一ヶ月に2回満月を迎える月を「ブルームーン」という。 そのブルームーンを見ると願い事が叶う・・・・。






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「言葉を磨く」 という事

...2017/10/15 08:23...

朝、窓を開けると、スーッと涼しい風が入ってくる。
10 月も半ばになると少しずつ肌寒くなってきましたね。
それに最近、夕方になると急に辺りが暗くなってしまう
ように感じます。 風が少し肌寒く感じられるようになる
この時期は、日の入り時刻が急激に早くなっています。
「秋の日はつるべ落とし」 という言葉がありますが、これは
秋はあっという間に日が暮れる、ということを表しています。

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先日、高田馬場へ出かけた帰り、早稲田通りと明治通りの交差点
手前にある鯛焼き屋さん。いつ通ってもお客さんの姿があり、人気
店の 「鳴門鯛焼本舗 高田馬場店」。鯛焼きの匂いに誘惑されても
我慢しようと思いつつ、お土産にと行列に並んじゃいました。(笑)

お土産用のお持ち帰りの他に、出来立てを食べたくって、一個だ
け袋に入れてもらい試食した。(下左) タイ焼きの頭からガブリ。
熱々を一口食べると皮を破ってホクホクのあんこがトロリ~しっぽ
にも背びれにもぎっしり詰まっていて、特にしっぽの部分がサク
サクで美味しい。あんが甘すぎずあっさりめで、舌ざわりが良くて
すごく好みのたい焼きでした。お土産用の鯛焼き。冷たくなって
いるじゃんという娘の小言に、頂いた説明文 「お持ち帰り鯛焼き
を美味しく召し上がる方法」 (下中) を渡し、さっそく実験。

一、小さじ一杯ほどの水で鯛焼きに、全体にまんべんなくなじま
せる。二、次にオーブントーストで3~4分ほど焼くと、薄皮のパリ
ッとした食感がよみがえり、香ばしく仕上がり成功。(下右) 鯛焼
きには、2種類の焼き方があって、鯛焼きの型に複数を一度に焼
き上げるものを 「養殖物」 と言うらしいです。一方、「焼き型」 に、
1匹ずつ丁寧に焼き上げる一丁焼きを 「天然物」 というそうです。
天然物と養殖物は焼き方の違いにより、皮の焼き上がりが異なり、
火の通り方によって味も違うんだそうです。天然物は美味しいです。

さて、
「つるべ」 とは井戸から水をくみ上げるために使うおけの
ことで、まるでつるべを井戸に落とすように、太陽がする
すると、はやく沈んでいくことからこの言葉ができました。

このように秋の日の入りは、日に日に早まります。
同じ時間でもまだ明るかったのに、今週はすでに暗くなっ
てしまっていると、感じることも多いですね。暗くなる前に
子供たちの帰宅時間を早めに帰るよう促すようにしたい。
お父さんたちはこの時間から、飲み屋さんとお友達に・・・・・。
秋の夜長を楽しみます。うふ


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「言葉を磨く」 という事


言葉というのは、使い方が難しい。
口から発せられた音声の並びや、紙に書かれた文字の
列が、場合によっては人の心をズタズタに引き裂いてしまう。
殴ったり蹴ったりしなくても、悪意を込めた言葉を送るだけで、
相手に致命傷を負わせることさえできる。
その言葉を生みだすのは人の頭脳だ。
邪悪で愚かな頭脳を持つ者は、言葉を凶器として振り回す。
言葉の暴力は、愚か者の証しである。

遅い昼食をとった後、休憩時間に上司を交えての世間話。
上司と話していて、言葉のもつ意味を知った。
上司の話を聞くとこうだ。

たとえば仏教では、「してはならない悪い行為」 を、大きく
10 種に分類するが、そこには 「殺す」 「盗む」 といった一般的
な項目と並んで、言葉に関係する悪行が四つも入っているの
だという。「嘘をつく」 「人の間を裂くような二枚舌を使う」
「荒々しい言葉をはく」 「理の通らないことを口にする」 の四つ。
仏教が 「言葉の暴力性」 をいかに嫌ったかがよく分かるという。

嘘ばかりついていると、次第に嘘と真実の区別が分からなく
なって、自分に都合のいい虚偽の世界で生きる利己的な人間
になってしまう。荒々しい言葉で人を怒鳴りつけてばかりいると、
人の情愛を推し量る感受性が摩耗してきて、たおやかさが失われる。
つまり、野蛮なけだものに近づいていく。それは、「すぐれた自己の
完成を目指す」 という仏教の道を逆行することになるのだという。
だからこそ、言葉の暴力を、徹底して嫌う事だと話された。

優しく正しい心を持っている人の言葉は優しくて正しい。
それはそうだろう。だが仏教が主張するのは、「今現在、粗暴な
心に支配されている人でも、優しくて正しい言葉を使うように努力し
続ければ、やがて自分の中に優しく正しい心が生まれてくる」 と
いうことなのだそうだ。自分の言葉を自分でコントロールして
いくことが、そのまま修業になるということです。

「相手の気持ちをくみ取りながら、誠実に言葉を紡ぎ出す」、
そういう日々を送ることで、我々は自分自身を磨いていくことが
できるのだろう。すなわち、言葉を磨くことは自分自身を
磨くことなのだと思います。

  日々是修行成り


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「CEATEC JAPAN 2017」 (幕張メッセ)

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毎年、同僚と欠かさず行くのが、この 「CEATEC JAPAN」。 
新製品をいちはやく体感したり、開発中の製品や技術プレゼンテ
ーションを見て、“ 明日の暮らし ” に想いを馳せる。日本が誇る
世界最先端の技術 ・ 製品を知る上でも興味があって毎年出掛け
ています。ところが、昨年から平日開催になってしまいました。でも
この開催は、働くサラリーマンにとって仕事関係でも外せないです。
上司の許可を頂いて研修の名目で同僚と出かけてきました。
物わかりの良い上司に感謝です。(笑)

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「海浜幕張駅前のゲート」 (上)  「京葉線への動く歩道」 (下右)

いつものことですが、会場となる幕張メッセまで行くのが大変です。
東京都心から遠いのが難点で、東京ディズニーラ ンドの舞浜駅よ
り、さらにその先ですからね。それに唯でさえ人混みの多い東京駅
で京葉線に乗り換えるのも時間が掛かります。長いエスカレーター
を下ります。そして動く歩道を3 回渡り更にエスカレーターを下って、
東京駅の中でも端っこの地下4 階に設置されているホームに行き
ます。京葉線のホームは、駅ひとつ分を歩く感じで約10 分位かか
ります。電車に乗って35分。海浜幕張駅から、さらに幕張メッセ
まで10分くらい歩きます。結局、東京駅から約1時間かかります。

「幕張メッセ」 (千葉県) (下左)
千葉県が所有する国際展示場と、株式会社幕張メッセが所有 する
国際会議場と幕張イベントホールからなる展示場です。幕張メッセの
メッセとは、ドイツ語の"見本市"の意味を指す"Messe"に由来 します。

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アジア最大級の、最先端の家電や情報技術 (IT) の展示会
「CEATEC (シーテック) ジャパン2017」 が、千葉市の幕張メッセ
で開幕。今年は家電メーカーが新製品を競った従来の展示会から
一層姿を変え、メガバンクや住宅メーカーなど異業種の顔ぶれが
目立つ内容となっています。 各社は人工知能 (AI) や、あらゆる
機器がインターネットにつながる 「モノのインターネット (IoT)」 な
どの最新技術を使った将来の生活像の提案を競う。今回は昨年
より多い667企業・団体が参加。約半数が新規出展。開催期間は
6日までで、4日間で16万人が訪れたようです。

「CEATEC JAPAN 2017」
会期   2017年10月3日 (火)~ 6日 (金)
時間   午前10~午後5時
会場   幕張メッセ (千葉市美浜区中瀬)
入場料  一般1000円、学生500円。
Web事前登録した人は入場無料になります。

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「屋外自律走行監視ロボット」  (上)
工場や倉庫などの広い敷地内を自律走行し、本体に搭載したカメ
ラで周囲360°を常時撮影、不審者の敷地内への侵入などを遠隔
監視できる車型の屋外自律走行監視ロボット。警備員は監視ルー
ムから敷地内の様子を遠隔監視し、不審者の侵入やフェンスの破
損などの異常を確認することができ、今後、警備会社をはじめ、工
場や倉庫、空港や湾岸設備など、広大な敷地を有する企業や施
設への巡回警備の負荷低減に寄与するという。
「4 G LTE対応 (スマートドローン)」  (下)
日本初の 「4 G LTE運航管理システム」 を用いた、「スマートドロー
ン」 による長距離飛行に成功。飛行中の位置、高度、速度、電波
状況、カメラ映像などの飛行状況を4 G LTE経由で監視し、離陸
から着陸まですべての操作を制御が可能という。 このような実験
は災害時の物資輸送や離れた場所へと食品を届ける、高齢化社
会でのいわゆる 「買い物難民」 に対する解決策になることが期待
されています。

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「8 K液晶テレビ」  (上)
8 K液晶テレビは、実際に見ると4 Kテレビよりもさらに高精細です。
ここまで高精細だと、実物とほぼ同じでは? と思えるほどに色彩も
豊かで、確かな実在感を感じます。圧倒的な解像度で、実物がそこ
にあるかのようなリアリティーと、今まで映らなかったモノが映り 「新
たな発見」 につながる感じです。 70インチ8K対応液晶テレビは、
写真からは絶対伝わらないので、ぜひ実際にその目で確認して
もらいたいほどです。
「採光システム」  (下)
液晶ディスプレイ技術を応用した 「採光システム」。(上右) 偏光技
術を窓に適用した状態。(上左) 液晶の偏光フィルター技術を用い
て、太陽光を地面ではなく、天井に反射させ、室内の照明の補助と
しようというものです。システムといっても電源は不要なもので、偏光
フィルターを設置するだけで機能するようです。 部屋全体が明るく
なる一方で、年間で4割以上の照明用電力の削減を達成し、省エ
ネになる偏光フィルターです。

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「高品質パノラマ映像視聴システム」  (上)
全天周8Kの高解像度映像を、映像技術である 「パノラマ超エンジ
ン」 を用いて分割再生。頭の向きに合わせて映像を高解像度配信
し、見ていない部分は低解像度で配信することで配信伝送帯域を
削減。8Kデコードから2Kデコード×2に再生負荷を軽減し、パソコ
ンでの再生を可能としているという。 次世代の通信規格である5G
時代における音楽イベントやスポーツ等の新エンタメ体験の実現
に向け、高品質なVR技術の開発に取り組むとのこと。
「バーチャル不動産物件を案内」  (下)
賃貸物件や建築予定物件の内見など、不動産とVRを組み合わせ
た試みは様々に取り組んでいますが、仮想キャラクターを通して不
動産物件を案内するコンテンツは国内初のようです。アテンダント
が遠隔で応対し、音声での会話やお辞儀などのインタラクションを
交えたコミュニケーションが可能のようです。リモコンによる照明の
オン ・ オフや、VRならではの機能として、壁や床の瞬時の模様替
えが可能です。明かりや素材の違いによる部屋の雰囲気の変化
を体感できます。

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「ガンシェルジュ ハロ」  (上左)
機動戦士ガンダムに登場する 「ハロ」 の形をしたAI (人工知能)
搭載の対話型コミュニケーションロボットです。球体のボディで転
がって移動するほか、収納された手足を使って階段の昇降もでき
ます。ユーザーの発言を音声認識し、会話も楽しめます。
「支援ロボット (エミュー3)」  (上右)
スタンドアローンだった 「EMIEW2」 に対して、こちらはクラウド上
のロボット I T 基盤で知能処理を行う点に大きな変更があり、複数
ロボットのデータ共有やシームレスな連携が行えるという。実際に
羽田空港や東京駅などで実証実験が進められているようです。
導入には受付案内などが想定されているようです。
「ホームアシスタント」  (下左)  
ホームアシスタントは赤外線リモコンの機能を備え、ユーザーの生活
に合わせて家電をコントロールする。例えば、帰宅したユーザーが
「暑い」 といえば、「お帰りなさい、エアコンを付けますか?」 と確認し、
いつもより強めに冷やすといった融通を利かせながらエアコンの
電源を入れたり、タイマーをセットするといった具合だ。
「ロボホン」  (下右)
ロボホンは個人が持ち歩くもので、起き上がりや二足歩行が可能。
話、メール、カメラなど携帯電話の基本機能を搭載している 「モバ
イル型ロボット電話」。ロボホンは法人への導入提案も進めており、
飲食店などの受付・接客、多国語による観光案内、見守りなどの
事例を紹介していました。

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家電やサービスがクラウドを通じて学習することで、住人の生活ス
タイルに最適化され、使えば使うほどユーザーを理解し、我が家
流に成長していく・・・・。その最適化は、ボタン操作や面倒な設定
を通じて行われるのではなく、ユーザーとAIの間で音声による自
然な会話を通じて自動的に行われるという。やや堅苦しい言い回
しですが、平たくいうと、「家電がユーザーと会話しながら勝手に
使いやすく進化していきますよ」 ということのようです。

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「スポーツトレーニングシステム (ARC Mirror)」  (上)
ミラーに映る自分の姿と同時にインストラクターの姿が映し出され、
トレーナーの指示に従って運動したりダンスしたりといった動きが
きちんとトレースできているのかを、センシング技術で判断。画像
認識ではなく3次元的に動きを認識しているので、初心者はチェ
ックレベルを下げて、上級者はハイレベルで評価するなど習熟度
に応じて比較/解析、正しいトレーニング方法を学べるシステム。
スポーツクラブ、ヨガスタジオ、ダンススタジオ、学校、公共施設
などでの需要を見込んでいるようです。
「スリーディー・デルゾー (3D-DELZO)」   (下)
リアルな等身大の人物や大型の物体を空中に立体表示するシス
テム。空中表示されている実体と、観察する側の双方が、空中像
を通じて双方向に視認でき、コンパニオンが実際に立っているか
のように感じられます。今回のデモでは、来場者の反応に合わせ
て手を振ったり、話しかけたり、近づいて手を伸ばすと、“握手” が
でき注目を集めていました。もちろん、コンパニオンと実際に手が
触れ合うわけではなく、そこにあるのはただの空間です。体験者
は一様に、何とも不思議な表情を浮かべていました。今後は、タ
ーミナル駅地下街の大型サイネージや水族館の展示説明など、
さまざまな市場、用途への利用出来るようです。

