一ヶ月に2回満月を迎える月を「ブルームーン」という。 そのブルームーンを見ると願い事が叶う・・・・。


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  皆さまも楽しい夏休みを!!  
       さて、8月に入って仕事が多忙になり、ブログを更新する時間的
       余裕がありません。誠に勝手ではございますが、今日から旧盆を
       挟んで 8月8日から8月20日 頃まで、このブログは、夏休みに入ります。
       どうか、ご了承ください。ちょっと心のリフレッシュもしてきます。


いつも訪問して頂きありがとうございます。

「72年目の8月6日」

...2017/08/06 11:37...

8月 (葉月 (はづき)。 
いよいよ8月が到来! 夏休み! 海だ!
花火だ! お祭りだ! などワクワクされている方も
多いことでしょう! わかります! 夏は気持ちを高揚
させるイベントが多いですよね。ですが、こういう気持ち
が高ぶっている時ほど、思いもよらぬ事態がつきもの。

特にこの季節、気温が高くなりますから、熱中症等
には十分に気をつけていきたいですね! 水分補給
はもちろん、暑い場所を避けるということも大切です!

さて、今日8月6日は広島に原爆が投下されて72年
目の朝を迎えました。原爆犠牲者の冥福を祈り、
戦争という過ちを再び繰り返さないことを誓う。
多くの方が平和公園に集い、祈る人々の姿があるだろう。

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「原爆死没者慰霊碑」  (広島)
平和記念公園の敷地内の広島平和記念資料館と原爆ドームを
結ぶ直線上に設置されています。 原爆犠牲者の霊を雨露から
守りたいという趣旨から、屋根の部分がはにわの家型をしている。
中央の石室 (石棺) には、国内外を問わず、亡くなった原爆被
爆者すべての氏名を記帳した名簿が納められています。

この碑は 昭和20年(1945)年8月6日、世界最初の原子爆弾に
よって壊滅した広島市を平和都市として再建することを念願して
設立したものです。碑文には、すべての人びとが 原爆犠牲者の
冥福を祈り 戦争という過ちを再び繰り返さないことを誓う言葉。
過去の悲しみに耐え憎しみを乗り越えて、全人類の共存と繁栄
を願い真の世界平和の実現を祈念するヒロシマの心が、ここに
刻まれているのです。

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原爆慰霊碑の真正面から、平和の灯、原爆ドームが見えます。
3 点が1 つに見えるように設計されているそうです。(上)
「平和の灯」 (下右) 手首を合わせ、手のひらを大空にひろげ
た形を表現しているそうで、その中央で火が焚かれています。
慰霊碑の石碑前面には、「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返し
ませぬから」 と刻まれています。(下左) この碑の前にぬかずく
1 人1 人が過失の責任の一端をにない、犠牲者にわび、再び過
ちを繰返さぬように深く心に誓うことのみが、ただ1 つの平和へ
の道であり、犠牲者へのこよなき手向けとなるに準じたもです。
この石室には原爆死没者名簿が納められ、平成28年 (2017)
現在で、111 冊 (303.195人の名前が記帳された冊と 「氏名
不詳者多数」 と記された1 冊) になっています。

戦争に勝者も敗者もないが、心の中で時計の針を止めて、
戦災の悲惨さに思いを巡らし、平和の尊さをかみしめたい。
世代が変わっても、語り継ぐ使命は時がたつほどに重い。
72回目の夏も過ぎてゆく。
でも毎年、8月はやはり平和を考える月にしたい。

  過ち記憶し学ぶべき


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「72年目の8月6日」

72年目の8月6日がやってきました。
一昨年は 「被爆70周年」、去年はオバマ大統領の
訪問があった 「歴史的な一年」。今年は 「被爆から72年」。

原爆を経験していない自分たちは、被爆70 周年と言わ
れた2年前の8月6日から、歴史的な1日と言われた1年前
の5月27日から、どれだけ原爆について、戦争について、
核兵器について、平和について考えてこれたでしょうか。

原爆慰霊碑の前に立った昨年の5月27日、オバマ大統領が
花輪を捧げ、10秒ほど目を閉じた。その後、慰霊碑の前で
演説したオバマ大統領は、「私たちは、恐ろしい力が、それほど
遠くない過去に解き放たれたことを深く考えるため、ここにやって
来ました。10万人を超える日本の国民の方々と、そして何千人
もの朝鮮の人々が命を落としました。

その魂が、私たちに語りかけています」 と述べ、第2次世界大戦
で亡くなった犠牲者に言及しながら 「私たちは今、この広島の
真ん中に立ち、原爆が落とされた時に思いを馳せています。
子供たちが目にしたこと、そして声なき叫び声に耳を傾けます。
罪のない人々が、むごい酷い戦争によって殺されたことを記憶します。
これまでの戦争、そしてこれからの戦争の犠牲者に思いを馳せます」
と語りかけた。

さらに 「我が国のように、核兵器を持っている私たちは勇気を
持たなければならない。恐れのロジックから自由でなければなりません。
このような破壊をもたらすような核兵器の保有を減らし、この死の道具
が狂信的な人たちに渡らないようにしなくてはなりません」 と、
核保有国として核軍縮への責任に言及、平和の重要性を強調した。

人の記憶というものはどんどん薄れてゆくものです。
世の中もまたしかりで、時代とともに価値観も変わり、大切な
ものも変わってゆく。殊に記憶は変質しやすく、おおむね人の
記憶は 「自分の都合の良い」 ものに変化してしまうもので、
都合よく少しずつ記憶をゆがめるうちに、最後には事実とは
正反対となって定着したりもします。

これが個人的なことであれば笑い話で済んだり、訂正したり
することもできるが、国家間というような大きな単位になると
そう簡単にいかない。「先の戦争」 のことも 「聞かない」
「教えない」 でやってきたツケで日本の青少年はあの戦争が
なぜ起きて、何が起こり、結果どうなったかをほとんど知らない。

それは原爆ドームがどのような意味を持つのか、
平和公園がどのような場所なのか知っているようで深く
知らないからだと思います。また、原爆を昔話だと思って
いるからだと思います。被爆者はまだ生きているし、原爆
は核兵器と名前を変え、現在でも世界に15.000発近く
未だ存在しています。今、起きている問題です。

8月6日。数万人の人々が平和記念公園を訪れます。
安倍総理は今年も式典で、核兵器なき世界を語るでしょう。
ただ、総理の口からこの言葉を聞くのは毎年8月6日と9日
だけです。昨年はオバマ大統領の訪問時にも慰霊碑の前で
スピーチをしましたが、その後採択された核兵器禁止条約に
対して、日本は現実的ではないと反対の立場を取っています。
ヒロシマはどこにあるのでしょうか。

「明日」 が、人々の営みと命を絶つということでは、
激しい地上戦があった沖縄や、米軍の空襲を受けた街や人、
さらに、日本に侵略された国の人々の 「明日」 をも連想させる。
ヒロシマとナガサキは、どちらも、人類が人類に与えた惨禍を
長く記憶するために欠かさない存在です。

6日の広島、明後日の長崎も72 回目の原爆の日を迎える。
爆心地に、浦上天主堂に、あの日のような 「明日」 が二度と
来ないようにと祈る多くの人々の姿があるだろう。その祈りが、
広島の祈りと大きく一つに結ばれ、日本の各地へ、世界へと
広がってゆく。そう念じながら、手を合わせたい。合掌

Imagine all the people living life in peace.
(想像してみよう、すべての人が平和な人生を送っている姿を)


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靖国神社 「みたままつり」  2017

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仕事帰りに、職場の同僚たちと 「みたままつり」 に出かけました。
「光の祭典」 と呼ぶのにふさわしい東京の夏の風物詩です。
東京のお盆は7月13日から16日までです。飲ん兵衛には屋台が
ないのは寂しいのですが、まあ、なんといっても戦没者を祀る場所
なの ですから、「お静かに・・・・」 と、慰霊の声を素直に聞いて、
心静かに手を合わせてきました。

静かなる 神のみそのの 朝ぼらけ
   世のありさまも かかれとぞ思ふ 

            昭和天皇御製 (昭和13年)

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東京・九段下の靖国神社では、終戦後の1947年から、 戦没者を
慰霊する夏祭りとして毎年7月13日~7月16日までのお盆の日に
「みたままつり」 が開催されます。境内の参道には、毎年、およそ
200店舗の露店が軒を連ね、提灯や雪洞の明かりが九段の夜空
を美しく彩る様子は、まさに圧巻の美しさがありました。

しかし、終戦72年を迎える今回も、鳥居の提灯やポスターには
「本年は 露店が出ません」 「本年のみたままつりでは、露店の出
店があり ません」 と、こんな知らせが書き込まれていました。
「祭り」 には露店が付き物なんですが・・・・。

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東京は午後7時頃でもかなり明るいです。日本一の巨大な大鳥居
(高さ25メートル) が靖国神社の目印です。 (下右) 東京・九段下
の大鳥居に着いたら凄い人・・・は居ず、ガランとしていました。(笑)
そして境内の参道には、毎年、およそ200店舗の露店が軒 を連ね、
期間中は押すな、押すなと参拝者でにぎわっていました。が、今年
も鳥居をくぐった先にある景色はというと・・・・・見よ! この閑散と
した風景を!! (下左) 露店がなくなり、神社の入り 口まで隙
間がないほどだった以前とは様変わりです。 本当に何もない!
あるのは設置されたゴミ箱だけでした。

近年では祭りに予想を超える人が集まり、露店で狭くなった参道は
危険性が増していること。また、祭りに集まった若者が遅くまで酒を
飲んで騒いだり喧嘩をしたり、周辺にごみを散らかすなど、若い女
性からは 「しつこくナンパされる」 といった声もあったという。 近隣
の住民から苦情も寄せられ、神社側も近年、警備員を増やすなど
対策を講じたが 「状況が改善しなかった」 ために、2015年から
すべての夜店 ・ 屋台の出店は中止となっています。モラル低下
が招いた代償は大きかった。

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「神門」
この先は、第二鳥居 (下左) から神門 (上)、さらに奥の拝殿は聖
域の場所です。 内苑は飲食持ち込み禁止なのです。雰囲気も変
わり厳かになります。 外苑と違って、英霊を参拝する方達が一礼
してから厳かに進みます。祭りの雰囲気が一変する場所でもある
のです。

第二鳥居は、明治20年 (1887) に建てられた青銅製の鳥居 として
は日本一の大きさを誇ります。 「神門」 は昭和9年 (1934) に建てら
れたもので、高さ6メートルの檜作りの門です。神門の奉納七夕飾り
も立派なものです。七夕飾りも夜になると雰囲気が変わります。
七夕飾りは、宮城県護国神社から奉納されたもののようです。

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「拝殿」
まずは拝殿前に出向いて参拝をすませなければ・・・・・と、
やっと拝殿前に辿りつき、丁寧に二礼二拍一礼し英霊にご挨拶。
英霊への感謝と平和な世の実現、二度と戦争の悲劇を起こしては
ならないと誓います。拝殿の奥が本殿で、246万6千柱の神霊が
祀られております。本来の意味に立ち返って、心静かに手を合わ
せる人が多かったです。 合掌

靖国神社は、明治2年 (1869)、当時長州藩の医師であった大村
益次郎の案により、戊辰戦争での戦死者を慰霊することを目的に建
立された。東京招魂社が始まりで、明治12年 (1879) に 「靖国神社」
と改称されて今日に至っています。 靖国神社には現在、幕末の嘉永
6年 (1853) 以降、明治維新、戊辰の役 (戦争)、西南の役 (戦争)、
日清戦争、日露戦争、満洲事変、 支那事変、大東亜戦争などの国
難に際して、ひたすら 「国安かれ」 の一念のもと、国を守るために尊
い生命を捧げられた246万6千余柱 の方々の神霊が、身分や勲功、
男女の別なく、すべて祖国に殉じられた尊い神霊 (靖国の大神) とし
て斉しくお祀りされています。吉田松陰、坂本龍馬、高杉晋作、中岡
慎太郎など教科書に出てくる幕末志士も合祀されています。そして
太平洋戦争のA級戦犯も、 殉難者として祀られているので 「靖国
問題」 として政府閣僚が参拝したなどとマスコミが騒ぐわけです。

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昭和22年 (1947) に始まった 「みたままつり」 は、家族連れや会
社帰りのビジネスマン、学校帰りの学生など、老若男女問わず多く
の参拝者でにぎわいを見せ、毎年30万人が訪れます。期間中、境
内には大小3万を超える提灯や、各界名士の揮毫による懸雪洞 が
掲げられて九段の夜空を美しく彩り、本殿では毎夜、英霊をお慰め
する祭儀が執り行われます。また、みこし振りや青森ねぶた、各種
芸能などの奉納行事が繰り広げられるほか、光に包まれた参道で
催される都内で一番早い盆踊りの光景は、昔懐かしい風情を今に
伝えています。

