一ヶ月に2回満月を迎える月を「ブルームーン」という。 そのブルームーンを見ると願い事が叶う・・・・。






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「ありがとう」 を忘れず

...2018/06/17 17:58...

6月って、なんだか疲れる・・・・と
思ったことはありませんか? 知人曰く、
その一因に 「休みが少ない」 ことがあると。
6月は12ヶ月で唯一、祝日のない月だという。

祝日以外の記念日としては、有名なのは
第3日曜日の 「父の日」。そういえば今日だ~。
地域的なところでは、沖縄県では沖縄戦の集結に
ちなんで23日が 「慰霊の日」 とされ、公休日に
なっていたり、横浜市では2日を 「開港記念日」
とし、学校や一部の企業が休みになるという。

祝日といえば、
東京五輪の開会式前後で4連休、 閉会式3連休
となる法律が参議院本会議で可決 ・ 成立した。
東京オリンピックが開催される2020年に限って、
7月第3月曜日の 「海の日」 を、開会式前日の
7月23日に、10月第2月曜日の 「体育の日」 を
開会式当日の7月24日に、8月11日の 「山の日」
を閉会式翌日の8月10日に、それぞれ移動させる
としています。

これによって、2020年は7月24日の東京オリンピックの
開会式を挟んで4連休に、8月の閉会式を挟んで3連休
になり、交通機関の混雑緩和につながるとしています。
祝日移動じゃなく、特別休日にすればいいのにね。

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その東京オリンピックの開会式等が行われる新国立競技場。
先日、神宮外苑に出掛けた時に建設中の現場に立ち寄って
きました。現場を訪れた第一印象は、デカっ! (上) 実際、
道路を歩いていると迫ってくるような圧迫感を受けます。軒高
さが43 ~49 m だそうですが、ビルでいうと12~15 階建て
程度。これが長軸方向に300 m 近く続きます。

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昨夏からはメインスタジアムが着工。現在、観客席を覆う屋
根の工事が本格的に始まっているようです。屋根の内側部
分には国産の木を使用、一部が見えていました。(上右) 
スタジアムの内外から大型クレーンで、つり上げる作業を繰
り返していました。今後、内装、外装工事、歩行者デッキにも
取りかかり、年末になれば、「神宮の杜」 と調和するスタジア
ムの輪郭がより鮮明になってくると思います。

そのうち工事が進んだ時には、人気スポットとして見物人が
押し寄せるんじゃないかと思います。数千人規模の職人さん
が、日々懸命に、工事に従事してくださっているのだそうです。
頑張ってくださいっ!

さて、あまり大きなイベントごとのない穏やかな
月といった印象の6月。 雨が続いてうんざりして
しまうこともありますが、そんなときこそ花を見ながら
散歩をしてみるのもいいですよ。たくさんの種類が
あるあじさいや、甘い香りのクチナシなどを
見ることができます。

華やかでありながら慎ましい” 紫陽花 ” を、
恋しい彼女の姿にたとえるなら・・・・。
そう、あなたかも知れません。うふ
楽しい週末を・・・・・・。

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「ありがとう」 を忘れず

物事がうまくいかないとき、よくイライラしたり、
落ち込んだりすることがあります。実にシンプル
なことですが、気持ちを前向きに切り替えるには、
前向きになる言葉を使うこと。
以前、恩師がそんなことを話していました。

言葉には、人の気持ちを変え、運命を変える
すごい力もあるのだという。言葉の使い方次第で、
人は幸せになれるものだという。

元気になったり、幸せになれる言葉は
たくさんあります。中でも最強の言葉は、「ありがとう」
という感謝の言葉です。感謝の言葉は心に明るい
気持ちを引き起こし、人間関係を良くし、幸運をもたらします。
「良いことがあったら感謝する」 「当たり前のことに感謝する」
「つらく苦しい時にも感謝する」。この習慣がついていれば、
今日という日は、当たり前のことしか起こらなかった
つまらない日ではなく、当たり前のことばかり起こった
素晴らしい日になります・・・・と。

つらく苦しいときには、これは神が私に対して
人間的に成長し、より幸せになるために与え
られた試練だと自分に言い聞かせる。
そして、たとえ気持ちは沈んでいても、きっと
うまくいくと信じ、身近な人へ感謝の言葉を
忘れないよう心がける。「ありがとう、助かった」
「ありがとう、おかげさま」 など、その一言で、
笑顔の花が咲くから不思議です。

また感謝の言葉は、紙に書くのもいいもの。
書きためたものを読み直すと、自分がどれほど
恵まれているか深い気づきが得られます。
衣食住は言うに及ばず、何らかのかたちで他人と
関わりつつ、社会の恩恵を受けて暮らしています。
その恩恵に感謝の心を常に忘れずにいたい。

人は誰でも生まれたその瞬間から死の瞬間まで、
自分の力だけで生きてることはできない。身の周りのこと、
家族や社会に起こることの一つ一つ、人生を支えてくれた
様々な人に、その都度、丁寧に心を込めて 「ありがとう」
「ありがとうございます」 と感謝の思いを言葉で、きちんと
伝えてゆけば、必ず世の中や人のためによい影響を与える。

誰かのたった一言で、肩の荷が軽くなり、あるいは生きて
いる喜びを感じる時もあります。人とのかかわりの大切さや
言葉の重みを胸に、「ありがとう」 という魔法の言葉がある
ことを忘れず、今まで以上に感謝の気持ちを持って、
日々気持ちよく過ごしたい。

「ありがとう」 の数だけ、人の幸せは広がっていき、
深まってもいく。「ありがとう」 に変わる感謝の言葉は
ないのだから。 大切にしたい。
梅雨時の夜に、雨音を聞きながらふと思いました。


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  「菖蒲園」  ― 小石川後楽園 ― 

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友人から知り合いの外国の方が、日本の庭園を観たいというので
付き合ってくれないかと誘われ、お供したのが小石川後楽園。
水戸徳川家の江戸上屋敷内につくられた日本庭園 (大名庭園)
であり、国の特別史跡及び特別名勝に指定されています。訪れた
時は、ちょうど菖蒲が見ごろでした。久しぶりの訪問。 下車した後
楽園駅から東京ドームを通ったのですが、周りはもの凄い人でした。
実はこの日、安室奈美恵さんの引退ツアー公演があったようです。
その人気のほどがうかがえます。私たちはトボトボと庭園の方へ。

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「小石川後楽園・西門」 (上)
東京ドームに隣接する小石川後楽園は、水戸黄門のモデルとして
有名な徳川光圀など、水戸徳川家ゆかりの大名庭園です。 造園
ブームが起こった江戸時代、大名たちは自らの権力と財力を誇示
すべく、領国の屋敷や江戸藩邸に広大な庭園をこぞって築いた。
そのような大名庭園は、今もなお東京や日本の各地に残されてお
り、中でも江戸時代初期に作庭された小石川後楽園は、数ある大
名庭園の中でも、その代表格として知られています。

「小石川後楽園」
開園時間   9 時~17 時 (最終入園は16時30分)
休園日     年末年始  12月29日~翌年1月1日
入園料     個人300 円 65歳以上150 円 
無料公開日  みどりの日(5月4日) 都民の日 (10月1日)
庭園ガイド (無料)  土 ・ 日 ・ 祝日 (午前11時と午後2時の2回)

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綺麗に管理されていて、どの季節に訪れても楽しむことができます。
まさに都会のオアシスという感じで、昼時は近くの方が、ベンチで
お弁当を食べるために、わざわざ訪れる人も多いです。

「小石川後楽園」 (水戸黄門ゆかりの庭園)
江戸時代初期、寛永6年 (1629年) に水戸徳川家の祖である
徳川頼房が、江戸の上屋敷の庭として造ったもので、二代藩主
の徳川光圀の代に完成した庭園です。徳川光圀は作庭に際し、
明の儒学者である朱舜水の意見をとり入れ、中国の教え 「(士は
まさに) 天下の憂いに先だって憂い、天下の楽しみに後れて楽し
む」 によっており 「後楽園」 と名づけられました。近年は、外国人
観光客も多く、世界的にも名園として知られています。

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「大泉水」
この庭園の中心的景観。蓬莱島と徳大寺石を配し、琵琶湖を表現
した景色を造り出したもので、昔はこの池で舟遊びをしたといわれ
ています。周りをビルで囲まれてはいるが、緑の中で静寂の時を過
ごす。こんな場所があったのか、と驚かされます。 白い部分が東京
ドームの屋根で、左のビルが東京シービック (文京区役所)。(上)

庭園は池を中心にした 「回遊式築山泉水庭園」 になっており、随所
に中国の名所を名づけた景勝を配し、中国趣味豊かなものとなって
います。そして、これらによって湖 ・ 山 ・ 川 ・ 田園などの景観が巧
みに表現されています。この地は小石川台地の先端にあり、神田上
水の分流を引き入れ築邸されました。また徳川光圀の儒学思想の
下に作庭されています。たびたびの改修や震、火災で創建時代の
壮観さこそ失われたものの遂次手が加えられるなど幾多の返還を
経て現在に至っています。

