一ヶ月に2回満月を迎える月を「ブルームーン」という。 そのブルームーンを見ると願い事が叶う・・・・。





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「いかなる道も努力が大切」

...2018/12/09 13:49...

「師走」 も一週間が過ぎました。
毎年、この時期になると 「光陰矢のごとし」 という
言葉を思い出し、同時にこの言葉は月日の経つ
のが早いという意味と、時は戻ってこないから毎日
を無為に過ごさぬようにという意味がある、と考え
て自戒するのですが、皆様は 「師走」 になると
何を思い出すでしょうか。

何かと気分的に慌ただしいと感じることが多くなる
この頃ですが、先日交差点で信号待ちをしていた
時のこと。自転車に乗っていた高校生が、あわや
車と衝突しそうになり、思わず叫んでしまった。
「危ない!」。接触は免れたものの、自転車ごと
転倒するも怪我もなく無事だったのでホッとした。

最近、一時停止違反で捕まった知り合いもいる。
あぁ、ゴールドカードが遠のいたとぼやくしまつ。
自転車に関連する交通事故は事故の約2割とか、
交通事故が最も多発する月は12月と聞く。

「天災は忘れた頃にやってくる」 という防災に
対する私たちへの戒めの格言がありますが、
交通事故は忘れた頃どころではない。
今日、明日いつ発生してもおかしくない状況です。
自転車も常に危険と隣り合わせのはず。
無理な運転は車に限らず自転車も慎みたい。

今季、一番の寒さだという。
今朝、ジョギングをしていても頬をかすめる風が
ひんやりと冷たく、寒さに身をすくめたくなるほどでした。
冬の寒さの中で暖かい太陽の日差しは本当に助かります。
やっぱり北風よりは太陽ですよね。


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「いかなる道も努力が大切」

ヒトはこの世に誕生し、好むと好まざるとに
かかわらず一人ひとり違った生活環境の中で育ち、
そして生長し、やがて別の世界へと飛び立ちます。

誰もが悩み、迷い、苦して、それに加えて楽しんで
この世に生きているわけですが、どうしても他人と
比較する心が内在しているといいます。その心が
良き方向への手本であればいいが、往々にして
我欲や私情に及び数々の悲劇を招いています。

誰もが同じ道を歩む必要もないし、
進むことはできないのであることを認識するべき
ではないだろうか。これは決して努力なくして適当
に生きればよいと言っているわけではなく、身の丈
にあった人生の形成を念頭に入れておく必要が
あるのです。難しいのはどれが、何が、身の丈
なのかを判断することではないでしょうか。

やはりその人その人の可能性を追求するためには、
持って生まれた才能に努力という作業が持続的に
必要であり、置かれた環境でやれることをやり抜く
ことです。いう事は簡単ですが、これがなかなか
できないものです。

二十歳をを過ぎたら自分の姿はすべて己の責任で
あり、この現実の姿が身の丈にあったものと認識する
べきであろう。人生の構築を司るのは遺伝的要素が
3 割、努力が3 割、それに運が1割と、何かの本で読ん
だことがあります。少なくとも努力以外の項目が半分とし、
高校や大学でも合格点である60点には努力の項目を
8 割にすれば到達できるのです。

やはり努力することは万人にとって大切であり、
能力の開花に直結するもののように思えます。
いかなる道においても努力なくして大成した人はおらず、
この努力の意味を浸透させる事が大切のようだ。

時々、なぜ勉強しなければならないの?
という声を聞きます。いかなる世界でも一つのこと
を知ると異なる別の世界が見え、新たな趣味や関心
が生まれるものです。このプロセスを相手の理解度に
合わせて論するのが大人のやるべきことだという。

山に登るにしても幾つものルートがあり、それぞれの道で
出会う風景が異なるように、個性を醸しだし、ヒトとしての
基本的責務を全うすればよいのではと思いました。
まさに 「急がず、休まず、怠らず」 でいきたいものです。
先日、知り合いの住職との会話の中で、努力の大切さ
を感じ、話の幾つかをまとめて綴ってみました。


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神宮外苑のイチョウ並木

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青山方面に出かけたついでに、神宮外苑の銀杏並木に立ち寄り
ました。ちょうど 「いちょう祭り」 で賑わい銀杏の葉が散る時期です。
その銀杏の絨毯を踏みしめて・・・・・・散歩でもと思ったのですが、
人の多さに驚き、それに外国の方の多いこと。ここは何処・・・・と
勘違いするほど、特に中国系の方の多さにビックリポンでした。
それでも高層ビルに囲まれて季節感さへ危ぶまれる東京。秋の
名残りを探しに神宮外苑の銀杏並木を散歩しました。

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青山通りから聖徳記念絵画館を望む道の両側にイチョウ並木が
あり、約300mの並木には146本のイチョウが道路の両脇に2列
づつ、4 列並んでいます。並木の延長線上には、聖徳記念絵画
館があり、それがより一層並木の美しさを増しています。

明治神宮外苑は、明治天皇や昭憲皇太后後世にのこる恩徳を伝
える為に寄付金 ・ 寄付金により様々な施設が造成され、1926年
に献上された明治神宮外苑は、東京都新宿区に位置しています。
夏には神宮外苑花火大会や秋にはいちょう祭りなど季節ごとに大
規模なイベントも行われています。神宮球場や聖徳記念絵画館、
子供が楽しめる 「にこにこパーク」 などスポーツ ・ 文化など様々
なジャンルの施設があるので、一年中大勢の人が集まるエリア
となっています。

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青山通りから明治神宮外苑まで続く、あまりにも有名な並木道。
この銀杏並木通りのはるか先の奥に見えるクラシックな丸屋根は、
聖徳記念絵画館で小さく見えます。(上) 休日は車道が歩行者
天国として開放されます。 この日は土曜なので午後から一部が
解放されていました。相変わらずの人出で、のんびりと散歩する
どころではありませんでした。(笑) 聖徳記念絵画館の堂々とし
た建物が見えます。(下右) 

4並列の銀杏の大木が作り出した、銀杏並木の見事な景観です。
そもそもこのいちょう並木が出来たのは、明治天皇崩御後に建設
計画があがり、明治天皇大喪儀の葬場殿の儀が挙行された青山
練兵場跡地に大正12年 (1923) に完成。青山通りから樹高順
に絵画館を大きく見せる遠近法を使って植裁し、いちよう並木が
出来たという。青山口から円周道路まで銀杏が植えられています。 

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どこまでも続く銀杏並木。どんどん色づき、葉が落ちていく。黄金の
絨毯の上を歩くとサクサクと音がする。その音が心地よく、ロマンチ
ックな気持ちにさせる。サクサク シャカシャカ、いつもより多めに踏
みしめます。銀杏並木は妙に落ち着いた不思議な気分になります。
中学生の頃、友だちと一緒にこの銀杏並木を良く歩きました。 そん
な時、いつかこの道を大好きな人と手を繋いで歩きたいと憧れたも
のです。遠い昔のこと・・・・。そして、初めてかみさんと手を繋いだ
のが、この銀杏並木なのです。うふ ここは数多くの映画やドラマ
ロケ地としても有名なイチョウ並木です。