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参道に入ってまず多くの人たちの目を引くのが黄色い提灯。参道
の両側に、ずらーーっと提灯が飾られていて圧巻です。靖国神社
の正面玄関にあたる大鳥居から拝殿までは、約700m の距離に
明るい黄橙色の提灯がずらりと装飾されています。靖国神社の夜
を彩っていて、なんとも幻想的です。

日が落ちると、遺族らから献灯された提灯が 「英霊のためのみあ
かし」 として点灯され、青いサーチライトに照らされ境内は幻想的
な光に包まれます。提灯の数も半端じゃない。なにせ3万個です。
「昼みたいに明るい」 とまでは言えないが、オシャレなカフェバー
よりは明るい。(笑)  普段とは異なる幻想的な雰囲気です。

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みたままつりは、献灯 (みあかし) が靖国神社境内にたくさん掲
げられることから、光の祭典とも言われています。参道の両側は、
「びっしりと」 ちょうちんの壁が設置されています。 三万個とも言
う献灯の洪水をご覧下さい。 御霊よ安らかにの願い を込めた献
灯の数々。この付近の提灯には、著名人・ 芸能人の 名前の入っ
たものも多くありました。いつも首相の参拝が話題になります。
元首相小泉純一郎氏の大型献灯もありました。(下左)

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神門の中央の二つの扉には、直径1.5㍍の菊花の紋章が取り付け
られています。(下左) 七夕の吹き流しが風に揺られて素敵です。
みたままつりが終わった後は、神門から取り外され、8月上旬に開
催される 「仙台七夕まつり」 に飾られるようです。

靖国神社というと、テレビや新聞の報道のせいでマイナス的なイメー
ジを持っていませんか? しかし、実際に行ってみるととても静かで
心が落ち着く場所です。実はみたままつりは、光の祭典ともいわれ
ますが、若者の間ではナンパ祭りとしても有名だったようです。それ
と芸能人の出没も多く、みたままつりと麻布十番祭りは芸能人の目
撃確率が高いようです。プライベートで遊びに来ている芸能人の方
は、そっとして置いてあげて欲しい気持ち半分、めったに会えない
芸能人を一目みたい気持ち半分と複雑ですね。(笑)

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「小型献灯」
みたままつりのシンボル、宵闇に浮かぶ提灯。境内内苑に掲げられ
る約2万灯の 「小型献灯」 は、慰霊 ・ 鎮魂の行事として昭和35 年
(1960) に、遺族・戦友・崇敬者の方々のご奉納によってはじめられ、
今日まで毎年大切に続けられてきました。

御神門をくぐれば、おごそかな雰囲気と静けさが漂います。本殿前
に来ると違った種類の提灯がたくさん並んでいます。 「みたままつり」
の献灯は、英霊への感謝と平和な世の実現を 願って掲げられるもの
で、どなたでも申し込むことができます。 一般の方も献灯すれば、名
が記載されます。 ちなみに小型献灯 (1灯) は、3.000円からのよ
うです。 九段の夜空を美しく彩り、「光の祭典」 と呼ぶにふさわしい
佇まいを見せてくれます。

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夕刻になると、すべての提灯に明かりが灯り、境内は幻想的な光
に包まれます。数え切れないほどの提灯の明かりが幻想的で人々
は興奮気味。 境内中が光の波また波~、暖かな灯火に目を奪わ
れます。

ここは独特の雰囲気に包まれています。 掃き清められた境内は、
張り詰めたような雰囲気が漂っていました。 明らかに威圧感にも
似た 「とても強力な何かが存在する気配」 を感じるのです。滅多
に霊的な存在を感じることも無かった自分としては、何とも落ち
着かない、不思議な場所でもあるのです。

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「懸ぼんぼり ・ 献句ぼんぼり」
みたま祭りと言えば、各界の名士達が書や絵を寄せるこの 「懸ぼ
ん ぼり」 という行燈も名物です。四角い紙製の行燈の外側に墨や
絵の具で書かれたものを内側から照らしだします。 400点ほどが
本殿 敷地内に掲げられて、今年も見ごたえたっぷりでした。著名
人の メッセージやイラスト入りの行燈は、眺めているだけでも面白
です。また著名人の献句・全国から献句され選ばれた預選句など
の 「献句ぼんぼり」 も掲げられています。

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ぼんぼりを見るとお盆だなぁと思います。中の光から浮かび上がる
絵は何を訴えているのでしょうか。デヴィ夫人の絵のタイトルは 「そ
よ風」 だそうです。(上左) 結構、人気で意外と絵も上手。 (笑) 
松本零士氏の作品 「心は命」 は印象的な言葉ですね。(上右) 短い
言葉に強烈に思いが込められている気がします。イラストレーター
のわたせせいぞうさんの作品。(下左) 浴衣に団扇に風鈴の夏らし
い雰囲気です。「薫風に 舞うは祈りの 紙一葉」 漫画家 ・ 佐々木
あつしさんの作品。こちらも夏ぴったりで涼しげです。(下右)

どの絵もその人らしさが伝わって来て、素敵だと思います。その中で
も私は松本零士氏の作品がとてもインパクトありました。心は命・・・・。
短くて、コンパクトですが、ズド~ンと直球をなげられたような感覚です。
そして、松本零士氏の魅力のひとつの、謎めいた美女のような表情が
とても神秘的で、惹き込まれる作品です。心というものは、ざわめき動
き、私たち自身も悩ますのは心であります。心が動揺するから私たち
は悩み苦しみます。泣いたり笑ったり憎んだり、愛おしく思ったり、実
に心は種々に変化してとどまることはありません。知識の多さや業績
の良し悪しとか様々なことで、私たちは人と比べて苦しんでいると思う
のですが、比べることのない世界、そういう世界に花を見たり、鳥の声
を聞いたり、人を愛おしく思っていたいものです。

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「塩澤烈子さん (画家)」 (上)
「もらったご縁に おかげさま ありがとう」
「おかげさま」 とは、お世話になった人に対して感謝を表す言葉と
して使われます。何故 「様」 と、わざわざくっつけているのか。本来
「おかげさま」 というのは、神仏であったり、神仏のご加護を意味し
ています。「おかげさまでご縁を頂く事が出来ました。」 というのは
「仏様のおかげで、ご縁を頂戴致しました。」 とも読み替えることが
出来るわけです。おかげさまと感謝の気持ち大切にしたいですね。
「小泉純一郎 (元内閣総理大臣)」 (下左)
「靖国の みたままつりに 集い来る 老若男女 天は見守る」
毎年、奉納されているようで、みたままつりに来る老若男女の人々を
常に見守ってくれている御霊を忘れないように・・・平和って有り難い。
「石原草山 (書家)」 (下右)
「愛なき人生は暗黒なり 汗なき社会は堕落す」。 1868年の戊辰 
戦争以降、明治初期から中頃に会津で育った方々は、敗戦の地だ
ったからか、崇高な平和主義と社会貢献に尽くされた方々が多く輩
出され、蓮沼門三 (社会教育家) もそのひとりです。社会教育化運
動に大きな足跡を残した。一般には全くなじみのないものですが、
地方では知られた偉人とでもいうべき方です。 蓮沼門三の名言。
「愛」 と 「労」 を常に持ち続ける人生にしたいものです。

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「杉浦正さん (画家)」 (上)
「笑おうよ、楽しいから笑うんじゃないよ、笑うから楽しいんだよ、
毎日毎日前向きに自分を信じて歩こうよ」。夏目漱石も影響を受け
たといわれるアメリカを代表する哲学者 ・ ウィリアム ・ ジェームズ
の 「楽しいから笑うのではない。笑うから楽しいのだ。」の言葉です。
とても可愛いらしいお地蔵様たちに言われると勇気づけられますね。
「木村浩之さん (画家)」 (下左)
相撲で力士が相手力士を土俵の外に押し出したところでしょうか。
かなり躍動感があり、とても印象に残った 「懸ぼん ぼり」 でした。
「貴乃花 (相撲親方)」 (下右)
「不惜身命」。不惜身命は貴乃花関(当時)の横綱昇進の際の口上
に登場した言葉で、自分の身をかえりみないで物事にあたることと
いう意味です。

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「伊東四朗さん (俳優)」 (上)
「東京は世界の大都市と比べても緑が多いそうです。皇居、神社、
お寺の緑のおかげですね。たくさんの 「酸素」 を有難うございます」
文字だけのシンプルな雪洞ですが、心に響く言葉が綴られています。
植物の葉に日光が当たると、でんぷんができます。このとき植物は
二酸化炭素を取り込んで酸素をはき出しています。人間にとては、
一番大切な 「酸素」 です。植物に感謝ですね。
「石坂浩二さん (俳優)」 (下左)
「離朱之明 不能視睫上之塵」。 いくら目のよい人でも、自分の睫
(まつげ) の上の塵を見ることはできないという意味です。賢明な
人にも考えの及ばないことがあるということでしょうか。
「小堀桂一郎さん(学者)」 (下右)
「海原尓霞棚 引鶴我音乃 悲志伎宵波 國方之所思」
海原に霞が棚引き、鶴の鳴く声が悲しく聞こえる夜は、故郷の国が
偲ばれる、というような意味です。これは万葉集だったでしょうかね。

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「感謝」 漫画家・ちばてつやさん。英霊の方々が日本のために戦
ってくれたおかげで、今の日本があるのです。感謝ですね。(上) 
「かぐや姫」 は、湯沢七夕絵灯篭絵師・石川巳津子さんの作品。
(下左) 「まことの祈り」 イラストレーター ・ 菅ナオコさん。(下右)

昔、初めて ”みたままつり” を見に行った時、敬虔な気持ちでお参
りしに行ったのに、なんと境内は露店やお化け屋敷とかがあって、
すごく楽しい場所だったのが逆に新鮮で驚いた。「これが靖国神
社のフトコロの深さなのかなぁ」 と、逆に感動したものです。ジャー
ナリストの池上彰さんがテレビで 「靖国は昔はテーマパークみた
いだった」 と解説していたのを聞いて、なるほどそうなのかと感じ、
さらに靖国に親近感を感じたものです。でも・・・祖先を敬虔に敬う
気持ちと、楽しく遊ぶ気持ちは、こちら側のマナーと節度でバラン
スを保たないといけないものです。そこらへんのところが、これま
ではうまくバランスが保ててたけど、最近の不謹慎ぶりは目に余
るのでしょう。靖国神社も、苦渋の思いで決断されたのだと思い
ますよ。それはそれでいいじゃないですか! 屋台、露店中止。
あらためて、しめやかにお参りすることにしましょう!

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拝殿前中門鳥居の左端に社頭前掲示板があります。英霊達の
手紙や遺書を提示されています。若き特攻隊員が出撃前に娘
に宛てた手紙が表示されていました。読んで落涙。遊就館内に
ゼロ戦 「三菱零式艦上戦闘機」 が展示されていました。(下右)

素子は、私の顔を見て笑いましたよ。
私の腕の中で眠りもしたし、またお風呂に入ったこともありました。
素子が大きくなって私のことが知りたい時は、お前のお母さん、
叔母様に私のことをよくお聞きなさい。私の写真帳もお前のために
家に残してあります。素子という名前は私がつけたのです。素直な
心の優しい、思いやりの深い人になるようにと思って、お父様が考
えたのです。・・(中略)・・。私はお前が大きくなって、立派なお嫁
さんになって、幸せになったのを見届けたいのですが、私が死ん
でも決して悲しんではなりません。お前やお母さん、そしてお国の
ためなのです。父に会いたいときは靖国にいらっしゃい。そして
心に深く念ずれば、必ずお父様のお顔がお前の心の中に浮か
びますよ。優しくて人に可愛がられる人になって下さい。お前が
大きくなって私のことを考え始めたときに、この手紙を読んで
貰いなさい。

○○海軍少尉 神風特攻隊
昭和19年10月26日比島沖にて戦死25 歳

残した娘に向かって、特攻隊の遺書を読むと本当に泣けてくるし、
やっぱり戦争はいけないんだなと実感させられます。死ぬほど苦
しんだであろう葛藤も垣間見えます。父の我が子を思う想いに心
を打たれ、自分がこの人の立場だったら?という気持ちが溢れる
と同時に涙が止まらなくなりました。当時の人にとって靖国神社
とは自分の死後、残した家族との、そして後の世の日本との繋が
りを持たせてくれる心の拠り所だったのかも知れません。

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みたままつり期間中、毎年遊就館前では 「全国有名燈籠展」 が
開催されています。地元の懐かしいお祭をご覧戴こうと全国各地
から奉納された灯籠や提灯が展示されています。