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「蓬莱島と徳大寺石」
小石川後楽園の中央は大泉水で、その中にある島が蓬莱島です。
蓬莱島 (下左) は、中国に古くからあった神仙思想に基づく島で、
大名庭園には必ずといっていいほど出てきます。蓬莱島は亀の形
をしているといわれていて、後楽園の蓬莱島も亀の形をしています。
先端の大きな鏡石は 「徳大寺石」 (下右) と名づけられ、弁財天を
祀った祠があります。 徳川頼房が満足する石組みにならなかった
ので、京都から徳大寺左兵衛を呼んで組ませたので、徳大寺石と
いう名がついたと言われます。

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「得仁堂」  (上)
徳川光圀は、6歳の時に兄をさしおいて世継ぎと定められ、18歳
の時、史記 「伯夷列伝」 の物語を読み自らの身の上と重ね、非常
に感銘を受けました。光圀は 「仁を行い得た人たち」 を祀る得仁
堂を建立し、泰伯・伯夷・叔斎の木像を納め参詣したと言われて
います。得仁堂の名前は孔子が伯夷・叔斉を評して 「求仁得仁」
と語ったことによります。関東大震災や戦災にも残った唯一の建
物です。三像のうち伯夷・叔斎像の木像は現存し、東京都が保管
しています。

「清水観音堂跡」  (下)  
京都の清水寺を模して造ったもので、崖下から柱を組み上げせり
出していてすばらしい見晴らしだったと言われています。 堂内に
は、室町時代の作と言われる如意輪観音が安置されていました
が、関東大震災により観音堂が焼失する直前に持ち出されて、
清水観音は現在東京都が管理しています。

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「八卦堂跡」 (上)  
徳川光圀が7歳の時初めて、3 代将軍 ・ 徳川家光に謁見した折、
さまざまな品物を見せて、その中から好きなものを取ってよいとい
われて 「文昌星」 の像を取り上げたため、家光は大変感心したと
いわれています。光圀は、「文昌星」 を思い起こし、八卦堂を造っ
て安置したといわれています。この八卦堂も関東大震災の時に
焼失してしまいました。

「愛宕坂」  (下)
園の最北部に愛宕山と名づけられた場所があります。この石段は、
京都の愛宕山の坂を模してつくられた石段なので、愛宕山と名づ
けられています。東京の愛宕山にある出世階段という感じです。
四十七段の石段からなっていて、あまりにも勾配が急で昇り降り
が危険ですので、通行できないようになっています。脇に昇り道
があります。この石段の上に八卦堂跡があります。

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「通天橋」
大堰川の渓流にかかる朱塗りの橋は、京都の東福寺の通天橋を
見立てて紅橋をかけたものです。 紅葉の時期には周りの紅葉が
朱塗りの橋を引き立てます。通天橋のすぐ下にある石組みが音羽
の滝のようです。もともとは神田上水の水をくみ上げ流していました。
元禄大地震の時に水流が破壊され石組みだけが残りました。ガイド
の方によると、5代将軍徳川綱吉の生母桂昌院が小石川後楽園を
訪れた際に、78歳の桂昌院が歩行に困らないようにと多くの奇岩
や大石が取り除かれてしまったようです。

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小石川後楽園には約3000本の樹木が生育し、四季を通じてさま
ざまな風情を楽しむことができます。昔、中学の試験で日本三大
名園の試験が出題され、誤って岡山の後楽園を小石川の後楽園
と記入し、減点になったことを思い出す。 日本三大名園とは金沢
市の兼六園、岡山市の後楽園、水戸市の偕楽園の優れた景勝を
持つ三つの日本庭園のことです。

「徳川光圀」
徳川光圀は寛永五年(1628)、水戸藩主・徳川頼房の子として生
まれ、身分は隠され 「庶民の子供とまじりて」 と、頼房の家臣の家
で5歳まで秘密で育てられました。光圀は6歳のとき、兄の頼重を
越えて後継ぎに決められました。そして、江戸小石川の水戸邸へ
移り、実父のもとで藩主としての教育を受けることになります。幼い
頃は、塀や屋根の上を走り回るような腕白な少年だったようです。
そんな光圀が青年になると、今度は遊興にふけります。江戸の繁
華街を放浪したり、家臣が諌めてもおさまる気配がありません。
しかし18歳のとき、読書が人格の確立に重大であると考え、生涯
学問に専心しようと決めます。 光圀は人が変わったようになり、
高い志を立てて、名君への第一歩を踏み出します。

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「大堰川 (おおいがわ) 」   (上)
この川も京都の嵐山の下を流れる大堰川にちなんだもので、三代
将軍 ・ 徳川家光がしばしば来園し、大泉水の設計と共に種々助言
を与え、家光の好みでつくられたとされています。岸には蛇篭を伏
せ、神田上水から水車で水を汲みあげ流して引き入れ、江戸時代
には清き流れで園景を引き立てていたようです。大堰川の上流は
通天橋につながり、下流には渡月橋がかかっています。この庭園
で川の景色を代表する場所です。

「西湖の堤」   (下)
この石堤は、中国の西湖の蘇堤を模したものです。西湖は、蘆山と
ともに中国の名勝地で、当時の日本人のあこがれの的でした。光圀
が朱瞬水の設計を取り入れて造ったものと言われています。円月橋
とともに中国趣味の風景で、これ以後の大名庭園の 「西湖の堤」 の
先駆けとなったものです。西湖はマルコポーロが世界で最も美しい
と褒め称えましたが、岩国の錦帯橋は、その西湖からヒントを得て
架けられているようです。

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「円月橋」  (上)  
徳川光圀があつくもてなした明の儒学者朱舜水が設計と指導により
造られた石橋。この橋は、中国の山水画にある橋柱のない橋を参考
にして、橋柱がないため橋が水に写った様が、満月のようであるので
円月橋と名づけられています。後に8代将軍・徳川吉宗が吹上御苑
にこのような橋を作らせようとして、石工を小石川後楽園に派遣させ
て研究させましたが、難しいと伝えたのであきらめたとの逸話もある
そうです。実はこの橋は一枚の石なんだそうで、小石を積み重ねた
様に溝を掘って造ったため、石工は気付かなかったということです。

「神田上水」  (下)
小石川後楽園は小石川台地の先端にあり、北部の神田上水の分流
を引入れ築庭されました。神田上水は、井の頭池を水源とした上水
で、関口でせきとめられた神田川の水が、後楽園を通って水道橋近
くの懸樋を通って江戸城や日本橋地区に流れていました。 小石川
後楽園は神田上水を泉水の水などに利用していました。
この庭園で河の景色を代表する場所です。

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「内庭」
小石川後楽園は、大別すると内庭と唐門をへだてて、大泉水のある
「後園」 と分かれていました。内庭は水戸藩邸の書院の庭であって、
江戸時代には 「うちの御庭」 などと呼ばれていました。江戸の大名
屋敷がほとんど消滅した現在、書院の庭の旧態をよく残しているよう
です。池泉には中島があり、2つの反り橋が架けれています。藩主や
正式なお客様は、内庭から唐門を通って後園をめぐり散策したよう
です。伝統的な庭園から東京ドームを望む光景を 「粋」 と思えれば
いいんですけどね。(上)

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「丸屋 (まろや)」 (上左)
昔の田舎のわびた茶屋のたたずまいを現している建物です。茅葺
の田舎風の酒茶屋で、丸の字を染め抜いた暖簾を下げていたと
いわれています。現在は休憩所として使われています。
「 九八屋 ( くはちや ) 」 (上右)  
この小さな東屋は、江戸時代の茶屋のような役割で庭園の一角の
広場にあります。休憩するのによい所です。江戸時代の風流な酒
亭を景観に取り入れ建てられたものです。 戦災により焼失したが
昭和34年に復元しました。 建物の名前は、「酒を飲むには昼は
九分夜は八分にすべし」 と酒飲みならず万事控えるを良しとする、
との教訓によることに由来しています。
「 延段 (のべだん) 」 (下)
唐門をぬけ、木曽山をぬけると石畳の苑路があらわれます。
これは延段と呼ばれるもので、中国風の素朴な石畳で、切石と
玉石を組み合わせたものです。唐門から後楽園に入り、この石
畳の道を通っていくと大泉水が突如あわわれるという展開になっ
ています。

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「稲田」
庭園の北側地域は、景観が一変します。東京ではとっぴな感じで、
庭園の中に稲田があるのは後楽園だけでしょうか。これは徳川光
圀が彼の嗣子・綱条の夫人に農民生活の困難さを教えようと作っ
た田んぼです。小石川後楽園では光圀の意思を継いで、田植え
行事や稲刈り行事を社会科・理科の校外学習教育の一環として
実施されています。歴史を学び、自然に親しみながら稲の実物を
手にし、実際に田植えを体験できる意義ある行事となっているよう
です。現在この田んぼは、近くの小学校の子供達によって田植え
は五月に、稲刈りは9月に行ない、伝統行事を守っています。

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「花菖蒲田」
水戸黄門こと徳川光圀ゆかりの小石川後楽園では、6月中旬に
660株のハナショウブが見ごろを迎えます。その時期に合わせ、
より近くで鑑賞出来るように菖蒲田の脇に木道を設置し、「花菖
蒲を楽しむ」 と題してお客様を迎えているようです。東京都心の
オアシスで、優美なハナショウブに彩られた新緑の美しい田園
風景を楽しむことができます。今年は花数が少ない感じです。

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ここへ来るまでは、菖蒲園というのは群生している美しさがあろうけ
れど、それ以上の興はわかないのでは、とも思っていました。錦絵、
浮世絵の類では、女の人たちがそれはそれは楽しそうにしている
が、遊びの少なかった昔の話だろうと。でも、来てみれば、菖蒲で
も色々の品種があるなんて、不思議の念にとらわれる感じでした