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天に向かって伸びるイチョウの木は先端が尖っていて、まるでクリ
スマスツリーのようでもあります。イチョウの木は、都内のいたる所
に街路樹として植えられ、東京都のシンボルの木であり、その葉
は東京都の マークとなっています。このマークは都営地下鉄の
入り口やごみ清掃車等で、よく見かけますね。

銀杏は、現存する最も古い前世界の植物の一つです。地質学上、
古生代の末期 (約1億5千万年前、巨大な恐竜が棲息していた
時代) に地球上に広く分布し、生育していた樹種なんだそうです。
しかし、氷河期に入り比較的暖かかった中国を除いて、イチョウの
木は絶滅 しました。日本へは鎌倉時代に伝わったようで、青桐と
同じように火に強く、江戸時代には火事に備えて寺や神社によく
植え られたために、東京ではイチョウの木が多いのです。

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記録ずくめだった夏の猛暑も過ぎ、やがて秋となりイチョウの葉が
色づき黄金色に輝く銀杏。ハラハラと葉が舞い散ると黄色い絨毯
がひろがり、そして黄金色のトンネルを通り抜ける楽しみが広がり
ます。その為に多くの観光客が国内外から訪れる人が絶えません。
都心の秋の風物詩として定着し、近年はエリア全体で約180万人
を超えるにぎわいをみせています。

氷河期を生き永らえた銀杏の木は、中国から日本へ、そして長崎 ・
出島からヨーロッパへと伝わった。東洋から伝わったイチョウの葉
は、ヨーロッパの人々には葉のカタチも含めて神秘的だったようだ。
ドイツ人の医者ケンペルは、日本のイチョウの種を持ち帰って、オ
ランダのユトレヒトの植物園に植えました。その木は現在でも 残っ
ているそうですが、ここからヨーロッパ中にイチョウの木が広まって
いったのです。ヨーロッパにある イチョウの木が、日本のイチョウ
の種から生まれたなんて、知らない人も多いのではないでしょうか?
ドイツ語でイチョウは 「Ginkgo」 といいます。これは日本語の銀杏 
(ぎんきょう) から来ているのだそうです。

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青山通りから聖徳記念絵画館を望む直線道路の両側に整然と並
び、独特の葉の形をめでる外国人観光客や、記念撮影をするカッ
プル等、木々の下は思い思いにイチョウを楽しむ人が集う場所で、
秋は最も人出で賑わいます。この明治神宮外苑のいちょう並木は
東京の黄葉の名所の一つでもあります。

ゲーテは、ご存知の通りドイツを代表する文豪の1人です。小説家
というだけでなく、政治学・建築学・色彩学にも精通し、法律家とし
ても活躍したマルチな人でした。植物学者や詩人としての顔も持っ
ています。あの独特なイチョウの葉の形を題材に書いた詩ですが、
なんともロマンチックな内容です。ドイツ語で 「銀杏」 はGinkgo で
すが、ゲーテは硬い感じがすると 「k」 をあえてとり、Gingo という
単語を使ったそうです。深いですね。

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黄葉を一目見ようと多くの人が訪れ、色付く並木を背景に写真を
撮る姿がそこここで見られます。沿道では自撮り棒やスマートフォ
ンのタイマー機能を使い、SNS映えする見え方やアングルを探り
ながら写真を撮る若者や友人グループなどの姿が見られます。

ゲーテは、2枚の葉が割れて1枚につながっているイチョウの葉を
男女の愛の象徴とみました。彼は、ハイデルベルグの古城の庭に
あった1枚のイチョウの葉をつけて、愛する女性に詩を詠んだ。
「これはもともと一枚の葉が裂かれて二枚になったのでしょうか、
それとも二枚の葉が相手を見つけて、一枚になったのでしょうか」

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都内でイチョウ並木といえば、やはり神宮外苑のイチョウ並木が
一番有名だと思います。黄葉のトンネルの中をのんびりと散策 し
たり、所々設置されてあるベンチに腰掛けてゆったりとイチョウを
眺めてみたり、このイチョウ並木はほんとうに秋の風情を楽しむ
ことができます。 神宮外苑の銀杏並木の素晴らしさは、そこを
通った人でなければ味わえません。

イチョウの葉がふたつにわかれていることを詠み込んだ詩だが、
「二つなのに一つ」 というコンセプトは、プラトン的というか、錬金
術的なニュアンスを感じる詩ですね。ゲーテが思いを寄せていた
のは、マリアンヌという人妻への愛を歌ったものでもあるらしい。
ゲーテはこの詩を、二枚のイチョウの葉とともに贈ったのです。

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目が覚める様な鮮やかな黄色と独特の強烈な銀杏のにおい・・・・。
舗道は黄金色に染まる神宮外苑の銀杏並木の素晴らしさは、その
下にいる人々すべてが黄金色に染まるのです。とても幻想的な雰
囲気になります。ここはドラマなどでもよく使われる場所とはいえ、
この季節だけが素晴らしいのではなく、この通りは四季折々に様々
な顔を見せてくれます。最盛期には歩道さえも落ち葉による黄色
い絨毯で覆われ、一面黄色の不思議な空間に迷い込んだように
なります。近郊のみならず、遠方からもこの銀杏並木を訪れる人も
少なくないのです。和歌山から来たという老夫婦もいました。

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初冬の空気を吸いながら小一時間散歩して、心地よく疲れたら、
道端のレストランでの食事やお茶をお勧めです。 この店、人気が
あるので行列での待ちとなりますが、彼女と一緒ならへっちゃらと
デートスポットなのです。 オープンテラスがあるので眺めながら、
銀杏も彼女も素敵と聞こえてきそうです。(笑) 人々がスケッチや
写真撮影を行っている光景を目の当たりにしますが、意外にも絵
を描く人の多いこと。印象派の油絵の様な秋空との色合い、まさ
に絵になります。大きなイチョウの葉が落ちてると思ったら、ヨチ
ヨチ歩きの小さなお子さんでした。(下左) 分かりますね、落ち葉
にコロンと寝転がりたい気持ち。外国のお子様でした。(下右)
落ち葉を集めて脇の草のとろに、イチョウの葉でハートマークを
作って来ました。(下中) 誰かに見つけてもらえるか、な・・・・・。

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「イチョウ祭り」
イチョウが見ごろなこの時期、今年は11月16日 (金) から12月2日
(日) までの期間。明治神宮外苑の秋の風物詩 「神宮外苑 いちょう
祭り」 が開催されます。さまざまな模擬店が並び、全国各地の特産
品やグルメが集結、好評を博した並木のライトアップも実施されます。

