一ヶ月に2回満月を迎える月を「ブルームーン」という。 そのブルームーンを見ると願い事が叶う・・・・。








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「天使と悪魔のささやき」

...2018/10/21 20:55...

いつのまにか、
肌寒くなり季節の変わり目を感じますね。
秋という字は、穀物を表す禾部 (のぎへん) と、
穀物を乾かす火を組み合わせた会意文字です。
したがって、秋は 「収穫を深く喜ぶ」 時期でも
あります。一方で、冬に向かう季節でもあるので
物寂しさを感じる季節でもあります。

何かをしてもらったら 『ありがとう』 と言える。
『お先にどうぞ』 という思いやりの気持ち。

仕事柄、愛嬌のある後輩たちに囲まれていたので、
自分の娘にも無意識にそういうことを求めてしまって
いたのかもしれない。振り返って考えてみると、
長女はクールな性格で、体育会系。運動部で散々
鍛えられていたので、よその方への挨拶は問題ない
が・・・・と知人は笑って話していた。

喜びの感情を表したり、人に 「ありがとう」 と声に
出して言ったりすることが苦手な子はいると思います。
でも、そういう子こそ、日ごろから意識してやって
いないと、いざというときに自然と言葉が出てこないんです。
採用の面接を何年も担当している先輩は、緊張して
しまったせいか、全く笑顔を見せられないまま面接を
終える学生さんに出会うことがあるという。
もったいないですよね。就職の面接でも、仕事をしていく
うえでも、第一印象や感情表現は大切だと思います。
特に 「笑う」 ということを忘れないでいてほしいです。

心を伝えることも、意味を伝えることも、
義理人情や御恩というものを伝えることも、
一つ一つがなかなかに難しいようです。
そんなことにいちいちくじけてる場合ではないが、
くじけそうになる日は誰にもあるよね、と同感します。
笑顔と思いやりの言葉、ちょと考えてみます。

 夕空晴れて 秋風吹く
     月影落ちて 鈴虫なく・・・・・


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「天使と悪魔のささやき」

今から話すことは、先生が自分自身にいつも
いい聞かせてることなんです。先生だから何でも
出来るわけではないし、強いわけでもありません。
人間ですから、つらい時も逃げたい時もあります。
でも、だからこそ人間なんです。
そんなつもりで聞いてください。

人は心に 『天使と悪魔を抱いています』。
よく目標を立てよとか、ここまで頑張れとかいいます。
先生もそんな話しをよくします。でも出来る人と出来ない
人がいます。ではできる人と、できない人の差は
何なのか、考えてみたことはありますか?
能力だという人がいますが、そうではありません。

できない理由の多くは、時間がないとか、
いまは必要でないとか、そんな言い訳をして
自分を正当化しようとしている自分がいるのです。
そうです。自分の中の悪魔がささやくのです。
『大丈夫だよ、お前だけではない。皆やれて
いないんだ』 と・・・・。その悪魔のささやきに、
自分自身を納得させることになるのです。

しかし、やりきる人は、悪魔のささやきの
中で、天使の言葉が聞こえてくるのです。
『今やらなければどうする。それを成しえること
が将来のお前にとって大切なんだよ』 と・・・・・。
その言葉に奮起します。

要は、成すか、成さぬかは、自分の心の悪魔と
天使のささやきから始まるのです。よく心の葛藤と
いいますが、心の葛藤とは、このささやきをいうのです。
みなさんは、悪魔のささやきと、天使のささやきの
どちらを多く聞きますか?

いつも穏やかな口調で語る中学の先生が亡くなった。
訃報の知らせを聞いて、仲間とお通夜に行って来た。
祭壇の前で手を合わせているうちに、中学時代の
先生の話を思い出し、しばらく絶句してしまった。
先生の話を聞くのは、みんな楽しみだったし、
いつも考えさせられることばかりだった。

何かを成せる人も悪魔のささやきがあるのですね。
その時に 『初心にかえったり、ライバルの頑張りを
思い出したりしながら、悪魔のささやきを天使の
ささやきに変えているのですよね・・・・先生。

『成せば成る。成さねば成らぬ。成らぬは人の成さぬなりけり』。
この言葉はよくそれをあらわした言葉だと思います。
辛く苦しんでる時、『天使と悪魔』 が会話しませんか?
その時にこの話を思い出し、『成せば成る』 と思いながら、
悪魔のささやきに負けないように頑張れ・・・・・と、
先生の声が聞こえてきそうだ。合掌


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「法の日フェスタ in 赤れんが」 2018
法務省旧本館 (赤れんが棟) 法務史料展示室

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平成30年 (2018) は、明治改元が布告された明治元年 (1868)
から起算して満150年の年に当たります。各施設などで記念行事
なるものが行われてますが、法務省でも 「明治150年」 関連企画
(記念講演 ・ 赤れんが棟見学ツアー等) や成年年齢引下げに関
するイベント等も行われています。特に法務省旧本館 (赤れんが
棟) は、普段、平日にしか公開していないのですが、6日 (土) に
「法の日フェスタ in 赤れんが」 を開催するというので、近所の
カメラ好きの方と見学してきました。

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一般の方が法務省のお世話になることは少ないでしょうが、法務省
のあるところは霞が関1丁目1番地。国道1号線を挟んで向かいは
皇居 ・ 桜田門。電車だと地下鉄丸ノ内線 ・ 日比谷線 ・ 千代田線
の 「霞ヶ関駅」 からでしょうか。私たちは地下鉄有楽町線の 「桜田
門駅」 で下車。(下左) 目の前には法務省旧本館 (赤れんが棟)
と法務省や検察庁、裁判所等が見えます。(上) 右には警視庁が
睨みを効かせています。慣れない場所に降り立ったなぁという感じ。
警視庁や裁判所ですから何故か緊張します。(笑)

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「法務省 ・ 旧本館 (赤れんが棟)」
明治政府は、諸外国との条約改正に先立ち、近代国家としての
体制を整えるため、明治19 年 (1886) に西洋式の建築による
官庁集中計画に着手しました。日比谷に諸官庁を建てる案を作
成し、実際に建てられたのは、司法省と大審院 (後の最高裁判
所) の建物です。司法省の庁舎 (赤れんが棟) は、明治21年
(1888) に着工され、明治28年 (1889) に竣工しました。

旧司法省庁舎であった現・中央合同庁舎第6号館赤れんが棟は、
中央合同庁舎第6号館A棟、B・C棟等の整備に伴い、平成6年
(1994) に創建時の外観に復原され、国の重要文化財に指定
され、法務総合研究所 ・ 法務図書館として使用されています。
そして3 階には法務史料展示室が開設され、平成17年(2005)
にリニューアルに併せてメッセージギャラリーが併設されました。

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皇居西側の外桜田門と祝田橋の間、凱旋濠の前に建つ赤煉瓦の
建物。(下左)  この敷地は江戸時代米沢藩上杉家上屋敷として
使われていたそうです。そうなのか~。ここはかつて上杉家の屋敷
があった場所なんだ。近辺には歴史跡が多くあり感動します。

「米沢藩上杉家江戸藩邸跡碑」 (下)
関ヶ原の戦いの後、上杉景勝は徳川家康によって出羽米沢30万石
に移封されました。慶長8年 (1603)、桜田門外の当地 (現法務省
の一部) に建てられた上杉家の江戸屋敷は 「桜田屋敷」 と呼ばれ、
幕末まで江戸藩邸として中心的な役割を果たしました。上の絵図は、
江戸時代初期に製作された 「江戸図屏風」 に描かれた藩邸周辺の
様子です。左上の部分が上杉家の江戸屋敷で、右側が桜田門です。
桜田門外の変が上杉家の目の前で起こっていることを思うと、歴史
を感じますね。近くには名裁判官と言われた大岡越前守の屋敷も
あり、法曹関係の役所が建っているのも不思議な縁を感じます。

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日本の政治の中心である霞が関エリアで、堂々たる煉瓦造の法務
省 ・ 旧本館 (赤れんが棟)。西門付近ではロンドンのホースガーズ
衛兵さながらに眼光鋭い警備員がいます。でも現役庁舎として使わ
れていることから、敷地内館内ともに立ち入り区域や撮影場所など
はきびしく制限されています。普段も近寄りがたい雰囲気ですが、
この日は法務省の職員が看板を背負ってのお出迎えです。(下右)
門と屋根が帽子風の守衛室が印象的です。(下左)

「法の日フェスタ」
毎年10月1日の 「法の日」 は、最高裁判所、法務省及び日本弁護
士連合会の共同の決議に基づき、法の役割や重要性について考え
るきっかけとなるよう設けられたものです。 「法の日」 から1週間は
「法の日週間」 とされ、最高裁判所、法務省 ・ 最高検察庁及び日本
弁護士連合会の共催で各地でイベントを行います。法務省・最高検
察庁では、今年も 「法の日フェスタ in 赤れんが」 を開催されました。
今年は、「明治150年」 関連企画 (記念講演,赤れんが棟見学ツア
ー等) や成年年齢引下げに関するイベント、検察官による模擬取調
べ実演や少年院教育プログラム体験などのイベントを実施します。

開催日時  平成30年10月6日(土) 10 時~16 時
会場      法務省 (千代田区霞が関1-1-1)
入口     法務省西門 (赤いれんがの建物側)

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検察庁など法務省系の近代的な建物が並ぶ中で、異色の洋風レ
ンガ建築です。様式としては、バロック調で、屋根などは空襲後の
東京駅赤レンガ駅舎に似ている感じです。西洋にあこがれていた
時代を彷彿とさせるレトロな建物という感じです。平日のみ展示室
を一般公開しているのですが、ちょっと見学が面倒です。入口の
守衛さんに 「史料展示室を見学したい」 と申告をします。色々と
行き方等の説明を聞き、建物に入ると警備員が史料展示室入口
まで案内。というふうに勝手に見て歩けません。ここは法務省だし、
一般人が気軽に入れたらそっちの方が問題ですよね。普段は車
寄せの入口 (下左) から入るようですが、この日は裏庭も公開し
ているようで、裏に通じる場所を聞かされ独自に進みました。
裏に出て来たところ。(下右) 裏庭の建物から展示室に入るよう
になっていました。