漢字では菖蒲と書きますが、菖蒲は 「ショウブ」 の他に 「アヤメ」 とも
読む漢字ですね。菖蒲とだけ書くと、菖蒲 (ショウブ) のことか、菖蒲
(アヤメ) なのか、はたまた花菖蒲 (ハナショウブ) なのかわからない
ですね。アヤメもハナショウブもアヤメ科の植物で、これに同じくアヤ
メ科の杜若 (カキツバタ) が加わると、まさに 「何れアヤメか 」 となっ
てしまいます。ややこしいことに、ショウブはかつて、アヤメ、アヤメ草
とも呼ばれていました。 また、花の美しいハナショウブをたくさん植え、
ハナを省略して 「ショウブ園」 と称して公開しているところもあります。
「ややっこしい、どっちやねん」 と大阪風に言いたくもなりますね。(笑)

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「江戸系」  (上左)   「伊勢系」  (上右)  「肥後系」 (下左)
「長井古種」 (下右)

花菖蒲の品種には、江戸系、肥後系、伊勢系とあって、後二者が
一本ずつ鉢植えにして、座敷に置いて鑑賞する、どちらかというと
上流の人の趣味だったのに対し、江戸系のは、地面に群生してい
るようすを眺めるのに向いているそうで、その点でも庶民的。鉢を
置けるような畳の間が家になくても、行楽気分で出かけて、誰もが
楽しめる花だったのですね。江戸系の中でも、花びらが垂れ下が
らない品種が、江戸っ子の好みだったという。威勢がよく感じられ
たのでしょうね。室町から江戸時代にかけてノハナショウブの中か
ら、花の色や形に変化のあるものをさがして栽培されてきたものが
長井古種系と呼ばれています。

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「 宇宙 (おおぞら) 」  (左)
菖翁花の中でも名花と言われているそうです。澄んだ浅葱(藤紫)
地に白筋の入る半八重~八重咲きの中輪花です。花形は変化し
やすく、葉身に凸凹のうねりがあるのが特徴のようです。「宇宙」
なんて名づけられていますが、「これは現代の品種で、土井さん
が宇宙へ行ったのか何かを記念したのでしょう」 と思っていたら、
案に相違して、江戸時代の品種だそうです。白地に青っぽい筋
が入った大輪の花で、たしかに空を思わせます。その頃の人に
すでに、宇宙という概念があったのでしょうかね。

「キショウブ (黄菖蒲)」 (右)
ヨーロッパ原産で鮮やかな黄一色の花で、外花被片の爪の部分
には褐色の筋があります。観賞用に栽培されているハナショウブに
は黄色系の花がないため、その貴重性から重宝されたが、在来種
との競合・駆逐等のおそれがあるために生態系に与える影響や侵
略性が高いとして、防除または分布拡大の抑制策の検討される帰
化植物なんだそうです。一輪、目立って綺麗だったのですが、嫌わ
れ者の菖蒲なんですかね。(笑) 黄色い菖蒲は初めて見ました。

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あやめの花言葉は 「メッセージ」 「愛」 「あなたを大切にします」
「私は燃えている」 などです。あやめは 「愛」 を象徴する花とも
言われており、「太平記」 にこんな話が記されています。

源三位頼政 (げんざんみよりまさ) が 「あやめ」 という美しい女官
に恋をしたことを知った天皇が、同じ年頃の美しい女官達に同じ衣
装を着せて薄絹の陰に並ばせ、、離れたところから頼政に、あやめ
を探し出してみよと命じた。困った頼政は歌を詠むことにしました。

 五月雨に 沢辺のまこも 水越えて
     いずれあやめと 引きわづらふ

すると、歌を聞いて頬を赤らめた女性がいたので、頼政はあやめ
を見つけることが出来ました。頼政は帝からあやめを賜り、幸せに
暮らしました。「いずれがアヤメかカキツバタ」 という言葉を耳にし
たことはありませんか? これは、美人の形容詞としても用いられ
る表現で、どちらも同じくらいに美しくて迷うというような意味が
あり、この話が元になったというわけです。

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「花菖蒲」 は江戸時代に武士から愛され、品種改良が重ねられた
植物。 まっすぐ伸びた茎の上に咲く花からは気品を感じますが、
なぜ特に好まれたのでしょうか? その理由は言葉への “しゃれ心”
にありました。「菖蒲」 という音が、武士が守るべき道= “武道” を
重んじる言葉を指す、「尚武」 と同音だったことから、武士たちは
この花を手塩にかけて育てたというのです。このように言葉の響き
を大事にする日本人のしゃれ心は今でも残っています! 例えば
入学試験のときなどは、試験に 「合格」 するようにと 「五角」 の
鉛筆を使ったり、受験に 「勝つ」 という言葉と 「カツ」 を重ねて
豚カツを食べてみたり・・・。私も母が揚げてくれたカツを必死に
ほお張った思い出があります。今回の花菖蒲、先人達の風流な
暮らしと言葉を楽しむ粋な心を改めて教えてくれました。

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水戸光圀公ゆかりの庭園は、入園すると緑に囲まれた庭園が広
がり、歴史を感じることができる場所でもありました。カメラを抱え
た人や、散策する人が適度にいましたが、園内には山、川、湖な
ど自然を感じることが出来て、ゆっくり庭園を楽しめました。緑豊
かな庭園を華やかな雰囲気にさせ、都心のど真ん中で思わず
都会の喧騒を忘れさせて貰いました。 今度は紅葉の美しい
時期でも訪れてみたいと思います。





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虐待 「平仮名で許し請う子」

...2018/06/10 10:58...

近畿、東海、関東地方で梅雨入りしたようです。
梅雨入りか・・・と思いきや、東京は昨日30度を
超す真夏日でした。今年はじめての真夏日です。
まだ6月なのに、どうしちゃったの?

それでも、梅雨の時期を代表する 「紫陽花 (あじさい)」
は素敵ですね。小さな花が集まって一つの大きな花の
ようなたたずまいで、雨の中に咲く青や紫の紫陽花を、
お決まりの 「かたつむり」 とセットで、子供のころ絵に
描いた記憶があります。我が家の近所の公園にある
紫陽花の花も見頃を迎え、あとは雨の季節を待って
いたかのようでした。

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近所の通りにも綺麗な紫陽花が咲いていました。道行く
人を楽しませてくれているようです。やっぱり日照りより、
アジサイに限っては、曇天や雨の日がよかったりします。
「今年も大切に育てたアジサイが咲きました。切って持
ち帰る人がいます。皆で楽しんで下さい」 との立て札が
ありました。(下左) ここで咲くから美しいのにね。

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あじさいは水気を好む植物で、雨が降っている時の方が
いきいきする植物です。そんなあじさいに梅雨のイメージが
あるのは、ちょうど梅雨の時期に見頃を迎えるからでしょう。
梅雨の季節を彩る紫陽花。アジサイは、花だけではなくその
葉も美しく、いっしょに鑑賞したいものですね。とくに雨に濡
るアジサイの花や葉は美しいものです。

むかし、インドの修行僧は雨季には外に出ず、
屋内にこもって修行をしたそうです。そこには、雨につられて
出てくる虫達を不用意に踏み潰してしまわないようにという
配慮がありました。人知れず踏み潰されて消えてゆく小さき
命への共感。思いやりの心の原点でしょうか。
大切にしたい。

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虐待 「平仮名で許し請う子」

「もうパパとママにいわれなくても
しっかりと じぶんからきょうよりもっともっと
あしたはできるようにするから もうおねがい 
ゆるして ゆるしてください おねがいします」

死亡した5歳の女の子が残したノートには、覚えたばかり
の平仮名で、両親に許しを請う言葉がつづられていたという。
虐待を受ける子どもの、そんな痛ましいニュースが、
後を絶たない。子を持つ親として何とも痛ましい事件である。
このような常軌を逸した事件の報道に接するたびに、
社会の根幹が壊れ始めてきたのではないかと思う。

「躾」 と称して、毎日午前4 時ごろに自分で起きて
体重を測ったり、ひらがなを書く練習をしたりすることを
命じられていました。父親に 「太っている」 と指摘された
ことから、食事は1食につきスープ1杯か、おわんに半分
のご飯とみそ汁などしか与えられず、ノートには自分で
測った体重を毎日、書き記していたということです。
子供のやせ細っていく姿を記録させ喜んでいたのでしょうか。
従わなければ、父親に暴力を振るわれたという。

ノートには 「パパとママにいわれなくても きょうよりか
あしたは もっとできるようにするから。ゆるしてください」。
自らに虐待を加える両親に対する謝罪がつづられている。

「あしたはもっともっと できるようにするから もうおねがい 
ゆるして ゆるしてください おねがいします ほんとうに
もう おなじことはしません ゆるして」。 さらに、まだ5 歳
の女の子にもかかわらず、自分の行動を責める内容です。

「これまでどんだけ あほみたいにあそんだか 
あそぶってあほみたいだからやめる もうぜったいぜったい 
やらないからね ぜったい やくそくします」。
5 歳の子供が、もう 「あそばない」 とは・・・・・。

衰弱しながらも、両親に許しを請う5歳の女児。
想像しただけで両親に対する怒りが込み上げてくる。
5 歳の子が、ママパパゆるして、って書いて亡くなるなんて。
もう、どれだけ苦しかったことか。小さい子がこんなこという
なんて異常です。胸がぎゅーっと締め付けられる思いがする。