聖徳記念絵画館前の広場で開催される 「神宮外苑 いちょう祭り」 は、
多くのグルメ店が出品し、毎年大勢の来場客で賑わいます。ビール
など豊富なお酒を取り揃えた店やガッツリ肉のB級グルメの店など、
どれも美味しそうなお店ばかりです。芝生の上でやテントのある椅
子席で舌鼓を堪能、肉やラーメンだけじゃない食フェス、イチョウ
並木を観賞した後は、ゆるりとお楽しみにといった感じです。

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世界各国の輸入ビールから本場博多の豚骨ラーメンやここでしか
食べられない花咲きガニスープの特性ラーメン。今が旬のぷりぷり
新鮮な牡蠣。北海道特産ホタテやアサリなどの浜焼き。大館市直
送の名物きりたんぽ、神戸牛ステーキ串、あかちゃんのほっぺと
いうのもありました。その中で私は、からあげグランプリ最高金賞
を受賞したという、国生肉に1ヶ月以上熟成させた秘伝のタレに
漬け込んだ 「大分中津からあげ」 と広島のお好み焼きにビール
を頂きました。昼間からビール? と思いましたが美味しかった。

食欲の秋! 食べ過ぎ? 飲み過ぎ?
    秋はイチョウ (胃腸) の調子が大切なんですよ~。

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「聖徳記念絵画館」
明治天皇崩御後に建築計画が持ち上がり、大喪の礼が行われた
旧青山練兵場の葬場殿跡地で大正15年(1926)に建設された。
現在でも、建築当初のままのドーム状の荘厳な建物を見ることが
できます。昭和43年 (1968) には、明治維新100年目を記念し
て、絵画館学園が建物内に開校され、絵画や陶芸などを学ぶ施
設も備わっています。わが国初期の美術館建築と評価され、
明治神宮宝物館と共に国の重要文化財に指定されています。

内部には、明治天皇にまつわる幕末 ・ 明治期の政局を描いた
絵画を中心に展示されています。徳川慶喜が上洛中の藩重臣
を京都 ・ 二条城に招集し大政奉還を諮問した絵や江戸を戦場
から守るため薩摩藩邸で西郷隆盛と勝海舟の会談、京都御所
で、明治天皇が天神地祇にお誓いになられた 「五箇條の御誓
文」 が布告され、維新の基本方針が示されました。 わが国に
とって歴史的な日となった貴重な絵画が展示されていました。
入館料は施設維持協力金として大人500円でした。

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絵画館の裏手や周辺を散策して見ると以外なモノに出くわします。
また明治神宮外苑は、建設中の新国立競技場や明治神宮野球場
をはじめとしたスポーツ施設などもあり、周辺をジョギングする学生
の姿が多くみられます。

「葬場殿址」 (上)
絵画館の真裏にある葬場殿趾は、明治天皇の御大喪が旧青山練
兵場で行われたとき、この場所に御轜車 (ひつぎを乗せる車) が
安置されたことから、外苑造営にあたり葬場殿を記念として建立さ
れました。石壇の中央にある楠は、建立と同時に植樹された記念
樹で、今では堂々とした見事な大木に成長しています。
「樺太日露国境天測標石」 (下左)
日露戦争の後、明治38年に締結された日露講和条約で、樺太の
北緯50度以南は、日本の領土となりましたが、その境界を標する
ために4 基の天測標と17 標の小標石が建てられました。絵画館
前庭西側にあるこの境界天測標石は、外苑造営時に当時の樺太
庁から奉納されたもののようです。
「ひとつばたご (なんじゃもんじゃ)」 (下右)
幕末から、この付近にあった樹木で、和名 「ひとつばたご」、俗名
「なんじゃもんじゃ」 と呼ばれた珍しい木という。五月頃に白い清
楚な花が咲き、満開時は雪を被ったように見えるんだそうです。
大正13年に天然記念物指定されています。

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写真を撮る人、家族で散策をさ れる人、小さなお子さまを連れて
散歩に来られたお母さん、大勢の方々が其々楽しんでいました。
春の桜もいいけれど、秋の紅葉あるいは黄葉もいいものですね。
銀杏並木は両側にあります。ゆっくり歩きたい銀杏並木。こうした
自然に触れることができるというのも散歩の楽しみのひとつでは
ないでしょうか。僕は、落ちていた形のいい銀杏の葉を1枚拾っ
て、読みかけの文庫本にそっと挟んで帰りました。

【おまけ】
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聖徳記念絵画館に立ち寄った後、近くで建設中の新国立競技場
の建設現場にいてみました。一番のスポットである東京体育館も
工事中で周りを塀で囲まれていて入れず、周囲を回ってみました
が、大きいので歩くだけで疲れました。(笑)

新国立競技場の建設は着々と進んでいるようです。全面的に建て
替える形で進められている工事は、春から始まった屋根工事も順
調で、徐々に屋根の全体像が見えてきた感じです。今後は内装 ・
外装の仕上げ、歩行者デッキ工事などが行われるようです。並行
して来年にはフィールド工事にも着手し、2019年11月末の完成
を目指すそうです。

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「杜 (もり) のスタジアム」 として、周辺の緑に溶け込むよう木材を
使用した構造で、屋根を見ると外周を取り囲む庇 (ひさし) が見え
ています。(上) 最上階には1周約850メートルの散歩道を、スタ
ジアムを囲うように設置して、展望スペースになるようです。全体
を足場で囲われているので、外観を見てきただけなのですが、
(下) こんな光景を見られるのは、今だけと思い足を伸ばして
みました。NTTドコモのビルも見えています。(下右)





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「もう一人のフェルメール」

...2018/12/02 21:10...

12月 (師走)
早いものでもう12月ですね。
ポカポカ陽気だった昨日に比べ、
今朝は肌寒い朝を向かえました。
東京では今年木枯らし1号が発表されていません。
今年は木枯らし1号の発表がなく、本格的な
冬を迎えるということになります。

そもそも木枯らし1号というのは、
季節が秋から冬へと変わる時期に、初めて吹く
北よりの強い風のことを言います。具体的には、
10月半ばの晩秋から11月末の初冬の間に、
初めて吹く毎秒8メートル以上の北風のことです。
東京地方と近畿地方で、このような冬になったことを
感じさせるような風が吹いたとき、「木枯らし1号」 の
発表をしているんだそうです。

関東では今季、これまでに強い北風が吹いておらず、
東京地方の 「木枯らし1号」 の発表がないまま11月を
終えました。期間が11月末までと定義されているため、
今年は1979年以来39年ぶりに 「木枯らし1号発生せず」
となりました。

上空の偏西風が北寄りに蛇行したことなどから
例年より寒気の流れ込みが弱まっているのが原因とか。
北海道の初雪の遅れも同じ要因のようです。
12月もこの傾向が続き、全国的に平年よりも暖かくなりそうだ。

  いじわる木枯らし 吹きつける
    古いセーターぼろシューズ~
      ・・・・・・・心の窓にともしびを
       ホラ えくぼが浮かんでくるでしょう

   何となく歌てみました。
   古いセーターも、そろそろ着る季節です。


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「もう一人のフェルメール」

遠い昔の事であります。
世界第二次大戦でナチスが滅びた1945年の頃。
それは戦争中に占領国からナチスが多くの絵画を
略奪します。戦争ですから盗りたい放題。
ミケランジェロからダビンチまで略奪しました。