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皇居の周りにある建物で、インスタ映えする構造物の一つだと思う。
煉瓦造のレンガの色が美しい過ぎて、歴史の重みは伝わりにくい
かもしれませんが、こちらが法務省 ・ 旧本館 (赤れんが棟) の裏
側になります。平日の公開でも見ることは出来ないかもしれません。
まるでヨーロッパの宮殿のようなたたずまいに圧倒されます。

「赤れんが棟」
明治政府は、諸外国との条約改正に先立ち、近代国家としての体
制を整えるため、西洋式の建築を計画。その計画案の策定のため
にドイツの高名な建築家エンデとベックマンを招へい。ベックマン
が来日し、大規模な官庁集中計画案を作成しました。その帰国後、
完成案を持ってエンデが来日し、エンデは、当時の政治状況や反
対者の意見を考慮して、ベックマン案を縮小し、日比谷に諸官庁を
建てる案を作成。急勾配のスレート葺屋根を見せる尖塔部、 交差
ヴォールト様式を取り入れた、通称こうもり天井や法務史料展示室
への階段の照明 (突針) 等、ドイツ・ネオバロック様式で、明治の
近代公共建築を象徴する「赤れんが棟」を完成させます。

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中央部分の5連アーチのあるファサードが特徴で、シャープな華
麗さを感じる建物です。建物の周りは芝生になっていますが、階段
があって下へ降りると広場で休憩も出来る場所のようです。階段を
下る脇にはこの建築にかかわったエンデとベックマンの説明版が
ありました。(下右)

この建物は明治政府が招いたドイツ人建築家ヘルマン ・ エンデと
ヴィルヘルム ・ ベックマンの設計によるもので、司法省庁舎として建
てられました。明治政府は欧米列強にも引けを取らない首都建設の
ため、この一帯に中央官庁を集中する壮大な都市計画。しかし、財
政難もあり、中心人物であった外務大臣井上馨の失脚もあって頓挫。
わずかに実現されたものの1つが、この建物でした。第二次大戦の
東京大空襲でれんが壁を残して焼失しますが、2度の改修を経て
創建時の姿に復元され、往時の壮大な夢の存在を伝えています。

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今回は職員の誘導もなく、自ら中庭の赤れんが棟らせん階段部分
の外側入口から入ります。(上) 扉が閉まるために段ボール箱を
置いているのはご愛敬。(下左) 入口の階段を上がるとホールが
あり、普段では見ることのできない内観や照明装飾などの素晴ら
しいこと。(下右) 凄いなぁと思いながら2~3階へと進みます。

法務史料展示室 ・ メッセージギャラリーは、明治の雰囲気を今に
伝える法務省赤れんが棟の中の復原室 (旧司法大臣官舎大食
堂) と、明治時代から残るれんが壁がある部屋などからなり、「司
法の近代化」 と 「建築の近代化」 に関する史料及び司法制度改
革に関する広報 ・ 啓発資料等を展示しています。法務史料展示
室は、平成7年6 月から一般公開しており、また、平成17 年に展
示室を一部リニューアルし、重要なテーマの展示を行うための
メッセージギャラリーを併設したようです。

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石造りのらせん階段を3 階まで上がります。こちらも見事な階段の
照明 (突針) の素晴らしいこと。窓から指す光と調和して感激です。
(下右) 階段ホールは構造的な困難のほか、明治 ・ 昭和 ・ 平成
の各時代が重なり合う建物の歴史を重視して前代のインテリアを
保全したという。普段では見ることの少ないレトロな空間も、時折、
職員が行き来していて現在も法務省のオフィスとして使用されて
いる様子が分かります。(下左) 霞ヶ関の官庁街の中でひときわ
目立つ赤レンガ棟の建物の内部がこれですから期待が膨らみ
ます。案内板に沿って奥へと進みます。何故か緊張します。(笑)

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この部屋は、司法制度、法務行政への理解を深めていただくため
の重要な広報テーマについての展示。この日は、裁判員制度、陪
審制度についてパネル等で紹介や供述調書、起訴状の他に裁判
官、検察官、弁護士のバッチや検察官が利用する風呂敷も展示
されていました。(下右) 各国の法廷内の様子も模型で展示。

供述調書とは、被疑者や参考人が話した内容をまとめた書面です。
警察官も作成しますが、検察官の作成した供述調書は、用紙の右
端に赤色が配されるようです。起訴状は、検察官がどういう事実に
ついて被告人を裁判にかけるかを明らかにするものです。裁判の
最初に、検察官が読み上げます。多くの検察官は、裁判に出席す
る場合など、事件の記録を持ち運ぶ時に風呂敷を利用し、事件に
よって事件記録が厚くても薄くても包むことができます。不要にな
れば、小さくたたむこともでき便利のようです。検察の紋章である
「五三の桐」 が染め抜いてあります。

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各国の法廷には様々な構造のものがあります。法廷の内部を模型
で紹介していました。正面の法壇の上に座っている人が裁判官に
なります。日本の場合は法廷によって、検察官と弁護人が逆の場
合があるようです。裁判官は事件を審理し、有罪か無罪かを決め、
有罪の場合には刑も決めて判決をします。

「日本の裁判員法廷」  (上左)
裁判官の両脇に裁判員が並びます。裁判官の前に書記官。左側
は検察官、右側が前に被告人、後ろに弁護士が座ります。逆もあっ
たと思います。手前の席が傍聴席です。中央が証人台になります。
「アメリカの陪審法廷」  (上右)
陪審員12名が、裁判官と離れたところの左側に座ります。裁判官の
両脇が証人席で、前に書記官がすわります。陪審員の前が検察官
で、右側が被告人と弁護士が座ります。手前が傍聴席となります。
「フランスの参審法廷」  (下左)
裁判官の両隣が参審員です。左側の前に書記官で、その手前の
ブースの中に被告人が入り、前に弁護士が座ります。右側が検察
官で、手前が傍聴席になります。傍聴席は2階にもあるようです。
「ドイツの参審法廷」  (下右)
裁判官の両隣に参審員で、その両隣に検察官と司法補助官が座
ります。手前の両脇のブースや席や中央のテーブル席も被告人と
弁護士の席になります。裁判官の前が証人席となっています。
手前が報道と傍聴席になっているようです。

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豪華な廊下を辿り、3 階の資料室にやってきました。この部屋には
「接写撮影禁止」 と案内板に書いてあったのですが、受付のお姉
さんに 「部屋を撮影してもいいですか?」 と質問した所、「展示史
料の接写撮影でなければ問題ありません」 とのこと。いや~、聞
いてみるもんですね~。部屋全体を撮ることはOKでした。

「法務史料展示室」
唯一残っていた創建当時に撮影された写真を基に、当時の姿を
復原したものだそうです。かつての旧司法大臣官舎大食堂でした。
華美な装飾こそありませんが法務の威厳を現す質素な彫刻が柱
の上部に視てとれます。天井の白漆喰からは、すずらんを模した
シャンデリアが吊り下がり、8灯の電球がやさしく室内の資料を照
らしています。床は楢と黒檀の寄木張り、壁は漆喰塗りで、腰壁
には欅を使用しているそうです。まるで、明治時代にタイムスリッ
プしたような雰囲気です。

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今回の企画展示で取り上げている史料の多くは、法務省の前身で
ある司法省によって作製された写本です。 これら写本上の美しい
文字を見るにつけ、パソコン入力に慣れてしまった身には尊敬の
念を禁じ得ません。 日本の法伝統を後世に伝えようと、苦労して
写本を作った先人の思いに触れるだけでも価値があります。明治
時代は知識不足の私ですが、見所を職員が分かりやすく説明し
ながら案内してくれたので、史料に出てくる江藤新平、山田顕義
の名前が出てくると、素直に感動します。

「近代法典の編さん」
明治時代における我が国近代化の過程について考えるとき、い
わゆる 「お雇い外国人」 といわれる人々の存在を無視できません。
法典や法制度の近代化に際しても、たくさんのお雇い外国人が
重要な役割を果たしました。司法省がフランス人ボアソナードの
協力を得て草案を作成し、元老院の審議を経て公布された旧刑
法は、近代法の原則を種々盛り込んだ我が国最初の基本法典
です。(下左) また、明治の著名な事件史料、法務省の沿革資
料、法務行政の歴史資料などを併せて展示しています。 ガラス
ケースの展示棚には引き出しがあって、貴重な資料の中に政府
転覆を謀った雲井竜雄の資料を視つけた時には、大政奉還ツ
ーリングで度々取り上げただけに心躍りました。近代化を図る
日本の努力その情熱の一端を感じます。

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「裁判官の法服」
陪審裁判がおこなわれていたころ、裁判官は襟が紫色の法服を、
検事は襟が紅色の法服を、弁護士は白色の法服を着用していま
した。この法服は昭和22年まで使用されていたようです。現在は
全体が黒色の法服を裁判官が着用するのみで、検事、弁護士は
法服を着用しません。実際に法廷で使用していた法服です。

陪審制度は、あまり知られていませんが、戦前、日本にも陪審制度
が存在しました。陪審制度とは、裁判員制度とは異なり、陪審員だ
けで有罪 ・ 無罪を決め、陪審員が有罪と判断した場合に、裁判官
が 「懲役年」 といった刑の内容を決めるものでした。陪審制度は
昭和3年に始まりましたが、昭和18年 「陪臣法の停止に関する法
律」 によって停止されました。この陪審制度についても紹介。

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「メッセージギャラリー」
司法制度、法務行政等への理解を深めていただくため、「司法の
近代化」 と 「建築の近代化」 に関する史料及び司法制度改革に
関する広報 ・ 啓発資料等を展示しています。 法務行政や赤れん
が棟復原改修等に関するビデオもご覧いただけます。 昭和の改
修後の赤れんが棟と平成に復原された赤れんが棟の模型を展示
しており、両方を見比べることができます。 また、赤れんが棟の屋
根の四隅にある飾り金物 (突針) は、実物大のものを身近に見る
ことができます。(上 ・ 左の奥にある飾り金物) 明治初期に近代
国家を目指し整備した法関係資料等も展示されていました。