虐待をする親は、自身も子ども時代に虐待を受けた経験がある
場合も多いと聞く。虐待の連鎖だが、なぜ、自分の代でその鎖を
断ち切ろうとしないのか、と誰しも思う。しかし、過去のトラウマは
自身が経験したことを無意識に繰り返す 「再演化」 という性質が
あり、虐待の連鎖を断つのはなかなか難しいものなのだそうだ。
また、親にきちんと愛された経験がないと、親になった時に今度は
子どもの愛し方、子どもとの距離の取り方が分からないのだという。

それにしては耳をふさぎたくなる児童虐待が、増える一方
だというのはどうしたことだろう。親を選べず、親の身勝手さに
巻き込まれた子どもだけが災難だ。うるさいから、邪魔だから
といった、ほとんどおもちゃを壊すがごとき安易さである。
親が子どものままなのだ。二度も虐待で保護されていたと聞く。
児童相談所の対応もしっかりしていたら、子どもの未来も
変わっていたかも知れない。

9 歳までの子どもは、親にどんなに理不尽な仕打ちを
受けても親を嫌いにならないと聞いた。子どもは、もともと
愛することから始めている。親は、子の 「無償の愛」 に
気づいてほしい。いつも思うのだが、何度も言う。
大人の教育が喫緊の課題なのではないだろうかと。
子どもは、親の姿を見て育つのだから・・・・・。

聞いたことがないような、残虐な虐待です。
一体、この両親は躾と言いながら、何をしたかったのでしょう。
「もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします」。
親の手で短い人生を絶たれた子どものこの気持ちが、
いつ親に届くのだろうか。この子が、天国で思いっきり遊んで、
おなか一杯、ご飯が食べれていればいいなと思います。合掌


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特別展 「人体 ~神秘の挑戦~」
    国立科学博物館 2018
 
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すでに来場者が30万人を突破したという人気。国立科学博物館
で開催中の特別展 「人体 ~神秘の挑戦~」。会期は6月17日
までというので、慌てて行ってきました。入口では、NHKの 「どー
もくん」 が人体展バージョンでお出迎え。内臓が丸見えです。(笑)
関連放送番組、NHKスペシャル 「人体~神秘の巨大ネットワーク
~」 を見ていたので、興味深いものがありました。チラッと紹介。

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混雑対策でしょうか、チケットをみせると 「整理券」 が配られます。
「何時から何時の間にご入場ください」 と書かれています。 時間
までは地球館や日本館を見て過ごしました。会場内は、医学生と
思しきカップルやら人体の神秘に興味津々の年配の方々など幅
広い年齢層の人での混み具合でした。

今回の 「人体展」 は、博物館ならではの模型や標本など、オーソ
ドックスな正統派的アプローチを基本に、15世紀以降の人類が積
み上げてきた人体解剖の歴史を振り返ることができる重厚な展示
が印象的でした。最新の研究成果で人体に関するコンセプトを問
い直したNHKスペシャル 「人体 神秘の巨大ネットワーク」 と合わ
せて見ることで、人体についての知識 ・ 教養が一段深いレベル
で身につく画期的な展覧会になったと思います。

会場   国立科学博物館
会期   2018年3月13日 (火)~6月17日 (日)
料金   一般・大学生1,600 円  小 ・ 中 ・ 高校生600 円
開館時間  9 時~17 時 金 ・ 土曜日は午後8 時まで

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昨年9月から今年3月にかけてNHKで放送され、タモリさんと山中
伸弥さんによる軽快なナビゲートで、人体の謎を解き明かす番組
を、楽しんでいた方も多いと思います。展覧会は番組と連動した
企画で、高精細映像に加えて、世界各国から集められた貴重な
資料が並ぶ、第1章 「人体理解へのプロローグ」。もっとも身近で
ありながら、あまりにも謎が多い神秘の世界に、人類がどのように
挑戦を重ねてきたか、第2章 「現代の人体理解とその歴史」。
第3章 「人体理解の将来へ向けて」 の3章構成でした。

最初のエリアが写真撮影禁止でした。展示物には、昔の文献や
研究内容、本物の臓器があり、大変な貴重な為に撮影が制限さ
れています。内容は先人たちが人体について研究していた内容
であったり、私たちの体内について臓器などの機能や役割、そし
て私たちの体内で何が起こっているのか? 沢山の人体模型や
臓器の模型が展示されていたり、人間と動物の臓器の違いが
展示されていたりと、展示内容は結構ボリュームがありました。

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入場まではスムーズだったのですが、会場入り口はすごく混雑し
ていました。人の列に沿って流れて行くしかない状況が2章の半
ばまで続きました。そこまではカメの歩みのスピードでしか進まな
かったので、1章~2章の半ばまでで1時間は掛かっています。

中に入ると同時にスタッフの人が、「撮影禁止です!」。なので、
前半のコーナーは写真なしで感想を・・・・。入ってすぐのエリアは、
レオナルド ・ ダ ・ ヴィンチを筆頭に、偉人たちが 「人体」 という神
秘に挑戦していく歴史を紹介。ダ ・ ヴィンチが描いた臓器など貴
重な資料。物理学者アインシュタインの脳切片標本や実物の人体
臓器や世界最古級の顕微鏡や、解剖した人体を紙粘土で復元した
「キンストレーキ」。江戸時代末期に日本にも輸入され、日本で4体
しか現存しない非常にレアなアイテムです。歴史的な味わいをしっ
かり感じられました。人類がいかに人体の構造を解知り尽くしたい
という強い情熱と欲求があふれ出ています。

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その後は、「人体模型」 「心臓」 「腎臓」 「脳」 「消化器」 「呼吸器」
「骨 ・ 運動器」 「人体の発生」 っていう順番で、身体の機能別に
展示が分かれています。一部のエリアで、私たちの臓器の構造
や機能を正しく知るために、ヒトの臓器標本も展示していました。
人間の心臓、腎臓等のホンモノの標本です。生々しいものが苦
手な人のために、希望者のみ観覧が出来るよう特別コーナーで
配慮していました。思ったより人の臓器はグロテスクには思えず、
「心臓ってずいぶん複雑な構造なんだ」 とか 「肺って意外と小さ
いなあ」 とか、ホンモノの標本からしか感じられない印象を持つ
ことができました。でも、嘔吐しそうになる女性もいました。今、自
分の体の中にもある臓器について思いを巡らせつつ進みます。

あと見学ルートのところどころに置かれているモニターの映像が
良かったです。1分~3分と、立ち止まって見るのにちょうどいい
長さで、特に毛細血管の中を赤血球が通っていく映像など、今
のテクノロジーって血管の中をここまで映し出すことができるのか、
と驚きでした。じっくり見学できれば、人間の身体に対する理解が
本当に深まると思いました。

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勉強っぽい内容よりも、もっとアミューズメントっぽく楽しみたいとい
う方に、後半部分はNHKスペシャル特集番組 「人体・神秘の巨大
ネトワーク」 に関連した内容でした。(下右) 基本的にはNHKスペ
シャルとはほぼ独立した展示が大半なのですが、展示後半のいく
つかのコーナーで、NHKスペシャルとの連動が図られています。
ここから写真撮影がようやく可能に・・・。(下左)

2017年秋から半年をかけて放送した人気番組、NHKスペシャル
「人体 神秘の巨大ネットワーク」。 私も去年9月末にスタートした
第1回から欠かさず見てきたので、今回の展覧会は非常に楽しみ
にしていました。ただ、タイトルを見てもテレビでは、「人体 神秘
の巨大ネットワーク」、展覧会は、「人体 ー神秘への挑戦ー」 と、
サブタイトルが違っていますよね。したがって、今回の展覧会は
「NHKスペシャルを補完する総集編」 というわけでは決してなく、
ゆるやかにNHKの番組内容に連動しつつも、博物館ならではの
強みを活かした、ほぼオリジナルの独自コンテンツになっている
のです。

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展覧会では、実際にNHKの番組内で使用された映像資料や説明
模型をはじめ、多数のコンテンツが紹介されているなど、これまで
NHKスペシャルを楽しんできた 「人体」 ファンには 「おっ!」 と思
えるようなコンテンツも用意されていました。一番の見所はやっぱ
り、番組でたびたび活躍するレゴで作った実物大の 「タモリ」 さん。
ちゃんと、内蔵部分も作り込まれていました。(笑) 似てますね~。

NHKスペシャル 「人体~神秘の巨大ネットワーク~」 について
(司 会) タモリ、山中伸弥 (ノーベル賞受賞者)
【プロローグ】 神秘の巨大ネットワーク
【第1集】    “腎臓” が寿命を決める
【第2集】    “脂肪と筋肉” の会話がメタボを治す
【第3集】    “骨” が出す! 最高の若返り物質
【第4集】    万病撃退! “腸” が免疫の鍵だった
【第5集】    徹底解剖!ひらめく“脳”の秘密
【第6集】    生命誕生 ・ あなたを生んだミクロの会話
【第7週】    人体は謎に満ちている

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「子宮内を図示した模型」 (下左) 「精子と卵子の模型」 (下右)
放送された 「人体」 第6集 「“生命誕生” 見えた! 母と子 ミクロの
会話」 で、タモリさんが子宮の模型の中に入って、へその緒と繋が
れていました。実は、たくさんのメッセージ物質による “ミクロの会話”
が母と子の間で交わされ、それが赤ちゃんを大きく育てるのです。