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「卓球ロボット (フォルフェウス)」
卓球ロボット 「フォルフェウス」 は、2013年に登場して以来、「人と
機械の融和」の実現を目指し、「機械による人の能力の引き出し」 を
軸に技術を進化させてきました。昨年、「フォルフェウス」 にAI 技術
「時系列ディープラーニング」 を実装したことで、学習結果を基にし
てラリー相手のレベルを判断、ラリー相手のレベルを理解し、その
人に合わせた返球を行うことが可能にしました。

4代目となる今年の 「フォルフェウス」 は、初心者が失敗するサーブ
を、ロボットが行うことで、卓球ラリーの開始を補助する 「サーブ機能」。
トスを上げてサーブを打つことができます。(下右) またラリー相手が
スマッシュを打とうとする気配 ・ 意図を読み取り、打ち込まれそうな位
置を予測し待機する 「スマッシュへの対応」 機能も追加。球のバウン
ドや、卓球のレベルに応じて様々なサウンドが鳴ったり、ネットに文字
が現れたり、(下左)  ラリーを続けることがより楽しくなり、一体感が
より強く感じ取れる様になっていました。

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「バイオリン練習ソリューション (Bowing Vision)」  (上)
従来のものは手袋型のデバイスを弓を持つ手側にはめる必要が
あったが、今回、直径3センチのセンサメダルを搭載したアームバ
ンド (アームセンサ) と、手首のアームバンド (加速度センサ) を
ニット配線で接続することで簡略化し、1人で容易に装着すること
が可能となり、無線で接続。演奏時の肘 ・ 手首の動きをセンサが
リアルタイムで検知し、正しい軌道や音との差をリアルタイムで解
析しタブレット上の画面に表示されます。見える化された形で確か
めることができるようです。
「硬式野球ボール (Technical Pitch)」  (下)
昨今話題になりつつあるスポーツテクノロジー分野に向けた I oT
技術を活用した硬式野球ボール。9 軸センサー (角速度、加速度、
地磁気センサー) を内蔵しており、ボールの回転数や回転軸、球速、
球種、変化量、腕の振りの強さ ・ 時間を計測し確認できるのが特徴。
投手が構えてからボールを離すまでの動き ・ 強さを計測する 「投球
モーション」 機能も備えており、ストレートや変化球での腕の振りをユ
ーザーごとに分析可能。球種ごとの癖を把握することができ、投球フ
ォームの改善に繋げられるようです。バッテリーは充電式にすると本
体が重くなり、使い勝手が悪くなるため、埋め込み型のバッテリーを
採用しているそうです。投手の育成にも役立てると期待されています。

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ますます加速する自動運転社会。来たるべき完全自動運転の実
用化に向けた取り組みの動きが加速しています。 特に日本では、
高齢者の事故の割合が増加。 認知 ・ 判断能力の欠如による事
故を減らすため、ドライバーモニタリングをはじめ、完全自動運転
社会に向けた未来への技術開発が進められています。

「モビリティ 自動運転を監視」  (上)
「ドライバー運転集中度センシング技術」 のデモンストレーションを
実施していました。「局所的な顔映像」 と 「大局的な動作映像」 の
2つの映像をリアルタイムに処理することで、居眠り、脇見、スマー
トフォン操作、読書など、さまざまな運転手の状態を判定。運転手
の多種多様な状態、健康状態や認知 ・ 判断能力など、車が人を
理解して、その人に適切なアドバイスやサポートをしてくれるという、
ドライバーモニタリングの実現に向けて、研究開発を進めています。
「車載HMI ソリューション (スマートコックピット)」  (下)
自動運転車の運転席を模したシートに座って、自動車の運転で遭
遇する様々な場面を疑似体験できる 「スマートコックピット」 を紹介
していました。例えば、ディスプレーによる視覚情報の提供に加え
て、シートに様々な工夫を盛り込み、運転者の聴覚や触覚にも訴
えて表示、音声、振動などにより、ドライバーに確実に情報を提供
し、より安全で快適な自動運転の実現に取り組むというものです。

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2000年に始まり、今年で18 回目。昨年から 「脱家電」 を掲げて
おり、従来の家電などに加え、金融や工作機器、玩具など異業種
からも初出展する企業が今年も目立っていました。 「シーテック」
は大規模な家電見本市として知られてきましたが、「日の丸家電」
のかつての勢いが衰え、昨年から I T 色を打ち出す方針に転換。
IoT を目玉に、異業種が加わる 「脱家電見本市」 路線が鮮明。

展示会の象徴は、会場中央に設けられた 「IoTタウン」 だ。「未来
の街」 をコンセプトに異業種中心に構えられた15のブースは、IoT
で生活がどう変わるかという “未来図” を提示するという感じです。

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「空飛ぶ折り鶴 (ORIZURU)」
会場を訪れたひとやテレビなどの報道を見て、印象に残っている
モノの一つが、天高く舞った 「空飛ぶ折り鶴」 ではないだろうか。

ここ数年の超小型飛行体研究所とのコラボとして、空飛ぶ折り鶴
「ORIZURU」 のデモを行っていましたが、今年は 「最先端技術
✕京の伝統工芸」 をテーマに、京都の和紙職人、京表具職人、
金箔工芸士とのコラボを実現。伝統の友禅図案を和紙で表現し
た 「ORIZURU」 と、全身に金箔をまとった 「ORIZURU」 の2種
類が紹介されていました。 優雅な飛行を実現するのは、更なる
軽量化を追求したマイコンボードと、「薄くて強い紙」 を実現した
匠の技。本来飛ばないはずの折鶴に命を吹き込み、多くの注目
を集めていました。この技術が様々な分野で活用されています。

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「テレイグジスタンス ・ ロボット」
そもそもテレイグジスタンスロボットとはなんぞや? ということです
が、「遠隔地のロボットを分身 (アバター) としてコントロールし、あ
たかもそこにいるかのような感覚を得ながら作業やコミュニケーシ
ョンを可能にする技術」 ということです。頭にはVRゴーグルとヘッ
ドフォンを装着し、モーションキャプチャー用のベストを着用。両手
には指の動きをセンシングし、指先に振動など 「触り心地」 を与え
るグローブをつけて実演していました。

こうした遠隔操作ロボットの活用法で第一に考えられるのが、極限
作業での利用だ。高所や危険物の撤去、災害支援など、生身の
人間が行うことにリスクを伴う作業でも、遠隔地でロボットを操作し
て行えば安全性が確保できます。医療分野での活用も注目され
ていて、医師がいない過疎地にロボットを置けば、例えば都市部
にいる一流医師の医療を受けられるようになるかもしれない。まる
で 「どこでもドア」 のように、自室にいながら世界中の都市を訪れ
ることを可能になる。そんな夢のような技術の開発が進んでいる
のです。夢を語り出したら夜が明けるレベルで面白いのが
「テレイグジスタンス」 技術なんですね。

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「ハプティック トリガープラス」  
「ハプティック」 って聞きなれない言葉かもしれませんが、「ハプテ
ィック」 とは、触っている感覚を生み出す技術のことです。固い ・
柔らかいといった感触や、表面のツルツル・ざらざらといった質感、
熱い ・ 冷たいといった温度の感覚、そういったものを振動や電気
的な刺激などで伝える技術です。デモでは、まず水が注がれて、
その振動が伝わって冷たさも伝わってきます。湯飲みにお湯が
注がれると熱くなります。飲み物でもソーダの場合、手には炭酸
のはじける感触が伝わります。 モノの固さ・弾力や素材の質感も
表現することが可能なようです。既におなじみになっているのが
携帯のバイブレーションですね。これひとつとっても、昔に比べ
てどんどん研究が進んでいることが分かります。

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各ブースでは、それぞれ独自の技術を解説するとあって、大勢の
方が並んで最先端技術の凄さに耳を傾けていました。「繋ぎ続け
て創る未来」 をテーマに、ネットワークのつながることで生み出さ
れる新たなサービスの紹介なども行っていました。

日本には、世界に通用する技術力を持っている中小企業などが
数多く存在します。そのような方々が世界で戦っていくためのサポ
ートをしたいという想いが、この小さな技術力に込められています。
こういう技術があるということを知ってさえもらえれば、「この良さは、
伝わる方には伝わる」 という自信を持っていました。そして、「自分
たちがいま持っている技術でできるものは何だろう」 と考えた結果
が、「CEATEC JAPAN」 の広い会場で目立って、人目を引くという
目的もあったようです。

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「2.5 Dプリントシステム (Mofrel (モフレル)」  (上)
世界初の 『電磁波造形技術』 を利用し、特殊なシートにバンプ (細
かい凹凸) を表現できるプリントシステム。これは電磁波の照射で、
印刷されたカーボン分子を振動させ、その振動熱をマイクロパウダ
ーに伝道させ、バルーン化させてバンプさせるもので、布や革、石
などの細やかな表面形状を高速かつ、ちょっとした立体物を出力
し、プリントアウトできるというモノ。世界初とのことで説明員の方の
鼻息がたいへん荒く、勢いに押されてか 「イノベーションテクノロジ ・
ソフトウェア部門」 を堂々の受賞です。
「ウェアラブルメーカーパッチ」  (下)
温度感知や加速度センサー、LEDなどさまざまな機能を持ったパッチ
を曲面や伸縮する布、衣服などに縫い付けて使用。会場では実際に
子供服に縫い付けたものが用意され、「子どもの心拍数などを計測し
て親のスマートフォンに信号を送る、逆に食事の時間に合わせて親が
送った信号を受けてブザーを鳴らす、といった色々な活用が行える」
と解説していました。技術としてはほぼ完成しており、どのように実用
化されるかは今後検討されていくという。

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「介護機器 (リショーネ)」  (上)
ベッドの一部が分離 ・ 変形して車いすになる介護機器で、被介護
者がベッドに寝たまま車いすに乗れる 「離床アシストベッド」。少子
高齢化の進行と介護労働力の不足が叫ばれる中、介護の中でも
負担が大きいベッドから車いすへの移乗介助に注目し、介助者と
被介護者の両方を支援するために、「電動ケアベッドと電動リクラ
イニング車いすを融合した、新たな概念のロボット介護機器」 とし
て商品化されたようです。
「幼児向けソーシャルロボト (COCOTTO)」   (下)
「COCOTTO」 は、幼児向けの知育ロボット。球体型の胴体で、本体
の中心線が縦に回転する樹脂製のホイールになっていて、床の上
などを回転してすいすいと移動できる。子供ひとりひとりの話し方を
学習して正確に聞き取り、おしゃべりの相手をしたり、寝る時間を教
えたりして、子どもの成長を促すパートナーとなるロボット。また親が
子どもに向かって 「もう寝なさい」 と何度言っても聞かない時は、ス
マホからメッセージを入力してココットに飛ばして、ココットがやさしく
「もう寝ようね」 と寝かしつけてくれるような使い方もできるように、様
々な機能の作り込みを行っている段階だという説明員の話しでした。

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「健康をアドバイスするエージェントサービス」
「健康管理」 に特化したAI (人工知能) スピーカーを参考出展。
(上左) 心拍数やストレス状態などの健康状態をチェックできる
センサーと音声対話エンジンを搭載し、搭載する脈波センサーに
指を乗せると、心拍数、ストレス度、血管年齢を測定できる。測定
結果や対話の内容に応じて健康に関するアドバイスを提供できる
というもの。

AI (人工知能) を搭載した鏡 (上右) に向かって食事の摂取状況
や運動の頻度などを口頭で伝えたのち、鏡面のセンサー (下左)
に手を触れると、生活スタイルなどを踏まえて 「脈拍」 「ストレス度」
「血管年齢」 を算出し表示する。(下右) 測定したデータは無線L
AN (Wi-Fi) 経由でサーバーに蓄積し、タブレット端末やスマート
フォンで健康状態の推移や同年代の人との比較ができるという。
実用化のめどは未定だが、シニア層の健康管理サービスとして
高齢者向け集合住宅などへの展開を見込んでいるようです。

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「カロリー ・ 栄養テェッカー (CaloRieco)」  (上)
参考出展のカロリー ・ 栄養素チェッカー 「CaloRieco」 は、食器に
盛り付けた食事を本体に入れるだけで、カロリーや三大栄養素 (タ
ンパク質・脂質・炭水化物) の含有量を測定する機器。近赤外光を
用いた独自技術により、食品を崩すことなく測定可能としている。
毎日の食事管理をしている糖尿病患者やその家族、ダイエットを
している人などに、煩雑な手間を開放することを目的として開発し
たという。測定したカロリーや栄養素は、ログデータとして自動で
記録。ユーザーのニーズに合わせてカスタマイズされたレシピを
提案するなど、今後はソフトウェアサービスへの発展も計画とか。
「需要予測 ・ 発注ソリューション」  (下)
さまざまなIoT技術を駆使することで、製造から物流、そして小売り
までの幅広いサポートを可能とするさまざまなソリューションの紹介。
小売りでは、パンにタブレットをかざすと、今日はどれが何個売れて
いるか、といったことも即座に知ることができるデモなども見ることが
できました。需要予測、発注、在庫管理など設置されているタグに
て管理し、顧客動線分析でレイアウトを最適化し、AI による需要予
測で発注量をレコメンド。効率的な商品管理と動線分析結果から、
売り場の最適レイアウトを提案していました。

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テクノロジーは社会や人を豊かにすることが目標とすると、これま
では家電を中心に人の生活の周りから、高機能のものを安く大量
に供給することこそが 「豊かにする」 という感じでした。松下幸之
助氏の 『水道哲学』 はまさにそういうこと。しかし、現在において
『暮らしを良くすること』 が変わってきました。マーケットに商品が
満ち溢れているなか、安く大量に商品を供給することが、『暮らし
を豊かにする』 に直接繋がらなくなってきました。商品をつなぎ
合わせて一体化することで、人の暮らしがどう豊かになるのか。
社会のニーズ、ビジネスのあり方の変化にあわせて 「CEATEC」
も変化するとの説明でした。 常連だったソニーをはじめ家電の
勢いは影を潜めた感じです。時代の流れでしょうかね。 

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いつものことですが、係の方から説明を聞いているうちに、ついの
めり込んで、突っ込んだ質問までしてしまうので、展示されている
ブースの半分も見られないのが実情で、同僚と苦笑いしています。
困ったものです。(笑) 製品紹介は、メモ書きしたものを参考にし
ながら紹介しました。でも、来て良かったです。 いろいろな製 品の
裏側で、たくさんの高度な技術が生かされているんだってい うの
が分かって、日本ってすごいなって思いました。

わたしたちの生活に大きな変化をもたらすであろう、様々な技術。
「わたしたちが目指しているのは、人間が人間らしく生きるということ。
そして、そのために科学技術を使うということです。テクノロジーで人
間の能力を補う、もしくは拡張することが求められる時代はもうそこ
まで来ています。近い将来運転せずにクルマが自動運転で、目的
地まで運んで くれる。まさに未来がすぐそこまで来ているわけです。
日本独自の強みを持つ高性能で、高品質な電子材料の開発、 製
造こそ が ” 物づくり日本 ” の維持、発展に欠かせないことを 「CE
A TEC JAPAN」 の会場を回りながら改めて感じた1 日でした。





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つねに 「世の中は悪くなる」 ?