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「レンガの壁」
日本の近代化を象徴する文化遺産である赤れんが棟の創設に関
する史料や建築技術に関する史料を展示しています。昭和改修、
平成大改修の記録等も展示され、後ろの壁は剥き出しの赤煉瓦で
あることに気が付きます。これは戦災時の壁をそのまま残したもの
で、壁には配管の溝の跡、仕上材の下地を取り付けるための木れ
んが、型枠調整用金物などがみられます。また焦げた跡などが生
生しく刻まれています。レンガ壁の構造がわかるように、あえて露
出させているようです。当時の煉瓦には秘密があり、作土 (さくど)
というものが混ぜられているという。川沿いの砂と粘土が混ざった
部分を入れると煉瓦の収縮量が減りしまるようです。地震のエネル
ギーを吸収する役割ができ、関東大震災にも耐えることができた。

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「バルコニー」
解説員の説明を一通り聞いた後、最後に案内されたのがここバル
コニー。展示室から外のバルコニーに出られるようになっています。
正面、木立の先は国道1号線を挟んで向かいは皇居。中央の白い
建物は桜田門です。(上) 椅子が備えられていて、バルコニーから
の眺めはなかなか気分が良い。余談だが、このあたりは幕末まで
米沢藩上杉家の江戸屋敷があったところ。米沢藩といえば上杉景
勝が初代藩主であり、NHK大河ドラマ 「天地人」 の主人公、直江
兼続の活躍を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。
暫し寛いで、遠き幕末の昔へと思いを馳せました。

【おまけ】
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「桜田門 (渡櫓門)」 (上)   「外桜田門 (高麗門)」 (下)
警視庁の向かいにあるこの門は桜田門と呼ばれますが、正式には
外桜田門といい、本丸に近い内桜田門に対してこの名が付けられ
ました。古くこの辺りを桜田郷と呼んでいたことに由来します。外側
の高麗門と内側の渡櫓門の二重構造からなり、外桝形という防御
性の高い城門で、西の丸防備のため異例の大きさで造られました。
「内桜田門」 は、「桔梗門」 とも呼ばれており、単に 「桜田門」 とい
う場合にはこの門を指します。(上)

「桜田門外の変」
安政7年 (1860) 3月3日、その日は 「桃の節句」 の祝賀のために、
大名が揃って江戸城へ登城する日でした。「桜田門外の変」 は、江戸
城の入り口となる桜田門のすぐ近くの場所で起こった事件です。将軍
継嗣問題や朝廷の許可も得ぬまま、不平等条約とされた日米修好通
商条約を結び、「安政の大獄」 で吉田松陰ら尊王派を弾圧、水戸藩
の家老までも処刑。強圧的な政策をとり続ける江戸幕府の大老 ・ 井
伊直弼への不満から、水戸・薩摩の浪士が井伊直弼の登城を狙って
襲撃、井伊直弼は暗殺されます。この桜田門外の変からわずか7年
後に大政奉還が行われ、さらに2年後明治天皇が江戸城に入った
ことからも、この事件が与えたショックの大きさが伺えます。日本の
政局が一転したといっても過言ではなく、現在の総理大臣的存在
の大老が暗殺されたという大事件です。

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検察庁など、法務省系の近代的な建物が並ぶ中で、異色の洋風
レンガ建築の法務省旧本館 (赤れんが棟)。ここでは法務総合研
究所 ・ 法務図書館として使用されています。実際の業務は中庭
から続く高層ビルで行われているようです。平日でもこの資料展
示室の窓からしか眺められない中庭も見られて満足でした。

法務省と聞くと、近寄りがたい気難しい方を想像しますが、どうして
入口から受付、解説員といい、皆さん腰が低くて丁寧に説明をして
くれる姿に感銘をうけました。頭もかなり良いことは確かです。(笑)
近代国家としての飛翔を期する日本という国家の意気込みと、
それを正面から受け止め、我が国の司法制度の基盤形成に大きく
貢献した先人に敬意を評したい。この後、皇居 ・ 桜田門へ散歩。





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『旅愁』

...2018/10/14 07:54...

秋、本番。
ところが昨日は、今季一番の冷え込みらしい。
東京は11月なみの肌寒さ。寒いはずだ。

 お酒はぬるめの燗がいい・・・・。
  金曜日、仕事を終えて帰ろうとしていたら突然、
  同僚から 「みんなでちょっと飲んで帰らない?」
  と誘われ、駅近くの 「赤ちょうちん」 へ。
 肴はあぶったイカでいい・・・・・。
  酔うほどにつぃつぃ同僚は大熱唱してしまい、
  お隣さんに怒られるし、私は誤り役でした。
  すこし飲みすぎたかな?
  でも、やっぱりたまにはストレス発散しないとね。

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丸の内に所要があって出掛けようとしたら、かみさんに東
京駅で 「ニューヨークパーフェクトチーズ」 を買ってきてと
頼まれた。オープンしてから結構経つけど、未だに人気
らしい。私も食べて見たくて購入するのが楽しみだった。
が・・・・しかし、売り切れましたの看板、棚は空っぽです。
店員に大体いつ頃売り切れなんですか? と聞いたら、
今日は午前中との事。たまには夕方からの販売もして
くれませんかね・・・・? ふん

さて、
春の行楽がお花見なら、秋の行楽の目玉はもみじ狩り。
数々の和歌に詠まれてきたように、もみじ狩りは古くから
貴族の間で楽しまれ、江戸時代になると、庶民の間にも
もみじの美しさを楽しみ、宴を催す習わしがあったという。

もみじの名所は、全国各地にあるが、都会でも公園や
並木道などでもみじの美しさを楽しめる。秋が深まるに
つれて、私たちの目を楽しませてくれるのが “ 紅葉 ”。
季節の移ろいに喜びを見つけることは、四季がある日本
ならではの楽しみですね。皆さまは、これからどんな紅葉
を楽しまれるのでしょうか。東京は朝から肌寒いです。

  秋の夕日に 照る山紅葉 (もみじ)
    濃いも薄いも 数ある中に
      松をいろどる かえでやつたは
        山のふもとの 裾模様

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『旅愁』

日本の最北 ・ 北海道の利尻島と礼文島はどんな風景
なのだろうかと興味があって、この夏訪れてみた。
日本海にドーンと浮かんでいるような利尻島にまず圧倒された。
その海岸沿いに島の人たちが暮らしている。
主な産業はコンブ漁とウニ漁なそうだ。
島の人口は3千人に満たないらしい。

路線バスと擦れ違ったが、車内がガラガラの様子に観光バス
とは対照的だった。島全体が静かなたたずまいなのだ。
そんな中で、家族総出なのだろうか、中学生らしい女の子と
小学校高学年らしい元気な男の子。そして、その両親と
おばあちゃんにおじいちゃん。立派なコンブを、大事そうに
両手に抱えて運ぶ作業に汗を流している一家が目に留まった。

コンブの最高級品と称される利尻コンブは、このように
1枚1枚手作業によって仕上げられるんだなと思いながら、
家族のきずながこちらに伝わってほほ笑ましい光景だった。

夕闇も迫ったころ、この日の宿泊先のホテルに着いた。
待ちに待った夕食は何もかも新鮮な魚介類、北の海の
恵みに感謝しながらいただいた。食事中、はつらつとした
若い女性が飲み物などの給仕であちこちと機敏に働いている。
問いかけたら地元の高校生で、アルバイトをしているという。
受け答えもとてもさわやかで好感がもてた。
また大学生くらいの男性は、東京から来てこのホテルに
寝泊まりし、ここでアルバイトをしていると笑顔で話した。

澄み渡る空に、キラキラ輝く青い海。
そして利尻富士と呼ばれる吸い込まれそうな利尻山の
美しさにひかれる。私も学生時代にもし戻れたら彼らのような、
この自然の中に身を置いて過ごして見たいと思った。

やがて、観光も予定通り無事に進んで、この島ともお別れの
時が来た。フェリーがドンドンしぶきを上げ、島から離れていく。
彼らの生き生きしたあのこぼれるような笑顔が、私の心に残った。

旅先での出会い、芽生え始める愛、そして切ない別れ、 
秋のもの悲しさを思わせる 『旅愁』 は、感傷的なムード
を演出するようなタイトル・・・・な気がする。
この夏の旅路を今頃思いだすのは、秋のせいだろうか。


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   「MINIATURE LIFE展」
~田中達也 見立ての世界~
 日本橋髙島屋

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かみさんの買い物に同行して日本橋へ。久しぶりに高島屋を訪
れたら凄い人出。そんな中、あるポスタ―が目に飛び込んできた。
「MINIATURE LIFE展」 が開催しているようだ。私たちが生活
する規模 (畑や建物、乗り物など) に見立てたミニチュアの世界。
デパートの展示ものは期間が短いので、この時とばかりに、私は
買い物に付き合うのを中止。(笑) 帰りの待ち合わせ場所を決
めて・・・・イザ。

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とにかく凄い人出で、何事かと思ったらどうやら高島屋 ・ 新館がオ
ープンしたらしい。最初、本館の方へ。表面玄関 (下左) を入って
本館ガレリアでは、高島屋のマスコットキャラクター 「ローズちゃん」
がお出迎え。(下右) 娘とかみさんは早々、新館の方へお出かけ。
後の大きなビルと左端にチラット見えるのが新館です。(上)

「日本橋 ・ 高島屋」
高島屋は 「日本橋高島屋S.C.(ショッピングセンター)」 の新館
を9月25日に開業。旗艦店の日本橋店 (本館) と隣接する新館は、
百貨店業と違って売り場をテナントに貸し出して安定した収益を狙う
「脱百貨店」 方式のようで、最新の飲食店やヨガなど体験型サービ
スを充実させ、顧客の若返りをはかるようです。日本橋の高島屋は、
本館、新館、S.C.、今年春に開業した東館の4 館体制となります。

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百貨店での展覧会は、会期がとても短いので気がついたらもう終
わっていたなんてこともしばしば。見逃すわけにはいかない。正面
のメインホールには巨大なブロッコリーの木が展示されています。
(下左) かなり大きいサイズになっていて、皆さん写真をパチリと
撮る方の多いこと。私もパシャ、パシャ・・・。(笑) 8 階の展示会
場での案内がありました。(下右)

「MINIATURE LIFE展  田中達也 見立ての世界」
期間   : 2018年9月12日(水) から9月23日(日) まで開催
会場   : 日本橋髙島屋8 階ホール
入場料  : 一般800円、大学 ・ 高校生600円、中学生以下無料

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雑誌やテレビなどのメディアでも広く話題になったので、人出も多く
チケットを購入するのに長い行列が出来ていました。(下左) 窓口
は2か所あるのですが、各窓口で処理すれば速いのですが、何故
かお金を受け取ると後のレジの方へ回し一人が処理する3人体制。
窓口の方は何してるの? なかなか進まないので皆さんイライラ。
やっと手にしたチケット。(下右) デパートにしては合理性がないナ。