また、受精卵はただ分裂を繰り返すだけではなく、最新の研究から、
その謎を解くカギが、細胞同士が情報をやりとりする “メッセージ物
質” にあることがわかってきました。受精卵の細胞がある程度まで
増えると、一部の細胞がWNT (ウイント) という “メッセージ物質”
を出し始めます。このWNTは 「心臓になって!」 というメッセージを
発すると、心臓の細胞に変化するのです。次に 「肝臓になって!」
というメッセージ。これが近くの細胞に届くと、肝臓の細胞が生まれ
ていきます。“メッセージ物質” によって次々にスイッチが入り、それ
によってさまざまな細胞が生まれ、臓器が形作られていくんだそう
です。専門分野でない限り、知ることがないだろうなという内容が詰
まっているので、やっぱり生命 ・ 人体というのは神秘に満ち溢れて
いるのだな~と思いますね。

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「筋肉と脂肪の模型」 (上左) 「タモシさんが使ったダンベル」 
(上右)  「骨」 (下左)  「海馬の模型」 (下右)
番組内で実際に使った人体の模型がいろいろ展示されています。
よく見てみるとTVの小道具 ・ 小物類は、リアルさを相当犠牲にし
ても、TVモニターを通した際のわかりやすさ、見た目のインパクト
を重視して製作されていることがよくわかります。

脂肪はただのアブラのかたまり? 筋肉は体を動かすための装置?
そんな思い込みが、最新研究で大きく覆されています。どちらも全身
に向けて “メッセージ” を伝える特別な物質を放出し、あなたを病気
から守る 「脂肪と筋肉が交わす会話」 をしているんだそうです。脂肪
が、脳や免疫をコントロールしたり、筋肉の働きが、記憶力の増強や
がん予防と関わっていたりする可能性も報告され始めています。また、
骨なんて、単に体を支える棒っきれだと思っていませんか?ところが、
骨の中にはたくさんの細胞がうごめき、なんと体全体の “臓器を若く
する” ための 「特別な物質」 を出していることが、最新の研究でわか
ってきました。運動をすることで若さを保ち、記憶力アップに役立つ。
・・・・やっぱ、運動か~。運動せにゃ。(笑)

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普段、一生懸命に細部ばかりに目がいって、全体像を見失いが
ちですよね。「木を見て森を見ず」 ということわざがあります。意味
は、小さいことばかりをみていて、森全体を見渡すことが出来ない
状態のことです。目の前の臓器や組織だけを見るんじゃなくて、少
し上から 「人体」 全体を俯瞰してみることも大切です。そういうとき、
この特別展はめちゃくちゃいいです。なにせ人体の頭から足の先
まで全部みていきますから。 否が応でも 「人体」 という 「生物」 の
ことがわかってきます。その辺の本を読むよりも分かりやすく、系統
立てて説明されてるので、「あまり医学の知識とかないから心配だ
なぁ」 って人でもまったく問題なく理解できます。

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「ゲノムで縄文人を再現」
「縄文人女性の復顔像」 (下左) 北海道礼文島の船舶遺跡から
出土した、縄文人女性の 「船泊23号人骨」 (下右) 

物凄く驚いたのが、縄文人女性の復顔像だ。北海道の礼文島から
出土した3,800年前の頭蓋骨からDNAを採取し、最新技術によっ
て古代人のヒトゲノムを解析。それをもとにこれまで骨格からでしか
想像できなかった縄文人の顔がリアルに復元されています。その
表情は現代の日本人と比べても大きな相違はないが、ゲノム分析
を通じて精度の高い復元が可能になることは、いまだ未解明の謎
を解く上で人類研究の未来を指し示すものといえます。今は、DNA
鑑定と頭部の骨格から、かなりのレベルまで顔つきまで再現できる
のだとか。凄いですよね。

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ところどころは学生のころ勉強したことがある内容で、聞いたことや
覚えがあるな~という感じにはなりますが、なにせ学生の頃はあん
まり興味がなかったので、改めて人体について触れてみると新鮮
な感じがしました。展示を観ている人たちも結構テンション高めで、
じっくり観ている人が多かったです。家族で来ている人たちも非常
に多かったです。

分かったことは、何千回生まれ変わっても、ダ・ヴィンチのたった一
回の生にはかなうわけがない。「命は等しく平等だ」 というけれど、
もし私かダヴィンチか、どちらか一人死ななければならないとしたら、
絶対ダ・ヴィンチを残すべきだから潔く身を引こうと思いました。(笑)
あとは、自分が死ぬときは、血管系の疾患かもなぁとほんのり感じ
たり、なんとなく素因としてそれが一番強そうだと思ったり・・。自分
の体内の赤血球の流れ具合が気になります。(笑) こんな機会が
ないと、なかなか自分の身体のことを知ろうと思わないので、結構
楽しむことができました。まだまだ謎が多いのも事実のようです。

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「レオポン」 (上左) 「ヒョウ (父)」 (下左) 「ライオン (母)」 (下右)

最終章では、ゲノム解析の研究を通し、人体理解の将来性を見据
える展示内容でした。結構面白かったのが、ライオンのメスとヒョウ
のオスから生まれた 「レオポン」 の動物標本です。(上右) 「DNA
のメカニズムを変えずに、細胞の形質を変化させる」 というエピジ
ェネティクスの実例として展示されていました。この両親から誕生し
たレオポンは、両親のどちらの遺伝子が選択されるかが決まって
いるため、すべて同じ特徴を持つという。要は遺伝子はメンデルの
法則で言われた様に、確率的に特徴が出て来る訳ではなく、特徴
の出方は決まっている、ということみたいです。ゲノムね・・・・・最近
中国で、猿のクローンが作られたとかいう話も聞きましたが、ゲノム
研究は下手に進めると、ちょっと怖いことになりそうだな~と個人的
に思うジャンルです。

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レトロトランスポゾンのコーナーでは、スナイロワラビーやニホンザル、
カナダオオヤマネコの剥製が展示されていました。ゲノム全体の半
分は、ゲノム上の別の位置に転移することができるDNA配列である
レトロトランスポゾンと、その残骸などに由来する反復配列から構成
されているようです。ここでは哺乳類の進化に、このレトロトランスポ
ゾンが関係している可能性を示す結果を紹介していました。???

今回の人体展は、循環器系、神経系、消化器系、運動器系と、人体
のそれぞれの各パーツを種別ごとに順番に見ていくのですが、それ
ぞれの展示コーナーへの入り口のところに、一つずつダ ・ ヴィンチ
の有名な 「解剖手稿」 の原本が置いてあるんですよ。絵画から都市
計画、軍事、土木とあらゆる分野で優れた業績を残したダ ・ ヴィンチ
ですが、人体の構造には特別な思い入れがあったんだろうなぁ~と
思わされる手稿でした。何気なく置いてありますが、レアな出展なの
で、じっくりチェックして見てると、勉強になりました。

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「体内美術館」
これらの画像は走査型電子顕微鏡という電子線を使って 凹 凸 を
測定できる特殊な顕微鏡で撮影された画像です。臓器のサンプル
に、脱水などの特別な処理を行い、その後、サンプルの表面を金
属でごく薄くコーティングした上で、電子線を当ててサンプルをデ
ーター測定。 データーを構築して得られたのが立体的な画像の
数々です。直接決して見ることのできないようなごく微細な構造ま
でも、まるで目の前にあるかのように、立体的にとらえられるのが
走査型電子顕微鏡の特徴のようです。ラットで撮影し、白黒画像
にイメージで色を付けているそうです。

「気管支の刷子 (さっし) 細胞」 (下左) 
中央にある、ブラシのような太く短い毛を生やした細胞が 「刷子細
胞」 です。神経細胞とつながっており、肺が何らかの刺激を受ける
と、その情報を神経に伝える役割をしているようです。
「ひ臓の 「赤ひ髄」 で働く免疫細胞 ・ マクロファージ」 (下右)
ひ臓の内部には、血液をたっぷり含んだ 「赤ひ髄」 の中に、「白ひ
髄」 が点在します。白ひ髄では白血球の一種である 「リンパ球」 が
つくられます。赤ひ髄では、免疫細胞 ・ マクロファージが、古い赤血
球や異常な赤血球を排除する働きをしているそうです。画像には、
食べられた赤血球 (赤色) も映っています。

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こういう写真を見ていると、身体という自然は一見、込み入った複
雑な構造を持っているけれども、臓器ごとに造形的なパターンが
あることに気づかされます。そのパターンが精緻なので、そこに
凹 凸 によって色彩に変化をつけるとそのまま、現代アートの絵
のように見えてくるから不思議です。

「腎臓の足細胞」 (左)
血液の 「ろ過フィルター」 である 「糸球体 (しきゅうたい) 」 の表面
は、複数の突起をタコの足のように広げた 「足細胞」 に覆われて
います。足細胞から出た無数の突起は、隣の足細胞の突起と必
ず交互にかみ合うようになっているんだそうです。
「腎臓の糸球体(しきゅうたい)」 (右)
腎臓には、心臓から送り出された血液が腎動脈から送られます。
腎臓に送られた血液は、腎臓の 「糸球体」 と呼ばれる部位でろ過
され、原尿 (尿のもと) が作られます。 糸球体でろ過された原尿は
膀胱へ尿としてためられ、最終的に尿として体外に排出されます。