...2017/10/08 08:32...

朝夕に吹く風も心なしか涼しくなり、ふと見上げた
空にはウロコ雲が浮かんでいたりして、秋の気配
も感じられるようになりました。

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4日は 「中秋の名月」 で、東京は最初は雲がかかっていましたが、
次第に雲も去り 「お月見」 が楽しめました。皆さんはどうでしたか? 
月の赤印の部分が静かの海です。(右) 月の表面にある月の海
の一つ。月で餅つきをしているウサギに海を見立てた場合、ウサ
ギの顔に相当する部分でしょうか。1969年7月20日にアポロ11
号の月着陸船が着陸した場所です。人類として初めてアームスト
ロング船長ら3人の宇宙飛行士が月に立った場所でもあります。
兎の餅つきといい、かぐや姫といい、月は眺めるだけで夢が広が
りますね。デジカメで撮ったので、上手く撮れてませんが悪しからず。

月見れば ちぢにものこそ 悲しけれ 
      わが身ひとつの 秋にはあらねど    大江千里

月を眺めているとあれこれと悲しく思われる、私一人のために
来た秋ではないのだけれど、と孤独な気持ちにもなります。
しかし、秋の自然はとりわけ変化に富んでいて、過ぎゆく時の
はかなさを強く感じさせられます。私一人のために来た、
それぞれの秋がある、のかもしれません。
すてきな秋を探してみてはいかがでしょうか。

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つねに 「世の中は悪くなる」 ?


現代の私たちの社会には、今、どんな変化が
起こっているだろう? 多くの人々は、今の社会が
悪くなっている、子どもたちが凶悪化し、日本古来
の礼儀や人情が壊れている、と感じているようだ。

いつの時代でも、人々は 「世の中が悪くなっている」
と感じているらしい。紀元前何千年もの昔の記録の
中にも、「世の中はどんどん悪くなっている。今の人
たちはだめだ」 という記述があるというのだから、
この感じは世の常なのだろう。

それでは、こんなに何千年にもわたって悪くなり
続けてきたのなら、今はもう最悪に違いない。
しかし、そんなこともない、本当のところはどう
なっているのだろうか?

先日、同僚たちと小さな小料理屋で飲んでいて、
酒の肴に話が弾み 「今の世の中悪いよね」 との
話になって、ほろ酔いながらも帰り路で、本当に
世の中悪くなっている? ふと考えさせられた。

人々がつねに 「世の中が悪くなっている」 と感じる
理由の一つは、よくなったことはすぐにその状態が
「当たり前」 になってしまい、意識に上がらなくなることだ。
現代社会では、多くの人が飢えることもなく、赤ん坊
が病気で死ぬことも非常に少なくなった。しかし、
そんなことはもう、私たちにとっては当然なのだろう。

悪い変化はよく目につく。ところが、この 「悪いこと」
の種類が変化している。つまり、全体的にどんどん
悪くなっているのではなく、つねに新しい種類の
悪いことが出てくるのだと思う。

過去にあった悪いことは、今は改善されているのだが、
それを忘れてしまう。そこで、つねに世の中は 「悪くなる」 
と感じる。正しい表現は、「どんどん悪くなる」 のではなく、
「つねに新手の悪い事が生じる」、なのだろう。
そんな風に思って見上げた夜空に月が微笑んでた。
「そう、君の言う通りだよ」 語りかけた気がした・・・・。 


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「上野恩師公園&上野駅周辺散歩」

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何気ない散歩も、視点を変えれば特別な 「旅」 になる。心を豊か
にしてくれる自分だけの時間は、実は身近な場所からも見つかる
ものなのかもしれません。知っている、と決め込んでいた場所も、
少し視点を変えてみるだけで、普段とはまったく違う表情を見せ
るものです。 誰もが知る有名スポット ・上 野恩賜公園周辺を
散歩して、その魅力を再発見してきました。

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「竹の台噴水」
竹の台は、江戸時代根本中堂があったところで、両側に竹の台
(うてな) があったことに由来します。 ここには、常行堂、法華堂
などの主要な堂宇がありましたが、戊辰戦争で灰燼として消え
てしまいました。本堂跡へ博物館が建設され、その前庭として
の修景で緑と噴水が計画され、平成24年に完成しました。

日本で最初の洋風都市公園第一号。
上野恩賜公園 (うえのおんしこうえん) は、東京都台東区にある
公園。一般には通称の上野公園で知られる。「上野の森」 とも呼
ばれ、武蔵野台地末端の舌状台地 「上野台」 に公園が位置する
ことから、「上野の山」 とも称される。桜の名所として有名であり、
公園内には博物館、動物園等、多くの文化施設が存在します。

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「ラジオ体操ひろば碑」
動物園前交番脇に 「ラジオ体操広場の碑」 と、書かれた碑を発見。
この碑は ラジオ体操ひろばとして、永年にわたり多くの人達に親し
まれている当地に 「ラジオ体操制定五十年」 を記念し建立された
ものです。この碑の辺りが、ラジオ体操が行われた場所のようです。

昭和3年11月、旧ラジオ体操第一は、逓信省簡易保険局が昭和
天皇ご即位の大礼を記念し、「国民保健体操」 という名称で制定
され、NHKの電波にのせて全国に放送したのが始まりだという。
その後、第二次世界大戦の影響を受けて、50年間国民に愛され
た放送を昭和22年 (1947) に一時中断。戦後の復興と共に、
ラジオ体操は再会されたようです。いつでも、どこでも、だれでも
手軽にできるラジオ体操の愛好の輪が、このひろばを起点として
広がったのでしょう。国民の誰もが知っているわけです。

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「摺鉢山古墳」  (上)  
寛永寺清水観音堂の先の階段を上ると摺鉢山古墳があります。擂鉢
山古墳は約1500年前に築かれた前方後円墳で全長約70メートル、
後円部の直径約40メートルで摺鉢を伏せたような形状から摺鉢山古
墳と名付けられたようです。現在の頂上は木々に囲まれ腰掛けベン
チがあり休憩広場になっていますが、気持ちとして古墳の上に居る
特別感がありました。公園内に古墳があることを初めて知りました。
「上野動物園」  (下左)     
上野動物園は、明治15年 (1882) に開園。日本で最初の動物園
です。第2次大戦中には、猛獣処分と呼ばれる悲しい出来事があ
りましたが、これまで上野動物園は 「生きた博物館」 として世界各
地から集まったさまざまな動物を展示してきました。6月に生まれ
たジャイアントパンダのメスの赤ちゃんの名前が、「シャンシャン
(香香)」 に決定。女の子らしいとても素敵な名前ですね! 
はやく、シャンシャンが公開になるのが楽しみです。
「上野動物園前派出所」  (下右)
上野動物園の目の前に建つ交番です。正式名称は 「警視庁上野
警察署動物園前派出所」 といいます。「杜」 を抽象化したような4本
の柱兼屋根の様なものが建物を囲っているのが特徴です。迷子や
落とし物の取扱い、道案内などの多い交番です。この交番は台東
区まちかど景観コンクール建築景観賞を受賞しています。

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「正岡子規句碑」
東京文化会館裏を真っすぐに進むと右手に野球場があります。
上野恩賜公園開園式典130周年を記念して、ここに子規の句碑
を建立したのは平成18年 (2006) の事です。句碑には 「春風や
まりを投げたき草の原」 と、彫られています。野球好きの子規が、
大学時代にベースボール大会を行っていた頃に詠んだ句です。

「正岡子規 (1867~1902)」
現在の愛媛県松山市 に生まれた。名は常規 (つねのり)。
愛媛県から東京に上京し、東京大学予備門へ入学。俳句、短歌、
小説、随筆など多方面に亘り創作活動を行い、日本の近代文学
に多大な影響を及ぼした、明治時代を代表する文学者の一人。
結核を患い、血を吐くようになってから、「子規」 の雅号を用いる
ようになります。「子規」 とは鳥のホトトギスの別名であり、血を吐
くまで鳴くといわれるホトトギスと結核で血を吐く自分自身を重ね
合わせてつけられたようです。結核でありながらも戦争の記者と
して従軍したりしますが、病を悪化させ、明治35年 (1902) 逝去。
松山中、共立学校で同級だった秋山真之とは、松山在住時から
の友人であり、東大予備門では夏目漱石と同窓でした。
「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」 は俳句の代名詞として知られる。

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「正岡子規記念球場」
正式名は 「上野恩賜公園正岡子規記念球場」。 日本にベースボ
ールが知られるようになったころから上野恩賜公園の場所で、野
球を楽しんでいたことと、アメリカのベースボール用語の日本語を
作成した功績などにより、野球場に 「正岡子規記念球場」 の名称
が用いられることとなりました。

子規は、明治19年頃から同23年頃にかけて上野公園内の空地
で野球を楽しんでいました。子規はこのとき捕手だったそうです。
子規は野球を俳句や短歌、また随筆、小説に描いて その普及に
貢献しました。ベースボールを 「弄球」 と訳したほか 「打者」 「走
者」 「直球」 などの訳語は現在も使われています。これらの功績
から平成14年に野球殿堂入り (野球体育博物館) を果たしました。

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慶応4年 (1868)、大村益次郎指揮の官軍は、彰義隊を総攻撃し、
壊滅させました。のちに、「上野戦争」 と呼ばれている戦いです。
この戦いの主戦場となった上野寛永寺は官軍の攻撃により焼失
し、明治維新以降、上野の山一帯は焼け野原となり放置されてい
ました。明治6年 (1873) の太政官布達によって、上野恩賜公園
は、芝、浅草、深川、飛鳥山と共に日本で初めて公園に指定され
ました。

当初は寛永寺社殿と霊廟、東照宮それに境内のサクラを中心に
した公園でしたが、その後整備が進められ、公園敷地内には、不
忍池、上野東照宮、上野動物園、東京国立博物館、国立科学博
物館、東京都美術館、国立西洋美術館をはじめとした文化施設
が建てられ、四季には数々の催し物が開催され、文化の香り高
い公園へと衣替えしました。

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「上野駅」  (上)
日本初の私鉄である日本鉄道が、上野-熊谷間の第一区線開業
時に合わせて、山下町に東京方の起点駅として明治18年 (1884)
に開業した歴史ある駅です。現在、北関東と東京を結ぶJR各線と
東京メトロ各線、また東北、上・信越方面の各新幹線、その他在来
線各線が発着など、東京の 「北の玄関口」 として機能しています。
中央改札口上に描かれた猪熊弦一郎作の絵画 『自由』 が掲げら
れており、当駅を代表する光景です。(下右) 昭和7年 (1932) に
竣工した二代目駅舎の外観はほとんど変わらないようです。

戦後の昭和30年代、高度経済成長期にあった 「上野駅」 では、
夜行列車で集団就職のために上京する光景が見られたました。
都市部の求人難を救う 「金の卵」、まさに、得がたい人材となった
のです。(下左) 最当時の 「金の卵世代」 も、いまでは60歳代
から75歳ぐらいになっているようです。上京する人、故郷に向か
う人が行き交い、様々なドラマが生まれた「上野駅」。 今なお、
故郷と東京をつなぐ 「心の駅」 と感じる人も多いようです。NHK
朝の連続テレビ小説 「ひよっこ」 でも、東京への集団就職で、上
野駅での風景が放送されていたので、あのシーンがすぐに浮か
んできました。

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「あゝ 上野駅」 歌碑
歌碑は、JR東日本上野駅の不忍口を出て左に進み、ちょうど高架
をくぐり抜けようとする辺りにあります。碑は大きなレリーフに汽車が
上野駅18 番ホームに到着し、集団就職者の引率の様子を捉えた
写真が載せられています。建立は平成15年 (2003) です。

♪ どこかに故郷の 香りを乗せて 入る列車の なつかしさ  
    上野は おいらの 心の駅だ くじけちゃならない人生が 
      あの日ここから始まった

歌碑のレリーフにあるように、当時は東北地方などから 『金の卵』 と
呼ばれた集団就職者が夜汽車に揺られ東京を目指して期待と不安
を胸に抱きこの上野駅に降り立ち、引率者に連れられるままそれぞ
れの就職先へと散って行ったようです。高度成長期真っ只中、その
集団就職者達の心情を歌った曲が、昭和39年 (1964) に大ヒット
した井沢八郎さんが歌った歌謡曲 『あゝ上野駅』 というわけです。
我が国の今日の繁栄の元となった高度成長期に、故郷を離れ孤独
で辛い毎日の中で働き続けた集団就職者に対しては素直に敬意を
表したい。彼ら彼女らにとって当時この歌は 『心の応援歌』 として
勇気と感動をもたらし、意義深いものであったはずです。