やがてナチスから解放された国は、自分の国の宝物
を取り返すべく、ヨーロッパ各地に 「ナチス略奪美術品
調査隊」 が出来ます。そして盗られた美術品を取り返す
調査が始まります。捜査する中で、ナチス ・ ドイツの
国家元帥であるヘルマン ・ ゲーリングが、略奪した
絵を山ほど持っていたことがわかりました。

フェルメールは作品数が少ないのと、未発見の絵画が
最も多い画家として知られています。修業時代に練習の
為に必ず宗教画を書いているはずなのに、一つも見つ
かっていないという謎の多い画家でした。フェルメールが
若き日に描いたとされる 「エマオの食事」 等は、当時の
フェルメールの研究家たちから 「本物」 と認められ、
美術館が高額で買取りされたほどでした。

さて、ヨーロッパ美術界に衝撃が走ったのは、
ゲーリングが未発見のフェルメールの作とされる
「キリストと悔恨の女」 の絵を持っていたのです。
ゲーリングの妻を逮捕し調べると、フェルメールの
絵が欲しくて、略奪した多くの絵と高額の金額で、
この絵と交換していることが分かりました。

オランダの至宝であるフェルメールの絵、未発見の
絵を敵国に売り渡した美術商がいると怒り、命がけで
探し出し、ついに男を逮捕します。その逮捕された男
こそがハン ・ ファン ・ メーヘレン。 どなた、誰! 
驚くもここから先の話は違う方に発展していくのです。

さあメーヘレンの取り調べが始まります。
取調官も熱くなり、「キミはゲーリングに売ったのだな」。
厳しい追及に直面し、メーヘレンは素直に認めます。
「私が売った」。フェルメールの作品をどこで手に入れた
か追求します。メーヘレンは答えます。「私が描きました」。
「私が描いたぁ~?」。メーヘレンは自分が描いた贋作
だと主張したのです。当然のごとく誰も信用しません。

ナチス ・ ドイツに売却した一連の絵画、そして
「エマオの食事」、「キリストと悔恨の女」 も自ら製作した
贋作であることを告白したのです。フェルメールの作品
として 「姦通の女」 も売却していました。ナチス協力者
および文化財の略奪者として極刑は免れません。

メーヘレンは贋作者であることを認めてもらうために
証拠として法廷で自ら 「フェルメール風」 の絵を描いて
みせ、さらに一連の絵画に対しX線写真などの最新の
鑑定が行われた結果、彼が売りさばいたフェルメール
などの絵とされてきた絵画までもが、彼の手による
贋作であることが証明されたのです。

贋作 (がんさく) とは、誰かが制作した絵画 ・ 彫刻 ・
書物などの芸術品や工芸品を真似て制作された模倣品
のことで、贋作に対して、本物の作品は 「真作 (しんさく)」
と言います。ナチスに売った絵も、オランダの美術館に飾っ
てあるフェルメールの絵も、実は偽物だったという。ちなみ
にロッテルダムの美術館に保存されているフェルメールの
贋作 「エマオの食事 (ハン ・ ファン ・ メーヘレン作)」 は、
後世への戒めとして、今でも一般に公開されているという。

ファン ・ メーヘレンの贋作制作は、芸術を愛する人々への
冒涜行為ではありますが、ファン ・ メーヘレン自身も芸術を
愛する一人であったことには違いありません。所有している
作品は、真筆だと譲らなかった美術館もあったといいます。
誰しもが見抜けなかったファン ・ メーヘレンの贋作。
それは、もう一人のフェルメールが居たことになります。
歴史上で有名な贋作にまつわる逸話でした。 
                                
                            おしまい


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  「フェルメール展」 東京展 2018
        ~上野の森美術館~

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芸術の秋らしく、東京 ・ 上野では国立西洋美術館の 「ルーベン
ス展」、東京都美術館の 「ムンク展」、そしてフェルメールの傑作
がズラリと揃う、上野の森美術館での 「フェルメール展」 と、西洋
美術の巨匠が続々来日しています。其々、来年の1~2月まで開
催されるのですが、寒くならないうちにと待ち遠しくて、取り敢えず
は日本人が最も愛する画家の一人、「フェルメール展」 を鑑賞し
て来ました。フェルメールの作品を中心に紹介したいと思います。

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「上野の森美術館」
上野恩賜公園にある私立美術館で、明治12年 (1879) に日本で
最初に設立された美術団体、日本美術協会により運営され、リニ
ューアルを経て昭和47年 (1972) に上野の森美術館として開館
しました。常設展示は行っておりませんが、美術・書道団体の展示
のほか、国内外の作家の回顧展をはじめ様々なジャンルの美術を
紹介する企画展を行っています。定期的に独創的な企画展を開催
し話題を提供しています。 ここは 「デトロイト美術館展」 以来です。

    「フェルメール展」
会場   上野の森美術館 (東京 ・ 上野公園内)
会期   2018年10月5日 (金)~2019年2月3日 (日)
入場料  一般 2500円 大学・高校生1800円 小中学生1000円
        会期中、一部作品の展示替えがあります。
      「赤い帽子の娘」 10月5日 (金)~12月20日(木)、
      「取り持ち女」 2019年1月9日(水)~2月3日(日)

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オランダ絵画黄金時代の巨匠ヨハネス ・ フェルメール。現存する
作品はわずか37点とも言われています。 今回はそのうち9点まで
が、東京にやってくる日本美術展史上最大のフェルメール展です。
フェルメールだけでなく、オランダ同時代の絵画と合わせた約60点
を通して、17世紀オランダ絵画の広がりと独創性をご紹介します。
会場に入るとすぐにフェルメール作品に会える訳ではありません。
全6章のうち前半の1章~5章は、オランダ画が展示されています。
まずはこちらを鑑賞することになります。フェルメールと同時代の
画家の作品から紹介します。

第一章  「オランダ人との出会い ・ 肖像画」
ヨーロッパでは一般的に、後世に自分の似姿の記録を残すのは
君主や貴族たちであったが、オランダ共和国では裕福な市民たち
のあいだでも自分の肖像画を所有することが習慣化していました。
大小を問わずどんな地方都市にも、少なくとも一人は腕の立つ専
門画家がいたのです。その結果として、オランダ黄金時代の膨大
な数の肖像画が後世に伝えられたようです。