「MINIATURE LIFE展 ~田中達也 見立ての世界~」 では、ミニ
チュア写真家田中達也氏が、日常にあるものを題材にして見立て
た写真作品約100点と、実物のミニチュア約30点を展示。日本橋
髙島屋限定の新作3点の写真とミニチュアも初公開されています。
スプーンやキッチン用品を遊園地に見立てた「ディッシュニーランド」
や、目覚まし時計を使って電車と駅のプラットフォームを表現した
「スヌーズな運航を心がけています」 など、アイディアの幅広さと
ユーモアに溢れた世界観の作品が勢揃いする展示会。

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細かなこだわりが沢山あって、見る角度を少し変えるだけでも違う
世界が開けます。見ていると、ミニチュアとはいえ迫力を感じてい
ましたが、改めて実物をみるとちっちゃいです。使っている果物や
野菜、雑貨など、普段みているものたちが、全然違う姿で出てき
てびっくり。繊細で、迫力があって、眺めていて全く飽きないです。
会場内は、撮影可能なため、フォトジェニックな写真撮影を楽し
むこともできる展覧会です。(下)

ミニチュア写真家 ・ 田中達也氏は、日常のものを題材にして見立
てた写真作品を、2011年から一日も休むことなくインターネット上
で発表しているようです。その作品の世界は、思わずくすくす笑っ
てしまったり、さすが! と唸ってしまうような楽しいものばかり。
なんとフォロワーは海外を含め140万人を超え、さらに増え続け
ています。2017年NHKの連続テレビ小説 「ひよっこ」 のタイトル
バッグも担当し、現在もっとも旬なアーティストとして活躍の場を
広げています。さあ、見立ての世界に遊びに行きましょう!

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入場したところに、田中さんの作品コンセプトとなるメッセージが書
かれていました。一通り読んだところでスタートです。順不同です。
子供の頃の発想力やワクワクを思い出させるような作品の数々。
食器用のスポンジも、田中さんの手にかかれば・・・テニスコート
に変身です。

「なんて吸収の早い奴だ!」 (上)
鉄製の鍋やフライパン、グリルや魚焼き網などに付いたコゲや
ガンコな汚れもシッカリ落とせる研磨材付 「キッチンスポンジ」。
ナイロン不織布 (研磨材付) の部分を利用してテニスコートに
見立てる発想が面白いですね。コーチをしている相手選手の
呑み込みの速さと食器用のスポンジの吸収力をモチってます。
趣味はテニス? ではなく、やはり食器洗いですかね。(笑)
「食器ングな事故」 (下)
青いスポンジを使った作品に魅せられました。何ら変わったとこ
ろもない、食器洗い用のスポンジが2つ並んでいますが、その上
の僅か2センチにも満たないミニチュアの人形が重要で、スポン
ジを波に見立て、おそらくはボートが転覆したのか、波間で溺れ
ては、助けを求める人の光景を築き上げていました。凄いス
あまりにも小さすぎて分からない方もいたようです。

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「リアルなメモ=メモリアル」  (上)
一冊のメモ帳の見開きを白い浜辺に見立て、ヤシの木のミニチュ
アと人形を添えることで、リゾート地でくつろぐ人々の光景を作り
出しています。どこにでもあるリングノートも、田中さんの手にかか
ればこのとおり。それにしても一般的なノートをビーチに見せるこ
となど、全くをもって想像も付きません。その発想力に、ただただ
感動でした。リングは波かな? リゾート地の夏をノートで感じま
すよね。この作品、ジオラマで展示されていました。
「新国立競技場デザイン案」  (下)
2020年東京五輪 ・ パラリンピックのメイン会場となる新国立競技
場整備計画で、提案しているデザインやコストなどが問題になりま
した。こちらは超節約型で、何と自動車のタイヤです。中ではサッ
カーをしているようです。タイヤが競技場に見えて来るから不思議。
これに屋根を覆うようにすればバッチしです。(笑) いずれにしろ
国民の願いはただ一つ。誇りを持てる競技場をつくってほしい。

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展覧会では100点以上の写真や実際に使用されているミニチュア
の作品が並び、あの手この手で来場者を楽しませてくれます。それ
ぞれにつけられているタイトルもユーモアに富んでいて、それも日
本語タイトルと英語タイトルの両方を見て、センスの良さに脱帽です。

「ハッとして青ザメる出来事」
ビーチでの一コマ。脱ぎすてられたTシャツと麦わら帽子。インスピ
レーションを得たのかな? 麦わら帽子を島に見立て港も見えます。
そしてTシャツは大海原を表現していう感じです。海がTシャツででき
ていたなんて!青いシャツをよく見ると、溺れている処にサメが近づ
いています。救助に向かう人も、まさにハッとして青ザメる出来事です。

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卵を割らなければ、オムレツは作れない。「新しいことを始めるには
勇気がいる」。「やってみなきゃ分からない」 という意味のフランスの
ことわざがあります。シンプルなシャレで、本質を射抜くタイトルも。

「ひと泡吹かされ中」  (上)
ビールの滝だ! ビールの泡を滝に見立ててカヌーで落下に挑み
ます。ビールの泡を滝、濁流に見立てた素晴らしい作品に脱帽だ。
ビール好きの私は、この泡の滝を飲み干して助けてあげたい気分。
「ビール冷え切ってます」  (下左)  
こちらもライトの反射が雪みたいで可愛らしい作品! ビールの泡
を雪の積もった地面に見立てているのがさすがです。私は「ビール
=夏」 を連想してしまうので、本当に発想ゆたかな方だなぁ・・・・。
ビールの泡でソリ遊びとは!
「ネタで寝たふり」  (下右) 
にぎり寿司をベットに見立てた 「ネタで寝たふり」 には笑っちゃう。
「このあとおいしくいただきました」 とキャプションに記されていた
ことから、実際の寿司を素材にした作品でした。寝相の悪い子を
お母さんが直そうとする姿にはホロリ! ほかにもブロッコリーや
オムライスなどの食品サンプルを使った作品も目を引きました。

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「トウモロコシ燃料ロケット」  (上)
とうもろこしがロケット本体と補助燃料はヤングコーン、排気の煙は
ポップコーンですから、コーンにとことんこだわっています。時事と
絡めていくというのも見事だと思います。 ポップコーンを煙に見立
てるって、すごい発想ですね。マンガで走るシーンを表現するとき
足元から上がる砂埃、子どもの頃 「なんで、足からポップコーン出
してるんだろう・・・」 って思ってました。このポップコーンの煙の表
現は、まさにそんな幼心を思い起こさせてくれました。
「地球は甘かった」  (下左)
水色のアイスクリームは地球でしょうか? 初めて宇宙に飛び立っ
た宇宙飛行士の 「地球は青かった」 の言葉をモジって、「地球は
甘かった」。アイスクリームを地球に見立てて宇宙を表現したりと、
ホントにアイディアには感心させられます。宇宙に行きたいな~
「甘の川」  (下右)
最初はよく分からなかったのですが、真上から見てやっと全容が
わかる作品です。スプーンで砂糖を眩して、天の川に見立ててる
この作品は、キラキラ光っていて本物の星のよう! そしてコーヒ
ーカップの皿の脇で、天の川に天体望遠鏡を向けています。
夜空にこぼれる天の川・・・・。天の川の砂糖で甘の川。(笑)

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「田舎ぶらし」  (上)
靴ブラシの毛の部分を稲に見立てて、実った田んぼにミニチュア
人形を使って稲刈りを表現されています。確かに田んぼに見えて
くるから不思議です。さり気なく置かれているリアカーや犬もいて
屋外の風景そのままです。稲刈りに見立ててのシーンは、NHK
連続テレビ小説 「ひよっこ」 のオープニングで使われているもの
ですね。田舎暮らし表現されています・・・・!
「日々の鍛錬に近道など無い」  (下)
大坂なおみ選手の活躍など今人気のテニス。テニスボールの模
様がトレーニングコースに変身。テニスボールのラインがアップ
ダウンの道路になり、テニスボールの道をジョギング中。人形が
とっても小さいのに細部まで作り込まれていています。テニスボ
ールの白い部分を道にしたり、やわらかい発想と再現性が凄い。
こんなに楽しい感じに思いつかないし、クオリティ高く作れないよ。

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結構若いカップルや友達どうしの方が多く、「キャーキャー」 「かわ
いいね」 「すごいね」 「これ、見てみて」 と、言いながら楽しんでい
ました。ひとつ、ひとつ作品とタイトルを確認しながら、さらに写真
を撮るので結構な時間がかかります。混雑していた場合は、作品
を見るのも大変で写真も撮りづらく、反対になんとなく見終わって
帰る方もいました。もったいないなぁと思いました。

「すごい勢いで回転しながら落ちていきます」  (上)
ボルトのタワー。いや待てよ、遊園地にあるフリーホールですね。
遊園地に設置されているアトラクションの一種で、いわゆる絶叫
マシンの中で垂直に落下するというフリーホールを六角ボルトで
見立てているんですね。ねじを利用してナットに乗っかって、昇
りはゆっくり、落ちるのは一瞬。まるで人生のようですね。(笑)
「隠れた名曲を掘り起こす」  (下)
楽譜に小さなミニチュアがポツンと置かれていて、一瞬、何だろう
と思ったのですが、タイトルを見て納得です。田畑を耕さないと穀
類を得ないように、鍬で楽譜を掘り起こしています。名曲を掘り起
こしているのか、名曲の種を植え付けているのか。発想が凄いね。

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実物のミニチュア作品の他にパネル作品もたくさんで、とても楽し
めました。展示されている写真の大きさは様々で、かなり大きいサ
イズになっているものもあります。一方で、前述の通り彼がミニチュ
アに使うのは食べ物や文房具など、私たちが普段から目にし、使
用しているハンディサイズのモノ。日常と違うスケール感の世界に
入り込んだようで不思議な気分になります。

彼の作品の特徴は、なんといっても見立てのアイディアと作品に
添えられる秀逸な一言。今回の展覧会の広告にも使用されている
フランスパンの新幹線 (新パン線) を始め、ブロッコリーの木、トウ
モロコシのロケット・・・・。ビールの泡は雪に、鷹の爪はボートに、
穴あけパンチの丸い切れ端は色によって、桜に見えたり雨に見え
たりします。発想の豊かさは目を見張るものがあります。ほとんど
の作品が撮影OKなので、見るだけじゃなく撮っても楽しいです。