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「上野駅石川啄木歌碑」
歌碑は、上野駅15 番線車止め前で、中央改札口から入って真っ
すぐのところです。(下右) どっしりした鋳鉄製の丸い碑で、東北新
幹線上野停車を記念して昭和60年に設置されたという。「新幹線が
上野と東北を物理的に結ぶなら、石川啄木の歌碑は、上野と東北
の人々の心をつないでほしい」 との願いがこめられているようです。

かつては、このホームを毎晩のように北に向かう夜行列車が発車し
ていました。「上野発の夜行列車」 で、北海道へ向かう女性の心情
を描写した歌謡曲 『津軽海峡 ・ 冬景色』 が歌われています。明治
末期には既に上野駅に対する郷愁の想いを端的に表したのが岩
手県渋民出身の歌人・石川啄木でした。

「ふるさとの 訛なつかし 停車場の 
        人ごみの中にそを 聴きにゆく 」  石川啄木

東京で暮らしていた啄木が、寂しくなったとき、ふるさとのなまり言葉
を聴くことのできる上野駅に行き、寂しい気持ちを紛らわして安堵す
ることができた、という気持ちを詠ったもの。 停車場とは 「上野駅」
のことで、東京に暮らしながらも、故郷 ・ 岩手を想う気持ちが伝わ
ってくる感じです。

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上野恩賜公園は、明治6年の太政官布達によって、芝、浅草、
深川、飛鳥山と共に、日本で初めて公園に指定されました。ここ
は、江戸時代、東叡山寛永寺の境内地で、明治維新後官有地と
なり、大正13年に宮内省を経て東京市に下賜され 「恩賜」 の名
称が付いています。散策中に遭遇するのが、歴代の作り手が意
匠を凝らした博物館や美術館の数々。国立科学博物館では原
寸大のシロナガスクジラに圧倒され、東京国立博物館の表慶館
前では狛犬ならぬ、阿吽のライオン像がお出迎えします。

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「彰義隊の墓」
彰義隊の墓は、西郷像の裏手の木立ちに隠れるようにひっそりと
立っています。慶応4年 (1868) の上野戦争で戦死した彰義隊
の遺体は、見せしめのために上野山内に放置されていましたが、
紆余曲折を経て明治14年 (1881) に、彰義隊の隊士を火葬に
した場所に、山岡鉄舟筆による 「戦死之墓」 が建てられました。

幕末、幕威の衰えによる、戦乱の中、官軍代表の西郷隆盛と、幕
軍代表の勝海舟の間で会談が執り行われ、江戸幕府の御霊とも
いえる江戸城は官軍に明け渡されました。彰義隊は、この江戸城
無血開城などの完全降伏に不満の旧幕臣たちを中心に構成され
ます。新政府は、依然として不穏な動きをつづけ武装解除にも応
じない彰義隊の討伐を決定。上野寛永寺周辺にたてこもる彰義隊
を包囲し、雨中の激戦の末、新政府軍の圧倒的な火力により、わ
ずか1日で彰義隊は壊滅しました。彰義隊戦死者は、逆賊とみな
された彼らの墓を建立することが許されたのは、ようやく明治7年
になってからでした。その墓碑銘も政府をはばかって 「彰義隊」
の名は記されていません。現在は歴史的記念碑として東京都の
管理下に置かれています。

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「お化け燈籠」  (上)   
上野恩賜公園内の東照宮の入り口付近にあり、寛永8年 (1631)、
佐久間大膳勝之が奉納した石灯籠です。高さ約6 m、笠石の周囲
約4 mと、あまりにも巨大な灯籠のため 「お化け灯籠」 と呼ばれて
います。名古屋の熱田神宮の石灯籠、京都南禅寺の大石灯籠と
合わせて日本三大石灯籠のひとつに数えられています。佐久間
大膳勝之は、織田信長の武将、佐久間盛次の四男に生まれ、
母は柴田勝家の姉という、もろに戦国武将の人物です。
「時の鐘」  (下)
寛文6年 (1666) に設けられた鐘で、江戸の市民に時刻を知らせて
いたのが 「時の鐘」 です。当時、江戸市中には9ヶ所の時鐘があり、
上野の時鐘は 「花の雲鐘は上野か浅草か」 と松尾芭蕉に詠まれた
ほど江戸市民に馴染み深いもので、松尾芭蕉が当時の 「時の鐘」
を耳にしていたと言うことです。現在もなお、鐘楼を守る人によって、
朝夕六時と正午の三回、昔ながらの音色を響かせているようです。

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「トーテンポール」
寛永寺清水観音堂の先の上野大仏とパゴダから上野動物園に行
く道沿いにトーテムポールはあります。都民の憩いの場である上野
公園に緑の森と動物と人間生活を結びつきを強調し交通標として
都民の平和と繁栄を願って、1964年に東京ライオンズクラブによ
って建立。高さ約7メートルで像、猿、梟などが彫られています。

「トーテムポール」 は、北アメリカ大陸の太平洋に面した北西沿岸
部に住む先住民の多くが、彼らの家の中、家の前、あるいは墓地
などに立ててきた、柱状の木の彫刻で、人々の出自、家系に関わ
る紋章や、彼らが伝えてきて、かつ 「所有する」 伝説、物語の
登場者などを彫刻したものです。

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「寛永寺清水観音堂」
不忍口側階段を上がり西郷隆盛像を右手に見ながら真っすぐに
進むと朱色のお堂があります。清水観音堂は京都の清水観音堂
がモデルで、本堂正面を舞台づくりにし、不忍池の景色を眺めら
れるようにしています。丸い形をした 『月の松』 (上左) は、浮世
絵で有名な歌川広重が 『名所江戸百景』 (上右) 描いた松のモ
デルとなっています。この度150年ぶりに復活したものです。

清水観音堂は寛永8年 (1631) に建立され、清水の舞台からは
不忍池の蓮池が眺望できます。上野恩賜公園は、元々、清水観
音堂などを束ねている寛永寺の境内の土地でした。 寛永寺は、
天台宗関東総本山の寺院で、徳川将軍家の祈祷所・菩提寺で、
隆盛を極めていました。 しかし、明治維新の際に上野に立て籠
もった彰義隊の戦で、寺院の大半が焼失し、寺の規模が大幅に
縮小され、現在に至ります。現在、重要文化財に指定されている
歴史的建造物です。

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「川柳の原点 ・ 誹風柳多留発祥の地記念碑」
上野駅の不忍口側公園入口階段前の左側に設置されています。
以前は無かったのですが、碑文を読んでみると平成27年8月に
建てられたようです。石碑の樽には 『はねのあるいいわけほどは
あひる飛ぶ』 と記されています。 樽の上にいる黄金色の鳥は
「あひる」 のようです。(下左)

川柳が誕生したのは今からおよそ250年前、江戸時代の浅草か
らはじまりました。与えられた課題に対して考えて五七五の句で
応える17音独立文芸に高めたのが柄井川柳という方です。この
方は川柳の選者で後に川柳と呼ばれる由来となった人物でもあ
ります。初代の柄井川柳が生きていた形式的な川柳の時代を古
川柳、文化年間以降の狂句時代、明治中期以降に作られた
新川柳の時代に分けられ、深い歴史があるようです。

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「蛙の噴水」
JR上野駅の不忍口側公園入口付近を、袴の腰に当たるところから
「袴腰広場」 と呼ばれています。ここには蛙の噴水があります。蛙
の噴水は小さな水槽に向かって蛙の口からピューと水が出てめっ
ちゃ可愛いです。(下左) じっくり見ると なんとおへそがあるん
ですね。周囲の広場は、座れるスペースがあり、多くの観光客が
池の淵で一寸一休みに来ています。待ち合わせの場所としても
最適で人気のある場所です。夜はなんとライトアップもされます。
吹き上げた水が水盤にうまく吸い込まれていく様も見事で、時折
観光客がシャッターを向けていました。

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「国民栄誉賞手形」
袴腰広場の可愛い 「蛙の噴水」 場所の突き当りに 「国民栄誉賞受
賞者の手形」 が設置されています。意識しなければ確実に見落とし
ちゃうくらい、ほどんとの方があることさえ知らないようです。手形の
モニュメントは、国民栄誉賞を受賞した方々の手形で、王貞治氏か
ら始まって高橋尚子さん (下左) まで並んでいます。思わず自分の
手と比べてみたりしてしまいました。(笑) 平成8年 (1996) に設置。

「国民栄誉賞」
内閣総理大臣表彰のひとつであり、1977年の福田赳夫内閣時代
に創設。 「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに
顕著な業績があった方に対して、その栄誉を讃えることを目的とす
る」 として創設された賞であり、主に歴史に残る記録や作品を生み
出したものに授与されているが、明確な選考基準が定められてい
るわけではない。また国籍が日本以外でも表彰の対象となって
いるようです。

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上野恩賜公園内には数々の名所があります。しかしながら、上野
恩賜公園を訪ねる場合は、上野動物園、美術館、博物館、冬ぼ
たんや桜並木などのスポットを訪ね、用件が終わればそのまま帰
ることが多く、公園内をゆっくりと散策することは少ないようです。
ということで、意外と知られていない上野恩賜公園の散策スポット
や上野駅周辺にも様々な石碑等もあり、博物館や美術館を訪れ
た際にでも探してみると楽しいものです。

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上野公園は"芸術の秋"であふれていました。しかし、あまりに有名
すぎるから、勝手知ったる観光地と思い込みがちな上野恩賜公園。
ですが、木々が色つき陽気に誘われて、思うがまま、心静かに歩
いてみると、今までと違う意外な発見があるものです。古典と現代、
和と洋、アートと科学が入り混じった建築物には、「東京なのに東
京じゃない」 不思議な異国情緒が漂います。休憩場所に事欠か
ないのも、上野公園のいいところ。屋外のベンチに座って本を片
手に一休みするもよし。カフェに入って、あえて 「何もしない」 を
選択するもよし。上野恩賜公園はそんなところでした。





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「水のありがたさ」

...2017/10/01 09:20...

10月 (神無月) になりましたね。
今月は、神様が出かけて居ないという。
出雲大社に全国の神が集まって一年の事を話し
合うため、出雲以外には神がいなくなるんだそうだ。
出雲では、神様が集まっているので
神在月 (かみありづき) と称しているんだとか。

衆議院が解散された。
この時期、何のための解散なのか大義名分が
分からない。その衆議院の総選挙には約600億円
がかかるという。私たちのような庶民には、まったく
ピンときません。何ができるくらいの金額なのか。

東京スカイツリーの総事業費が650億円。
東京の新名所、スカイツリーの総事業費分です。
やっぱり、多額の費用がかかるんですね。
これだけのお金を使って選挙をするのなら、
国の政治は本当に変わるのだろうか?

Yes we can (私達はできる)

「変革」 の理念と、人種と世代を超えて
それを伝えた言葉の力。オバマ元米大統領の
言葉には、聞いていて重みがあるなあと思った。
今月の22日は、政権をかけた衆院選がある。
与野党の指導者たちが何をどう語るか。
べらんめえ調でもいい。木訥でもいい。
心に響く言葉を聞いてみたい。

さて、4日は十五夜です。

月々に 月見る月は多けれど 
月見る月は この月の月    (よみ人知らず)

毎月のように月を鑑賞する月があるけれど、
名月を見る月といえば、まさに今月のこの月なんですね。
皆さんも日常の喧騒からはなれ、ゆっくりと夜空の
月を見上げて、中秋の名月を楽しんで下さい。


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「水のありがたさ」


昔は、たらいに入れた水を日なたに置いて温め、
行水に使った。また、それを捨てずに洗濯や打ち水
に使ったという。水は命の源であり、日常生活や農業、
工業などの産業に欠かせない重要な資源です。

わが国には 「湯水のごとく使う」 という言葉が
あるように、水はいくらでも使えて限りないものだと
思っている人が多いようだ。しかし、実際には限りが
ある資源であり、いつまでも豊富に使えるものではない。
昔から水を粗末にするものは短命とか、あるいは
水使いの荒い人は、人使いが荒いなどといわれている。

先日、会社の後輩がアパートの自室に帰宅して
水道の蛇口をひねると、水が出ない。大屋さんに問い
合わせると、「水道のポンプが詰まっていて、直るのに
翌日の夕方」 と言われたらしい。水の入った大きな
ポリタンをひとつ届けてもらい、しのぐことになった。

風呂は明日に入ればいいし、どうにかなると
考えていた。しかし、断水のことをつい忘れ、何度か
蛇口をひねってしまう。キュルキュルという空回りの音
がするだけの蛇口。どうしようもない不便さを感じたという。

ポリタンの水をやかんに移し、やかんから少しずつ
水をたらしながら、食器を洗う。やかんの水はすぐに
足りなくなり、結局、一日分の自分の食器を洗うのに、
やかん3杯分を使ってしまった。自分が食器洗いに
使っている水の量を初めて知ったようだ。トイレをはじめ
水のことばかり考えた一日だったという。断水は、水の
大切さと大切に思って使うことを教えてくれたようだ。

水は日常ふんだんにあるようにみえるが、
いったん不足して初めてありがたさが分かるものだ。
「河にいて水を惜しみ、山にいて薪を倹約するの
覚悟あらざれば世帯は持てぬ」--。
これは福沢諭吉の言葉です。

豊富で、低廉という従来の水に対する認識を改め、
有限で貴重な資源である事を十分認識したいものだと、
ふと思いました。資源を惜しむ気持ちは、
何歳になって持ち続けたいものです。


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「上野恩賜公園の銅像」 

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芸術の秋。特別展 「深海2017」 や 「ボストン美術館の至宝展」
など上野恩賜公園に足繁く通っていますが、観賞後に散歩がて
ら公園内を歩くと意外と銅像の多さに驚きます。上野恩賜公園は、
場所の歴史柄、いろいろな記念碑、銅像、彫刻などが敷地内に
散在しています。公園としても恩賜の名前の通り憩いの場ですが、
そんな上野恩賜公園を改めて散策して見つけた銅像を紹介して
みます。「銅像編」 という感じでしょうか。