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フランス ・ ハルス 「ルカス ・ デ ・ クレルクの肖像」 1593年頃 (左)
(アムステルダム国立美術館蔵) 
最初に2枚セットの夫婦肖像画でした。腰に手を当てこちらを見て
微笑む黒い服の男性は、「ルカス ・ デ ・ クレルクの肖像」。右には、
こちらを見ながらやや怪訝な表情の黒い服に襞襟の付いた夫人
が描かれていました。いずれも等身大で描かれ、写実的ながらも
生き生きとした印象を受けます。2人とも敬虔なプロテスタントの
ようで、この服装は厳格な規定に従っているとのことでした。
カレル ・ デュ ・ ジャルダン 「自画像」  1662年 (右) 
表情の緻密さが際立ち、モデルの体温をはっきりと感じる作品で、
さらに背景に注目すると、黒のバリエーションに驚くばかり。単色の
黒を幾重にも描き分けております。今迄黒の画家と言えばフランス・
ハルスでしたが・・・・と思ったら隣にハルス作の 『ルカス ・ デ ・ クレ
ルクの肖像』 が並んでいるではありませんか! 画像では伝わら
ない 「黒の凄み」 に感服。デュ ・ ジャルダンは主に農村を主題
とした風景画で知られています。(アムステルダム国立美術館蔵)

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ヤン ・ デ ・ ブライ 「ハールレム聖ルカ組合の理事たち」 1675頃
(アムステルダム国立美術館蔵)
当時、オランダの職業画家たちは、みんな 「聖ルカ組合」 という職
業ギルドに入らなければならなかったようです。この作品は、その
聖ルカ組合の会合におけるスナップショット的な作品。みな画家と
して同じ盛装ですが、一人一人体型や顔つき、見ている方向が違
います。肖像画、風景画、風俗画、静物画、歴史画、宗教画など
オールジャンル揃い、百花繚乱だった17世紀オランダ絵画の隆
盛を暗示するような1枚で見応えがありました。左から2番目の画
板を手にしている人が、どうやら作者のようえす。

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この展示はチケット代は一般が、1600円と相場に比べて1000円
近く高く2500円ですが、その代わりに全員に音声ガイドが付いて
きます。音声は石原さとみさんです。だいぶ緊張してるなー、という
のが伝わってきます。(笑) また、作品リストも結構立派で全作品
に簡単な解説が載っている 「フェルメールガイドブック」 を配布。
(下右) これで美術初心者でも分かりやすく解説してくれるので、
幅広い層が楽しめるのではないかと思います。入口付近。(下左)

第二章  「遠い昔の物語 ・ 神話画と宗教画」
黄金時代のオランダ画家たちは、自分の身の回りに存在するもの
を制作の出発点としていました。とはいえ、彼らがほかの主題で、
歴史、聖書、物語、あるいは寓話などに関心がなかったことを意
味しているわけではありません。そういった主題は、文芸や歴史
の深い知識をもち、さまざまなジャンルに精通し、歴史画を制作
するための想像力を存分に働かせることを必要としたため、画
家には高い地位が与えられました。神話と宗教を主題にした
作品のコーナーです。

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パウルス ・ ボル 「キュディッペとアコンティオスの林檎」 
1645-55年頃  (アムステルダム国立美術館蔵)   (左)
この絵は、ギリシャ神話という話に由来します。青年アコンティオス
は美少女キュディッペに一目惚れをしますが、彼女は身分が高く結
婚はかなわない。そこで彼は林檎に文字を書き、彼女の家に投げ
入れます。彼は策略をめぐらせ 「私はアコンティオスと結婚すること
を女神アルミテスにかけて誓います」 と書いてあったのです。少女
はその言葉を声に出して読んだため、結婚の誓いをしてしまうとい
う場面。他愛もない話ですが、今でしたら 「結婚詐欺」 と大問題に
なりそうなエピソードです。 (笑)
レンブラント周辺の画家 「洗礼者ヨハネの斬首」 1640-45年 
(アムステルダム国立美術館蔵)  (右)
洗礼者ヨハネは、ヘロデ王が兄の妻と結婚したことを批判して投獄
される。妻の娘サロメは、王の宴で優美に踊った褒美としてヨハネ
の首を所望したという話に基づき、洗礼者ヨハネは斬首されます。
ヨハネの首を盆に乗せて刀を携える処刑人が描かれ、切ったばか
りの首を差し出すと 「あらよくってよ!」 とサロメが、誇らしげな顔
を見せ、怪訝そうな顔が悪女っぽい雰囲気が漂って怖い感じです。
首を持つ粗野な死刑執行人と豪華な装いのサロメが対照的です。

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ヤン ・ ファン ・ ベイレルト 「マタイの召命」 1625-30年頃
(カタリナ修道院美術館蔵) 
こちらは聖書の一場面を描いた作品。イエスが通りかかりに、マタ
イという人が収税所に座っているのを見かけ、 「私に従いなさい」
と言われ、彼は立ち上がってイエスに従った――という場面を劇的
に描いた作品。聖書や古代ギリシア ・ ローマ神話を描いた 「物語
画」 も人気のテーマでした。「物語画」 は、歴史や文学などへの深
い知識や複雑な画面を構成する力が必要なため、当時は格の高
いジャンルと見なされていたようです。市民の暮らしを描く風俗画
家として活躍したフェルメールも、画業の初期には宗教画などに
挑戦していたそうです。

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フェルメールさん以外のオランダの絵画を見ると、どれもこれも素
晴らしいです。肖像画、宗教画、風景画、歴史画、風俗画・・・など。
綺麗だったり面白かったり、楽しくなるような絵がたくさん並んでい
ました。17世紀当時のオランダの生活や人々の考えを知ることが
できます。ただ絵画には作品解説のパネルはありません。全点の
解説が書かれたガイドブックを詠んで進みます。なので一点、一点
絵の前で立ち止まって、番号を確認してページをめくり、読みなが
ら鑑賞するという年配の方が多くて前に進みません。フェルメール
の絵よりも結構な混雑具合でした。(笑)

第三章  「戸外の画家たち ・ 風景画」
続いては風景画のコーナーです。今では風景画はよく観るジャンル
ですが、昔は風景画は地位の低いテーマで、17世紀頃から徐々に
浸透していきました。多くの画家たちが作品の題材を探しに出かけ、
そうして写生でいっぱいにしたスケッチブックを手に彼らはアトリエ
に戻り、作品づくりに取り組みます。彼らは都市の景観と、海や川
や運河といった水が目立つオランダの風景をあらゆる天候で描き
出したのです。

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シモン ・ デ ・ フリーヘル 「海上のニシン船」 1649-50年頃 
(ロッテルダム海洋博物館蔵)  (左)
こちらは海の上の小さな漁船を描いた作品で、全体的に黄土色
がかった色彩となっています。水平線が低いこともあって広々とし
た雰囲気で、モヤがかかったような柔らかい表現となっています。
波の色の違いなども幻想的で、何処と無くターナーを思い起こす
ようす光景となっていました。ニシンはオランダの人々にとって食
糧であると同時に、輸出や商業にとっても重要な資源でした。
エマニュエル ・ デ ・ ウィッテ 「ゴシック様式のプロテスタント教会」 
1680-85年頃  (アムステルダム国立美術館蔵)  (右)
教会内部を描いた作品で、天井が高くゴシックのコウモリ天井となっ
ていて光が差し込む様子が美しく、柔らかくも明暗が強く感じられる
と共に、安らぐような神聖さも表れています。特に柱に光が降り注い
で白く反射しているのが目を引きました。よく見ると手前の床の墓石
が剥がされていました。そばには会話する男の姿があります。一見
全てが写実かと思ってしまいますが、実は画家による創造、つまり
は空想上の風景だそうです。