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パネル作品と同じ額の中に作品に使われたミニチュアの人形たち
が配置されているので、つい探さずにはいられなくなります。(下右) 
実物をみるとちっちゃい。額の中になにもないときは周りを見回す
と予想外の形で展示されていたりして、とにかく遊び心が満載。
眺めていて全く飽きないです。老若男女問わず、思わず童心に
返る展覧会です。

「リンゴスター」  (上右)
公式な催事にセレブリティや高官などの要人を歓迎するために、
本人の歩行路として伝統的に用いられるもので、文字通りの赤い
絨毯です。私などは、アカデミー賞のレッドカーペットに登場する
華やかな俳優や監督たちを思い浮かべますが、こちらは 「りんご
の皮」 がレッドカーペットです。(笑) この後、作者はリンゴを美
味しく頂いたようです。ですからもう実物はないのでパネルのみ。
「地球温暖化の影響がここにも」 (下)
パネルの下をよく見ると作品から飛び出してきたペンギンがちょ
こんと。撮影で使われたミニチュアが、いかに小さいかわかります。
ペンギンという事は、アイスクリームが氷河を表します。やがて溶
けだして崩れ落ちます。表現方法が凄いし、そばに船も見えます。
地球温暖化の表現にお見事です。こちらも現物はありません。

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写真が主となる田中達也さんの作品たち。SNSでも発表されている
のだから、わざわざ展示会場へ行かずともパソコンやスマートフォン
で見ればいいではないか。そう考える人もいるかもしれません。しか
しながら、小さな画面だけでは楽しめない田中達也さんのユーモア
溢れる空間がそこにありました。

「問題の解き方は人それぞれ」  (上)
個人的に感銘を受けた作品のひとつ。頑張れ! もうちょっとって
応援したくなってしまいます。辞書につけられた付箋の飛び出した
部分を足がかりにクライミングするボルダリングに見立ててます。
この発想がホントに素晴らしく感心してしまいます。問題の解き方
は人それぞれですが、これはつまり、言葉のセンスに完敗を認め、
敵わないセンスの持ち主なので、本当に嫉妬してるんです。
「死んでもプラス思考」  (下)
キーボードがガラスケースの中に置いてあるのですが、よく見ると
キーボードの 「+」 キーのみ取り外され、十字架に見立てるという、
その発想はなかったわぁ~と驚きです。死者を弔う埋葬シーンを
再現しているんですね。壊れたキーボードも埋葬しましょう。

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3畳ほどの畳を利用し、畳縁 (たたみべり) を道に見立て、畳表を
収穫期の水田の風景に再現されています。そして、田んぼに見立
てた畳の上を走るレトロなバス。ちゃんとバスの運転手さんもいる。
まるで小人の世界に迷い込んだような不思議な世界。多くの人や
車が動く様子を描いたCG (コンピューターグラフィックス) と組み
合わせたユニークな世界を編み出した場面。何処かで見た事あり
ませんか? 桑田佳祐さんが書き下ろしたオープニング曲に合わ
せて登場するのは、そうNHK連続テレビ小説 「ひよっこ」 のタイト
ルバックで登場する茨城の農村の風景だ。

「ひよっこ」 のタイトルバック、見てて飽きない。
赤い服の女の子が田舎からバスに乗って、電車を乗り継いで都会
へ向かう。夜の繁華街でキョロキョロ、わああ~っとなって・・・・・。
すっかり小さな不思議の世界に引き込まれてしまいました。
ミニチュアのバスに乗って現実の世界へ戻ります。

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どれも的を得ていて、キャプション見るたびにニヤケが止まらなか
ったです。誰でも手に入る身近なものを使ってということろが素晴
らしいですよね。見ればあ~って思うけれども、最初に気付くとこ
ろが凄いアイディアだなと思います。タイトルも重要なポイントです。
何でもそうですが、センスのある人って何かが違いますよね。
発想力というか、そういうのが特別なんだろうなあ~。

「100匹乗っても大丈夫」  (上)
多くの動物たちが行列をなしてスイカの中に入ろうとしています。
ノアの箱舟ならぬスイカの箱舟ですね。ノアもビックリ仰天です。
ノアの方舟 (箱船) と大洪水の伝説は、多くの人が耳にしたこと
がある有名な話です。旧約聖書の創世記の記録によれば、かつ
て創造主なる神が、古代の邪悪な人々を大洪水によって滅ぼし
た時に、箱船に入ったノアとその家族、及び動物たちだけが生き
延びた、というものだ。もしも、この伝説が歴史的事実だったの
であれば、それは私たちの世界観を大きく覆すほどの、極めて
重要な意味を持つことになります。
「収納下手な食器棚の奥にある世界遺産」  (下)
「ああ、これはうちの食器棚もこんな感じになってる」 と笑っている
方がいました。小さな円い皿を重ねては、ピサの斜塔に見立て、
たくさんの人々が、記念撮影を楽しむ様子を 「収納下手な食器棚」
表現してます。ピサの斜塔のモジって・・・・、100円均に売って
いる器がピサの斜塔になるとはね。

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ケース越しにですけど、制作段階で既に 「 この角度で、この構図で、
ここにピントを合わせて」 って色々決まってるんだと思います。「子ど
ものような遊び心」って簡単に言うけど、それ、もう忘れちゃってるか
ら、常識ある大人にとって、常識から逸脱することほど難しいことは
無いのです。なんて、見え方で違った世界に見える。普段の生活も、
こんな見方をすると景色が変わってきますね。素敵な世界ですね。

「秋色に衣替え」   (上)
五重塔に太鼓橋が架かり、周りを色とりどりの毛糸の玉が紅葉を表す。
毛糸の玉を紅葉に見立ててこう使うかぁ~。見たとたんに秋の古都を
想像しました。紅葉が見頃を迎える紅葉前線は、桜前線とは逆に北
海道から徐々に南下していくんですよね。まさに秋にピッタリ。
 秋の夕日に照る山もみじ・・・・・。言うことなし。
「花火ボンボンボーン盆」  (下)
菊の花を花火に見立てたこちらもなかなか良かった作品。特に家の
ミニチュアがかなり精密に作られていて、それだけで感心しました。
ガラス越しのミニチュア作品とパネルの写真作品を見て、タイトルを
読みとって・・・・・クスッと笑う。花火の見立てアイデアが凄いと思った。

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「新パン線」
こちらもNHK連続テレビ小説 「ひよっこ」 のオープニングで使われ、
田中達也さんが手がけたパンを新幹線に見立てた作品です。「新
パン線」 のジオラマで動くんです! ぐるっと一周レールが引いて
あって、そこをコッペパンがくるくる動きます。駅のホームが食パン
です。心を無にしてまずは見てください。そしてリピートしてください。
ガタンゴトンと音を立てて食卓を走る新パン線。なんとカワイイこと
でしょう。子ども連れの方やシニアの方もたくさんいて、皆さん楽し
んでいました。作品に使われているのは普段、私達が何気なく使っ
ている調理器具や文具、お菓子や食べ物といったよく目にするも
のなんですが、それらをちょっと視点を変えるだけで、違った景色
が見えるというのがすごく面白いですよね。

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「チャーフィン」  (上)
ダイナミックさで目を引いたのが、中華鍋から勢いよく宙に舞った
チャーハンを波に見立てたのがこの作品だ。チャーハンに目が奪
われがちですが、その波に乗っているサーファーも見落としては
いけない。よく見ると炒め物の中でサーフィンしてます。(上右)
チャーハンでサーフィンするから 「チャーフィン」。(笑)
「節水にご強力ください・・・・」  (下左)
皆さん、この "シャワー" がなにか分かりますか? 本当に水みた
いに見えるけれど、実はこれ歯ブラシです。ブラシの部分を水に
見立て、水を洪水の如く使ってはいけませんと、戒めています。
「照明のスイッチ」  (下右)
見落としてしまいそうな場所に、ミニチュア人形が置いてある作品。
会場の片隅に作品名もなく、さりげなくこのミニチュア人形が照明
のスイッチにちょこんと座っていました。ケースがつけられていな
いし、作品に触れてはいけないので、気を付けて写真を撮った。

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田中さんの驚きのアイディアまんさいの展覧会でした。日常になる
生活用品が、こんな風に作品になるんだと感動してしまいます。
ミニミニの楽しい世界にどっぷりはまってしまいます。どんな年代
の人でも、男性でも女性でも楽しめるデパートにピッタリの展覧会
でした。他にも数えきれないくらいたくさんの作品が展示されてい
て、来場の皆さんはとても笑顔になって作品を見、写真も撮って
いました。何時間でもこの空間にいられそう・・・・というくらい何度
見ても飽きが来ず、もう大満足でした!

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出口を出ると目の前に「日本橋高島屋 S .C オープン記念 特別
展」 がありました。これは日本橋高島屋のリニューアルを題材とし
ており、大型ショッピングセンター 「日本橋高島屋S.C.」 に生まれ
変わった事を題材とした 「日本橋はケーキがいい」 だ。(上) 残
りの2作品は、東京メトロ ・ 銀座線の日本橋駅の朝の通勤時間
をイメージした 「スヌーズに運行しています」。(下左) 「スヌーズ
に運行しています」 は朝の時間帯を象徴する、目覚まし時計や
タオル、歯ブラシなどが駅の構造物に使われているのが特徴。
それと日本橋高島屋本館6階の宝飾品コーナーをイメージした
「6階宝飾品売場でございます」。(下右) 宝石箱で宝飾品売
場を表した内容となっていました。

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【おまけ】
髙島屋のマスコットキャラクター 「ローズちゃん」。ローズちゃんは、
高島屋の入口や案内所の近くに制服を着て、そっと立っていると
いう印象があります。昭和34年 (1959)、クリスマス商戦のキャ
ラクターとして誕生したのがローズちゃんの前身となった 「ハッピ
ーちゃん」 でした。その後、バラが髙島屋のシンボルフラワーと
なったので、ローズちゃんに名前を変えました。基本形は 「頭で
っかちで大きな出っ尻」。(笑) お歳暮やお中元の時期、イベン
トに合わせた衣装、受付案内係の制服が変わった時などに
新しく作られるようです。高島屋へ行ったら探してみて下さい。

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「日本橋高島屋」 (左が新館、右側が本館となります)
文房具や日用品など、私たちの生活の身近にあるものと小さなフ
ィギュアを使って見立ての世界を披露されている田中達也さんの
展覧会。結構年配の方が多いので、朝ドラ見てた方が結構来て
るのかなぁ~。うーん、朝ドラ経済効果、恐るべし・・・・(笑)

大人になってもみんなきっと、どこかに遊び心は持ってるはず。
子供の頃はもっと自由に物事を見ていたはずなのに、どうして
大人になるつれて段々と忘れていってしまうんだろう。成長す
る過程で、どこかに置いてきてしまった遊び心を、田中さんの
作品は思い出させてくれました。アイディアの幅広さとユーモ
アに溢れた世界観の作品に大満足でした。この後、娘とかみ
さんと合流して、老舗の店で食事して帰りました。





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「目標を達成する覚悟」

...2018/10/07 09:45...