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細胞単位の超ミクロな写真に映し出された各器官の意外なかたち
を、楽しく学べる良い工夫だったと思います。技術の発展は、人体
研究に大きな成果を与えました。顕微鏡の発明により、毛細血管
を流れる血液を確認した事で 「血液の循環」 が証明されました。

「小腸の絨毛 (じゅうもう)」 (左)
小腸は、胃や十二指腸で消化された食べ物をさらに分解し、栄養
素を吸収するはたらきをしています。中学生のときに学んだと思い
ます。絨毛には、有害な異物を撃退しようとする免疫細胞と、その
攻撃力が過剰に強まらないよう抑える免疫細胞の両方がおり、免
疫力のバランスを適度に保っているんだそうです。グロテスクです。

「肺を守る免疫細胞」 (右)
私たちの体の中で、「自分の体の細胞」 ではないものを 「異物」 と
呼びます。細菌やウイルスなどは 「異物」 の代表例ですが、体に
は異物の侵入を防いだり、侵入してきた異物を排除したりして体を
守る抵抗力が備わっています。この仕組みを 「免疫」 といいます。
「肺胞 (はいほう)」 と呼ばれる部分にくっついた、免疫細胞マクロ
ファージ (画面中央の薄黄色の部分)。

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「すい臓のランゲルハンス島」 (上左)
ランゲルハンス島には、インスリンを分泌する3種類の細胞があり、
これらの細胞は周囲の神経線維と密接に情報をやりとりをすること
でホルモンの分泌を調節し、血糖値の変動を一定範囲内にとどめ
る役割をします。村上春樹の作品の題名にありましたね、ランゲル
ハンス島。中学の生物の授業をサボって春の川岸の芝生に寝っ転
がっている春樹少年が、「1961年の春の温かい闇の中で、僕はそ
っと手をのばしてランゲルハンス島の岸辺に触れた」 と閉めるエッ
セイ。もちろんここでの ”ランゲルハンス島” は、生物の教科書から
膨らんでいく詩的イメージの中での話ですが・・・・。
「脊髄を走る神経の束」 (下左)
いくつも並んだ丸いもの (青い部分) は、いわば電気信号を伝える
神経の “ケーブル” の断面。その内部を走る神経細胞の 「軸索」
と呼ばれる部分は、ほかの神経細胞とつながるため、長いものでは
1メートルも伸びているそうです。
「肝臓の動脈 (断面)」 (下右)
全身の血液をろ過する腎臓には無数の血管が張りめぐらされており、
1分間に心臓が排出する血液のおよそ25%が流れ込んでいるという。

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「ネットワークシンフォニー」
ここでは、宇宙のような暗闇空間を体内に見立て、メッセージ物質が
伝達される様子を音と光で表現。 「酸素が欲しい」 「カルシウムが足
りない」 と、いった体内のやり取りがシンフォニーを奏でる。こんな神
秘的なコミュニケーションが、自分の体内でも起こっていると思うと、
「人体の中には宇宙がある」 なんてロマンチックな言葉も感じます。

「疲れた、しんどい」 「おしっこをしよう」 「ごはんが来たぞ!」 ・・・・・。
私たちの体内で、そんな臓器たちの会話が飛び交っていることが、最
新研究でわかってきた。さまざまな “メッセージ物質” を各臓器がやり
とりしているというのです。各臓器の ”心の声” を聞く、って意味不明
ですよね。これは、NHKスペシャルの 「人体」 を見ていないと理解が
難しいのですが、各臓器は、ある物質を放出することにより、臓器同
士で直接 (脳を介さず) コミニケーションを図っているらしいのです。
この部屋では、その声を擬似的に聞くことができるという仕組みです。
“驚くほど美しく、騒がしい人体” の世界が体感できるのです。

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床にウィトルウィウス的人体図が描かれており、それぞれ 「すい臓」
「腸」 「心臓」 とプリントされた丸いスポットが見えます。この中に立
つと、天井に取り付けられた臓器が光って、それぞれの別の臓器
にカラフルな情報伝達物質が流れる仕掛けになっています。複数
の参加者が参加することで、絶え間なく臓器間でカラフルな情報
物質が、やり取りされる様子が再現される仕組みになっています。
空間は光がとても綺麗で、臓器の声を聞くために部屋内を動き回
らないといけない、という多少のゲーム性もあるので、難しい展示
を見終わった頭とココロをほぐすのにはちょうどいいと思います。

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天井に無数の糸が張り巡らされて、臓器同士がネットワークでつな
がりメッセージを発信し続けています。対応すると臓器が光り、伝達
されるメッセージと光が流れます。そのメッセージは、臓器や細胞か
らのメッセージを伝えるインスリンやオステオカルシンといった 「メッ
セージ物質」 なるものが仲介をしているという。宇宙の一場面のよう
ですが、これは体内の臓器同士の以心伝心ネットワークを分かりや
すく色で表したもの。とても頻繁に会話をしているのが分かります。

例えば、身体が疲れを感じたときに、おしっこをしようと肝臓がメッセ
ージを受け、水分を外に出すことで心臓の負担を少なくする。
心臓 「あー、疲れた!」 (血液がこの情報を運びつつ体内を巡る)
腎臓 「おや、心臓が大変だ。おしっこを作ろうじゃないか」
    (尿を体外に放出、体内水分が減少)
心臓 「水分が減ったから、ポンプを動かすのが楽になったよ。
やれやれ」 と、こんな会話が臓器間で飛び交っているそうです。
自分の身体のなかで、こんな賑やかにコミュニケーションを取り
合っているかと思うと・・・・なんだか愛おしいものがありますね。

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悠久なる人類の進化の中で、たくさんの天才たちがいたおかげで
解き明かされてきた 「最も身近な秘境」 である人体を、全力で追っ
かけてたら、頭の血糖値レベルがギリギリのところまでなくなり、ヘ
ロヘロになりました。見終わった後は自分の体を労りたくなりました。
あんなに繊細なものが体内で、一分一秒たりとも止まることなく蠢
いている。食べる、動く、水分、循環。大事にしようと思いました。
想像以上に充実した盛りだくさんな内容で、自分のことなのに
知らない、気づかないことをたくさん発見できた一日でした。





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「時にはスマホを置いて」

...2018/06/03 18:31...

6月 (水無月) です。
「梅雨で天の水がなくなる月」 とか、水無月の
由来には諸説が色々あるようです。英語名である
June は、ローマ神話のユピテル (ジュピター) の
妻ユノ (ジュノー) から取られたらしい。
ユノが結婚生活の守護神であることから、6月に
結婚式を挙げる花嫁を 「ジューン ・ ブライド」
(June bride、6月の花嫁) と呼び、この月に
結婚をすると幸せになれるといわれてます。

「何だろう、この青臭い匂いは」
先日、公園を散歩していて、かなり強烈な 「青臭い匂い」
が気になりました。匂いの正体を探って見ると、雑木の
緑の葉の間から小さな花が沢山集まった黄白色の
房というか、白いブラシのような花が咲いています。

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青臭い匂いの元は、この尾っぽのような花でした。(右)
その花の正体は栗の花です。「シバグリ (芝栗)」 でしょうか?
良く見ると・・。穂状の花が雄花で、下の部分に雌花が見え
ます。(下左) 栗は、雌雄異花だそうです。受粉すると
栗の実になります。栗は虫によって受粉されるそうです。
こんな虫が集っていました。(下右)

栗の花は梅雨入りの少し前に咲く花です。
この花が咲き、やがて花が終わって落ちるようになると、
梅雨の季節となるということから、栗の花は 「墜栗花」
と呼ばれ、梅雨を知らせる花とされています。「墜栗花」
の 「ついり」 という言葉は、梅雨入りの意味です。

ここ東京でも、少し前から栗の花は盛んにその青臭い
匂いを辺りにまき散らしていました。栗の花が墜ちれば
梅雨の季節を迎えることになるというのであれば、
東京の梅雨入りも、もうぼちぼちでしょうか?

