い美術館として重宝していただけに暫しの休館は寂しいものが
あります。美術ファンとしてはあの馴染みの空間で作品が観られ
なくなることが、とても残念でなりません。但し、あくまでも新築に
伴う休館ということで再開が約束されているのも事実。 戦後、美
しいものを求める人々の願いに応えてきたブリヂストン美術館は、
今後は、21世紀にふさわしい形で生まれ変わるそうです。
新たな姿で開館する日を楽しみに待ちたいと思います。






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拾ってくれた人の心に
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