10月 (神無月)
夏が過ぎ、あっという間に10月を迎えました。
10月を英語では、October (オクトーバー) と
いいますが、これに似た英単語を知っていますか?
Octopus (オクトパス)、日本語では 『タコ』 のことです。
この二つに共通する部分は “ oct ” これはヨーロッパで昔、
使われていた 「ラテン語」 という言語で 『8』 を表す言葉です。
Octopus は8本の足という意味で、タコを示します。
イメージしやすいですね。

では、なぜ October が8月ではなく10月なのでしょうか。
そもそも10月=October はローマの暦に由来します。
ローマの暦には1月、2月がなく、現在でいう3月が
1年の始まりだったのです。3月から数えていくと
10月は8番目、それで 「8番目の月」 = “ October ”
とあらわすようになりました。

同じように9月は 「7番目の月」= “ September ”、
11月 は「9番目の月」 = “ November ”
12月は 「10番目の月」 = “ December ” と表します。
ちなみに 「~番目の月」 という名称がついているのは
9月~12月で、1~8月は神様の名前や皇帝の
名前などが由来となっています。

「1年が3月から始まる」 というとですか、
しっくりこないかもしれませんが、日本でも
学校などの新学年は4月から始まりますよね。
似たような感覚と思ってください。

また、1年が3月から始まるからこそ、
2月だけほかの月に比べて短いことや、
閏年には2月に1日加えることも納得できますね。

“ October ” という単語ひとつでも、いろいろと
知識は広がります。知識を広げることで、そこにまた
新しい発見が生まれてきます。当たり前のことや、
何気ないものを掘り下げることにより知識は広がります。
勉強の秋、これまで以上に深い勉強をし、
知識を広げていきましょう。

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「目標を達成する覚悟」

十里の旅の第一歩。
百里の旅の第一歩。同じ一歩でも覚悟が違う。
どこまで行く積もりか目標がその日その日を支配する。

この言葉,まさにその通りだとは思いませんか?
この言葉は、横浜高校野球部の監督として何度も同校を
全国大会に導き、今はプロで活躍している松坂投手をはじめ、
多くのプロ野球選手を育てた監督の座右の銘なのだという。
松坂投手自身もその影響を受けて、自らの座右の銘にして
いるほどのようです。座右の銘は、自分の人生を狂わさない、
言わば羅針盤の役割も果たしてくれます。何かあったときに
思い返すだけで力が出てきます。

先日、近所の飲み屋で幼馴染と飲んでいたら、
近所の少年野球の監督さんと遭遇。一緒に飲んでいて
貴重な話が聞けた。この言葉の持つ意味は深いものがあり、
私も感銘をうけました。

目標や夢に置き換えて考えてみました。
簡単に達成できるものよりも、さらに険しく高い
目標を設定して、その実現にむけた一歩を踏みだす。
人間、気持ちの持ち方一つで全てが変わります。
強い気持ちを持つ! という動作が大切なのです。
諦めたその瞬間ゲームオーバーなのです。
全てが終了してしまいます。

高い目標を達成するまでには、非常に苦しくなる時期が
必ずあります。スランプに陥ってみたり、思いもしない
妨げがあったり。そういったものに出くわした時は、決して
ひるまず、目標達成というゴールへ向けて着実に進んで
いる自分が、今そこにはいるのだということを自覚する。
そう考えるだけでも力が湧きますよね!

少年野球の監督さんが体験を例に話してくださった。、
高校生の時、河川敷で行われる校内耐寒マラソンで10 kmを
走った時のこと。自分の持ちタイムで走りきろうと思えば決して
きつくはありません。10 kmといっても最初は流れに乗っていく
ので楽ですが、道中のポイントポイントでペースが上がると脱落組
がでてきます。ここで一踏ん張りするかどうかで全てが決まります。
7 km地点を越えたあたりから9 kmまでがヤマになります。
ついていくだけで精一杯の状況なので一番苦しい時です。
とにかく遅れはとらないということと、ただただ呼吸を整える
ことだけを考えていたという。

しかし、不思議なもので、あと1kmの看板が見えると
今度は順位を意識しだします。前を1人ずつ抜いて1つでも
順位をあげていくぞと気合をいれ、今まで一歩一歩歯を食い
しばって走っていたのに、何故か足も軽くなりラストスパートを
決める自分がそこにはいました。監督自身、短距離が得意
だったので出来たのかもしれませんが、あの時の快感は
いまも忘れることができないと話す。日頃の練習の成果が
一番大切な時にだせたことは自信にもつながったようです。

私たちの日頃の取り組み方も一緒なんですね。
目の前の行動も大切ですが、その先にある大きな目標
(自分の将来の夢) を実現させるためには何をするべき
なのかを、いい機会なので今一度考え直してみたいものです。
十里の旅ではダメですよ! 百里の旅の第一歩を踏みだす
覚悟を決めて、日々の行動を起こしていきましょう!

私たちの持つ将来の大きな目標を実現させるために、
全ての行動の一つ一つがその日その日を支配する
ものであって欲しいです。「人生を変えたい」 「夢を実現
したい」 と思う人は多い。しかし、一体どれだけの人が
その実現に向け努力しているだろうか。どんな戦いでも
相手に覚悟があれば、覚悟のない人間は負けるのです。

これはビジネスでも同様です。
大きな挑戦をするとき、成功する人は必ず覚悟を
もって取り組むという。その覚悟の差が、考えるチカラ
や努力へと姿を変えて結果につながるのだろう。
だから、成功する人は覚悟のないケンカはしない。
成功する人は、覚悟の大切さを知っているのです。


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  「氷川祭」  赤坂・氷川神社 2018

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所要で赤坂に出掛けたら、街中が半纏姿の人の多いこと。何かの
イベント? と思いきや、赤坂 ・ 氷川神社のお祭りのようでした。
神輿だけなら素通りするところでしたが、山車が出るようなのです。
早々に用事を済ませて、山車の後を追いかけました。(笑) 
 祭の太鼓が テンテケテンと 鳴っちっち 
    みんな浮き浮き 踊るのに・・・・・

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赤坂サカスには、氷川神社を出発した山車が2其待機していて、
法被姿の人が大勢詰めかけていました。(下左) また脇の道路
には町会神輿も多数待機しています。(下右) この後、 駐輿式
を執り行い、町会神輿は地域を巡行し、山車は一ツ木通りから
青山通りを経て国際医療福祉大学へ進むようです。この大学の
エントランスに一時、宮神輿が搬入されいるためのようです。

「赤坂サカス」 (上)
赤坂TBS放送センターの玄関口に広がる 「Sacas広場」、ライブハウ
ス 「赤坂BLITZ」 や 「赤坂ACTシアター」 を備えるエンターテインメ
ントエリアで、2008年に誕生した港区赤坂の複合施設です。演劇、
音楽、イベント、そしてショッピングにグルメ、魅力あふれる場所です。
赤坂サカスをローマ字表記 「Akasaka Sacas」 にして右から読むと
「SACA ・ SAKA ・ SAKA」 = 「坂 ・ 坂 ・ 坂」 になることなど、赤坂
という土地の持つ、「和」 のイメージを重視してつけられたようです。

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境内に入ると凛とした雰囲気が漂い、心が鎮まります。六本木と赤
坂の中間に位置する閑静な住宅街にあり、周囲の喧騒から遮断
されたように厳かな雰囲気に溢れる。この神社は参拝後に心身共
に身の引き締まる思いにさせてくれます。コンクリートの神社が多い、
東京都心にあって昔ながらの木造のお宮です。すでに山車も宵宮
巡行のため搬出され、閑散としていますが夜の方が賑わいます。

「赤坂 ・ 氷川神社」
氷川神社は951年に現在の赤坂四丁目のあたりに創建されました。
享保15年 (1730)、江戸時代に徳川八代将軍 ・ 徳川吉宗の命で
造営された由緒ある神社です。倹約政策を進めた吉宗らしく、華美
な彫刻はなく、質実で簡素な江戸当時の姿のまま現存する社殿です。
ご祭神は素盞嗚尊 (すさのおのみこと)、奇稲田姫命 (くしいなだひ
めのみこと)、大己貴命 (おおなむぢのみこと) の3祭神です。ご祭
神の素盞嗚尊がヤマタノオロチのいけにえになりそうだった奇稲田
姫命の為、ヤマタノオロチを退治し、結ばれたことから良縁・縁結び、
厄除け、商売繁盛のご利益があります。御祭神も素盞嗚尊ですの
で、他力本願ではなく一 生懸命努力している人に、ご利益を与え
てくれるという、私が女性だとしたら絶対に行くと思います。 (笑)

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「四合 (しあわせ) 稲荷神社」 (上) 「西行 (さいぎょう) 稲荷神社」
(下左)  「布袋尊像 (ほていそんぞう)」 (下右)

氷川坂側の参道を進むと立派な2 匹の狛犬が迎えてくれます。
鳥居をくぐって階段を登ると赤坂・氷川神社社殿へと続きますが、
手前の右手に 「四合稲荷神社」 が鎮座しています。稲荷四社を
合祀し、坂に住んでいた幕末に活躍した勝海舟によって、 「四合
稲荷」 と命名されたようです。「四合」 が「しあわせ」 と読み、一度
お参りすると4倍の効果があるそうです。左側には 「西行稲荷神社」
があります。こちらは火伏の稲荷 とも呼ばれ、火難除けのご利益が
あるとされています。西行稲荷神社には 「布袋尊像 (ほていそんぞ
う)」 がいました。布袋尊像は心身 が健康になるご利益があります
ので、しっかりお願いしておきました。独特の雰囲気が感じられます。