「青森ねぶた祭り (青森県)」 (上)
毎年300万人が観覧に訪れる、日本を代表する夏祭りです。豪華
で勇壮な 「ねぶた」 を豪快に曳きまわす姿と、ラッセラー の掛け声
とともに乱舞する 「跳人 (はねと)」 の演舞は圧巻です。 掛け声のラ
ッセラーの意味は 「酒やロウソクを、いっぱい出せ」 がなまって 「イ
ッペーラセ」 となり 「イッペーラッセ」 の 「ラッセ」 だけが残ったもの
だといわれていますが、青森ねぶた祭りのときのラッセラーはなん
となく酒をもっとだせ (お祭りとお酒はつきものですから) といって
いるように聞こえますね。(笑) ぜひ本場で 「ねぶた祭り」 を見たい。
「弘前ねぷた (青森県)」  (下左)
弘前ねぷたまつりは、青森県弘前市で8月の初旬に行われるお祭り
です。勇壮にして幽玄な弘前ねぷたは、扇ねぷたが中心ですが、表
の絵 (鏡絵) と裏の絵 (見送り絵) には違いがあります。この動と静
の対比が弘前ねぷたの魅力のひとつとなっています。ねぷたとは、夏
場の農作業中のけだるい睡魔を追い払い、病気や怪我などの厄災
を水に流す 「眠り流し」 が原型で、『眠り流し→ねむた流し→ねむた
→ねぷた』 と変化していったとされています。
「秋田湯沢絵灯篭 (秋田県)」 (下右)
秋田藩佐竹南家に京都からおこし入れされた姫君が京への郷愁を
五色の短冊に託し青竹に飾りつけたのが始まりとされ、約300年の
歴史あるお祭り。浮世絵や美人画が描かれた大小数百の絵どうろ
うが、夕やみの夜空を艶やかに彩ります。七夕にちなんで秋田県
湯沢市で毎年行われている祭のようです。

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「宮島管絃祭 ・ 厳島神社 (広島県)」  (上)
平安時代の宮島は、島全体が神様とあがめられ、島内に人が住む
ことができなかった為、清盛公は嚴島神社の姫神様がお乗りになる
御座船を造り、平安京で池や河川に船を浮かべて行なっていた管
絃の遊びを、厳島神社を奉る意味で京風にならって始められた。
御座船は、現在は和船を三艘並べて一艘に船組をしますが、昔は
一艘の大きな船を使用し自力で航行していたようです。海上にゆら
ゆらと映るかがり火、薪の良い匂い、櫂がきしみ水をかく音、とても
幻想的のようです。 大阪天満の天神祭、松江のホーランエンヤと
共に日本三大船神事のひとつ。
「三河一色大提灯まつり (愛知県)」 (下左)
今から450年ほど前、海魔が田畑を荒らし人々が困っており、大篝
火を焚いて海魔退散を祈ったところ、海魔が来ることは無くなった
と言います。その大篝火が提灯を献燈する祭りとなりました。次第
に華美になり、提灯も大きくなり、その上部には屋根形がつけら、
彫刻や金色、朱色の塗りが施されろようになったようです。最大
10メートルの長さを誇り、使用するろうそくも最大で長さ約1m、
重さは約93kgにもなります。通称 「一色のばか提灯」 といわれる。
「福岡八女提灯 (福岡県)」 (下左)
八女提灯は、福岡県八女郡に在る福島町で生まれた為、昔は福島
提灯と呼ばれていた。典具帖紙に類似した薄紙を用いて仄か (ほの
か)に内部が透けるようにし、これに山水・草木・花鳥等の幽邃 (ゆう
すい) なる色彩文画を描画した素朴なものです。 提灯は墓地等に
吊り下げて使用するほか、涼み提灯として盛夏の折節に軒下や
楼上等にかけて納涼用として利用されるようです。

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「盆踊り」
夏を先取りして、千代田区民踊連盟主催の盆踊り大会が、参道の
中ほど大村益次郎像周辺で、夕方から開催されています。東京音
頭など、浴衣姿の客や外国の方が見よう見まねで、ぎこちなく踊っ
てました。 都内で一番早い盆踊りで、例年、賑やかですが、今年
は客も少なく、いまいち盛り上がりにかけていました。私たちも2曲
ほど踊りの輪に入り楽しみました 。エッ! わたすぃ σ(・д・*)
江戸っ子ですから東京音頭は子どもの頃から踊ってます。 (笑)

 ハァ 踊り踊るなら チョイト
   東京音頭 ヨイヨイ
    花の都の 花の都の真中で サテ
       ヤットナ ソレ ヨイヨイヨイ
         ヤットナ ソレ ヨイヨイヨイ―

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期間中には、神輿振りやコンサート、能楽堂では日本舞踊、民謡、
バレエ、浪曲、古武道、詩吟など各種だしものなどが 「みたまま
つり」 に華を添え披露されます。 (上右) 文化的なものに触れる
ことので きる機会でもあります。浴衣姿の参拝者が多かった。(下左)

「あるじゃん! お店!」
参道には定店があり、靖国偕行文庫前にも唯一の飲食店があって、
行列が出来ていました。 熱々の焼きそばとお好み焼きをゲット!
今年も軒を連ねた夜店の光景が見られず残念ですが、来年の
復活を願いましょう。 (下右)

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今年も諸事情で露店の出店がなかった事もあって、参拝者が少な
かったと思ったら、それなり時間帯によって参拝者も多かったです。
純真にお参りしようという方たちが、訪れたのだと思います。寧ろ参
道がスッキリとしていて清々しい感じでした。 今年も屋台がなくなる
ことで、例年は目に入らなかった魅力が見えたかもしれません。 注
意すべきは、屋台が全て中止にまで追い込まれたほどの迷惑行為
が、とかく政争の舞台となる靖国神社で起こっていることです。若者
の 「モラルの低下」 は大人の責任でもあるわけです。 いつか屋台
中止を解除し、露店を復活できる日が来ることを望みたい。

ちなみに、みたままつりの 「みたま」 は漢字にすると 「御霊」 と書き
ます。国のために殉された魂を弔うお祭りでもあるということが提灯
からもわかりますが、お祭りの名前自体にもその思いが込められて
いるのです。

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「みたま祭り」。華やかさと静寂。賑わいと厳粛さのコントラスト。
おごそかな雰囲気もあり、静けさが漂います。提灯の明かりが
幻想的で、九段の夜空を美しく彩り、静かに暮れゆきます。
この国を守るために、尊い命を落とした人がいるからこそ、今の
平和な日本があるのだと思います。お国のために命を捨てる
時代が二度と来ないように・・・・。 合掌





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  皆さまも楽しい夏休みを!!  
       さて、8月に入って仕事が多忙になり、ブログを更新する時間的
       余裕がありません。誠に勝手ではございますが、今日から旧盆を
       挟んで 8月8日から8月20日 頃まで、このブログは、夏休みに入ります。
       どうか、ご了承ください。ちょっと心のリフレッシュもしてきます。


いつも訪問して頂きありがとうございます。

天国の土地から来た 「碧山関」

...2017/07/30 11:05...

先週は激しい雨も降りましたが、
おかげで凌ぎやすい週を過ごせ、久しぶりに
ぐっすり眠れた~という感じでした。一方で、
年々異常ともいえるゲリラ豪雨、歴史的な暑さ。
秋田や九州北部の豪雨などで被害に遭われた
方もいよう。一日も早い復興を願いたい。

雨も必要ですが、「程々」 に降ってくれたらなあと思う。
降らなければ降らないで文句をいい、降ったら降ったで
文句をいう。どっちなんだ? お天道様にそう叱られそうです。
なかなか、人間の都合どおりには行きませんね。

さて、
朝の通勤電車の雰囲気が変わったなと感じました。
何が変わったのかなと考えてみると、学生の姿が見えない。
あるいはぐっと減ったのが、その変化だと判りました。
そうか、夏休みなんだな。

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JR山手線外回り ・ 京浜東北線南行ホーム (3 ・ 4番線) の田町駅
寄りに像があります。 名称は 「小便小僧」 で、月毎に季節ごとに
衣裳を替えることで知られ、乗降客の目を楽しませてくれています。

子供たちにとって楽しい夏休みが始まった。
そんな中、夏休み中で母親の実家に帰省していた
男児が、乗用車にはねられ死亡した。事故の巻き
添えにあって短い生涯を終える。毎年、夏休みが
始まって各地から届く子どもの悲報には胸が痛む。

「生前と同じように朝起きたら 『おはようー』 と声を
かけ会話をしています 」 という遺族の話しを聞くと、
二度と返らない命の重みにただただ言葉を失う。
親にとってこれほど辛いことはない。

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今月はどんな姿だろうと小便小僧にご対面してきました。夏は海の
事故が多いので、通年は注意を呼びかけていましたが、今年は浮
き輪を持って海に出掛けて日焼けした元気な姿です。

小学生の頃、校長先生が夏休み前に必ず 「死んだら
アカンぞー! と絶叫なさっていた。当時は変な校長先生
だと思っていた。 子を持つ親となって、今にして重い言葉
だったんだと感じる。 夏休みはまだこれからだ。
子供を狙うのは水難事故や交通事故だけではない。
「死んだらアカンぞー!」 という校長先生の絶叫の重みを
社会全体で受け止めたい。それが親の務めと思う。

夏休みが終わって登校すると、今度は校長先生が
「みんな元気に学校に帰ってきてくれて、ありがとう!」
そう言っていた。「無事に帰って来てくれて・・・・」 と。

夏休みは始まったばかりだ。
子供たち、みんな 「死んだらアカンぞー!」


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天国の土地から来た 「碧山関」

神様が世界をつくったとき、なんとうっかりして
ブルガリアに土地をあてがうのを忘れてしまったそうだ。
神様は、そこで仕方なく天国の一部をブルガリアに
分け与えた。こんな言い伝えがある。
「神様がくれた国ブルガリア」。

そんな ” 天国の土地 ” から、はるばる地球の
裏側までやってきた青年が、大相撲・名古屋場所で
2 敗を守り、横綱白鵬との星1つ差を守り、白鵬の
動向次第で平幕優勝かと思われた。
その名は前頭八枚目の碧山 (あおいやま) 関。

職場に相撲好きの女子社員がいて、名古屋場所 ・
千秋楽の翌日に白鵬が優勝したにも関わらず、
碧山の事を興奮気味に語っていた。今時、稀勢の里や
高安ファンなら分かるが、彼女は大の碧山ファンだという。

レスリングを10 年、アマチュア相撲を3年経験した後、
鳴戸親方 (元大関・琴欧洲) の紹介で、ブルガリア出身
2人目の力士として角界入りを果たす。師匠である14代
田子ノ浦親方 (元幕内 ・ 久島海) に 「山と川どちらが
好きか」 と尋ねられ、本人が 「山」 と答えたため
「碧山」 という四股名に決まった。

初土俵から所要14場所での三賞受賞は、
小錦や武蔵丸らに並ぶ史上6位のスピード記録。
2013年9月場所4日目の横綱 ・ 日馬富士戦で自身初の
金星を獲得した。座布団が乱舞する中で、碧山は無意識
に神に感謝をささげるため右手の人さし指を天に向ける
仕草を見せ、涙を流した。 と、まあこんな感じで話してくれた。
これは本物、ファンだけのことはあると感心した。

名古屋場所は、何より横綱白鵬による最多勝ち星1050勝。
そして2場所連続の39度目の優勝という歴史的な場所と
なった。優勝インタビューでは 「三 ・ 九 (サンキュー)」 と、
語呂合わせでファンを唸らせた白鵬。

横綱 ・ 白鵬が少年時代にとったモンゴル相撲は、力士の
「鷹の舞毎」 で知られる。手を広げて羽ばたきながら舞い
降りる姿を演じる力士は、この時鷹と合体して土地の神様
の化身になるという。遠く故郷を離れて独り歩んだ前人未踏
の道は、きっとモンゴルの神様にも見守られていただろう。

モンゴルやブルガリアだけではない。
ユーラシア全体に力士の出身国が広がる中での
両力士の大活躍だ。外国人力士といえば、大相撲に
打ち寄せるユーラシアからの波はなお勢いを増しそうだ。

事の始めは神様同士の取り組だった日本の相撲だ。
神事の伝統は今も受け継がれているが、そこにどっとやって
来たのが、それぞれ古い歴史をもつユーラシアの神々である。
確かにもっと日本人力士の活躍は見たいが、ここはおおらかに
八百万 (やおよろず) の神々のにぎわいも楽しみたい。


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浅草寺 「ほおずき市」  2017

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江戸情緒豊かな夏の風物詩のひとつに、浅草寺の 「ほおずき市」
があります。観音さまの功徳日にならい室町時代以 降から続いて
いる浅草寺の四万六千日参りに行って祈祷札 「黄札」 と 「雷除札」
を授与された後、ついでに境内 で開催されている 「ほおずき市」
にも立ち寄りました。普段は平日が多かったりしますが、9日は日
曜日だったので久しぶりの 「ほおずき市」 です。涼しげな江戸の
夏の風物詩 「ほおずき市」 を楽しんでください。