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もともと上野公園は、江戸の三代将軍 ・ 徳川家光が鬼門を封じる
ための東叡山寛永寺の敷地でした。戊辰戦争において寛永寺に
立てこもった旧幕府軍を新政府軍が攻めたことにより、焼け野原
となっていた。その場所に医学校と病院を建設する予定であった
が、上野の山を視察したオランダ軍医のボードワン博士が、公園
として残すよう日本政府に働きかけて、1873年に日本初の公園
に指定されたものです。現在では春になると桜の名所となり、様
々な文化施設が建ち並び、上野動物園もあって、文化芸術の森
となっています。じっくり公園を歩いてみると様々な銅像があるこ
とに気づきます。普段は見逃してしまいそうな銅像を紹介します。

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え、この銅像、知らないの? 多くの人で賑わう東京 ・上野公園
(正式名称は上野恩賜公園) で見かける偉人像 ・ 銅像や石像
・ 碑を豊かな森林に恵まれた 「上野恩賜公園」 で見つけました。

待ち合わせするときに目印として便利なのが 「銅像」 や 「石像」
名前は知っていても、“どんな人物” で “何をした” か意外と知ら
なかったりしませんか? チョット知っておくだけで、待ち合わせ
にやってきた人に対してちょっと自慢できるかも知れません。

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      「西郷隆盛像」
上野公園と言えば、真っ先に名前が上がるのが、この 「西郷
隆盛像」。JR上野駅のしのばず口から公園に入って、石段を
上ったすぐ右側にあります。この銅像は高村光雲によって彫
られた銅像で、明治31年 (1898) 建立。 高村光雲は高村
光太郎のお父さんです。大らかさを感じさせる銅像ですね。

上野のお山の西郷さん、と呼ばれて親しまれている西郷隆盛
は、軍人・ 政治家として江戸時代から明治時代にかけて活躍
したことは、日本人なら教科書で学んでいるでしょう。 薩摩藩
(現 ・ 鹿児島県) に生まれ、薩摩藩の下級武士の身ながら時
の藩主 ・ 島津斉彬に見出され、やがて戊辰戦争を主導し、江
戸城を無血開城させて、倒幕と明治新政府の樹立に大きな役
割を果たした人物。 その後、士族による反乱 「西南戦争」 の
指導者として陣頭に立つも敗れて自ら命を絶つという、波乱万
丈な生涯でした。大久保利通、桂小五郎とともに維新三傑の
一人に数えられています。

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西郷隆盛像のモチーフは、犬を連れ、浴衣姿で兎狩りに興じてい
る姿。この姿を提案したのは従弟の大山巌で、私利私欲のない無
垢な人間としての西郷隆盛を表現するという志であったそうです。
また、西郷の愛犬は雌犬の 「ツン」 でしたが、銅像製作当時はす
でに死んでいたため、別の雄犬をモデルに製作されたようです。
当時、東京市民のほか地方から訪れる観光客にも人気でした。
関東大震災時には尋ね人の張り紙掲示板の役割も務めました。
明治から昭和初期にかけては遠くからでも目立ったといいます。

余談ですが、西郷隆盛の未亡人は像が兎狩りの姿を模したとは知
らず、除幕式の際に 「浴衣で散歩することはなかった」 と不満をも
らして周囲を慌てさせたというエピソードも残っています。西郷は日
本初の陸軍大将となったことでも知られていますが、平服姿で像が
作られた背景には、西郷が西南戦争で賊軍になったことが影響し
ていたようです。なお鹿児島には軍服姿の銅像が作られています。

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「小松宮彰仁親王銅像」
像は、勲章を佩用した軍装の乗馬姿で明治45年 (1912) に除幕。
上野動物園正面入り口、向かって左側の木々に囲まれた場所です。
軍装の装飾、勲章、装備、馬具の精緻きわまる描写姿です。そして
並足の騎馬の抑えた躍動感と馬上の親王の凛として威厳あるたた
ずまいです。周囲には桜の木があり、花咲く春が銅像の見ごろと
言えるかもしれません。

小松宮彰仁親王は、江戸時代末期の弘化3年 (1846) に皇族伏見
宮邦家親王の第8皇子として誕生。戊辰戦争で奥羽討伐総督として
官軍を指揮したほか、のちの西南戦争でも旅団を指揮して出征して
います。明治時代は欧州王族の例に倣って日本の皇族も進んで軍
務に就くべきという雰囲気が皇族内にあり、彰仁親王もそれを奨励し、
自らも多くの戦場に立ったことで知られています。明治23年 (1890)
には陸軍大将となり、近衛師団長、参謀総長という要職を歴任して
います。また軍務の一方で、西南戦争の負傷者救護団体として創
立された博愛社 (のちの日本赤十字社) の総長に就任し、以後赤
十字活動の発展に尽力するなど社会奉仕・事業団体の総裁を務め、
現在、皇族が公務として行っている社会活動の礎となりました。

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「ポードワン博士像」
大噴水から東京国立博物館を正面に見て左手の林内にあります。
銅像は、上野公園100年を記念して昭和48年 (1973) に建立さ
れているのですが、なんと本人ではなく駐日オランダ領事だった実
弟だったことに気づき、平成18年 (2006) に造り替えられたそうで
す。端正な面立ちに近代ヨーロッパの軍服が非常に似合ってます。

ボードワン博士はオランダ軍医の講師として、1862~1871年まで
滞在し、オランダ医学の普及に尽力しました。この間に明治維新を
迎えた日本はドイツ医学の導入へと向かいました。しかし、大学東
校 (東京大学医学部の前身) が招く予定だったドイツ人講師の来
日が普仏戦争の影響で遅れたため、臨時講師となりました。当時、
大学東校と病院は移転が決まっており、上野の森はその移転先候
補の一つでした。ボードワン博士は、すぐれた自然が失われるのを
危惧し、政府に公園造りを提言。その結果、大学の移転先は本郷
に決まり、上野の森は西洋式公園として保存されることになったの
です。上野公園にとって生みの親とも言える縁をもった人物です。
少し見つけにくい場所ですが、上野公園を静かに見守っています。

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上野恩賜公園は、東京都23区内とは思えないような、豊かな森林
に恵まれた、オアシスです。博物館、美術館、記念館、資料館、音
楽館、図書館、動物園、神社仏閣、不忍池、など、文化施設、歴史
施設にも恵まれ、仕事の休憩、デート、研究など、必ず、楽しく時間
が過ごせる場所でもあります。 元々は、寛永寺という徳川家と縁の
深いお寺の寺領だったのですが、1868年に徳川幕府を支持する
彰義隊と、薩摩、長州を中心とした官軍と の間で戦争が起こります。
そのために、この地は散乱しましたが、ボードウィン博士というオラ
ンダの軍医の提唱で、公園となり、こんにちまで存続されました。
そんなこんなで、今日まで残ったこの公園を、未来にもずっと残し
ておきたいものです。

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「国立西洋美術館」
国立西洋美術館の前庭に有名な彫刻像があることは、意外と知ら
れていないようです。 学校の授業で美術館を訪れた生徒さんが
先生から説明を受けている様子をよく見かけます。知っている彫
刻と彫刻家は? と聞かれたら、ロダンの 「考える人」 が最初に
出てくるのではないでしょうか。

「ロダン」
本名はフランソワ=オーギュスト=ルネ ・ ロダンで、1840年生まれ
のフランス人です。ほぼ、独学で彫刻技術を習得し、高い技術力を
もちながらも、本格的に彫刻家として活躍をはじめるのはずっと後で、
イタリア旅行でみた、ミケランジェロ、ドナテッロらの彫刻に深く感動し、
「青銅時代」 という作品を完成させます。ですが、その高すぎる完成
度から、「人体から型をとったのだ」 と疑いをかけられ、その二年後、
現実の人間よりおおきな作品をつくり、ようやく、ロダンの実力が世
間に理解されはじめます。「カレーの市民」、 「地獄の門」、「考える
人」 などの傑作により、近代彫刻の第一人者となりました。

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「地獄の門 (ロダン作)」   ( 国立西洋美術館前庭 )
13-14世紀イタリアの詩人、ダンテ・アリギエーリの叙事詩 『神曲』
に登場する地獄への入口の門。ロダンはダンテの 『神曲』 に着想
を得て制作し、それを 『地獄の門』 と名づけました。「この門をくぐ
る者は一切の希望を捨てよ」 の銘文でよく知られております。世界
で 「地獄の門」 は、ブロンズ7体と石膏が3 体あるそうですが、その
うちの貴重なひとつが、国立西洋美術館の前庭にあるのです。

この 「地獄の門」 には、地獄へ落とされた罪人たちがもがき苦しむ
さまが立体的に表現されています。そして門の上に座って、眼の下
に広がる地獄を覗き込んで 「見ている人」 がいます。 巨大なこの
作品の上の方に、かなり小型の 「考える人」 の像がついています。
ロダンの 《考える人》 は、《地獄の門》 の上部中央で地獄を見下ろ
す像として制作された一部の作品でした。(下右)

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「考える人 (ロダン)」  ( 国立西洋美術館前庭 )
誰もが知っているといっても過言ではないロダンの 「考える人」。
思索にふける人物を描写した像として有名ですよね。でも私たち
が知っている 「考える人」 は、元々は同じく美術館の前庭にある
《地獄の門》 の一部分をロダンが拡大して制作したものです。『地
獄の門』 の頂上に置かれる一部分にあたり、中央扉の上で、地獄
の様相を眺めつつ思索に耽る詩人の姿として構想されたものなん
だそうです。

裸の男の人が岩の上に坐り、右ひじを左膝の上につき、右手の甲に
顎をのせてうつむいています。眉間にしわを寄せ、硬い表情をして何
を考えているのでしょうか。《地獄の門》 から切り離して拡大した作品
です。拡大されることによって、手、足、背中や腕の筋肉などがより誇
張されて、見る人に力強い印象を与える作品となっています。実際に
同じポーズをとってみて、「考える人」 とを比べてみると、ポーズによっ
て考えることが違ってくることに気づくかもしれません。

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「カレーの市民 (ロダン作)」   ( 国立西洋美術館前庭 )
「カレーの市民」 は、百年戦争時の1347年、イギリス海峡における
フランス側の重要な港カレーが、イギリス軍に包囲されていた際の
出来事に基づいて作られています。戦いで勝利を収めたイングラン
ド王のエドワード3世は、市の主要メンバー6人が自分の元へ出頭
すれば市の人々は救うと持ちかけたが、それは6人の処刑を意味し
ていた。エドワード王は6人が、裸に近い格好で首に縄を巻き、城
門の鍵を持って歩いてくるよう要求したのです。6人はカレー市と
市民の生命を救った恩人として、カレー市民は後に記念碑建設を
決定しロダンに制作依頼したという。ロダンは、6人の市民がそれ
ぞれの絶望と苦悩のうちに、市の鍵を手に、首に縄を巻いて裸足
で市の門を出て行く群像を作り上げたんだそうです。像にはそん
な秘話があるわけです。

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銅像の歴史は古く、日本では、飛鳥時代から金銅仏が制作され
ていました。東大寺の奈良の大仏も銅製です。しかし、人物をか
たどった銅像がたてられることはなかったようです。 江戸時代末
期、アメリカにわたった遺米使節は胸像をみて 「さらし首のようだ」
と記しています。日本初の西洋式銅像は、兼六園の明治紀念之
標 ・ 日本武尊の銅像 (1880年) のようです。東京最古の西洋式
銅像としては、大熊氏廣が明治26年 (1893) に靖國神社へ
建立した大村益次郎像だそうです。

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「野口英世像」
大噴水から東京国立博物館を正面に見て右手の林内、国立科学
博物館脇の散策路に立つのが、世界的に有名な細菌学者・野口
英世像があります。試験管を持って研究中の姿を描いた立像です。
日本医師会北里研究所野口英世記念会などの活動により、昭和
26年 (1951) に現在の場所に建立されました。立像の台座には、
「PRO BORN HUMANI GENERIS (人類の幸福のために)」 を
意味するラテン語が刻まれています。

野口英世は、日本だけでなく世界的にも今なおその業績が高く評価
されている細菌学者です。一般には、現在発行されている千円札の
肖像、といったほうが通りがいいかもしれません。明治9 年 (1876) に
福島県猪苗代町で生まれ幼名は清作。幼い頃に手に負った大火傷
で指が癒着して困難を背負ったものの努力で克服し、医学の道に進
んでからは、数々の研究、発見でその名が海外でも知られるようにな
りました。梅毒の研究ではノーベル賞の候補にも挙がりました。のち
にロックフェラー財団の要請により、当時、効果的な治療法がなかっ
た黄熱病の研究に挑み、ワクチン開発の端緒を開く実績を残しまし
たが、研究のために渡ったアフリカで黄熱病の研究中感染して死去。
生前の活動と縁が深い各地に銅像があり、野口英世の業績の大き
さを物語っています。

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「安井誠一郎像」
JR上野駅の公園口を降りて横断歩道を渡り、東京文化会館の脇
に設置されています。12年間にわたって知事を努め、この偉業を
偲んで、昭和41年 (1966) に当時の東龍太郎知事が設置した
ものです。安井家の墓所がある多摩霊園内には立像があります。

安井誠一郎は、戦前、戦後にかけて活躍した官僚 ・ 政治家で、
厚生事務次官や地方自治法改正に伴って、それまでの東京都長
官から東京都知事に名称変更されたため初代都知事など多くの
要職を務めました。特に都知事として戦後の食糧難や復興対策、
東京オリンピックの招致に尽力したことで知られており、都知事
退任後、その功績により名誉都民に推されています。上野公園
に像があるのも納得ですね。

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「グラント将軍植樹碑」
上野動物園を正面に左側、小松宮彰仁親王銅像の裏側に 「グラ
ント将軍植樹碑」 があります。グラント将軍が、任期終了後に夫妻
で世界一周の途上、来日をされました。上野公園で明治天皇の行
幸のもとに開催の歓迎会にて植樹をされた記念碑で、毎年、献花
が行なわれます。昭和4年 (1929) に建立された碑です。

南北戦争の際の北軍の総司令官で、後の第18代アメリカ大統領
となったユリシーズ ・ シンプソン ・ グラント将軍が、明治12年 (1
879) に来日した際、この地で大歓迎会が催された。その際にグ
ラント将軍はローソン・ヒノキを、夫人はタイサンボク (マグノリア)
を植樹をされたそうです。そうした歴史を忘れないために太平洋
戦争勃発の前、昭和4年に記念碑が立てられたと説明文に書か
れていました。当時の人も、時代のきな臭さを感じ取ったのでしょ
うか。それにしても、こんなアメリカの代表的な軍人のレリーフ、
戦争中はどうしていたんだろうかね。