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境内の構成は当時からほとんど変わっておらず、江戸時代の氷川
神社を散策している気分になれます。石畳を踏みつつ、古い 木々
に囲まれた境内を散策すると、“ ここはほんとうに赤坂なの ” と思
えてくるほどで、境内の静謐さはいまも多くの人が感じる場所です。

「石灯篭」 (上左) 門の内外に立つ2 対4 基の石燈籠です。門外
の2 基は、遷座の年に岡崎城主老中水野忠之が奉納したものです。
「大イチョウ木」 (上右) 赤坂氷川神社が建立される以前から存在
し、推定樹齢約400 年の巨樹で、赤穂事件のあった当時からずー
っとこの場所で静かに歴史を見つめていたのかもしれません。
「力石」 (下左) 力石とは江戸時代、村や町などで力比べをする際
にこれを持ち上げて競ったもの。境内の一の鳥居 (南側) をくぐって
左手奥。この石には 「三十五貫 (約130キロ)」 と刻まれています。
「包丁の碑」 (下右)  境内には料理人たちの包丁供養のための
「包丁塚」 がありました。赤坂の老舗料亭をはじめ、多くの飲食店を
支えてきた包丁への感謝の気持ちがわかります。

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今からおよそ315年前、お江戸で仇討ち事件がありました。
播州赤穂浅野家の浪士四十七名が吉良上野介の屋敷に討ち入り、
その首級を挙げたというおなじみ 「忠臣蔵」 のお話です。

「浅野土佐守邸跡」 (上)
現在、氷川神社がある場所は元禄の頃、備後三次藩浅野家の下屋
敷があり、浅野内匠頭の夫人瑤泉院の実家でした。 元禄十四年に
浅野内匠頭が松の廊下で吉良上野介を切る赤穂事件が起きます。
浅野家が取り潰しされた後、瑤泉院は死去するまでここで暮らした
といいます。三次浅野藩はその後、後継者が早世して断絶となり、
8代将軍吉宗がこの場所に 氷川神社を造るのです。江戸幕府も
いろいろ考えたのでしょうかねえ。
「南部坂」  (下) 
南部坂の上から下を見たものです。(下左) 南部坂の登り口にある
石碑。(下右) この坂沿いに、アメリカ大使館宿舎が広がっています。
南部坂の東側が溜池まで、江戸時代には福岡藩黒田家の中屋敷で
した。勝海舟の蘭学の先生であった永井青崖が、このお屋敷で蘭学
を教えていました。南部坂と言えば、大石内蔵助が討ち入りの直前、
浅野内匠頭の未亡人を訪ねた帰りに下った 「南部坂・雪の別れ」 の
名場面になった坂です。「南部坂」 も氷川神社のすぐ近くにあります。

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「駐輿式」
鳶頭衆の木遣り唄が響き渡るサカス広場では、沢山の人が集まり、
周りを取り囲んだ広場で駐輿式が行われ巡行する人達も勢ぞろい。
山車二本も待機です。(上) その中でひときわ目立ったのが赤坂
の芸者衆達です。(下左) 芸者衆の艶姿に皆さんレンズを向けて
お気に入りの一枚に夢中でした。赤坂の土地ならではの祭りです。
江戸の心意気が生きています。一日多くの人が担ぎ、住む町を渡
御される宮神輿は、この場所には見当たりません。何処に? 神霊
が宿った神体や依り代などを神輿に移して、氏子地 域内に御幸し
たり、渡御したりするのは、神輿や鳳輦の登場する 祭礼のほとん
どは、神幸祭の一種のようですが。

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赤坂氷川神社の宮神輿は江戸時代、2基所有していたそうですが、
1基は譲渡、もう1基は東京大空襲により焼失していたため、「神輿
舞い、山車が往く」 という宮神輿と江戸型山車が連合巡行する氷
川祭ならではの江戸の祭礼を再現すべく、新調されたようです。

「宮神輿」
祭礼の象徴の一つであった氷川神社の 「宮神輿」 は、現社殿を
造営した徳川吉宗公が、八代将軍に就任して三百年という慶祝の
年に向け、山車 「猿」 の修復と共に進めてきたのが 「宮神輿」 の
新調でした。焼失した宮神輿は台輪寸法五尺、重量1.5トンあり、
人が担げる大きさではないため、牛で曳いて巡行していたという。
その神輿をそのまま復元したのでは、この時代地域に即さない為、
人が担げる大きさである台輪寸法四尺、重量1トン超で製作をして、
このほど2年間を要し復元され、「氷川祭」 でお披露目されました。

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「山車」 とは、
祭礼の際、山 ・ 鉾 ・ 人形 ・ 花などを飾り付け、牛で曳いたり、人
が担ぐ屋台で、一本、二本と数え、山車の語源は、平安時代、大
嘗祭の際に曳かれた標山 (しるしやま) に由来し、神様の依り代
や、山車の中心にあった鉾の上につけられた 「出し」 という竹の
編み残された部分の名称に由来すると言われます。山車も神輿
同様、単なるお祭りの道具でなく、神聖な神様の乗り物なのです。

当祭礼の山車は、江戸型山車の中で最も知られる鉾台型山車で、
二輪車の上に三層の構造物があります。この三層部分の最上部は、
人形の部分であり、次の層は飾り幕に取り囲まれた枠で、人形は二
層目の枠内を上下できるように造られています。更に人形 ・ 飾り幕
の部分は折畳まれた状態で、最下部の部分から人形が 「せり出す」
という、二段上下可変式のカラクリ (機構) をもつもので、二段の台
の上に人形が座るようになっています。これは将軍の上覧に供する
ために江戸城の門を入るときの工夫である と言われます。つまり、
城門をくぐるとき、人形をからくりで下げ、 城門をくぐったあとで人
形をせり出し、将軍に上覧頂く構造に なっているんだそうです。

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「日本武尊」  (現赤坂六 ・ 七丁目町会)
様々な地域の山車に日本武尊の人形は多く見られますが、この熊
襲退治の女装の尊は珍しいようです。確かに見た限りでは被衣を
冠った牛若丸と見間違えるほどです。(下) 視線も面白いです。
嘉永6年 (1859) の作といわれています。飾り幕は、割模様、一
面ごとに図柄がおさまっています。上幕は、猩々緋枠内緑地雲竜
縫取玉眼入り。下幕は猩々緋牡丹に獅子、左下部に新町四丁目
五丁目 (旧町名) の縫取りがあります。

「日本書紀の日本武尊物語」
南九州の大隅辺りに勢力を持ち、朝廷に反目する熊襲 (くまそ) 族
を従わせるため、景行天皇は皇子ヤマトノオグナを遣わした。ヤマト
ノオグナは、女装しクマソタケル兄弟の宴会に紛れ込み、酔いがま
わってきたところを隠し持った剣で倒した際に、「自分は熊襲の中で
一番強く、自分に従わない者は1 人もいない。それなのに、 大倭国
にはわしらに優って強い男が居られたとは・・・。わしはあなたに御名
を奉りたい。日本最強の勇士を意味する 「ヤマトタケル」 の名を献上
されたという神話で有名。 後に 「ヤマトタケルノミコト」 と命名する。

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「源頼義」  (現伝馬町町会)
赤坂氷川山車では他には見られない唯一、鎧兜に身を固めて太
刀を佩き、強弓を持った凛々しくもきらびやかな姿です。製作者は
五月人形の名手、松雲斎こと古川徳山、弘化3年 (1846) に作
られ、明治38年 (1905) に久月によって修復されたといわれて
います。飾り幕は、朱の一枚の幕で、四面が孤立することなく岩と
波とが刺繍され、続き模様となっています。波は金糸の刺繍、岩
は黒糸の刺繍です。絵馬によると三層もある高い山車でした。

源頼義は八幡太郎義家の父親で、陸奥の安倍氏を討ち東国に源
氏の地歩を固めた武将です。平安時代の中頃、「安倍氏」 という豪
族が、岩手で勢力を広げていました。この力を恐れた朝廷は、武士
である源頼義を陸奥守として派遣し、戦争を始めます。源頼義は苦
戦しましたが、ついに安倍氏を滅ぼしました。安倍頼時の娘の夫で
ある藤原経清も源頼義によって殺されます。しかしその後、頼時の
娘は息子を連れて清原家の息子武貞と再婚することになります。
その息子こそが、のちの 「藤原清衡」 です。約百年間にわたる
「奥州平泉」 の歴史はここから始まります。東国との深い関係や
徳川将軍の遠祖だということで、頼義の人形が飾られたのかも。

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高層オフィスビル、大使館、高級料亭の他、赤坂サカスや東京ミッ
ドタウンやアークヒルズがある街。赤坂って、都会的で洗練された
大人の街って感じがしますよね。そんな赤坂で、千年以上の歴史
がある神社のお祭りが行われているのです。

赤坂氷川祭は、東京都港区赤坂にある赤坂氷川神社で毎年9月
に開催されているお祭りです。日本の伝統的な文化や江戸の粋
を感じられるということで、毎年3万人以上もの人が訪れる人気の
お祭りなんですよ。そんな赤坂氷川祭。かつての江戸では、日枝
神社の山王祭、神田明神の神田祭に次ぐ規模のお祭りだったん
ですよ。 江戸から伝わる貴重な文化遺産の氷川山車赤坂氷川
神社の宮神輿、赤坂の各町会の町会神輿が、赤坂の街を一緒
に練り歩くのが見どころです。

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都会の喧騒を忘れられる静寂な緑に包まれた環境の中、赤坂サ
カスで駐輿式を執り行なった後は、一ツ木通方面に向かい、氷川
神社への宮入り を17 時に予定して、巡行が再び行なわれます。