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浅草・浅草寺は創建は628年、都内最古といわれる浅草寺。
地元の人々から愛されているだけでなく、全国から多数の観光客
が訪れる外国人にも人気のスポットです。普段でさえ観光客で賑
わう浅草ですが、ほおずき市もあって大混雑。「雷除札」 (下右)

古来より 「毎月18日は、仏様や神様に特にご縁のある日」 とされ、
お参りする風習がありました。現在では、お祭りなどの出店が立つ
事を 「縁日」 と言います。その縁日、室町時代になると 「功徳日」
という新たな縁日が生まれました。普段はお参りすると一日分のご
利益が得られるとされましたが、功徳日の場合は百日分のご利益。
更に7月10日は特別な功徳日とされ、この日に参拝すると千日分
になる 「千日詣」 とされました。しかも浅草寺では、江戸時代に入
ると 「四万六千日」 と、ご利益が激増。四万六千日は現代の暦に
換算すると、約126年分。一生分のご利益となる計算ですね。
この日に開催されるのが浅草の 「ほおずき市」 です。

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「ほおずき市」
この 「四万六千日」 のご縁日にちなんで、7月9日と10日の両日に
浅草寺で 「ほおずき市」 が開かれます。もともと、東京港区の愛宕
神社ではじまった 「ほおずき市」 が、浅草寺に波及して行われる
ようになり、今では浅草の 「ほおずき市」 の方が有名になりました。

現在の港区にある愛宕神社では、「千日詣」 にあわせてほおずきが
売られていました。昔はほおずきは薬草とされ、煎じて飲むと子供の
夜泣きに効果があると言われていました。そのため神社で売られて
いるほおずきは、千日詣のおみやげとして人気が高かったのです。
この愛宕神社ですが、こちらでも千日詣のご利益を 「四万六千日」
としていました。しかし四万六千日の元祖は浅草寺だとされ、いつ
の間にか浅草寺でもほおずきが売られるように。これが現代まで
続く 「ほおずき市」 となり、盛大に行われるようになったようです。

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風鈴のついたほおずき鉢は、江戸時代から長く楽しまれてきた
夏の風物詩。夏の訪れを予感させるほおずき市で、江戸情緒を
たっぷり楽しみたいですね! 浅草のほおずき市ですが、毎年
「7月9日 ・ 10日」 の2日間の日程で開催されます。

ほおずき市の元となった千日詣は7月10日ですが、9日にも開
催されるのには理由があります。それは四万六千日分ものご利
益があるとされた関係で、この7月10日に一番乗りで参拝したい
という熱心な人が多く、前日の9日より人が集り、前日より行列が
できてしまったのです。そのため前日の9日にお参りしても、同様
にご利益があるという事になったのです。その流れから 「ほおず
き市」 も、2日間開催となりました。何だか随分と都合のいい話
ですね。江戸っ子はお調子がいいですね。(笑)

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東京の街に夏の訪れを高らかに告げる風物詩 「ほおずき市」。
浅草寺の境内に立ち並ぶヨシズ張りのほおずき屋のただずまい、
出店の天井に吊るされたおびただしい数の江戸風鈴の、チリン
チリンと鳴るあの風鈴独特の乾いた音の響き、出店内一杯に並
べられたホオズキ鉢のみずみずしい葉の青さ、そしてその赤い
実の輝き。 ホオズキ市の情景には、江戸・東京の夏の情緒の
すべてが凝縮されているようにも思える風景です。

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例年 「ほおずき市」 の日は、浅草寺境内に120店舗ほどの 「ほお
ずき」 を扱う露天が立ち並び、朝早くから夜遅くまで多くの人で賑
わいます。どのお店のほおずきを購入するか迷うのも楽しいです。 
露店の前で呼び込みをしています。素敵なお嬢さん達とのフィー
リングが合った店を選ぶもよし。浴衣を来て歩く姿や、ほおずきの
朱色がさらに賑やかさを演出してくれます。多くの観光客で賑わう
浅草で行う 「ほおずき市」 は、風情たっぷりの市です。下町の市
らしい活気ある華やかな賑わいを見せてくれます。お決まりの写
真を撮らせて貰ってもいいですか? それに応えてくれるように
ポーズまでとってくれて、ハイ、パシャ。ありがとうでした。(下)

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「鉢植えほおずき」
かつては薬用で実の青い 「千成ほおずき」 が殆どでしたが、現在
では観賞用で、実の赤い 「丹波ほおずき」 が主流になっています。
ホオズキは、植木鉢に3~4株ほど植えられた丹波ホオズキが主力
で、その鉢を粗く編んだ竹籠で包み、その吊り手に江戸風鈴をひと
つ提げて風情を出しています。 風鈴だけ別口で売っているのでは
なく、ほおずきの鉢植えとセットで販売しています。 価格協定等が
あるため、どのお店でも同じ値段での販売になります。鉢を宅配便
で送ることも可能で、特殊の箱で全国一律1000円のようです。

ほおずきという名前は、「ほほつき」 (頬突き) の意で、子供が口にし
て鳴らす頬の様子からという説もあります。また、昔の方言で 「オホ」
という名前の亀虫がつきやすかったことから 「オホヅキ」 となり、それ
がしだいに 「ホオヅキ」 になった、という説もあるようです。漢字で書
くと 「鬼灯」 だそうです。 「鬼燈」、「酸漿」 とも書くようで、いずれも
読むのが難しい漢字ですね。

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風鈴付きで売ってるお店が多くて、涼やかできれいでした! 風鈴
の音色が、暑い夏を涼しく心地よく感じさせてくれます。ほおずき市
では、風鈴とほおずき鉢がセットで販売されています。「ほおずき」
が境内で売る店が建ち並び、鉢に付けられた風鈴が涼しげになる
事から、江戸の夏の風物詩となっています。風鈴付き籠入りホオズ
キ鉢植えは2500円でした。

ほおずきと風鈴はなぜセットなの ?
ほおずきは故人がお盆に帰ってくる際の提灯の役割として飾る風習
がありました。そして、風鈴は元々は邪気払いの意味として吊り下げ
られていました。昔は強い風は流行病や悪い神をも運んでくると信じ
られており、お寺には相輪や堂の軒の四方に 「風鐸」 (ふうたく) と
呼ばれるものが邪気除けとして吊り下げられていました。この音が聞
こえる範囲は聖域であるので災いが起こらないという事から、いつの
頃からか民家の軒下に風鈴が邪気除けの意味で吊り下げられるよう
になり、また、故人がお盆に帰ってくる際に悪霊が一緒に来ないよう
に、ほおずきと風鈴はセットになったようです。

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「枝付ほおずき」
ほおずき市では、鉢植えのほおずき以外にも様々な種類の 「ほお
ずき」 があります。鉢植えの観賞用のホオズキも人気ですが、その
ほかにも鈴なりに実をつけた切枝のホオズキもよく売られています。
通称 「切り丹波」 と呼ばれています。お盆になくてはならない盆花
として、1mほどの枝にオレンジ色のボリュームある実がつき、大切
なご先祖様へのお供えとして、お盆の飾りの代表格なのが 「枝付ほ
おずき」 です。これを求めた参詣客は、家にそれを持ち帰って盆の
精霊棚に飾ります。 ほおずきの鮮やかな朱色が辺りを明るくするの
で、華やかな雰囲気があります。大小ありますが、「枝付ほおずき」
でしたら1,000円程度の値段で購入できます。

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ホオズキといえばお盆の飾りです。お盆の日にちは地方によって
異なりますが、東京など都市部では、7月13日~16日 (新暦) に
行うことが多いです。 日本の仏教習俗であるお盆では、ガクに包
まれたホオズキの果実を死者の霊を導く提灯に見立て、東京では
枝付ホオズキを精霊棚 (盆棚) に飾ります。子どもの頃、我が家
でも毎年 「ほおずき市」 に出掛け、この枝付ホオズキを購入して、
「引きずらないように」 と、母に叱られながら、何故か私が持たされ
た記憶があります。私の方は帰りに立ち寄る、老舗のうなぎ屋が
楽しみでした。(笑)

精霊が迎え火や提灯の灯りを頼りに帰ってくるといわれることから、
ほおずきを提灯に見たてて盆棚 (精霊棚) に飾ります。また農作
物の収穫が少なかった時代には、鮮やかな赤のほおずきを供え
ることによって、お供え物の不足を補う意味があったと言われてい
ます。ほおずきは 「鬼灯」 とも書きます。鬼灯は盆花であるだけで
はなく、仏壇を飾る赤い提灯という特別の意味を持って飾られて
います。真っ赤な実が野辺に成っている光景は、ポッ ポッ と鬼火
(人魂) が灯っているように見えるからでしょうか。

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ホオズキは多年草で、草丈は60cmから80cm位になります。淡い
黄色の花を6月から7月ころ咲かせます。この開花時期にあわせて
日本各地で 「ほおずき市」 が開催されているようです。中でも7月
初旬に開かれる東京 ・ 浅草寺は江戸時代から続いており、毎年
60万人にのぼる人出があるほど有名です。花の咲いた後に六角
状の萼 (がく) の部分が発達して果実を包み袋状になり、熟すと
オレンジ色になります。

ほおずきは枝にぶら下がっている実の中に、球形の 「ほんとの実」
があります。この実の中身を楊子などで掻き出して皮だけにしたも
のを、口に含んで鳴らして遊んだ人も多いかと思います。子どもの
頃に母親が、ほおずきを口の中で 「ぎゅう、ぎゅう」 と鳴らしていた
のを思い出します。自分も・・・! と、チャレンジしてはみるものの、
鳴らないまま破れてしまう 「ほおずき」 ・・・・・・。子どもながらに、
どうにもこうにも悔しかったことを覚えています。(笑)

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「単品 ・ 籠詰め」
ほおずきが切られて茎単位で売られているものもあります。とにかく
大きいです。そして真っ赤に色づいて本当にきれいです。ほおずき
の実だけを袋や籠詰めにしたものもあり、こちらは500円程度という。
また 「ひごほおずき」 (竹ひごにほおずきが 1 つついています) も
あるようです。ホオズキの実の袋詰めは、もっぱら観賞用でしょうか。
物干しにぶら下げてもよし。一夏の間、涼味満点のアイテムになり
ます。秋になれば、赤い実の外皮が枯れて、網状になり、また違っ
た感覚のホオズキを楽しめます。寺社で御払いを受けたほおずき
は、厄よけになると言われていて、家族や友達のお土産にたくさん
買って帰る人もいます。風鈴の音や、威勢の良い露店の掛け声で、
ついついたくさん買ってしまいそうです。でも縁起ものですから・・・。

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境内に 「ほおずき」 を売る店が約120軒も並び、風鈴の涼しげな
音色、ほおずきの鮮やかな朱色、そして色とりどりの浴衣姿で、そ
ぞろ歩きを楽しむ人々で、浅草寺は下町の市らしい華やぎを見せ
ます。浅草のほおずき市は、都内最古のお寺である浅草寺で、毎
年開催され、多くの観光客で賑わう風情たっぷりの市です。 徳川
時代以来、江戸東京の庶民はこの日に浅草寺に詣でて格別のご
利益にあずかりながら雷よけの赤玉蜀黍を求めたり、また盆の草
飾りを買って帰る習慣があったとの事。ほおづき市で売られる赤
いほおづきや吊しのぶの風鈴も昔は、ご先祖様の仏壇に飾る
ためのものだったんですね。

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「紅ほおずき」 のお話し。
ある日の事、めったに人など通らぬ丹波の山奥に、珍しく旅の男
が通りかかった。男が木陰で昼寝している間に、すっかり日が暮
れてしまい道に迷ってしまいました。一軒の炭焼き小屋を見つけ
て一晩の宿を頼むと、老夫婦は快く迎え入れてくれました。 久し
ぶりのお客さんに、老夫婦は喜びながら、旅の男から都の話など
聞かせてもらいました。男は、たった一人の妹がもうすぐ結婚する
という事で、都へ帰る途中でした。 翌朝、男が起きて畑を見たら、
美しい酸漿 (ほおずき) がたくさん紅く実っていたので、それを
ひとつ取って、中の種を出して食べてしまった。

それをその家の人が見つけて、ひどく驚き、「お客様は大変な事を
してしまった。 きっと今に大変な罰が当る」 というて顔色を変えた。
旅人も心配になって、「それはまた、どうしてか」 と聞くと、家の人は、
「お日様は毎日、東から出て西へお沈みになるが、そのお日様は
夜になると地の下を潜って、この酸漿の中へひとつひとつお入りに
なる。それで、こんなに色が紅くなるのだ。酸漿は、お日様の赤ン
坊なのです。お客様は、その 「お日様の赤ン坊を食べたのだ」 と。
以後、お日様に詫びて 「ほおずき」 は口で鳴らすようになったとさ。
どっとはらい。 