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浜松町駅の小便小僧くん。梅雨に備えてレインコート姿。
4月~5月は、おしっこが出ていなかったのですが、今月
は元気よく放出・・・。(笑) 心配してたがホットしました。

すでに梅雨入りした地域もあり、今年は各地の梅雨入り
が平年より早いようです。東京は、先週までは爽やかな
陽気の日が多かったのですが、少しずつ空気に湿度を
感じるようになってきました。

シトシト雨が降れば、田畑の土や穀物をうるおし、
その成長を助ける。山野の緑はいっそう青々と茂り、
草花の輝きも増して自然も息吹くわけです。
嫌われることのない程良い長さの 「恵みの雨」
になってもらいたいものですね。
さて、昨日は土曜出勤だったので、明日は代休!
急な呼び出しがありませんように・・・・。


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「時にはスマホを置いて」

今、時間つぶし、暇つぶしの定番と
なっているスマートフォン。電車やバスの中のみ
ならず、あらゆる場所で多くの人はスマホに夢中です。
そんな光景が当たり前になっただけでなく、携帯電話 ・
スマートフォンを2台持っている人も見かけます。
目の前でスマホを見ながら、鳴り出した携帯電話で
通話する器用な姿には驚くばかり。

携帯電話やスマホの普及台数は約1億6千万台で、
日本の人口1億2千万人を超えているという。
とりわけスマホは、電車やバスの中だけではなく
レストランなどでも、多くの人がそろって下を向き熱中。
電車の中づり広告などはほとんど視界に入っておらず、
むしろ広告を床に貼った方が効果的ではないかと思うほど。

立っている客も座っている客も首を曲げたまま
下を向いている。電車やバスに揺られながら、
必死にスマホをいじっている。まさに今は、通話だけ
でなくスマホで買い物などの用足しをすべて行い、
職場に通わずに仕事もする時代。果たして世界中と
つながる技術と個人の情報は、どんな未来につながって
いるのだろう。スマホに独占された人々の視線が
再び上を向く日は来るのだろうか。心配でならない。

私は人と人とのふれあいこそが、最も有益な時間
だと思ている一人。とりわけ心配なのは、子どもたちが
スマホに夢中になり、とりこになることだ。内閣府が
行った調査では、高校生の40%以上が平均利用
時間は3 時間以上という。確かに、スマホなど情報
機器は便利だし、現代社会には欠かせないツール。
だが、なければ生きていけないというものでもない。

かつて電車内で漫画を読むこともダブーだった。
電車で化粧、電車で弁当、電車で若いカップル
のイチャイチャ・・・。何でもありになった。そして今や
7人掛けの電車の椅子の全員がスマホを見ている。
先日、地下鉄 ・ 大江戸線の列車内で、ほとんどの
方がスマホの画面を見ている光景は異常だった。
たまりかねた年配の方が客に注意して回っていた。
「たまには電車内でスマホを見るのはやめましょうよ」。
マナーおじさんは、そう呼びかけていた。
女子学生らはそそくさと別車両に逃げていった。

電車内で80%の人がスマホを見ている光景は異常です。
マナーおじさんだけじゃない、私たちもそう思った。
わずかな時間でもスマホなどを消して、静かに本を読ん
だり、友人と会話し、楽しむことも必要ではないでしょうか。

情報機器との適切な距離感を学び、本来の自分を取り
戻すためにも 「ノーメディアデー」 を設けてはどうだろうか。
人とのコミニケーションは大切なことです。
皆さん、時にはスマホを置いて語り合いましょうよ。
先日、地下鉄で見かけた光景に思った次第です。


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   旧 ・ 芝離宮恩賜庭園 2018

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かみさんの買い物に付き合った帰り、浜松町の小便小僧の様子
を見に下車、ホームで外国の方に浜離宮恩賜庭園への行き方を
聞かれ、新橋駅の方が近いんだけど・・・・とブツブツ小言を言い
ながら、仕方なく改札を出て途中まで案内。私の方は、「旧 ・ 芝
離宮恩賜庭園」 が浜松町駅前にあるので立ち寄ってみました。
「浜離宮恩賜庭園」 はよく行くが、「旧 ・ 芝離宮恩賜庭園」 は
駅のそばなのに滅多に行かない。実に久しぶりです。

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庭園の周囲は浜松町駅の横を通る新幹線の線路や貿易センター
ビル、首都高速などに囲まれ、まさに都心の様相だが、一歩足を
踏み入れると別世界が広がるような印象で、国の名勝に指定され
ていることにも十分うなずける美景なのですが・・・・・。いつも庭園
内は人がマバラ。駅から1分足らずの場所なのにね。

開園時間  午前9 時~午後5時 (入園は午後4時30分まで)
休園日   年末 ・ 年始 (12月29日~翌年1月3日まで)
入園料   一般 150 円 65歳以上 70 円 (都民に嬉しい料金)
      (小学生以下及び都内在住 ・ 在学の中学生は無料)

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「旧 ・ 芝離宮恩賜庭園」 (貿易センタービルから)
小石川後楽園と共に、今東京に残る江戸初期の大名庭園の一つ
です。回遊式泉水庭園の特徴をよくあらわした庭園で、池を中心
とした庭園の区画や石の配置は、非常に優れています。 明暦の
頃 (1655~1658年) に海面を埋め立てた土地を、延宝6年に
(1678) 老中 ・ 大久保忠朝が4代将軍家綱から拝領しました。
大久保忠朝は屋敷を建てるにあたり、藩地の小田原から庭師
を呼び庭園を造ったと言われています。この庭園は 「楽壽園」
と呼ばれていました。

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庭園は、幾人かの所有者を経たのち、幕末頃は紀州徳川家の芝
御屋敷となりました。 明治には有栖川宮家の所有となり、宮内省
が買上げ、芝離宮となりました。大正12 年の関東大震災の際に
建物や樹木に大変な被害を受けます。翌年の大正13 年には皇
太子 (昭和天皇) のご成婚記念として東京市に下賜され、園地
の復旧と整備を施し、旧・芝離宮恩賜庭園として同年4月に一般
公開されています。現在では周囲の埋め立てと、ビル群により海
の眺望は失われてしまい、一部が鉄道の増設用地に提供され面
積が狭くなっています。

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「藤棚」 (上)
庭園の入口付近に大きな藤棚があり、藤棚の下にはテーブル付
きベンチが置かれ、ちょっとした休憩スペースになっています。
この場所はかつて御殿があったところだそうです。作庭当初から
藤棚はあったといいます。 5月の初め頃、紫色の大きな花房が
さがり、芳香を放ち見事な景観のようです。
「離宮時代の洋館跡」 (下左)
明治の初めから外国貴賓の接客は、我が国初の石造りの洋館と
いわれる浜離宮の延遼館で行われていましたが、老朽化で取壊
しとなり、これに代わるものとして、明治23年に 「芝離宮」 に木造
2階建ての洋館が建設されました。離宮のみならず迎賓館の役割
も担っておりましたが、大正12 年の関東大震災で敷地内の建物
すべてが灰燼に帰しました。現在では竹垣沿いに残るレンガ基礎
と、植物模様の彫刻が施された大理石の一部が、解説を添えて
展示されていました。(下右)

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「雪見灯篭」
入口から右へ敷石伝いに行くと雪見灯篭があります。 周辺のビル
が気になりますが、池のほとりに立つ大きな灯篭は、対岸の築山
を背景に当園一の景勝ポイントとなっています。大名庭園の名残
を伝えています。東京なのに雪見? それは雪国への憧れなのか、
はたまた作庭当時は東京でもしっかり雪が降っていたのでしょうか。
近年、東京は雪がめったに降りませんから。堂々たる威風に、なぜ
か背が伸びる気持です。なんだか金沢にある兼六園みたいな感じ
ですね。

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「大山」  ( 園内で最も標高の高い築山)
雪見灯篭から先、池沿いの敷石を行くと一番高く盛られている小高
い場所が 「大山」 です。(下左) 庭園内で最も高い築山で、頂上か
ら園内が一望でき景観も素晴らしいです。昔は品川の海が眺められ
漁の様子が見えたらしい。早速登りました。う~ん、確かに絶景です
わ!入り組んだ池の形や島の配置も一望に見渡せます。(上)

東京都内には 「恩賜公園・庭園」 と呼ぶ公園が何箇所かあります。
例えば上野公園も正式名称は 「上野恩賜公園」。井の頭自然文化
園も 「井の頭恩賜公園」 と言います。「恩賜」 というのは、戦前に宮
内庁が御料地として所有していた土地が公に下賜 (恩賜) され、整
備された公園で 「芝離宮」 のように庭園が下賜された場合も正式名
称は 「芝離宮恩賜庭園」 と呼ばれます。

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「枯滝」  (石組みにより滝を模す)  (上)
大山と並ぶもうひとつの築山との間に、豪快な石組みの 「枯滝」 が
あります。 水を使わずに石だけで滝を表す石組で、山峡を流れ落
ちる滝に見立てて石が組まれ、河床が通路になっており通り抜け
ができます。確かに水がながれるように見えますね。なかなか魅力
的で、ちょっと不思議な場所です。

「大灯籠 ・ 浮灯篭」 (下)
「大灯籠」 は、震災で黒く焼けた跡が残っています。(下左) 浮き灯
篭の方は、満ち潮によって姿を隠したりするようです。(下右) 園内
には様々な灯篭が残されています。その堂々たる姿が江戸期の大
名屋敷 ・ 明治期の離宮の往時を偲ばせます。電灯がなかった時代
に街灯や道標の役割をしていたものです。形は大きく分けて二種類
あり、上から下げて吊るつり灯籠と台に建てる台灯籠に分かれます。
現在では寺社で神仏に献灯するためや庭園の観賞用に見られます。

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枯滝のところから池に出ると西湖の堤があります。中国の杭州 (現
在の湘江省) にある西湖の堤を模した石造りの堤で、中島 (蓬莱
島) とともに園景の中心をなしています

「西湖の堤」
中国の浙江省杭州市に西湖という風光明媚な湖があります。
この湖に北栄時代の詩人蘇東坡が築いた長堤を西湖堤と言います。
江戸時代の人たちはこの西湖に対する憧れがあったようで、旧 ・ 芝
離宮恩賜庭園に設けられた 「西湖の堤」 もそうしたもののひとつで、
西湖の蘇堤を模して造られたものという。「小石川後楽園 (東京)」、
広島の 「縮景園」 などにも見られるようです。「西湖の堤」 は池の
西岸と中島とを繋いでおり、歩いて渡ることも可能です。