先導役の 「猿田彦 (天狗)」 (上)
東京各地の祭りでは、ほとんどどこでも猿田彦が登場して、神幸祭
の行列を先導します。今日でいう、高い赤鼻で赤ら顔で山伏のよう
な装束、一本歯の高下駄を履き、葉団扇を持ち、空を自在に飛び、
古事記の神話の中に登場する天孫降臨の際に 「天照大神」 の命
を受けて道案内をしたという猿田彦大神様です。渡御行列の先頭
にいる天狗は、猿田彦神のことです。道案内をしているのです。
「四神旗」 (下)  
四神を描いた4 本の旗で、四神は天の四方をつかさどる神で、
東の青龍、西の白虎、南の朱雀、北の玄武を表します。昔、朝廷
で元旦朝賀、即位礼などの折りに威儀をととのえるため、大極殿
または紫宸殿の庭に、四神を描いた四つの仗旗が立てられます。
これを四神旗といいます。羅紗地に金銀糸で縫いとりした見事な
四神の旗です。

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鎮守の神様が、行く先々の邪気を払いながら、旗や武具などを
前後に従え、古式にのっとり威儀を正して進みます。

「五色絹」  (上左)
神社の拝殿に上りますと、五色の布が目に付くと思います。御神前
の威儀具として設けられる真榊や、五色旗などさまざまなものに用
いられています。 吹き流しの五色の絹は、天地万物を組成してい
る 「青、赤、白、黒」 となり、黄色はありません。 それは天子の色で
臣下が使えないからです。方位では 「東西南北」 を示します。大相
撲で土俵の四隅にかかっている房も、青、赤、白、黒で、四神を表し
ています。黄色は中心の土俵の色になって神聖な場所のようです。
「神社神職 ・ 総代」  (上右)
「神職」 は神社の維持、運営に関わり、「総代」 は神社の氏子を代
表し、氏子や崇敬者に対して便宜をはかる神社の世話人的な役の
ようです。神社を維持、発展させていく上で欠くことのできない重要
な役割を担っているので、お祭りには欠かせない方たちです。
「巫女」  (下)
広くは神に仕える女性の意で、巫女さんは白衣に緋袴 (赤い袴)
を着ています。お祭りの時など舞を舞って、神さまにご覧いただく
ときには、千早を着て、花簪を頭に付けます。手には、五色絹が
ついた鉾先舞鈴 ・ 神楽鈴、また桧扇や舞扇を持ちます。未婚の
女性で、神社に奉仕するも舞姫と同じく正式には神職ではない。

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「手古舞」  (上)
「手古舞」 は、江戸の祭礼で山車を警護した鳶職のことですが、
現在一般には、巡行隊列や催し物で練り歩く役割をします。衣装
は、刺繍をした襦袢の上に、揃いの着付けを片肌脱ぎにして襦
袢を見せ、たっつけ袴をはき、花笠を背中に背負い右手に金棒。
国際医療福祉大学の女子学生らが、神輿や山車の警固・先駆
の役割を演じて参加していました。可愛かったス。
「赤坂芸者衆」  (下左)
都内を代表する花街 「赤坂」。その主役の芸妓衆たちも参加して
華を添えていました。赤坂芸者と聞くといつも思い出すのが、「花
で言うなら、新橋が菖蒲、柳橋が水仙で、赤坂は牡丹」。大正時
代の赤坂芸者が残した言葉です。「政治の奥座敷」、「政治は赤
坂で決まる」 とまでいわれていました。時代は移り変わり、現在
赤坂組合に加盟する料亭は6軒、芸者衆は25名のみのようです。
「高張提灯」  (下右)
高張提灯は大型の棗形の提灯で、長竿の先につけ、提灯には定
紋や屋号などを書き、もっぱら目印として利用されていました。現
代では町内会などを銘打たれの提灯を持ち、巡礼の行事に練り
歩くようです。

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江戸型山車二本が、夕刻より宮神輿が氏子地域を巡行します。
江戸時代の赤坂氷川祭は、神輿とともにこの江戸型山車が両輪で
巡行することが原型でした。江戸の祭礼の中心であった江戸型山
車の巡行を都心で今もってできるのは、地域の特徴でもあります。

「金棒 (かなぼう)」 (下右)
祭礼行列や山車の先頭に立ち、金棒(鉄棒)で渡御の道の路面を
突いて鳴らして、地下に潜む邪気を追い払い、神祭が通る巡行路
を清める役割をはたします。金棒から 「願えば “かな”う」 とされ、
合格祈願などの願掛けの神さまとしても崇敬を集めてきました。
金棒で頭をたたいてもらうと、子供たちは 「健康にすくすく育ち」、
大人は 「除災招福」 が訪れると言われています。金棒を見つけ
たら近づいてみてください! (笑)

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山王日枝神社と神田明神の祭礼 (天下祭) には、江戸城 の門を
潜る際のからくりを持つ 「江戸型山車」 の巡行でした。昔の赤坂
氷川神社祭礼は、神社の宮神輿を氏子二十一ケ町の山車十三
本が警固の形をとって神領内を巡行していたようです。この山車
の巡行は、明治末から大正初期まで続けられたといわれてます。 
その後、『天下祭』 『御用祭』 の廃絶、関東大震災、戦災の災禍、
電灯線の架設により、都内の山車が消えたいったとき、氷川神
社の祭礼も同じくして町神輿中心の巡行となっていったそうです。
都内からほとんど姿を消していった山車が、氷川神社には完全
な形ではありませんが、九本も現存しています。 山車人形には、
(翁、日本武尊、猩々、神武天皇、恵比寿、源頼義、猿、翁二人
立、源頼朝)、毎年異なった人形が使用されます。

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「国際医療福祉大学 ・ 赤坂キャンパス」 の正面玄関には赤坂氷
川神社から宮神輿が搬入され、御旅所祓い斎行後、丸1日展示さ
れていたようです。宮神輿が赤坂氷川神社以外に置かれるのは異
例のことです。大学の位置する場所は、もともと赤坂氷川神社が創
始された場所であることから、御旅所として宮神輿を駐輿すること
になったそうです。今後、年に1度の祭礼の時だけでなく、年間を
通じて 「江戸型山車」 が見られるよう 「常設展示」 にするようです。
氷川神社まで渡御する儀式が行われていました。(下右)

「国際医療福祉大学 ・ 赤坂キャンパス」
もともとは 「大岡越前守」 のお屋敷があったところで、そこを地元の
有志の方々の手で学校が開校され、赤坂小学校になったそうです。
1992年に檜町小学校に統合され閉校。跡地に国際医療福祉大
学が開校。こちらの国際医療福祉大学グループは、港区内に、国
際医療福祉大学三田病院、山王病院、グループホーム青山、医
療福祉総合研究所などなど展開しています。勉強する気になり
そうな「教室」がたくさんありました。(笑)

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宮神輿は国際医療福祉大学を発輿され、赤坂周辺の氏子地域を
渡御し、赤坂氷川神社に宮入りされます。神幸祭、宮御輿が氏子
町会によって担がれます。町会グループ からまた次の町会グル
ープへ、氷川様への崇敬と赤坂を想う心を繋ぎます。粋で鯔背な
江戸っ子のカッコ良いところを祭りで発揮継承してくれています。
神輿の周りは凄い人だかりです。

神社で御輿を用いるのは、祭礼にあたっての神幸祭のときです。
神幸とは、神体が本社から氏子町内に渡御することをいい、氏子
たちが神輿をかついで各地区を練り歩き、 そうすることで神に各
地区をご覧いただくのです。神幸の途中、神輿を上下左右に激
しき振り動かしたりして、わざと荒々しく扱うことがあります。これ
が神輿に坐す神の 「魂振り」 で、これにより神の霊威を高め、
豊作や豊漁、疫病の退散がなると信仰されているのです。

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氏子24町会地域の町神輿15基も繰り出され、氷川神社を発興し、
赤坂の街を盛大に練り歩きます。その後ろから観客もゾロゾロとつ
いて行きます。日枝神社の山王祭もさることながら、最近とみに熱
いのが氷川神社の例大祭。清祓式に始まり、宵宮巡行、神幸祭と
9月の約1週間、街はまつりの熱気に包まれます。

元々氷川神社の場所には、浅野内匠頭の奥さんである、遙泉院の
実家があったとのことで、大石内蔵助が討ち入り前には訪れたこと。
また、幕末には勝海舟も近くに住んでいたとのことですので、大石
内蔵助や勝海舟もこの辺りを歩いたんだろうな~と思うと・・・・ロマ
ンがありますね。彼等が歩いた時には、ここはどんな景色だったの
だろうと想いを馳せてみたり。今も江戸情緒を残す人情味厚い街。
そして、まつり好きなお土地柄。赤坂の夜は更けて往きます。

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町会の神輿は、宮神輿にくらべて小ぶりで見劣りますが、粋のいい
のが赤坂っ子。しかし、浅草の三社祭の女神輿に比べたらお淑や
かです。その変わり、色っぽさには自信があるようです。(笑)

そもそも 「祭り」 という語は、何を意味していたのでしょうか?
その語源については、「神さまに仕えマツル」 の 「マツル」 である
とか、同じ祖神を同胞が 「マツリアウ」 からであるとか、「神さまの
訪れをマツ」 の 「マツ」 という語が関わっているなど諸説あります。
いずれにしても、お祭り (祭祀) とは神さまをお招きして饗応 (き
ょうおう) のご接待をすることをいい、それは神さまと人との交流の
機会でもありました。かつては、神さまに奉仕することが主であっ
たお祭りが、やがて神さまに祈願をするようになり、そして願いが
叶うと感謝の気持ちを表すお祭りを行うようになりました。 こうして
祈願と感謝のお祭りは、絶えることなく繰り返し続けられてきて、
今日に至っているのです。

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地域の人たちの熱い想いで日本の伝統文化を復活させた 「赤坂
神社 ・ 氷川祭」。貴重な文化遺産である氷川山車を間近に見た
り、神輿と氷川山車との連合巡行を楽しんだり、美味しい屋台を
楽しんだり。この後僕たちは、飲食店が多く並んでいたエリアに
向かいました。途中、ドラマ 「相棒」 に登場する小料理屋 「花の
里」 のロケ地が通り道にありましたので、一通り楽しみます。(笑) 
そして、近くにあった焼肉ランチの看板につられてお店へ。千円
でけっこうな肉の量の、お得感のある焼肉ランチを食べました。
ついついビールも飲んでしまいました・・・・。焼肉ランチに満足
し、続いてはほろ酔いで夜の赤坂に向かいました。うふ





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AquariumClock 2
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Author:takasan
ようこそ!

ちょっとした幸せな風景
あたたかな気持ち 
風船に乗せてとばします
拾ってくれた人の心に
ほんわかと届きますように。

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