第四章  「命なきものの美 ・ 静物画」
17世紀の美術評論家たちは、命なきものを描いた絵にはまったく
と言っていいほど無関心でした。歴史的な場面を描く画家には高い
評価を与えたものの、果物籠や花瓶などを専門的に描いた画家は
ほとんど評価しなかったという。しかし、17世紀に制作された莫大
な数の静物画に光を当てると、同時代の公衆がまったく異なる評
価をしていたことがわかります。

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ヤン ・ ウェーニクス 「野ウサギと狩りの獲物」 1697年
(アムステルダム国立美術館蔵)  (左)
こちらは木に足を吊るされた野うさぎと、何種類かの鳥が倒れている
様子が描かれた作品です。背景には大きな花瓶や遺跡のようなもの
もあって、ちょっと神話的な雰囲気もあります。うさぎには強い光が
当たり、ふわふわした毛並みの見事さがよく伝わってきます。かなり
リアルで、現代人からすると残酷な主題に思えますが、こうした画題
は狩猟をする裕福な貴族の象徴としてよく描かれたようです。
ヤン ・ デ ・ ヘーム 「書物のある静物」 1629年頃  
(アムステルダム国立美術館蔵)  (右)
何気に凄いと思ったのがヤン ・ デ・ヘーム作 『書物のある静物』。
机の上からはみ出した紙に文字が書いてあるのですけれども、書か
れた文字が判別出来そうな細かさに驚きでした。全体的に明るい構
成で、物理的な明るさと概念的な暗さのコントラストが秀逸の作品。

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入場時間指定にも関わらず、ご覧のように凄い行列です。例えば、
11時~12時半までに入るチケットだと、日本人は真面目なのか
11時前から殺到して行列が出来てしまいます。係員の人によると
12時20分くらいに来れば、入場時間待ちはそんなにも待たない
とのことでした。入場後は時間制限なく鑑賞出来るんですけどね。

通常の美術館に比べて、その大きさや構造から、数時間待ちの超
大混雑が発生しやすい上野の森美術館。しかし、今回は指定時間
入場チケットを発売。入場券は事前に購入をすることになります。
1日を6つの入場時間枠に区切り、その間の入場者数を調整します。
入場時間は、09:30~10:30、11:00~12:30、13:00~14:30、
15:00~16:30、17:00~18:30、1:00~20:00 の時間でした。
時間予約制のフェルメール展ですが、私もそれなりに並びましたよ。

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ニコラース ・ マース = 窓辺の少女 ・ また は「夢想家」
1653-55年 (アムステルダム国立美術館蔵)  (左)
少女が物思いに耽り夢見るような表情をしているため、「夢想家」 と
いう名で呼ばれる。窓の周りに描かれた桃とアプリコットが、少女の
みずみずしい肌、柔らかな頬を引き立てています。この人の作品は
割りと意味深な表情を浮かべた人物が描かれる事が多く、絵の中
にドラマをたっぷり感じられる点、フェルメールと似ていると思います。
この少女も、はたして何を思っているのだろう? 不思議な魅力です。
ヘリット ・ ダウ 「本を読む老女」  1631-32年頃
(アムステルダム国立美術館蔵)  (右)
画中で描かれた書籍の紙の質感や、読めるほど写し取られた文字、
老婆の年老いた顔や手先のシワなど、驚くほど細密に描かれ、フェ
ルメール顔負けの高い写実性に引き込まれました。この時期には、
もはや貴族だけでなく、一般庶民であっても男女ともに手紙を書き、
難しい本も読みこなし、室内には絵画作品を飾るなど、文化レベル
も熟成してきていたんだろうな、と唸らされました。技術や表現力の
高さに脱帽。細かすぎてクラクラです。(笑)
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一連のオランダ絵画が想像以上に充実してました。中でも白眉は、
メツーの 「手紙を読む女」 と 「手紙を書く男」 。 画家の絶頂期に
描いた対の絵画で、共に恋文をやり取りする様子を表現してます。

ハブリエル ・ メツー 「手紙を読む女」  1664-66年頃 
(アイルランド ・ ナショナル ・ ギャラリー蔵)  (左)
鮮やかな光が差し込んでいて、手紙を女性が注意深く読んでいる。
召使が辛抱強く、読み終わるのを待っている感じです。召使いが開
けているカーテンの向こうに、波立つ海の風景画が飾られています。
愛は航海のごとく危険だ、という格言を示唆しているのかもしれない。
恋の行方をを暗示していると言われています。恋文のやり取りをして
ラブラブなのか?と思ったら・・・・嵐が来そうですね。画面上を解釈
する面白さがあり、大きい絵だと思ってたが意外と小さめでしたね。
ハブリエル ・ メツー 「手紙を書く男」  1664-66年頃
(アイルランド ・ ナショナル ・ ギャラリー蔵)  (右)
もう一方の 「手紙を書く男」 では、ブロンドの豊かな髪を垂らし、上等
な衣服を身につけた若い男性が、恋文を書いています。全体の収ま
り良い構図はもとより細部も秀逸で、特にテーブルのクロスの模様、
テーブル上にある金属製の器を、実に精緻に表しています。背景に
ある画中画に描かれた山羊と額縁に表された鳩が欲望を象徴する
ことから、移り気を示しているようです。モチーフの意味が分かると、
お互いの様子や教訓まで知ることが出来るのが面白い作品ですね。

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世界中に30数点しか残っていない希少な作品の内、日本初公開
の3点を含む、過去最多の9点が東京にやってきました。まさに日
本美術展史上最大のフェルメール展です。幻想的な雰囲気の白
い通路を抜けると、そこには・・・フェルメールの作品だけで構成さ
れた、通称 「フェルメール ・ ルーム」 がありました。まるで川端康
成の 『雪国』 の冒頭文のように世界が開けたような感覚が強烈
に襲いかかり、しばらく感動で佇んでしまいました。

第六章  「光と影 ・ フェルメール」
いよいよフェルメールの作品と出会える部屋に来ました。会場の最後
には、フェルメールの絵を纏めて展示した 「フェルメール ・ ルーム」
が用意されています。最大8点ものフェルメール作品を1つの部屋で
見ることは、海外の美術館でも経験できません。一部入れ替え制と
大阪展でもう一点来日とトータルで10点になるようです。初期から
晩年までの名品が展示され、特別な雰囲気を作り出していました。

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   ヨハネス ・ フェルメール 「マルタとマリアの家のキリスト」 
1654-55年 (スコットランド ・ ナショナル ・ ギャラリー蔵) 
現存するフェルメール作品の中で最も大きく、フェルメールが若い頃
に手掛けた作品。 風俗画ではなく、新約聖書の一場面で、現在知ら
れる彼の作品の中では、唯一の聖書をテーマとしています。2008年
以来の来日じゃないでしょうか。配色や構成に高い技巧は窺えます。