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「上野大仏」
上野大仏とは、上野公園にあるレリーフ状に顔の前面だけ安置さ
れた大仏様です。公園内の大仏山に度々の地震や火災で現在は、
大仏様のご尊顔のみが保存されています。 また大仏再建の願を
込めて仏塔 (パゴダ) も建立されています。(下右) 

上野大仏は、寛永8年 (1631) に越後の国村山城主 ・ 堀丹後守
直寄公旧自邸内であった高台に、戦乱に倒れた敵味方将兵の冥
福を祈るために土で釈迦如来像を建てたのが始まりです。その後
火災によって、天保12年 (1841) に大仏を新鋳したものです。
大正12年 (1923) の関東大震災によって仏頭が落ちて寛永寺に
て保管されていましたが、第二次世界大戦により金属供出令により
胴体を国へ供出。尊顔のみが残っていたのを、昭和47年 (1872)
に、尊顔を再び旧地に迎えて再建したのが現在の上野大仏となっ
ています。 顔面部以外が戦争用途のために消失するという、
信じられないくらい気の毒な運命を持った大仏様です。

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「時忘れの塔」
寛永寺清水観音堂の先、摺鉢山古墳近くに関東大震災と東京大
空襲の犠牲者を慰霊するための時忘れじの塔があります。落語家
の故 ・ 初代林家三平夫人、海老名香葉子さんが建立した東京大
空襲を忘れないための平和の母子像の記念碑です。 空襲で亡く
なられた自身の家族がモデルだそうです。平成17年 (2005) に
建立され、林家一門により慰霊の会が催されています。幼子を抱
いた母親と手を引かれた子供の姿が、襲い掛かる悲劇を暗示
するようで、心が痛みます。平和な現代をありがたく思います。

裏には 「東京大地震大正12年、東京大空襲昭和20年 東京にも、
現在からは想像もできない悲しい歴史がありました。 今、緑美しい
上野の山を行き交う人々に、そのような出来事を思い起こしてもら
うとともに、平和な時代へと時をつなげる心の目印として、この時
計塔を寄贈しました。」 と記されております。72年ちょっと前、日本
は戦争により、無数の爆弾、二つの原爆が落とされ、 現在の平和
が信じられないような、地獄のような恐ろしい世界でした。今、電気
や水が使えたり、平和なのは、前の世代の人たちのおかげですの
で、このオブジェをみて、ほんのちょっとでも、そういう事をよく考え
てみるのも大事かも知れません。平和な世の中が永遠に続くこと
を祈らずにはいられません。後世にその事実を伝えていける貴重
な像だと思います。

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銅像、特に人物像には、モデルとなった人物の人柄や業績などを
広く伝え、後世に残していくという役割があります。作られた時代
を象徴し、時には国家の歴史や威信、思想といったものを必然的
に背負わされていることもあるわけです。銅像を見ることは、モデ
ルとなった人物を通して日本の歴史を透かし見る手がかりになる
かも知れません。同時に、銅像には芸術作品としての価値もあり
ます。西欧美術を学び、日本美術の近代化に尽力した芸術家に
よる作品には、屋外展示芸術として高い評価を受けているものも
少なくありません。普段なかなか気にすることのない銅像。特に
“歴史” にかかわった人々の銅像を、この機会に改めて見直した
いものです。

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近代的な銅像の文化は、明治維新後の西洋文化流入とともに日
本にもたらされました。東京には、日本初の西洋式銅像を筆頭に
数多くの銅像があり、過ぎし時代や人々の偉業を寡黙のうちに伝
えています。日本に限らないことですが、駅や公園などで銅像を
目にしたことはありませんか? 人が多く集まる場所には、歴史
の偉人や地元の有名人などをモチーフにした銅像が置かれて
います。銅像から感じ取る歴史をひも解くのも楽しいですね。
探してみてください。





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「悲しきかな児童虐待」

...2017/09/24 08:27...

23日(土) は、秋分の日でした。
昼と夜がほぼ同じ長さになる日といわれており、
この日の前後7日間が 「秋の彼岸」 となります。

「暑さ寒さも彼岸まで」
春ならば余寒の寒さも薄らぎ春らしくなり、
秋ならば残暑もしのぎやすくなる時期であると
昔から言い習わされて来た言葉です。やはり、
「暑さ寒さも彼岸まで」 なのでしょうか。
今朝の東京は、いくぶん涼しいくらいです。

彼岸には、お墓参りに行く風習があります。
実は、春分と秋分の太陽に関係があるようです。
仏教では、生死の海を渡って到達する悟りの世界
を 「彼岸」 といい、その反対側の私達がいる
世界を 「此岸 (しがん)」 といいます。

そして、彼岸は西に此岸は東にあるとされており、
太陽が真東から昇って真西に沈む秋分と春分は、
彼岸と此岸がもっとも通じやすくなると考え、
先祖供養をするようになったといいます。

迷い、悩み、煩悩に惑わされている人間が、
悟りの世界と通じるときですから、暑さ寒さや
それに伴う様々なつらさも、彼岸のころには
和らいで楽になると考え、励まされていたのでしょう。
自然に寄り添う暮らしの中で、「暑さ寒さも彼岸まで」
という言葉の深さが身に沁みますね。

昔と比べて気候が変化しており、従来の季節感
とのずれを実感することが多くなりました。
秋の夜長に・・・・・って昔の人が言ったとおり、
これから良い季節を満喫したいものです。


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「悲しきかな児童虐待」

「私達はこれほど子どもをかわいがる人々を
見たことがない」。幕末から明治に来日した欧米人の
多くが驚いたという。 大人たちがいつも子どもを抱き、
背負い、遊び、連れ歩き、 玩具を与えていた。
他人の子も愛情をもって世話をする。

夜、家の中で親子がむつみ合っているのを見て、
親の愛情の細やかさに感心したという。日本を訪れて
の欧米人の感想である。貧しい時代だから悲惨な境遇
の子も多かったはずだ。 だが、大人が手をかけて大事
に子どもを育てている。大人たちの子どもへのまなざし
の優しさは、欧米人の心に深く刻まれたのだろう。

時は流れ、人の暮らしは変わっても、そのまなざしだけは
残っていると思っていたい。だが、それにしては耳をふさぎ
たくなる児童虐待が増える一方だというのはどうしたことだろう。
子どもは泣くのが仕事。手がかかり、うるさいし、それが当たり前。
そんなことは誰でも分かっているはず。
親を選べず、事件に巻き込まれた子どもだけが災難だ。

先日、知人が虐待のあった裁判を傍聴して来たという。
普段、裁判なんて無縁な私たちだ。興味をもって話を
聞いた。裁判の傍聴は特定の方たちだけかと思って
いたが、実は誰でも傍聴できるようだ。

シーンと静まり返った部屋で、裁判長の声が響く。
被告人の声が低く重くのしかかる。咳をするのさえ憚れる
緊張の連続だという。いつもテレビで見るドラマのシーン
とは違う感想を持ったようだ。

私たちは、事件が起こるたびに、その後の様子や
なぜ起きたかほどんと知らずに過ごしてしまうものだ。
我が子を虐待し続け、あげくに死なせた事件である。
全容が明らかになるに従って怒りがこみ上げてきた。
普通の神経ではとても考えられないような所業である。
体が震えたと言う。

子殺しは決して現在特有な事象ではない。
確かに昔もあった。しかし、その理由はずいぶんと
変わってきた。うるさいから、邪魔だからといった
ほとんどおもちゃを壊すがごとき安易さである。
親が子どものままなのだ。

現代の育児事情は母親の比重が高く、夫の帰りが
遅かったり核家族や実家から離れていたりと、一人で
育児の決断の連続をしのいでいることが多いとも聞く。
毎日緊張を強いられ、母性が伸び花開いていくという
理想とかけ離れた状態にあるのだろう。
その中で心がぽきんと折れることも、子どもに
愛情がむかない時もあるかもしれない。

この状態の母親なら救いを求める力さえ残っていません。
そのタイミングで誰かに声をかけてもらって救われること
もあるし、手を差しのべられれば張りつめていた糸を
緩めることもできるのに。その時に誰かがいたら、
事件は子どもの未来も変わっていたかも知れない。

人の寿命は今85歳くらいだろうか。
わずか15年間、子育てに時間を費やすだけだ。
いい子に育てば、一人でも自立して生きていくものです。
子どもの泣き声が聞こえると気になるのは母親だけではあるまい。
救える命を優しい大人のまなざしで包んであげられぬようでは、
世界一の子ども好きと目されたご先祖様に恥ずかしい。 

周囲に 「お母さんが好き」 と話していた女の子。
その母親の手で短い人生を絶たれた日は誕生日だった。
どんなに虐待されようと子どもは、親が大好きなのである。
子どものこの気持ちが、いつ親に届くのだろうか。

子どもと言えども、「命」 大事だよね!

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特別展 「深海2017」  国立科学博物館
  ~最深研究でせまる ”生命” と ”地球” ~

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7月から始まった国立科学博物館の特別展 「深海2017~最深
研究でせまる ”生命” と ”地球” ~」 に行ってきました。 深海展と
いえば、ダイオウイカブームが最高潮に達した2013年の夏に行
われたことを記憶の方も多いのではないでしょうか。あのときは
「イカ大王」 なる謎キャラまで登場し、展覧会は大いに盛り上がり
ました。 今回も混雑すること間違いなし、時期を見計らってやっと
行って来ました。深海のさまざまな魅力が伝わる充実ぶりでした。

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特別展 「深海2017」 は50万人目の来場者を迎えたという人気。
夏休み中は凄い人出だろうとジッと我慢の子でした。(笑) チケッ
ト購入も混雑するだろうと上野駅構内の売り場で購入。(下右) 
会場ではチケット売り場に行列が出来て時間がかかりそうでした。
案外、上野駅構内のチケット売り場は知らない人が多いですね。

「国立科学博物館」
湯島聖堂内に博物館を設立したことに起源をもつ国立科学博物館
は明治10年 (1877) に創立された日本で最も歴史のある博物館
の一つで、国立の唯一の総合科学博物館です。自然史および科
学技術史研究機関として活動しており、452万点を超える貴重な
コレクションを保管しています。今年で140年を迎えます。

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会場に入るとまず感動するのがこちらのゲートです。深海展らしく、
こんな入口です。これから深海の世界へと潜っていくのだと実感し
ます。本来なら人間が足を踏み入れてはならない場所・・・・。この
一文でワクワク。ミステリアスで楽しみです。

深海と私たちの生活を結び付けて考えることは難しく思えるが、
実際は密接に関係しています。地球の中心部に一番近いのが深海だ。
深海を調べることは、地球生命のすべてを知る手掛かりとなる。深海の
生物にとどまらず、海底資源や生命の起源もわかります。いわば深海
にはお宝が埋まっているのです。現在、深海を調査することの重要性
が広く知られるようになり、その謎を解き明かすために様々な取り組み
が進められているようです。

特別展 「深海2017 ~最深研究でせまる “生命” と“ 地球” ~」
会期    :   2017年7月11日 (火)~10月1日 (日)
会場    :   国立科学博物館 (東京 ・ 上野公園)
開館時間 :   午前9時~午後5時 ※金・土曜日は午後8時まで
入場料   :   一般 ・ 大学生 1,600円、小・中・高校生 600円、

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「深海ってどんなところ?」
水圧は、10m もぐるごとに1気圧ずつ増えます。水深1000mで、
約101気圧、水深6500m では約651気圧で、1cm2 に約650kg
の力がかかります。例えると、小指の先にお相撲さん約4人が乗っ
かるほどの圧力となります。深海はとても寒い世界です。深海の温
度 (水温) は水深約1000m で2~4℃ となり、それより深い海で
もほぼ一定です。深海は太陽の光が届かない暗黒の世界です。
太陽の光は、水深200m 程度で海面の0.1%になり、水深1000
m 前後では100兆分の1程度のわずかな光になります。これは生
物が検知できる光の限界だとされています。その先は、完全な
「暗黒の世界」 です。

こちらは世界の深海底泥や砂などの堆積物。(上右) 色や粒の大
きさが場所によってこんなにも違うなんて、海はつながっているのに
不思議ですね。深海にはどれほどの圧力がかかるのかを分かりや
すく表現したのが、水圧でつぶれたカップ麺の容器やペタンコに潰
れた金属バットが展示されています。(下) 深海は冷たく暗いだけ
でなく、高圧な世界でもあるのです。

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「発光生物」 はなぜ光る?
生物が化学反応によって放つ光を「生物発光」 と呼ぶ。生物発光を
する生物は陸上から海の中まで)数万種にも及ぶが、とりわけ深海
の生物においては、90%以上の種が生物発光をするといわれる。
深海生物でも、ホタルのように発光を利用して雌雄が出会う例は知
られているが、それ以外の役割も数々の仮設として提唱されている。
発光によって攻める ・ 逃げる ・ 隠れることで生き延びてきた生物が
いる一方で、姿を隠した生物を見破るものまでいる。 深海生物は
生き残るために発光しているのです。

「4K超高感度深海カメラ」 (上左) 
ハイビジョンの4倍精細 (4K) で、通常のカメラと比べて600倍も高
感度。水深1000Mまで潜航可能、高性能ズームと首降り機能を駆
使して、深海生物の生きた姿や生物たちが放つわずかな光を克明
に捉え、深海の生物発光の研究に役立てます。
「チョウチンアンコウ」  (上右)
深海魚の中でも知名度が高い種のひとつ。チョウチンは獲物を誘う
ための誘引突起と先端の擬餌状体からなり、擬餌状体には発光細
菌が共生し、擬餌状体から延びる細かい枝の先端と根元が光ります。
発光で獲物に忍び寄る、おびき寄せるタイプ。
「コウモリダコ」  (下左)  
コウモリダコは、タコの祖先に近い 「生きた化石」。8本の腕は傘膜で
繋がっています。腕には吸盤のほかに触毛という柔らかい突起があ
り、吸盤から出す粘液でマリンスノーをまとめ、触毛で口に運びます。
ひれの後ろと両眼の間、腕の先端に発行器があり、そこから粘液状
の発光物質を放出します。
「クロカムリクラゲ」  (下右)
円錐状で高さ10 cm 程度の傘を持つクロカムリクラゲ。傘の内側が
黒いためにこの名前になりました。この黒い部分の内側に胃があり、
発光する動物を食べても光が外に漏れないようになっています。一
方、クラゲ自身は、何か刺激を受けると傘の表面から星屑のように
光り輝く青い粉を波状に発します。この光で相手を威嚇しているの
では? とも考えら れています。発光で逃げるタイプ。