【メモ】
「どっとはらい」 とは、物語の最後につける慣用句 (結句) で、もの
を数え終わった ときにいう語。「これでおしまい」 などの意味です。

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何個も購入する方がいらっしゃるのが不思議だったのですが、季節
の風物詩としてばかりでなく邪気除けとして、自宅用にはもちろん、
贈り物にもされるというのもわかる気がします。浅草ほおずき市は、
下町らしく賑やかで風情溢れる楽しい市です。毎年老若男女たく
さんの人々で活気づいています。境内を散策するのも楽しい。

鬼灯 (ほおずき) の実は、見た目はしっかりした形をして中身が詰
まっているように見えますが、中身は空(空洞)です。そんな見掛け
倒しの鬼灯の実が、鬼灯の花言葉の由来になっているのでしょう。
「偽り」 や 「ごまかし」 や 「半信半疑」 という鬼灯の花言葉は相手
を疑っている心理を表現した言葉ばかりです。もし、これらの花言
葉を贈ったとしたら、花言葉を贈る相手との関係性にヒビが入る
ことは間違いないですね。(笑) つまり、鬼灯の花言葉は、絶対
に贈ってはいけない危険な花言葉ばかりだと言えます。

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「御利益あるよ!」 の掛け声や、風鈴の音が境内に響き、好みの
鉢を選んで東京の夏の訪れを楽しむのです。浅草寺のほおずき市、
江戸からの、そして東京ならではの夏の風物詩です・・・・。風が吹く
とチリンと奏でる風鈴の音も風情があり、昔ながらの日本の夏を感
じることができるほおずき市。ほおずき市は、決して華やかな祭り
ではありません。ただ、それだけに風情があって、日本らしいお祭
りということが出来るのではないでしょうか。ほおずき市は、日にち
が決まっているので、土 ・ 日曜でないと見物できないだけに今年
は9日が日曜日でラッキーでした。毎年猛暑となる東京の夏です
が、赤いほおずきは、一味違った江戸の夏を感じさせてくれるで
しょう。暑さに負けて、ついつい室内にこもりがちになる季節です
が、ぜひ江戸時代から続く由緒ある祭りを体験してください。

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決してご機嫌は宜しくありませんでしたが、境内にはこんなニャンこ
もおりました。ホオズキのレイをかけて、不機嫌そうな感じがたまり
ません。(上) 飼い主さんがサービス旺盛な方で、カメラに合わせ
て座る位置を何度かかえたりしてたんですけどね。飼い主さんの
趣味なのか、雷門の柱の所に座っていたりと猫が注目されてます。
仲見世が混雑するので脇の道を通ったら浴衣姿の女性に遭遇。
稽古帰りでしょうか、やっぱり日本女性の浴衣姿はいいですね。
(下左) 外国人観光客も浅草寺の他に、粋なイベントに興奮し
きりでした。日本文化のすばらしさに感激したようです。(下右)

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観音様 (浅草寺) 本堂の東南角にあるこのお店。東南角は縁起が
よく、都内産初の 「丹波ほおずき」 を最初に販売して話題になった
古くからの店で、子どもの頃からよく聞いていた有名なお店です。
また、この場所は写真を撮るスポットにもなっています。五重塔が
見えますもんね。納得!

猛暑を吹き飛ばすような、浅草の 「ほおずき市」。日本の伝統が
しみじみと感じられ、粋な行事を肌で感ることが出来ました。入谷
の朝顔市、浅草のほおずき市も終わり東京は暑い夏を迎えます。






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  皆さまも楽しい夏休みを!!  
       さて、8月に入って仕事が多忙になり、ブログを更新する時間的
       余裕がありません。誠に勝手ではございますが、今日から旧盆を
       挟んで 8月8日から8月20日 頃まで、このブログは、夏休みに入ります。
       どうか、ご了承ください。ちょっと心のリフレッシュもしてきます。


いつも訪問して頂きありがとうございます。

大切にしたい 「恥の文化」

...2017/07/23 08:45...

毎日、うだるような暑さが続いています。
まだ、七月というのにこの暑さ。
本日、大暑の節入り日だという。大暑は、読んで字の如し。
「とっても、とっても、暑いんだよ」 という時期です。

江戸時代の高名な暦学者の表した天文俗談では、
「大暑は六月中気、極熱の時故に大暑といふ」 とあります。
わざわざそんなこと言われなくても 「解ってるわい」 という
陽気でしょうか? しかし、今朝の東京は曇り空で、連日の
真夏日が続いた日とは違って、少し涼しいくらいです。

さて、明後日の25日は丑の日。
例年、上司の誘いで老舗のウナギ屋に行くのですが、
今年は、上司がアメリカに出張中で願い叶わずです。
ならばと、上司に老舗の店を紹介してもらっていたので、
混雑しないうちにと、家族で買い物の帰りに立ち寄りました。

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JR東京駅八重洲口から徒歩約5分のところにあり、一本裏
の路地に門を構え、古い木造りがより一層の粋を感じさせ
る。知る人ぞ知る老舗の鰻屋 「はし本」。店前の木札には
「鰻これくふうてやくのむな」 とある。(上右) 今風に言え
ば、鰻を食べていればサプリは飲むことないよ、と言った
ところだろうか。なかなか粋である。

昭和の趣が残る木造家屋の店内には、「テーブル席」 の
他、周りに気兼ねなく食事や会話を楽しめる 「個室」 (下左)
と、 「小上がり」 があります。足を伸ばして、ゆっくり過ごせる
「掘りごたつ」 の仕様で、海外からのお客様にも最適です。
うな重などは、オーダーされてから蒸しを始めるこだわりで、
美味しさを追究しているようです。ちょうど娘とかみさんが
席を外していたので、私が注文したのだが・・・・。

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待つことしばらく、うな重が登場。お重の蓋を開けて、いざ
食べようとしたところ、娘が 「何で、パパのだけ鰻が3つも
あるの?」 ときた。かみさんはすかさずメニューを確認。(笑) 
「二人とも食べきれないと思って」 というものの睨まれました。
ちなみにうな重のメニューは、「い」、「ろ」、「は」 に分かれて
いて、娘たちのうな重 「い」 は、ウナギが1 匹で 3,300円。
(右) 私の 「ろ」 は、ウナギが1.5 匹で 4,500円なり。(左)

気まずい雰囲気ながら 「うな重」 を食べてみました。
蓋を開けた瞬間、目の前に広がるのはご飯いっぱいに敷き詰め
られた見るからに柔らかそうな鰻。その存在感にうっとりしつつも
口に運ぶと、ふっくらとした鰻にほんのり甘いタレが絶妙で、思わ
ず笑みがこぼれます。うなぎは、ふっくらと柔らかい。箸でつかん
だ感触のままの食感。 「秘伝のタレ」 は、70年以上注ぎ足し続
けた老舗ならではの上品な味わい。 ご飯は、硬めにたいていて、
しかも薄くもられているので、口に入れた時に、ご飯の圧迫感が
なく、鰻を感じることができる。香の物は丁寧な味わいで食感が
良く、奈良漬が入っているのがとっても嬉しい。お吸物はなぜか
別途料金になっていて200円でした。「美味しい、美味しい」 と、
あまりの美味しさに箸が止まらず、アっという間にペロリと完食し
てしまった。さすが老舗! 貫禄があり至福のひと時でした。 
ご馳走様でしたー。

ウナギを食べたことだし、この夏も無事に過ごせそうです。
今日も真夏日のようで、きっと暑い一日となることでしょ。
皆さん、熱中症にはくれぐれも注意して、頑張ろう!!


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大切にしたい 「恥の文化」


幕末から明治にかけ、木村摂津守や勝海舟らが
咸臨丸で渡米した。岩倉使節団も欧米列強を外遊した。
当時、日本は後進国だったが、先進国から決して軽蔑
されることはなく、畏敬の目で見られたという。

それはなぜか。
「武士道」 で身につけていた 「廉恥の精神」 から
にじみ出る気品のなせるところだったといわれている。
武士たちは物を生産することでは社会に貢献しなかったが、
恥を知る心を残した。今日の日本、国民が最も大切にしな
ければいけないものは、この心ではないだろうか。

「メロスには政治がわからぬ」。
そう太宰治が書いたメロスのように、私たちも政治は
あまりわからない。でも、人としてあたりまえのことなら、
わかる。なぜ、平和がよく戦争はいけないのか。
常識である。理由なんかいらない。

最近テレビを見て、おかしいと感じる。とりわけ政治番組、
そしてバラエティー番組。この二つには、共通点がある。
それは、人を傷つけて支持率や笑い、つまり 「自益」 を得よう
とすること。政治ならば野党が与党を批判し、バラエティーでは
誰かの痛みやコンプレックスをとりあげ、笑いとする。それらが
その世界で常識であったとしても、人を害して自益を得ようと
しているなら 「戦争」 とかわらないと思う。決して平和ではない。
それを支持したり、おもしろがったりしてしまう私らも、
間違っているのではないだろうか。

日本では周りの人に迷惑を掛けたり、嫌な想いを
させることが、昔から 「恥ずかしい行為」 とされていました。
また、汗を流さず大した苦労もしないで、お金を得ることも
「恥ずべき行為」 とされていたのです。昨今は、こういった
行為を恥とは思わず、自分勝手で周りのことを気にせず、
法律に触れなければ何をやってもよいと考えている人が
多いような気がします。日本人が昔から持っていた 「清貧」
とか 「潔さ」 というものが 「恥の文化」 なのです。

「武士は食わねど高楊枝」 「渇しても盗泉の水を飲まず」
ということわざがあります。いわゆる恥を知る心であるが、
今の日本人の忘れ物の第一位を占めているものでは
ないだろうか。政官財の世界や、その他の世界でもよく
見られる不祥事の多くは 「廉恥の精神」 の忘却や
欠如によるものと思われます。

天知る地知る己知る、と言うことなのです。
それで 「お天道様に顔向けできない」 のです。
潔白な気持ちで朝日を見ることができないと言う、
誇るべき文化です。

「恥の文化」 を大切にしていきたいものです。


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   入谷の朝顔市 2017

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例年、実家の母とかみさんが出掛ける 「入谷の朝顔市」。用事が
出来て、今年は出掛けられないというかみさんに変わって、娘と
母と私の三人で出かけました。「世界らん展」 や 「入谷の朝顔市」
は、欠かさず出掛けるほど花好きの母。たまには親孝行の真似事
でもしてみたい? との思いで・・・・最終日が土曜日だったので。
連日の猛暑に、少しだけ涼しさを求めました。

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お江戸に夏の到来を告げる夏の風物詩!  「入谷 ・ 朝顔市」。
入谷鬼子母神を中心として、言問通りに百二十軒の朝顔業者と
百軒の露店 (縁日) が並び、毎年四十万人の人出で賑わいます。

「入谷の朝顔市」 は、入谷鬼子母神とその前を通る言問通りで、
毎年七夕の7月7日を挟んだ6日から8日までの3日間開催され、
『昭和通リ』 と 『言問通り』 が交差する 『入谷交差点』 から鬼子母
神前を通り 『根岸1丁目』 までの200 m程に所狭しと、朝顔の露
店がならびます。土・日曜日が開催日の時は、言問通りの車道が
解放され、早朝から夜遅くまで多くの人で賑わいます。ニュース等
でも毎年とりあげられる有名な、東京 ・ 下町の夏の風物詩です。

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交差点一郭に 「入谷朝顔発祥之碑」 が建っています。(下左)
毎年7月5日、その場所で朝顔の供養市がおこなわれます。良質
の種を残すために摘み取った朝顔の供養なのだそうです。そもそ
も江戸時代に御徒町界隈で、下級武士が内職として朝顔作りを
行っており、当時は変わった品種作りで流行ったそうです。その
朝顔作りが、明治時代になって入谷の地に移され、入谷の朝顔
は大人気で、朝顔市の原型となる市が始まりました。明治時代
が一番盛んでしたが、一時期すたれ、昭和25年に入谷鬼子母
神の境内を会場として朝顔市を復活させてから現在に至ります。

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もともと朝顔は,奈良時代に薬用として中国より入ってきたもので、
最初は青色のみだったようです。入谷で盛んに朝顔が栽培される
ようになって、「入谷の朝顔」 として知られるようになったのは明治
の中頃からで、十数件の植木屋が始めたと伝えられています。
大正初期に市街化によって途絶えた朝顔市でしたが、戦後のす
さんだこの世の中を少しでも明るくしようと言うことで、地元有志の
方と下谷観光連盟の協力を得て、江戸情緒豊かな夏の風物詩、
入谷の朝顔市が復活したのであります。 七夕にちなんで7月6 ・
7 ・8日が祭りの開催日と決定したという。当初は朝顔の咲く時期
ではなかったため、大変苦労したようです。

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期間中には早朝五時からたくさんの朝顔露店が出て、各地で栽培
された赤や青や淡い紫などの朝顔がずらりと並べられ、法被姿の
売り子たちが威勢の良い掛け声と共に販売します。