マルタとマリアという姉妹の家にキリストが招かれた際の話を題材にし
ていて、マリアがキリストの傍らでじっと話を聞いている所にマルタが
やってきて、「ちっとも手伝わない!」 と注意しています。しかし、キリ
ストは 「マリアは良い方を選んだ」 と言い、つまりキリストの話を聞くこ
とが何よりも重要だという話です。 割と他の作品に比べると粗ら目の
タッチでややぼんやりして観えますが、明暗が強めでカラヴァッジョの
流派からの影響も感じられるかなと思いました。キリストの頭の周りに
は輝きがあるなど、宗教画としての雰囲気があります。今回の展示で
は風俗画が多いので、ちょっとこれだけ異色に見えました。

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   ヨハネス ・ フェルメール 「牛乳を注ぐ女」 1658-60年頃
   (アムステルダム国立美術館蔵)   11年ぶりの来日
今回の主役。展覧会でも、図録の表紙やグッズのモチーフなどに取り
上げられるほどのダントツの一番人気です。フェルメールの作品の中
でも誰が選んでもベスト3に必ず入るほどの名画。 「真珠の耳飾りの
少女」 と人気を二分する傑作です。2007年に国立新美術館で観て
以来のご対面です。全く劣化せず、350年間ずーっとこの色だった
んだろうなと想像してしまいますね。一見の価値ありです。

黄色と青の取り合わせが非常に明るく感じられ、その視線の先に自然
と目が行きます。そして画面全体の時間が止まっている中で白い牛乳
だけが静かに流れている・・・・そんな構図が、フェルメールっぽさの1つ
じゃないかと思います。パンなどには点綴法と呼ばれる光の粒が使わ
れているなど、光の表現も流石で、柔らかくも強い光です。足元のアン
カや寒さで赤く火照った手元、なにもないシンプルな壁などを見てい
ると、寒い冬の静謐な朝を思い起こさせます。細部を観察してみると、
いたるところに鈍い光や時には輝やく小さなハイライトのあることが分
かります。絵具が少々厚めな部分には、より多くの光が当たります。
このことはパンを見るとよく分かります。小さな点々は、皮のパリパリ
した感じを連想させます。縦横50センチにも満たない小さな作品。
時を忘れて、その魅力と向き合いました。ブルーの色合いが素敵。 

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フェルメールは、オランダ・デルフトという小さな街で生まれました。
ほとんどデルフトから出ることなく生涯を過ごしたといいます。フェ
ルメールは最初は歴史画 (物語画) を描いていましたが、後に風
俗画に転向し、市民の日常などを描きました。フェルメールが寡作
なのは裕福な妻と結婚し美術商をしていたので、制作に追われな
かったことに加え、若くして死んだためと考えられています。生前は
聖ルカ組合の理事になるなど当時から高い評価だったようですが、
作品数の少なさが災いして死後しばらくすると忘れられた存在とな
り、再び脚光を浴びるのは19世紀に入ってからです。最も有名な
「真珠の耳飾りの少女」 は汚れたままで競売にかけられ、現在の
価値で1万円未満で買われた程なので、相当に忘れられていた
のではないかと思います。

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    ヨハネス ・ フェルメール 「ワイングラス」 1661-62年頃
    (ベルリン国立美術館蔵)  日本初公開
絵画としての完成度は評価されてはいても、フェルメール作品の中では
そこまで人気があるわけではないですが、初めて見てみると、丁寧な描
き込みが目立ち、状態の良さも相まって非常に好印象です。初期から
中期へさしかかる過渡期の作品。女性の頭の白い布や、テーブルの天
鵞絨のような掛物といった質感の描き分けも美しいです。

女性がワインを飲み終わりそうな所に、継ぎ足そうと構えている男性。
飲み会でどんどん女性に飲ませる輩みたいなもんでしょうか。 この絵には
2人の関係性を思わせるモチーフが散りばめてあり、椅子の上のリュートは
愛を暗示し、ステンドグラスの中に描かれた馬具を持つ女性は節制を表す
そうです。つまり色恋沙汰を戒めるという意味らしいので、やっぱりそうかと
言った感じです。男性の表情は何やら誇らしげで、物事を優位に進めてい
るように見える一方、女性の表情はグラスで隠されていて分からず、両者の
行く末はどうなるか分かりません。外から差し込む光の柔らかさや、2人に
光が当たって反射する様子など非常に見事な表現となっていました。

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      ヨハネス ・ フェルメール 「リュートを調弦する女」  
       1662-63年頃  (メトロポリタン美術館蔵)
こちらはフェルメール作品の中でも作品の傷みが激しく、テーブル上や
椅子のあたりは何が描かれているのか絵柄がハッキリ見えないのですが、
それを差し引いても、期待感満載で窓の外を見つめる女性の表情が良い
です。これから部屋に遊びに来る彼氏は、床に転がっているヴィオラ ・ ダ
・ ガンバを演奏するのでしょうか。色々とこの後の展開を自由に想像して
楽しめる作品でした。

こちらも2008年の展示会で見覚えがありました。
見慣れた黄色い服を着て、何故か外を観ながら調律しています。解説に
よると手前に引かれた椅子や床に置かれたヴィオラ ・ ダ ・ ガンバと楽譜
がもう1人の奏者の存在を暗示しているということで、もしかしたら恋人で
しょうか? 例によってリュートを持ってるし、 背景の地図は愛する人が
遠くにいるのを示唆しているのでは? とのことでした。題材も謎めいてい
ますが明暗もミステリアスな雰囲気で、ややぼやっとした光の表現が他と
やや違って観えました。ちなみにこちらは、発見当時ボロボロで真作じゃ
ないと思われていた時期もあったようですが、その後の科学調査で真作
と認定されています。

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ミステリアスな緊張感をたたえた静謐な空間、光の粒子までをも捉
えた独特な質感を特徴とし、「光の魔術師」 とも称されているフェル
メール。窓から注ぎ込む柔らかな光のコントラストを生かしたその静
謐で緻密な画風に魅了されるファンも多いようです。

フェルメールの作品は生涯で37点ほど制作したと思われています。
43歳で亡くなってから作品は忘れられ、しばしば他の画家の作品
と誤解されていた様ですが、19世紀中頃、フランスの美術評論家
から存在を大々的に広まり名声を得て、「光の画家」 として知られ
るようになります。その後もナチスの時代には、贋作者が真似して
描いたり、ちょいちょいと歴史の中にもフェルメールの名前が出て
きますが、本格的に注目を浴びるようになったのは、1995~6年
に米国ワシントンとオランダのデン ・ ハーグで開かれた 「フェルメ
ール展」 に端を発します。この展示では20点ほどの作品が並んだ
という。世界的ブームを追い風に、その熱は日本にも伝わって人気
に火が付き、2000年の大阪での展示を皮切りに、2008年に東京
都美術館で開かれた 「フェルメール展」。当時史上最多となる7点
もの作品を集め、93万人の来場者を記録したようです。