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「中島 (蓬莱島)」  (上)
園景の要となる箇所で、池の中央にある島です。中国で仙人が住
み 「不老不死の地」 といわれる霊山を模した石組みです。 (下)
この島の石組みは、「楽壽園」 の頃からのもののようです。中島は、
遠く海の果てにあるという仙人が住むと言われる 「蓬莱山」 を表し
ているそうです。日本庭園にある池の中の島は、ほとんどがこの蓬
莱山を表現しているようです。神仙思想の一部なわけですが、縁
起を担ぐことや知性を感じさせるところは、ここが単なる鑑賞にとど
まらない空間であることを実感させられます。見る方にも、それなり
の知性や教養を必要とさせるのですから、そういう精神世界が、
ここまで日本の庭園を発展させたのでしょうかね。

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300年以上の歴史をもつ、日本最古の大名庭園のひとつ 「旧 ・
芝離宮恩賜庭園」 は、美しい景観を損ねないよう敷地全体に堀を
めぐらせているためもあり、以外に知られていない 「みどりの散策
路」。ビルの谷間の貴重な大名庭園。近年は、周りを高層ビルが
建ち、景観を損ねています。右が 「汐留ビルディング」 で、左が
「汐留芝浦ビルディング」。後に頭だけ出しているのが 「ラ ・ トゥ
ール汐留」 です。左側のビルが、建設中のタワーマンション 「パ
ークコート浜離宮ザ タワー」。地上37階、高さ約140m。共用施
設として屋上にはスカイウォークガーデンが設置され、浜離宮恩
賜庭園など360度の景色を楽しむことが出来るようです。こういっ
た豪華なタワマンに住んでみたいものです。2019年竣工予定。

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池の周りに中島、大島などといった島が造られており、橋でつなが
っていて、散策しながら渡れるようになっています。「八ツ橋」 (上)
橋を渡ると池のほぼ中央にある中島に渡れるようになっています。
まっすぐでなくクランクになっている木製の橋がとても優雅です。 
残念ながら工事中で渡れませんでした。「鯛橋 (たいばし)」 (下左) 
大島に架けらた一枚岩の石橋。石の形が鯉に似ているからでしょ
うか。橋の下は、まさに渓流のイメージで流れていました。池の中
の大島に続く 「石橋」 も見えます。(下右) 大久保家の藩地で
あった小田原から運ばれた多くの根府川石が、築山や飛石の
ほかに橋にも使われています。

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「根府川山」 (上 ・ 下左)
鯛形の根府川石の橋を渡ると左手に豪壮で圧倒されるような築山
があります。その山麓に根府川石の飛石が端正な形に敷かれて
います。溶岩石である安山岩などからなる 「根府川山」 を表します。
この大きい根府川石は神奈川県小田原市根府川に分布する溶岩
流石。豪壮な根府川石群は、作庭者大久保忠朝が藩地から運ん
だものと思われます。 また以前の藩地の名を冠した 「唐津山」
ありました。(下右) この辺は、素人の我々には庭園に対する意
味合いがわかり兼ねますね。

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「浮島」 (下左) 浮島は通称 「鶴島」 と呼ばれます。昔は潮が引
いたとき、飛び石を渡って鶴島に渡ることができました。現在、飛び
石は亀たちの日向ぼっこの場となっています。蓬莱山のある中島
の向こうに八つ橋が架かっていて、橋を渡ると 「東屋」 (下右) が
あり、対岸からの景観を楽しめます。必ず誰かが座っています。
茶色っぽいビルが世界貿易センタービルで、左側がニッセイ浜
松町クレアタワー。中央の白い建物は、ラジオの文化放送です。

浜松町から徒歩一分。こんなところにこんな公園がという感じで、
見落としがちです。すぐ近くに有名な浜離宮恩賜庭園があるので、
名前が似ているので気づかない人もいるかもしれませんね。昔の
迎賓館があった所で、こじんまりした手入れの良い素敵な庭園です。
ちょと残念なのは周りに高いビルが立ち込めている事でしょうか。
都心の駅前に気持ちが癒される庭園があるのはうれしいことです。
すごくきれいに管理されているので、落ち着きます。

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「九尺台 (九盈台) (きゅうえいだい)」
「九尺」 とは高さ、「盈」 とは潮や月が満ちるという意味です。
海の波打際に造られたこの高台は、いつ造られたものか不明の
ようですが、明治天皇がこの庭園に行幸された際、この台上から、
海で漁民達が漁をする様子や海の眺望を楽しまれたようです。
海のあった方向は、残念なが周りをビルに囲まれて見えません。
庭園の方を見渡せば良い眺めが望めます。(上) 世界貿易セン
タービルの左側に東京タワーが優美な姿で見えていたのですが、
ビルが建ち見えなくなりました。残念!

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「石柱」
池の西側の岸辺に、印象的な姿で四本の石柱が立っています。
まるで古代巨石文明の遺跡のようにも見えますが、この石柱は、
小田原北条家に仕えた戦国武将・松田憲秀の旧宅から運ばれた
門柱だそうです。この場所が、小田原藩 ・ 大久保家の上屋敷だっ
た当初、茶室の柱に使われていたようです。茶室だと普通四隅に
木の柱を立てて作るのですが、代わりに石柱を使っていたとは、
かなり荒々しい外観だったのでしょうか?
どんな茶室だったか見てみたかったですね。

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「手水鉢」
何気なくダイナミックな添景物が数か所に置かれている庭園内。
洋館に使われていた大理石の一部や和館の手水鉢が、当時の
姿を僅かに伝えています。庭園の各所に大きな石が設置されて
いるので、のぞきこんだら 「手水鉢」 でした。(上) 現代風 「手水
鉢」 もありました。(下右)  j蛇口をひねると水が出てきます。

【豆知識】 「手水鉢」
水は、昔から神聖なものの代表として神仏に捧げ、みずからの体
を清めてきました。そのため神社・寺院の門前には口をすすぎ手
を清めるための 「水船」 が置かれていました。室町時代に入り、
茶の湯が起こり茶と水は切り離せない関係になり、さらに桃山時
代になると茶道が利休などによって確立されると席入りに先立ち
手を清めることも作法の一つとして取り上げられ、茶庭の一部に
そのための施設が設けられるようになりました。これが 「つくばい」
で、これにいろいろな形をした手水鉢が用いられました。その後、
「つくばい」 の景観が庭園の添景によく調和することから、茶事に
全く関係のない庭園にもしばしば取り入れられ、中には手水鉢が
庭の主景になるものまで現れてきました。このような意味の 「つく
ばい」 は、ほとんどの庭園に設けられているほど流行したようです。

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広い水面を吹き渡る風、ビルは見えちゃうけど都会の雑踏から抜け
出た感もいいです。ありふれた言い方をすれば 「都会のオア シス」
ですが、敷地に約9千平米の泉水、高木、低木、芝生も含めたくさん
の植物、鳥も羽を休めていて、ほんとうにリフレッシュすることができ
ます。外国の来園者が意外と多いんですよ。 親子連れもいます。

入園料150円という庶民にはうれしい金額ですが、年間パスポート
は600円です。一日に換算するとわずか2円足らずです。近くの
オフィスに勤めるOLやサラリーマンが年間パスポートを利用して、
昼食時に訪れベンチに腰をおろして弁当を食べたり、昼休みを過
ごす姿が見られます。春先には桜が満開で賑わいます。

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思っていた以上に、小ぢんまりとした庭園でした。高台に登れば
池を中心にした全景を見渡す事が出来る為、余計そう感じるの
でしょうか。散策路もシンプルで見所は意外にも多く、でも一通
り見て廻っても歩き疲れる事はありません。質素で瀟洒な感じ。

昔の人は風流だったんですねぇ。 心に余裕があるというか、
羨ましいです。現代は、情報におどらされて、特にスマホに拘束
されてますよね。メールはすぐに返信がないと変に心配になるし、
昔みたいに手紙であれば、届くのを待つ時間に、想いを馳せる
ことができたのに。こうした良い風景を見ていても着信音がなれ
ば、そちらに気をとられるし、大切なものをなくしてしまった気が
します。心に余裕を持つためにも、歴史遺産に触れるのは大切
なんだなぁと、庭園にお邪魔するたびに思います。

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「弓道場」 (上) 
庭越しに見える白い建物は 「弓道場」 です。有料で借りられます。
しかし、道具は持参しなければならないので、飛び入りで弓道体験
できるような施設ではないですね。1時間140円だそうです。相場が
全然わかりませんが、安い気がするんですけど、どうなんでしょうね。
弓道場や、馬場など江戸時代の庭園の多くは、庭を単なる鑑賞の
場とはしていませんでした。なぜなら、所有者は大名であり武士
ですから。
「出口」 (下) 面白いのがこの出口。通常は門が出入り口になる
のですが、ここは門のわきに内側から専用の細い通路があります。
自分でドアを開けて出ます。なんだか大名のお屋敷に招かれて、
その後、ひっそりと帰る気分で面白かったです。

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場所柄、JR山手線 「浜松町」 駅前徒歩わずか1分の場所です。
「旧 ・ 芝離宮恩賜庭園」 は、アクセスの良さも魅力の一つ、特に
近隣の時間をすり減らして忙しい社会人の方々に是非足を運で
もらいたいと思う日本庭園です。現代人の生活の中で忘れられ
ている日本の美。和の空間へのいざないのための日本庭園です。
都会の片隅にひっそりと佇むその 「和み」 の空間で、癒しの時を
楽しむために一度、訪れてみてはいかがでしょうか。





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あたたかな気持ち 
風船に乗せてとばします
拾ってくれた人の心に
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