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「水深ごとの深海生物図鑑」
ずらっと深海生物の標本が並ぶ 「水深ごとの深海生物図鑑」 は、
深さが変わると生物の種類や特徴が違い、比べてみるのも面白か
ったです。甲殻類、貝やナマコなどの海底生活者など、各種取り
揃えられていたのですが、なかでも奇妙なものがベニオオウミグ
モでした。 (上右) ほとんど脚ばっかりで、いったいどこが頭でど
こが胴体なのか。この前、ウミグモは 「脚呼吸」 するというニュー
スも報じられていました。実に不思議です。

「水深200~1000 m の上部漸深海帯中層の生物」 (上左)
生物の分布区分から 「上部漸深海帯」 と呼ばれ、太陽の光は深い
ほど水中に吸収され消失するが、この水深帯ではまだわずかに明
るさが残っています。弱い光を感知するため、巨大な眼をもった生
物がいます。赤い体色の動物が多いようです。
「水深1000~3000 m の下部漸深海帯 ・ 漸深層の生物」 (上右)
大陸棚から深海底へと続く大陸斜面の下層部分にあたり、生物の
分布区部では 「下部漸深海帯」 と呼ばれ、太陽の光は極めてわ
ずかしか届かず、水温も大きく低下します。表層からの有機物の
供給も乏しく、生物の種数や数は徐々に減少していきます。
「水深3000~6000 m の深海帯 ・ 深層の生物」 (下左)
大陸斜面が終わると、大洋低あるいは深海平原と呼ばれる平坦な
海底となります。地球全面積の半分以上を占める 「深海帯」 です。
太陽の光は全く届かず、眼を持たない種や体が白っぽい種が目立
つ。水温は1.5 ℃。環境の変化も乏しいので生物は種数少ない。
「水深6000 m 以上の超深海帯 ・ 超深層の生物」 (下右)
海溝の内部に相当し、「超深海帯」 と呼ばれる。タンパク質の構造を
変えるほどの凄まじい水圧などから、生物にとっては地球上における
極限の環境の一つです。しかし、海溝の最深部であろ10000 m を
越える海底にも生命が存在することが明らかになってきました。

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「発光生物シアター」
美しく光り輝く深海生物の最新映像と、映像に登場する深海生物
の標本が一緒に楽しめる 「発光生物シアター」。幻想的な空間に、
つい時間を忘れてしまう人も多かったです。 そのため混雑してた。

人間が到底生きていけない場所が、空、宇宙、そして深海です。
空や宇宙は見上げれば見える。はるか遠くの惑星ですら、天体望
遠鏡や人工衛星で詳しく見ることができるようになりました。しかし、
近くて遠い深海についてはわからないことも多く、それは13.5億
Km3 もある海水と、それが生み出す高圧、低温、暗闇が、人間の
立ち入りを阻んできたからです。深海の環境が、人間にとっていか
に過酷で高い壁であったわけです。

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「深海と生物、喰う ・ 喰われる」
深海は生物が生き延びるのが大変困難な領域です。ただでさえ食
べ物が少ない上に、暗闇で少ない獲物を探す難しさ、いつどこから
襲ってくるか分からない敵、深海での暮らしはきっと、私たちの想像
を絶するほど厳しいものです。そんな中で深海生物は、はるか昔か
ら、喰うために、喰われないために、さまざまな工夫や努力をしてき
ました。その積み重ねが今の深海生物を作り上げたのです。

「ミツクリザメ」   (上) 
獲物を襲う瞬間、あごが大きく前方に飛び出して獲物を捕らえます。
あごはその後もとの位置にきれいに収まります。歯の生え方も特徴
的で、口の内側に向かってはえるようです。一度くわえたら逃がさな
いような、フックの役目をしている。まるで喉から手が出ている感じ。
「ムラサキヌタウナギ」  (下左)
ムラサキヌタウナギは、なんと1 秒足らずの間に1 リットル弱の粘液
を放出して敵を退散させる 「スーパースライマー」。粘液には細かい
繊維が含まれているため、吸い込むと敵のエラが詰まってしまうそう
です。また、自分の体を結んで攻撃や防御をしたり、酸素がなくても
心臓が動いたりなど、とにかく驚きの生きものです。
「コンゴウアナゴ」   (下右)
深海にたくさん生息し、ふだんはサメや大きな魚に狙われる存在。
しかし、ひとたび死んだ動物や弱った動物を見つけると、すぐに
集まってきて集団で襲い架かる。サメなど硬い皮膚をもつ相手に
対しては、口やえら、傷口から侵入し、内側から内臓や筋肉を
食べつくします。深海底に沈んだクジラの死骸も食べるという。

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深海には、私たちの想像を超える巨大な生物が生息しています。
巨大化すると捕食者に襲われにくくなるといったメリットがある一方、
その巨大を維持するために非常に多くの食物を必要とします。

「ムラサキギンザメ」  (上) 
大きな胸びれで海底付近を優雅に舞う姿が人気のムラサキギンザメ。
ギンザメ類の特徴である板状にくっついた歯で貝類や甲殻類を食べ
ると言われています。くわえた魚が必死にもがいても放さない姿も見
られており、強いあごの力を持っているようです。見ると睨まれてい
る感じがして、思わず 「こっち見んな!」 と叫びたくなります。(笑)
「ユメザメ」   (下左) 
漆黒の体と大きな目が特徴のユメザメ。うろこ1枚1枚が大きく硬く、
敵に簡単に喰い破られない体表で、深海ザメのなかでも全長はさほ
ど大きくならないが、海底で活発に動き回り、獲物にしつこく食らい
つくハンターという。「夢」 とか言ってますが、かなり獰猛らしく、もし
出会えばその獲物は夢も未来も無くなるでしょう。目が完全に
やばい人のそれですよね。こわ!
「カグラザメ」   (下右)
世界中の深海に生息し、全長5mにも達する深海ザメ。夜行性で、
夜には海面近くまで上がってくることもあるようです。イカやタコ、硬骨
魚類から海生哺乳類まで何でも襲い、大きくなるとほかのサメをも餌
食っとしてしまう。まさにトップ・プレデター候補です。標本はなかった
のですが顎の骨がありました。強そう。

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「南極」
南極の大陸と海は、南極大陸を中心に時計回りに周回する 「南極
周極流」 と呼ばれる大規模な海流に取り囲まれることによって寒冷
な環境が保たれ、冬季には海氷が南極海を埋め尽くし、夏季には
その80%以上が消失する。海水の中には微小な動物や植物が高
密度で生息しており、これらの生物は、海水中に放出され、生態系
に取り込まれ、その影響は深海まで及びます。

「南極の海氷」   (上左)  
なんと、会場には南極の氷が展示されていました。普通の氷のように
見えるかもしれませんが、この氷にも含まれている豊富な栄養分が
南極海の生態系を支えているのだと思うと、壮大な気分に浸れます。
この中の微生物が春先から夏にかけて海水に溶け出し、深海生物
に影響を与えるそうです。
「堆積物」    (上右)
堆積物の中には、化石や風で運ばれた粒子が多く、100年で0.5cm
程度と南大洋と比べて非常に襲い速度で堆積するようです。堆積物の
ほとんどが珪藻で、珪藻がいかに大量に生産されているかを物語ます。
「オオオボロハダカ&タコウカイネン属の1種」  (下左) 
アジの開きと松ぼっくりをホルマリンに浸けたのか~と、思いきやこれは
オオオボロハダカ&タコウカイネン属の1種何だそうです。 面白いほど
いろんな種類の生物がいるんですね。南極のような極地では巨大化す
る生物もいるんだとか。原因は不明で 「ポーラー・ジャイガンティズム」
と呼ばれています。

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「巨大生物」
深海域は、沿岸域や淡水域に比べると圧倒的に広く、さらに調査
の手が届きにくいため、巨大な生物がひそんでいるのではという
気持ちにさせます。そんな期待を裏切らず、全長7 mを越える深
海ザメや触腕を含めると18 mに達する特大イカなど、広く深い
海では多くの巨大生物が確認されています。

「キタノクロダラ」  (上)  
全長1mを越え、体重も10kを越える深海の大型捕食硬骨魚類。
名前のとおり、日本では相模湾以北で生息すると言われたが、駿
河湾でも確認されたようです。やや干からびた印象。陸に上がっ
たせいもあるかもしれませんが、だいぶ老けた気がします。花金
のサラリーマンのような目をしていました。飲みすぎたのかな?
「オンデンザメ」  (下左)  
巨大深海ザメを代表する種のひとつ。皮膚は柔軟、背びれや胸び
れが小さく、小さい口と大きな口腔を利用して、獲物を吸い込んで
食べる。おもに低生魚類や無脊椎動物、海底の大型哺乳類の死
骸を捕食します。映像も迫力満点なので、写真に収めようと四苦
八苦している姿もちらほら。うおっ、でけえ・・・・・という感じでした。
「ソコボウズ」   (下右)
水深2000mを越えると、サメは少なくなります。その世界を我がも
の顔でくらすのがソコボウズ。海底の甲殻類や多毛類のほかイカや
魚も捕食することが知られ、広い食性をもつようです。無駄に美肌。
でも顔は完全にやばい酔い方をしています。

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やっぱり今回も深海生物のメインコンテンツは、世界最大の無脊椎
動物 「ダイオウイカ」 です。左側にスルメイカの標本が展示されて
いるのですが、スルメイカとダイオウイカのサイズ差がすごすぎて、
つい笑ってしまいました。同じイカとは思えません。とにかくデカイ。
こんなスルメじゃ気軽に肴にして一杯飲めません。(笑)

伝説の怪物 「ダイオウイカ」   (上) 
4 年前の 「深海2013」 で目玉だったダイオウイカ実物標本は、
今回は縦に展示。実物大の模型も展示されていました。(下左)
最大の記録は全長18 m に達し、「海の魔物」 として恐れられてき
ました。世界最長の無脊椎動物で、とくに獲物を捕らえる際に使う
触腕が長い。ほかの深海性のイカ類と同様に体にアンモニアを含
むことで、浮力を得ている。巨体の重さを水中でゼロに近づけ、エ
ネルギーの浪費を抑えて活発に泳ぐようです。2012年に世界で
初めてNHK取材班がダイオウイカの生きている姿を深海で撮影
に成功。特別に準備されたNHKの 「4 Kシアター」 で特大映像も
上映されていました。これぞ深海のロマンだ。でっけえええええ!
「ダイオウホウズキイカの腕」  (下右)
ダイオウイカより重さで上回るダイオウホウズキイカが登場。
南極海にすみ、成体全身標本は世界に3体しかないというレア生
物ということで、ここでは腕だけの貴重な標本です。博物館に保管
されている標本数も少ない幻のイカは、極地の深海に生息してい
るとのこと。極地の深海世界には、沢山の謎が眠っていそうです。
大英自然博物館より借りられた貴重な展示物です。

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「超深海の生き物たち」
深海の中でも6000mより深いところは「超深海」 と呼ばれます。
超深海は、奈落の底ですから、食べるものが少ない貧しい場所と思
われていました。しかし、超深海では、海底のがけ崩れなどによって
もたらされた栄養を使う独自の生命圏の姿が見え始めました。深海
の中でもより過酷な極限環境に生きる生物の驚くべき生態。超深海
で暮らす生き物たちの標本もありました。

「マリアナスネイルフィッシュ」  (上)
マリアナ海溝の8178mで、世界最深の魚類として撮影に成功、しか
も驚くべきことに、今回の調査ではマリアナスネイルフィッシュを捕獲
することにも成功し、その生態の一部が判明したとのこと。マリアナス
ネイルフィッシュの身体は普通の魚とは異なり、ゼラチンのような物質
で覆われています。超深海でも生きることができる秘密はTMAOとい
う物質にあるといいます。通常、水圧の高い深海の場合、生物を構成
しているたんぱく質が水分子に圧迫されてうまく機能しなくなってしまい
ます。しかし、このTMAOが体組織に多く含まれていると、水分子と結
合することで圧迫を防ぐことができるため、たんぱく質が機能停止する
ことなく深海でも生きることができるのです。8000mで生きる魚です。
「ヘイトウシンカイヒバリガイ (中央)」  (下左)
湧水域や熱水域に生息する二枚貝。浅海のイガイから沈木や生物の
遺骸を介して深海へ進出してきたと考えられています。エラの細胞内
にメタン酸化細菌を共生させて、栄養をもらって生きているようです。
「カイコウオオソコエビ」  (下右)
最も深くまで分布する生物のひとつ。魚をエサにすると大量に集まっ
てくる。植物のセルローズを消化できる酵素を持つことから、海底に
落ちてきた木なども食べることができると考えられています。

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水深1万mを越える最深部は、1000気圧に耐えなくてはなりません。
そんな過酷な超深海を調査観測するには、ランチャー/ピークル方
式の新しいタイプの探査機が必要になります。4KカメラやHDカメラ
を搭乗した高速大容量光通信装置を通して、ランチャー経由で鮮明
な4K映像を船上に送ることが出来る無人探査機が開発されました。
これによって8000以上で生息する魚を発見できたのです。