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       ヨハネス ・ フェルメール 「真珠の首飾りの女」  
       1662-65年頃  (ベルリン国立美術館蔵)
フェルメールの魅力を教えてくれた最初の作品にして、個人的にはフェ
ルメールのなかでも好きな絵の一つです。 画家のほうを向いていません。
窓のほうにある小さな鏡を眺めています。うっとりしているかの様子です。
顔だけでなく、顔に近い指の曲げ方からも雰囲気が感じられます。 これ
からお出かけなのか? 誰か家にやって来るのか? わからないけど、
とにかく何かが始まる予感。そんな奥ゆかしい瞬間が日本人には合っ
てるんじゃないかなと思いました。

黄色いカーテンがふわりと掛かる窓辺からやわらかな光がさしこむ。
室内に立ちすくむ女性は真珠の首飾りを結ぼうとリボンを手に、壁にかか
る小さな鏡を見つめている。かすかにほころぶ口元と宙を見るような甘い
眼差し。 身支度にいそしむ女性が見せるふとした表情をフェルメールは
静寂の中に描き出しています。机の上には白粉をはたくブラシや銀色の
器が並び、光に照らされる白い壁を中心に据える斬新な構図は、画家の
空間表現へのこだわりを物語る感じです。

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    ヨハネス ・ フェルメール 「手紙を書く女」  1665年頃
    (ワシントン ・ ナショナル ・ ギャラリー蔵)
今回、来日する作品の中では一番 「カメラ目線」 で描かれた作品。
女性がまとう黄色の高級ガウンは隣に展示されていた 「真珠の首飾りの
女」 と共通しています。椅子の鋲や獅子飾り、女性のイヤリング、机の上
の道具箱など、画面上に光の粒があふれていました。細部まで光が満ち
た、フェルメールらしい作品です。音声ガイドによると、テーブルクロスの
折り返しと女性の左手が呼応しているとありました。 「だから何?」 (笑)

17世紀のオランダでは郵便制度の発達に伴い手紙でのやり取りが盛ん
に行われました。毛皮付きの黄色い上着姿の女性は、机に向かい羽ペン
を走らせている真っ最中。ふと筆を休めた彼女は、絵の前に立つ我々を
見つめるかのようこちらに顔を向けています。ふと目があった時のときめ
くような気持ちが込められているようにも思えます。背景の画中画は愛の
調和を示す楽器を描いているということなので、恋人に宛てた手紙でしょ
うかね。私宛て、ではないと思います。(笑) 耳元の真珠のイヤリングに
光の粒が輝く。当時、人々が憧れ、親しんだ手紙をめぐる情景を、フェル
メールは、美しい女性像を通じて描き出しています。

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フェルメール作品の照明はパターンがあります。基本的に窓が画
面の左側にあって、そこからの柔らかな光が人物の左半分を照ら
すサイド光のライティングになります。左から右にかけてのグラデ
ーションが綺麗なんですよ。ぜひこの点に注目して見てください!

フェルメールの魅力の一つが色彩です。ゴッホの言葉です。「彼の
絵には完璧なパレットがある」。中でも鮮烈なのが青。それはフェル
メールブルーと呼ばれ、多くの人々を虜にしてきました。その色彩を
この目で見てみたい。念願のフェルメールに会いに、この空間に足
を踏み入れ、数々のフェルメール作品に囲まれる時間は、美術ファ
ンにとって至福の時になるのは間違いないようです。

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   ヨハネス ・ フェルメール 「赤い帽子の娘」 1665-66年頃
   (ワシントン ・ ナショナル ・ ギャラリー蔵)  日本初公開
こちらは日本初公開の作品で、12月20日 (木) までの展示です。
この絵とほぼ入れ違いで、来年1月9日から 「取り持ち女」 が来ます。
日本初公開で話題の絵・・・・と、言いたいところだけれど、正直一番
人だかりが少なかったのです。「赤い帽子の女」 は、今回来日した
絵のなかでも、小さいほうの絵に入ります。(22.8×18cm)

この作品は板に書いたものです。布地のキャンバスと素材の質感が
違うことで、新しい光沢の効果を実験したのでは? と言われてます。
真っ赤な帽子をかぶり、振り向くようにこちらに視線を向ける女性。
驚いたような表情で、いきなり写真を撮られたような顔に観えますね。
顔の下辺りに非常に強い光が当たっていて、白を大胆なタッチで使っ
ています。それが離れてみると反射光に見えるのだから面白いです。
耳元の真珠、瞳や鼻先にも光の粒が描き込まれ、少し開いた口元は
つややかに輝く。 背景にタペストリーが掛かる薄暗い部屋の中に存
在感たっぷりに浮かび上がる姿です。 細部にわたる緻密な描写や
絶妙な配色など、フェルメールの卓越した筆さばきを随所に見つけ
ることができる作品です。

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      ヨハネス ・ フェルメール 「手紙を書く婦人と召使い」 
    1670-71年頃 (アイルランド ・ ナショナル ・ ギャラリー蔵)
アイルランドには行ったことがありません。今回唯一、初来日の作品
以外で初めて観た作品です。他の作品と異なり、初めて観た作品に
は発見や感動があります。この作品は、今まで二度も盗難の憂き目
に遭っています。これで懲りたのか、現在の所蔵先であるアイルラン
ド国立美術館に寄贈しました。無事戻ってきて、良かった良かった。

こちらも手紙を書く女性を描いた作品。静けさの中にペンだけが動いて
いるという感じで、穏やかな光景に見えますが、手前には書き損じの手
紙が転がっています。数カ月ぶりにやっと届いた恋文に、必死で返事を
書いているのでしょうか。本作には陰の主役がいます。それが、画面中
央で立つ召使い。邪悪な表情を浮かべ、窓の外をダルそうに見る召使
いは、必死な女主人と対照的ですね。ここで、やっぱり鑑賞者はいろん
なストーリーを考えちゃうんです。生の絵と向かい合ってみて、自分なり
のストーリーを自由に考えながら、想像を膨らます楽しさもまたフェルメ
ール作品の大きな醍醐味でしょうか。背景には赤子のモーセが、敵で
あるファラオの娘に拾われるという 「モーセの発見」 の絵のようです。

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今回の 「フェルメール展」。こういう機会はもう二度とないかもしれ
ません。吸い込まれそうな眼差し、この少女は何を見つめている
のだろう。恋しちゃそうだった代表作 「真珠の耳飾りの少女」 の
時と同じく素晴らしい美術展でした。2019年の1月には 「取り持
ち女」 が展示されるので、期間中にもう一度来ようと思いました。
しかし、大阪展限定の 「恋文」 も見たいけど遠くて無理ですね~。
フェルメールの作品の素晴らしさは、実物を観てこそ。「光の魔術
師」 とも称されるその作品は素晴らしく、まさに日本美術展史上
最大のフェルメール展でした。帰りはスタバに寄って回想しました。





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