入谷の朝顔は 「変わり咲き」 が有名でした。朝顔の花が、桔梗の
花のように咲いたり、牡丹の花のように咲いたり、二重に咲いたり
して、花粉の交配によって色々な花を咲かせる事ができ、最盛期
には一千種類もの朝顔があったそうです。現在のような丸い朝顔
も、江戸末期に大輪咲き朝顔として盛んに栽培されてはいました
が、変化咲き朝顔の不思議な美しさが、江戸の人々にブームを
巻き起こたようです。

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「行燈 (あんどん) 作り」
入谷の朝顔市は、あんどんと呼ばれる竹の支柱につるを絡ませ、
一つの鉢に4色の花が咲く 「あんどん作り」 が特徴です。(上右)
朝顔の色形は種類がたくさ んあります。 朝顔の値段は 『朝顔組
合』 が一律に決め ているよう で、どこのお店も6号鉢で2000円、
小さい鉢で1000 円です。 どうしても花がきれいに開いているも
のに目が行きますが、これから咲く楽しみもあるので、つぼみの
数が多いほうがオススメのようです。

「紅ちどり」  (下右)
紅ちどりは、アサガオの中でも少し小さく、可愛らしい小花です。
なんといっても、ハッキリとした色合いが特徴で、時には白い覆輪が
入り人気の品種のようです。葉は小さく斑入り葉で、珍しい枝垂れ性
の朝顔で、ツルが細く垂れ下がるので吊り鉢作りに最適のようです。
花期も長いので長時間楽しめます。 この愛らしい雰囲気が可愛い。

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「曜白 (ようじろ) 朝顔」   
朝顔といえば昼前にはしおれてしまいますが、この曜白朝顔は夕
方近くまで花びらが開いたままなため、早起きが苦手という方にお
すすめの朝顔なんだそうです。覆輪と呼ばれる白い縁模様が花弁
の中央部 (曜) まで入り込み、縁が白く抜け、コントラストが美しく、
色が鮮やかで長持ちすることから、人気の朝顔のようです。生育旺
盛で午後まで開花する性質をもち、垣根 ・ 花壇 ・ あんどん仕立て
に向くようです。最近では、夜中に見頃を迎える新種の アサガオも
あるようです。 朝顔じゃなく夜顔??? (笑)

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「桔梗咲き朝顔」 
桔梗咲きは変化朝顔の一つで、シベが花弁化しているため2重に
なっているので桔梗の感じが良く出ています。 昼過ぎからしぼみだ
すとともに色が変化しだし、夕方赤紫になってゆく。すぼんだ模様も
可愛いようです。この控え目に咲く桔梗咲きアサガオを見ると、何故
かホッとしますね。アサガオのようで朝顔じゃないみたい。

こうした変化アサガオは、江戸時代に好事家たちに珍重され、高値
で取り引きされていたようです。しかし突然変異のアサガオは不稔
性 (種ができない性質) であることも多く、惜しいことに 「その花一
代限り」 で、今はもう見ることがかなわないものも多かったようです。

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朝顔は千百年以上前の奈良時代に、中国から遣唐使によって伝
来したといわれているそうです。 当時は朝顔の種子が下剤として
効果があったことから、漢方薬として重宝されたのです。 最初は
薬として伝わった朝顔が観賞用となったのは江戸時代からです。
そして朝顔の種のことを中国名で 「牽牛子」 と呼び、和名を 「阿
佐加保」 と書いたそうです。 ここから後に朝咲く花であることから
「朝顔」 といわれるようになったのです。また、中国名の 「牽牛子」
が七夕の牽牛につながることから、この朝顔市が七夕の前後3日
間開催されるようになったのだそうです。こじつけではあると思い
ますが、実に下町らしい粋な演出ですね。

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「オーシャンブル (琉球アサガオ)」  
沖縄の琉球あさがおは、朝ブルーの花が咲きます。朝咲いた花は
昼過ぎても咲き続け、その間ゆっくりと色を変えていきます。そして
夕方しぼむ頃には美しいピンク色に変化しているのです。 一般的
な朝顔は花が落ちた後に種が出来ますが、種が出来ない為、株
分けで子孫を増やします。とても生育旺盛な品種で緑 のカーテン
にもピッタリで、窓や壁を覆って日ざしを遮り 、柔ら かな日陰をつ
くってくれるようです。一般的な朝顔が一年草であるのに対し、琉
球あさがおは宿根草なのだそうです。この朝顔が一番人気とか。

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「団十郎」 (上)  
この渋い色を持った朝顔は 「団十郎」 という名の朝顔で、朝顔とし
ては珍しい茶色です。江戸時代に二代目市川団十郎が、歌舞伎
十八番 「暫」 で用いた半被の色が海老茶色だったことから命名さ
れたようです。大輪で気品のある色合と、黄蝉葉・斑なしの葉で濃
茶色の無地の日輪抜けが花の特徴です。今もなお多くの愛好家
に深く愛されている ようです。江戸の昔から栽培が盛んに行われ
ていましたが、種子の確保が難しく幻の朝顔と言われています。
店で一鉢、見つけたのですが、予約済みでした。ならばと写真
だけ撮らせてもらいました。初日で完売だったようです。

「青斑葉団十郎」 (下右)  
最近、団十郎もどきの朝顔があちこちで見かけます。これは改良され
た 「新団十郎朝顔」 というもので、生産者のオリジナル品種で、濃い
茶無地の花の株を選抜した品種。売り子の人も知ってか知らずか茶
色ければ団十郎と称して売っているようです。花びらに覆輪が入り、
葉っぱに白い斑点が入っているのは、生粋の団十郎ではありません。
人気の需要と生産数が絶対的に合わないので、茶系を団十郎と呼
んでいるようです。朝顔市では、葉っぱに斑点が付いていないのが
「団十郎」 と呼ばれるもののようです。花は日々、改良されていくも
のですが、やっぱり団十郎は本物でなきゃ。

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夏の代名詞とも言える朝顔は、日本人なら誰でも馴染みのある花
ですね。涼しげな朝顔の花には、日本人の心に染み入る不思議
な魅力があります。赤や青、紫といったその色合いはどことなく涼
やかで、見ているだけで暑い夏の気温も紛れる気がしてきます。
人気の品種は 「団十郎」 「曜白」 「桔梗」 などで、団十郎は海老茶
色の美しい貴重な朝顔。曜白は花火のような愛らしさがあり、桔梗
には朝顔には珍しい洋風な雰囲気が感じられるので、お店の人と
相談しながら皆さん選んでいました。どれにしようか迷う人向けに、
1鉢に4色の品種がランダムに植えられたセットタイプのものもあり
ます。1鉢でイロイロな朝顔が楽しめるので、1番人気なのだとか。

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「覆輪 (ふくりん)」  (上)
覆輪とは、花びらや葉の外縁部分が地と違う色で縁どられている
もののことで、外花被片に覆輪の色々な修飾遺伝子が存在するこ
とがそれらとの相互作用で色々な表現型を示すようです。周りの白
い縁取りが一層、華やいだ雰囲気を醸し出しています。キキョウ咲
きのように花弁ふちが白色に縁取られるのが 「糸覆輪」。(上右)
深く入るものを 「深覆輪」 と呼んでいます。

「絞り朝顔」  (下)
単色だけではなく、縁取り、絞りや斑点模様がはいるなど、花色と
組み合わせると非常に 豊富な花姿があるようです。その中の変わ
り種 ・ 絞り朝顔には、平賀源内も注目していたという。アサガオが
変化するのは 「トランスポゾン」 という遺伝子の仕業で、 花の色や
大きさを決める遺伝子に突然入り込んで頻繁に変化を起こすため
のようです。愛好家や栽培家の手で育てられ、交配や 突然変異を
繰り返し、とても朝顔には見えない珍しい形態を 「花芸 が良い」 と
言うらしいです。芸をする遺伝子を持つがゆえに人々と、深いかか
わりを持ったアサガオの知られざる姿に魅力さえ感じます。

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「筒白」
筒白は、花の中心の筒状の部分を言います。
アサガオでは鑑賞上、花色にコントラストがつくため美しい 筒白の
花の方がよいとされています。大きく白い領域が広がっているもの
を陽光抜け。(上) 花筒だけ抜けているものを日輪抜け。(下左) 
また花筒が着色するものは ”筒汚れ” と言うそうです。(下右)

朝顔の花の面白いところは、普段目にするラッパ型の花から、まっ
たく異なる花が生まれることです。 風に乗って飛んでくる花粉や、
小鳥、ミツバチが運んでくる花粉によって変わりものが生まれるわ
けではないんだそうです。朝顔は自家受粉といって、花びらが開
かないうちに、つまり蕾のうちにすでに受粉しているのです。他の
血 (花粉) を入れなくともちゃんと自ら種を作れるのです。その種
の中から一定の割合で変化朝顔が誕生するから不思議といえば
不思議な植物ですね。

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お客さんとの掛け合い。この鉢は四色ですよ、大輪ですよ~。
うちは笑顔でサービスよ!と威勢のいい掛け声が聞かれました。
値段が決まっているので、客との駆け引きはありませんが、客の
要望にそって朝顔を探してくれます。何しろ蒸し暑く、物凄い人、
人、人です。暑さもあって花は少々ぐった りはしていたものの、
朝顔を売る声は、あのアメ横の感じに似てとても活気がありました。

朝顔市には沢山の朝顔が並びますが、従来から生産者ごとに品質
のばらつきが大きく、それが悩みとなっていたようです。 そこで農林
総合研究センターでは、長く花を楽しめる朝顔を生産するための肥
培管理、技術の指導。7月の朝顔市の時期に美しく花を咲かせる品
種の選定や、栽培環境の改善に関する試験研究を重点的に取り組
み、この地域の朝顔栽培を確立し、入谷の朝顔市の伝統を守って
いる生産者のみなさんを、技術面から支えているようです。その為、
朝顔市に最高の花を咲かせた朝顔が並ぶようになったそうです。
朝顔市にはこうした影の力があったようです。

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「入谷鬼子母神 (真源寺)」  (上左)
誰が言ったのか 「恐れ入谷の鬼子母神」 という入谷鬼子母神。
それほど広くは無い境内ですが、さすがこの日は多くの参拝客が
詰掛けて凄い行列でした。 この日は特別の日ということでしょうか、
本堂の前に鬼子母神が安置されています。(上右) 朝顔の造花
がついた子育お守り (下左) を購入すると、カチカチッと火花を打
ち出して 「火打石」 を叩いていただけます。(下右)
下町らしい入谷の粋な演出です。

入谷鬼子母神 (真源寺)。真源寺の創建は万治2年 (1659)。
鬼子母神を祀っていることで有名な寺院です。「恐れ入谷の鬼子
母神」 とフーテンの寅さんの啖呵にも出てくる 「入谷鬼子母神」。
鬼子母神は、インド仏教上の神です。 別名を訶利帝母あるいは
観喜母といい、元は人間の子供を奪い取っては食べてしまう悪者
でした。あるときお釈迦様が、 彼女の末の子どもを隠し、子を失う
とどんなに悲しいかと実感させて諭し、改心させたということです。
その後 「小児の神」 として善神になり、安産・子育ての守護神と
して信仰されるようになったそうです。

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  (歌川国芳画)
日の出と共に開花する朝顔の習性に合わせ、入谷の朝顔市は
朝5 時から始まります。朝顔が一斉に咲きそろう朝の光景は一
見の価値があります。 朝顔と言えば・・・・。

「朝顔に つるべとられて もらひ水」。  (千代女)

「朝早く井戸の水を汲に行ったら、一夜のうちに伸びたのであろう
アサガオの蔓 (つる) が釣瓶に絡みついていて、朝顔を取り除くの
も可哀想なので、近所に貰い水をした」 という句意です。千代女は、
元禄から安永時代の俳人です。加賀の国 (現・石川県) の生まれ
だったので、通称を 「加賀千代女」 という。美人の誉れ高い人だっ
たようです。この句で、朝顔への心優しさが世に知られ、しきりに喧
伝もされたそうです。二百余年余後に生まれた私までもが、ついで
に学校で教えられました。(笑) 心優しい女性って素敵。うふ

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江戸時代から夏の風物詩として江戸っ子に親しまれてきた朝顔。
時代を超えて、江戸の夏が感じられる入谷の朝顔市です。法被
姿の売り子たちが威勢よく声をかけると、訪れた客らは足を止め、
色とりどりのアサガオを品定めして買い求めていました。

日本の民話 「朝顔と朝寝坊」。
昔、あるところにとても朝寝坊の男がいました。男は、朝顔の花が
咲くところを一度見てみたいものだと思っていましたが、起きてみ
ると朝顔はいつも咲いたあとでした。でも、ある日、早起きすること
ができ、朝顔のつぼみが開くところを見ることができました。ところ
が、朝顔は開いた途端にしぼんでいきました。男が朝顔に、どうし
てすぐにしぼむのか尋ねると、朝顔は答えました。「あなたが起き
ているので、もう昼でしょうから」。 朝寝坊には耳の痛い話です。
そういえば、朝顔売りの人に 「お兄さん、お寝坊さんでしょ。
お寝坊さんには夕顔だよ」 と言われました。(笑)