「無人深海探査機 ・ 江戸っ子1号」 (上)
無人深海探査機 「江戸っ子1号」 は、東京都と千葉県の町工場が
中心となり、研究機関、大学、企業などが共同開発された探査機で
す。おもりをつけて海中を降下させ、3個のガラス球の浮力で浮き
上がらせる構造。強い圧力がかかる深海では、ガラズ球が圧力に
耐えきれず砕けてしまう状態でしたが、1万2000mの耐圧試験に
成功し、実用化されたようです。日本海溝の水深約7800m付近
において、ハイビジョンカメラで生物の撮影に成功、今後の活躍
に期待されています。
「フルデプスミニランダー」  (下)
このランダーは従来のものよりコンパクトに作られ、1万mを越える
海底でも撮影や観測が行えるよう、浮力やガラス球などには、高圧
に耐えられる特殊品が使用されています。ライトは小型で安価にす
るために研究者の手作りのようです。カメラをはじめとする電子部品
はガラス球の中に組み込まれ、超深海の生物などを撮影できます。
水温・塩分・水圧を記録する装置も搭乗されています。

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この展示会は、土日・祭日は大混雑のために特別展入口付近で
整理券を配布する程の大混雑です。2~3時間は当たり前。チケ
ット持ってない人はさらにチケット行列で並びます。50万人もの人
が押し寄せたらそうなるわなぁ。(笑) やっと会場に入っても最初
のコーナー 「深海とは」 で深海に関する基礎知識を一通りやった
あと、次のゾーンで深海生物の展示が始まります。多くの人が深
海生物を見るために足を止めるので、全体を通じて深海生物ゾー
ンが一番混んでました。前回の 「深海展2013」 では 「深海の基
礎知識」 → 「深海探査艇」 → 「深海生物」 という流れだったので、
それに比べると前半に負荷が集中してる気がします。もっとも会場
の間取りは今回のほうが広めにとられてるようですし、前回の激混
みに比べたらそれなりに身動きが取れました。

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「生命の起源」  (上)
深海がなぜ 「生命起源」 と関係あるのかというと、深海底の熱水噴
出孔で生命が生まれたという深海熱水起源説です。深海底で熱水
が湧き出るところには、煙突のような岩ができます。原始生命が必
要とするエネルギー源 (水素や硫化水素などの還元物質) を持続
的に供給できる場として有力のようです。これがチムニーの再現模
型。(上左) チムニーはさまざまな生物のエネルギー源となるため、
写真では右下のハオリムシやオハラエビなどが密集していることが
多いようです。「コマチアイト」 35億年の海底で噴出した高温のマ
グマが冷え固まった岩石。原始生命のエネルギー源となる水素を
大量に放出しています。(上右)

「日本海の深海生物図鑑」  (下)
氷期の環境変化により、何度か大規模な絶命を繰り返してきた結果、
現在の日本海の深海性動物の多様性は非常に低く、また深海域を
特徴づけるような生物が見られないことや、他の海域の近縁種集団
に比べて、生息密度が高く水深分布範囲が広い特徴のようです。
ズワイガニ、トゲザコエビ等の他、貝類が多く展示されていました。

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「深海と巨大災害」
3 ・ 11 の大地震、東北地方太平洋沖地震の研究成果を中心に展
示しています。ここからは着眼点がガラリと変わります。深海生物か
らは離れて、地震断層にせまります。東日本大震災以来進められて
きた調査の成果を反映させ、深海底の地殻が震源となる地震災害
のメカニズム解説や、探査船 「ちきゅう」 の海底調査の解説といっ
た地学分野に割かれた展示でした。

「巨大な亀裂」  (上左) 
こちらは 「しんかい650」 が見た 「3 ・ 11」 の大地震で生じた深海底
の巨大な亀裂。(上左) 亀裂の幅は広いところで1mほどだが、遠く
まで続いている様子が分かります。亀裂の底部分は、柔らかい泥で
覆われているように見えます。この泥は、地震時に浅いところから運
ばれてきた泥であると考えられます。ゾッとしてしまう光景ですね。

「東北地方太平洋沖地震における津波発生模型」  (下)
あの日津波はどのようにして起こったのか? この 「東北地方太平洋
沖地震における津波発生模型」 が設置されていて、スタートボタンを
押せば、一目瞭然で分かるようになっていました。 映像による津波
発生のメカニズムの解説もとても分かりやすかったです。

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「有人潜水調査船 『しんかい6500』」 (上)
深海調査には必要不可欠な存在、有人潜水調査船 「しんかい65
00」。現在までに1500回以上深海の調査を行なってきた大ベテラ
ンです。全世界の海の98%を調査できるすごい乗り物です。東日
本大震災後の調査でも大活躍しました。しんかいがとらえた東日本
大震災後の海底の様子は横のモニターで映像を見られました。
地球深部探査船 「ちきゅう」   (下左)
2005年7月に完成した 「ちきゅう」 は、 世界最高の掘削能力 (海
底下7000m) を持つ地球深部探査船です。この船の完成によっ
て、今まで人類が到達できなかったマントルや 巨大地震発生帯へ
の掘削が可能になりました。 「ちきゅう」 は、国際深海科学掘削計
画 (IODP) の主力船として、 巨大地震発生のしくみ、生命の起源、
将来の地球規模の環境変動、新しい海底資源の解明など、人類
の未来を開くさまざまな成果をあげることを目指しています。
「サイバーチェア」  (下右)
「ちきゅう」 に搭載されている 「サイバーチェア」 (海底下を掘削す
る機器の操縦席) の実物展示もありました。世界最大の探査船は、
地震発生地帯や海底下生命圏の掘削にも貢献しているんですね。

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「有人潜水調査船 『しんかい 6500』 (耐圧穀内部)」
有人潜水調査船 「しんかい6500」 のコックピットです。いくらロボット
の性能が高くなっているとはいえ、やはり有人探査は夢がありますね。
直径2メートルの球形で、定員は3名、1回の潜行時間は8時間まで。
この中に乗って深海を旅している自分を想像するだけで、世界が
違って見えるような気がしました。

「しんかい 6500」
深海の調査には、TVカメラや手の役割をするマニピュレータを搭載
した無人探査機などの水中ロボットが用い られるのが一般的ですが、
人間が直接観察することの重要性から、6500m の深さまで潜ること
ができる有人潜水調査船で、1989年に完成しました。世界トップク
ラスの潜航能力を持ち、日本近海だけではなく、インド洋、南大西洋、
カリブ海、など世界中の海で調査を行っています。海中では、電波は
使用できません。その代わりに 「音波」 を使います。海中での音は、
地上にくらべてはるかに遠くまで伝わります。深海の調査でも音波
で海底の地形を調べたり、潜水船と母船との通話や画像通信に
使用しています。

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実際に堀削に使われたパイプと試料を採収したコアビット、ドリル
ビット。(上) コア試料の採収のため、外側に付いている歯で周り
の地層を削っていく。柱状に削られた地層は、内部の容器に収納
され、容器とコア試料だけが船上に回収されます。

2011年3月11日に東北地方太平洋沖地震が発生したことを受
けて、海洋研究開発機構は地震後の海底を地球深部探査船 「ち
きゅう」 で調査しました。その結果、海底に多くの亀裂が確認され
ました。地震によってすべった断層。地質試料を採収、孔内に温
度計を設置し、断層に残っている摩擦熱を測定したという。海底
下約1000m の断層ませ堀削パイプを数百本も継ぎ足していく
のは気の遠くなるような作業だったという。(下左) 富士山ふた
つ分 (下右) にも相当する海面下7000m 以上の試料は世界
初の取り組みだったようです。

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「東北地方太平洋沖地震の地震断層」
採取されたコア試料 「東北地方太平洋沖地震の地震断層」 です。
(上) うろこ状に地層が変形しており、地震のすべりによる力を受け
たことがわかります。(下左) 「シュードタキライト」 (下右) 地震時
に断層が高速ですべると摩擦熱が発生し、温度が1000℃以上に
達すると岩石が溶けます。溶けた岩石が急速に冷えて固まることで
出来た岩石をシュードタキライトと呼びます。津波の巨大化の原因
は滑りやすい粘土層であることを解明。コア試料の実物も世界で
初めて公開されました。

地球深部探査船 「ちきゅう」 により実施された 「東北地方太平洋沖
地震調査掘削」 において、宮城県東北沖約200kmの海底下深部
(水深6889m、海底下約820m) から採収されました。特に感動し
たのが、世界初公開となる 「東北地方太平洋沖地震の地震断層」
の展示です。あの3 ・11地震、津波発生のメカニズムの解明に繋が
った地震断層のコア試料、その実物を間近で見ることができました。
これはもう、ただただスゴイ! それしか言えません・・・。

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「海底に眠る資源」
日本は周囲を海に囲まれており、日本の海で多くの海底資源が発
見され、実用化を目的とした調査・研究が行われています。例えば、
「メタンハイドレート」 は、メタンと水が合わさった氷のようなもので、
燃える氷とも呼ばれます。日本の経済水域内で確認され、日本の
ガス消費量約96年分にあたり、エネルギー事情の救世主として実
用化が期待されています。この将来開発されるかもしれない深海
鉱物資源は研究者以外めったに見られない標本です。

「マンガンノジュール」  (上)
近未来の資源として期待されているのがマンガンノジュール。微細
な鉄 ・ マンガン酸化物で構成され、南鳥島東方沖の密集域が発見
されました。新たな資源への可能性が広がり、実用化に向け、更な
る期待が寄せられています。
「石油の原液」  (下左)
私たちの生活を支えるエネルギーや様々な材料の元となる化石燃
料。陸上の油ガス田だけでなく北海油田や海底油ガス田の探査 ・
開発も盛んに行なわれています。展示試料は精製前の原油です。
「マンガンクラスト」  (下右)
海山の斜面や頂部に玄武岩や石灰岩等の基盤岩を覆うように存在
する鉄・マンガン酸化物で、数百~数千万年をかけて成長したと考
えられています。 マンガンクラストの成長縞や層構造からは、気候
変動や隕石衝突などの過去の地球で起きた出来事を読み取ること
ができるようです。

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「深海と地球環境」
「近未来の花 ~光るペチュニア~」  (上)
展示の最後の方に、入り口が布で覆われた怪しいスペースがあり、
「何だろう?」 と思って入ってみると、中には 「光る花」 が展示され
ていました。これは、海洋プランクトンが持つ発光タンパク遺伝子を
ペチュニアに組み込んだものです。一見、普通の花のように思える
が、照明を消すと、そこには光る花が現れる。最新のバイオ技術を
活用して、深海生物から抽出した 「生物蛍光」 タンパク質の原理を
応用した研究も進められているようです。未来の花になるかも?
「発光前のペチュニア」 (上左) 「発光後のペチュニア」 (上右)

「浮遊性友孔虫 (海洋酸性化の変動)」  (下)
地球温暖化と海洋酸性化の生物への影響・・・、というと難しそうに
聞こえます。でもこの微化石の模型は、もれる光の量が多いほど酸
性化により殻が薄くなっていることを示す展示です。原因は、化石
燃料を燃やして発生した二酸化炭素を海が吸収しているからで、
酸性化が進むと甲殻類やサンゴ、貝などが硬い殻を作れなくなる
恐れがあります。 酸性化の影響を受けて殻が薄く、骨密度が低下
した個体の拡大模型。左側が影響を受け浮遊性友孔虫。(下右)

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「深海を調査する機器」
日本の深海研究の現場で活躍する探査機や深海調査に携わる調
査船の紹介コーナー。このような最先端技術が詰まった調査船に
より、深海の多様な謎が解き明かされているのです。

「黒鉱養殖装置(熱水モニタリング)」  (上左)
足のあるロボットみたいにも見えるかもしれませんが、別に歩き出し
たりはしません。なんと鉱物の「養殖装置」です。海底から噴出する
熱水には、微量ながらさまざまな金属が含まれています。その金属
を沈殿させて採取する目的で開発されました。現在はまだモニタリ
ングの段階だそうですが、「養殖もの」 の鉱物なんてぜひ見てみた
いものです。
「自律海洋観測ロボット」  (上右)
海中へ沈降され海中を漂流します。深海から浮上しつつ水温や塩分
を観測。同じサイクルを繰り返し、海面に到達すると人工衛星経由で
観測データーを送信。再び海中に潜って観測を繰り返します。海面
から水深4000m までの深海の水温と塩分を観測できる小型の自
律海洋観測ロボット。 
「クローラ式無人探査機 (ROV) 試験機」  (下)
これは画像システム試験機で、4つのカメラと4つのレーザーレンジ
ファインダーを用いた3Dアラウンドビューモニター技術を、フリッパ
式クローラを持つ小型ROVに搭載した試験機のようです。母線で
操作するオペレーターが瞬時に海底やROVの状態を把握できる。

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科学博物館のイベントは写真が撮れるような柔軟さがあります。
今回もフラシュやビデオ動画は撮影禁止でしたがそれ以外は撮影
OKでした。ただ一か所だけ新種の生物ゾーンが撮影禁止でした。
セキトリイワシ科の生物の新種が展示されていたのですが、まだ申
請中のため撮影禁止でした。(上) ちょっと面白い注意書きを見つ
けてしまいました 「肩車禁止」。(下左)  混雑の為、お子様に肩車
して見せてあげようという親心もわかりますが、危険ということの表
れでしょうか。深海イラストコーナーがあって、展覧会の音声ガイド
のナビゲーターを務めた中川翔子さんの描いたイラストも展示され
ていました。(下右) とても上手でした。

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深海と聞くと、ダイオウイカなどの奇怪な生物を思い浮かべてしま
うが、今回の特別展では、深海生物や発光生物についての研究
だけでなく、深海と関わりのある自然災害や海底資源にも焦点が
あてられ、特に “奇跡のコア”、その掘削にはどれだけ多くの方の
労力が費やされ、また、このコア試料の研究が今後の地震研究に
どれだけ活かされるのかを思うと、得も言われぬ感動を覚えます。
深海の面白さや可能性に触れることが出来ました。どれも興味
深い内容でした。

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今でこそ当たり前のように深海の世界に触れることができる私たち
ですが、その背景には研究者たちの血の滲むような努力があった
に違いありません。長い月日を経て、深海をここまで近い存在に
感じられるようになった 「今」 を生きる私たちは、とても幸せです。
いつどんなタイミングで深海行きのチャンスが訪れるか分からない
ので、その前にダイビングライセンスを取得して、もっと海のことを
勉強して・・・・なんてバカなことを考えていますが、いくつになって
も 「少年よ、大志を抱け」 精神で夢を見続けていたいと思います。
そして、最後にひとこと、やっぱり 「深海」 はおもしろい!





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