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千利休と朝顔には有名な 「朝顔の茶会」 の逸話があり、その話
ゆえ興味深い花です。その千利休と朝顔の話です。

千利休の 「朝顔の茶会」
当時、日本ではまだ珍しかった朝顔を手に入れた千利休は、庭に
植えて大切に育てていました。 ある時、秀吉が利休の朝顔の噂を
耳にして、是非見たいと望みました。そこで利休は、秀吉を朝の茶
会に招きます。秀吉が訪れたところ、庭の朝顔の花はすべて摘み
取られて、茶室にただ1輪の朝顔が活けてあったというものです。
利休に近い弟子が書き残した文献に残されているので、実際の
話らしいのですが、ここから何を読み取るかは、諸説あるようです。
もっとも有力なのは、「朝顔によって秀吉に簡素の美を説いた」 
というものですが、さてさて真相は・・・・・・如何に。

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浴衣のお客さんもけっこういて、これが朝顔市の雰囲気を盛り上げ
てます。(上左) 最近、浅草などで浴衣姿の外国の観光客を見か
けますが、いまいち様にならない。やっぱり日本女性の浴衣姿って
素敵ですよね。自分で持って帰る人 (上右) もいれば、何鉢か買っ
て持って帰るのが大変な人には、あちこちに宅配便業者が待機し
ているので安心。また、地方の方に送られる人が結構多いようです。
宅急便で送 れるようで、送料は確か、全国一律1000円と書いて
あったような・・・。専用の段ボールで届けてくれ るようです。(下右)
宅配業者も忙しく、台車に朝顔を乗せて飛び回っていました。(下左)

入谷の近くの根岸に住んでいた正岡子規は、
     「銭湯で聞く朝顔の噂かな」 と、詠っています。

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朝顔の名前の由来は 「朝の顔」ではなく、「朝の容花 (かおばな)」
からのようで 「容花」 とは 「美しい花」 という意味です。朝顔は朝早
く咲いて、昼頃にはもうしぼんでしまいます。花のはかない姿から
「はかない恋」 の花言葉が生まれましたが、つるはしっかりと巻きつ
くので、その様子から「固い約束」「愛着の絆」の花言葉もあります。

いよいよ夏本番を間近に控えて、一足早い夏を先取りする
「入谷 ・ 朝顔まつり」 は、一服の清涼剤として癒されました。
今年も暑い夏を乗り切れそうです。

朝顔に 習う寝坊の 早起きかな






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  皆さまも楽しい夏休みを!!  
       さて、8月に入って仕事が多忙になり、ブログを更新する時間的
       余裕がありません。誠に勝手ではございますが、今日から旧盆を
       挟んで 8月8日から8月20日 頃まで、このブログは、夏休みに入ります。
       どうか、ご了承ください。ちょっと心のリフレッシュもしてきます。


いつも訪問して頂きありがとうございます。

「面白きことも無き世を面白く」

...2017/07/16 08:37...

日本列島は15日、北海道帯広市で37.1度を
観測するなど、道東や関東甲信を中心に35度以上
の猛暑日が続出し、記録的な暑さとなったようです。
北海道の方、溶けてませんか。(笑)
16日は北海道と東北地方で、今度は大雨の恐れとか、
気象庁は土砂災害や低地の浸水、河川の増水に警戒
を呼び掛けています。いったい、近頃の気象状況はどう
なっているのでしょう。これも温暖化のせいでしょうか? 
心配ですね。

さて、
先日、久しぶりに永田町駅から半蔵門線に乗りました。
ホームに入って来た電車にビックリ。

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「クレヨンしんちゃんラッピングトレイン」
これは、「クレヨンしんちゃん」 が25周年を迎えたことを記
念して、東武鉄道が埼玉県、春日部市との共催のもとで、
作品の舞台である埼玉県春日部市を中心に実施している
特別企画 『クレヨンしんちゃん25周年記念企画 オラのマ
チ春日部にくれば~』 の一環として実施しているようです。
現在、東武スカイツリーライン (伊勢崎線)、東京メトロ半
蔵門線、東急田園都市線などで、ラッピング電車1編成が
運行中なのだそうです。東武鉄道線と直通なんですよね。
そのため半蔵門線にまで、乗り入れているわけです。

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列車に、しんちゃんやお馴染みの 「かすかべ防衛隊」 が
鼓笛隊となったデザインを施し、昨年の11月から特別運
行して、今年5月までの予定だったようですが、利用者か
ら好評だったことを受け、今年8月下旬まで期間が延長
されることになったようです。ラッピング電車って最近は
多いですが、こういう電車は子供たちも喜ぶはずです。
皆さんスマホでパシャパシャ撮っていました。(笑)

今日も朝から暑い一日となりそうな予感。
9時前だというのに、もう既に気温は30°を超えそうです。
もうすっかり、真夏の雰囲気です。
本州での梅雨明けは、まだ発表されていないのですが、
この分だと近いうちに梅雨明けの発表がありそうですね。

皆さん、暑さに負けないで!
頑張っペ~。

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「面白きことも無き世を面白く」

先日、新入社員を囲んで親睦会があった。
お馴染みの新橋の居酒屋で、上司も交えて楽しんだ。
様々な出来事に失敗と戸惑いに泣き、笑い、我々もそう
だったと、大いに盛り上がった。上司は、私がいたら気を
使うだろうと早退してくれた。新入社員の顔が緩んだ。

ふと、隣席の年配の方の会話が気になった。
「最近、面白いことがないね。最も面白くない世だから・・・」。
すかさず相方が 「面白きことも無き世を面白く」 と論していた。

久しぶりに耳にする言葉だ。
ご存知、幕末の日本を明治維新という変革に導いた
高杉晋作の辞世の句です。この句だけを読むと、
面白くない世の中を、なんとか面白く生きたい、
面白くしていこう、という心情が読み取れると思います。

で、意外に知られていないのが、高杉を看病していた
野村望東尼が、後に続けたといわれる下の句をご存知
でしょうか? 「すみなすものは 心なりけり」。これはつまり、
世の中を面白くするのも、面白くないようにするのも、本人の
心持ち次第なんだよ、自分の心が、面白い、面白くないを
決めるんだよ、というふうに解釈できます。

あんまり違いがない?
私も、長らく前者の意味で捉えていました。
でも、違うんですよね。なぜかというと、前者は、世の中が
面白くないということを最初から決めてしまっているんです。
つまり、「世の中は面白くない」 という色眼鏡を通して、
世の中を見ているわけです。だから、それを変えよう、
変えようとしたところで、その色眼鏡をはずさない限り、
ずっと目の前に広がる世界は、「面白くない」 ままなんです。

それに対して、下の句を加えた後者は、もともと面白いも
面白くないも、人の心がそれを決めるんだという、いわば、
あるがまま、ニュートラルな視点で世の中を見ているんですね。
どんな世界に住みたいのか、それを選ぶのは、自分の “ 意志 ”
なんです。これを、望東尼は伝えたかったのではないか、
なんて思うんです。

イタリアには 「アモーレ・マンジャーレ・カンターレ
(amare mangiare Kantare)」 という言葉があるそうです。
「愛して、食べて、歌って」 という底抜けに人間的な人生観を
表す言葉です。日々思い通りにならないことだらけの凡人には、
そうそう楽しいばかりの世の中ではありませんが、そんななかでも
美味しいものを美味しいと思い、愛すべきことを愛し、表現し、
「おもしろく」 生きていけたらいいな、と願わずにはいられない。

幕末、あれだけ暴れ周り、日本の歴史に名を刻んだ人物の
辞世の句。そこには強烈な生きることへのモチベーションの
定義がありそうですが、そこにあるのが 「面白きこともなき世を
面白く」 というのは、何とも酔狂で粋じゃないですか。


「面白きことも無き世を面白く、すみなすものは心なりけり」



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増上寺 「七夕祭り 和紙キャンドルナイト」  

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週休二日制で、翌日 (土曜日) の出勤を気にせずに夜遅くまで
楽しめる 「はなの金曜日」。サラリーマンにとって、休日の前日に
心置きなくお酒を飲むことが出来る。仕事が終わって同僚と、何
処の居酒屋に行こうかと話していたら、職場の女の子達が 「七夕
祭りのイベントに行きませんか?」 との誘いを受けた。 増上寺で
あるらしい。断る理由も見つからず、当然、お供することにした。
家には仕事で遅くなるので、夕食は食べて帰る旨を伝えたら、
電話に出た娘から 「パパ、それ嘘でしょう!」 と言われるしまつ。
何で分かったのだろう? 見事な天の川に感激でした。

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地下鉄三田線の御成門で下車、増上寺に着いた時には大殿本堂
前は人で一杯でした。(上) 本堂前広場に七夕の笹飾りが設置さ
れ、すでに短冊に託された願いごとの成就と除災招福を祈願する
短冊祈願会 (下右) が行われていて、「南無阿弥陀仏」 の後から
ご唱和くださいとの僧侶の言葉に、真摯に手を合わせ念仏を唱え
ました。意外と厳かな雰囲気にちょっとだけ緊張しました。(笑)

「増上寺」
関ヶ原の戦いの後、徳川家康の江戸入城の際立ち寄った縁で、
幕府崩壊までの永きに渡り、将軍家の帰依を受けたお寺です。
増上寺の安国殿には、家康が深く信仰した 「黒本尊」 が祀られ
ています。家康が数々の戦争に勝ち、災難を退けたのはこの黒
本尊 (阿弥陀如来) のおかげだと広く知られています。 今でも
「勝運」 「厄除け」 の仏さまとして多くの人が訪れます。 大殿の
真後ろには東京タワーが建ち、徳川家墓所、三解脱門 (山門)
や経蔵など江戸時代、この寺のご威光は強大でした。ちなみに、
忠臣蔵の松の廊下の刃傷沙汰は 「増上寺の畳替え」 がきっか
けであり、また、それ以前にも家綱法要の際に、増上寺で刃傷
沙汰が起こっています。江戸の時代からいろんな意味で名所
だった地なのです。

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「点灯」
参道には和紙キャンドルが三解脱門 (山門) を入ったところから
大殿前まで約80メートルにわたり、緩やかな曲線を描くように並べ
られたキャンドルの天の川が表現されていました。(上) スタッフの
方が、キャンドルに灯りを点しています。(下左) キャンドルの数は、
約2700個、全長80メートルとのことです。(下右) キャンドルを並
べて点灯するのは大変なことです。(下中) ご苦労様です。

東京 ・ 芝公園にある浄土宗大本山増上寺では、7月7日の七夕の
日に 「七夕まつり」 が開催されます。また、境内では18時から21時
まで、多摩大学の学生による 「和紙キャンドルナイト2017」 も開催
されます。このイベントは多摩大学の 「日本大好きプロジェクト」 の
企画によるもので、所属する学生が自ら和紙を手漉きし、その和紙
で包んだキャンドルで天の川を表現。東京タワーの光とのコラボレ
ーションが楽しめるという企画です。

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「七夕飾り」
年に一度、七夕にのみ出会える彦星と織姫。短冊に書いた願い
ごとを叶えてもらう七夕祭りが東京各地の寺社でも行われている
ようです。 ここ増上寺では大殿前広場に七夕の笹飾りが設置さ
れていました。(上) 本堂の脇では願い事書き所 (下右) があり、
短冊は御祈願料として1枚100円、専用の賽銭箱がありました。
短冊のお布施は 「あしなが育英会」 に寄付されるようです。 短冊
に願い事を書く人達の長い例が出来ていました。7月7日夕暮れ
時、願いが込められた七夕短冊の祈願法要が行われ、色とりどり
の短冊が幻想的に映し出され、七夕の風情が楽しめます。 (下左)

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七夕の歌でも歌われていますが、赤 ・ 青 ・ 黄 ・ 白 ・ 黒の 「五色
の短冊」 が吊るされ、其々の願いが書き込まれています。「お嫁さ
んに慣れますように」 という可愛らしい女の子や 「お母さんの手術
が成功するように」 と切実な願いや 「彼に私の思いが届きますよう
に」 など。短冊に書かれたお願いごとを見ると微笑ましく、七夕飾
りもとても愛らしいです。私たちも願い事を・・・・書き込みました。

【メモ】  「短冊」
七夕で笹に短冊を飾るようになったのは江戸時代。このころ日本
では 「手習い」 と言う現代の 「けいこ」 が盛んに行われていました。
短冊に書くお願い事は、機織りや手芸、書道が上達しますようにと
言う願い事を書いていました。短冊とは俳句を書く時に用いる長細
い紙で、メモやくじ引きに使われていた物を 「短冊」 と呼んでいまし
た。現在では折り紙を細長く切った物を短冊にし、願い事を書き飾
るようになりました。五色の色には 「徳」 と呼ばれる、人間の正しく
あるべき心構えに対応しているそうです。 願い事を書くときには
「徳」 を意識すると、願いがかないやすくなると言われています。

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七夕の晩には、皆さま思い思いの願い事、色とりどりの短冊によっ
て、境内が鮮やかに彩られます。もう一つの目玉が、和紙のキャン
ドルによる美しい天の川が再現され、幻想的な七夕の夜を過ごせ
ます。学生さんによって、すでに点灯されたキャンドルの灯が、風
にゆれ動いて妄想的です。が、この時期の東京は、午後七時半を
過ぎないと暗くならないんですよ。皆さん、明るいうちから場所取り
をして長らく待機していたようです。境内は屋台らしいものなく、
暗くなるまでジッと我慢の子です。(笑)

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 笹の葉さらさら、のきばに揺れる 
       お星様きらきら、ぎんぎん砂子

毎年、7月7日が近付くと、この歌を歌いながら笹の葉に短冊を始め
とした七夕飾りを付け、織姫と彦星の逢瀬を思い浮かべながら夜空
を眺める方も多いのではないかと思います。七夕前後の午後9 時過
ぎごろ東の空を見上げた時に、明るい星が2~3個あります。その中
に一番明るい星2個が 「織姫と彦星」 です。北寄りで先に昇る方が
「織姫」。その間には天の川が流れています。辺りがやっと暗くなり、
東京タワーにもライトが照らされ、条件はそろいました。私たちが見
た 「七夕祭り ・ 和紙キャンドルナイト ・ 2017」 を、楽しんで下さい。

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「大殿前階段」
8時を過ぎたあたりから、キャンドルの灯りが目立つようになって来
ました。キャンドルナイトの始まりです。 増上寺入り口の三解脱門
から大殿前まで、学生が手漉きした和紙約2700枚で作ったキャン
ドルを一つ一つ星に見立てた壮大な天の川が出現しました。増上
寺全体を七夕ムードに染め上げる。あたたかい光の和紙キャンド
ルで増上寺を灯します。

「大切」
やわらかく繊細な想いを表現した形、包み込むような形など、様々
な 「大切」 な気持ちを表した造形和紙を大殿前の階段に配置し、
暖かい空間を創っています。和紙のもつ温か味が伝わりますね。
様々な想いを詰め込み ” 大切な ” という気持ちを表現しています。

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この日の七夕は、珍しく晴天に恵まれ結構な人出でした。花の金
曜ということもあって、明るいうちは家族連れが多かったのですが、
日が暮れだしてから会社帰りのサラリーマンやOLの他にカップル
が目立ち、色とりどりの短冊にそれぞれの願い事を託し、笹竹に
結んでいました。浴衣姿の若い女性が、裾をたくし上げながら階
段を上る姿もまた風情があった楽しかったです。七夕をテーマに
創られた様々な表情を持つ和紙キャンドルが、増上寺を彩ります。
暗くて分かりずらいと思いますが、周りは凄い人だかりなんです。

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梅雨時の東京では珍しく晴れた七夕の夜。夏のイベントといえば、
やはり花火大会や盆踊り等が目白押しなのだが、東京タワーの近
く、芝大門にある増上寺では、七夕ならではの演出がされていて、
幻想的な景色を見ることができます。織姫と彦星が1年に1度だけ
会える日がなぜ梅雨の時期なのか、ずいぶん意地悪な話だと疑問
を感じていたのですが、実は昔の七夕は旧暦で行われていた。旧
暦と新暦では1ヶ月ほど違う。今年に限って言えば旧暦7月7日は
8月24日です。つまり七夕はもともとお盆と同様、秋の行事であり、
よい天気の日が続く時期に行われていたのです。なるほどその頃
なら日もだいぶ短くなって、早い時間に星空も見られたわけです。

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「児童和紙」
三解脱門の参道脇には港区内の幼稚園、保育園、児童館に通う
子ども達と、東北3 県 ( 岩手 ・ 宮城 ・ 福島 ) の子ども達、総勢
1.210名に 「あなたの1番大切な もの ・ こと」 をテーマにメッセー
ジをいただき、和紙キャンドルとして日本伝統紋様の輪違い紋様
で配置されていました。(下)  「日本の伝統文化の素晴らしさを
和紙キャンドルを通して感じてもらい、さらにご覧いただいた方が、
今改めて東北へ想いを馳せる時間になれば嬉しい」 との思いが
込められているようです。

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七夕の物語を通じて “大切な物や想い” を表現しています。また
無事に出会えた 「喜び」 を表現し、増上寺全体を七夕ムードに染
め上げています。子供たちに将来の夢を和紙に描いて頂き、その
和紙を使用してキャンドルを作り配置します。点灯と共に、増上寺
が子ども達の夢 ・ 未来 ・ 希望の光で満ち溢れます。東日本大震
災の被災地や港区の子どもたちが、家族や友人を描いたり、メッ
セージを添えたりした和紙キャンドルが夕闇に揺れています。
和紙から放つ灯って暖かみがありますね。

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「もういくつ寝ると本格的な夏がくるのかな?」 と、思っていたら、
とたんに “ 夏 ” は間髪入れずにやってきました。脈絡のない夢の
中にもてあそばれ、目をさますと、そこは増上寺内の 「夏」 だった。
「あっ」 と驚きを覚えるほど気配がすっかり七夕模様に色を変えて
いました。優しいキャンドルと和紙の作り出す灯りはイルミネーショ
ンのように派手ではありませんが、心落ち着き、癒されます。

境内に入ると和紙のキャンドルでできた天の川が・・・・。しかし、
キャンドル付近は想像以上の混雑で、まるでお正月の初詣のよう
な賑わいでした。一足早くお盆を迎えたような夏の風情がたっぷ
りで、天の川も灯籠流しのようにもみえました。それにキャンドル
の灯も熱気を感じ暑さにめげて、この夜は蒸し暑かったです。
ビールが飲みたい~。素直にそう思いました。(笑)

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      「七宝紋様」
安国寺前は、和紙で包んだキャンドルと、東京タワーの光とのコラ
ボレーションが楽しめます。一年に一度しか会えない織姫と彦星の
切ない想い、夢や願い事に包まれた和紙キャンドルで 「つながり」
を意味する七宝紋様で配置されていました。七宝紋様の楕円は花
びらのようにも見えますね。

七宝紋様は、同じ大きさの円の並列のうえに円の並列を四分の一
ずつ重ねることで、光を表す菱のような形と花びらのようなかたちの
組み合わせが、見えるという仕掛けになっており、 「七宝」 と呼ばれ
ています。無限に繋がる輪ということから、円満や財産、子孫繁栄
などの意味が込められた吉祥紋様とされてきました。 「七宝」 とは、
七つの珍重された宝物のことを指していて、七福人の大黒さんが
左手に持つ袋の中は、この七宝が入っているとされています。

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七宝をつないだ紋様が 「七宝繋ぎ文様」 とよばれ、こちらはさらな
る繁栄、子孫の繁栄、人の縁・関係性の円満を志向する縁起のよ
さを示し、華やかさを感じさせます。優しいキャンドルと和紙の作り
出す灯りはイルミネーションのように派手ではありませんが、心落
ち着き、癒されます。ロマンチックな七夕デートと二人の恋をお願
いすることができますね。お願いをした後に東京タワーに足を延
ばしてみるのもおすすめです。

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織姫と彦星が一年に一度だけ再会が許される七夕。しかし、その
感動の裏には、再会するまでのもどかしさがあるのではないかと。
子どものころ、本当に織姫と彦星が会えないのではないかと、空
を見上げていたことを思い出しました。少しの間だけでも純粋な
気持ちにもどって、七夕の夜を楽しみました。

「七夕の物語」 - 1
昔々、天の川の東に、織物を織るのがとても上手な織女がいました。
しかし、織女は年頃になって化粧もせず、遊びにも行かず、織物ば
かりを織り続けるので、織女の父である天帝は不憫に思い、婿探し
を始めます。 一方その頃、天の川の西には真面目に働く牛飼いの
青年、牽牛がいました。天帝は牽牛の噂を聞きつけ、「是非娘と結
婚してくれ」 と願い出ました。牽牛はその話を有り難く引き受け、
めでたく2人は結婚することになったのです。

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東京タワーのライトダウンがキャンドルを一層引きたてて綺麗です。
8 時を過ぎると背後で、東京タワーが増上寺の灯りのイベントに気
を使い、光を落しています。キャンドルの灯りのみで、かなり幻想的
な空間でしたが、東京タワーの近くは明るいので天の川は見えない
ですよね。東京タワー付近どころか、東京都心では天の川など見ら
れません。ですから逆に、天からこの灯りが見えたらいいですね。

「七夕の物語」 - 2
ところが、結婚してからというもの、あれだけ一生懸命に働いていた
2人は、毎日、天の川のほとりで話をするばかりで全く働かなくなっ
てしまったのです。天帝が 「仕事をしないのか?」 と尋ねると、「明
日からやります」 と答えるばかりで、一向に働く気配がありません。
これに業を煮やした天帝は、牽牛を元いた天の川の西に戻し、
2人を離ればなれにしてしまいました。2人は怠け者になって
しまったので、別れさせられてしまったのです。

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<天の川>
天の川をイメージした和紙のキャンドルが並んでいる様は、とても
幻想的です。キャンドルを星に見立てて、増上寺の三解脱門から
大殿前まで約2,700枚、全長80m もの長さで、和紙キャンドルを
配置し、天の川を見立てます。 並び連なる和紙キャンドルによる
幻想的な雰囲気と、増上寺を背景とした演出はここでしか見るこ
とが出来ない抜群の美しさであり、「増上寺に広がるもう一つの
天の川」 として、皆さんが楽しんでいます。

「七夕の物語」 - 3
牽牛と会えなくなった織女は毎日を泣いて暮らしました。そして牽牛
も寂しさにあまり、家に閉じこもってしまい牛の世話ができなくなって
しまいました。それを見た天帝は 「2人が以前のようにきちんと働い
てくれるなら、年に一度だけ会うのを許そう」 と言い、それを聞いた
2人は前よりも増して一生懸命働くようになりました。こうして、一年
にたった一度だけ会える日の7月7日は、織女と牽牛にとって待ち
焦がれた日となったのです。

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七夕の夜に再会する2人の 「喜び」 と、年に一度しか会うことがで
きない2 人の 「悲しさ」、ふたつの 「感情」 を、1枚1枚手で漉いた
和紙で表現するなんて素敵ですね。再会の日を待ち望む織姫と
彦星のもどかしい日々、七夕における 「悲しみ」 を和紙キャンドル
で表すことで、来場者と 「織姫と彦星」 の再会の 「喜び」 を分かち
合える。本当に心で感じるイベントなんですね。

ところで、天の川の 『天』 はどんな字かというと。
空を表す形  ⌒ (空)  が ー を表し、人が手と足を広げて立って
いる形が、大人の頭の上に大きく広ががっている (空 ・ 天) の意味
を表します。「天」 は両手 ・ 両足を広げて立った 「大」 の字になった
人間の頭上に一 ぼうをつけて、頭上の高く平らな部分、すなわち、
頭上高く広がる大空を表したものなんですね。

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東京タワーが見える絶好のロケーションで行われる七夕祭りは、
素晴らしい光景が広がっていました。年々、見に来る人が多くな
っているなかで、今年は規模を大きくし過ぎて、境内のスペース
が減ってしまい、人があふれ気味だったようです。天の川をイメ
ージした和紙のキャンドルは美しいのですが、足元は暗く、砂利
と石床が混ざり合い、階段もあるので、景色を楽しみつつも慎重
に歩いて、それはもう大変でした。都心でこうゆうイベントを見ら
れるのは嬉しいですが、人があふれてしまう状態になると・・・・・。

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2人の恋の永遠を願う七夕祭り。
東京タワー近くにある600年の歴史をもち、徳川将軍家と所縁
の深い増上寺で、命の灯火のような和紙のキャンドルが天の川
を作り出す。とても奇麗でした。七夕の短冊をつけることもでき、
久々に七夕の雰囲気を味わえ満喫出来ました。一年で一日だ
け、天の川を渡って逢瀬できるという、悲恋話。織姫と彦星の
切ない想い、悲しみ、喜び願い、など様々な想いを詰め込み
” 大切な ” という気持ちを胸に秘め、この後、私たちは浜松町
の街へと繰り出しました。ビールの美味しかったこと。うふ

君がため 惜しからざりし 命さへ
    ながくもがなと 思ひけるかな~

あなたのためなら、捨てても惜しくはないと思っていた命でさえ、
逢瀬を遂げた今となっては、(あなたと逢うために) できるだけ
長くありたいと思うようになりました。





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風船に乗せてとばします
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